旅日記

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モンゴル質屋ビジネス

おはようございます。Manachanです。一昨日の晩からモンゴルの首都ウランバートルにいます。当地へは二回目の訪問です。最初に来たのは昨年11月、気温マイナス16度だし、石炭ストーブのスモッグが街を覆ってるし、かなり辛い訪問でしたが…7月、夏場のウランバートルは素晴らしいですね。空は青く澄みわたり、陽光は暖かく爽やか、日本の夏の蒸し暑さとは全く無縁。まるで天国に来たようです。

いまモンゴルはサマータイムで時計を一時間遅らせています。その結果、日本との時差はゼロ!とはいえモンゴルは経度にして日本標準時より30度(2時間分)西にある分、日暮れが遅くなるので夜は10時まで明るく、朝は7時頃にならないと日が昇らない。体内時計が少し狂ったような気分。

そんなモンゴルの首都ウランバートル、経済発展中の新興国とはいえ、生活利便性の面では日本とは大きな違いがあります。コンビニない、自販機ない、ファストフード店も極めて少ない等々…私はウランバートル都心部の便利な場所に泊まってますが、ちょっとアイスクリームとかコーヒーとかが欲しくなった時に、結構な距離を歩いて店を探さなくてはならない。各国料理レストランとかはまあまあ多いけど、「少し歩いてちょっとした買い物」が難しいのでう。

逆に、コンビニを需要のある場所で開けば、ビジネスとしてかなり当たりそうな気がします。

気の利いた店やサービスの乏しい印象のモンゴルですが、逆に、日本より充実している(?)サービスもあります。特に目立つのは、

質屋(ロンバルド)

ウランバートルの街を歩けば、どこもかしこも、ロンバルド、ロンバルド…質屋の看板だらけです。とにかくすごい数。日本やタイのコンビニといい勝負かもしれない。

「4%」というのは、「月利4%」ですよー(年換算48%)

業界大手(?)の質屋。借りる額が多いほど金利が低く、少ないほど高い

日本の消費者金融の感覚からすると、とにかく、利率がすごい。月利4%なら可愛いほうで、場合によっては「月利8~9%」もある(トイチなら貸すでよ…の世界)。

でもって、質草として、ポピュラーなのが「携帯電話」、「カラーテレビ」、「ノートブックPC」あたりだそうです。

モンゴル人は、たとえばパーティーやクラブに行くカネがない時、里帰りする電車賃がない場合、あるいは、彼女とエッチするためにラブホテル代が今すぐ欲しい場合、虎の子の携帯電話を取り出して、近くのロンバルドに直行。月利4%とかでおカネを借りるのです。

もっとも、携帯電話を質に出しても、借りられるお金はせいぜい、3万トゥグリク(1900円)くらいでしょう。「そんな少額ならATMでカネ引き出せばいいのに」と思うけど、モンゴルでは「預金残高ゼロ」の人が多いんだそうです。ウランバートル人は宵越しのカネを持たないの?

逆に、「すぐカネ貸してくれる」質屋を悪用するモンゴル人もいるようです。例えば安いテレビや、微妙に壊れた携帯電話を持ち込んでおカネ借りて、そのままドロンしちゃうとか…質屋ビジネスには、モノの見極めスキルが必要ですね。

もっと大きいおカネが必要な場合、質草として出すものは、「土地」、「建物」、「家畜」が多いそうです。田舎の親元で飼っている牛や羊を質に出して、マンション購入の頭金に充当するケースもあるとか…

日本だと、多くの人が「銀行のカードローン」や「無人君」を使うでしょうが、その種のサービスがまだ未発達のモンゴル。人々の旺盛な資金需要をファイナンスするために、質屋隆盛の時代はまだ続きそうです。

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予定のない旅

こんばんはManachanです。先ほど、オーストラリアへ里帰りした妻と子供たちを成田空港で見送って、いま柏の実家にいます。

明日は、私ひとりで朝6時前に出発、成田からチャイナエア便で北京経由、モンゴル・ウランバートルまで行きます。その後も仕事でいろんな国を回り、3週間後の8月5日にオーストラリアで家族と合流する予定です。

当分、家族と会えなくて寂しい気持ちが3割、でも残りの7割は、自分の好き勝手できて嬉しいというのが正直な気持ちですね(普段は父親業で結構忙しいので…)。3週間、束の間の「自由」を満喫します。

家族は機中の人。私は成田空港の駐車場を出て、たった一人のドライブ。柏までの道中は田舎道なので夜は真っ暗、街灯もまばら。ハイビーム走行しながらFMラジオをかけていると、50代の現役サラリーマンのインタビューをやってました。

「妻と一緒に、日本全国をツーリングするのが夢です。」
「途中、住みたい土地に来たら、そこで家を買う…みたいに、予定を決めずに旅したいです。」

それを聞いて、ハッと気づきました。

いまの自分の暮らし自体が、予定を決めない旅みたいなものですね…

一人会社の社長、気ままな渡世。この仕事でいくら稼いでも良いし、いつ辞めてもいい。休みたければ何日休んでもいい。

一応、東京に住み、事務所も構えているけど、自分自身、どこを拠点しているのかよく分からない位、ほぼ毎月出国してるし、行った先で仕事してるし、遊んでるし・・・ライフスタイルが旅そのもの、ノマドそのもの。

もっとも、2年半前まではサラリーマンだったので、前述の50代サラリーマンみたいに、「全国ツーリング」とか「予定を決めない旅」みたいなものに憧れたものです。あの頃は会社から数日の休みをとって、その範囲内で旅程を決めてました。最初から「終わりが見えてる旅」だから、「5日間のうち3日経ってしまった…」「あ~あ明後日には出社か…」と、憂鬱になったりしました。

そんな私が、会社をクビになって…我が人生に「時間の自由」というものが、にわかに転がり込んできました。でも、要は失業者。当時は「野垂れ死にする自由」と隣り合わせだと感じてました。

その後、一人会社を立ち上げて、仕事がなんとか軌道に乗って、食えるようになって、生活不安が後退して、今ようやく、「予定を決めない旅みたいな人生」が手に入ったと実感しています。

今さら、全国ツーリングとか、海外リゾート暮らしとか、羨ましいとは全然思いませんもんね。世の中の何が羨ましいのか、よく分かりませんが、とりあえず今の暮らしを満喫してます。

次回は北京かウランバートルからの更新になります。お楽しみに。

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パオズになったおひなさま

こんばんは、Manachanです。明日から二日連続で開催するオーストラリア不動産セミナーの講演資料も無事完成し、一息ついたところでブログやります。

もうすぐ、小学校の夏休み。子供たちには宿題がどっさり出ます。なかでも「課題図書を読んで読書感想文」は定番中の定番。

うちの娘ソフィア(4年生)に課題図書読ませるのは、毎年、至難の業ですが、今年の課題図書の一つ「パオズになったおひなさま」(くもん出版)は、話舞台が中国の大連(ソフィアの生まれた街)ということで、興味を持つかもしれないと思い、早速買いました。

娘が大連生まれ、ということは当然、私や妻も住んでたわけです。2005~07年までこの街で過ごした私が、「パオズになったおひなさま」に出てくる、1940年代(日中戦争当時)の大連に関する描写を読んで、とても懐かしくなりました。

時代は違えど、大連の四季のめぐりは変わらない。「4月末、アカシヤ、リンゴ、アンズの花が一斉に咲き始める頃」、「11月、アカシヤの葉がすっかり落ちて木枯らしが吹く頃」…そうそう、そんな季節感でしたね。

でも、当時の大連が今と決定的に違うのは、「日本人の居住区」と「中国人の居住区」がはっきり分かれていたこと。おそらく、自分が日本人だということを強く意識しながら暮らす大連生活だったことでしょう(日本人街は、大連市・中山広場の近くにありました。近くにロシア人街もありました。いま、この一帯では旧い建物が壊され、高層マンションが建ち並ぶ新興住宅地になっています。)

その60年後、私が大連に移住。中山広場から10㎞近く離れた新開地「ソフトウェアパーク」(軟件園)に居を構えました。ここは少数の韓国人や日本人が暮らす他は全て中国人の世界。私も普段の生活で中国語以外を使うことはほぼなかったし、自分の国籍を意識することもありませんでした。ただ、私の中国語アクセントが大連人と明らかに違うので、地元民扱いはされず、「台湾人」か「福建省人」だと思われてました…

そんな中国どっぷり暮らしをしていた私、かつて「日本人の居住区」が大連に存在したこと自体、ピンとこないのですが…話を元に戻しましょう。

「パオズになったおひなさま」の主人公「よっちゃん」(大連生まれの日本人少女よしえちゃん)の両親は、日本人街にある食料品店「升屋」を経営していました。「升屋」は日本人街では珍しく、中国人店員を使っていました。よっちゃんの父君は大らかな性格で、「日本人と中国人が仲良くして、はじめて商売がうまくいく」という経営哲学の持ち主でした。店内では日本語と中国語が飛び交い、おかげでよっちゃん一家全員、中国語ができました。

よっちゃんの育った「升屋」

一方、よっちゃんの大親友が、同い年の中国人少女「リンちゃん」。この子は中国人居住区に住んでいました。幼い時に父を亡くし、母親が「パオズ」(包子=中国の肉まん)店を女手一つで切り盛りしていました。

リンちゃんの育った「パオズ屋」

当時、日本と中国は戦争状態でしたが大連の街は平和で、日本人街と中国人街の人々は、自由に行き来ができました。リンちゃんの母親は、日本人街の「升屋」に小麦を買いにいき、中国人街でパオズを作る毎日。子供たちも、お互いの家に遊びに行っていました。

当時の大連では日本人と中国人が同じ街に暮らし、お互いの風俗習慣を学びあっていました。西暦1月には日本の正月、2月には中国の旧正月、3月には日本のひなまつりがあります。旧正月にはよっちゃんが中国人街に出かけてお祭りを見に行き、ひなまつりにはリンちゃんが日本人街に出かける…まさに「コスモポリタン都市」でした。

はじめて雛人形をみて感激するリンちゃん

しかし、日本の敗色濃厚になった1944年頃から、状況が急変します。よっちゃんの父親は中国人と仲良くしすぎるのでスパイの容疑をかけられ、憲兵に連行されて暴行を受けます。リンちゃん一家も日本人と仲良いので周りの中国人から猜疑の目でみられます。治安も激しく悪化し、よっちゃんとリンちゃんは、これまで通り遊べなくなりました。

1944年末、もはや大連に居られなくなったよっちゃん一家は、店を畳んで日本へ帰国することに…寒風吹きすさぶ12月、帰国船に乗り込む彼らに、リンちゃんと母親が最後の別れを言いにくる。そこで、よっちゃんはとっておきの「ひな人形」をリンちゃんにプレゼント、リンちゃんは持ちきれない位の「パオズ」をよっちゃんに手渡す。

ひな人形がパオズに変わり、歳月は経つ。戦争に引き裂かれた仲良し少女二人はそれ以降、会うことはありませんでした。でも、よっちゃんは老年になっても、ひなまつりになると必ずパオズをつくり、幼き友リンちゃんを思い出すのでした…

…ストーリーはこんな感じです。小学4年生がこれを読んで、戦争や平和について考える、学校側はそれを期待しているようです。ソフィアはどんな感想文書くんだろねえ。

私が感想文書く立場だったら…テーマが重すぎてとても書けそうにありません。ただ、シンプルにこう思いました。

国籍民族、分け隔てなく接する商売人こそが、たぶん、世界平和に一番貢献するんじゃないかなあ…

そろそろ、私の会社でも留学生雇うか…

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ISE SHIMAを世界に!

こんばんは、Manachanです。今回は、いま旬な話題「2016年、伊勢志摩サミット」でいきましょう。

仙台、広島をはじめ、8都市が争ったサミット招致合戦、アベさんの鶴の一声で、会場は「伊勢志摩」に決まりました。日本がG7のサミットをホストするのは、これが6回目になります。

今回の「アベ裁定」に対して、いろいろ意見はあるでしょうが、サミット会場を伊勢志摩にしたこと自体は良い。なかなかセンスある決断だと思います。

日本の心のふるさと~伊勢神宮

見事なリアス式海岸が広がる賢島、英虞湾

二見が浦の名勝「夫婦岩」

ここ数日、TVをつけると、伊勢神宮をはじめ、二見ヶ浦、賢島、英虞湾など、サミット会場周辺の景色が出てきて、関東出身と思われるゲストやコメンテーターが、「伊勢志摩、なかなかキレイなところですねえ。知らなかった」みたいなこと言ってますが、私にとっては、懐かしい景色です。

私、千葉県出身ながら、三重県の伊勢神宮の辺りは、小学生時代から何度も行ってるのです。たまたま、父の親友が、伊勢市の隣にある明和町に住んでいた関係で、夏休みには毎年のように遊びに行きました。当時から、あの辺のドライブコースは定番が決まってまして、

伊勢神宮(外宮)→二見が浦→鳥羽水族館→朝熊山スカイライン(時間があれば賢島、英虞湾)→伊勢神宮(内宮)

ですので、小中学生の頃の私は、伊勢神宮で毎年のようにお参りし、二見が浦の展望レストランで海鮮をいただき、鳥羽の水族館でイルカショーを見ていました。三重県は私の第二の故郷みたいなもんです。

馴染み深い土地の贔屓目があるのかもしれませんが、

伊勢神宮だけは、是非とも、G7の首脳にみていただきたい

と思いますし、また、

英虞湾や二見が浦など、伊勢神宮を取り囲むように存在する「海と山の舞台装置」を、体感していただきたい

アベさんは、「日本の精神性に触れていただく」という言葉を使いましたが、実際、伊勢神宮に身を置いてみると、

宮川の清流と、鬱蒼とした自然林のなか、凛とした、厳かな気分になります。

何千年もの間、日本の人々が大事にしてきた何かに触れて、身が引き締まるような気がします。

イタリアにはサンピエトロ聖堂やウフィツィ美術館がある。

フランスにはルーブル美術館やベルサイユ宮殿、モンサンミッシェル修道院がある。

それと同じように、「日本」を一言で象徴するものとして、伊勢神宮や、それを取り囲む海と山の大自然があるのだと思います。

伊勢志摩は、東京や京都、北海道とはまた違った意味で、観光的価値が大きい場所だと思いますし、まだ世界に知られていないからこそ、サミットに先立ち、プロモーションを仕掛ける意味は大きいと思います。私のアイデアとしては、

・世界中から、まだビッグネームになっていない、若いブロガーや旅行作家、絵描き、写真家、映画監督、ミュージシャン、Webクリエーターなどに、特別なビザを与えて日本での長期滞在を許し、伊勢志摩地域に滞在してもらう。

・彼らが、伊勢志摩で体験したことを、それぞれの国・地域で、思い思いの方法で表現する。出版や上映費用が足りなければ、日本政府が援助する。

・来年6月のサミットの前に、世界のどこかで、「伊勢志摩」がブームになり、ネットや口コミで全世界に広まる。G7首脳陣が訪れる前にも「ISE SHIMA」が各国メディアの話題になるはず。

日本人が「自分の知って欲しい日本を世界に広める」のではなく、外国人に「自由な発想で、日本を発見してもらい、情報発信もやってもらう」のがミソ。そういうアプローチが、グローバルな伊勢志摩プロモーションには効果的だと思います。

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憧れのサンフランソウキョウ

おはようございます。Manachanです。いま、早朝の羽田空港です。数分後に台湾に向けて飛びます。

美しい…これが、ディズニー映画「ベイマックス」に出てくる、架空都市「サンフランソウキョウ

「ベイマックス」(現代Big Hero 6)、とても好評のようですね。アメリカ生まれの3Dコンピューター・アニメーション・ムービーでありながら、日本的(ジブリ的)要素をふんだんに盛り込み、「心優しい癒し系ロボットと少年との友情物語」という、日本人が好むストーリーに仕上がっています。昨年の「アナ雪」に続き、ディズニー・アニメ作品の快進撃が続きますね。

でも、私が心奪われたのは、ベイマックスと天才少年ヒロの友情よりも、その舞台となった空想の都市「サンフランソウキョウ」の方です。文字通り、「サンフランシスコ」と「東京」をミックスした都市なんですが、とにかく、尋常じゃない程、絵になる。美しく、風情にあふれ、それでいて機能的、都市的でテクノ感満載の不思議な街なんです。

かつて、アメリカ人が不十分な知識で想像する「なんちゃって日本」のレベルを、はるかに超えています。「中途半端な日本」でも、「中途半端なアメリカ」でもありません。

というか、現実の東京やサンフランシスコより、はるかに美しいです。遠くから眺めても、近くでみても、むちゃくちゃ凄い!私は、このように解釈しています。

「サンフランシスコ」という箱に、「東京」というソフトを配置することにより、この世で最高の都市を創り出そうとした、意欲的な試みであると…

太平洋を挟んで向かい合う二つの都市は、世界のテクノロジーを牽引するリーダー的存在。言うまでもなく、サンフランシスコ(湾岸地域)はIT技術の都、東京はロボティクスをはじめとする各種工業技術の都です。

世界で最も進んだビジネスモデルが、次々と生まれる場所でもあり、文化の面でも全世界に良い影響を与え続けています。

この「サンフランシスコ」と「東京」、組み合わせるには相性が抜群だと思います。お互いにない面、不十分な面を、補完的しあう都市だからです。

「サンフランシスコ」には、都市全体を俯瞰した時に感じる空間的・立体的な美しさがあります。起伏があり、坂道を上り下りする風景の移り変わりが楽しめる街です。また、ゴールデンゲートブリッジに象徴されるように、自然景観と都市景観の見事な調和が見られます。これらの美点は、東京には比較的欠けている面かと思います。

一方で「東京」には、ミクロな生活者・人間の視点で見た時の街の面白さ、高密度間、テクノ感があります。一見、超近代都市のようでありながら、街角のタバコ屋、神社の鳥居、鎮守の森、銭湯、下町の商店街、桜並木など、「ホッとする」人間的・文化的な表情も豊かで楽しい。これらの点は、サンフランシスコには乏しい点かと思います。

だからこそ、「マクロなサンフランシスコ」と「ミクロな東京」を上手に組み合わせると楽しいし、多くの人が行きたくなる、魅力あふれる都市ができるのだと思います。

これが「ニューヨーク+東京」だと、お互いの個性が似すぎて面白味が半減するし、「ロサンゼルス+東京」になると、あの広漠としたロサンゼルスの箱に中身が東京となると現実感が乏しくなる。

日本人の目からみてもヒューマンスケールであり、「別府」や「熱海」など国内温泉地の情緒さえ感じさせる都市「サンフランシスコ」だからこそ、東京というソフトがぴったりはまるのです。私、こういう街に住みたい。

最後に、ベイマックスがヒロを乗せて飛ぶクライマックスのシーンで締めくくります

この辺は、どうみても、サンフランシスコ…

あれ、どうして「東京タワー」?

日本語のネオン看板が…

ここは「サンフラン奏京」!

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北海道セカンドホーム

おはようございます。Manachanです。日本ではGWもいよいよ終わり、職場も学校も平常運転に戻りますね。

GW期間中、我が家は北海道・中富良野で3泊4日のファームステイをしてきました。現役農家の経営するコテージに泊まって、畑で採れた新鮮な野菜や牛乳を美味しくいただきながら、とても良い休日になりました。

あとは、熱気球、乗馬、旭山動物園など、子供が楽しめるアクティビティも盛りだくさんでし
た。9月頃に行けば、搾乳、ジャガイモ・コーンの収穫、馬の放牧など、もっとバラエティ豊かな農業体験もできるし食べ物も美味しいので、また行きたいと思います。

観光地として不動の人気を誇り、「移住したい土地ランキング」でも常に上位に入る北海道は、私たち本州の都市部住民を魅了してやまない何かがあります。私にとっては、

・広大な土地、見渡す限りのオープンスペース
・まっすぐ続く道、渋滞とは無縁の快適なドライブ

が魅力ですね。私はオーストラリアに住んでいた時期も長く、「広い空間をゼイタクに使う」感覚は当たり前だったのですが、東京に住むとそれが失われますから、たまに北海道を訪れると新鮮に感じますね。

観光地や景勝地が美しいのは北海道も本州も同じですが、北海道の場合「オープンスペース」、「ストレスのないドライブ環境」のおかげで、観光地間の移動そのものが楽しい。また、

・水道水をそのまま飲んでもすごく美味しい
・野菜の味が濃い
・海産物(特に貝類)が安くて美味しい

このあたりも魅力ですね。統計数字に表れない豊かさを感じます。あと、関東あたりでは味わえない感覚として、

・長い冬を耐え忍んだ後の、春の大地そのものがすがすがしく、カラフルで美しい

関東あたりだと春が長く、2月に梅が咲き3月末~4月に桜、モクレン、ツクシ、セリ…みたいな季節感になるのに対し、北海道では3月はまだ冬で、4月でも気温マイナスの日が結構ある。5月の声をきくと、一気に春の植物が大地から芽を吹きだす感じで、その色彩豊かな美は筆舌に尽くしがたい…

大自然の魅力あふれる北海道。最近は飛行機もレンタカーも安くなり、首都圏に住みながら結構リーズナブルな値段で旅できるようになりましたが、それでも「飛行機とレンタカーを使わなくても、北海道に住んでしまえば、いつでもマイカーで北海道を旅できる」わけで…実際に北海道移住してしまった仲間が何人もいます。

北海道へ移住…パスポートも要らないし、日本語も通じる世界なので海外移住よりは敷居低いでしょうが、実際にやるとなれば長く厳しい冬を越さなければなりません。日々の雪かき、雪道運転、高い暖房費などがつきものの北海道ライフ。それに、本州都市部と比べた時の、仕事のバラエティの少なさ、所得水準の低さ…子供連れなら特に教育・医療環境の懸念のある地域もあります。

その辺を総合的に考えた場合、それなりに都会で生活環境の整った札幌圏を移住先に選ぶ人がたぶん多いのだと思います。

私自身も、「将来の楽しみ」のひとつとして、札幌圏内〈千歳市〉に自分の物件をひとつ持っています。63平米あり、カップルでも家族でも住める大きさのマンションです。5年前にセカンドホームローンを組んで、現金手出しなしで購入。今は地元の工業団地勤務の方に貸しており、10年後にはローン完済します。

ローンが終わったら、あるいは、今の入居者が退去したら、本格的にセカンドホームとして自分で使い、良い季節〈5~9月〉だけ住んでみてもいいかなあと思っています。いや、マンションだから通年住んでみてもいいかも。冬場の雪かきは、自分の駐車場だけやればいいもんね。札幌や新千歳空港に近いから、住んでもそんなに不便じゃないっしょ。

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成田第三ターミナル地獄の家族旅行

こんばんは、Manachanです。北海道・富良野、3泊4日のファームステイ家族旅行から帰ってきました。農場体験や食べ物は素晴らしく、娘ソフィア、息子ポニーとも「また来たい」と絶賛していました。

しかし、残念なことに、最終日、新千歳空港からバニラエア便で成田(第三ターミナル)に帰ってきた際の体験が最悪で、素晴らしい旅行だったのに後味の悪さが残ってしまいました。

今年4月8日に開業したばかりの成田・第三ターミナルはLCC(格安航空会社)専用らしく、予算を抑えたシンプルなつくり。まるでコストコ倉庫店みたいな外観、それ自体は構わないんですが、

子連れ家族旅行で大荷物かかえて第三ターミナル利用は、現時点では絶対におすすめしません!

まずもって、

・第三ターミナルは自家用車乗り入れができません。第二ターミナルに車を止めて、約600m(10分)歩くか、使い勝手いまいちな空港連絡バスを使わなければなりません

これ、身軽な一人旅ならいいですが、小さい子供連れだとかなりしんどい。特に夜間到着のフライトで子供が寝てしまうと、600mの道のりが途方もなく感じるものです。連絡バス使おうにも、本数が15分に1本くらいしかなくて、使い勝手は良くありません。

第二、第三ターミナル間には立派な自動車専用道路が通っています。なぜ、自家用車の送迎ができないつくりにしたのか、よく分かりません。

ま、それでも、カートさえあれば、大荷物持って600m徒歩移動もなんとかなりますが、問題はそれだけではありません。私、第三ターミナルが絶対に許せないのは、

到着ロビーから第二ターミナル行きの連絡通路までに2回も垂直移動があるのに、エレベーターとエスカレーターにカートを乗せられない。

俺は今回、せっかくカートに積み上げた8点もの荷物を降ろして、2回も階段で上下移動させられたんだよ(怒怒怒怒怒怒怒)!!

一体どんなことがあったのかというと…

2015年5月4日 午後9:40 新千歳発のバニラエア便が約30分遅れて成田着。1Fの到着ロビーでチェックイン荷物を受け取ってカートに乗せようと辺りを見回したら、どこにもない!

私は、長距離ドライブと子供の世話で疲労困憊しています。係員に、イライラした口調で「カートどこですか!」と聞くと、「出口の向こう側にあります」という答えが…大急ぎで取ってきて、カートに荷物を積み上げた後、30mくらい行くと1Fから2Fに上がるエレベーターとエスカレーターがあるのですが、どちらも、カートが使えないようになってる!

えっ、まじかよ!信じられねえ…」、悪態をつきながら、私は、重い荷物を持ってエレベーター使って2Fにあげ、そこでカートを見つけて荷物を積み上げました。

第三ターミナルの2Fは出発ゲートやカウンター、飲食店、コンビニなどが並ぶ賑やかなエリアになっています。そこを通り抜けると建物の外に出て、第二ターミナルに続く約600mの通路や、連絡バス乗り場があるのですが、いずれも、1Fに下りる必要があります。しかしここでも、2Fから1Fに下りるエレベーターとエスカレーター、いずれもカートが使用できないようになってる!

またかよ!何だこのアホなつくりは!利用者を何だと思ってるんだクソ馬鹿野郎!」と、辺りに聞こえるような大声で悪態をつきながら、再度、重い荷物を降ろして垂直移動。

1Fに下りれば、後は第二ターミナルまで距離は長いけどフラットな移動なので、事なきを得ましたが、自宅に帰ってもどうしても納得できなくて、

第三ターミナルの苦情受付(0476-34-4199)に電話しました!

私「すみません。第三ターミナルの施設に関する苦情なんですけど…」

職員「はい、どのような問題でしょうか?」

私「2時間ほど前、大荷物を持って子供連れで第三ターミナルについたんですが、建物を出るまで1F→2F、2F→1Fと、二度も垂直移動を強いられるのに、エレベーターもエスカレーターもカートが使えないと書いてありました。どうしてそうなってるんですか?」

職員「そうなんですか。認識していませんでした。上司に伝えます」

私「日本全国や海外の空港、たくさん使ってますけど、ここまで使い勝手の悪い施設は見たことありません。成田では第一も第二も、ちゃんとエレベーターでもエスカレーターでもカートを乗せられるのに、第三でそうなってないのは何か理由があるのですか?」

職員「理由までは分かりかねますが…とにかく了解しました。改善に向けて上司に伝えます」

私「ありがとうございます。本っ当に、ありえない話なんですから、猛省してください!」

利用者が声を上げることにより、せっかく大金かけてつくった施設とサービスが改善されることを切に願います。

(5/5 補足)
成田空港会社のウェブサイトでもメールでのコメント、苦情を受け付けているので、書きました。

(本文)
5/4(月)の21:40頃、家族四人連れの北海道旅行帰り、新千歳からバニラエアで成田第三ターミナルに到着、全部で8点の大荷物をカートに乗せたのですが、到着フロアからターミナル建物
を出るまで1F→2F2F→1Fと、二度も垂直移動を強いられるのに、エレベーターもエスカレーターもカートが使えない状態で、私は二度も大荷物を持って階段での上下移動を強いられました。ものすごく不便で、不条理を感じました。

LCCで安い飛行機に乗るのだからこの位の不便は甘受しろ、という話ではありません。私は東京在住で妻の実家がケアンズにあり、直行便は成田第三ターミナル発着のジェットスターしかないのです。国内でも行き先によっては、例えば奄美大島とかは、第三ターミナル発着のバニラエアしかありませんよね?LCCの他に選択肢がない人も大勢いるのだから、エレベーターにカート乗せる程度の、日本のどの空港でも当たり前に実現していることは第三ターミナルでも一日も早く実現
して欲しいです。ましてや成田は日本の空の玄関口なんですから、今時このレベルはありえません。

(追伸)エレベーター問題、政治家ルートの陳情で、6月には改善されました。詳しくはこちら、

政治の賢い使い方(2015/6/22)

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韓国の散髪で挫折した話

こんにちは、Manachanです。

私は自他ともに認める「海外散髪フェチ」。カンボジアで、フィリピンで、ベトナムで、マレーシアで、アメリカで、オーストラリアで、中国で、インドで…海外出張に出るたびに、散髪せずにはいられない身体になってしまった私。

前回の散髪は3月2日(カンボジアで実施した4ドルヘアカット)。あれからすでに1か月半を経過し、髪の毛もいい感じにボサボサになっている。今回の韓国出張、超ハードスケジュールで自由時間が1~2時間しかありませんが、実は散髪のチャンスを虎視眈々と狙っていました。

4月15日(水)朝、気温7℃のソウル・シンチョン(新村)の安宿を出て、行動開始!

【7:45AM シンチョン路北側 マッサージ兼理容院】

飲食店が多数入居する築古の雑居ビル前で、グルグル回る「あの物体」を発見!ハングル文字で「マッサージ」と書いてあるが、ビルの地下二階に降りると「理容院」(イヨンウォン)の表記が!これはいけるかも。でも、まだ営業しておらず、人っ子ひとりいない。やむなく断念。

【7:50AM シンチョン路南側 サウナ兼理髪店】

朝の通勤時、バスやタクシーが行きかうシンチョン路を渡ったところに、再び「グルグル物体」を発見。しかも「理髪」(イバル)と書いてある!サウナに併設された店のようだが、ここで髪切れるかもしれないと、期待に胸を躍らせビルに入る。地下一階に降りたところで男性の管理人を発見!

「ここで散髪できますか?」と聞くと、

「まだ営業しておりません。すみません」という残念な返事が…ソウルで朝8時前だと、散髪にはまだ早すぎるのかもしれないね。

8:30から、ホンデ(弘大)近くの喫茶店でクライアントと商談。10時過ぎに終わると、再び、床屋探しにGO!

【10:20AM ホンデ駅北側、雑居ビル2Fの美容院】

大通り沿いのオフィスビルで、「Hair Makeup」という英語表記を発見し、ビルの二階に上がる、お店はすぐ見つかったが、店名は「ピンク・パウダー」、来ている客も若い女性ばっかり。バツが悪くなって、逃げるようにその場を後にする…残念!

さすがに、いい歳した男が「ピンクパウダー」は、こっぱずかしい。

【10:35AM ホンデ駅南側、学生街のオサレなヘアースタイリスト】

街路樹の緑が美しい代官山ふうのストリートで、「4 Hour Style HAIR」を発見!カッコいい店構え、ちょっと値段が張りそうだが、すでに帰りのフライトの時間が迫っておりゼイタク言っていられない。ここで、さくっと髪切ってもらおうっと。

でも、お店に入ると、「毎週水曜日は休業」との貼り紙が…うー残念。

朝メシ抜いて腹が減っていたので、「セマウル食堂」で豚キムチ鍋をガッツリ食って、残り時間の乏しいなか、最後のチャレンジ。

【11:10AM ホンデ駅近くのトンギョドン(東橋洞)地区 庶民的な美容室】

私好みのシンプルな店構え、「東西美容室」(トンソミヨンシル)を発見。こりゃまじで、いけるかもしれない。でも、お店に入ると女性(おばさん)客ばかり。

「男性の散髪できますか?」と聞くと、

「男性は無理です。すみません」との答えが…残念。韓国でも日本と同じく、「美容室」って書いてある店は女性専用なのかもしれないね。

【11:12AM トンギョドン(東橋洞)地区 ヘアカット店】

空港行きの特急電車の時間が迫り、今度こそ最後の散髪チャンス。いきなり「Jake Hair」という店を発見。「美容室」ではないので、男でも髪切れるかもしれないと思い、祈るような気持ちで入店。

でも、この店に来てるのも女性ばかり。そしてここでも、「男性の散髪やってません」と、つれない返事が。

万策尽きて、失意のうちに(?)、日本に帰国したManachanでした。

うーむ、韓国の散髪は思ったより難しい。私が女性だったら楽勝なんだけどな…この国の男はどこで髪切ってるんだろう?

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ソウルで迷子になった話

おはようございます。Manachanです。

今晩、韓国ソウルに旅立ちます。現地一泊だけの駆け足出張です。東京からだと、ソウル行くのも福岡行くのも大して変わらない距離だし、ビザ不要だし、羽田・成田発フライトの便数も鬼のように多くて便利なので、一泊すれば十分ですね。

今のソウルは、地下鉄は東京みたいに四通八達、日本語英語OKのインターナショナルタクシーなるサービスも登場して、とても便利になりましたね。

私が初めて韓国に行った1988年とは、隔世の感があります(27年も経ってるから当たり前か・・・)。あの頃の韓国は、

・渡航にビザ必要
・日本人観光客も少なく、ソウルのミョンドン(明洞)でさえハングル文字オンリー
・ソウル市内の地下鉄路線も数えるほどしかなく、市内移動はバスかタクシー

ソウルで市内バスを乗りこなすのは、ハングル文字の読解力と土地勘がないと無理なので、外国人観光客は必然的にタクシーのお世話になるわけですが、当時、ソウルのタクシーがまた難しくて、

・乗り合いタクシーが一般的
・韓国語以外全く通じない
・他の客もいるので、どこに連れていかれるのか分からない
・料金がいくらかかるかも分からない(運ちゃんの言い値)

私は21歳の時(1990年)、妻と一緒に韓国旅行したことがあります。ソウル金浦空港に着いたのが夜10時を回っていたので、タクシー乗って適当に近く宿に泊まろうとしました。覚えたての片言の韓国語で、

ソデムンヨグァン(西大門旅館)

と、行き先を告げると、運ちゃんは分かったのか分からないのか知らないが、猛スピードで車を走らせました。

金浦空港を出てまもなく、路上で女性をピックアップ、しばらくして別の男性をピックアップ、(もちろん韓国語で)運ちゃんとの猛スピードの会話が始まり、私も妻も一言も聞き取れない。

かなりの距離を移動したところで、路上で女性を下ろし、別の女性をピックアップ・・・そんな感じで、乗客が何度も何度も入れ替わり、タクシーは走る。さすがの私も、どこに連れていかれるのか不安になってきました。

そしてついに、乗客は私と妻だけになりました。タクシーの走行距離はすでに、金浦空港~西大門をはるかに超えていると思われ、真っ暗闇のソウルの街を東へと移動しているようでした。

私たちはソデムンヨグァンに行きたいんだけど、本当にそこに向かってますか?

当てずっぽうの韓国語で運転手に聞くと、ものすごいスピードで答えが返ってきて、こちらは一言も聞き取れない。しばし無言。

しばらく走って、ラブホテルみたいな怪しい宿で下ろされました。請求された料金は、予想よりは高くありませんでした(乗り合いだからねえ・・・)。でも、ここがソウルのどこなのか、全く分からない。

当時、韓国の宿泊施設は、普通のホテルに見えても「大人のおもちゃ」自販機が置いてあったり、実質的にラブホ利用されているケースも多く、要はホテルとラブホの境界がはっきりしていませんでしたが、今回案内された宿は、室外も室内も「やらしいピンク」で固められ、いかにも歌舞伎町の裏町にあるラブホのたたずまい。

さらに、ホテル支配人が私たちの寝室にずかずか入ってきて、私のパスポートか身分証明書を見せろと言う。この宿は21歳未満は泊まってはいけないようで、その意味では私はギリギリセーフなんですが、その事実を確認するのに10分以上かかった・・・すでに午前0時を回り、こちらは不安と疲労困憊ですぐ寝たいんだから勘弁してよ~と叫びたくなる。

ことが一件落着すると、ベッドで泥のように眠ったのは言うまでもありません・・・

次の日、ソウルは快晴、気持ちの良い朝を迎えました。外に出るとここは住宅街でで、団地・アパートがたくさん建ち並んでいました。平和なひととき、優しそうなおばさんに韓国語で聞いてみる。

「ここはどこですか?」
「チャガンドン(長安洞)だよ」

【チャガンドンは、こんな感じの下町でした】

宿に戻って、ソウル市内地図で「チャガンドン」を探すが、見つからない。後で分かったことですが、ここはソウル市内東部の住宅地で、チョニャンニ(清涼里)駅の近く。都心部からは離れているので、当然、観光客向けの地図には載っていなかったのです。よく考えたら、昨晩のタクシーはソウル市内を西から東へ大縦断していたのです。

【乗り合いタクシーの大移動】

とにかく、ソウル市内の中心部に出ようと思い、ホテルをチェックアウトする。歩いて5~6分のところに、ソウルメトロ2号線のシンダプ(新踏)駅があったので、そこから地下鉄に乗る。シンソルトン(新設洞)駅で一号線に乗り換えて、有名な観光地トンデムン(東大門)駅に到着。ここはさすがに観光地図に載っており、私も妻も、ほっと一息つきました。

ヒヤヒヤ、ちょっとワクワク・・・21歳の若さで経験したソウル迷子物語、今となっては良い思い出です。インターネットもスマホもある現代、こういう体験は、しようと思ってもなかなかできるものではないでしょう。

ま、あれで韓国個人旅行の度胸がついたから、私にとってはプラスの体験でしたね。

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お金で世界を知る

こんばんは、Manachanです。

ほぼ毎月、仕事で海外に行く私。行く先々の国から、お札や小銭を持ち帰って、次回訪問する際に、また使う・・・その繰り返し。

特に訪問頻度の高い東南アジア出張。渡航前に訪問先国のお金を揃えて、ウェストポーチに入れていきます。こんな感じで、

【3月1~4日、東南アジア出張の際の現地通貨小銭】
左からフィリピン・ペソ、ベトナム・ドン、カンボジア・リエル、タイ・バーツ

明日からは韓国出張なので、ウォンを用意しました。

【63,000ウォン。一泊分の宿代くらいにはなるかな?】

現地通貨の小銭って、便利ですよね。これがあれば空港からそのまま街に出られるので時間節約になるし、また空港で不利なレートで両替しなくて済むからお値打ち。あと、海外の空港での乗り継ぎで数時間滞在する際も、現地通貨持ってれば両替せずに空港で飲み食いできるので便利。

もっとも、クレジットカードやATMカード使えばいいじゃん、という話もありますが、国によっては機械がうまく動かなかいこともあるし、時にはマシンの前で長蛇の列に並ぶこともある。結局、現地通貨の現金に勝るものはないわけです。

そんな感じで、我が家には、常に十数カ国のお札やコインがストックされています。もちろん、私が使うために持っているわけですが、最近は、子供たちのマネー教育の素材としても使えることが分かりました。

先月の出張から帰ってきた時、息子にはベトナムドンとフィリピンペソ、娘にはカンボジアリエルとミャンマーチャットの小額紙幣をあげました。

私はいつも、旅先でしわくちゃ、ボロボロの「きったねえお札」を使ってますが、子供たちには一応、ピン札に近い条件のものを選んで渡しました(でも1000ペソとか、1000バーツみたいな高額紙幣は勘弁ね。パパの一日分の滞在費にはなるから・・・)。

こういう外国のお金って、話のネタになるんですよね。6歳の息子ポニーとの会話

ポニー:「パパ、1万ドンって、日本円でどの位なの?」
私:「60円くらいかな」
ポニー:「ベトナムでは、1万ドンで何が買えるの?」
私:「屋台で、うずら卵入りのラーメンみたいなものが食えるよ」
ポニー:「本当?ベトナムって安いんだね」
私:「うん、日本よりは安いよ。でも食堂で食べると、2万5千ドンくらいかかるんだ」

【ベトナムで、こんなものが食える!】

こんな感じで、各国の物価や生活感を知る上で、なかなか良い題材なんですよ。フィリピンではペソ、ベトナムではドン、タイではバーツ…それぞれの国で別々のお金が使われ、それを使って現地の人々の生活が営まれていることも学べる。

我が家ではすでに、子供たちの日常会話に海外通貨が登場するようになっています。

ソフィア:「私の1ペソどこにやったの?」
ポニー:「テーブルの上にあるよ」
ソフィア:「早く返してよ!」

うちの子供たちもそれぞれ性格が違うようで、ポニーは国名や通貨名、現地物価に興味あるみたいですが、一方ソフィアは感覚派で、デザインが美しい紙幣を好む。

十数カ国の紙幣のなかで、ソフィアが選んだのは、

ミャンマーチャット札!

確かにチャット札は、裏面のデザインがやたら凝ってて、ビジュアル系。真ん中の5チャット札もなかなかイイ感じですね。もっとも、日本円にして0.6円くらいなんだけど・・・

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