2018年 6月 の投稿一覧

「海外出羽守」にならない思考・執筆法

こんにちはManachanです。今回は、「海外に関する文章執筆」の話題で書きますね。

最近、ネット界隈でよく聞くのが、「海外出羽守」(かいがいでわのかみ)という言葉。意味はこうです。

 

・二言目には「…では」(…は海外の国名)と言い、海外を持ち上げて日本を悪く言う(ネットスラングでいえば「日本をdisる」)

・上記の国名として良く出てくるのが、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、北欧、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールなどの先進国。最近は英語力や教育の関連で「マレーシア」とか、ネットテクノロジー関係で「中国」が稀に出てくる。アフリカや南米、中近東地域の国名が出ることはほぼない。

 

その「枕詞」なる「…海外では」を揶揄されて、「海外出羽守」と称されます。ニュアンス的には「放射脳」等と同様、「困ったちゃん」に対する蔑称の意味合いを感じます。

「海外出羽守」的な言説はずっと昔からありますが、いまこの言葉が生まれたのは、やはりブログ等を通して情報発信する人が増え、またそれがネットで人々の目に触れる機会が増えたからでしょうね。

 

ところで、私は海外に関する情報発信を日常的にしています。あるいは誰かに「Manachanは出羽守」だと思われてるのかもしれませんが、少なくとも主観的には、俺は無責任な出羽守にはならないぞ!と心に決めて書いています。

「無責任」とはキツイ言い方で申し訳ないですが、要は、「言いっぱなし」が一番良くない。海外の良い面を取り上げて日本の至らなさを指摘する自体は良いけれど、次の要素がひとつでも欠けると日本在住者の「心に響かない」。

 

・その事象が海外と日本の社会においてどれくらいの頻度で、どの社会階層のなかで起こるのか?日本社会のなかで類似事例があれば同じ土俵でフェアに比較できているのか?

・もし日本社会に類例がないことであれば、それが生まれる海外の社会背景と、日本で生まれない理由をきちんと説明できているのか?

・もし日本に対し苦言を呈し改善を求めるのであれば、日本社会で生きる方々の置かれた環境や立場に一定の理解を示しつつ書いているのか?

 

特に「海外に住んでて」かつ「上から目線」口調で書いてしまう人はすぐ、「お前だけ安全圏に身をおいて俺たちのこと一方的に散々悪く書いて嫌なやつだ」と思われて、即「出羽守」認定されてしまうのだと思います。

逆にいうと、上のポイントにちゃんと配慮した上で「日本に対する建設的な苦言・改善提案」ができれば、出羽守どころか、人々をして「なるほど~」、「俺らも真面目に考えよう」と思わせる、価値のある読み物になるのだと思います。まだ力不足かもしれませんが、私は文章表現者として常に、そういう読み物を書こうと努力しています。

 

最後に、苦労の伴う子育てをしていて思うことは、「我が子に対して好奇心を持つのと同じように、日本に対して好奇心を持って書いてみたい」。

子供は、大人に「ああせい、こうせい」と指図されるよりは、「ありのままの自分を素直に受け入れて欲しい、もっと好奇心を持って知って欲しい、認めて欲しい」と願っているものです。大人だってそういう欲求がありますよね。

その好奇心を、「日本」(人々、国、島々、自然、動植物、文化、社会…)に対してより深く、本質的なレベルに向けることで、私が海外について書く文章の価値がより高まるのではないかと最近感じています。

 

たとえば、日本の「産業効率の悪さ」や「社会変革の遅れ」について指摘する人が多くいます。良い論点だと思いますが、私は「ちょっと待て、言い切る前に、もっと深く考えようよ」と思います。

 

1)良くも悪くも、日本とは本質的に、「効率」より「調和」が優先される社会である。

2)その気質は、平地の少ない孤島という自然条件のなかで、長い時間をかけて形成されたもの。皆が「この島々から逃げられない」前提で、「他者との調和を乱さない」不文律を守って生きてきたから、そのようになった。

3)日本における効率向上はあくまで「他者との調和」との折り合いがつく範囲で追求されるもので、調和を乱した瞬間に嫌われる。日本人なら排斥されるし、外国人の場合アメリカみたいに強い奴なら「外圧」扱いになり「面従腹背」するが、そうでなければ「無視」される。

4)「調和」が優先されるコンセンサス社会ゆえ、オーナー企業でもない限り組織の意思決定は概して遅いし、経済社会の変革が必要になる段階でも「いまを生きる日本人が変化を望むかどうか」を確認するプロセスを踏むためフットワークが軽いとはいえない。

5)その代わり、日本人の多くが「潮時だ」と判断したら、この社会は一瞬にして、かつ不可逆的に変わる。

 

私思うに、上記の前提を踏まえずに、3)や4)について不満・苦言を述べたところで、日本社会の特質から考えて、「海外にいる日本人」の言い分は、「外圧」にもなれず「無視」(=出羽守認定)されるだけだと思うし、

逆に、そういうもの全てを背負った日本社会のなかで生きる者にとっては、「変わりにくい社会で、でもやっぱり変わらなきゃならない。自分たちに今できることは何だろう?」を真面目に考えることが大事で、そんなイマジネーションを想起させるような物書きに私はなっていきたいと思います。それには多分、日本やそこに生きる人々への「暖かい目線」と、「深く本質的な理解」が必要なのだと思います。

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台湾の育児書が日本人に合う理由

こんにちは、Manachanです。今回は育児ねたでいきますね。

先週いっぱい、台湾に滞在していた妻から、現地で本を買ってきてもらいました。育児書数冊(当然、全て繁体字中国語の本)読みましたが、一番良かったのがこの本です。

 

受傷的孩子和壞掉的大人』(陳志恆, 圓神出版社)

 

タイトルを日本語でいうと「傷ついた子供と、壊れた大人」。著者・陳志恆さんは台湾各地の中学校と高校で学校付きの心理カウンセラーを10年経験し、今は教職を辞めて作家になっている方ですが、

この本の特色は、何といっても台湾の同業者(カウンセラー)や教育者からものすごく絶賛されていることでです。その一部を日本語にしてお伝えしますと、

 

『この本こそ、心理カウンセリングの最高の実践だ』

『本書を貫く、親子関係や師弟関係を改善する考え方や態度、是非大人たちに読んでもらいたい』

『無力感に苛まれる世代に「力」を与える実務経験を通じて、我々に良い気づきを与えてくれる。大人の私たちが自分自身と折り合いをつけて、はじめて子供たちと折り合いをつけられるのだ』

『青少年の困惑、親たちの焦り。文章からにじみ出る著者の暖かい心が、読者の心を根底から揺さぶる』

『この本を読んで、心の中で思ったこと…傷ついて疲れた全ての子供たち、先生方、親たちにこの本を送りたい』

 

上記の全てが、教育現場で働く先生方や心理士から寄せられたコメントです(全部で、この3~4倍くらいの数があります。)

著者は現場の心理カウンセラーとして、学習の悩み、先生との人間関係の悩み、クラスでの異常行動、両親との確執など、さまざまな問題を抱えた子供たちと真摯に向き合います。著書ではたくさんの相談事例が出てきて、当然全てうまくいくわけではないですが、「子供が口を開くまで辛抱強く待つ」、「しゃべってくれたら真剣に聞く」、「パーソナルスペースを確保して静かに寄り添ってあげる」、「子供たちだけでなく、彼らに関わる先生方や親たちに素直に感謝する」、それを愚直に繰り返していくことで、多くの子供たちの心を開き、課題を一つひとつ解決していきます。

また、文章からにじみ出る著者の暖かい心、眼差しにも癒されます。彼は優秀、頭脳明晰なタイプというよりは、ひたすら誠実で愚直な性格で、誰も悪者にせず、誰の人生も尊重し、出会いや縁に素直に感謝する人。だから読後感もさわやかです。

 

著者は言います。

・「壊れた大人たちと接するなかで、子供たちは深く傷ついています」(「壊れている」の意味は、子供を独立した人格として認めない一方的な言動をすること。子供の言い分をまじめに聞かない、大人の価値観を押し付ける、過大な期待をする等々…)

・「とはいえ、壊れた大人たちも、元はといえば、傷ついた子供でした。親世代からの価値観の押し付けや無理解、高圧的な教育のもとで傷つき、その傷が完全に癒えないまま親になり、今日に至ります。でも前の世代の子育てしか知らないから、子供にも同じことをやってしまうのです。」

・「日々のお仕事、子育て、ありがとう。私たち大人から始めましょう。かつて少年少女時代に傷つき苦しんだあの頃を直視しましょう。あの無念を、我が子たちに、次の世代に伝えたいですか?」

 

この本の内容は、日本の教育現場で困っている先生やカウンセラー、子育てに悩む親たちに是非知って欲しいと思いました。日本で出版される育児書は、日本人が書いたものの他は欧米の訳書が多いと思いますが、この本は台湾人が台湾の現実のなかで書いたものなので、日本人にはリアリティをもって理解できるのです。

台湾は、経済社会のあり方、教育制度、国民性…どれをとっても、欧米よりはるかに日本に近い。学校信仰が強く、熾烈な受験競争が存在し(たぶん台湾の方が日本よりシビア)、先生と生徒、先輩と後輩、親子の間はフラットでなく上下関係が基本。もともと軍隊式の強圧的教育が広く行われ、今は多少緩和されて「体罰禁止」の世になったとはいえ、昔ながらの強圧的な教育を懐かしむ年配教師も多い上に、英語ITはじめいろんな教育ニーズが出てきて現場は混乱中。学歴社会とはいえ今や良い大学卒業が良い就職に直結するとはいえなくなり、最近は学校不適応や不登校が増え、学校付きのカウンセラー職が登場してきた…多くの面で台湾は日本と瓜二つ。

本に出てくる台湾の子供たちも、まるで日本の子供たちと瓜二つの言動をします。親の過大な期待に傷つけられても、期待に応えようと極限まで頑張る子供、友達や先生にどう思われるか極端に気にする子供、逆に無気力になって、何を聞かれても「別に」「まあまあ」、「ぼちぼち」を連発する子供など。

 

欧米より過密な都市社会。皆が猛烈に競争して、猛烈に経済成長して、今は猛烈に子供少なくなって経済不振…東アジア人はたぶん、欧米人より密度の高い時間軸を生きており、短い時間で社会が激変するなか、欧米(特に英語圏)社会の強い影響を受けつつ、一方で先祖から受け継いだ重すぎる文化伝統を背負っており、欧米の新しい潮流や思想が社会や教育現場になかなか定着しない。子育てでも、社会の変化の速さに親も子供も戸惑う…

同じ東アジアの現代を生きる人間、子育てや教育現場に携わる人間として、とても共感できました。この本で用いられる「子供や親、先生との接し方」、「相手の心を開かせる方法」も、社会や国民性が近い分、日本でもそのまま使えると思います。

是非、誰かがこの本を日本語訳して、日本で出版して欲しいです。きっと多くの人に役立つと思います…。

 

中国語できる方…FB、ブログのリンクはこちらです。

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