旅日記

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奇跡の地中海性気候

こんばんは、Manachanです。今日は珍しく「気候」の話題で行きますね。

海外不動産とかロングステイに関する仕事をしていると、「より良い気候を求めて移動したい」という人々のニーズに、必然的にかかわることになります。

「日本の寒い冬を逃れて、ハワイや東南アジアに移住したい」とか、逆に、「蒸し暑い関東の夏を逃れて、北海道に季節移住したい」等々…

世界的にみても、寒さが厳しい場所から気候温暖で穏やかな場所への人口移動やバカンス需要は、経済的にも無視できないものがありますね。

 

これ、私にとっては新鮮な感覚です。というのも、より良い気候の場所を求めて移動することを、自分はこれまで考えたことがなかったからです。

私、どの土地にもすぐに順応してしまう体質なのでしょうか…これまでいろんな国、いろんな気候の土地に暮らしましたが、気候面で特に不満を覚えたことがありません。たとえその場所が、冬季は氷点下20℃になる酷寒地であろうと、毎夏40℃を超える酷暑になって庭の芝生が焼け焦げる土地であろうと、「ま、そんなもんかな~」、1週間もすれば慣れてしまいます。

いくら気候が厳しくても、昔から人間が住んでいる限り、その土地で快適に暮らす知恵やインフラがあるわけですから、余程の極地でもない限り、とりあえず住める自信はあります。

 

ただ、世界中いろんな土地に行くなかで、「どの気候が、多くの人間にとって一番快適なのか?」を考えたりします。現時点での結論は、

 

世界の大多数の人が好むのは、地中海性気候!

 

地中海性(Cs)気候。中学の地理の授業で習いましたね。この気候が分布するエリアは狭く、

・地中海沿岸(南欧~北アフリカ~西アジア)
・アメリカ西海岸
・オーストラリア西・南海岸
・チリ西岸、中央アジアの一部

…それ位しかありません。世界的にみて、なかなか貴重な気候といえます。

 

下にみるように、地中海性気候の分布帯は、必ず砂漠気候に隣接しています。したがって「乾燥」気味のカラッとした天気になります。

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地中海性気候の特徴は分かりやすい。一言でいうと、「夏季少雨」、「冬季多雨」。

・夏季は、ほとんど雨が降らず、乾燥する。したがって数か月間、晴天が続く。
・その代わり、冬季に雨が降るため、緑が保たれる。

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地中海性気候の地域には、世界的に知られたリゾート地や、シニアのロングステイ先として好まれる場所が多いですね。

・スペインのコスタ・デル・ソル
・イタリアのアマルフィ海岸
・ギリシャ・トルコのエーゲ海沿岸(コルフ島、ボドルム等)
・米国カリフォルニアのサンディエゴ周辺

 

こうしたリゾート地には、北の寒い国、日の短い国から、大勢の人が太陽を求めてバカンスに来ます。オンシーズンは夏季ですが、地中海性気候は夏季にほとんど雨が降らず、晴天が続くので、バカンスにはもってこい。暑いとはいえ乾燥してますから、日本や東南アジアの蒸し暑くて不快な夏とは違って快適、海風も涼しい。

場所や緯度にもよりますが、「海水浴できる位の暖かい水温」が保たれ、かつ「海風が涼しい」時期が、年間約7~8か月続くのが、地中海性気候の良さといえます。

 

たとえば、トルコ地中海岸のアランヤ(Alanya)は典型的な地中海性気候。海に入れる時期が4~11月位まで、約8か月続きます。雨温図をみても、4~11月は最高気温が20℃を常に上回ります。冬場も東京みたいに寒くなりません。

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10月下旬の10日間天気予報をみても、ずっと晴天、傘要らず。朝から20℃超えなので半袖で過ごせますね。

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地中海性気候エリアは、年間の晴天日数が300日を超えるところが多いのが特徴。前述トルコのアランヤは300日、スペインのコスタデルソルに至っては325日あると言われています。日本の場合、一番晴天日数が多い香川県でも249日(日本平均は216日)ですから、その差は歴然ですね。、

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私は先週、トルコのアランヤに不動産視察に行ってました。朝から晩まで一日中、「天国のような快適な風」に包まれて、身体の芯まで癒されました。カラッとして、適度な湿度を含んだ風がイイんですよね。

東京に帰ってくると、地中海エリアと比べて、空気に過剰な水蒸気が含まれていると感じます。夏はサウナみたいにじめっと暑いし、冬は湿っぽくて芯まで冷える。秋の風は涼しいけどカラッとはしていない…ま、その気候にもすぐ慣れちゃうんですけど。

地中海の素晴らしく快適な気候を味わいたい方は、是非、行ってみてくださいね。

 

最後に、「トルコ」をテーマとするセミナーを二つ紹介します。興味のある方、来てくださいね。

 

1)トルコリラFXと不動産投資のコラボセミナー(11/13日曜、私が講演します)

http://www.sunward-t.co.jp/seminar/2016/20161113_ek/index.html

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2)海外不動産投資成功塾(11/10木曜)

【海外不動産投資成功塾】第8回 11月10日 19:00~21:00 「地中海リゾートを満喫! トルコ南部のリゾート地アヤンラのリゾート不動産事情を徹底解説」

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大阪で元気になる

こんにちは、Manachanです。嫁の実家@ケアンズでの滞在もすでに6日目。健康的な環境でゆっくりするのはいいけど腐りそうだなあ。クルマないとどこにも行けないし…私どうやら灰色の大都会で朝から晩まで忙しく動き回る方が性に合ってるみたいな。でもまあ、これも家族サービスと割り切るしかないよね。

 

ここケアンズに来る前、私は大阪にいました。7月28日に関空で乗り継ぐだけの予定だったのですが、夜20時発ケアンズ行きのジェットスター便が機器点検のため欠航になり、その晩は仕方なく関空のベンチで明かしました。翌29日もずっと大阪で過ごし、深夜の便でようやくケアンズに発ちました。

29日の朝、8時過ぎ。関空に居てもつまらないので、南海電車で大阪市内に出ました。

 

「南海特急ラピート」の車内デザインはおしゃれ

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泉佐野、岸和田あたりは人もまばらですが、堺を過ぎると乗客が一気に増えてきます。新今宮で大阪環状線に乗り換えると、梅田やUSJに行く人たちで結構な混雑。

とにかく、電車内は人々のしゃべり声で賑やか。「これが大阪だ・・」という実感が沸いてきました。

 

乗客10人いれば、うち3人はおしゃべりを楽しむのが大阪の基本(?)

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大阪は大都会、JR環状線や御堂筋線はそれなりに混みますが、でも首都圏の激混み電車と比べれば可愛いもので、感覚的に混雑度は東京の3分の2というところでしょうか。

でも、東京の3分の2の乗客しかいないのに、大阪の電車は東京の2倍くらい騒々しい。大阪では老若男女問わず、電車でしゃべっている乗客数が断然多いのです。

もちろん、大阪でもスマホの画面とにらめっこしてる人もいるけど、基本、おばちゃんは当然しゃべる、おっさんもしゃべる、女子高生もしゃべる…大阪を基準とすれば、東京の電車のなんと静かなことか。

 

大阪の電車が騒々しく聞こえるのは、しゃべり声のボリュームが大きいというより、大阪弁のイントネーションのなせる業でしょう。

不動産の言葉でいうと、大阪には「文化住宅」なる物件が多いですが、大阪弁で話すと「ぶか」の「」にアクセントがあって、それも1オクターブ位高い…万事がそんな感じなので、普段、平板な東京弁の世界で暮らしていると、どうしても際立って聞こえてしまう。

 

あと、最近は東京でも大阪でも、電車内で「中国語」が聞こえてくることがありますね。東京の静かな電車で誰かが中国語しゃべると目立つし、私などはつい聞き耳を立ててしまいますが、

一方、大阪の電車で、誰もが大阪弁でしゃべっているなかで、中国語が聞こえてきても、全然目立たない…ということに気が付きました。

 

中国人や韓国人など、近隣アジアの旅行客の間で大阪が人気なのも、「本国の雰囲気に近い、親しみやすい環境」というのが大きいのかもしれませんね。

大阪の難波あたりでスナップショット撮って、「これ台湾で撮ってきた」といわれても、すぐには見破れないかもしれない(街の雰囲気が台北にそっくりだし、関西圏は関東より漢字を多用するので台湾っぽくみえる…)。

 

大阪難波…台北に酷似した街並み

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今回の大阪滞在、時間があったので、下町の「大正区」に足を延ばしてみました。

大正区…大阪市内なのに電車の駅が一つしかなく、区内の大部分が鉄道空白地帯。その代わり、バスが極端に発達して、「難波行き」や「天王寺行き」が1~2分おきに来る。島のような地形なので、他の区に行く足として渡し舟が発達、大阪市内の渡し舟のほとんどが大正区にあるという、大阪24区のなかでも特に個性が際立つ土地柄。

そして、「大正区役所以南は沖縄県」といわれるほど、沖縄出身者とその子孫が多い地区としても知られています。区民の4分の1が沖縄姓という話もある位。関東だと鶴見や川崎に比較的大きな沖縄コミュニティがありますけど、その比ではありませんでしたね…

 

大正区の平尾商店街…いきなり「めんそーれ」

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豚肉のさまざまな部位を使う「沖縄風ホルモン」、もはや大正区の文化!

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ビール片手につまむと、とにかく美味い!一串60円で財布にもやさしい。

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門構えがとっても目立つ沖縄料理店

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大正区、なかなか素晴らしい場所でした。今度は渡し舟とか駆使して、じっくり歩いてみたいな。その後、難波の駅から、名残惜しく大阪を後にしました。

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私は仕事柄、関西方面への出張が多いですが、京都、大阪、神戸の関西3都のなかでは、圧倒的に大阪が好きです。京都や神戸にいると、すぐ電車に乗って大阪に行きたくなってしまう位…それだけ大阪が私の体質に合うし、大阪にいるだけで元気になるんです。

大阪のなかで、特に好きなのが商店街。梅田で仕事して、少しの暇があれば天神橋筋に出かけますし、時には足を延ばして豊中の庄内とか、千林、駒川、阪神尼崎などへ、商店街歩きに行きます。

もっとも尼崎は兵庫県なんですが…あの街のノリは神戸じゃなくて、完全に大阪ですよね。それも、むっちゃディープな大阪の下町。

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全室温泉付きの収益別荘@韓国

こんばんはManachanです。

いま関空から、家族が待つオーストラリア・ケアンズに飛ぶところですが、韓国で面白い投資物件が出たと聞いて、急遽、1泊2日の弾丸ツアーで見に行ってきました。

 

お隣の国、韓国。ソウル・インチョン空港まで、日本から2時間。近すぎて外国という感じがしないなあ。私、実は韓国好きで、もう10回ほど行ってます。

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で、話題の物件は、ソウル市の西方、車で約1時間半。黄海に浮かぶソンモ(席毛)島に開発中のリゾート。インチョン空港からはもっと近いですが、下道しかないので、やはり1時間半かかります。

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現在ソンモ島に行くには、隣のカンファ(江華)島という大きな島から、カーフェリーで渡ります。

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しかし、私の後方に、建設中の橋が見えますね。

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この橋、来年完成予定で、その暁には、ソンモ島がカンファ島経由でソウルと「陸続き」になり、所要時間が大幅に短縮されます。

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ソンモ島の名物は、名刹「ボムン寺」(海辺の山寺みたいな壮大な寺・・・)、ワタリガニを中心とした海鮮料理、ゴルフ・・・そして温泉。

 

リゾートにつくと、「足湯」が出迎えてくれました。地元の方が気持ちよさそうにくつろいでます。

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で、物件ですが、現時点ではモダンな「ヴィラタイプ」のモデルルームがあります。ご覧の通り、きれいに整った内装。

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ロフトからみても、ウッディ―で良い感じ(日本の木を多用しております・・・)

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でもって、なんと、「全室、天然温泉付き」なんです。これは素晴らしい。

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あとは、韓国の伝統家屋「ハノク」(韓屋)スタイルの物件もあります。

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私的には、味があっていいなあと思います。韓国でないと味わえないこの雰囲気Good!

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で、リゾートには大浴場があります。短い視察の間ですが、20分ほど、入浴させていただきました。泉質が素晴らしく、風呂から出ても全然湯冷めしません。

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私、海外でいろいろ不動産買ってますが、最近は「収益別荘」がマイブーム。たまの休みに家族で別荘としてて使用し、使わない時は旅行者用に貸し出して収益を得る。

・昨年は、バンコクで収益別荘買いました。
・今年は、ハワイで買ったばかり…

 

ここで「韓国の別荘」というのも、コンセプト的には面白いなあと思います。日本からすぐ行けるし、メシ美味いし、何より「個室温泉付き」だしね。近くにゴルフ場も建設中でした。

ここ買うと、オーナー特典として「年間12日間までの自己使用」が可能。それ以外は、運営会社がリゾートとして運営するので、収益を生むこともできます。さらに、交通アクセス改善によるキャピタルゲインも狙えるかもしれない。

 

これをセミナー化できるかどうか、まだ検討が必要ですが、「是非セミナーやってほしい」、あるいは「セミナーまで待てないから、はやく現地視察、購入相談したい」方は、私まで連絡くださいね。

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休みたくない

こんばんは、Manachan@韓国ソウル滞在中です。
最近、飛行機での移動頻度が結構凄いかも。
○7月22日 英国スコットランドの山奥から、エジンバラ、ロンドンを経て、17時間かけて、翌朝、羽田に到着。
○7月23日 羽田から休む間もなく成田に移動、メルボルン行きの飛行機に乗ろうとするも、欠航のため、渡航を断念。
○7月25日 朝、羽田から札幌へ移動して決済、一仕事して深夜羽田着。
○7月26日 早朝、羽田から福岡へ移動して決済、一仕事して羽田着、セミナーと飲み会やって深夜帰宅。
○7月27日(今日) 夕方、成田から韓国インチョン空港に移動。
明日はインチョン空港の近くで収益物件みてきます。その後は関空経由オーストラリアへ移動と・・・
はたからみれば、過労で倒れそうなスケジュールでしょうが、私、不思議と疲れません。自宅で寝る時間は4時間くらいですが、飛行機移動中、1~2時間ほど爆睡すれば、すっきり目が覚めて、その後10時間くらいは余裕で活動できます。
(飛行機の座席に座ると必ず、離陸前に爆睡してしまうんですよね。尻に睡眠スイッチがついてるのかもしれない・・・)
3年半前まで、会社員やってましたが、当時の私は「普通に疲れて」ましたよ。仕事帰りが夜9時を過ぎると明らかに疲労困憊、朝の出社前も気が乗らないしだるいし、日曜日の夕方「サザエさん」やるころになると、仕事のこと思い出して憂鬱になるし、
でも今は、気楽な一人社長の身で、「仕事やらされてる感」がゼロ。大好きな「不動産」を仕事にしてるから、趣味に没頭するのと同様、疲れないし飽きない。どっちみち自分の好きな時に休めるので、身体が元気に動くうちは働こうという気になるんですね。
私の場合、休みたいとか、のんびりしたいとか、そういう欲求がもともとないのです。
私と海外視察ツアー同行した人ならよく知ってますが、世界中どこに行っても、休まないし、休めない。いつも精力的に街を歩き、ローカル交通機関で移動しまくり、ホテルに戻っても寝る直前や、チェックアウトの直前までブログやメルマガ書くかしている。シャワー浴びても2~3分で出る(ちゃんと洗ってるのか?)
「せっかく旅先に来てるのだから、いろいろ見たい。のんびりするのは、もったいない」という感覚なんですね。なにしろ、あのハワイに行っても、不動産視察と仕事ばかりしてましたからね。
もう若くないので、少しは休んだ方がいいのかもしれませんが、無理ですね。私、好きなことをしてる限りは、休めません。休むことを知らないんです。
比べるのはおこがましいかもしれませんが、坂本龍馬の「前のめりになって死にたい」という言葉、すごく共感できますね。「不動産で突っ走りまくって、のんびりリタイアする前に死んで」も、全然悔いないですもん。
夏の、蒸し暑いソウルの地にて…
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どこに住みたい?どこで死にたい?

こんにちは、Manachanです。4泊5日ハワイ出張から無事帰国しました。

 

ハワイ訪問は、約15年ぶり。滞在中ずっと良い天気に恵まれました。素晴らしく快適で、本当にいいところですね。ハワイに毎年必ず行く人、ハワイに移住する人、たくさんいますが、確かに納得できますね。

 

ハワイは天国の気候。常夏で陽射しは強いですが、東の海から吹いてくる貿易風がひんやり涼しくて、東南アジアや東京の夏みたいにベトベト汗ばむような蒸し暑さにならない。それでいて風が適度な湿度を含んでいて身体にやさしい。ハワイの、あの「天国の風」に吹かれているだけで、ほんわか幸せな気分に包まれます。

 

ハワイは、海あり山あり、森あり滝あり、島あり、バラエティ豊かな大自然に抱かれているのはもちろん、ワイキキやアラモアナでは洗練された都会と消費文化が味わえる。食べ物も日本食を含めいろいろあって困らない。都会と自然のバランスがとても良いと思うし、同じアジア人が多く住む土地で日本語も適度に通じる、なおかつ英語圏だし、日本からの距離感も適度、地震や津波、台風ともほぼ無縁、米ドル圏なので投資もしやすい…多少物価が高いのが難点ですが、ここまでの好条件が揃った場所、他にないですよね。

 

言い換えれば、日本人にとって、海外旅行、ロングステイ、留学、移住、投資、ビジネス…選ばれる条件を全て兼ね備えた、オールマイティな土地がハワイだと思います。

 
「Manachanは、ハワイに移住したいですか?」

「日本脱出とか、考えないんですか。」

 

そんなことを、友人からよく聞かれます。
私は、それに対する明確な回答を持っておりません。

 
「ハワイはいいところだけど、移住とかは、特に考えてないなあ。それ以前に、私は常に全世界を動き回ってる人なので、どこかの土地へ定住するという発想自体がないんです。」

 

LCCとジャパンレールパスで日本中、世界中飛び回る、渡り鳥みたいなものですね。

 

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定住しない人だから、自分の居場所は、どこでも良いです。適応力や語学習得力に自信あるし、不衛生な環境でも気にならないし、何食べてもお腹こわさないし、治安の悪さにもかなり免疫があるので、世界中どこだって住めます。今月行ったハワイや台湾で楽しめるのはもちろん、先月行ったバングラデシュ、4月に行った北京やベトナム、マレーシア…どの土地でも十分楽しめます。

 

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世界中いろんな土地に行って住んでみると、いま住んでる日本は相当イケてる国だと思うので、日本脱出は今のところ考えてません。世界中回るのに日本パスポート便利だしね。

 
「好みとかはないの?」

 
どうなんでしょう?強いていえば、便利な都会が好きで、田舎は余り好きじゃない。メシのうまい土地が好きで、物価が安い方がいい…それ位かなあ。

 
私は基本、どこに居ても満足ですから、逆に私の居場所を、皆さんに決めてもらっても良いかもしれません。たとえば、

 
「これから、インドネシアの不動産マーケットが盛り上がりそうだから、Manachanに行って、現地調査してもらいたい」というのが読者の皆さんの総意ならば、私は喜んでインドネシア行って、インドネシア語を覚えて、いろんな街や島をめぐり歩いて不動産調査で良い仕事しますよ。

 

「これから、アフリカのセネガルが発展しそうで面白そうだから、Manachanに潜入レポートしてもらいたい」と皆さんが言うなら、私はセネガルに渡航して、フランス語覚えて、不動産物件の一つや二つ買って大家さんやってみて、Facebookやブログ、YouTube で現地からアフリカ大家レポートしますよ。日本に帰国したら「セネガル、ブルキナファソ、コートジボワール3カ国不動産徹底比較セミナー」やっても面白いかも。

 

 

シリアやソマリランドに行って欲しいと言われれば、さすがに考えてしまうけど…人々がまともに住めるところなら、まじで、どこでもいいっすよ。世の中、自分の都合や好みで移住先を決める人はたくさんいるけど、「マーケットのニーズで自分の移住先を決めちゃう」人は余りいないと思うから、そういう切り口で皆さんのお役に立つ仕事をして、糊口をしのいでいきたい。

 
あと一つ、考えるべきは、「どこで死ぬか?」ですね。私も人生の折り返し点過ぎましたし、終活、そろそろ真面目に考えなきゃと思いますけど。

 
「日本の地で死にたい」とか、「畳の上で死にたい」とか、私は別に思わないんですよね。

 
死というものは自分でコントロールできないわけで、坂本龍馬だって土佐の国じゃなくて京都の寺田屋で亡くなったわけで…そんな格好いい話じゃないけど、私は旅先、たとえばカンボジアの8ドルくらいの安宿で死んでも良いと思ってます。

 

 

不動産投資家にとって最高の死に方は、たぶん「ガン宣告されて、余命○ヶ月」と告げられることでしょうね。その数ヶ月の間に、保有不動産の処分や、遺産の分配についてじっくり考えて、アクション取れるわけなので…

 

 

その場合、私が死ぬ場所は家族にとって便利なところになるでしょうね。それが日本でなくても、どの国でも良いです。

 

でもまあ、死はまだまだ遠いと思うし、身体も自由に動くので、「いまを楽しく生きる」ことに専念したいと思います。

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山で遭難した話

こんにちは、Manachanです。

北海道の駒ケ岳山中で行方不明になった7歳の男児が、6日ぶりに無事保護されたという、嬉しいニュースがありましたね。

男児失踪のニュースは日本中、そして海外でも大きく取り上げられ、大勢の視聴者が数日にわたりTV画面でハラハラドキドキしましたが、無事生還できて本当に良かった。親の「しつけ」と称する行動や、6日間にわたった捜索活動等に関して、いろんな意見がありますが、私は所詮傍観者なのでノーコメント。この親子が一日も早く静かな日常に戻れるよう、これ以上の報道は慎んで欲しいと願うばかりです。

とはいえ、「遭難」が我が身、あるいは家族の身に起こったなら、当然、傍観者ではいられませんし、一生忘れられない出来事となります。かくいう私も、1997年に山梨県の奥秩父山系で遭難し、一歩間違えたらあわや、というところまで追い込まれた経験があります。

 

忘れもしない、1997年4月下旬、ゴールデンウィーク前半の連休中。私は山歩き仲間と2名で、奥多摩・奥秩父の2泊3日山行に出かけました。登頂対象は雲取山(2017m、東京都最高峰)と、その西方にある飛竜山(2077m)。コースは次の通りでした。

1日目:三峯神社~霧藻が峰~雲取山荘(泊)

2日目:雲取山荘~雲取山~飛竜山~丹波(泊)

3日目:丹波~奥多摩~帰宅

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天候に恵まれ、1日目の登山は順調でした。2日目の朝も、まず幸先よく雲取山の山頂を踏破し、その足でさらに西方、4時間ほどかかる飛竜山に向けて、稜線を歩きました。

雲取山は首都圏でも人気の山で常に登山者が多いですが、ここから飛竜山に向かう道は人影もまばらで、道中、出会った登山者は10名にも満たない数でした。

4月後半とはいえ、ここは標高2000m近い稜線、日陰には雪が残り、アイゼンつけて慎重に歩き、思ったよりずっと時間がかかりました。飛竜山(2077m)に着いたのは午後1時をゆうに回り、そこで遅い昼食を摂りました。

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飛竜山からは、目的地・丹波(たば)の集落に向けて、10㎞を超える下山路があります。日没前に到着すべく、先を急ぎました。でも、その時に生じた「心の焦り」が、いま考えれば間違いのもとでした

 

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長い下山路、まず最初のピーク前飛竜(1954m)を超え、次の熊倉山(1624m)に向かう途中のどこかで、本来のルートとは違う、獣道に入ってしまったようです。

獣道は、見た目は立派な道で、そこが間違いだとすぐには気が付きませんでした。急斜面をぐんぐん下ると、だんだん道が細く、悪くなる。「おかしいな~道間違えたかな?」と思ったところで、時間はもう午後4時を回っています。もし本来の下山路でないとすれば、日没前に丹波の集落に着くのは不可能です。

周囲は、見渡す限り山、山、山…この世には山しかないのかと思う位。遠く下方に沢音が聞こえますが、そこに至る道はなく、急斜面すぎて下りる術はなさそう・・・そもそも平らな場所がなく、樹林も水場もない禿山の斜面。しかも間もなく日が暮れる。今日中に何もできないと思った我々2人は、寝袋に入って斜面に身を横たえました。

幸い、水と食料は数日分ありました。おそらく標高1500m前後の高地ですが幸いその日は暖かく、生命の危険は感じませんでした。でも、「俺たち、遭難しちゃったんだなあ・・・」、「ちょっとまずいかも・・・」という事実を、徐々に実感してきました。夜も更け、気温がプラス1桁台のなか、寝袋のなかで泥のように眠りました。

 

この夜、冷たい雨が降っていたらさすがにつらかったと思いますが、幸い、天気は晴れのままで、次の朝を迎えました。天は、我々2人に生還のチャンスを与えたのです。

日が開けると、昨日下りた急斜面を、必死に、よじ登りました。とにかく、稜線に出れば何とかなるの一念で、石や草につかまりながら登る。2時間ほど奮闘したでしょうか、ついに、熊倉山近くの稜線に到着!助かった!

その日は、結構な数の登山者、下山者がいました。人と会えたことが、とにかく嬉しくて、誰彼かまわず、息せき切ったように話しかけました。

稜線を下って、サオラ峠(1420m)の道標をみると、「無事、生きて、還ってきたんだ!」という実感がわいてきました。昼前には丹波の集落に到着。川魚バーベキューをして生還を祝いました。

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最後に・・・自らが山で遭難した心細さを知っているからこそ、今回の男児保護のニュースは、本当に心から嬉しい。「無事、還れてよかったね」…それ以外の感慨はありません。

私自身、あのアクシデントで、もしかしたら生還できなかったかもしれないと思う時・・・いま生きている有難さを噛み締めます。そして一日、一日を悔いなく生きていきたいと思うのです。

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ハプニング欲しい、アクシデントいらない

こんばんは、Manachanです。

波乱万丈のベトナムから、一昨日、マレーシアに戻りました。ホーチミンからクアラルンプールまで、わずか2時間足らずのフライト。距離は近いですが、マレーシアはベトナムに比べて近代的に整備されて、しかも国際的。時計が15年くらい進んでいるようにみえます。

今回のブログは、昨日のブログネタ「4・1レンタルバイク盗難事件」を、もう少し深掘りしてみます。

 

旅先では、いろんなことが起こります。予期せぬ出来事は、それはそれで、旅の良い思い出になるものです。そういうものを「ハプニング」と呼びます。

但し、ハプニングが楽しい思い出になるのは、自分がなんとかコントロールできる状況にあればこそです。コントロールきかず、勝手知らぬ環境下、誰かに運命を握られてしまうと、楽しいどころではなくなります、それを「アクシデント」と呼びます。

旅という非日常体験、多くの人は「ハプニング欲しい、アクシデント要らない」と願うことでしょう。ただ、ハプニングとアクシデントの境界線は微妙で、旅人のスキル・経験値によっても変わってきます。

 

私は、長年バックパッカーやってきた男。世界各国でハプニングもアクシデントも、たくさん経験しています。

私がこれまで経験したアクシデントのなかで最悪のものは、「1989年12月、フィリピン・マニラ滞在中にクーデターが起こり、自分の居場所の1㎞先で銃撃戦。結局2週間も足止めを食らい、かつ混乱のなかでパスポートが破損。日本に帰れなくなった」ことですね。あの時は、在マニラの日本人神父さんにお金を借りて、日本大使館でTravel Documentを発行してもらって、命からがら、帰国したものです。

あと、インドでは1989年初にA型肝炎もらったり、2008年に凄い頭痛で救急車で運ばれたこともありました。ああいう、身体がきかない状況になると、自力ではどうにもならないので、確実に「アクシデント」ですね。

 

一昨日体験した、「4月1日エイプリルフール、レンタルバイク盗難事件@ホーチミン」(詳細はこちら)ですが、これ、同じ場所で同じことが起こっても、人によっては「ハプニング」で済み、人によっては「アクシデント」になりうる、典型的な事例だと思います。

この事件、一言でいうと、「海外(マレーシア)への出発を5時間後に控えたタイミングで、パスポートが手元にない状態で、レンタルバイクを盗まれた」、「レンタルバイクを返すか、弁償するか、いずれかをしないと、パスポートが取り戻せない」という状況でした。

 

後知恵になりますが、事件前に、私が犯したミスや改善ポイントはいくつかあります。まず、「バイクを借りる時にパスポートを預けてしまったこと」…他の方法、例えばパスポートのコピーとデポジットの現金だけ預けてバイク借りる方法があるかどうかを、検討することはできたかもしれません(もっとも、自転車じゃなくて比較的高価なオートバイなので、デポジット預けるにしてもかなり高額になっていたはず。ベトナムは保険とか普及してなさそうだし…)。

もう一つは、「夜中11時にバイクを停める際に、ホテルではなく近くのお店の前(路上)に停めてしまったこと」…バイクドロボウの多いホーチミンの事情を考えれば、これは間違いなく軽率な行動であり、弁解の余地ありません。

ですので、次回、ホーチミンでバイク借りるなら、「パスポート預ける以外の方法で借りる」、「面倒臭くても絶対に有料駐車場に停める」ことは心がけますが…でも今回、私の言いたいことは、それじゃありません。

 

SHIT will happen even if I do nothing…. 人間、どんなに気を付けていても、望まない出来事は起こります。世の中、リスクゼロはありえません。

リスクを予見して、備えることは必要ですが、悪いことが起こった時に、いかにリカバリーするか…その知恵や胆力の方がずっと大事だと思います。

 

私、バイクがなくなった時に、本能的に、こう思いました。「これは、アクシデントではない。ハプニングだ」。「ハプニングだから、必ず解決できるはず」、「解決の過程で、面白いことがたくさん起きるはず。それも楽しみ!

 

とはいえ客観的にみて、事件発生時に、問題解決に必要なリソースが、私に決定的に欠けていたことは事実です。事件発生場所は、ベトナム・ホーチミン。私はバイク盗難の際、ベトナムの人々がどのように処理するのか知識が全くないし、ベトナム語も片言しか話せない。身分証明書(パスポート)は手元にないし、しかも5時間後に出発が控えている。時間もない。

何もかも手探りな状態で、まず、何をしようと思ったのか?「何でも良いので、手がかりを探そう」、「まずは動いてみて、事件解決に必要なヒントを探そう」…それが、私の本能が出した答えでした。

 

もちろん、最悪の事態も想定しました。それは、「パスポートを失うこと」。オートバイ弁償するお金なんて、どうってことない。でも、パスポートだけは何とか取り戻さないと、当面ベトナムから出られない。だから、パスポート奪回を、当面の目標に据えました。

たぶんそのためには、警察のお世話にならなければならない。身分証明書もない、現地語もろくに話せない、無力な外国人が何を言っても、現金以外に何も信用してもらえないだろう。でも警察という公権力の力を借りれば、レンタルバイク屋にうまく話してくれるかもしれない。

 

そう思っているところに、現れたのが、バイクで通りすがりのベトナム人男性。彼は少しだけ英語が話せます。彼が信用できる人物かどうか分からないが、少なくとも「日本語で話しかけてくる怪しげな現地人」ではないし、当の本人が、「まず、盗まれたバイクを見つけて、そのあと警察に届けにいこう」というプランを提示してくれたので、それに乗ることにしました。

結果論からいうと、彼の提示したプラン通りに物事は運ばず、結局、1時間半後に手切れ金2000円位渡して別れたわけですが…こんな少額な出費で、「バイクドロボウ市マーケット」なる、むちゃくちゃ面白いもの見せてもらったので感謝しています。

彼と別れた後に、出会った人間がことごとく正解でした。「英語を流暢に話す女性商店主」、「英語話せて仕事ができる若い警察署員」、「宿泊先ホテルの英語コミュニケーター」…運が良かったです。彼らの力を借りつつ、警察に事案を処理してもらった結果、12時頃に無事、バイクが発見され、パスポートも手元に戻すことができたのです。

 

時は前後しますが、10時を過ぎた時点で、13時25分に予約していたマレーシア行きのフライト搭乗は絶望的と判断。それを放棄して夕方16時20分の便を予約する方針に変え、事案解決に必要な「時間」というリソースを得て、心に余裕ができたのも良い判断だったと思います。

これまで、旅先での数々のトラブル経験から身につけたスキルこそが、落ち着いた心で物事をコントロールし、一歩間違えれば「アクシデント」になりかねない出来事を「ハプニング」にとどめたのだと思います。結果的には、「マレーシアへの片道フライト代1万円」+「撤去手数料&手切れ金5000円」、わずか1万5千円の出費で、むちゃ面白い体験ができたので得した気分です。

 

最後に、今回の事件が起こった時、私一人の単独行動で良かったです。この非常事態にビビッてしまう同行者がいたら、ここまで落ち着いて短期解決はできなかったことでしょう。

いや、違う、同行者の資質にもよるのかも…たとえば、一昨年11月、香港国際空港で起こったハプニング。同行者I氏と二人でいた時、モンゴル・ウランバートル行きの便がキャンセルされて、視察が不可能になるかどうかの瀬戸際で、「とりあえず北京に飛び、そこでウランバートル行きの深夜便にキャンセル待ちで乗る」という荒業を考え、北京の空港職員に4400元握らせて見事、翌朝ウランバートル入りに成功したことがありますが、それができたのは、同行者I氏が「なんとかなるさ~」と、楽観的に構える性格だったからですね(ブログ日記はこちら

 

・想定外の事態に対するストレス耐性

・「なんとかなるさ~」という、楽観、自信

 

その二つが揃えば、旅先のトラブルに冷静に対応する基礎体力ができるのだと思います。逆に、想定外ストレスに耐えられず、「万が一のことがあったらどうするんだ?」と血相変えてビビる人や、「何重にも保険をかけて安心を得たい」人の場合は、厳しいですね。健全なリスクを取って行動することを知らない人たちは、本来ハプニングで済むことをアクシデントにしてしまったりするのです。

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犬肉を食べていた頃…

おはようございます。Manachanです。

今日は日曜日、うちの奥さんは研修で一日中不在。私が終日、子供二人の面倒を見る予定です。たぶん、上野の博物館や動物園に行くことになるでしょう。

 

上野といえば、東京では新大久保、池袋北口と並ぶ、「ディープ中華めし三大聖地」の一つ。店主、店員、客のほとんどが中国人で、日本語があまり通じない店も少なくありません。

上野には、たとえば、「犬肉料理」を出す、中国東北料理の店があります。値段の割に美味しいので、こないだも、得意先の方と一緒に食べにいきました。堂々と「犬肉鍋」と表示されたメニューがあって、口をつけたのは私と、もう一人だけ。他の全員は遠慮してました。

 

【上野の犬肉鍋…4人前5,250円、2人前3,150円】
(新大久保店でも同価格です)

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私は2005~07年にかけて、中国の大連に住んでいました。現地では「犬肉」はポピュラーな食べ物、牛肉や豚肉と並んで売られるような、誰もが食べるものでした。

久しく行ってないので最近はどうか分かりませんが、私が住んでいた頃、大連・周水子国際空港からタクシーで市内へ向かうと、すぐそばに「狗肉湯」(犬肉スープ)と書かれたデカい看板があり、それをみて「大連に帰ってきたなあ」と実感したものです。

当時の大連で外食すると、肉を使った料理の価格は、「牛肉>>>犬肉>豚肉・鶏肉」という感じで、それなりにリーズナブル。会社の同僚と、週に一度は、「狗肉湯」ランチ(6元=当時は84円)を食いに行ってたものです。犬肉を食べてみると、「牛肉に近い食感」。当時の大連では「ちょっと安い牛肉」みたいな位置づけでしたね。

大連での生活を経て、日本に帰国すると、当然ながら、犬肉を食べる機会が圧倒的に減りました。今では、上野か新大久保に行って食べるしかないですもんね。ま、それでも構いません。豚肉、牛肉、鶏肉、羊肉があるわけだし、他の肉に比べて、犬肉が特に好きというわけでもないし…

 

中国、ベトナム、朝鮮半島、日本…東アジアの犬食文化は長い歴史を持ちますが、近年はどの国でも、犬をペットとして愛玩する習慣が普及し、それとともに、「犬を食べるなんて、可哀想」という価値観を持つ人も増えてきました。

日本、韓国、台湾では、犬食はめっきり減りましたし、本場・中国でさえも、犬肉食に対する風当たりは強くなりつつあるようです。中国南部・広西チワン族自治区の玉林市では、犬1万頭を食べる毎年恒例の「ライチ犬肉祭り」をめぐって、国内外で賛否両論が巻き起こっています。

中国で「犬肉祭」…「何が悪い」と1万匹、盛大に食べ尽くす 世界から約400万人が抗議

(こういう祭り、行ってみたいなあ・・・反対デモも凄いらしいけど。)

 

オーストラリア・シドニーに住んでいた頃(2000~05)の話。犬食習慣のあるアジアの民族が同国に移住してお店を開くことがよくありますが、犬肉の出荷は同国の法律で禁止されているため、「本来、犬肉を使うところ羊肉で代用する」メニューが多かった印象があります。

たとえば、シドニー南西部、Belmoreの駅近くに、韓国料理店が固まっている一角があります。店名からして、「コリアン客しか相手にしない」オーラが漂いますが、どの店も安くて美味いので私もよく行ってました。

 

【Belmore駅周辺に韓国料理店が並ぶ】

belmorekorean beomorekoreanhouse

 

私のいた頃は、この一角に「チャンジンドン・へジャンクック」という名店があり(英語しか知らない人には意味不明)、そこで一番好きだったメニューが、「羊肉鍋」でした。本来は「犬肉」を使う料理ですが、オーストラリアで犬を使うとご法度なので、羊肉で代用して、本来の味に近づける努力をしたそうです。確かに旨かった。

羊でも犬でも、美味しければなんでも食べてみたいです。

 

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男にとって居住地選択の自由とは?

おはようございます、Manachanです。

最近、国内出張が続いています。先週は金曜日に鹿児島、土曜日に大阪と、いずれも日帰り出張。日曜日は家でゆっくり休みましたが月~火は金沢へ泊りがけの出張、木~金は名古屋だし…

仕事柄、海外出張も多く、昨年はほとんど毎月、出国してました。今年に入っても、1月にタイ・台湾、3月にベトナム・マレーシア、4月に中国。ペースは変わってないですね。1年間のうち、日本に居るのが約9か月、海外滞在が約3か月の計算になります。

ここまで移動が多いと、自分でも、一体どこに住んでるのかよく分からない感覚ですが、生活と仕事の本拠は、今のところ東京に置いています。都内の自宅・事務所をベースに、成田や羽田、東京駅から交通機関を駆使して、国内・海外に行きまくるのが、今の私のライフスタイル。子供たちの学校のこともあるから、私以外の家族は東京からあまり動きません。

 

振り返ると、私は3年前、2013年2月まで、サラリーマンをやっていました。当時は、毎日決まった時間に、勤務地(本社や客先)に行って仕事して、給料をもらう生活でした。勤務地が東京にある以上、住まいの場所も、そこから通勤可能な範囲内(都内か近県)に限られます。言い換えると、「お金を稼ぐ場所」と「生活の場所」が、ほぼ一致していました。

「お金を稼ぐ場所」:東京

「生活の場所」:東京

 

今の私は、自分のビジネス(不動産仲介業)をしています。事務所は、東京都内に置いてますが、毎日そこに出勤する必要はなく、物件調査や契約・決済、セミナーその他の仕事で、国内外いろんな場所に移動しています。いまの私は、

「お金を稼ぐ場所」:国内外いろいろ

「生活の場所」:東京

 

移動・放浪スタイルがさらに進むと、所謂「ノマドワーカー」または「PT」(パーペチュアル・トラベラー)の皆さんのように、パソコンとネット環境さえあれば世界中どこでも出没、生活の本拠さえ不定、みたいなスタイルになるのかと思います。彼らの場合は、

「お金を稼ぐ場所」:国内外いろいろ

「生活の場所」:国内外いろいろ

 

また別のパターンとして、メガ大家さんや二代目大家さんのように、潤沢な家賃収入があって、その収入を使って、国内外いろんな場所に移動しながら暮らす、という方々もいらっしゃいます。彼らの場合は、

「お金を稼ぐ場所」:物件所在地

「生活の場所」:国内外いろいろ

 

この4パターンを、マトリックスで表してみました。「生活の本拠」および「お金を稼ぐ場所」が、固定ベースか移動ベースかによって、4象限に分類されます。

 

1)一般の勤労者タイプ : 「生活の本拠=固定」、「お金を稼ぐ場所=固定」

2)出張の多い社長タイプ : 「生活の本拠=固定」、「お金を稼ぐ場所=移動」

3)ノマド・PTタイプ : 「生活の本拠=移動」、「お金を稼ぐ場所=移動」

4)旅する大家さんタイプ : 「生活の本拠=移動」、「お金を稼ぐ場所=固定」

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今の私は、たぶん、「2)出張の多い社長」タイプですかね。もし独り身であったなら、「3)ノマド・PTタイプ」になってたもしれませんが、一応、妻子いる身だからねえ…学齢期の子供を抱えて、家族ぐるみでいろいろ移動するのは大変なので、今後当面は、今のスタイルを続けるのだと思います。

但し、「2)出張の多い社長」タイプを続けるとしても、どの都市をベースとするかは、今後、ビジネスの展開や子供の教育方針如何によって、変わる可能性があるかもしれません。今の私は東京をベースとしており、それがビジネス上も、また子供たちにとっても最適だと思うし、実際ハッピーですが、

 

今後、東南アジア関係のビジネスが大きくなってくれば、東京よりも、ASEAN圏内の主要都市(バンコク、シンガポール、KLなど)をベースとした方が便利、ということになるのかもしれません。

上に挙げた3都市のなかで、私が一番好きなのはバンコクでして、実際、バンコクなら、諸事情が揃えば東京から移住しても良いと思っています。

移住・ロングステイといえば、ハワイとかバリとか、自然豊かなリゾート地の人気が高い話ですが、私は興味ありません。基本、便利な都会暮らしが好きなので…

あと、子供さんは海外で英語教育、奥さんも子供に付き添い、旦那さんは日本に残って仕事、みたいなスタイルもありますが、私はやりたくないですね。基本、家族一緒じゃないと結婚した意味がない。

 

とはいえ、自分の好みだけで居住地を決められないのが、大人の男の宿命でもあります。「一家の稼ぎ手」という重い責任がありますので、「自分が、どの都市にいれば、一番稼げるのか?」を、常に考えなければなりません。

サラリーマン時代の私は、「グローバル企業に勤め」、「複数言語を操るITエンジニア」という立場でしたので、「自分の市場価値を、一番高く評価してくれる都市はどこか?」が、主な判断基準でした。オーストラリア、中国と、いろいろ動いてきたけど、結局は、東京に落ち着きましたね。なお日本のなかでは、この種の仕事は極端に東京一極集中なので、勤務地も住まいも、東京に限定されます。

独立してからは、「私の仕事に、お金を払ってくれるお客さんが、どの都市に一番多いか?」が、判断基準になっています。私のお客さんは世界中各地にお住まいですが、数でいえば東京・首都圏在住の方が一番多いし、実際、彼らと都内で会うことが収入につながっています。

 

いま、会社決算や個人の確定申告に向けて集計しているので、ついでに計算してみました、


個人・法人の売上に占める割合

国内のビジネスから、68% (主に不動産仲介)

海外のビジネスから、7% (主に海外不動産をテーマとする講演執筆)

国内外の不動産から、25% (主に家賃収入)

 

数字をみると、当面、東京から本拠を移すことはなさそうですね。

 

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ベトナム旅行記(2004年復刻版)~ハノイとハロン湾

おはようございます。Manachanです。

「永久保存したい旅行記」第三弾(多分、今回で打ち止め)。舞台は、2004年11月、オーストラリア・シドニー在住中に訪れた「ベトナム」…首都ハノイに入り、ハロン湾クルーズも含めて約1週間、ベトナム北部を堪能しました。

ベトナムは、日本から行くと近いし、直行便も多いですが、シドニーからだとバンコクやシンガポールを経由しなければならず、想像以上に遠かった。

でも、ベトナム等、アジアの国は米がベースの食生活だし、外見的にも現地に溶け込んでしまうので、ヨーロッパとは違った気楽さがあっていいですね~。旅行ならどこへも行くけど、住むならやっぱりアジアがいいな。

11年前に書いた旅行記を読んだ感想・・・当時のベトナムは、今のカンボジアやラオスに似てるような気がします。何となく。

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11月のはじめに一週間のお休みをいただいて、夫婦でベトナムに行ってきました。今回は短い旅程のため、首都ハノイとその周辺しか回りませんでしたが、素晴らしくエキサイティングで楽しい休日でした。 シドニーの自宅に戻ってわずか数日にして、すでにベトナムが恋しくなり、次回の旅行をどうしようか、考えてしまうほどです。 この国がよほど、気に入ったのでしょう。ベトナム最高!!

 

ベトナムへの道

ベトナム行きは、急遽決まりました。たった1週間の休暇なので、最初はオーストラリア国内のドライブ旅行しか考えていませんでした。順当にいってメルボルンやその近隣にあるグレート・オーシャンロード、できればアデレードまで足を伸ばせれば御の字と考えていました。ですが、昨今のオーストラリアは、とにかく物価が高い。毎日キャンプなら安くあがりますが、普通に飛行機乗ってレンタカー借りて、ホテルやモーテルに泊まって、ツアーに参加して・・・みたいな旅だと、どうしても高くついてしまう。例えば、妻の誕生日のお祝いに、シドニー名物・熱気球をやろうとしたら、一時間弱のフライトで料金が一人$270(22,000円)と言われて驚愕しました。妻は、「予想より2~3倍高い!」と言い、結局バースデイ熱気球フライトは中止になりました。

バブル期以降、日本人が国内旅行より安いという理由で海外旅行に流れ続けていますが、それと同様のことが、今オーストラリアで起きつつあります。宿泊費が高い、食事代が高い、アトラクション代が高い・・・旅費を概算してみると、「こんな大金をかけてまで、オーストラリア国内旅行する価値があるのだろうか?、「それよりも、東南アジアを旅した方が安上がりで楽しいのではないか?」と思えてきました。そこから、ベトナム行き、という選択肢が浮上してきたのです。

東南アジアの数ある国のなかで、なぜベトナムを選んだのか?それはやはり、食べ物が美味しそう♪という一点に尽きます。私も妻も、とにかくベトナム料理大好き。我が家の近くに、シドニー近郊の二大ベトナムタウンとよばれるカブラマッタ、バンクスタウンの街があるおかげで、外食ならベトめし!というほど、頻繁に食べに行きます。私などは、「(シドニーにある)ベトナム食堂のメニューが読めるようになりたい!」という一心から、コミュニティカレッジでベトナム語を習ったほどです。で、ベトナム本国に行けば、シドニーで食べるよりも伝統的でホンモノの料理を味わえると思うと、唾液がにわかに分泌されてきました。その食い意地が、ベトナム行きの決断を後押ししたのです。

ところで、旅の準備は慌しかったです。ベトナム行きの方針が固まったのは、出発日のわずか8日前。で、その直後に、ベトナム入国には観光ビザが必要という事実が判明しました。より詳しくいうと、日本パスポートを持つ私はビザ免除ですが、豪州パスポートを持つ妻にはビザが必要だったのです。思えば、一昨年のヨーロッパ旅行の際も、チェコ共和国入国にあたって、私はビザ免除なのに妻にだけビザを課せられたこともありました。私は改めて日本パスポートの威力を実感するしました、一方妻は、どうして毎回毎回、私だけビザ取らなくちゃいけないのよ?とブツブツいいながら、ベトナム領事館に向かいました。そんな彼女にめでたくビザが下りたのは、出発2日前のことでした。

その間、ロンリープラネット(英文の旅行ガイド)を図書館から借りてきて、旅行プランを練りました。今回は旅程が短く、行き帰りのフライトの都合上ベトナム国内に5~6泊しか滞在できないことが分かりました。本来ならベトナムを南から北まで縦断したかったのですが、この国はなかなか広大で、北部の大都市ハノイから南部の大都市サイゴン(ホーチミン市)まで1700km以上あり、移動時間もバカにならない・・・それを考えると、あまり動き回らず、一ヶ所に長く滞在した方がよさそうだ、という結論に至りました。

となると実質的に、ハノイを拠点にするか、サイゴンを拠点にするか、の二者択一になります。ここで少し補足説明しますと、ハノイはベトナムの首都で、かつ北部ベトナllムの中心地です。政治・文化都市の色彩が強く、人口は350万人。ベトナム歴代王朝の都が置かれた土地で名所旧跡が多い上に、19世紀のフランス統治時代の影響を大きく受けたために建築物にも見るべきものがあります。ハノイ市内は緑が豊富で、湖が多数点在し、「アジアのパリ」と称される美しく優雅な都だそうです。一方、南部ベトナムの中心地サイゴンは、人口550万を擁するベトナム最大の都市で、かつ経済の中心地。いまベトナムで一番近代化とアメリカナイズが進んだエネルギッシュな大都会だそうです。ハノイとサイゴンの関係は、中国における北京と上海のそれに似ているかもしれません。

サイゴンもハノイも、どちらも魅力的で是非訪れたい街なのですが、二者択一を迫られた私は、結局ハノイを選びました。サイゴンは基本的に、バンコクや上海、ソウルや台北などと似て、「どこにでもあるアジアの大都会」という感じがしたのに対し、ハノイの存在はアジアのなかでもユニークだと思ったからです。湖が点在する緑豊かな都市で、かつベトナム・中国・フランスの文化が融合した都市というのは、アジアでは他にちょっと思い当たりません。ハノイには、他都市では味わえない独特の景観、雰囲気がありそうで、そう考えると、もう行ってみるっきゃない!という気になりました。

そんなわけで、ハノイ行きを決めた私たちはバックパックに荷物を詰め、10月30日(土)、シドニーの空港を発ち、機上の人となりました。

 

今回の旅行ルート   

10/30(土) シドニー→バンコク(泊)
10/31(日) バンコク→ハノイ(泊)
11/1(月)  ハノイ泊
11/2(火)  ハノイ→ハロン湾クルーズ→カトバ島(泊)
11/3(水)  カトバ島→ハノイ(泊)
11/4(木)  ハノイ泊
11/5(金)  ハノイ→シンガポール(泊)
11/6(土)  シンガポール→(機中泊)→
11/7(日)  シドニー着

ハノイへの道は、遠かった・・・シドニーからハノイまで行く直行便がないため、バンコク、香港、シンガポールいずれかの空港を経由しなければなりません。その上、本数が非常に少ない。この三都市の中で一番便利の良いバンコク経由でさえ、ハノイ便は一日二本しかありません。シンガポール経由に至っては、一日一便でしかも毎日運航でさえない、という有様。一国の首都なのにこれだけ国際航空便が少ない都市は、今どき珍しいかもしれません。

接続の都合上、私たちは行きはバンコク経由、帰りはシンガポール経由のフライトを選びました。この両都市にそれぞれ一泊し、しかも帰りのフライトは機中泊だったため、全8日の行程のうちベトナム国内には結局5泊しかできませんでした。私たちがベトナム国内で訪れた土地もハノイとその周辺(ハロン湾、カトバ島)だけです。ですが、本当に行ってよかったです。ハノイ、そしてベトナムは、期待を全く裏切りませんでした。素晴らしくエキサイティングで楽しい、この世のワンダーランドでした。ベトナムの人々、食べ物、建物、街の喧騒、太陽と海・・・それら全てが私たちの五感を快く刺激し、楽しい休日を約束してくれました。

では、私がこれまで訪れた第23番目の国、ベトナムとはどんな国だったのでしょう?たった六日間の滞在でこの国が分かるわけはないですけど、私が面白いと感じたことを、つらつら書いてみますね。

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36 Streets region, Hanoi

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ベトナム人は日本人のルーツ?

私からみて、ベトナムの人々は異国の民に違いないんでしょうけど、彼らを見ていると、どうしても他人とは思えないほど、強い親しみが湧いてきます。日本とベトナムは地理的に遠く離れ、言語も歴史も全然違うけれど、文化の底流とか、遺伝子のレベルでつながっているような気がするのです。ベトナム人が日本人を見たときも、似たような親近感を覚えるのかもしれません。

まず、ベトナム人、特にハノイ周辺の人々は、外見的特徴が日本人と非常によく似ています。特に男性に関しては、細部のディテールに至るまで完璧に日本人の顔、という人が少なくありません。今回の短い滞在の間だけでも、現地で会ったベトナム人のなかで、どう見ても私の学生時代の友人や幼馴染みにそっくり、というかほとんど同じ顔の人を何人も見ました。私は彼らに、「木村くん」とか「藤代くん」みたいな、日本人の知り合いの名をつけて、彼らと挨拶した時、その名前がノドまで出かかったこともありました。そのほか、「どうみてもヤワラちゃん(=柔道の谷亮子選手)にしか見えない女性」や、「シティハンター(漫画)の主人公・冴場遼そのものの顔をした男性」もいました。

私自身も旅行中、現地のベトナム人から、「お前はベトナム人に違いない!」と何度も言われました。「私はベトナム人ではない。日本人だ」と言っても、にわかに信じてもらえないこともありました。私のベトナム語会話能力は片言以下ですが、おそらく、幼い時に海外に移住したベトナム人同胞だと思われたのでしょう。

外見もさることながら、私がベトナム人に親近感を覚えるのは、彼らの文化的特徴や社会生活が日本人のそれと共通点が多いからでしょう。例えば、私が気づいた点をいくつか挙げてみますと・・・

 

いつも誰かと一緒

ベトナム人に個人主義という言葉は似合いません。彼らは大人も子供も、四六時中、常に誰かと一緒にいて、一人っきりになることがまずありません。

ベトナムには、集団でやるアクティビティが非常に多い。朝早く、ハノイの中心地にあるホアンキエム湖のほとりを歩くと、何十人、何百人で行われる集団体操、集団太極拳、集団ウォーキングの類にいくらでも出会えます。また、小中学生が20~30人単位の大規模な集団登下校をしている風景もよく見かけます。その点大人も全く同じで、どの商店やホテルでも大勢の人が働いていているから一人でいることは滅多にないし、街行く人を見ても、男性と男性、男性と女性、女性と女性という組み合わせに関わらず、必ず2人以上で常にくっついて歩いています。

ベトナム人が一人っきりになるのは、シクロ(自転車タクシー)の運転手とか、天秤棒を抱えて野菜を売り歩くおばちゃんとか、バイク運転中の通勤者くらいでしょうか。そもそも、ベトナム人が一人になること自体、すごく不自然な感じさえしてしまいます。

ベトナム人は東南アジアの中でも手先が器用で頭が良いことで知られています。ま、アジア人というのは全般的に細かい作業が得意な民族が多いんですが、ベトナムもその例外ではありません、というか、ある意味彼らはかなりスゴイと思いました。ハノイの街を歩いているだけで、ベトナムのお家芸ともいえる匠の技、超絶技巧の類にいくらでも出会うことができます。

特にスゴイのが、刺繍細工(Embroidery)です。例えばこのサイトを見るとよく分かりますが、シルクやコットンの布にいろんな色の糸を一本一本通していく、その地道な作業の途方もない積み重ねによって、彼らはバッグからサイフから、風景画・人物画に至るまで、何でもつくってしまいます。特にベトナム刺繍画というのは一種の芸術にまでなっていて、優秀な芸術家の作品などは、一見して刺繍だと分からないほどです。そういう作品には、何千米ドルや、それ以上の値がつくこともあります。私たちの買ったものは、一枚2~3米ドルの安いものですが、それでも、十分鑑賞にたえうるものです。話によれば、A3サイズぐらいの作品一枚に約2ヶ月費やすとのこと、スゴイ・・・

あと、匠の技といえば、長い歴史を持つベトナムの伝統芸術・水上人形劇(Roi Ngoc)も見逃せません。ベトナム、紅河デルタの農民たちの民間芸能として発達した水上人形劇は、後年ベトナム歴代王朝の宮廷芸術として洗練度を高めてきました(詳しくはこちら)。私たちもハノイで公演を見てきましたが、とにかくこれがスゴイ。人形のリズミカルで微妙な動き、水中に仕掛けられたカラクリの数々といい、何という熟練、習熟、超絶技巧・・・おおよそ人間ワザとは思えないワザがそこにはありました。

その他、菅笠、民族衣装、彫刻品、仏具など、本当に手間のかかった民芸品の数々が、ハノイの路上にふんだんに存在していて、お土産探しには絶対困りません。

 

凄まじい暗算能力

ベトナム人は、数字に強いことで知られていますが、その言葉に全く偽り・誇張はありませんでした。ベトナムの商人、特に外国人相手に商売をして外貨を稼ぐ人たちは、いつも計算機を片手に、ソロバン勘定に余念がありません。が、私からみると、計算機を使う必要など全くないと思われることもしばしば。それは彼らが、2ケタ×5ケタの暗算など平気でやってしまうからです。

いまベトナムでは、国の発行する通貨ドン(Dong)のほか、米ドルも広く流通していて、ホテルや土産物屋の料金はドン建てよりも米ドル建てが一般的です。現在の為替レートは、1米ドル=15,000ドンです(1ドンは、1円の140分の1でしかない!)。したがってベトナムで商売するには、ドンと米ドルとの換算に習熟している必要があるわけですが、そこでベトナム人の凄まじい暗算能力が、如何なく発揮されることになります。彼らは、例えば「70米ドルの真珠のブローチが何ドンになるか?」という計算、つまり、

70米ドル×15,000=1,050,000ドン

これを、暗算で即座に算出してしまうのです。ゼロがたくさんついていますが、ケタもまず間違えません。何と言う暗算能力! 私は、彼らがなぜこういう芸当ができるのか、少し考えてみました。ベトナム語の数字は、西欧言語と同じく、千のケタごとに繰り上がるシステム(Thousand、Million、Billion・・・)ですが、彼らは暗黙のうちにこのシステムを使って、千のケタ以降の計算を省略しているのかと思いました。すなわち、

70×15千=1,050千

こう考えれば、「70×15」という、2ケタ×2ケタの計算で済みます。ですがそれにしても、2ケタ×2ケタの暗算だって十分難しいはず。「九九の掛け算」だって、1ケタ×1ケタなんですから・・・ベトナム人、特に商人が数字に強いというのは、間違いないところのようです。

vietdong

 

アジアNo.1の美人国に偽りなし

私自身は含め、男性の読者諸賢にとって、一番興味あるのはこのテーマかもしれません。アジアで一番、女性の美しい国はベトナムであるという話を、世界のあちこちで耳にします。たとえば最近、香港男性に対象に、「アジア一の美人国はどこか?」というアンケートを行ったところ、一番人気に輝いたのはベトナムだったという話もありますし、また、かつてベトナムを支配した宗主国フランスは、ベトナムの熱帯気候や劣悪な衛生、疫病に終始悩まされたそうですが、それでも、ベトナム女性の美しさに関してだけは称賛を惜しまなかったという「伝説」さえあります。

ベトナム女性はそこまで美しいのか?今回行ってみた感想は、「さすがに、そう言われるだけのことはある」・・・もちろん、美人の基準なんて個人によって全然違うわけですが、個々の要素を挙げていけば、「東南アジアの他の国(タイなど)と比べて色白の女性が多い」、「スタイルと姿勢が良い」、「肌がきれい」、「さらりと伸びた黒髪がきれい」という感じで、少なくとも、「日本人男性好みの女性の宝庫」というのは、まず間違いないところでしょう。そういう目でみると、彼女たちの平均的なルックスのレベルはものすごく高いというのが私の実感で、「アジア一の美人国」の看板に偽りはないと思いました。

ですが、平均点がものすごく高い反面、「傑出した超美人はほとんどいない」とも思いました。ここで、「超美人」というのは、男性をして、一瞬にして理性を失わせてしまう(身体が自然に反応してしまい、抑制が効かなくなる!)レベルの美しさのことで、この種の女性には、幸か不幸か私もほとんどめぐり合ったことがないのですが、アジアでいえば、例えばフィリピンにそういう女性が多いと思います。フィリピンは、(あくまで私の価値観ですが)平均したレベルでは決して美人国とはいえないものの、この国、特に特にビサヤ諸島の島々を旅していると、時々、ドキッとするようなすごい美女に出会い、全身金縛りにあったりします。

 

ベトナムの食:繊細な味覚に脱帽!

さて、美女の話はこれくらいにして・・・私の得意分野「食べ物」の話に移りますね。

ベトナムの路上には、いつも「食」があふれています。大衆食堂、屋台、市場、レストラン、カフェ・・・いろんな種類の食べ物屋が至るところにあって、「腹が減った」と思ったら、3分と歩かずに何らかの食べ物にありつけるのがベトナム。四六時中、誰かが美味しそうにモノを食べているのがベトナム。いい国です♪

一言でベトナム料理といっても、北から南までバリエーションが非常に豊かで奥深いのですが、あえて一言でいうと、米食を基本とした料理体系、食材の種類の豊富さと、マイルドな味付けが、その特徴と言って良いでしょう。極端な辛さ、甘さ、塩辛さといったものがなく、米・魚ベースの料理で油っぽくもないので、日本人の口にもよく合います。特に多彩な食材は特筆モノで、熱帯湿潤気候の恩恵を受けてシーフード、フルーツ、野菜とも非常に豊富なうえ、蛙でも、犬でも、亀でも、蛇でも何でも食べるベトナム人の胃袋の貪欲さのおかげで、ちょっとしたレストランではメニューが何百種類という、ものすごいことになっています。

私たちはベトナムで、ゴージャスな料理から、路上の屋台や大衆食堂の質素なものから、いろんなものを食べました。ゴージャスな食べ物の代表選手といえば、ハロン湾のクルーズの途中で、近くを通りかかった漁師さんからカニ、エビ、ハマグリを直接買いつけて、クルーズ船の厨房の人に頼んでビール煮にしてもらったことです。とにかく、これ以上は望みようのない新鮮さのうえ、すごい肉厚でカニミソも絶品、我が人生の中でも五本の指に入る、究極のゼイタクの一つでした。それでも値段は一人たったの5万ドン(350円)!

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でも、よりベトナムらしい食は街の安食堂にあふれていました。この種の店はとにかく質素でシンプル、メニューも2~3種類あればいい方で、子供から高校生、お年よりまで、いろんな人がファストフード感覚で食べにきていました。もちろん英語など通じるはずがなく、おまけにメニュー名も、値段さえも書いてないので、身振り手振りを交えて注文するしかありませんでしたが、こういう店で食べるものは本当に美味しいし、そのうえ値段もウソみたいに安い。下の写真のメニューでいえば、カニ麺が8000ドン(56円)で豚足カレーが10000ドン(70円)・・・ベトナムに来て良かった。いや、生きてて良かった!!

ベトナム料理の良さは、食材一つ一つの風味と食感が生きていて、そのまま味わっても十分美味しいことです。例えば、下のカニ麺でいえば、カニミソ、油揚げ、トマト、フィッシュケーキ・・・そのまま食べても十分いける上に、カニ麺全体としても味のバランスが実によく取れていて、美味しい。食べた後とてもトクした気分になります。つくづく、ベトナム人の繊細な味覚と料理文化は、大したものだと思います。

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もう一つ、ベトナムの食文化で興味深い点は、かつての宗主国フランスの影響を受けて、パン食文化、ケーキ文化が根付いていることです。パン食といっても、もちろんサンドイッチやマフィンではなく、完全にフランスパン(バゲット)の文化です。この国の朝の食卓には、フォー(ベトナム麺)と並んでフランスパンが並ぶ事が多く、フランスパンの屋台まで出ます。そういう店では、フランス風にバターとパテ(鶏の肝臓)を挟むこともあれば、ベトナム風にチャーシューやネギを挟むこともあり、一枚4000ドン(28円)前後で食べられます。

またベトナムの都市には、アジアの他の国と比べて、ベーカリーの類がたくさんあります。その種の店では、エクレアとかカップケーキ、チョコレートケーキの類がたくさん売っていて、若い女性でいつも賑わっていました。ケーキの値段は一つ2000~5000ドン(14~35円)が相場でした。

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ウンコ座りは正統派の座り方

ベトナムの人々は、四六時中、路上でモノを食べていました。が、歩きながら食べている人にはまずお目にかかれませんでした。では、彼らがどうやってモノを食べるかというと、座りながら、それもウンコ座りしながら食べているのです。

日本でウンコ座りというと、ヤンキーのお兄さんたちの専売特許というイメージがありますが、ベトナムでは老いも若きも、男性も女性も、みんなウンコ座りが基本です。モノを食べる時も、日陰で涼をとる時も、友人とムダ話をする時も、いつもウンコ座り。それだけに、彼らのウンコ座りは実に年季が入っています。まるで地面に根が生えたような安定感があり、見ていて頼もしくなります。

私も彼らにならってやってみましたが、これがなかなか難しい。椅子、ソファに慣れた生活だと、ウンコ座りに必要な筋肉が鍛えられないようです。私の子供の頃はまだ落とし便所(ボットン便所)があったからああいう座り方もしていましたが、今は全部腰掛け式の水洗便所だもんなあ。

 

ハノイ流モータリゼーション

ハノイは人口350万を数える大都会ですので、当然、郊外から都心部の職場に働きにくる人々の通勤・帰宅ラッシュがあります。ところが、この都市には公共交通らしきものがほとんど見当たらない。地下鉄や路面電車なんてないし、ましてやマイカーなどほとんど皆無。唯一の頼みの綱であるバスでさえも、路線が広い市内を全然網羅おらず、不便極まりない。では、ハノイの人々がどうやって通勤・通学しているかというと、もっぱらバイクと自転車なんですよね。私の見た限り、ハノイの通勤手段はバイク7割、自転車3割といったところでした。

ハノイの交通は、基本的に無秩序とカオスの世界。横断歩道があっても誰も気にしてないし、歩行者が狭い幅の道路を横断するのも、左右から雲霞のごとく現れてくるバイクに気をつけながらの横断なので、ものすごく神経を使います。とはいえ、スピードが遅いので、生命の危険を感じるほどではありませんが、でもハノイの各地で、毎日のように歩行者がバイクにぶつけられてケガしたりしてるんだろうな、たぶん。

ハノイの街路はとても狭い。そこに今でさえバイクで大混雑の状態なのに、今後ベトナムが経済的に豊かになって、マイカーを持つ人が増えたら、この街の交通事情はどうなるんだろうと、他人事ながら心配してしまいました。

ベトナム人は基本的にきれい好きなようで、街を歩くと家や店のまわりをこまめに掃除する人の姿が目立ちます。では、そうやって集められたゴミがどのように処理されるかというと、どうやら、道路脇で野焼きされるようです。

私はハノイからハイフォン(ベトナム第三の都市)へ向かう一級高速道路の脇で、ゴミ野焼きの現場をいくつも見ました。道路脇にちょっとしたスペースがあるのですが、そこに生ゴミからプラスチックから一緒くたにして、おもむろに火をつけて燃やすのです。野焼きの現場からは白っぽい煙が立ちのぼり、遠くから見ても分かります。

そういえば、ベトナム入国の窓口、ハノイのノイバイ国際空港でも、どこからか、何かを燃やしているような匂いが漂ってきましたが、あれはもしかして、ゴミ野焼きの匂いだったのかもしれません。

 

瀟洒なフランス風住宅、でもウナギの寝床

ハノイ滞在の楽しみの一つに、フランス風の建築物めぐりがあります。この都市には、かつての植民地時代、フランス人が残していった数々の教会や住宅が数多く残り、我々旅行者の目を楽しませてくれます。その意味でこの街が、アジアのパリと呼ばれるのも、何となく分かるような気がします。

現代ベトナム人のお金持ちの間でも、フランス風の住宅を建てるのが流行っているようで、特に西湖(ハノイ最大の湖)のほとりには、西洋文化の香りのする瀟洒な住宅が建ち並んでいます。私たちが泊まったホテルもフランス風の造りで、天井がすごく高くて(約3m)、バルコニー付きで気持ちよかったです。

面白いことに、ハノイにあるフランス風の住宅は、間口が狭くて奥行きがやたら長い、所謂ウナギの寝床になっているものが多く、まるで京都の町家のようです。ベトナム人にそのわけを聞くと、以前、間口の広さに応じて課税された時代があったので、節税対策としてわざと間口を狭くしたんだそうです。その点も、京都と同じでなんですねえ。

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ケイタイ、ネットカフェ文化花盛り、でも固定電話がない

いまベトナムは、一人あたりのGDPで国際比較すれば、世界でも最貧国の部類に入るんだそうです。ですが、ハノイのような都会を歩いている限り、最貧国という実感が全く湧いてきません。確かに、人々は朝から晩まで必死に働いて、それでも雀の涙ほどの収入しか得られないのかもしれないけど、でも飢えている人は見かけなかったし、それに乞食の類が非常に少ない。ボロボロの衣服をまとっている人もほとんどいません

ハノイの豊かさは、携帯電話とネットカフェの普及ぶりからも窺い知ることができます。とにかく、携帯を持っている人がかなり多く、ショッピングセンターでも、ソニーやサムソン製の携帯電話が、かなりの売れ筋になっているそうです。それに、街の至るところにかなりの密度でネットカフェがあり、観光客だけでなくベトナム人の大学生などもよく利用しているようです。料金は激安で、1時間わずか3000ドン(21円)!ADSL回線を使っているようで、ネットサーフィンも快適。私の隣りに座っていた奴がすごいハードコアなポルノサイトを見ていたのにはさすがに閉口したけど・・・

面白いことにベトナムでは、携帯電話やインターネットに比べて固定電話の普及がかなり遅れているようです。一般家庭で固定電話を持ってる人がほとんどいないらしく、そのためハノイの街中で、Dian Thoaiという、固定電話を貸す商売が行われています。電話をかけたい人は、Dian Thoaiでお金を払って電話を使わせてもらうか、公衆電話ボックスを使うかの二者択一を迫られるようです。

 

歓迎!シドニーご一行様

ベトナムの首都ハノイが、海外から観光客を受け入れるようになってからまだ日は浅いですが、この都市の観光価値は非常に高く、今では世界各地から観光客が来るようになっています。

ハノイやハロン湾クルーズでは、日本、韓国、中国など、アジアの近隣諸国から来た観光客をたくさん見かけました。彼らの多くは観光バスを仕立てて、ずっと同国人のグループと集団行動、というスタイルの旅行をしていました。一方、私たちはホテルもツアーも自分で手配、という自由旅行スタイルでしたが、その種の旅行をしていたのはほとんどが西洋人で、しかも面白いことにオーストラリア、特にシドニーからの観光客が非常に多かったです。特に、私たちの参加したクルーズ船では我々も含めて12名中6名がオーストラリアの観光客で、うち4名がシドニー在住という、さながら、「歓迎・シドニーご一行様」の様相を呈していました。

オーストラリアはベトナムと比較的近く、時差も少なく、シドニーやメルボルンではベトナム出身の移民がたくさん暮らしています。加えて、最近同国の新聞雑誌には、ベトナム観光の紹介記事がたくさん登場するようになりました。豪州発のベトナム旅行は、今後ますますポピュラーになってくることでしょう。

 

韓国の進出ラッシュ

ベトナムは政治体制こそ社会主義ですが、近年は隣接する大国・中国をモデルに経済開放政策を続けており、外国資本がたくさん進出するようになりました。その恩恵(と弊害)を真っ先に受けたのが南部ベトナムのサイゴンとその周辺で、それに比べてハノイと北部ベトナムは出遅れていましたが、最近では急速にキャッチアップしつつあるようです。ハノイとハイフォンを結ぶ約100kmの国道沿いは、驚くほど工場だらけ。さながら、ベトナム版東海道ベルト地帯のようでした。

中でも目を引くのが、韓国企業の進出ぶりです。ハノイ~ハイフォン間にある工場の3分の1は韓国資本なのではないかと思えるほどで、道中、ハングル文字があふれていました。また、ベトナムを走る観光バスやタクシーの多くは現代、大宇など韓国メーカー製でしたし、またホテルの設備も、空調設備や冷蔵庫は韓国LG製ばっかりでした。おそらく、韓国メーカーがベトナム国内で生産したものを使っているのでしょう。

韓国企業の進出ラッシュに伴い、ベトナム人のあいだで韓国語学習熱というのも起こっているようです。大学生のたくさんいるエリアの書店をのぞいてみると、外国語教材のコーナーで一番目立つのはもちろん英語で、次いで中国語と日本語の教材も多かったですが、韓国語の教材や辞書もそれに劣らず多く、ハノイにおける韓国の快進撃ぶりを裏付けました。ですがベトナム人の足、バイクに関しては、今も昔もMade in Japanが大人気なんだそうです。

 

最後に・ハロン湾クルーズ

最後に、北部ベトナム観光のハイライトともいえる、ハロン湾クルーズについて解説して、締めくくりたいと思います。

ハロン湾(Vinh Ha Long)は、ハノイの東160km、中国との国境近くにある景勝地です。日本でいえば瀬戸内海や松島に似た、リアス式の沈降海岸になっていて、何千もの島(多くは無人島)が海から突き出し、まるで水墨画のような幻想的な風景が延々と続きます。その海域を中国伝来のジャンク船を使ってクルーズする、というのが、ハロン湾観光の目玉になっています。

ハロン湾へ行くには、ハノイ市内の旧市街(Old Quarter)にゴマンとある旅行代理店が主催するツアーに参加するのが一般的です。ツアーは、一泊二日コースと二泊三日コースがあり、宿泊地も海上(船をホテルにして、そこで寝る!)か、或いはカトバ島(Cat Ba Island)のホテルか、いずれかを選べます。料金は一泊二日コースの場合、ホテル代、食事代、バス代、ガイド代全て込みで一人あたり25~70米ドルです。私たちは一人33ドルのツアーにしましたが、とても良かったです。

一般的な行程は、まずハノイを朝7~8時に出発し、3~4時間バスに揺られて、ハロン湾の玄関口であるハロン市に到着。そこで昼食を摂り、お目当てのジャンク船に乗り込み、いよいよクルーズが始まります。ジャンク船は多島海をすべるようにゆっくり進み、途中、湾内に無数にある洞窟を探検するのが、定番のお楽しみになっています。私たちはSung Sot洞窟を見学しましたが、とても規模が大きく、幻想的な景色が楽しめて、良かったです。

それから、ツアーの内容によって、カヤックをやったり海水浴をしたり、あるいはホテルのあるカトバ島に直行したりします。私たちは湾内で一泳ぎしたあと、カトバ島に直行しましたが、ここは幸いにして、まだまだ俗化されていない閑静な漁村で、心からのんびりできました。カトバ島に入る直前に、水上生活をする漁民たちによる大きな集落を通ります。色とりどりの小屋(船)が延々と建ち並ぶ風景は、この世のものとは思えませんでした・・・

今度休暇がとれたら、またベトナムに行きたいです。この国は、楽しすぎる。

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