2016年 3月 の投稿一覧

地名に歴史ありーベトナム編

こんばんは、Manachanです。今日は朝から晩まで、ハノイの東から西へ、不動産物件を見まくって、とても充実した楽しい一日でした。

不動産を生業とする者の習性として、どの土地に行っても、地図を頭に入れながら歩き回ったり、地名の由来に思いを馳せたりするものです。それは、ベトナムという外国でも変わりません。

 

Hai Bà Trưng(ハイバーチュン)とかBạch Đằng(バクザン)とかTrần Hưng Đạo(チャンフンダオ)とか、ベトナムのどの都市に行っても、よく出てくる地区名や街路名がありますね。調べると、 その少なからぬ割合が、ベトナム歴史上の人物の名前で占められています。彼らの多くが武将や皇帝、革命指導者であり、「戦役で外敵を破って、ベトナム民族の独立を守った」英雄です。

現在のベトナムの領土が、漢民族の文書に出てくるようになったのは、今から約2000年前、イエス・キリストの時代にまで遡ります。それ以来、ベトナム民族の歴史は、息つく暇もない位、戦争に次ぐ戦争の連続。ざっくり言うと、前半の1000年間は中国の支配下にあり、後半の1000年間は独立国家として生きてきたわけですが、いずれの時代も、外敵と戦い続け、並々ならぬ犠牲を払って、インドシナ半島東側の領土を守り続けてきました。

 

ベトナムにとっての「外敵」は、多くの場合「中国・漢民族」だったわけですが、時には「モンゴル(元)」、「シャム(タイ)」、「フランス」、「アメリカ」などを敵に回して戦いました。ベトナム人は昔から筋金入りの「戦う民族」だったのです。

だから、ベトナム史上、それぞれの時代に、「外敵と戦った英雄」がいて、そこに非常に多くの人名が出てきます。彼らの名前は、ベトナム中の道路や地域の名前を埋め尽くしています。今回は、代表的なものだけをとりあげますね。

 

Hai Bà Trưng (ハイバーチュン、徴姉妹の乱、西暦40-43年)

「古代ベトナムのジャンヌ・ダルク」

ホーチミン、ハノイを含め、ベトナム各都市でよく目にする地名ですね。これはイエス・キリストの昔、中国の「後漢・光武帝」の時代に、ハノイ周辺に実在した人物の名前です。ハイは「2」、バーは「婆」(女性の意味)、チュンは「徴」…つまり「徴」姓の2人姉妹(徴側と徴弐)で、ベトナム民族の祖先だったと思われます。

ハノイ周辺が、中国人によって「交趾」(コーチ)と呼ばれ、属領にされつつある頃、現地の豪族であった徴姉妹が、周辺の豪族を味方につけて、西暦40年、後漢政府に反旗を翻し、周辺地域を3年間だけ支配しました。光武帝は馬援将軍を派遣し、反乱鎮圧を命じました。徴姉妹も抵抗しましたが力及ばず、西暦43年、馬援の軍に殺害されました。

徴姉妹はベトナム人の間で、今日でも英雄として語り継がれています。馬援に討たれるまでのわずか3年間を「ハイバーチュン時代」と呼んでいるほどです。なお、この時代は日本の福岡市近辺にあった「奴国」が後漢光武帝に朝貢し、「金印」を授かったのとほぼ同時期です。北部九州の人には感慨深い事実ではないでしょうか?

 

Battle of Bạch Đằng River (バクザン、白藤江の戦い、938年、981年、1288年)

「ベトナムの関ケ原決戦」

ベトナム第三の都市・ダナンのメインストリート「バクザン通り」をはじめ、ベトナム各都市にある地名ですね。

徴姉妹の乱から900年の長きにわたり、ベトナムは中国歴代王朝の支配下にありましたが、西暦939年、ついに独自の民族王朝「呉朝」を持つことができました。そのきっかけとなったのが、938年の白藤江(バクザン河)の戦いでの勝利。ハノイの北東「ハロン湾」付近にある河口が決戦の地になりました。

勝てば独立、負ければ異民族の支配…「ベトナムの関ケ原」天下分け目の戦いに、呉権率いるベトナム軍は、小舟を使った巧みなゲリラ戦術で中国(南漢)軍を見事に撃破して、ベトナム民族による国家を地上に現出させました。

その後も、白藤江はベトナム対中国王朝の決戦の地になりました。981年、前黎朝 と 北宋による戦いはベトナム側敗北。1288年、陳朝 と 元による戦いはベトナム側の勝利になりました。

 

Trần Hưng Đạo (チャンフンダオ、陳興道、1228~1300年)

「ベトナムで元寇を撃退した英雄」

ホーチミン1区に「チャンフンダオ通り」がありますね。ベトナム人の歴史上の人物のなかでは、日本人に比較的知られている名前かもしれません。

彼は大越陳朝の王族・武将。1257年、モンゴル軍が侵攻してきた際、大越軍を率いて蒙古軍を大いに破り、1282年からクビライが建てた元による侵攻を受けると、チャンフンダオは大越軍の総司令官に任じられ、巧みなゲリラ戦を繰り広げて元軍に大勝しました。

ほぼ同時期、日本にも元の侵攻(元寇)があり、九州・福岡周辺の武士たちが勇敢に応戦。台風にも助けられて独立を守りました。巧みな戦術で元軍を打ち破ったチャンフンダオは日本人の心を打つベトナム人の一人ですね。

 

Phạm Ngũ Lão (ファングーラオ、范五老、1255~1320年)

「ベトナムの諸葛孔明」

ホーチミン1区、バックパッカーの安宿が並ぶ一角「ファングーラオ通り」。その地名の由来は、前出チャンフンダオに仕え、元王朝への抵抗戦争で数々の戦功を納めた名軍師「ファングーラオ」。

 

Lê Lợi/Lê Thái Tổ (レロイ/レ・タイト、黎利/黎太祖、1385~1443年)

「明朝を打ち破った、ベトナム中興の祖」

ホーチミン1区に「レロイ通り」があり、ハノイのホアンキエム湖沿いの周回道路に「レ・タイト通り」の名前が付けられています。その由来は、後黎朝大越国の初代皇帝「レロイ」(廟号は「レ・タイト」)。

1406年の明の永楽帝によるベトナム侵攻とその後の支配に抵抗。明の勢力をベトナムから追い払い、ハノイで黎朝を開きました。軍事面だけでなく政治家としても大きな成果をあげ、均田制・科挙制などを導入、諸法典の整備に取り組みました。

 

Nguyễn Huệ (グエンフエ、阮恵、1753~1792年)

「ベトナムのナポレオン、国の南北でシャム軍と清朝を打ち破った天才将軍」

ホーチミン1区の目抜き通り、歩行者天国の「グエンフエ通り」がありますが、その由来は、18世紀に活躍した、ベトナム西山朝第2代皇帝にして、同国史上最も成功した軍司令官の一人でもある「グエンフエ」。

「ベトナムのナポレオン」とたとえられるほどの戦上手。ベトナム南部では、ラックガム=ソアイムットの戦いで広南阮氏の残党とシャム(タイ)の連合軍を破り、ベトナム北部ドンダーの戦いでは黎朝残党と清王朝の連合軍を破っています。

 

Đề Thám (デタム、提探、1858~1913年)

「フランス植民軍に抵抗した提督」

ホーチミン市1区の安宿街が並ぶデタム通り。その由来は、ホアン・ホア・タム、またの名をデ・タム(タム提督)。彼はベトナム北部・北江省の安世県を中心に25年にわたって繰り広げられたフランス植民地政府への反乱である安世起義の指導者です。農民兵を組織し、巧みな戦術で何度もフランス軍を撃退しました。

 

Nguyễn Thị Minh Khai (グエンチミンカイ、阮氏明開、1910~1941年)

「ホーチミンの妻(?)にして革命同志」

ホーチミン3区やハノイのハイバーチュン区に「ミンカイ通り」がありますが、その由来はベトナムの女性革命指導者「グエンチミンカイ」。

1930年にミンカイは香港に赴き、当時「阮愛國(グエン・アイ・クォック)」と名乗っていたホー・チ・ミンのコミンテルン極東支部秘書となりました。翌年、ミンカイとホーチミンは互いにひかれあい、結婚を計画していましたが、ミンカイが破壊活動の容疑で英国警察に逮捕・投獄されたため、二人の仲は引き裂かれ、ミンカイは1940年にフランス植民地政府に捕縛され、翌年銃殺されました。

ミンカイの名前を冠した地名や学校名はベトナム中にあります。

 

Lý Tự Trọng (リ―トゥ―チョン、1914~1931年)

「17歳でフランス軍に処刑された革命殉教者」

ホーチミン1区、日本人街レタントン通りと並行する長大な通り。私の常宿もあるお洒落なエリアですが、地名の由来は、フランス植民地時代、1931年にホーチミンで革命デモを起こし、わずか17歳で処刑され命を落とした少年「リ―トゥ―チョン」。若き殉教者として、その名はベトナム人の心に刻まれています。

 

…こんな感じで、ベトナムの歴史は戦いに次ぐ戦い。苦難のなかで、ベトナムのために命をかけた人々の名前が語り継がれ、地名になったり、学校名になったりしているわけです。

その歴史に思いを馳せながら歩くベトナムも楽しいものですね。この知識は、ベトナム人と仲良くなったり、また不動産投資の面でもきっと役に立つと思いますよ。

 

【ホーチミン1区東部】

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【ホーチミン1区西部~3区】

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ダナン(ベトナム)vsセブ(フィリピン)…、東南アジア観光都市対決

こんばんは、Manachanです。私は先ほど、ベトナム中部の美しい街・ダナンを後にして、首都ハノイに飛んできたところです。

人生初のダナン訪問。本当に、行ってよかった。観光地・保養地として、素晴らしいコンテンツ、ポテンシャルを持つ街ですね。ダナンを中心とする中部ベトナムは、海の魅力、グルメの魅力、文化の魅力を全て兼ね備え、東南アジアでも有数の総合力だと思います。

 

・都市と海、両方の魅力を持つ「ダナン」
・古都にして街全体が世界遺産の「ホイアン」、「フエ」
・長大な白砂のビーチに連なる「リゾートホテル群」
・グルメに可愛い小物…女子旅に最適。

 

【一見、長閑な地方都市にみえるダナンですが…】

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【実は、大観光地】

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観光地ダナンの魅力は、日本でも、徐々に認知されてきていますが、すでに欧米人の間では人気沸騰のようで、ダナン国際空港、ビーチリゾート、ホイアンの土産屋・飲食店、どこに行っても白人観光客があふれていました。シニアな年齢の方々、子供連れの方々、どちらもたくさんいましたね。

東南アジアで、ダナンに一番タイプの似た都市はどこか?私の行った範囲でいうと、「フィリピンのセブ」でしょうかね。この二都市は多くの点で、共通しています。

 

・街のサイズがほぼ同じ。
・海と山に囲まれた地形がそっくり。
・都市とビーチが隣り合っている点も同じ。
・いずれも国際空港があり、拡張工事中。
・どちらも外国人に人気の観光都市。
・国内大都市の観光客にも人気が高い(ハノイ、ホーチミン⇒ダナン、マニラ⇒セブ)

 

【観光客急増で、ダナン空港拡張中。】

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どちらも、甲乙つけがたい魅力を持ちますが、あえて甲乙つけてみると、

 

・都市周辺のビーチは、ダナンの方が勝る。セブ(マクタン島)のビーチは、ホテルとホテルの間が分断されていたりするけど、ダナンは数十キロにわたって白砂のビーチが続き、まるでゴールドコーストのよう。

・但し、セブの場合は海を渡ればボホール島やネグロス島、またセブ島の南部に素晴らしいビーチ・ダイビングスポットが多いので、周囲の島まで含めるとセブの魅力が勝る。

・ショッピングの面では、セブの方が勝る。セブのアヤラモールは素晴らしいし、新開地SRP地区に東南アジア最大級のSMモールも完成。ダナンには、これらに匹敵する商業施設はない。

・食文化・グルメの面では、ダナンの魅力が大きいですね。ベトナム料理はとにかく美味しくてヘルシーだし、中部ベトナムで特色のある料理も豊富。

・産業、特にサービス業では、セブの発達度が上。英語圏のメリットを活かし、ソフトウェア、コールセンター、英語教育産業が大きく発達。ダナンもITに力を入れているけど、セブに比べると落ちる。ベトナム人英語得意でないのが辛い。

・文化的なコンテンツでは、ダナンの方がバラエティ豊か。すぐ近くにホイアンやフエ、ミーソン遺跡など、悠久の歴史を感じさせる観光地が周辺に多い。

 

【値段が高くても、安くても、うまい。ベトめしに、まずいものなし!】

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物価は、両者似たようなものですね。10㎞くらいタクシーに乗ると、セブでもダナンでも500円くらい。麺料理などは、ローカルが食べる安いもので150~200円。宿泊施設は高級リゾートから安宿までピンキリで、1泊4~5万円以上するリゾートはどちらにもある。2000~3000円クラスだとダナンの方が小奇麗な宿に泊まれる印象でしょうか。

あと言うと、セブの方が見た目の貧富格差が大きく、ダナンの方が所得が平均している印象ですね。セブの場合、豪邸街やショッピングセンターは凄いけど、その周りに貧しい住民の掘っ立て小屋みたいな住宅も目立ちますが、ダナンの場合、そういうものが見当たらない。その代わり、セブほど富裕層の華やかな消費生活を感じさせるものがまだなく、全体的にのんびりした印象。

なお、道路の整備度合いはダナンの方が上、治安も全般的にダナンの方が良さそう。但し、セブでもアヤラモール周辺やITパーク周辺にいれば、環境が整備されて快適だし、近代的かつ都会的。一方、ダナンでここまで垢ぬけた場所は見当たらない。

 

【都会度と消費生活では、セブに軍配。アヤラセンターとビジネスビル群】

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海と都会を楽しめる、東南アジアの観光都市対決、結論は、

 

・美味しいもの食べて、安心できる環境でまったり過ごしたいなら、ダナン。

・英語を学びつつ、都会と自然のメリハリある環境で過ごしたければ、セブ

 

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生活コスト3分の1のオーストラリア

こんばんは、Manachan@マレーシアです。

3月26日の朝7時過ぎ、クアラルンプール国際空港に着くと、外気温すでに31℃。空港の外に出ると熱気と湿気がムワッと…我が家は今年1月にタイ・バンコクに行ったばかりですが、ここマレーシアもタイ同様、常夏の国。

でも高速道路で市内に向かうと、マレーシアの風景は隣国タイとは似ても似つかないことに気づきます。とにかく土地が広くて、樹林と未利用地が多い。人家が少なく、その割に車の交通量は多い。大雑把な風景のなかに時々、高層マンションや戸建住宅地、ショッピングセンター、ガソリンスタンドなどが出現する。

どこかで見覚えある景色だなあ…私が知る限り、ここと一番似ているのは、「オーストラリア」。そう、不思議なことに、マレーシアとオーストラリア、いろんなところが、やたら似ているんです。同じ旧英連邦で地理的にも近いので、オーストラリアの影響大きいんでしょうね。

 

クアラルンプール郊外の景色、これが「オーストラリア」といわれても、私は違和感ありません。

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ショッピングセンターからみる外の景色。緑地や空き地、建物の感じが、オーストラリアの都市近郊っぽい。

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クアラルンプール周辺は、分かりやすくいうと「ニュータウンの集合体」。プトラジャヤ、サイバージャヤ、ペタリンジャヤといった郊外衛星都市に、無数の、「港北ニュータウン」に似た地域が点在し、そこに学校、病院、商業・娯楽施設、高速道路I/Cなど、人々の生活に必要なものが計画的に配置されています。

今回はその一つ、プトラジャヤにある「IOIリゾートシティ」に行きました。港北ニュータウンというよりは、オーストラリアの住宅地にそっくり。

ショッピングセンターの設計、入居テナントからして、オーストラリア各地で展開する大手SC「ウェストフィールド」と景色がダブる…ウェストフィールドでよくみかける、Target、Priceline、Harvey Normanに瓜二つの店舗が、ここにある。飲食店のラインアップも、オーストラリアの中流層が好みそうな「オーガニック野菜と肉料理のモダンな西洋料理の店」とか、「ゆったりと広いカフェ」、「寿司バー」の類が目立ちます。

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フードコートの雰囲気も、オーストラリアとよく似ています。この写真だけ見せて、「オーストラリアのアジア系住民の多い地域のフードコート」だと言われたら、信じてしまうかも。

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さらに、値札もオーストラリアに似てますね。フードコート内のプロモーション(割引価格)で9.9。ジャパレスの「うどん」や「丼もの」の値段が10.9~14.9。

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ただ、決定的に違うのが、「通貨と物価」。オーストラリアだと、フードコートで食べる肉うどんの値段が「12.9豪ドル」。マレーシアだと「12.9リンギット」ですから、

1豪ドル=3リンギット
1豪ドル=84円、1リンギット=28円
肉うどん・・・オーストラリアで1084円、マレーシアで361円

 

食べ物に限らず、タクシーや電車の運賃、書店で売ってる本や雑誌の値段、スーパーで買う飲料の値段、家賃や民泊の宿泊料なども、おおむね、マレーシアとオーストラリアの値札は同じ。電化製品とか車はともかく、日常品においてマレーシアの生活物価はオーストラリアの約3分の1ということになります。

いろんなものがオーストラリアとそっくりで、かつ値段3分の1ならすごくお値打ち感がある…と思います。もちろん、日本からみても明らかに物価安いので、移住先、ロングステイ先としてマレーシアは人気があります。ロングステイ希望国ランキング、2006年から9年連続、1位ですからね。

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「1位マレーシア、2位タイ」という、アジアのツートップも定着してきましたね。日本から近くて行きやすい、住んでる人間が同じアジア人種だし、食べ物も米・麺ベースなので馴染みやすい。物価が安くて、その割にまとも…というのが人気の理由でしょうか。

(余談ですが、マレーシアに来ると私は、地元民だと思われます。それどころか、うちの家族は全員、英語か中国語で話しかけられるのに、私だけマレー語で話しかけられたりします。同胞だと思ってくれるのは構わんけど、早口のマレー語で話しかけてもSatuとかAndaとかBanyak-banyak位しか分からんぞ…)

近年、ヨーロッパ諸国が、ランキングからほぼ姿を消し、人気の国は東南アジアか英語圏先進国に限られてきましたね。そのなかでオーストラリアが若干、人気を落としているのは、「物価が高い」イメージのせいでしょうか。

 

マレーシアは、「一応、英語圏」なので、子供に英語を学ばせたい親たちにも人気があります。ここは多民族国家で、マレー系、中国系、インド系等、いろいろいますが、基本的に皆、英語を話しますすし(というか、種族間の意思疎通やビジネスのため英語は必須)、英語ベースのインターナショナルスクールの類も豊富にあります。

移住当初は、「マレーシア人が日本人にも聞き取りやすい英語で話してくれる」となかなか好評。中華系はともかく、マレー系住民の母語は日本語に似た音韻体系を持っていて(ほぼ「あいうえお」だもんね…)、ローマ字っぽい英語で話すので聞いて理解しやすい。

ただ、マレーシアの暮らしや英語教育に慣れてくると、ここが「なんちゃって英語圏」であることが分かり、物足りなくなってきます。皆、母語はマレー語や中国語であり、第二言語として英語を学んでいる。確かに英語は話すけど、ネイティブじゃないと…

そこで、「ホンモノの英語圏」で暮らしたい人、学業を続けたい人は、オーストラリアやニュージーランドとかに行くわけです。

とはいえ、日本人が英語や海外暮らしに慣れるための「ゲートウェイ」として、マレーシアの利用価値は大きいですよね。生活コストも安いわけだし…。

 

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マレーシア星ヶ丘物語

こんばんはManachanです。今朝、マレーシア・クアラルンプール(KL)に着きました。家族4人で、都心部のコンドミニアムに滞在しています。いわゆる「民泊」ですが、広くて、とても気に入っています。

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私たちが滞在する場所は、「KLの新宿」と呼ばれる繁華街ブキビンタン(Bukit Bintang)から、モノレールで1駅目Raja Chulanのすぐそば。ブキビンタンの駅から歩いても10分かかりません。

いまのブキビンタン、ものすごく都会的で、人出も多く賑やか。マレー系、中華系、インド系、中近東系、欧米系…世界中のいろんな民族が集まる場になっています。

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ブキビンタンには、世界主要都市の百貨店と比べてもひけを取らない超豪華な「パビリオン」をはじめ、ハイエンドな商業施設がいくつかある一方で、東南アジアらしい、怪しげな個店が集まる「スンゲイワン・プラザ」や「BBプラザ」等もあり、いずれも賑わっています。

私は「スンゲイワン・プラザ」大好き。いつもここで、DVDを買ったり、食材を調達したり、携帯電話のSIMロックをはずしたり、散髪したりしています。

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ブキビンタンという地名、Bukitが「丘」、Bintangが「星」の意味。日本風にいえば「星ヶ丘」。名古屋の地下鉄駅みたいで、おしゃれな名前ですね。

私が初めて、マレーシアを訪れたのは1992年。当時のKLは、大都会になった今からは想像もできないほど、小さく、シンプルな街でしたが、その時代から、星ヶ丘、もといブキビンタンはKL随一の商業中心地でした。

 

1992年当時は、アジアで先進国が日本だけしかなく、韓国、台湾、香港、シンガポールが「アジアNIES」とよばれる中進国、あとは全て発展途上国だった時代でした。

東南アジアでいうと、当時、近代的な都会といえばシンガポールとバンコク位しかありませんでした。マレーシアの首都KLは、「えっ、これでも首都なの?」と驚くほど、こじんまりとした、日本でいう「地方の県庁所在地」レベルの街でした。現在の「カンボジア・プノンペン」と似たような都市レベルだったと記憶してます。

 

・現在の都心CBDであるKLCC地区は、まだ開発前で更地だった。当然、「ペトロナス・ツインタワー」もなかった。
・セントラル駅の裏手は、一面の森で、「タマン・ラマラマ」(蝶々の公園)と呼ばれていた。
・セントラル駅からチャイナタウンまで、1~2㎞の間は一応、市街地が続いており、旅行者の多くはそこに泊まっていた(それ以外の選択肢がなかった)。この一帯の商業店舗といえば、見渡すかぎり個店ばかり。
・セントラル駅から5~10㎞も離れると、ゴムのプランテーションが広がっていた。

 

とはいえ、貧乏ではなかったです。マレーシアは昔から、少ない人口で豊かな資源を占有している国だから、街が小さくてシンプルとはいえ、他の東南アジア諸国にはない、生活水準の高さは感じました。当時の私は、KLを離れて、地方都市のテメルロー(Temerloh)やジェラントウット(Jerantut)にも足を運びました。そこには平屋建ての商業施設が一つあるだけ、みたいな状態でしたが、それでも皆さん、まともな家に住んで栄養も十分のようで、貧しさとは無縁のようでした。

でも、KLは一国の首都なのだから、マダムや娘さんがおめかしして行くような百貨店の一つや二つはあるはず。よく見たら、その機能はブキビンタンが一手に担っていました。

当時、ブキビンタンにあった「伊勢丹」が、KL、いやマレーシアで唯一、近代的な百貨店と呼べる代物でした。今のプノンペンでいう「イーオンタウン」みたいなものですね。伊勢丹を中心に、建ち並ぶいくつかの商業施設と、人々の賑わい…商都ブキビンタンがあるからこそ、KLはマレーシアの首都でいられるのだと思いました。

 

あれから20数年、KLはものすごく変わりました。KLCC地区は高層オフィスビルが林立して摩天楼と化してますし、大型百貨店、ショッピングセンターは、星の数ほど建ちました。商都ブキビンタンも、時代にあわせて進化・グレードアップを続けています。

活気あふれるブキビンタン。これからもKLを引っ張っていく存在でありつづけることでしょう。

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不動産は情報で売る!

こんにちは、Manachanです。

私は2013年2月に、「ロックアウト解雇」という劇的なかたちでサラリーマン渡世に別れを告げました。その後しばらく、失業保険で露命をつなぎつつ、「不動産仲介業者」という第二の人生を歩み出しました。東京・五反田にささやかな事務所を構えたのが2013年12月、宅建業者登録をしたのが翌14年1月のこと。

独立当初は本当に、お金がありませんでした。所謂「カードローン起業」というやつで、サラリーマン時代につくったカードローンの融資枠を使って、ちょびちょび引き出しながら、仲介手数料が入る日を夢見て、頑張る日々。区役所や公庫の創業融資にもチャレンジしましたけど、結局、資金の振り込みは起業の1年近く後だったし…

14年1月に独立して、最初に決めた仲介が3月末、その後4月5月6月と、全く、成約から遠ざかり、カードローン枠もほぼ使い切りつつある頃、「このまま仕事決まらないと、まじでやばい」と思った私を土壇場で救ったのは、長年のブロガー経験で身につけた「文章力」でした。

当時、是が非でも決めたかったのが、千葉県柏市若葉町、74坪土地の仲介。アパート建売業者の買い希望額と売主の期待値と900万近いの差があり、平行線、このままではまとまらない。でも売主はとうの昔に残債を払い切っており、いくらで売っても生活には困らない。要は売る気にさせれば良い…そこで考えたのが、「手紙作戦」でした。

私は心を込めて、こんな手紙をしたためました。

 

私は先日、土地の購入申込をさせていただきました、不動産仲介業者の鈴木と申します。

私、生まれも育ちも柏です。東1丁目に住み、柏三小に通っていたので、若葉町界隈のことは、自分の裏庭のようによく知っています。

私は昨年まで都内勤めのサラリーマンをしており、副業として、不動産投資を行っていました。これまで賃貸アパートを2棟建てましたが、2棟とも、九州・福岡市の三和エステート社という、建売業者に建てていただきました。

福岡市は賃貸住宅の激戦区。業者間の競争も激しく、各社とも知恵をしぼって、入居者に支持されるアパートの間取り・デザインを考え抜く土地柄。私自身は福岡で、三和エステート社の賃貸住宅のデザインをみて、衝撃を受けました。

単身住宅ながら4m近い天井高があり、空間を上手に使って、広く快適に見せる工夫、女性入居者が1階でも安全に暮らせる工夫、巨大な床下収納スペースを設け、モノが増えてもずっと住み続けられる工夫・・・まさに知恵の結晶。福岡で生まれ、東京では誰も見たことのない素敵な住宅。

「この住宅を、私の生まれ故郷・東葛地区で建ててみたい」と思った私は、昨年、松戸市で土地を仕入れ、6戸のアパート建てました。首都圏で三和エステート社のアパートを建てたのは、私が初めてです。

ほぼ同じ時期、不本意ながら、私は勤め先会社をリストラされてしまいました。一家4人を食べさせていくために、私は不動産業者となり、都内で開業しました。

いま私は、東葛地域で、三和エステート社の賃貸住宅を建てるための土地仕入れを、業として行っています。若葉町の土地は、8戸のアパートの建設用地として、収支計算をした上で、2900万円で買い付けを入れさせていただきました、

大幅な値引きになるのはもちろん承知しておりましたが、74坪の土地は40坪2区画に分割するには狭すぎ、かといって、そのままの区画で建てると8戸しか入らない(8戸を超えると柏市では駐車場附置が義務づけられるので、戸数を増やせないのです)。

2900万円以上出せないと、回答してきた買主様に対し、私は、「若葉町は柏市内でも有数の良質住宅地で土地柄が良い。是非ここで建てたいので、もう少し頑張って欲しい」と依頼し、若干の手数料調整を経て、3000万円で再買い付けを入れました。正直、お値段的にはこれが限界です。

古家撤去、および残地物撤去は、買主様の負担でやっていただくことで、了承を得ました。ご迷惑かけませんので、是非とも、3000万円で契約させていただけませんでしょうか?

生まれ故郷の柏に、良質な賃貸住宅を増やしたい。その一念で日々、精一杯仕事をしております。私の気持ち、ご理解いただき、是非とも良いご縁を賜りますよう、お願いしたいと思います。

結局、この手紙作戦が功を奏し、私は7月、晴れて仲介手数料を手にして、ピンチを脱出!とりあえず一息ついたのでした♪

 

最近でも、こんなことがありました。台湾人の投資家に、首都圏の収益戸建を紹介していたときのこと…

・埼玉県春日部市の戸建に、340万円で買付を出していただいたが、タッチの差で、他のバイヤーに買われてしまった。

・ちょうど同じような価格帯・家賃帯の戸建が、千葉県茂原市で出たので、「320万円で買えます」と紹介したが、茂原という場所が都内から遠すぎて、全然イメージできないという理由で敬遠されていた。

 

この話、どうやってまとめようか…東陽町のカフェ・ヴェローチェで思案していたところ、ふと思い浮かんだのは、2年近く前に、私を生活苦ピンチから救った「手紙作戦」でした。

「そうだ!あれと同じことを、台湾人に対してやればいいんだ」と思い、日本語の手紙ならぬ「中国語のメール」をスマホでタイプして、買側の仲介に送りました。

 

「茂原戸建的亮点」・・・以投資人的角度來看,我自己覺得千葉縣茂原市的房子更好。
 
– 茂原市雖然離東京的距離遠一些,但它是生活機能齊全的小城市,擁有自己的產業,商圈,教育,醫療機關等等。該物件是在茂原市的中心。離開火車站,AEON Mall商場,小學,醫院都很近。而且正好在Japan Display公司的研發式旗艦工廠的前面,有大規模的雇用機會。這裡算是人家嚮往的地方之一。另外,茂原火車站有特快車直達東京,僅60分的車程。
  
-讓我比喻一下,在台灣的話,茂原市的那房子有點像中壢的市中心的房子。
 
 (茂原市戸建のハイライト…投資家の見方でいうと、千葉県茂原市の戸建はとても良いと思います。茂原市は東京から多少の距離がありますが、生活機能が一通り揃った地方都市。産業があって、商業施設、教育・医療施設が一通り揃っています。この物件は茂原市の中心にあり、鉄道駅、イオンモール、小学校、病院へのアクセスも良い。そして、すぐそばにジャパンディスプレイ社の基幹工場、研究開発拠点があり、雇用機会へのアクセスも十分。地元では皆が住みたがる場所です。そして、茂原駅は東京へ鉄道直通しており、特急列車で60分で着きます。台湾にたとえていえば、茂原市の戸建は、台北から多少の距離がある自立型都市・中壢市の中心部にある住宅に相当するかと思います。)

 

「手紙作戦」ならぬ、「中国語メール作戦」で決めた売買…昨日、契約決済を済ませてきました♪

 

 つまるところ、不動産、特に投資用不動産の売買 は、「情報産業」だと思います。買い手が数字で判断する投資家なので、彼らにいかにして適切なタイミングで必要十分な内容とクオリティのある情報を届けられるか…それで勝負が決まってしまう。つまり、投資家向けに適切な情報をつくれる人、発信できる人が勝者になるのです。

 

特に国境を超える不動産取引になると、「情報が、新しいマーケットを創出する」原動力になります。例えばの話、千葉県茂原市周辺には、数百万で買えて、年10%以上で回る収益戸建がたくさんありますが、買い手がこの地域をイメージするのが難しい。私は千葉県出身ですが、同じ県内でも茂原なんて行く機会もなければ、知識もほとんどない。西日本出身者や外国人なら尚更でしょう。

 

だからこそ、買い手のニーズにあわせたかたちで、「茂原」の情報をつくって、タイムリーに届けてあげる…そのことで、「台湾人が千葉県茂原の戸建を買う」という、これまでになかった取引・経済的価値が実現するのです。まさに情報産業そのものですね。

 

 最後に、「茨城県鉾田市の戸建も台湾人に売って欲しい」という依頼を受けたので、先ほど、こんな文章を書いて送りました。

 

日本茨城県鉾田市(Hokota City),距離東京90公里,是個富裕的農村。最出名的當地名牌農產是哈密瓜,產量躍居日本第一名。鉾田市的農業總產值539億日元,是全日本排第五。幸好它的位置離東京不遠,它的產業結構以高價值的農產品為主。這裡的田地除了當地農民以外,也有不少來自中國越南泰國的青年來工作。因此住宿需求也可觀的。
 
鉾田市並不偏遠,離成田國際機場60-70分鐘,離茨城機場30-40分鐘的車程。從東京車站有直達高速巴士到鉾田市,每天有6班。鉾田市本身有5萬人口,有5家銀行(分行),3所高中,4個超市,以及大商場Across mall。
 
用台灣的比喻,鉾田市是幾乎等於,台中市的大甲,清水,沙鹿等地吧。因為這些地方靠近大海,離大城市不遠,農業發達而生活水平不錯的小鎮,有很多與鉾田市共同之處。

(茨城県鉾田市は、東京から90キロ離れた、経済的に豊かな農村です。ここの名産はメロンで、生産量は日本一。鉾田市の農業生産額は539億円で、日本の全市町村のなかで堂々の5位。高度消費地・東京から近いおかげで、高付加価値のブランド農産物中心の産業構造になっています。ここの農業は地元農家のほか、中国、ベトナム、タイなどから来た研修生によって支えられており、住宅需要も堅いといえます。鉾田市は辺鄙な場所でありません。成田空港から車で1時間余り、茨城空港からだと30~40分です。東京駅から直通の高速バスも出ており、1日6便運航しています。鉾田市の人口は約5万人で、銀行の支店が5つ、高校3つ、スーパー4つある他、アクロスモールというショッピングセンターがあります。台湾にたとえていえば、台中市の大甲,清水,沙鹿あたりに相当する場所かと思います。海に近く、大都市からも遠くなく、農業が発達して生活も豊か、というところが似ています。) 
 

 こんな文章で、売買決まるかなあ?

 
 

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海外不動産、仕事人の日常

こんにちはManachanです。久しぶりのブログ更新になります。

先週の日曜日、東京・大手町で行われた「世界の資産運用フェア」で、私はカナダRedev社のブースを任され、一日中、顧客対応をしておりました。

 

海外不動産関連のフェア、最近ずいぶん増えましたね。特に東京では内藤忍さんの資産運用フェアと、オウチーノ社の海外不動産フェアが、どちらも年に複数回開かれますし、あと海外に特化してるわけではないけど、全賃さんやHome’sさんのイベントでも必ず海外不動産ブースが出るし、まさに百花繚乱。

私、この種のフェアには必ず駆り出されて、いろんな仕事を任されます。特に昨年8月の資産運用フェアでは、時間刻みで台湾ブースとカナダブースをお手伝いして、他に講演・パネルディスカッションとかもやって、とにかく忙しかったな。

 

私、海外不動産に関しては投資家やマーケッターの立場に徹し、自らが業者にならないと決めています。「アジア太平洋大家の会」という、不動産オーナーの会を主宰している以上、自分の商売に利益誘導したくないし、中立で自由な立場でいたい、という判断からですが、

その代わり、日本で海外不動産を販売する業者の仕事の一部を、お手伝いすることはあります。それが日本人投資家の経済的利益に結びつくと判断した上での話ですが、

・日本国内に販売拠点や銀行口座を持たない業者の集金代行、契約代行
・日本の不動産税制に詳しくない海外業者に対する研修、キャッシュフロー表作成代行

等々・・こういう仕事、むちゃくちゃやりたいわけじゃないですが、私がそれをやらないと物事が動かなかったり、結果として投資家サイドが困ってしまうのでやることが多いです。

 

なかでも特に多いのが、「海外不動産保有に関わる、日本の税金」関連の仕事。海外物件売ってる業者で、日本で不動産確定申告の経験ある者は少なく、税金面に関する、日本人投資家の質問に上手に対応できる業者は限られる。また日本と海外の両方の税制に明るい税理士も、まだ少ない。

「おたくの物件買いたいけど、でも日本の確定申告はどうやればいいの?家賃収入にかかる所得税は?消費税は?土地建物比率は?減価償却は?譲渡益課税は?相続贈与はどうするの?」…次から次へと出てくる質問。その都度、私に業者からヘルプ要請が来る・・・セミナー企画して投資家を集客してる立場上、サポートせざるを得ないのです。

 

もっとも、確定申告の作業自体は、むちゃくちゃ簡単だったりします。上に挙げた、カナダRedev社の投資案件が良い例ですが、

これは、「カナダ商業店舗の一部を持分で所有して、テナントからあがる賃料収入から諸経費を差し引いた額を、持分に応じて年2回、分配を受ける」、「店舗の売却時に、売却益から諸経費を差し引いた額を、持分に応じて償還を受ける」というもので、

毎年2回の利益分配時には、カナダ側での税務処理を全て終えた額が入金されて来るので、領収書の仕訳も必要ないし、確定申告に記載すべき内容は極めてシンプルなはず。

 

「不動産所得の内訳」は1行で済むはずだし・・・

shinkoku01

「減価償却費の内訳」も1行で済むはず・・・

shinkoku02

(注・・私は税理士資格を持つ者ではないので、申告内容の詳細については担当税理士にお問合せいただいた方が賢明かと思います)

 

その、「申告書に書くべきことは、2行で良い」ことを、投資家や担当税理士に説明し、理解してもらう過程が実は大変だったりするのです。その間、たくさんの質問対応が発生しますし、やりとりの過程で「こいつ分かってないな」と相手に不安を抱かせてしまうと、質問がさらに増えたり、「エビデンスは?保障は?」みたいな、無用な仕事を抱えこんでしまうのです。

やりとりのなかで、どれだけ、投資家や税理士を安心させ、お互いハッピーなかたちで、Q&Aを最小限で済ませるかが、腕の見せどころですし、それが上手にできれば海外不動産の「仕事人」、「コンサルタント」として、付加価値の高い仕事ができていることになります。

 

私は、皆さんの見えないところで、そういう仕事をたくさんやってますし、各国の投資案件に関して、それなりに経験値も積んできました。

投資家や業者に必要とされるならば、

海外不動産購入後、最初の確定申告までのサポートを、私の会社で有料で請け負わせていただきます。

 

なお、サポートに含まれる業務は、

・海外不動産を確定申告する上で必要な事項の説明(海外不動産の評価、減価償却、家賃収入、海外で徴収される源泉所得税等々・・・)

・確定申告の書き方に関する助言(注.申告作業の代行はしません)

 

なお、確定申告の作業は、「一度やっちゃえば覚える」ものなので、二年目からは継続不要かと思います。海外不動産買って、不安でいっぱいの一年目を乗り切るために、私の経験知識を活用いただければと思います。

 

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お金かけずに中国人顧客を集客する方法

こんにちは、Manachanです。

近年、日本へ旅行に来る外国人観光客数が爆発的な伸びを見せ、「インバウンド旅行ビジネス」が、話題に上るようになってきましたね。私たち不動産業界の一部も、「海の向こうからやってきた需要」の恩恵を受けています。

私も、世の中に先駆けてインバウンド不動産ビジネスを仕掛けていきたい。その一環として、4月16日(土)に、中国の首都・北京で日本不動産セミナーを行うことになりました。

Facebookページ
https://www.facebook.com/events/994423023928450/

Weibo(微博)ページ
http://www.weibo.com/5872842257/profile?rightmod=1&wvr=6&mod=personnumber&is_all=1

 

北京は、中国を代表する大都市で、富裕層も大勢いるのにも関わらず、中国市場を狙う日本の不動産業者の間では、上海に比べると注目度がいまいち低いようで、わざわざ北京に行ってセミナーやろうという日本の業者は、私の知る限りほぼ皆無。

だったら、まず私がやってみようと考え、ビジネスパートナーを説得して4月にセミナーやってみることにしました。たとえ、すぐ商売に結びつかなくても、一度セミナーを経験すれば北京の雰囲気も分かるし、また現地のお客様との人脈ができるし、経験値が積める。こういう世界は、やる前にあれこれ考えるより、とにかく「先にやった者勝ち」ですよね。

 

セミナーやる上で、まず最初のチャレンジは、集客。「北京で、いかにセミナー客を集めるか?」…現時点で私は、北京にビジネスの拠点もありませんし、友人もほとんどいません。たいていの業者は、海外でセミナーやる際は、現地の広告会社などにお金を払って、新聞やWeb広告を出してもらって客を集め、ホテルの会議室とか借りてやるわけですが、それには大きな費用がかかるし、またお金をかけただけの効果があるかどうかも分からない。

それよりも、私は「アジア太平洋大家の会」などを主宰するなかで、ホームページ、ブログ、Facebook、メルマガなどを通じて、ほとんど費用をかけずに、自分の文章力とITスキルを使ってセミナー集客することを身上としています。この経験・テクニックを北京の集客にも使えないか?

それ不可能ではないですが、中国ならではの課題が浮上してきます。最たるものが、ネット環境の違い…特に中国名物「アクセス禁止」は、同国に渡航するビジネスマンが皆、悩むことです。私も悩んできました(中国の使えねえネットの話)。

・中国では、FacebookやGoogleが使えない。LINEさえ使えないことがある。
・日本で使っているウェブサイトが、中国ではアクセス禁止になることもありうる(fc2ブログなど)。

 

郷に入れば郷に従え・・・中国で集客するには、中国製のツールを使わないといけません。基本は、

・Facebookではなく、Weibo(微博)を使う
・LINEではなく、Wechat(微信)を使う

 

セミナーが1か月後に迫る今、私も急ごしらえで、Weiboアカウントをつくり、「日本幸福房産」と名付けました。3月4日にアカウント作成、本格的に使い始めたのは3月8日からです。

 

Weibo「日本幸福房産」
私の顔写真に、後光がさしております。

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Weiboアカウントは、使えば使うほど、経験値が上がるほど、「等級」がレベルアップする仕組みになっています。

 

使い始めて10日、私はいま「レベル5」です。
レベルアップすると、何か良いことあるんだろうか?

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Weiboアカウントのトップには、Twitterと同じく、Follow数、Follower数が表示されます。私の記事を読んでくれるのはFollowerの方々なので、とにかくたくさん集めたいですね。

 

3月17日、Follower数が150になりました!

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このWeiboアカウントのトップページに、4月16日のセミナー紹介記事を載せました。

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ただ、それだけだと飽きられてしまうので、私がこれまで書いてきた、中国語で書いた日本不動産のブログ記事を、一日ひとつづつアップしています。

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このブログ記事ですが、そのままのURLだと微博に貼れないので、URL短縮ツールを使わなければなりませんが、ここでも中国製のツールを使わないといけません。

 

私は新浪網の短縮ツール(sina.lt)を使っています。
こちらはちゃんと機能します。

IMG_0959

 

間違っても、Googleのツール(goo.gl)を使ってはいけません。
中国からだとアクセスできないようです。

IMG_0961

 

こんな感じで、私が一生懸命集めたFollowerですが、アカウント名をみる限り、多くは株の投資家とかコンサルタントみたいです。辛抱強く、不動産投資家を集めたいと思います。

IMG_0953

 

地道な努力の甲斐あって、私の「微博」ページをみる人数は増えています

fensi guanzhu

 

ページビューも着実に増えています

yemianfangwen yuedu

 

これを、セミナー集客に結びつけていきたいですね。引き続き頑張って、開拓していきます。

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似合わねえ富裕層ビジネス

こんばんは、Manachanです。

仕事で、いろんな方とパートナーシップを組んでおりますが、彼らのなかで私は、激安交通機関を使い、安宿に泊まり、激安メシを食う人間」として知られているようです。

 

たとえば、こないだ福岡でセミナーやった後、こんな話になりました。

「Manachanお得意の、激安深夜バスは使わないんですか?」

名古屋・大阪発ならともかく、福岡から東京まで深夜バスはきついよなあ(時間もったいない…)。

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フィリピンの生活費の話になった時も、こんな会話になりました。

Manachanは地元の安食堂で、一食100円か200円のフィリピンめしを平気で食いますけど、僕の場合は平均700円くらいかかってるかな・・・

 

【カンボジアとかは、100~200円めしでも十分うまくてコスパGoodですよん】
(味の素が鬼のように大量使用されてるかも知れんが…)

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あと、ビジネスパートナーと行く海外不動産視察の際、私がホテル予約することが時々ありますが、

Manachanが予約すると、時々、とんでもない安宿になるんですよねえ…

 

【カンボジアの定宿。コーヒーショップ付設のゲストハウス。1泊800円位・・・】
(すごく気に入ってます。部屋によっては、時々、小便臭いですが…)

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ま、私はもとバックパッカーで、今でも当時の感覚を引きずっていますから、個人的には相当安い宿、安いメシ、安い交通機関でも十分満足できてしまう体質なんです。先ほどの会話の続き、


私「私はまあ、小便臭い安宿・・・」

友人「小便臭くなければOKですか?」

私「いや、小便臭い程度なら、私は全然気になりません♪」

 

いま、私はお金に困っていませんけれども、よりグレードアップした消費に全く興味がないんです。世の多くの人々は、手元にお金があれば、より良いクルマ、より良い住まい、より良いホテル、より高級感あるクレジットカード、より安全で高品質な食べ物に目が向くのかもしれませんが、私は相変わらずの激安野郎でして…

だから、所謂富裕層向けビジネス」とか、私には無理ですね。ガラでもないし、似合わぬことは無理したくないし。

niawanu

 

ところで、「富裕層ビジネス」と聞いて、すぐ思い浮かぶものは何でしょう?


1)富裕層向け、高級車の紹介

2)富裕層向け、コンシェルジュ付き高級マンションの紹介

3)富裕層向け、高額会員制ブティック

4)富裕層向け、プレミアクレジットカードサービス

5)富裕層向け、顧客限定百貨店

6)富裕層向け、プレミア家事代行サービス

7)富裕層向け、教育サービス

8)富裕層向け、私設秘書サービス

9)富裕層向け、グローバル資産運用サービス 

 

あたりでしょうか…いずれも「俺には関係ねえ世界」のことと思ってしまうのですが、

ただ、私が趣味でやってる「海外不動産投資」の関係で、富裕層の方々からの相談が、それなりの頻度であります(上でいえば、「9)グローバル資産運用サービス」の一種でしょうかね)。そんな時は、私なりの視点で、中立な立場でアドバイスさせていただいています。

とはいえ、彼らに何かモノやサービスを売ろうという立場じゃないから、気楽ですね。売る立場になったら辛いでしょう。彼らが求めるクオリティ、ラクジュアリー感、エクスクルーシブ感などは、激安野郎の私には理解できないし、説明もできないから。

 

あと最近の私は、これまでの人生にない頻度で、「一緒にビジネスやろう」と、いろんな方から声かけられています。特にここ2週間は、ほぼ毎日のように、誰かと会って、そんな話してましたね。

そういう相談のなかには、「富裕層向けビジネス」が、かなりの割合で含まれています


・俺は、富裕層とコネクションができたから、人脈豊富なManachanと是非組みたいんだ。

・Manachanが今やってるビジネスを、富裕層向けに、高収益にできるよ。やってみる?

・詳しい内容はまだ明かせないが、エクスクルーシブな、正真正銘の富裕層ビジネスがあるよ。知りたい?

 

でもねえ、ちょっと待って。「富裕層向けに商売したいのは分かるんですけど、洗練された消費センスのかけらもない俺に、何で声かけるんですか?」と、正直不思議なのですが…

千葉ニュータウンのユニクロで買った、2980円のジャケット着てる俺が、富裕層の方々向けに高額商品を売れるわけないでしょうが…

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でも、私に富裕層向けビジネス話持ってくる連中も、客観的にみて私と同じくらい「似あわねえ」んですよ。もう笑っちゃうくらい、地に足がついてない。彼らが「フユウソウ」という言葉を連発していると、「富裕層」が「浮遊槽」に聞こえてしまう(下水処理用語か?)

無理して富裕層ビジネスモデルやるより、自分らしく自然体でいた方が良いと思うんだけどなあ。

 

最近、相談が余りに多いし、全部こなす時間もないので、「不動産ビジネス」だけに絞っています。読者の皆様も、「今のManachanは、不動産だけでお腹いっぱいだから、他のビジネス誘わないでね」と、覚えておいてくださいね。

 

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春日部市の人口減少に歯止めを!不動産屋の知恵

おはようございます。Manachanです。今回は、国内不動産ねた。舞台は、東京のベッドタウン「埼玉県春日部(かすかべ)市」。

 

春日部の有名人といえば、この人

「ドラえもん」、「ピカチュウ」と並ぶ、日本が生んだ世界のヒーローは、春日部出身!

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春日部は、交通アクセスに恵まれた都市

東武スカイツリーラインで、東京都内直結。野田線(アーバンパークライン)で大宮、柏方面にも行ける。

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柏市出身の私にとって、春日部は身近な街です。そこは、家族で東北道方面にドライブへ行く時、岩槻インター乗るために必ず通る場所であり、また、東武電車で日光方面に行く時に、必ず乗り換える駅でした。

私の子供時代、柏から東武野田線に乗って、一面の原野だった七光台駅(野田市)を通り、江戸川を渡って春日部駅で乗り換える家族旅行。母が、「この街は、空が広いねえ」と言っていたのを覚えています。当時、柏の駅前には「そごう」、「高島屋」、「丸井(ファミリかしわ)」などの百貨店が並んでいたのに対し、春日部の駅前は高い建物がなく、長閑な雰囲気でした。

あれから30年…柏の駅前は、さらに「丸井本館」、「高島屋ステーションモール別館」など、百貨店がさらに増えたのに対し、春日部の駅前は、目に見える変化がありません。南隣の越谷市が、「レイクタウン」や「南越谷VARIE」など、劇的な商業発展を見せたのと比べると、春日部市は良くも悪くも、(ロードサイドは別として)「昔と変わらない」たたずまいを見せています。

 

この春日部市、首都圏ベッドタウンであるにも関わらず、平成13年(2001年)をピークに、人口が減少傾向にあります。現市域(旧春日部市+旧庄和町)の人口は、2001年に24万2千人を数えたのが、今は1万人減って23万2千人前後。人口が微増する年もありますが、基本的には減少トレンドに、歯止めがかかっていません。

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春日部市の周囲をみると、西隣の「さいたま市」、南隣の「越谷市」が増加傾向。東隣の「千葉県野田市」でさえ微増なので、ある意味、「春日部一人負け」の印象さえあります。

この課題に対しては、「かすかべ未来研究所」による秀逸なレポートがありますが、そこから引用すると、人口減少の主な原因は、「近隣市への転出超過」(=社会減)。

平成 17 年(2005 年)から平成 22 年(2010 年)の間 移動が多い地域は、越谷市、さいたま市岩槻区、草加市、足立区、野田市と、東武スカイツリラインや、東武野田線沿線の自治体が多い状況となっている。そして、ほとんどの自治体に対して転出者数が転入者数を上回る転出超過となっている.

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で、ここからが本題になります。

私たち不動産業者からみると、「今のままでは、春日部市の人口減って当然」だと思います。なぜなら、「春日部市は道路後退(セットバック要件)が厳しくて建物が建てにくい」のです。

 

建築基準法によれば、幅員が4m未満の道路(法42条2項道路)に接する敷地に、建物を建築する際には、道路の中心線から水平距離で2mの位置まで敷地を後退させなくてはなりません。この後退が「敷地のセットバック」といわれるものです(詳しい解説はこちら)。

道路後退の位置は2mないし3m(つまり幅員が4mないし6m)と定められ、どちらにするかは自治体が決めて良いことになっています。春日部市の場合は道路後退3m(幅員6m)を原則としています。市のホームページから引用しますと、

市内の道路を利用しやすいよう、また緊急車両の通行がスムーズに行えるよう道路の幅員を6メートルにしていきます。建築基準法の道路の種類により、幅員が6メートル未満の道路は建物の建替え時に中心線から3メートルの後退が必要です。

 

確かに道路交通の観点からいえば、幅員を6m確保するのは望ましいでしょう。ですが人口減少に悩む春日部市の場合、この厳しい基準が人口流入を抑制しているような気がしてなりません。人口過密で狭い街路も多い首都圏では、セットバック2m(幅員4m)で良いと定める自治体が多いので、春日部市が相対的に厳しくなっているのです…

 

先日、私が取引しようと思った春日部市内の土地で、こんな事例がありました。東武野田線の駅から徒歩5分、(かつては賑やかだった)商店街もある主要道路に面した、28坪の古家つき土地です。接道は2面あり、敷地前面は主要道路(幅員6ⅿ)、後ろが生活道路(同4.2ⅿ)に面しています。

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28坪しかないので、戸建の建売業者に売るにもギリギリの当落線上(この地域では、戸建の敷地は普通40~50坪)。ただ、敷地の形がよくて駅近なので、28坪でも何とかなるだろうと思っていたら、甘かった。

 

春日部市は、敷地後面の生活道路から、道路後退3ⅿを要求するのです!
その結果、セットバック後の有効宅地面積が25坪になってしまう!

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「えっ、まじで!」・・・私は耳を疑いました。確かに、行政が生活道路の幅員を6ⅿにしたいのは分かる。でも、この敷地を含め、地域の住民は皆、商店街のある幅員6ⅿの主要道路を使っています。後ろの生活道路なんて利用する人もほとんどいないし、日本中が財政難の折、こんな優先順位の低い道路を6ⅿに拡幅する工事が、私の目の黒いうちに実現するとは思えない。

この地域で、有効宅地25坪に削られたら、買ってくれる建売業者がいるかどうかも微妙だし、仮にあっても、クズ土地価格並みに買い叩かれるでしょう。都内とか川崎横浜なら25坪でも戸建用地として十分成り立つでしょう。でもここは埼玉の春日部、しかも都心直結でもない「ギリギリ首都圏」なのです。28坪と25坪の違いは、宅地として使い物になるかどうかのボーダーラインに関わるので、極めて重大です。

 

私がオーナーなら、間違いなく絶句するでしょう。

一体だれのために、何のために、こんな施策をするの?
せっかくの、駅5分の土地が死んじゃうじゃん!
国民の資産価値を何だと思ってるんだよ!

 

もっとも、明るい材料もあります。先に紹介した「かすかべ未来研究所」のレポートでは、市の人口減少に対する健全な危機感が見てとれます。大事なので、太字で引用しますと、

人口を増加させていくためには、地域競争に勝ち抜いていく必要がある。選ばれる自治体となり、地域競争に勝ち抜いていくためには、周辺地域との差別化を図っていく必要がある。そのためには、本市の現状をしっかりと調査し、分析することにより、何を実施していけばよいか検討していくことが重要である。

そこで、当研究グループでは、本市の現状、そして近隣自治体の状況を調査し、本市に適した事業として、「定住応援サイト」の開設と、「若者定住支援」の2つの事業の提案を行った。

 

「定住応援サイト」と「若者定住支援」は、是非やるべきでしょう。それに加えて、私たち「不動産業者の知恵」を活用して、宅地取引の実態把握や、道路後退制度との関連を研究した上で、首都圏ベッドタウン春日部市として「あるべき地域のデザイン」を描くことを、強くおすすめします。

 

不動産業者のセンスでいうと、春日部市が人口減少を防ぎ、地域の魅力を取り戻すために取り組むべきことは、二つ。

・駅徒歩圏エリアの規制緩和(道路後退を2ⅿにする、駐車場附置義務撤廃、建ぺい容積率緩和等)と、人口集中のための施策

・それ以外のエリアの成長管理施策(「地主の土地活用」と称した、無秩序な建売アパート建設等に対する予防的規制と厳格な運用)

 

21世紀、大都市ベッドタウンとしての生き残りは、「選択と集中」、「コンパクトシティ化」が基本。駅近エリアには人とインフラを集中させ、商業・医療などの利便施設を集中させる。それ以外の地域はスプロール化を防ぎつつ、計画的に整備していく。

もし春日部市が、人口減少を防ぐために何かしたい、不動産業者の声を聞きたいのであれば、いつでもご連絡ください。私、喜んでお手伝いいたします。数年前、同じ埼玉県で、八潮市の市民大学の方に呼んでいただき、市長はじめ行政職員・議員さんの前で、「つくばエクスプレス開通と街づくり」をテーマに講演したこともありますので…

 

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ベトナム不動産学習ノート

こんばんは、Manachanです。今回のテーマは、「ベトナム不動産」になります。

私自身や、仲間たちが、三度のメシより好きな「不動産」…世界中で、いろんな言い方があります。英語圏ではReal Estateですよね。

 

日本の近く、漢字文化圏では、どこも「不動産」(ふどうさん)に近い言い方をします。

韓国語では、부동산(プドンサン)

中国語では、不动产(プドンチャン)

ベトナム語では、Bất động sản(バッドンサン)

 

そこから西へ行くと、インド文化圏に入りますので、言い方も全く違います。

カンボジア語では、អចលនទ្រព្យ (アチャロノトロップ)

タイ語では、อสังหาริมทรัพย์ (アサンハーリーマサップ)

 

そこから南のマレーシア、インドネシア、あるいは東のフィリピンに行くと、英語から借用したReal Estateを使います。

…というわけで、日本や中国と同様、「不動産」に近い言い方をする南限はベトナムの「Bất động sản」ということになりますね。

 

いま、ベトナムの不動産マーケットについて、Webでいろいろ調べていますが、私の見たところ、一番使えるのは、

batdongsan.com.vn  (バッドンサン・ドットコム)

だと思います。なぜなら、

 

「掲載物件数が数万点あるポータルサイト」であり、

なおかつ、

「英語ページがある」からです。

 

ベトナム人相手の物件ポータルサイトは、いくつかありますが、果てしなく「ベトナム語オンリー」の世界。現時点では、「英語がある」だけで超すごいことなのです。

それでも、困ったことがあります。

 

英語版ページに載ってるデータと、ベトナム語版ページに載ってるデータが、全然違うのです。

たとえば、英語版ページで、「ホーチミン1区」、「売りアパートメント」という条件で検索してみましょう。

batdongsan03

 

7件しかヒットしません。

batdongsan04

 

では、ベトナム語ページで、同じ条件(thành phố Hồ Chí Minh、Quận 1、bán căn hộ chung cư)で検索してみましょう。

batdongsan01

 

なんと、218件もヒットします。

batdongsan02

 

英語版のデータ7件、ベトナム語版のデータ218件・・・つまり、「英語だけ読んでても、何も分からない」という、残酷な事実が判明したわけです。

それから、ベトナム語との格闘(?)がはじまりました。Google Translator、そしてベトナム語のプライベートレッスンを駆使して、とりあえず、メニュー項目の英語・ベトナム語対訳をつくりました。

batdongsanword

 

そうなると、少しは、ベトナム語で書かれた物件広告の内容が分かるようになってきます。で、読み進めると、

 

ベトナム語の物件広告は、「価格」が「要交渉」(Giá: Thỏa thuận )ばっかりじゃん…

ベトナム人同士の不動産取引って、どのくらい値引きするんだろう?

batdongsan05

時々、価格が明記されているデータもありますが、

 

値引き45%って、何だよこれ!!(Giảm 45%)

表示されている価格が値引き前なのか値引き後なのか分かりませんが…10%や20%ならともかく、45%の値引き幅のある数字が信用できるとは思えないよなあ。

batdongsan06

 

ま、そういう、あやふやな数字を、一覧表にしてみました。まだホーチミン1区しかやってませんが、現時点で分かったこと、

 

同じ物件・面積で比較すると、外国人向け価格より、ベトナム人向け価格の方が少し高い傾向がみられる。
(ベトナム人の方が、外国人より派手に値切るから、高目に値段を設定してるのかもなあ…)

batdongsandata

 

ホーチミン1区といえば、東京の都心三区みたいな「超・都心部」なので、もう少し近郊の、2区、3区、7区、ビンタン区あたりのデータを整理してみて、大体の傾向をつかんでみようと思います。

 

ところで、Batdongsan.comには、権利書や謄本をそのまま表示しているものがありますが、びっくりするほど、日本のものに似てるんですよね。

「土地の表示」と「建物の表示」がちゃんと分かれてるし、「求積表」、「字図」にそっくりな書類があるし…日本の法務局のフォーマットをそのまま真似したのかもしれませんね。

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日本と全然違うような、ちょっとだけ似ているような、ベトナムの不動産Bất động sản…そのファンキーな世界を紐解いて、投資家向けにまとめた情報を、オウチーノ社主催の有料セミナー「ベトナム不動産アカデミー」で発表いたします。4月25日(月)開講。全3回の講義に出れば、ベトナムで不動産投資する上での基礎知識と、投資家的な選球眼を身につけられます。興味のある方、是非、来てくださいね。

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