流山おおたかの森が本当に森だった頃…

千葉県の「流山おおたかの森 」 。2005年 にTX(つくばエクスプレス)が開通して、アキバまで最速25分で直通できるようになったこの街は、いつしか湾岸タワマンの劣化版みたいな分譲マンションが建ち並び、二子玉タカシマヤ(玉高)の下位互換みたいな「おおたかの森SC( ショッピングセンター)」で買い物する子育てファミリーが笑顔で闊歩する、21世紀の意識高い系ベッドタウンになりおおせた。隣の「柏の葉キャンパス」という、これまた意識高そうでドン引きしそうな片仮名駅とともに、今では「TX沿線の勝ち組駅」と呼ばれてるんだそうな。

とはいえ、いくら意気がっても、ここは吉祥寺でも横浜でも湘南でもない。アドレスが川崎市になる武蔵小杉でさえない。所詮はチバラギ、首都圏裏街道の立地。アザケイ(麻布競馬場)の小説で軽くDisられ、いじられるまで、 「流山おおたかの森」が首都圏ワイドで話題になったことはなかったと思う。

この「流山おおたかの森」と「柏の葉キャンパス」の一帯は、この地域で育った俺にとって、夏休みの格好の遊び場だった。TXが通る前は、広大な森と畑しかなかった。純真な小学生だった頃は、クワガタやカブトムシ、セミをとりにいった。そんな俺も中学生になると純真ではなくなり、森に捨てられた「エロ本」「ビニ本」をあさりに行くようになった…

流山おおたかの森、以前の住所は「流山市十太夫(じゅうだゆう)」という、江戸時代の農民みたいな地名だった。一応、東武野田線の線路は通っていたけど、豊四季駅と初石駅の中間あたり、住宅地が途切れて雑木林が続くあたりが十太夫と呼ばれていた。そういえば「森のレストラン」とかいう、地元の有閑マダムがお茶しに来る、ちょっとしたイタ飯(死語)を出す店が十太夫にあったが、今は取り壊されて、跡地にはたぶん長谷工のマンションが建ってると思う。

今、おおたかの森はTXの駅と東武野田線の駅が両方できたから便利だ。そうそう、野田線は愛称「アーバンパークライン」なんだそうな。東武本社はこの名前で呼ばせたいようだけど全然定着しなくて、地元では「アーパー線」という頭悪そうなあだ名がついてる。おおたかの森住民は、地元の「なんちゃって玉川タカシマヤ」でなければ、TX快速乗って25分でアキバに行くか、アーパー線乗って5分先の柏に行くか、買い物の選択肢がいくつかある。

ところで、アザケイの小説読んで、初めて「流山おおたかの森」を知った人もたぶん多いと思う。彼の表現が、言葉のチョイスがあまりにリアルで秀逸で、生々しくて、笑ってしまう。俺らの地元は、東京の人からこう見られていたのかと‥‥もう笑うしかないです。


「流山おおたかの森という、ニュースでたまに聞く、しかし得体のしれない千葉の街に下世話な興味を抱いているらしく」

「おおたかの森は東京ではないと思います。何時間かかるんだろう、と調べてみたら案外近くて、新御徒町でつくばエクスプレスに乗り換えれば40分くらいで着くんですね。いくつかの川を渡り、車窓はどんどん田舎臭くなってゆき、丸の内や表参道とはまるで表情の違う、秋を知らせるように毒々しく赤く色づいた木々がいくつも通り過ぎてゆきました」

「駅を出てビックリしました。大型商業施設を過ぎれば、すぐに板みたいなマンションがみっちりと建ち並ぶ風景。その隙間を、二子玉マダムのジェネリック品みたいな何人ものお母さんがベビーカーを押して歩いている」

「私の愛した彼のあのダサさは、奥さんがこの街で安く手に入れた品々で完全に拭い去られ、彼はそれと引き換えに、この街の代替可能な無数の部品のひとつとして、この街で大量製造されるキャンベル缶みたいな幸せを啜っているように見えました。選ぶことを放棄したものたちが歩む、幸せに至る一本の平坦な道」

…ま、そうなんだろうな。俺らの地元は、首都圏では地価水準が安い、土地はいくらでもある。快速停車駅の駅近でもない限り、3000万円台で新築ファミリーマンションが余裕で建つ。マンションのグレードは、可もなく、不可もなく、今ふうに見えればそれでいい。駅前に「なんちゃって都心風」の新しい商業施設建てて、量産品とジェネリック品で満たしておけばいい。あとは保育園とペット病院と、「さくら水産」「塚田農場」級の飲み屋街さえチャッチャとつくっとけばいい。それだけで、何万人の新住民が呼び込める。

「東京カレンダー」 「湘南スタイル」みたいなセレブ雑誌の世界とは一切無縁、ホンモノの上質なんて要らない。だって「おおたかの森スタイル」なら、平均的なサラリーマン世帯の収入で十分実現可能だから…キャンベルスープ缶でよければ、ユニクロでよければ、眼鏡市場でよければ、マンション購入を機に新調したファミリーカーが野田ナンバーのホンダFITでもよければ、高校に上がった娘が柏の駅前で髪をパープル系に染めてくるのを許容できれば、この街で幸せを手に入れるのは難しくない。

あ~あ、小市民。それでも幸せ♪ 俺ら、流山市民。

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