2015年 11月 の投稿一覧

マルチリンガルになるには?

こんばんはManachanです。今回は、語学ねたで書きますね。

私は仕事の都合もあり、今年3月からタイ語を学びはじめ、10月からベトナム語も学んでいます(タイ語学習も中断せず継続中…)。

 

ベトナム語をはじめて感じたことは…タイ語との比較でいうと、

・タイ語はタイ文字、ベトナム語はアルファベット表記だから、後者の方がビジュアルに覚えやすく、頭に残りやすい。

・だから、ベトナム語の授業を受けた後、タイ語をきれいさっぱり忘れてしまいやすい。

 

タイ語学習をはじめて7か月。ベトナム語はまだ1か月だから、タイ語の語彙の方がずっと多いはずなのですが、ベトナム語の単語を覚えた途端、タイ語の記憶が消え、ベトナム語に置き換わってしまう気がするのです。

たとえば「雨が降る」は、ベトナム語でmưa。タイ語でฝนตก(Fon Tok)といいますが、mưaが頭に入るとฝนตกを思い出せなくなったり、あるいはタイ語でฝนตกと言おうとしてベトナム語のmưaが出てきたりするのです。

 

これではまずいと思い、学習方法を変えました。

・ベトナム語の単語とタイ語の単語を一緒に覚える

・ベトナム語の作文とタイ語の作文を一緒にやる (同じ内容の作文を、タイ語、ベトナム語の2バージョンつくる)

「二言語同時学習」、私オリジナルの方法ですが、結構気に入っています。まずタイ語の単語を忘れなくなったし、それに、ベトナム語とタイ語の似ている点、違う点、文章の構成の仕方…等々を「見える化」して、パターン認識できるからです。「2倍の時間をかけて効果3倍」を得ている感覚ですね。

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私、語学の学習は、「Aをとるか、Bをとるか?」ではなく、「AもBも両方」が十分可能だと考えます。語学学習への興味が持続すればの話ですが、私たちの脳は、やる気になれば何十か国語を格納できるキャパを持っているはずです。

そこまでいかなくとも、一つの事物に複数の言葉を当てはめて認識することは、日本語の世界でも当たり前に行われています。たとえば「ご飯」と「メシ」、「お尻」と「ケツ」が同じ意味なんて、誰もが知ってることですよね。また地方出身者が東京に来て暮らすと、地元の言葉と東京の言葉と、二つセットで覚えたりします。例えば北関東出身者の場合、「だいじ」と「だいじょうぶ」、「青なじみ」と「青あざ」が同じ意味だと認識するわけです。こういう概念操作を外国語まで延長すると、「バイリンガル、マルチリンガル」への道が開けてきます。

 

日本ではまだ少ないかもしれませんが、世界には3言語以上話す「マルチリンガル」の人がたくさんいます。アジアでいうと、たとえばフィリピン・セブ島の人は、母語が「セブ語」、学校で国の公用語「タガログ語」と、ビジネス共通語の「英語」を習い、普通の大人なら当たり前に3言語を話します。マレーシアの華僑とかも、「英語+北京語+マレー語」のマルチリンガルが当たり前で、彼らが来日して日本語をマスターすると4言語目になったりします。

彼らをみていると、複数言語を使う社会環境もさることながら、頭の使い方が「マルチリンガル的」、つまり、多言語習得のために最適化されているように感じるのです。

以前、フィリピンのセブ島に滞在していた時のこと・・現地の15歳くらいの女の子が、5歳くらいの女の子の世話している時、「この言葉は、セブ語では○○、タガログ語では○○、英語では○○」と教えてあげてるんです。つまり、いま私がやってるような「多言語同時学習」を、子供の時から日常生活のなかで当たり前にやっているのです。

 

そういう世界を見てくると、こういう疑問も湧いてきます。

・外国語を学ぶ際、その言語のネイティブから学ぶのが果たしてベストなんだろうか?

・たとえネイティブじゃなくても何言語もできるマルチリンガルから数か国語同時に学んだ方が効率良いのではないだろうか?

 

たとえばの話、私はいまタイ人のネイティブからタイ語、ベトナム人のネイティブからベトナム語を、それぞれ教わっています。普通の語学学習のやり方ですね。

ですが、もしタイとベトナムの間にあるカンボジアやラオス出身で、タイ語もベトナム語も堪能な先生がいたら、その先生から学べないだろうか?

 

ま、普通考えて、そんな先生は滅多にいないと思いますが・・・でも前に述べたように、マルチリンガルの人はマルチリンガルな脳の使い方をして、センスよく多言語を覚えていくので、自分がマルチリンガルになりたいのなら、そういう人から学ぶのが良いと思います。

 

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千葉県、ちばらぎ県、茨城県

看板娘は「ちばらぎの星」⇒

おはようございます。Manachanです。今年前半から、「うちナビ」の看板スタッフに鈴木奈々さんが起用されて以来、都内各地で、あの看板を見る機会が増えました。

私からみて、彼女は一応、「ご当地アイドル」…実家は、茨城県竜ケ崎市の佐貫ですが、小学生の頃から、常磐線に乗って柏に遊びに来て、高校生時代は柏駅前のVAT館でアルバイトしていた時期もあるので、茨城県だけど「柏の人」みたいなもんですね。

 

鈴木奈々さんのように、利根川を越えて、茨城県から千葉県へ遊びや働きに来る。逆に、千葉県の人が通学やドライブで茨城県に行く・・柏や竜ケ崎あたりでは、こういう行動は日常的に行われています。あまりに近いので、お互いの県が違うことも意識しないし、アウェイ感も全くない。対岸に来ても「地元」みたいなもの。

千葉と茨城が接する利根川沿いの地域は、平将門の昔から交流が非常に盛ん。地域としてほぼ一体化しているので、この地域は「ちばらぎ県」と認識するのが妥当だと思います。

 

「ちばらぎ県」(Chibaragi Prefecture):関東東部に存在するバーチャルな地方自治体(?)

面積 約 2800 km2
人口 約300万人
千葉県側の中心都市・・・柏、成田、銚子
茨城県側の中心都市・・・つくば、土浦、鹿嶋

 

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首都圏で「ちばらぎ」というと、ヤンキー、ださい田舎のイメージ、蔑称のニュアンスさえありますが、それでも「ちばらぎ県」の住民は、自発的に「ちばらぎ」を名乗ることがあります。例えば、

 

千葉県佐原の銘菓「ちばらぎ」

千葉県香取市(佐原)と、対岸の茨城県潮来市を中心にマーケティングされています。

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千葉県柏市の「ちばらぎ塗料」

千葉県柏市と、対岸の茨城県守谷市を中心に店舗展開しています。

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千葉県側、茨城県側を問わず、ちばらぎ県に共通するカルチャーは、

 

・県都に無関心なこと

「ちばらぎ」の千葉県側で一番大きい都市といえば、柏や松戸ですが、どちらも県都「千葉市」には全く無関心で、別に行く用事もありません。また、茨城県側の最大都市は、絶賛発展中の「つくば市」ですが、こちらも県都の「水戸市」に対する関心は限りなくゼロ。

 

・所属県のカルチャーに違和感を覚えていること

千葉県を盛り上げるために、県のプロモ―ションビデオをつくると、どうしても、「千葉市目線」あるいは、千葉の中心である「市川~船橋~千葉の総武ライン」の視点が支配的になり、結果、「マザー牧場」や「千葉マリンスタジアム」、「東京湾アクアライン」みたいな施設を前面に押し出すことになります。が、「ちばらぎ県民」目線でいうと、「どれも、俺らには関係ないじゃん!」という冷めた感覚になります。茨城県側でも事情は一緒で、「県都・水戸市目線」でつくられた、「偕楽園、大洗、納豆イチオシ」のプロモーションを出したところで、「ちばらぎ地帯」のつくば・牛久、あるいは鹿島・神栖あたりの人間からみれば、一言、「俺らに関係ないし、別に興味もない」。

 

・自分が、どの県に属しているのか、時々分からなくなること

「ちばらき県民」の住まいから遠からぬところに、利根川があって、その対岸は別の県になりますが、誰もが日常的に行き来する同一生活圏なので、そのうち、別の県という感覚が麻痺してきます。高校野球の季節になると、柏の駅前に、千葉県代表校と茨城県代表校の垂れ幕がかかります。もし茨城代表が常総学院や霞ヶ浦、藤代高みたいな近場の学校で、かつ「千葉vs茨城」対決になったら、どちらを応援するか迷ってしまいます。まるで、「東京・神奈川の境にある町田状態」

 

最後に、ちばらぎ地帯での不動産投資をお考えの方へ・・・この地域での「県境を越えた人口移動のパターン」を知っておいて損はありません。広大な「ちばらぎ県」は、大きく分けて3つの地域交流圏があります。西から順に「東葛‐土浦圏」、「成田‐稲敷圏」、「東総‐鹿嶋圏」です。

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東葛―土浦圏:常磐線と「ろっこく」(国道6号)で柏へ直行

「ちばらぎ県」のなかで最大の人口規模を持つ「東葛―土浦圏」は、JR常磐線と国道6号という幹線交通網が結ぶ地域。江戸の昔から「水戸街道沿い」の一体化した地域をつくってきました。この地域での人口移動は、基本的に「茨城県⇒千葉県」の流れが優勢で、行き先は「柏市」。具体的には「柏駅前の商業施設群」になります。

土浦、牛久、竜ケ崎、取手といった茨城県内の都市から、「常磐線上り電車」(ときわぶね)に乗って、若い世代が柏を目指すわけですが、彼らは「隣の県の街に出かける」という意識は希薄で、「この辺で一番使える街は柏だから、遊びにいく」という、半ば地元感覚の移動です。

 

成田―稲敷圏:利根川を超える成田イオンタウンの求心力

日本を代表する国際空港「成田」は、茨城県と比較的近い場所にあります。この地域には国道6号のような幹線道路がなく、これまでお互いの行き来は多くありませんでした。ですが近年は、巨大SC「成田イオンタウン」や、隣の印西市の「イオンモール千葉ニュータウン」の出現により、「茨城県⇒千葉県」への客の流れが生じています。こちらはファミリー層が中心。

 

東総―鹿嶋圏:銚子大橋を超えてリッチな神栖市へ

「ちばらぎ」最東端の「東総―鹿嶋圏」は、前述二地域とは逆に、「茨城県側の方が栄えている」地域。人口減少中の千葉県銚子市や香取市から、利根川を超えて鹿島コンビナート地帯へ。なかでも繁栄を極める「神栖市」の商業施設への移動が目立ちます。近年では、銚子市民が利根川を超えて、財政・福祉の良い茨城県神栖市へ「移住」する現象も起こっています。銚子も神栖も、同じ「ちばらぎ文化」なので、「別の県に移住する」感覚はありません。

 

是非、「ちばらぎ」へお越しいただき、「銘菓ちばらぎ」を食べてみてくださいね。

 

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マクドなくなると結構困る人…

こんにちは、Manachanです。

ニュースでたくさん報道されてますが、あのマクドナルドが日米ともに未曾有の経営危機に直面しているようで、「日本撤退」すら噂されているようです。

ここ東京でも、都心部の基幹店舗や、20年以上営業してきた店舗が、どんどん閉店の憂き目にあっています。ここは都会なので、マクドナルド亡き後、すぐ新しい飲食店ができるでしょう。「一等地の居抜き店舗」は、どの飲食チェーンにとっても垂涎の的ですから…

私が仕事や打ち合わせでよく使う店舗で、最近閉店されたところは、

 

東京都港区 マクドナルド赤坂見附店
2015年10月25日閉店、21年営業

東京都豊島区 マクドナルド池袋西口公園前店
2015年10月25日閉店、23年営業

東京都墨田区 マクドナルド錦糸町アルカイースト店
2015年10月25日閉店

東京都中央区 マクドナルド東京駅八重洲通り店
2015年10月31日閉店、3年営業

東京都千代田区 マクドナルド駿河台店
2015年10月31日閉店、43年営業

東京都港区 マクドナルド神谷町店
2015年11月15日閉店

参考リンク)マクドナルド2015年11月の閉店店舗

マクドナルド2015年閉店店舗一覧

 

こういう都心一等地の店を閉めざるを得ないのは、賃料高くて競合が激しいとはいえ、経営まじでやばいんじゃないかと愚考します。一度撤退したら最後、二度と借りられないような好立地ばかりですので・・・

そんななかで、我が家の近所、マクドナルド東陽町駅前店の閉店の話はまだ聞かないので、ほっと一息ついています。私はこの店のヘビーユーザーなんです。

・東陽町駅の周辺に、他にマクドナルドは存在しない。約1km離れた木場や南砂町に行かないとない。

・東陽町駅近辺で、フリー電源がある飲食チェーン店は3つしかない。マクドナルドと、カフェヴェローチェと、プロントのみ

・プロントのコーヒーは220円~、カフェヴェローチェは190円~・・・そこいくと、マクドナルドはSサイズのコーヒーが税込100円。

・しかも、マクドナルドはシャカチキとかSサイズポテト、ハッシュブラウンなど、税込150円位で頼めるサイドメニューが豊富。一方で、プロントのサイドは値段高いし、カフェヴェローチェもクッキー位しかない。

 

東陽町のマクドナルドは、学生や社会人、家族連れや外国人で常に賑わっており、閉まる気配はありませんが、もし閉店されることになったら、私、結構困ってしまいます。

マクド亡きあと、ガストやデニーズ、日高屋、ファーストキッチンみたいな飲食チェーンが入居するでしょうが、どの店が出て来たところで、マクドと同じコスパで「250円ちょっと利用+充電」はまず期待できないからです。

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今日、「マクドナルドなくなるかもしれないよ」という話を、我が家の食卓でしたところ、息子ポニーは「別に構わない」、娘ソフィアは「なくなると困る!」という意見でした。確かに、妖怪ウォッチのおもちゃ付のハッピーセットが買えなくなると寂しいもんねえ。

モスバーガーやサブウェイが来れば、確かにヘルシーで美味しけど、子供のいる家庭向きじゃないんだよなあ。だいたい「モスチーズバーガー+ポテト+ドリンク」のセットで1人800円超えるし、4人家族で1食3000円超えるファストフードはありえない。おもちゃも付いてこないし…

それに、ここは外国人の多い町。日本語や日本の食べ物にまだ慣れない人にとって、マクドナルドはかなり重宝するはず…特に東陽町店は、英語もタガログ語もベトナム語も通じるし。

イメージは良くないけど、何気に東陽町の土地柄にあったマクドナルド。閉店せず頑張って欲しいと思います。

 

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日本語は特殊なのか?

こんばんは、Manachanです。今回のブログは「言語」の話題でいきますね。

Huffington Postで、最近こんな記事を読みました。「やっぱり奥が深かった。日本にしかない素敵な5つの言葉

「わびさび」、「初心」、「もったいない」等…日本語の印象深い言葉を紹介する記事です。これらの言葉を作者が「素敵」だと思うのは結構なのですが、「日本にしかない」、「世界の言葉ではいい表せない」、「海外の言葉に訳せない」と、本人が根拠なしに思い込んでいるところが気になり、「日本で数少ない、言語学習オタクの不動産投資家」として、一言、コメントしたくなりました。

日本人が書く、「日本語特殊論」、「日本文化特殊論」の類の文章は、昔も今も、よくあります。地球上のあらゆる文化や言語は「固有」で「ユニーク」な面があると同時に、他の文化・言語と共通する部分も必ずあるはずなので、「ひとり日本だけが特殊」という言説は、一般論としては無理があります。

たいていの場合、「日本と比較する対象が偏っている」(例.欧米と日本だけ比較して、東アジアと比較しない)とか、「文化・言語のごく一部の側面だけ切り取って比較する」…そんな文脈のなかで限定的に成立する「日本=特殊」論なので、学問的な正確さとは無縁。むしろ、「日本を特殊な(他に比類ない)ものだと思いたい」という作者の願望が生み出す、珍説奇説の類だと思います。

 

では、学問的な視点から、日本語が世界の言語のなかで特殊な存在かというと…データをどう分析してもそういう結論になりそうにありません。まず、日本語の構造や音素からいうと、

・基本語順が「SOV型」(主語+目的語+動詞の順)…これは、世界の言語の45%を占める、一番ありふれたタイプです。

・「膠着語」(「私、○○する」みたいに、単語に接頭辞や接尾辞を付着させることで、その文の中での文法関係を示す)…これは、ユーラシア大陸のほぼ北半分に分布する「ウラル・アルタイ語族」に共通の特徴で、エスペラントにも採用されています。珍しいとはいえません。

・「母音の数が5」…世界の言語でみると平均的な数で、出現率が最も高い。英語(母音が13ある)の方が却って珍しいです。

・「子音の数が14」…世界の言語でみると「平均よりやや少ない」。数でいえば二番目に多いグループに属します。

 

次に、文字や語彙をみてみましょう。

・「漢字を使う」…これは、東アジア特有の文字体系。いま漢字を使っている社会は中国(台湾、香港を含む)、日本、韓国だけですが、中国が含まれるので使用者数が半端なく多い。地球人類の2割強が使っている文字を特殊とはいえない。

・「借用語(漢語)が多い」…日本語の語彙の約6割が漢語起源とされますが、これに関しては韓国語とベトナム語もほぼ同じ状況。日本語は「東アジアCJKV(China, Japan, Korea, Vietnam)グループを構成する一言語」といえます。

・「カタカナ語(英語由来の外来語)が多い」…とこれは日本語だけでなく英米圏の影響を受けている世界中の言語に共通する特徴です。私が習った範囲でいうと、タイ語や韓国語も日本語に負けず劣らず英語由来の言葉が多い。

 

あえて、日本語が珍しいと思える要素を挙げると、

・「文字が漢字、ひらがな、カタカナの三種類ある」

・「日本固有の語彙を漢字で表記する”訓読み”を発明している」(韓国語、ベトナム語にはない)

・・・それ位でしょうか。ただこれだけをもって、日本語が世界的に特殊だというのは無理があるでしょう。

 

あと、前出の記事に出ていた、日本語の「わび・さび」、「もったいない」、「初心」、「切ない」、「豊富な一人称」が、本当に日本語固有の概念であり、外国語に翻訳不可能なのでしょうか?

思うに、「切ない」に似た気持ちを表す言葉は、たいていの言語にあるのではないでしょうか?また「一人称」の語彙は、敬語や家族呼称の発達したアジアの言語では大抵豊富。たとえば、中国のいろんな地方で話されている一人称の語彙を集めれば、たぶん日本語のそれを凌駕するでしょう。

「わび・さび」、「もったいない」のようなコアな語彙にせよ、日本語が世界中の多くの人に学ばれていけば、そのコンセプトがいろんな文化に移植されます。日本語は辺境の言語ではありません。非母語圏の学習者数でいえば、日本語は世界第7位、約400万人に学ばれている言語です。「わび・さび」、「もったいない」なんて、日本語を学んだ世界中の外国人がすでに使ってますよ。

 

そろそろ、まとめます・・・日本語は特殊な言語なのでしょうか?

・日本語と他の言語を、同じ土俵でフラットに比較する限り、特殊な言語とはいえない。他の多くの言語と共通点を持つ「人類の言葉の一種」であり、より正確にいえば「東アジアCJKVグループを構成する一言語」である。

 

最後に、言語に限らず、日本と外国とを同じ尺度で比較する視座って、海外でビジネス・投資する上でとても大事、というか不可欠だと思います。

たとえばの話、そういう視点がないと、前出「日本語特殊論」と同じになっちゃう。つまり、「日本とそれ以外」という区別しかできず、たとえば「日本に地震放射能の問題があるから、とっとと海外に出る」みたいな結論に飛びついちゃう・・・

日本と同じ尺度で比べた時、海外にはどんなリスクがあって、日本と比べてどうなのか…データに基づく冷静な判断を、常にできるようになりたいものです。

 

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親子アスぺ日記…日米で一世代の差

おはようございます。Manachanです。

右の写真は、近所の図書館から借りてきた「自閉症、アスペルガー」関連図書です。今はこれだけの書籍を、手軽に借りて読めるんですね。

 

他の日記にも書いてますが、私はこれまで「他の人とちょっと違う」自分を持て余し、職場や社会生活、家庭生活の悩みを抱えながら47年間生きてきました。その私が「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)」という診断名を得たのは昨年のことです。アスペルガーとは、人類の9割以上を占める「通常の脳」(Neuro Typical)とは違う、脳機能の特性を指します。一言でいうと、「知的な遅れのない自閉症」。

私の「ちょっと風変りな脳」が、10歳の娘ソフィアにも伝染(?)しているようです。娘は小学4年生、普段は通常学級に通いながら、一週間に一度、隣の学校に「通級」して、専門の先生方の指導のもと、社会性のトレーニングや、それぞれの児童の特性にあった学習計画(Individual Development Plan)に基づく指導を行っていただいてます。

「通級」は江東区の制度で、無料で受けられます。私の小学生時代は、「通常学級」と「特殊学級」(今でいう特別支援学級)しかなかったので、やはり、隔世の感がありますね。

 

ソフィアにとって、学校で一日過ごすというのはかなりの重労働であるらしく、午後3時頃に家に帰ってくるとこんな感じになります。

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夕食前の決まった時間、娘と息子に宿題やらせてますが、特に娘に宿題やらせる作業は親にとっても大変な負担です。やりたくなければ、頑としてやりませんから(私の子供時代と似てます・・・)。ですが、学校の決まった宿題は嫌いでも、自分の好きな勉強は進んでやるので、そういう方面を伸ばしていきたいと思います。

娘にとって救いの一つは、いまのクラスに5人ほど、仲の良い女の子の友達がいて、普段から一緒に遊んだり、交換日記をやっていることです。

私の小中高生時代は、一部の時期を除いて、友達もほとんどおらず、寂しかったですからねえ。特につらかったのが高校時代。修学旅行で京都奈良に行く時、仲の良い友達同士5~6人でグループをつくって、自分たちでコースを決めるのですが・・・先生方からみれば「子供たちの自主性を育む素晴らしい指導」に見えても、どのグループにも入れない私にとっては苦痛以外の何者でもなかった。

あの時、私は「修学旅行でどのグループにも入れない」悩みを、勇気を出して先生に相談したのですが、結局、私は適当なグループにあてがわれて、アフターケアもなくそれでおしまい。私は3日間、京都奈良の各地でグループの皆と一言も口をきかないまま、金魚のフンみたいについていっただけ…孤独で不条理でつらかったです。

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京都の旅館に泊まった時、クラスメイトと些細なことで口論になり、熱い湯豆腐を頬に投げつけられました。その夜、寝静まった時、例の湯豆腐を投げつけた男が、何人かの仲間にこう言ってたのを聞きました。

「こいつの、親の顔見てみてえよ・・・一体どんな教育してるんだろう?」

当時は、1980年代。集団行動に馴染めない脳のタイプがあることは、日本では知られていませんでした。学校社会のなかで、私はクラスメイトにも先生にも、「常識のない、変な奴」という乱雑なキーワードで認識され、たびたび軽視されてきました。クラスでトラブルになった時は、両親(特に母親)の子育てのせいにされました。母もつらかっただろうな・・・

小学5年の時、近所の母親たちが、「マナブくん変よね」、「どんな子育てしてるのかしら」と噂話しているのを聞いたことがあります。当時は、その場で言い返すだけの能力がなかったので、家に帰って母親に、涙ながらに悔しさをぶちまけました。

「ありがとう、お母さんのために泣いてくれたんだね」と励ましてくれたけど、その母とて、アスペルガーとか自閉症スペクトラムという言葉を当時は知らず、どういう支援をすれば良いか分からなかったことでしょう。

その後、社会人になっても、寝ぐせのまま出社して叱られたり(自分では、全然、気づかないんだもんね…)

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上司に怒られても、なぜ怒られてるのか分からないことがたびたびあったし(この絵は、頬づえをついて失礼…という意味)。

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いろんなことがありましたが、曲がりなりにも今、まともな社会生活を送れています。仕事のなかで、自分の得意分野を生かせたという面もあったし、それ以前に、まともな家庭に生まれ育つことができた、という幸運が大きかったのかも。

もし私が、父親が暴力を振るったり、両親揃って育児ネグレクトするような家庭に生まれていたら、どうなっていたか・・と思うと、想像するだけで恐ろしいです。実際、発達障害児のなかで、DVやネグレクトなど問題のある家庭で育つ者は少なくないようです。

 

もし私が、アメリカなど英米圏で育っていたら、どうなったか?というと、また違った人生になっていたのかもしれません。

いま、発達障害児(特に自閉症系)にかかわる多くの日本の教育・療育機関が使っているプログラムは、「TEACCH」(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren 、自閉症及び近縁のコミュニケーション障害の子どものための治療と教育)をもとにしていることが多い。

このTEACCHは、1971年に、アメリカのノースカロライナ大学、チャペルヒル(Chapel Hill)校で開発されたものです。

私は2005年に、ノースカロライナに住んでいた時期があります。我が家からチャペルヒルまで、クルマで15分と近く、食事とかでよく行ったものです。こんな身近な場所で、世界の先駆けとなる自閉症児療育プログラムが、1971年という早期に開発されていたことに、ただただ驚きを禁じえません。

なぜなら、日本で発達障害者支援法が制定されたのは2004年。自閉症やアスペルガーに対する療育プログラムが日本に導入されたのはその後ですので、日米で30年以上、約1世代のタイムラグがあるのです。そう考えると、

・もし、私が当時のアメリカで育っていたなら、今ソフィアが日本で育つのとほぼ同じ状況だったのかもしれないな。

・そう考えると、私は日本という国に、やや早く生まれすぎていたのかもしれない。

 

とはいえ、これは結果論。人間はそれぞれ問題を抱えながら、それぞれの時代を、懸命に生きなければならないのだから。

 

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海外投資詐欺と、私の見解

おはようございます。Manachanです。11月14日に東南アジア出張から帰国してから、山のように溜まった業務を片付けていました。ブログ記事書くのは約1週間ぶりですね。

先月の下旬、「楽待新聞」より、「カンボジア投資詐欺事件に関するManachanのコメントがいただきたい」という取材依頼を受けました。すでに新聞記事にもなっていますが、カンボジアの不動産会社の代理店を名乗る事務所が、2011年ごろからカンボジアの不動産投資と偽って、投資詐欺を重ねていた。警察によれば、全国39都道府県の200名以上の人から、20億円を超えるお金をだまし取った…という事件。

私は、この事件に関わったわけでもなければ、知人友人で彼らの詐欺に引っかかった方もいないので、「また聞き」レベルの知識しかありませんが、第三者的コメンターとして推薦を受けたので、お受けしました。余談ですが、楽待新聞の電話取材を受けた時、私は仕事で愛知県内をドライブ中。ハンズフリーで話しながら、一宮市~名古屋市あたりを運転してたんだよなあ。

今後、海外不動産投資の裾野が広がれば、詐欺事件も手を変え品を変え、増えてくると思いますので、(TVに出る気はありませんが…)雑誌やWebメディアで露出の機会が増えるかもしれません。ですが、どんなタイプの詐欺であっても、私の言うべきことは、3つだけ。

 

1) 権利関係を確認しましょう。

2) お金の流れを確認しましょう。

3) 専門家のセカンドオピニオンを得ましょう。

 

Checkpoint1 : 契約関係の確認

本契約の前に、その物件の現地での登記書や出資契約書などを確認します。どんな土地・建物なのか、また、現在の所有者は誰なのかなどを調べます。現地からコピーを取り寄せ、日本語訳してもらえば良い。

経験上、最初から騙そうとする業者の場合、実在しない土地や建物の権利を勧誘してくることが多く、書類関係も適当で杜撰なこと(あるいは、現地書類が杜撰で日本語プレゼン資料だけ立派)が多いものです。

 

Checkpoint2 : お金の流れの確認

自分が払うお金が、どのような経路で誰に渡って、最終的に自分の権利につながるのか確認します。多くの場合、取引に関わる人物は、本人(バイヤー)、仲介業者、現地のデベロッパーとなります。このとき、購入代金を仲介業者に全て預けてはいけません。日本の不動産取引と同じく、海外でも仲介業者は手数料のみ受け取れるのが原則、売買代金は本人が直接、現地のデベロッパーに支払うべきです。

きちんとした仲介業者なら、どこに送金してくださいという指示をしてくれるはず。そういったお金の流れについて、明確に答えられない業者は要注意です。私が代理で送ります、などと言われたら必ず拒否するようにしましょう。

 

Checkpoint3 : 専門家のセカンドオピニオンを得る

初めての海外投資、特に知識が足りなくて不安な場合は、海外投資に詳しい専門家にアドバイスを求めるのが良いと思います。聞く先は、私どもの「アジア太平洋大家の会」でもいいですし、他にも海外投資案件について知識を持っている団体・個人は多くいらっしゃいます、。

たとえば私に相談が来た場合、東南アジアのコンドミニアムで「完成後が数年後なのにネット20%利回り保証」みたい話は、明らかに怪しいと思いますし、それを正直にお伝えいたします。

 

上記3つのチェックを行い、それでも仲介業者の言うことに辻褄が合っており、誠実だと感じるのであれば、この時点で少なくとも詐欺にひっかかるリスクは、大幅に低くできると思います。その後は、日本国内で収益不動産買うのと同様、投資案件の収益性を見極めれば良いですね。

 

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ホーチミンから、プノンペンの将来を読む

こんばんはManachanです。ベトナム・ホーチミンを早朝出発、カンボジアは首都プノンペンでの日帰り出張を終え、先ほどホーチミンまで戻ってきました。

東南アジアの地図をみると、ホーチミンとプノンペンは非常に近く、陸路で250㎞しか離れていません。東京~浜松間とほぼ同じ距離です。これだけ近いので、国境超えのバスも数多く運行、イミグレを含めて6時間で行くことができます。東京~浜松間の高速バスが所要4時間プラス、イミグレで2時間みたいな「隣り町」感覚ですね。なお、この区間を飛行機で行くと45分しかかかりません。福岡~プサン間みたいに、上昇して、わずかな水平飛行のあと、すぐ降下・着陸してしまいます。

 

至近距離にあるとはいえ、ベトナムとカンボジア、あるいはホーチミンとプノンペンの間には、一目瞭然な国力の差、都市力の差があります。

前回(今年3月)は、この二都市間をバスで移動したので、両国間の格差がよく分かりました。ホーチミン市内からベトナム側の国境(モクバイ)までは立派な4車線道路が延々70㎞にわたって続き、常に交通量も多かったのに、カンボジア側の国境(バベット)から先は、プノンペンの直前まで、ずっと2車線(つまり片側1車線の対面通行)道路。特に夜だと、ベトナム側は明るいのに、カンボジア側は街灯も乏しくて真っ暗。

それでも今は、カンボジア側のイミグレ建物もずいぶんマシになりました。10年前のカンボジアイミグレは掘っ立て小屋みたいな粗末な建物だったので、「都落ち感」も今の比ではなかったことでしょう。

 

そのプノンペンはいま、外資を受け入れて急速に経済発展中。土埃や未舗装の道路も減り、コンクリ高規格道路が次々と完成しています。高層の建物も増え、「市バス」も登場するなど、絶賛グレードアップ中。あと何年で、今のホーチミンのレベルに追いつくかというと・・・「約10年」という声が多いようです。

ホーチミンに長年住んだ方の声を聞くと、「今のプノンペンは、10年前のホーチミンにそっくり」だそうです。逆にいうと、最近10年のホーチミンの歩みをおさらいしておくことで、プノンペンの今後の発展、をある程度予見できるのかもしれません。

 

プノンペンの新興戸建住宅地・・・人気が高い。

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不動産マーケットの面からいうと、プノンペンはホーチミンを10年の時差をもって後追いしているようにも見えます。
10年前ホーチミンは、中間層がまだ薄く、一握りの富裕層と、後は購買力のない庶民が多数の社会、ったそうです。今のプノンペンと似てますね。当時、ホーチミンに住むベトナム人は、高層のコンドミニアムに住む発想がなく、圧倒的に「土地付き戸建」志向だったとか…それも、今日のプノンペン住民と似てますね。今は、外資のお金で高層コンドミニアムがどんどん建っていますが、カンボジア人がほとんど住んでないですもの。

当時のホーチミンは、(庶民は無理でも)中間層がなんとか戸建を買えるほど、地価が安かったそうです。都心距離20km、9区あたりで、㎡単価300ドル前後・・・つまり100㎡の土地3万ドル。上物建てても7~8万ドル。その程度の値段なら、少し裕福なベトナム人なら買えるわけです。「戸建信仰」は安い地価に支えられていたといえます。

しかし、それから2004~08年のバブルを経て、ホーチミンの地価は数倍にはね上がり、中間層が市内で戸建を買うことはほぼ無理になりました。いや、土地付き住宅を買うことはできても、ホーチミンの名のつかない「ビンズン省」とか「ドンナイ省」みたいなアドレスになってしまい、「それなら、土地のない集合住宅でも職場に近い市内がいいや」と考える人が増え、コンドミニアム居住が一気に普及したそうです。

今のホーチミンは、以前より断然、中間層が分厚くなってきましたが、彼らが買うボリュームゾーンは、「ホーチミンの周辺区(8区、9区)あたりの、5~6万ドルのコンドミニアム」のようです。もっと裕福な人なら「土地付きの戸建、タウンハウスやビラ」が視野に入るでしょうが、一般ピープルレベルでは、コンドミニアム居住が基本形になったといえます。

(ホーチミンより所得水準の高い、タイ・バンコクでは、人々の所得する住宅の平均が8~10万ドル。2~3割の人は郊外の土地付きタウンハウスを買えますが、それでも6割がコンドミニアム購入層です。)

 

プノンペンの地価・・近郊ほど、上昇率が高い。

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まだ農業用途に使われている土地は安い。

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ホーチミン市南部、実需用コンドにアムが延々と並ぶ

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ホーチミン10年の歩みから、プノンペンの今後10年を占うと、どうなるか?

・今は、プノンペンの土地がどんどん上がり、戸建住宅地が郊外に広がっているが、実需向けには、まだ「土地付き戸建住宅」が売れる段階。(ホーチミンの2004~08年の状況)

・数年後、プノンペンの土地代が上がりきって、遠方でないと土地付き住宅が求められなくなると、今度は人々の目がコンドミニアム住まいに向かう。そうなれば、「都心近くの、中間層がお手頃価格のコンドミニアム」が売れる (ホーチミンの2008~15年の状況)

もっとも、プノンペンの状況がかつてのホーチミンと違うのは、「外資が建てた高級コンドミニアムが大量供給されている」点でしょう(ベトナムの場合は、外国人による不動産開発や購入が、これまで厳しく規制されていた)。近い将来、これらが大量に空室になると、その後どうなるのか?ロクな管理もされず朽ち果てるのか?あるいは、カンボジア人の購買力が追いついてきたときに、「お手頃価格のコンドミニアム」として実需転換されるのか?なかなか興味深いですね。

 

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ホーチミン10区に住んでみたい

おはようございます。Manachan@ベトナム滞在中です。

昨日、「ホーチミン10区」の物件を内見しましたが、このエリアがとても印象良くて、一人でじっくり歩いてみたいと思い、再訪してみました。

ホーチミン市は「1区」に都心機能が集約されていて、主要ランドマーク、観光名所も1区に集まっています。私が滞在しているホテルも1区にあります。1区から見て10区は、「3区」をはさんだ向こう側にあり、距離的にはそう遠くありません。

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特に、私のみた物件は、「10区」といっても「3区」との境界付近にあるのでさらに近い。この両区を分けるのが「2月3日通り」( Đường 3 Tháng 2)で、物件はそこから10区側に300mくらい入った場所。1区の「ベンタイン市場」からの距離は、わずか2.5km。

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2.5kmくらいなら、頑張れば歩けると思い、私は、午後5:30過ぎ、1区のホテルを出て、10区に向かいました。とはいえ、南国のホーチミンで、この距離を歩こうとする既得な人は滅多にいません(皆、バイクか車で移動)。特に5:30過ぎはバイクの帰宅ラッシュの時間帯。下の写真のような状態で、道路の横断は困難を極めました。いや横断以前に、歩道を歩いていても、バイクがガンガン歩道に乗り上げて飛ばしてくる、カオスな世界。

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「1区」から「10区」に行くには、必ず「3区」を通ります。3区は「準都心」、「準1区」と呼ばれるだけあって、街道沿いに商店、レストランがずっと続きます。交通量も多い。

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3区、10区は、ローカル感あふれる場所。中華系ベトナム人が多いようで、こんな本屋がいくつもありました。

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「2月3日通り」を超えると、3区を出て、10区に入ります。交通量もいくぶん少なくなり、落ち着いた雰囲気。「都心」から「住宅地」に出た感じですね。10区に入って、すぐ目に入るのが、この看板。写真でははっきり見えませんが、「Solution」という英語の教科書を開いた、頭の良さそうな男子生徒が出てきます。

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いわゆる「インター」。英語で教育する「中学校・高校」と、「小学校」が併設されていました。

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文教地区(?)には、でかい本屋が欠かせませんね。

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また、近隣には日産のディーラーがあり、「近郊住宅地」感を醸し出しています。

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文教地区(?)なのにラブホがある???

1時間 50000ドン
2時間 70000ドン

みたいな時間貸しのホテルが3軒ほど並んでいました。ベトナム人がどうやって使っているのかは不明。

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しかし、私的に、このエリアを魅力的に感じる要素が、「食い道楽」・・・野外の露天式でいただく、海鮮レストランが並んでいるのです。生け簀があって、デカい伊勢エビとか焼いてて、まじでうまそう。

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雨の日は露天式は厳しいけど、そんな時は、室内で海鮮をいただける店が、すぐそばにある。ベトナムの物価なら、こういうもの、毎日食いに行っても大した金額にならず、楽しめそう。

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「ウェディングレストラン」という、わけ分からんジャンルのレストランもありました。

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かっこいいカフェも、増えているようです。

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あと、「ベジタリアン・レストラン」なるものもあり、私はヘルシーに、「ベジタリアン・フォー」を注文。4万ドン(210円)、うまかった~。

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この辺は1区あたりに比べると、物価も安いようで…散髪は3万ドン(160円)でできるらしい。

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将来、ホーチミンに住むことがあったら、10区の、この辺に住んでみたいな。

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ベトジェットに乗ってみました。

こんばんは、Manachanです。今朝、台北の桃園空港からベトナム・ホーチミンまで飛んできました。今回乗った便は、日本人にはまだ馴染みの薄い「ベトジェットエア」(Vietjet Air)。ジェットスター・グループに属する、ベトナムでは大手のLCC(格安航空会社)です。

日本でも、成田を拠点とするジェットスター便が増えてきましたよね。特に九州(福岡、大分、熊本、鹿児島)の方には、首都圏まで安く往復できる方法としてジェットスターは重宝しているかと思います。ちなみに日本でジェットスターの設立は2011年。運行開始は翌12年。

ベトナムでは、日本よりももう少し早くLCCの時代が来たようで、ベトジェットエアは2007年から設立されています。南北に細長いベトナム国内を安く飛ぶ方法として、人々の間にすっかり定着しているようです。特にハノイ~ホーチミン便は往復16~20便/日もある、1時間に1本は飛んでるんですよね。
【これだけ路線がある!】

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ベトジェットエアの国際便は、ASEAN圏内や東アジアのいくつかの国に、定期便が就航しています。便数多い順に言うと、

ホーチミン~バンコク(スワンナプーム) 往復3便/日
ホーチミン~シンガポール 往復2便/日
ホーチミン~台北(桃園) 往復1便/日
ホーチミン~ソウル(インチョン) 往復1便/日
ハノイ~ソウル(インチョン) 往復1便/日
ハノイ~バンコク(スワンナプーム) 往復1便/日
ホーチミン~ヤンゴン 往復5便/週
その他、中国と日本に多数のチャーター便を飛ばしています。日本国内でいうと、下記路線が就航済み。

ハノイ~北九州便
ハノイ~茨城便
私、最近はベトナム出張が増えてきていますので、一日も早く、ベトジェットの成田~ホーチミン便、成田~ハノイ便を飛ばして欲しいです。というのも、

料金がむちゃくちゃ安い!

今回乗った、台北~ホーチミン便なんて、往復して諸税燃油込みで、153.40米ドルしかかかりませんでした。2000キロ余りを片道9000円で飛べてしまう。東京~名古屋を新幹線乗るより安い!

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成田~バンコクはエアアジアX、羽田~クアラルンプールはエアアジア、成田~マニラはセブパシフィックと、いずれも片道1万円台で安く飛ぶ方法があるんですから、ホーチミンやハノイにも安く行けるようにしてほしい。日本の首都圏発ならベトナム移動需要は十分あるはず。だからベトジェットに期待。

あと、ベトジェットの機内販売がなかなか面白いです。

【スナックが0.25米ドルから、むちゃくちゃ安い!】

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【ベトナムのカップ麺も安くて美味しそう】

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ベトジェットは、子供向けの割引運賃があるからでしょうか、どの便も、子供がむちゃくちゃ多い。シートポケットに入った安全のしおりなども、大勢の子供たちにしゃぶり尽くされて「歯形」がついてる状態。そんな会社だから機内販売も、子供向けグッズがものすごく多い。

 

【テディベア機内で売ってるぞ】

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【航空模型、男の子が喜びそう】

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【キーチェーンが可愛い】

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【バッグハンガー意外に重宝するかも】

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ベトジェットのテーマカラーは、ジェットスターグループのなかでも飛び切り目立つ「赤」。

【下呂袋も、鮮やかな赤でデザインされています】

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安くて、素晴らしきベトジェット。ただ唯一困るのは、「座席がむちゃ狭」くて、「5㎝位しかリクライニングできない」こと。どんなに眠くても、背筋をぼぼ直角にして寝なくちゃならない。

【この男性、限界までリクライニングしてますけど…】

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でも逆にいえば、前の座席に座ってる奴も、こちらに向かってリクライニングできないわけだから、PCの作業したり、飲み食いするには都合が良いです。

【シートの説明書もしっかりベトナム語ですね】

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二番手でいこう!

おはようございます。Manachanです。いま、台湾の桃園空港でトランジット中。これからベトナム・ホーチミン市に向かいます。

私の生まれ育った街、千葉県柏市。柏駅周辺は、高島屋、そごう、丸井、イトーヨーカドーなど百貨店が並ぶだけでなく、商店街も元気で人通りが多く、県内屈指の賑わいを見せる大商業地域です。

柏の賑わう商店街、その代表的存在が、「二番街」です。千葉県内初登場の全蓋式アーケード商店街には、書店、楽器屋、画材屋、スーパー、洋菓子屋、マクドナルド、ネットカフェ、パチンコ店、ドンキホーテなど雑多なジャンルの個店が並び、情報やトレンド発信の場となっています(紹介記事)。

この商店街が、なぜ「二番街」なのかというと、ちゃんと由来があります。「一番ではなく常に挑戦し続け、可能性を求める二番(街)でいこう」という意味です。この言葉は、私の人生における座右の銘となっています。その心は、
・得意な分野で、どんなに努力しても、それでも世の中には、自分より凄い奴が必ずいる。

・そいつが「一番」なら、私は「二番」でいい。むしろ、二番手であることを大事にしたい。一番に追いつき追いつこうと、努力精進を続けることが、すなわち「自分の可能性」だし、「二番手の特権」だと思うから。
柏の駅前は、路線価や公示価格で、最近、千葉県ナンバーワンになったりしています。それでも、「俺たちは千葉で一番!」と舞い上がってしまったら柏の発展は止まる。常に、自分より上がいることを意識して、謙虚さを失わずにいこう。そういう戒めの意図が、「二番街」の名に込められているのです。そして、

・自分より凄い奴に対し、素直に負けを認めつつ、そいつと上手にコラボする方法を考えよう。

・そいつが「一番」なら、自分は「一番に必要とされる人間」を目指そう。
という、「しなやかな生き方」も、私が柏の街から学んだことでもあります。そういえば、英語でも似たことわざがありますね。”If you can’t beat them, join them.”(もし、相手に敵わないのなら、そいつらの仲間に加わろう)。
これは、今の時代を生きる日本人に必要な言葉かもしれません。20年前はともかく、今の日本はアジアで一番経済規模の大きい国でもないし、アジアで一番所得の高い国でもありません。いずれも「二番手」か、それ以下に甘んじてしまっています。

欧米、アジア、アフリカ・・・今は世界中のほとんどの場所で、日本語より中国語の方が多くの人に学ばれ、中国語の求人数の方が日本語の求人数より多くなっているのが現状。20年前と比べて、地位逆転されてしまっています。
私の身の回りには、この現状を嘆く日本人が多いですが、嘆いたって何も始まらない。それで日中の立場が再逆転するなら、いくらでもやればいいけど、無理でしょ。そんなことより、自分自身がとっとと中国語を覚えて、「中国語のできる人材」あるいは「中国人相手にビジネスできる人間」になるほうが手っ取り早い。

私は20年以上前から中国語を学んで、ビジネスレベルになってるから、たとえアジア全体が中国経済に席巻されたところで、全く困らない。むしろ自分の活躍の場が広がって有難い。

言葉を換えれば、アジアのなかで「中国が一番手」、「日本が二番手」になっても、別にそれでいいじゃん。自分が「一番手とコラボできる人材」になれれば良いのだし、日本にそういう人材が増えることが、むしろ「一番手」に追いつく道のような気がするし…
自分が「二番手」あるいはそれ以下であることは、恥ずかしいことや、残念なことじゃない。むしろ、それが「可能性」であり「希望」でもあると思います。“Japan as Asia’s number two and we are happy with it. We always have full of potential and hope!”

 

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