2015年 1月 の投稿一覧

ザ・神奈川

おはようございます。Manachanです。

私は千葉県柏市の出身です。柏は東京都心からみて東北方にある衛星都市…この一帯で育つと、東京は行く用事多いから当然身近、茨城や埼玉もクルマ10~20分ですぐ行けるから身近ですが、「都の向こう側」にある神奈川は、少し縁遠い感じがしていました。小学校時代、友人が横浜の港北区に引っ越した時は、すごく遠くに行ってしまう気がしました。

神奈川県内に頻繁に足を運ぶようになったのは、ここ1~2年、不動産の仕事やるようになってからですね。川崎・横浜はもちろん、相鉄線の奥の方、京急線の上大岡以南、かなり田舎なJR相模線方面とか、結構いろんな場所に出没しています。

神奈川県の出身者が、関東の他の都県の人と違う点といえば、自分の地元の名乗り方、

・東京生まれの人は、たいてい「私は東京出身です」と言う。
・埼玉生まれの人は、たいてい「私は埼玉出身です」と言う。千葉、茨城、栃木、群馬生まれも同様。
・でも神奈川生まれの人が、「私は神奈川出身」と言うことは少ない。

その理由は、神奈川県に「横浜」という、圧倒的存在がある上に、「湘南」「横須賀」「小田原」「箱根」など、全国的知名度のある地域名がたくさんあるからでしょう。

横浜の出身者が、「神奈川県出身です」と言うことは少ない。「横浜」といえば誰でも知ってるから。
藤沢や茅ヶ崎の出身者なら、「神奈川」より「湘南」と言った方が世間的に通じやすい。
横須賀の出身者なら、「神奈川」というより「横須賀」を打ち出した方がイメージしやすい。
東京に近すぎる川崎も、「神奈川」に言及する頻度は少ない。

でもって、横浜、川崎、横須賀、湘南の人口をあわせると、神奈川県の人口の半分をゆうに超えてしまうので、「神奈川出身」って一体何なのよ?って話になる。

私の印象では、「神奈川出身」を名乗る人は、県央地区(相模原、座間、大和、海老名、厚木、綾瀬など)の出身者が多いように思います。要は、「海もなく温泉もなく」、「厚木基地の騒音が身近で」、「小田急乗って町田に買い物、遊びに行くエリア」の人々ですね。

県央のなかで、相模原だけは政令指定都市だし、リニアの駅も設置されたりと知名度はまあまあ高いですが、その他の市名は、関東内でさえあまり知られていないので、「神奈川出身」を名乗る方が分かりやすいのでしょう。

県央はマイナー…だからこそ、「神奈川」という県名が一番似合うエリア。アンニュイなほど、神奈川らしい。これぞ、「ザ・神奈川

こうやって、二組のアーティストを並べてみると、同じ神奈川県でも別の文化圏の人って感じがしますねえ…

「横浜」出身のアーティスト:ゆず
路上ライブ地:伊勢佐木町

「神奈川」出身のアーティスト:いきものがかり
路上ライブ地:相模大野、厚木、海老名

なお、柏出身の私が、神奈川県内で、最も共感を覚えるエリアが、「ザ・神奈川」県央地区ですね。

都会でも田舎でもなく、都市計画も住宅開発も中途半端で、ローカル色満載で、内陸なので冬寒く夏暑く、県都・横浜とは疎遠、東京(新宿)にも中途半端に遠いので身近な「町田」で済ませてしまう…いろんな面で、柏エリアとそっくり。

県央のなかでも、特に「オダサガ」(小田急相模原)の街が好きです。ちょっと昭和テイストで枯れてて味があって…餃子も美味しいですし(Manachanオダサガ街歩きエッセイ)。

オダサガのうた」出た!利用客増えてるんだから、オダサガに急行くらい止めてやってね。

オダサガのうた

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不登校パパ奮闘記

おはようございます、Manachanです。数日ぶりのブログ更新ですね。今回は不動産じゃなくて、子育てネタになります。

我が家では、小学3年の娘ソフィアが早くも不登校問題を起こしてまして、親としてもストレスの溜まる、制約の多い日々を過ごしております。

ソフィアは幼稚園年長から小学1年の大部分を、オーストラリアの学校で過ごしました。日本の学校に戻ったのは、1年生の3学期から…その頃から不適応っぽい感じはあって、特に宿題をやらせるのに頑とした抵抗をみせていましたが、小2と、小3の前半、とりあえずは登校できていましたし、クラスでも問題行動は見られませんでした。

でも、やはり相当なストレス溜めていたのでしょうか。昨年11月から、「学校、絶対に行かない!」と言いだして、ぽつぽつと、登校できない日が出ました。12月になるとさらに悪化。クリスマス前後の一週間はほとんど登校できず、自宅で本など読んで過ごす毎日。もやもやした状態のまま年を越しました。

下手したら、3学期は一度も登校できないかもしれない・・・

私ももちろん、手をこまねいていたわけではありません。昨年後半から、担任の先生に悩みを相談したり、江東区の教育部門から特別支援学級を紹介してもらったり、ソフィアを民間の診療内科に行かせて知能テスト含め診断してもらったりと、いろいろ動いてきました。

年が明けて、最初の登校日が1月8日。その前日、担任の先生に話しに行って、「担任、学年主任、スクールカウンセラー、そして両親…この5人のチームで、不登校問題の解決策を探っていきたい」と申し出ました。担任の方でも動いてくれて、1月21日に、上記のメンバーに副校長も加わった最初のミーティングをアレンジしていただきました。

ですがその間も、我が娘の不登校はひどくなるばかり。

1月8日(木、最初の登校日)・・・登校できず。

1月9日(金)・・・私がなんとか、娘を校門まで連れていくことに成功。でも、そこから校内には入りたがらない。そこで、娘を校門に待たせて、20分休みを利用して、担任の先生に来てもらい、寒空のなか、大人二人でソフィアを説得。10分後、ついにクラスに入る決心をする。

1月13~16日・・・私が北米出張。娘の登校問題は妻に一任したが、この週は一日も登校できず。

北米から帰国した私は、とにかく、自分の時間の多くをソフィアとの対話に使おうと決心。幸い、パパっ子でよくなついてくれますし、私も自営業なので時間の融通はある程度ききます。たとえ登校できなくても、できるだけ、家や近所の公園で娘と一緒に過ごそうと思いました。

そして、1月21日(水)、学校でミーティング。副校長、学年主任、担任、スクールカウンセラーの4名の先生は、「クラスまで行けなくても、学校内で、ソフィアちゃんが安心して過ごせる場所をつくる」アイデアを提案、「保健室」「コンピューター室」「小会議室」のいずれかを、いつでも、ソフィアのために用意する体制をつくってくれました。

学校側として、やれることは全部やっていただきました。あとは親が、娘を学校に連れていくのみ。

1月22日(木)・・・私がソフィアを連れて、10時過ぎに登校。二人で小会議室で過ごし、給食も小会議室で食べる。私はお昼前に、顧客とのミーティングがあるため、途中で妻とバトンタッチ。

1月23日(金)・・・私がソフィアを連れて、9時過ぎに登校。二人で小会議室で過ごす。給食食べて、その日は、クラスの友達と一緒に下校

我々が小会議室にいる間、担任や学年主任の先生が、休み時間に入れ替わり立ち替わり、入ってきて、ソフィアにやさしく声をかけてくれました。週末には、クラスの仲の良い友達からのメッセージが届きました。娘の気分も、だんだん好転の兆しを見せてきました。

1月26日(月)・・・私がソフィアを連れて、9時半過ぎに登校。二人で小会議室で過ごす。4時間目と5時間目は、クラスで授業を受ける。

1月27日(火)・・・妻がソフィアを連れて、8時過ぎに登校。この日は学校公開、1時間目から6時間目でクラスで授業を受ける。

1月28日(水)・・・学校公開で疲れていたのか、朝は遅くまで寝ており、10時過ぎに、私がソフィアを学校に連れていく。この日は小会議室が使えないので、保健室で過ごし、養護教員の先生に面倒みてもらう。

ま、これからもしばらくは一進一退が続くでしょうが、学校の協力と親の努力もあり、徐々に、良い方向に向かっていくような気がしています。

私としても仕事が忙しく、これから出張も増えるので、ソフィアがなんとか問題を克服して、自分自身と学校(集団)との折り合いをつけられるようになって欲しいと願っています。

今のソフィアは、ある意味、自分自身の小学校時代と似ています。私も、学校や集団生活に適応できず、嫌で嫌で仕方ありませんでした。でもあの時代は、児童にとって選択肢は余りなく、私は毎日学校に行く以外になかった。

高校時代は集団無視のいじめに遭い、実際に不登校を起こしましたし、学校まで行けても図書室で過ごす日々が続きました。

歴史は繰り返す。ソフィアも私の血筋をひいているので、やはり似たような問題が出るのかもしれません。「皆で一緒に何かをやる」のが苦手で、「自分のペースで、好きなことをやる」と力を発揮するタイプ。たぶん、パパと一緒だよね。

最後に、ソフィアが小会議室でつくった折り紙工作がこれです。ハリーポッターから着想を得たイメージだそうで…パパと違って造形のセンスはあるのね。

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ラオス始動

こんばんは、Manachanです。昨日は埼玉一棟アパート投資セミナー、今日はモンゴル不動産セミナー、明日はラオス不動産セミナーと、三日連続で、バラバラなテーマでの講演が続きます。頭を切り替えるのが大変っすね。

今回の日記は、明日のセミナーのテーマ、ラオスについて書きます。

先ほど、ラオスの首都ビエンチャンより、いくつかの写真が届きました。「これがラオスなのか…」にわかには信じがたい。たった数か月間不在にしただけなのに、物凄い変貌ぶりですね。

【来年開業予定のショッピングセンター】

【35階建ての5つ星ホテル建設中】

ビエンチャン…果てしなく平屋ばかりの田舎町だと思っていましたが、この調子で建設が進んだら、2年後には今のプノンペンみたいに、高層建築がニョキニョキ…になるでしょうな。

明日のセミナーで紹介する、「ラオス第一号コンドミニアム」予定地では、4~5月頃の着工を目指して、現地にある創業者社長の自宅解体が始まりました。

完成時にはこのような建物になる予定です。楽しみですね。

凱旋門からまっすぐ伸びる道の風景は、相変わらずラオスらしい…でも交通量は年々増えてるような。

東南アジア最後の秘境といわれるラオスが、首都ビエンチャンを中心に、経済離陸し始めたようです。商業施設、ホテルに続き、コンドミニアムも確実に増えるでしょう。ライバル物件が増える前に参入して、先行者利得を得たいものですね。

ラオス不動産セミナーは、1/27(火)東京、1/30(金)名古屋、二つが予定されています。お楽しみに。

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ラオス第一号コンドミニアム紹介会@東京

■日程 2015年1月27日(火) 19:00~21:00

■会場:東京都港区高輪3-6-11 K高輪ビル3F
(都営浅草線「高輪台」徒歩4分)

■セミナー参加料金:2000円
(※APHOC有料会員は無料でご招待いたします。)

■セミナー紹介ページ:http://goo.gl/3Hdapb

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ラオス第一号コンドミニアム紹介会@名古屋

■日程 2015年1月30日(金) 19:00~21:00

■会場:名古屋市中区栄2-1-12ダイアパレス伏見1101
(「きんぼし伏見店」がある建物の11Fです。)

■セミナー参加料金:3000円
(※APHOC有料会員は無料でご招待いたします。)

■セミナー紹介ページ:http://goo.gl/Vli8sA

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風刺はどこまで許される?

こんばんは、Manachanです。

今回のテーマは、2週間ほど前に起こった「フランス紙襲撃テロ事件」…今年1月7日、風刺画が売り物のフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリにある編集部が、自動小銃をもったアルジェリア系フランス人の兄弟に襲われ、編集長や風刺漫画家ら12人が死亡した事件でした。

この事件、フランスにとっては、アメリカの「9・11テロ」に匹敵するような衝撃が走ったとされます。そして、西側世界全体を巻き込んだ、大きな国際問題になりました。

1月11日には、フランス各地で犠牲者を悼むための大行進が実施され、その数は全国合計で少なくとも370万人に達したとの話。このうちパリの行進に加わったのは160万人超とみられ、キャメロン英首相やドイツのメルケル首相ら欧州主要国を中心とする40人超の各国首脳も参加しました。

私、翌12日からカナダとアメリカに出張しました。現地のローカル新聞でもパリの出来事が連日のトップ扱いで、同じ欧米の価値観を共有する国々にとっては巨大なインパクトのある事件だったのだと実感しました。

日本のマスコミではそこまで大きな扱いはなかったですね。今ではすっかり、「イスラム国人質事件」にかき消されてしまったし…

今回の凶行の犠牲になったひとり「ジャン・カビュ氏」は、別の新聞社「カナール・アンシェネ」で、日本の福島原発事故と東京オリンピックに関する風刺画を発表したことで、日本政府の抗議を受けたことがあります。

2年近く前、夏季五輪の東京開催が決まった頃、日本でもこんなニュースが流れたのを、思い出しました。

私、手が三本ある奇形の力士の絵をみて、こいつら趣味悪いな~と、正直、反感を覚えました。

フランスが、宗教改革から市民革命に至る歴史を通じて、「表現の自由」(Freedom of press)を血をもって勝ち取ってきたことは、もちろん知識として知っています。かの国の人に、風刺画という表現方法が愛されているのも分かります。フランスを含む西洋世界が、私たちの近代生活の土台の多くをつくってきたことに、感謝・尊敬の念さえあります。

但し、彼らの文化・文明を必ずしも共有するとは限らない、異文化圏・日本の人間から言わせてもらいます。私は風刺画を心から楽しめる人間じゃありません。そして、不十分な知識で一方的に放射能風評を広め、私たち日本の対外イメージを損なう行為は、はっきり言って不愉快です

Wikiによれば、この風刺画が出た時、日本の官房長官、菅義偉は遺憾の意を述べ、大使館を通じて抗議する意向を示した。編集長のルイマリ・オロは抗議に対し、「自分たちではなく東京電力に怒りを向けるべきであり、謝罪するつもりはない」と発言したそうで…

そういう傲岸な態度で、彼らの信奉する「表現の自由」とやらを行使されてもねえ…世界中に、反発する人が増えるのではないでしょうか?

これまで、ヨーロッパの各紙は、イスラム教に対する風刺画をきっかけに、記者が何人も命を落としています。

もちろん、いかなる理由があれ、殺人やテロは許されないことです。不本意にも命を落とした記者に対して、自業自得だと言う気はありません。

但しだからといって、許容範囲を超えて、誰かの信仰や感情を傷つけても、「表現の自由」の御旗を守りたいとまでは思いません。そういうのは「自由の濫用」(Misuse of Freedom)であって、それに対するシンパシーを私は余り持ちあわせませんので…

仏テレビ局「フランス24」の討論番組(7日)で、イスラム教徒の地方議員マジド・メサウデネ氏は「シャルリ・エブドは風刺の度合いが許容範囲を超えていると思う」と指摘する一方で、「そんな風刺を世の中に出す権利は認める。同時に、『許容範囲を超える風刺だ』という自分の意見も社会に存在する権利があると思う」

私はメサウデネ氏の意見に共感します。表現の自由は守るべきで、そのルールに従って、はっきり「不愉快だぞ!」と言う権利は、私たちにあるはずと思う。

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注意喚起系セミナーの毒

こんにちはManachanです。数日ぶりのブログ更新になります。

昨日、東京・品川で開催した「フィリピン物件売却セミナー」…15~17時は業者向けセミナー、18~20時は一般投資家向けセミナーと、ダブルヘッダーの長丁場でした。これ、良い意味で我々「アジア大平洋大家の会」らしいセミナーだったと思います。

私たちのミッションは「海外不動産にフォーカスした、個人投資家の育成」であり、その趣旨から、二つのタイプのセミナーを行っています。

・販売系セミナー
 厳選した海外不動産投資機会の紹介

・注意喚起系セミナー
 海外不動産投資で失敗しない(or失敗してもリカバリーする)ための情報提供セミナー

セミナー主催者の視点から、上記二つを比べると、「販売セミナー」の方が難易度が明らかに低く、「注意喚起系セミナー」はかなり難しい。実際、自分が痛い目にあってないと(或いは、痛い目にあった人を講師として連れてこないと)、この種の内容は語れませんから…

また、こういうセミナーやっても、お金にはなりません。私たちの会は、海外不動産を扱う業者からセミナー開催費用をいただいて、その予算内で集客・会場手配することが多いですが、当然ながら皆、「不動産の販売」が目的であり、「注意喚起」みたいな内容にお金を出す業者はいません。

ですので我々も、一人2000~3000円くらいの参加費をいただいて、その範囲内で会場費や資料代を出して、自分の時間を使って「手弁当」でやっています。ただ、こういうセミナーは会員にとって有益だと思うので、喜んでやっています。

昨日のセミナーは、私がフィリピンのコンドミニアムを買った後、2013~14年にかけて、入居づけと売却で苦労した体験談を、皆さんとシェアしました。

本当に大変でした…自分の経験値が足りなかったのもありますが、入居に8ヶ月、売却に5ヶ月、足かけ1年以上かかりましたもんね。私は2011年に、とある業者からセミナー受けて物件買ったんです。当時、その業者は「いつでも簡単に売れますよ」と言ってたんですが、実際やってみると全然違うじゃんかよ!

しかし、この経験、無駄だとは思っていません。苦労・試行錯誤した分だけ、自分の海外不動産投資スキルを向上させることにもつながるし、今こうやってセミナーで、皆さんと経験談をシェアすることもできてるわけですから。

できれば、海外不動産を購入する前に、こういう話を聞いて、賢い選択をして欲しいものですよね。「良い子のみなさん、真似しちゃだめよ」みたいなことを、かつての私は結構やってますので…

でも興味深いことに、こういうセミナーやると、参加者の皆さんの表情が暗くなるんですよ!

私はとても楽しんで話しているんですが、やっぱり、毒が効きすぎたというか…「これから海外で物件買おうぜ!」みたいな高揚感は、注意喚起系のセミナーにはないらしい。人間の心理って、そういうものなんでしょうね。

でも一部、参加者のなかに「洗練された海外不動産投資家」がいました。「こりゃ、いいこと聞いた。あと半年後に、海外物件の叩き売りする日本人が大量に出るはずだから、今から軍資金貯めておこう!」と…こういう人って、賢いと思います。

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捨てる神あり、拾う神あり

こんにちは。Manachanです。

一昨年から、Home’sに連載している海外不動産投資コラムも、すでに連載15回を数えています。今回のテーマは、「カナダ不動産事情」。

私、まだカナダ視察一回やっただけの身なので、カナダ在住経験のある方からみれば、事実誤認や理解不足などがあるかもしれません。気づいた点はご指摘くださいね。

先週、私が視察した、カナダ西部のアルバータ州という場所は、不動産はもちろん経済の観点でも、大変興味深い場所でした。また、視察を行った2015年1月というタイミングは、ある意味、絶妙だったと思います。

アルバータ州(Alberta)は、カナダきっての資源州。”サウジ・アル・バータ”のあだ名がつく程、大量の石油の採掘・輸出で大変潤っている地域です。石油のもたらす豊富な税収により、カナダで唯一「州の消費税ゼロ」を実現。これも、他州からビジネスや人口を呼び寄せる要因になっています。同州の主要都市はカルガリー(都市圏人口140万人、カナダ第4位)と、州都エドモントン(110万人、第5位)。

同州の不動産市場も「石油景気」で活気づき、カルガリーを中心に2013~14年はカナダで最もホットな不動産市場になり物件価格が高騰。

ところが2014年後半から潮目が変わり、アルバータ州は資源価格の急落「逆オイルショック」の直撃を受けました。不動産市場も一気に冷え込み、今春から「売り急ぎ」「損切り」物件が大量に出てくると予想されます。

今はカナダドルも安く、日本人投資家にとって、物件を割安に取得できるチャンス到来だと私は見ています。当然ながら、米ドルに比べると、カナダドルはもっと下がっています。

いまアルバータ州の新聞では、「石油価格下落でどうなる州経済」、「あなたの職は大丈夫か?」みたいな、不景気な記事が席巻しています。これまでイケイケだった州民のマインドが、やや萎縮しつつあるような感じを受けます。

ただ、世界の経済はつながっているので、石油価格の下落だけを持って悲観する必要はないと思います。

たとえばの話、カナダのすぐ南に、超大国アメリカがあります。そして米ドルはカナダドルに対して、ここ2年で20%ほど値を上げ、相対的な購買力が上がっています。

そのアメリカがいま景気回復基調で、住宅ブームが起こっており、その副産物として、カナダ・アルバータ州のある産品の輸出がにわかに増えているそうです。特に「木材」。

木材のみならず、米国向け輸出が増えた品目が少なからずあり、少なくともそのセクターは儲かっています。実態として、石油下落による悲観一辺倒の状況でもないのです。

何となくですが、日本が円安になって、海外からの観光客が爆発的に増えている…というのと似てる話ですね。

海外観光客数の伸び、日本は世界平均を上回る

ある国民経済で、既存の主要産業が傾くと、為替も下がり、マインドは悲観一辺倒になる…でも外国からみると、そうではない。その国のモノやサービスが相対的にお買い得になるので、海外からいろんな注文が入る、投資も入ってくる。

世界経済がつながっている限り、ある国の経済や通貨が下落一辺倒にもならなければ、上昇一辺倒になることもない。捨てる神がいるなら、拾う神も必ずいるのだから。

来週開催する、アジア太平洋大家の会主催のいくつかのセミナーでは、「為替」にフォーカスした話を取り入れていきます。

1月27日 ラオス第一号コンドミニアム紹介会@東京

1月29日 北米土地投資&プライベートバンク説明会@東京

いずれも、グローバル資産運用の第一線で長年活躍されてきた高島一夫氏を講師にお呼びして、世界経済と為替に関して、示唆に富む話をしていただきます。お楽しみに。

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フィリピンで文無しになった話

おはようございます。Manachanです。

いま、両親が自宅に泊まりに来ています。明日、両国国技館で行われる大相撲10日目を見に行く予定で、とても楽しみにしています。うち(江東区)からは近くて便利ね♪

今回のテーマは、「フィリピンでの盗難トラブル」。私の大家仲間のヒロさんが、最近フィリピンで盗難事件に遭った体験談をご自身のブログで書いておらっれるので、不動産ブロガー界では、それなりに話題になっているトピックかと思います。

私は、昔から海外に頻繁に出ているので、フィリピンでの盗難トラブルも経験あります。一番印象に残っているのが、大学時代、バックパッカーやっている時に、持ち金全部とられたこと。

1988年12月のことです。当時のフィリピンは今みたいに政情安定しておらず、2~3年に一度、クーデターが発生する状態。私のマニラ滞在中も、ホナサン大佐が首謀する、コラソン・アキノ政権に対するクーデターが勃発し、私は生まれてはじめて、「自分の頭上を爆撃機が通過する」、「約1㎞先で銃撃戦」という状態を体験しました(参考:同時期にクーデターを体験した方の手記)。

非常事態ゆえ、フィリピン人の友人とともに、いろいろと移動しました。マニラ→ロスバニオス→タガイタイ→マニラ…その移動中に、ドサクサに紛れて、手持ちの現金全部を取られました。

被害額は現金約17万円で、今から考えると大した金額ではありませんが、当時、肉体労働のアルバイトでお金を貯めて海外激安旅行していた私にとっては結構な額でした。しかも、

☆持ち金全部なくなっただけでなく、
☆パスポートも損傷して使えない。
☆そもそもクーデター最中なのでフィリピンから出国できない。

…という、なかなか素敵な事態に。

当然、愉快な状況ではありません。少しでも早く帰国したいのですが、クーデターの収束まで2週間弱。旅客機など飛ぶはずもなく、その間は、マニラで過ごすしかありません。

その後、クーデター首謀者のホナサン大佐が逃走し、フィリピンに平和が戻り、マニラ湾の海っぺりにある日本大使館もオープンしました。しかし、パスポートが損傷しているので、そのままでは使えない。そして、日本への飛行機チケット買う金もない。

当時、日本大使館の職員は、訪ねてきた私を虫けらみたいな蔑んだ目で見ていました。ま、私は駐在員やビジネスマンではなく、汚い恰好したバックパッカーなので迷惑視されたのでしょう。

「こんな時期に呑気にフィリピンほっつき歩くなんて…」
「我々は邦人ビジネスマンの救出で不眠不休なんだぞ」


…でもねえ、私だって「邦人」なのよねえ

職員の対応に、良い気持ちはしませんでしたが、ただ、一つだけ良かったことは、マニラ在住の日本人神父さんを紹介してもらったこと。

私はそこを訪ねていき、恥ずかしながら、日本への旅費6万円を貸していただきました

また、パスポート損傷問題ですが、フィリピン滞在中に再発行すると3週間ほどかかるらしい!そんなに待つ気にはなりません。大使館に事情を話し、今すぐ帰国したい旨を伝えたところ、パスポートに代わる「渡航文書」(Travel Document)なるものを発行してくれました

神父さんから用立てていただいた6万円で買った片道航空券と、渡航文書で、私は翌日、無事日本の地を踏むことができました。

ま、あまり愉快でない経験をしたわけですが、私の場合、フィリピンを嫌いになることはありませんでした。

マニラで市街戦が展開するなか、フィリピン人兵士の姿が、今でも忘れられません。彼ら、迷彩服を着たまま、呑気にトランプ遊びしてるんです!南国らしく、労働意欲の低い人たちだと思ってましたが、戦闘意欲も低いのね‥

あと、クーデターの最中でも、フィリピンの人々は限りなく陽気で、優しい。あの明るさをみていると「たぶん、何とかなるよね」と思ってしまう…

こう見えても、彼ら、やる気ゼロに近い…

当時のフィリピンを体験した者から見ると、いまのフィリピンの経済発展ぶりは信じがたい、まさに「シンデレラストーリー」。

1988年当時、マニラの金持ちエリア「マカティ」で一番高い建物が、確か4階か5階建てだったと思います。今は70階建てクラスがどんどん建ち、ものすごい都会になりましたね。

バスやタクシーだって、当時は日本から持ってきた20年落ちをそのまま使ってて、「上大岡駅行きの横浜市営バス」に、「Cubao」とか「Santa Cruz」みたいな地名を書いた紙を貼って、そのままマニラの街を走っていました。今のマニラは高級車、新車バリバリ走ってます。

フィリピンがここまで豊かになったのは、政治的安定の賜物なのでしょう。経済離陸した今のフィリピンで、当面、クーデターが起こるとは考えにくい。ま、盗難事件程度なら今後もあるんでしょうけど。

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ゲートのある国、ない国

こんばんは、Manachanです。北米出張から無事帰国しました。カナダ3泊、アメリカ1泊、機中1泊…ハードなスケジュールでしたが充実した日々でした。出張を支えてくれた現地パートナーに感謝!

今回の日記は、「アメリカとカナダの違い」について書きますね。

アメリカからカナダに行くと、正直、別の国に来た気がしません。どちらもクルマ社会、右側通行だし、ロードサイドの大型商業施設だって似たような感じ。そもそも、両国ともアメリカ資本の店ばっかりだし…

もっとも、ファストフード店に少し違いがあります。アメリカのBurger Kingが、カナダに行くとTim Hortonsになる。そういえば、以前住んでたオーストラリアでは、Burger KingのロゴなのにHungry Jackっていう名前だった。あれと同じようなもんかな?

雑駁なイメージですが、アメリカは国民性も街のつくりも派手好きで陽性、一方カナダは概して地味。日本でいえば、アメリカが関東なら、カナダは北陸地方のイメージに近い。

私が北陸出張する時、関東では見かけない「8番ラーメン」の看板をみて、「北陸に来たなあ~」と実感する。アメリカ人がカナダ行ってTim Hortonsでハンバーガー食ったら、同じように思うのかもしれません。

たぶん、アメリカとカナダで一番大きな違いがあるのは、高級住宅地の風景かもしれませんね。

都市にもよりますが、アメリカの金持ちは、自分の居住区をゲートで囲って、24時間警備をつけて、外界から隔絶したがる。ゲートの中にゴルフ場やテニスコートをつくって、そこに住める人だけの特権を楽しむことが多い。こういう地区を「ゲートコミュニティ」(Gated Community)と呼びます。

同じ北米でもカナダに行くと、ゲートコミュニティはほぼ見かけませんね。カルガリーで一番の高級住宅地で数億円の豪邸が並んでる地区を見ましたけど、誰もが自由にアクセスできるようになっていました。

そういえばオーストラリアもカナダと似ていて、私、5年も住んでて、この国でゲートコミュニティの話は聞いたことがありません。シドニー湾に面した静かな入江で、金持ちが豪邸建てて、敷地内にプライベート桟橋つくって、クルーザーを横付けしてましたけど、少なくとも彼らの家に行く道は公道で、誰でもアクセスできました。

もっとも、オーストラリアの金持ち連中は庶民や貧乏人が自分たちの居住区に入ってくるのを嫌うらしく(当たり前か…)、主要道路からの進入路を入りにくくしたり、他の地区と鉄道で直結する計画に反対運動起こして頓挫させたり…程度のことはやってましたね。

「アメリカ型のゲートコミュニティ」 VS 「カナダ・オーストラリア型のアンチ・ゲートコミュニティ」…これらのコンセプトが太平洋を渡ってアジアに行くと、各国でそれぞれの発達を遂げます。

アジアのなかで、アメリカ型のゲート・コミュニティが発達している国といえば、真っ先に「フィリピン」と「インド」が思い浮かびます。

フィリピンの首都マニラ、都心部のマカティと新興都市ボニファシオの間に、金持ちのすごい豪邸が並ぶ一角があって、そこは当然、ゲートのなか。セブ(マクタン島)の東海岸、Crimson Resortなど五つ星ホテルが並ぶ近辺にも金持ちの戸建住宅街があって、当然ゲート付き。

インドのハイデラバードでは、もっと凄いものをみました。Kukatpallyという、富裕層の戸建や集合住宅が並ぶ、人口1万人と呼ばれる巨大ゲートコミュニティ。おそらく世界最大規模かもしれません。

インドもフィリピンも貧富格差が大きく、金持ちが庶民と自らを隔絶したい意識が強い国のように思います。だからこそ住宅開発も、アメリカ型の発展を遂げたのでしょうね。

一方で、アンチ・ゲートコミュニティの国としては、真っ先に「日本」「中国」「タイ」が思い浮かびます。特に日本は、カナダ・オーストラリアを超える、究極のアンチ・ゲートコミュニティの国だと私は思います。

日本で金持ちが住む地区といえば、東京だと田園調布、松濤、番町、城南五山。少しレベル下がって成城学園か…どこもゲートなんか無いぞ!誰でも自由にアクセスできるばかりか、庶民と金持ちが隣り合わせに住んでる状態。

しかも東京が凄いのは、金持ち居住区の最寄り駅から、鉄道で首都圏全域とどんどん直結させること。今や「代官山」「田園調布」駅からサイタマの和光市や所沢まで、数分おきに電車が直通し、埼玉庶民が一日何万人も押し寄せるナイスな事態に!

「やんごとなき人々」が、自らの居住空間をお金の力で「下々の者」と隔絶することは、少なくとも東京では不可能。日本の社会は、それを許さないのです。

中国やタイも、日本ほどではないけど、基本、金持ちエリアに誰もがフリーアクセスできる社会のようです。もっとも、中国には城壁文化があるけど、タイにはなさそうで、より日本に近い感覚ですね。

ゲートコミュニティの国と、アンチの国…どちらが良いのかは、各人の価値判断次第でしょう。

フィリピンあたりのゲートコミュニティで育った人は、塀のなかで、気心の知れた隣人たちと共に住むことで安心感や、コミュニティの一体感を得られるでしょう。彼らが日本に来たら、ゲートがない分、怖くて街を歩けないかもしれません。

一方、私は日本で育ったので、ゲートコミュニティの良さを体感したことはもちろんありません。もし運命のいたずらで、私が大金持ちになって、25億くらいの豪邸に住める身分になったとしても、ゲートコミュニティに住みたいと思うか?…それは、分かりません。正直、想像が及ばないので。

ただ、ゲートがあってもなくても、どの国でも、高級住宅地って素敵だなと思います。

アメリカ・ラスベガスの高級住宅(ゲート内)

カナダ・カルガリーの高級住宅(ゲート無し)

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アパート丸ごと「移設」で利回り2倍!カナダの仰天投資法

おはようございます、Manachanです。カナダ出張もいよいよ最終日。今日のお昼過ぎのフライトで当地カルガリーを後にして、バンクーバー経由で日本に戻ります。

3日間にわたるカナダ・アルバータ州での不動産視察。天候にも恵まれて、大変有意義な時間を過ごしました。カナダ不動産市場の安定感と、いま同国の不動産市場に参入するメリットもよく理解できました。

詳しくは、2月14日(土)に、東京・新宿で開催する「資源国カナダ不動産投資セミナー」でお伝えいたします。是非来てくださいね~。

セミナー紹介ページ
Facebookページ

今回の視察で出会ったカナダ人不動産投資仲間から、超クリエイティブな投資手法があることを学びました。

築古の木造4戸アパートを、まるごと、100㎞離れた場所に移設して、市場平均の倍の賃貸利回りをGET!!

「引っ越し」とは普通、人間が住居から別の住居に移動することを指しますが、「住居そのものが移動」することもあるのか!!びっくり仰天な物語は、2013年の春、カルガリー市内で取り壊される寸前の築古アパートを、同市在住の不動産投資家A氏が無料で譲り受けたことから始まりました。

カナダ全土をカバーする不動産投資家コミュニティREINのメンバーでもあるA氏は、それ以前から、カルガリーから北へ約100㎞離れた、人口1500人の小都市ボウデン(Bowden)に、カルガリーからアパートを移設した前例があることを知っており、「同じことを、自分でもやってみよう!」と思い立ちました。

カルガリーで、4戸の築古アパートを取り壊す費用は次の通りだそうです。

上物の撤去費用 1万カナダドル
地中埋設物の撤去費用 1万カナダドル
―――――――――――――――――――――
計 2万カナダドル(約200万円)

日本で4戸の木造アパートを撤去する費用と、そう変わりませんね(但し、カナダの住宅は床面積が広く、一戸あたり100㎡を超えることが多いので、よくよく考えれば日本より割安)。物件オーナーはもともと、2万カナダドル払って更地にするつもりでしたが、話を聞きつけたA氏が「建物をタダで譲って欲しい」と交渉。オーナーにとっては、2万ドルかかるはずの費用が地中部分1万ドルだけで済むわけなので、もちろん、断る理由はありませんね。

カナダには、住居を移動する専門業者が存在します。移動方法はこんな感じだそうです。

・建物をジャッキで持ち上げて、タイヤをつける。
・特別な許可を得て、裏道だけを走って、目的地までドライブで移動
(途中、電線などにひっかかる場合は、電線を一時的に持ち上げてもらって通過)

A氏は、ボウデンに安価な土地を購入し、地中を掘りコンクリートを流し込んで、2013年7月、ついに「住居の移動」を決行!

カルガリーから約100㎞移動してきたアパートは、ボウデンの地に無事到着。新しい土地で賃貸用アパートとして生まれ変わりました。それから外装、内装を徹底的にレノベ―ションして、築年数を感じさせないアパートとして、4戸ともすぐに入居がついたそうです。

アパート全景(前から)

アパート全景(後から)

はめ込み式キーボックスなど、発想が斬新

なぜ、アパートを移設する意味があるのかというと、「新しくアパートを建てるよりも、圧倒的に安いコストで済むから」…今回の移設プロジェクトの場合

土地購入費用  5万カナダドル
移設費用    5万カナダドル
掘削・基礎工事 5万カナダドル
レノベ費用   23万カナダドル
——————————–
合計      38万カナダドル(約3800万円) 

もし、同じ規模のアパートを新築する場合は、80万カナダドル前後かかるので、約半額で済んだことになります。一方、賃貸収入ですが、

4戸とも満室  収入 4400カナダドル/月 
⇒ 52800カナダドル/年(528万円)

表面利回りベースで、14%/年

普通の賃貸経営では、6~7%の表面利回りしか取れないマーケットで破竹の14%GET!!私も一瞬、日本で同じことやってみたいなと思いましたが、道路が狭い日本では無理でしょうね。あと建築確認の問題もあるし…

なお、小さなボウデンの街には、電車を改装したおしゃれなカフェがありました。店員のお姉さんも美人だし、今年5~6月あたり、もしカナダ不動産視察ツアーやるなら、必ずここに立ち寄ろうと思います。

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カナダの賢い住まい方

こんばんは、Manachanです。

私はいま、カナダ・アルバータ州のエドモントン(Edmonton)にいます。北緯53度34分…ここは北米大陸最北端の100万都市であり、私がこれまで到達した最北限の地点でもあります。

エドモントン…アルバータ州の州都、石油産業で潤う産業都市でもあります。かつ、アルバータ大学を擁する学術・教育都市でもあります。

冬は酷寒の地であり、零下30度に達することもあります。ただ幸いなことに、私の滞在している今は例外的に暖かく、気温零度前後で過ごしやすい。現地在住の友人も「1月でこんなに暖かいのは信じられない」と言いつつ、嬉しそうにしていました。

カナダは、隣のアメリカと比べると明らかに地味で静かで、華やかさに欠ける面があります。北の厳しい気候に耐えながら、人々が穏やかに堅実に暮らしている国、という印象があります。日本でいえば「北陸地方」に似た感じかな。

「住まいを楽しむ」という面では、カナダ人は天才的だと思います。酷寒の気候でも家のなかはポカポカ暖かく、古い家でも大事にメンテして快適に便利に暮らす…文化の質の高さを感じます。

今日、5戸ほど内見しましたが、どの物件をみても溜息が出るほど、「家族の暖かいおうち感」満載で、限りない愛着が湧いてくるのです。「いいなあ…」、「こんな家に住んでみたいなあ…」、「日本でこんな家を建ててみたいなあ…」と思うことしきり。

暖炉のある家
ガスバーナー点火式で、安全に操作できます。

地下へつづく道
どの家屋にも大抵、地下室が設けられており、きれいにカーペットが敷かれて1階と連続した居住空間になっています。

地下で「家を暖める」!
地下にあるのは、暖房炉(Furnace)や温水器(Boiler)。水回りや電気系統が地下に集約されています。

地下にも部屋
地下スペースを上手に使って、寝室やリビング、シアタールームなどを設けているケースが多い。

地下の暖気を上に送る!
1階や2階の各部屋には、地下でつくった温風を送るための通気口が設けられており、家中がポカポカ。

ウッディーな台所
素敵ですねえ…

リビングから雪景色
北国ならではの美しさがありますね。

屋外は氷点下なので、窓は二重窓が基本。しかも、中からは外がはっきり見えるけど、外から中は曇って見えないようにして、家族のプライバシーを守っています。

あと、地下室と一階の間には断熱材を配置していますが、30cm四方くらいの断熱材を天井はめ込み式にしてメンテしやすいようにしている家もありました。とにかく、快適に住まう工夫満載でしたね。

今回、写真を撮った物件は、どれも25~40年経過している木造築古家屋ですが、どこも綺麗にメンテされていて、新築と変わらないように感じました。木造のアパートやタウンハウスもいくつか見ましたが、現況で築35年、今後35年間の長期修繕計画をつくっている例もありました。築70年までちゃんとメンテして大事に住んでいこうという心意気、見ていて気持ちがいいですね。

カナダ人がここまで住まいを大事にするのは国民性の他に、「建物を綺麗にメンテしていれば、築が古くても高く売れたり担保評価がアップしたりして、直接の経済的利益に結びつく」ことが大きいのだと思います。中古家屋の価値が新築と比べて不利にならないよう、合理的に評価されているのでしょうね。

逆に、多くの日本人が築古建物をここまで大事にしないのは何故なのか?「木造家屋は築後22年で建物の価値がゼロになる」という現行の減価償却&銀行評価ルールが良くないのだと思います。

「多少、メンテしたところで建物の価値はどうせゼロになる」⇒「高く売れるわけがない」⇒「取り壊して更地にした方がマシ」…結果的に膨大な住宅資材の使い捨てが発生しています。エコじゃない上に、日本人の住宅資産価値を不当に毀損している(リンク)。そして何より、「質の高い住宅で心豊かに暮らす権利」も損なっていると思います。

いまの日本は、新興国的なスクラップ&ビルドの段階をとうに過ぎているのだから、「中古住宅ストックを賢く使う」先進国的な制度に、一日も早く切り替えるべきでしょう。

その意味で、真に先進国レベルの住生活を謳歌しているカナダから、日本が学ぶべきことはとても大きいと思います。

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