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高校で感じた格差と私

おはようございます。Manachanです。ケアンズ滞在最終日、気持ちよい朝を迎えました。

健美家の原田ミカオさんのコラム「東大で感じた格差とピケティ」、とてもよかったですね。公立の小中高で一生懸命勉強して東大に入った筆者が、同級生の姿をみて「資産格差」を実感するという・・・引用しますと、

同級生に自分の車で来ている奴がかなりいる。世田谷の自分の戸建に住んでいる奴がいる。新宿の自分のマンションに住んでいる奴がいる。駅前にビルを建てようとしている奴までいる。ドラマに出てくるようなろくでもない、遊んでばかりのボンボンならまだしも、勉強もできて性格もよく、やることなすことソツがない。

このような経験をされた方、きっと多いと思います。私は原田さんと同じような経験を、高校時代にしました。「資産格差」もそうですが、世の中、「教養格差」というものが厳然としてあるのだと…

私は、東京の郊外ベッドタウン・千葉県柏市の出身。小中は近所の公立に行き、高校受験は地元の公立トップの「東葛飾高校」を目指していました。家にお金がないので、私立は学費が一番安い「市川高校」しか考えていませんでした。

当時、東葛飾高校よりさらに上を目指す奴は、私立の開成高校、あるいは国立の筑波大駒場や学芸大附属を受験する者が多かったです。国立は授業料が安いので、私もダメもとで学芸大附属を受けたところ、奇跡的に合格してしまい、世田谷区下馬にある同校に進学することにしました。

そこで、原田ミカオさんが東大でみたような「勉強も財産も教養も、あらゆる面ですごい奴ら」をみて、ショックを受けた私。

・同級生の居住地がものすごい。山手線の内側、松濤、東麻布、田園調布、成城学園、柿の木坂…しかも大抵、土地付き持家。

・家柄がものすごい。大蔵省事務次官の息子とか、警察庁長官の娘とか、天皇家直属の子孫(本当かよ!)とか、平気でTVに出てくるような家のご子息がゴロゴロ。

・ピアノ、バイオリンがプロ級とか、歴史知識が専門の先生より凄い奴とか、小説を書いて出版目指してる奴とかもいた。

柏の我が家から世田谷区まで、電車を2回乗り継いで片道1時間40分かかります。そんな遠方の学校へ、普段、地元をほとんと出ない母が授業参観に行ったりするのですが、毎回、不満たらたらで帰ってきます。

・あんたの学校、他のお母さん方と全然話が合わなくて大変よ。

・「パリに住んでました」とか、「アメリカのニュージャージー州に駐在してました」とか、あれ何よ?外国の話なんか私分からん。皆、気取りやがって…

ああいう世界を見てしまうと、私がこれまで柏で見てきたものは一体なんだったのだと…まさに井の中の蛙。

私、この高校と全くソリが合いませんでした。集団無視というイジメにも遭い、良い思い出はほとんどありません。同級生の多くが東大進学を目指してましたし(模擬試験も東大入試を意識した構成になってたほど…)、私はあんな奴らと同じ大学に行きたくないという一念で、東大に背を向け、京大と一橋大を受けました。

京大受験は前日にエロビデオみてしまったせいか玉砕、一橋には何とか合格できました。一橋のカラーはどちらかといえば地味、地方のトップ公立高出身者が多く、私としては馴染みやすい環境でした。

昔話はこれくらいにして、原田ミカオさんのコラムに話を戻すと、「人間は生まれながらにして大きな格差(資産、教養、社会的資本)を背負っている」ことを自覚した上で、彼は「東大のすごい奴ら」と切磋琢磨して、成長していきます。不動産を通じて資産も築いていきます。

私も同じく、自分の大好きな不動産で、資産を築いています。うちの子供たちも、小学生ながらすでに数か国語を話し、毎年オーストラリアで夏休みを過ごす。私の子供時代とは断然違う環境で育ってきています。

資産格差は、私の子供時代より、さらに広がっているのでしょう。人は生まれながらにして不平等で、厳然とした格差がある…そういう世界に生き、現実を直視しながら、「資産を殖やす」、「知識に投資する」ことを続けていきたい。

(財産を)持てる1%と、持たざる99%…私も99%に入るのかもしれないけど、でも格差のせいにせず、自分のため家族のために、やれることをやっていきたいと思います。

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俺らは学者のメシの種?ー発達障害者と犯罪

こんにちはManachanです。今日は日曜日、うちの奥さんは日本語テストの受験中。私は自宅で2人の子供の面倒をみています。天候がすぐれないので家でのんびり留守番ですね。

昨日、近所の書店に行ったら、案の定、「絶歌」が山積みになっていました。神戸連続児童殺傷事件の加害者「元少年A」作ということで激烈な賛否両論のある本ですが、ものすごい売れ行き…あんな風に山積みになると手にとって読みたくなりますね。

日本社会を震撼させた重大事件を起こした「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」こと元少年Aは、発達障害(AD-HD、注意欠陥・多動性障害)の診断を受けていたようです。そのため、発達障害と凶悪犯罪との関連が、巷の話題になることもあります。

私自身が発達障害者(アスペルガー)ですので、この種の議論に対しては心穏やかではありません(アスぺ君の生きる道‐前篇後篇)。

すでに、『アスペルガー症候群の難題』(井出草平)という著書も出ています。著者の考えは、このブログ記事に分かりやすく書かれています。要点は、

・アスペルガー症候群の犯罪発生率は明らかに高い。この事実をタブー視せず、社会一般に知らしめるべき。
・犯罪者予備軍になる前に、アスペルガーの早期発見・療育を推進すべき。

私、著者の主張する「アスペルガーの早期発見、療育」については賛同しますし、実践もしています。私自身のアスペルガーが判明したのは成人した後ですが、まだ小学生の娘に対しては診断を受けさせたうえで、ソーシャル・スキル・トレーニング等を施しています。

とはいえ、本音をいえば、「面白くねえなあ…」という気持ちもあります。

・俺ら、好きでアスぺルガーに生まれたわけじゃねえのに、こんな風に学者の興味本位やメシのネタになっちゃうのかよ。

・発達障害者でない「健常者」、「多数派」ならば、こんな風に犯罪者呼ばわりされることもないだろうに…マイノリティっていうのは、実に不条理だよな。

もちろん、学問・言論の自由は尊重されるべきです。ただ、学者や思想家が「正義」を主張する際に、社会の一部を占める特定の人々が「名指し」で、「いろいろ言われる」ことがあります。

その種の「正義」がどこまで社会的な妥当性を持つのか、私は懐疑的にならざるを得ません。

たとえば4年前、東日本大震災や原発事故が起こった後、私の生まれ故郷・千葉県柏市は「放射能汚染」の文脈で、いろんな学者から「名指し」で「いろいろ不愉快なことを言われ」ました。「小さい子供は柏周辺エリアから避難させるべき」と主張する学者も少なからずいました。

彼らの主張が、少なくとも社会的に支持されなかったことは、その後の柏市や流山市の人口V字回復の数字を見れば明らかです(「ホットスポット」で話題になった千葉県柏市が人口爆発のナゾ)。2011~12年当時、言いたい放題言ってた学者は、どんどん表舞台から消えていきましたが、「最後っ屁」のような後味の悪さは残りました(所詮、ヘタレ学者だった…ってことですな。)

学問的、科学的な正しさはともかく、「言われる側」、「ネタにされる側」の人間〈柏市出身者〉としていえば、次のような条件が満たされれば、学者側を支持したいと思います。

・その学者が、柏市民の立場に立ってくれるかどうか?
・柏の名誉や利益が傷つけられた時、柏のために働き、汗を流してくれるかどうか?

話を戻せば、先ほどの「アスぺ=犯罪者予備軍説」を唱える学者の場合、

・我々アスペルガー者の立場に立ち、我々の幸福、尊厳、名誉のために闘ってくれるかどうか?

もしYESなら応援するし、NOであるなら、当ブログで「アスペルガーをメシの種にする自分勝手なヘタレ学者」認定します (YESであると信じたい…独白)

社会のなかで活動する限り、学問・言論の自由には、それだけの責任が伴うものだと思います。

(7/5追記)アスペを含む発達障害と、凶悪犯罪とは、関連があるのかも知れないし、場合によっては統計的に有意な結果が出るのかもしれない。

だからといって、それをマスコミなど大量伝達手段を使って広めて良いのかというと、答えはYesとは限らない。もう一つの判断基準『社会的に妥当であるのか?』をクリアしなくてはならないから…

科学的に正しいことと、社会的に妥当であることとは全く違う。特に発達障害は、人種や性別と同じく、努力によって変えられないものだから、発達障害者を凶悪犯罪者の文脈で語ること自体、『人種差別や性差別』に類する批判を受けかねない。当然、どのマスコミも慎重になるでしょう。

もちろん、私たちの社会に、できるだけタブーは作りたくない。世の中、発達障害と凶悪犯罪との関連について研究する学者がいても良いし、彼らが研究成果を世に出すのもok。ただ、それやるなら差別者呼ばわりされるリスクを理解し、覚悟の上でやれよ、物議を醸したならば自分でケツまくって責任取れよと言いたい。

そこまでやりきらない、中途半端なヘタレ学者って、世の中、腐るほどいるよね。

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政治の賢い使い方

おはようございます。Manachanです。

早速ですが、成田空港第三ターミナル(T3)を利用される方に、朗報です。

T3エレベーターでカートが使えるようになりました!!

先週土曜日(6/20)の夜、成田T3を利用した時に撮った写真がこれです。車椅子やベビーカー優先と書いてありますが、カートも乗せることができます。

日本の国際空港でエレベーターにカートを乗せるのは当たり前のことですが、成田T3に関してはその「常識」が通じませんでした。少なくとも先月の段階では、折角エレベーターがあるのに使用禁止と表示されていました。私は成田で家族旅行の大荷物を持って階段の垂直移動を2回も強いられ、激怒しました。

ブログ記事:成田第三ターミナル地獄の家族旅行(2015/5/5)

ちなみに、T3内で「カート禁止の不思議なエレベーター」があった場所は下記の通りです。

上記ブログに書いた通り、まず私は、成田空港株式会社の苦情受付センターに電話しました。

私「2時間ほど前、大荷物を持って子供連れで第三ターミナルについたんですが、建物を出るまで1F→2F、2F→1Fと、二度も垂直移動を強いられるのに、エレベーターもエスカレーターもカートが使えないと書いてありました。どうしてそうなってるんですか?」

職員「そうなんですか。認識していませんでした。上司に伝えます」

私「日本全国や海外の空港、たくさん使ってますけど、ここまで使い勝手の悪い施設は見たことありません。成田では第一も第二も、ちゃんとエレベーターでもエスカレーターでもカートを乗せられるのに、第三でそうなってないのは何か理由があるのですか?」

職員「理由までは分かりかねますが…とにかく了解しました。改善に向けて上司に伝えます」

しかし結論からすれば、このルートでの私の苦情は、取り合ってもらえませんでした。気のない返事が来るばかりで、物事が全然前に進まない。そこで私は、

政治家ルートで、陳情を試みました

結論からいうと、成田エレベーター問題の改善に尽力していただいたのは、この方でした。

馳浩代議士(衆議院石川1区 自民党細田派)

私は馳代議士と直接の面識はありませんでしたが、北陸地方の友人を通じて動いていただきました。実はプロレス好きなので昔から名前は存じ上げています。

その後、馳代議士の公設秘書とやりとりしつつ・・・この人なら動いてくれるんじゃないかと思ったのは、このブログ記事を読んでからです。

はせ浩-5月7日のブログ

馳代議士は2020年東京五輪に向けて、交通機関をはじめ関連施設を世界中の誰にも使いやすいユニバーサルデザインにするよう、ご尽力しておられる。その文脈でいえば、成田空港の第三ターミナルのエレベーターがカート使用禁止なんて、そもそも「ありえない」話。

そこで私は公設秘書を通じて、このような意見書を出しました。


・成田空港第三ターミナルは、LCC(低コストエアライン)という、アジアやヨーロッパ、北米でメジャーになりつつある航空サービスの、首都圏におけるハブの役割を果たしています。

・当然、2020年東京五輪には、世界中の人々が第三ターミナル経由で来日します。海外からの渡航だから、当然、大量の預け荷物を伴うはず。

・その際、エレベーターにカート乗せられないと聞いたら、彼らどう思うでしょう?日本の玄関口でこれやられたら、折角の「おもてなしの国」が台無しではないですか?

・LCCに力を入れている、マレーシアやシンガポールで、こんな空港設計をしたら、担当者は間違いなくクビです。それくらい、重大なことだと私は思います。

・日本のために、本件の解決にご尽力いただきたく、一国民としてお願い申し上げます。<
私の意見に納得していただいた馳代議士、その後のアクションは早かった。

5月15日
「国土交通省内にある政府控え室に今回の陳情案件を連絡した」

6月11日
「成田空港第三ターミナルのエレベーターで、カートを利用できるように運用改善された」。具体的には、4つのエレベーターのうち、

①1階から2階に移動するパターン、
②2階から第2ターミナルに移動するパターン、

上記の2通りのエレベーター利用の際に、カートの利用が出来るように運用改善されたようです。

エレベーターの定員が15名らしく、国土交通省の調査によると、カートの利用をみとめても問題ないとの判断となったようです。

なんと、わずか1ヶ月のスピード解決!さすが与党議員だけのことはあると思いました。

そして何より、日本の一国民、一有権者として、国益のために、議員さんに動いてもらうことの大事さを知りました。実際、一国民の声がこのようなかたちで物事の改善につながるのであれば、この国は捨てたもんじゃない。

日本という、自由で裕福な国に生まれて、選挙権を得られるのは大変幸運なことなのに、それを生かさず政治に失望したり無気力無関心になるのは、カッコ悪い。政治家に直接働きかけて日本のために良い仕事をしていただく方が、ずっと賢くアクティブな政治の使い方だと私は思い
ます。

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イクメンを超えて…

おはようございます。Manachanです。

巷にいう「イクメン」という言葉に、なんだか微妙な感じを覚えてしまう今日この頃。国際結婚、娘の不登校、自分と娘の発達障害など、いろんな要因が重なって、日々、「イクメン」のレベルを超えた家庭内の仕事をやらなければならない私。

それが好きだったら問題ないけど、いまいち好きになれないしなあ…

不登校パパ奮闘記(2015/1/8)…平日朝は、不登校の娘をあの手この手で学校に連れて行く

旦那はロボット(2014/12/8)…国際結婚ならではの手間と負担がかかるのです。

たかが家族されど家族(2015/2/20)…子供は可愛いけど、今の生活を心から楽しめていない私もいます。

そんな私からみて、なぜ「イクメン」が微妙だと感じるのか。それは、「フルタイムで働く夫の家事・育児の分担」ということ自体、夫と妻が家庭のために使っている時間と労力の総量に比べれば、些末な論点だと思うからです。

子供のいる家庭では、母親(妻)も父親(旦那)も、日々、並々ならぬコミットメントを果たし、一人何役もこなしているはずです。それを「見える化」したのが下図。都市部のサラリーマン家庭で妻が専業主婦、という想定で描きました。

この家庭では、夫が唯一の働き手です。今の日本で、正社員のステータスを維持するのは大変です。日々、日常業務をこなすだけでなく、自分の時間を使って資格取得、英会話などスキルアップをしなくてはならないし、仕事を円滑に進めるために、上司、同僚、得意先との「付き合い」も欠かせない。それを全部一定レベル以上にこなして、はじめて「お給料を家に持ち帰る」ことができます。

一方で、小さい子供のいる家庭では、妻は母親として、育児と家事という、困難なタスクを日々こなさねばなりません。子供はいつでもどこでも問題を起こす生き物、時には24時間休みない奮闘を強いられます。育児書やレシピを読んだりiPadで調べたり、といったスキルアップも欠かせないし、ママ友との付き合い、ネットワーキングも必要。

育児中なので、いくら外の仕事が忙しくても、夫が家事育児参加ゼロというわけにはいきません。そこで、「家事育児協力」というタスクが発生します。同時に、夫をコーチする妻の作業も発生します。

それが質量ともに充実すると「イクメン」と呼ばれるわけですが、それは妻や夫が、家庭を維持するために日々タスク全体に比べれば、大したウェイトを占めるわけではありません。イクメンは良いことだけど、それをもてはやすより、家庭生活の全体像をみることが大事だと思います

私がなぜ、上の図を思いついたのかというと、とある育児書で、下のような図をみたことがあるからです。

「旦那なんか、会社行ってお給料もらって来ればいいだけだからラクだわよね。私なんか家事と買い物と育児と旦那の世話と、一人何役もこなしているのよ!」と言わんばかりの絵…気持ちは分かりますけど、この見方は稼ぎ手の旦那に対して余りにもアンフェアではないでしょうか?

なぜなら、少なくとも妻が家事と買い物と育児をこなしているのと同じくらい、夫も組織社会のなかで一人何役を演じつつ、頭を使って複雑なタスクをこなしているからです。社員として、上司として部下としてチームメンバーとしての日常業務、加えてスキルアップにネットワーキング…それを全部やれてはじめて一人前なのですから、

いわゆる「旦那の仕事」は、少なくとも「家事」や「買い物」といった単一タスクアイテムのレベルではないはずだし、そんな程度で給料がもらえるほど会社は甘くありません。

また、逆の立場からいえば、下図のような見方をしている男性諸氏も、年配者を中心に、未だに少なくないのではないでしょうか?

「俺なんか会社で、神経すり減らして給料稼いでいるんだぞ。それに比べて、家でテレビみて子供と遊んでる女房はラクだよな」という感覚…これも、育児労働の過酷さを知らないがゆえの、偏った見方だと思います。

だいいち、旦那が会社で付き合うのは成人ばかりでしょう?でも子供は、「人間になりきっていない動物」だから四六時中目が離せない、しかも、そんな連中を「人間」として育てなければならないから「しつけ」も必要。でも、いくら注意しても言うこときかない、思い通りにならない、自分の睡眠さえ思うに任せない…会社しか知らない人には想像を絶するコミットメントが必要です。

旦那は外で働く、妻は家で育児家事、二人とも常に多忙…というライフスタイルでは、(我が家もそうですけど)お互いの無理解、行き違いによって、夫婦仲がぎくしゃくするリスクが常にあります。共稼ぎでもそういう問題は起こるわけで、子供が大きくなるまで家庭を維持するのって、本当に大変です。

お互いを理解するための一つの思考枠組として、「妻と夫、それぞれが果たしているタスクの全体像」を把握することは有益ではないでしょうか?

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たかが家族されど家族

こんにちは、Manachanです。

我が家の子育て、特に娘の不登校問題については、父親として、苦労が絶えません。今週火曜日には、娘が可愛がっていたハムスターが亡くなり、その後二日間は本当に大変でした。詳しいことはブログに書けませんけど…

二日経って、ようやく娘の気持ちが落ち着いた後、私は三日ぶりに、娘に連れ添って登校しました。毎朝、「学校行かない!」と言ってきかない娘を、あの手この手で連れ出して登校させるのは、彼女と比較的気が合う私の役目です。

ま、こういう状況があるので、私は平日午前中のビジネスアポイントを極力入れず、午後か夜に回しています(自営で融通きいてよかった…)。とはいえ、夜の帰宅が遅くなっても、それはそれでいろんな問題が起こるので、セミナー講演などを除いて、夜のアポイントもそう入れられない。

仕事柄、海外出張も多いですが、上述の家庭事情ゆえ、長期間、家を空けることはできないので、いつも駆け足の出張。同行者がびっくりする程、過密にスケジュールを入れまくって、パッと行ってパッと帰る…海外で遊ぶ暇、楽しむ暇なんてありません。

ビジネス立ち上げて間もなく、「さあ、これから!」という時に、家庭の制約で思い切り動けないのは極めて歯がゆい。それでも、妻が一生懸命切り盛りしているから、なんとか仕事できる面もあるし、それには感謝しているのだけど、

仕事仲間が、一か月以上家を空けて、長期出張しているのをみると、
「いいなあ…俺も家を空けて、思う存分ビジネスできるような境遇になりたいよ」

と思ってしまいます。もちろん家庭は、人生のなかで一番大事だし、子育て中だからなおさら、仕事より優先すべきものなのは分かっていますが、

内心を正直にいうと、家庭での父親としての役割を、心から楽しんでいない私がいることにも気がつきます。特にいまの私は自営業で好きなことを仕事にしているから、ビジネスしていた方が楽しいのです。

良くも悪くも、家庭を持ったから、子供ができたからこその体験ですよね。

「人の親になる」という体験、責任感、重みは、子供の居ない人間には、絶対に想像できない…心からそう思います。断言して良い。

「総理大臣になることがどういうことなのか、経験した人間にしか理解できない」と言った政治家がいたように、人生って、自分がある立場、役割に立たないと分からないこと、見えてこないことが多いですよね。

子供は、思い通りになんかならない。うちの子が親の言うことを素直に聞くことは、10回に1回もない。教えても教えても、覚えない。親として、どこまでやればいいのか、キリがない(適当に手を抜くしかないですね…)

私は、大人としていろいろやりたいことがあるし、自分の時間をもっと自由に使いたいのに、制約多くて万事思うに任せない。優先順位高いことを、いろいろ我慢しなくちゃならない(傍からみれば、私って相当好き勝手やってるように見えるかもしれませんが、本人としてはそうでもないんですよ…)

母親はもっとそうかもしれませんが、男の私だって、子供つくって果たして良かったのか、時々思ってしまいますよ、まじで。

でも、子育ての苦労とかあまり強調してしまうと、子供つくる人が少なくなって社会が成り立たなくなるのかもしれないな。

とはいえ、「子育ての喜び」を強調して、「じゃ、皆で子供たくさんつくりましょう」と奨励するほど、私は子育てを楽しんでいるわけでもないんです。

あと、育児をほとんど妻に任せてたような年配の男性が「子育て支援」なんか言いだすって、本末転倒だと思いますよ。説得力ゼロじゃん。

そんな私でも、一つ言えるのは、

家族を持った喜びって、特に、ビジネスがうまくいかないタイミングで強く感じるものですね。

私のやってる、不動産の売買仲介っていうのは、シビアな世界です。決済しておカネが入金されるまで、気が抜けない。売り止め、買い手の気変わり、銀行融資否決…いろんな理由で話が流れる。決済・入金まで持っていけなかったら、いくら時間かけて苦労しても、一銭も入らないのです。私も何度か経験しています。

そんなタイミングで、がっかりして家に帰ってくると、いつもの通り、家族がいる。子供たちがギャーギャー騒いで、任天堂DSとかで遊んでいる。それ見て何となく、ホッとするんですね

私がもし独身だったなら、売買流れてがっかりして帰宅する時、落胆がさらに大きくなるんだろうな。やけ食いとかしてたかもしれない。

たかが家族、されど家族…父親という立場で、日々、濃密な体験をしています。いつも苦しくて、面倒臭くて、制約多くて、時々楽しい。この世界は、親になってみないと絶対に分からないと思います。

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不登校パパ奮闘記

おはようございます、Manachanです。数日ぶりのブログ更新ですね。今回は不動産じゃなくて、子育てネタになります。

我が家では、小学3年の娘ソフィアが早くも不登校問題を起こしてまして、親としてもストレスの溜まる、制約の多い日々を過ごしております。

ソフィアは幼稚園年長から小学1年の大部分を、オーストラリアの学校で過ごしました。日本の学校に戻ったのは、1年生の3学期から…その頃から不適応っぽい感じはあって、特に宿題をやらせるのに頑とした抵抗をみせていましたが、小2と、小3の前半、とりあえずは登校できていましたし、クラスでも問題行動は見られませんでした。

でも、やはり相当なストレス溜めていたのでしょうか。昨年11月から、「学校、絶対に行かない!」と言いだして、ぽつぽつと、登校できない日が出ました。12月になるとさらに悪化。クリスマス前後の一週間はほとんど登校できず、自宅で本など読んで過ごす毎日。もやもやした状態のまま年を越しました。

下手したら、3学期は一度も登校できないかもしれない・・・

私ももちろん、手をこまねいていたわけではありません。昨年後半から、担任の先生に悩みを相談したり、江東区の教育部門から特別支援学級を紹介してもらったり、ソフィアを民間の診療内科に行かせて知能テスト含め診断してもらったりと、いろいろ動いてきました。

年が明けて、最初の登校日が1月8日。その前日、担任の先生に話しに行って、「担任、学年主任、スクールカウンセラー、そして両親…この5人のチームで、不登校問題の解決策を探っていきたい」と申し出ました。担任の方でも動いてくれて、1月21日に、上記のメンバーに副校長も加わった最初のミーティングをアレンジしていただきました。

ですがその間も、我が娘の不登校はひどくなるばかり。

1月8日(木、最初の登校日)・・・登校できず。

1月9日(金)・・・私がなんとか、娘を校門まで連れていくことに成功。でも、そこから校内には入りたがらない。そこで、娘を校門に待たせて、20分休みを利用して、担任の先生に来てもらい、寒空のなか、大人二人でソフィアを説得。10分後、ついにクラスに入る決心をする。

1月13~16日・・・私が北米出張。娘の登校問題は妻に一任したが、この週は一日も登校できず。

北米から帰国した私は、とにかく、自分の時間の多くをソフィアとの対話に使おうと決心。幸い、パパっ子でよくなついてくれますし、私も自営業なので時間の融通はある程度ききます。たとえ登校できなくても、できるだけ、家や近所の公園で娘と一緒に過ごそうと思いました。

そして、1月21日(水)、学校でミーティング。副校長、学年主任、担任、スクールカウンセラーの4名の先生は、「クラスまで行けなくても、学校内で、ソフィアちゃんが安心して過ごせる場所をつくる」アイデアを提案、「保健室」「コンピューター室」「小会議室」のいずれかを、いつでも、ソフィアのために用意する体制をつくってくれました。

学校側として、やれることは全部やっていただきました。あとは親が、娘を学校に連れていくのみ。

1月22日(木)・・・私がソフィアを連れて、10時過ぎに登校。二人で小会議室で過ごし、給食も小会議室で食べる。私はお昼前に、顧客とのミーティングがあるため、途中で妻とバトンタッチ。

1月23日(金)・・・私がソフィアを連れて、9時過ぎに登校。二人で小会議室で過ごす。給食食べて、その日は、クラスの友達と一緒に下校

我々が小会議室にいる間、担任や学年主任の先生が、休み時間に入れ替わり立ち替わり、入ってきて、ソフィアにやさしく声をかけてくれました。週末には、クラスの仲の良い友達からのメッセージが届きました。娘の気分も、だんだん好転の兆しを見せてきました。

1月26日(月)・・・私がソフィアを連れて、9時半過ぎに登校。二人で小会議室で過ごす。4時間目と5時間目は、クラスで授業を受ける。

1月27日(火)・・・妻がソフィアを連れて、8時過ぎに登校。この日は学校公開、1時間目から6時間目でクラスで授業を受ける。

1月28日(水)・・・学校公開で疲れていたのか、朝は遅くまで寝ており、10時過ぎに、私がソフィアを学校に連れていく。この日は小会議室が使えないので、保健室で過ごし、養護教員の先生に面倒みてもらう。

ま、これからもしばらくは一進一退が続くでしょうが、学校の協力と親の努力もあり、徐々に、良い方向に向かっていくような気がしています。

私としても仕事が忙しく、これから出張も増えるので、ソフィアがなんとか問題を克服して、自分自身と学校(集団)との折り合いをつけられるようになって欲しいと願っています。

今のソフィアは、ある意味、自分自身の小学校時代と似ています。私も、学校や集団生活に適応できず、嫌で嫌で仕方ありませんでした。でもあの時代は、児童にとって選択肢は余りなく、私は毎日学校に行く以外になかった。

高校時代は集団無視のいじめに遭い、実際に不登校を起こしましたし、学校まで行けても図書室で過ごす日々が続きました。

歴史は繰り返す。ソフィアも私の血筋をひいているので、やはり似たような問題が出るのかもしれません。「皆で一緒に何かをやる」のが苦手で、「自分のペースで、好きなことをやる」と力を発揮するタイプ。たぶん、パパと一緒だよね。

最後に、ソフィアが小会議室でつくった折り紙工作がこれです。ハリーポッターから着想を得たイメージだそうで…パパと違って造形のセンスはあるのね。

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風刺はどこまで許される?

こんばんは、Manachanです。

今回のテーマは、2週間ほど前に起こった「フランス紙襲撃テロ事件」…今年1月7日、風刺画が売り物のフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリにある編集部が、自動小銃をもったアルジェリア系フランス人の兄弟に襲われ、編集長や風刺漫画家ら12人が死亡した事件でした。

この事件、フランスにとっては、アメリカの「9・11テロ」に匹敵するような衝撃が走ったとされます。そして、西側世界全体を巻き込んだ、大きな国際問題になりました。

1月11日には、フランス各地で犠牲者を悼むための大行進が実施され、その数は全国合計で少なくとも370万人に達したとの話。このうちパリの行進に加わったのは160万人超とみられ、キャメロン英首相やドイツのメルケル首相ら欧州主要国を中心とする40人超の各国首脳も参加しました。

私、翌12日からカナダとアメリカに出張しました。現地のローカル新聞でもパリの出来事が連日のトップ扱いで、同じ欧米の価値観を共有する国々にとっては巨大なインパクトのある事件だったのだと実感しました。

日本のマスコミではそこまで大きな扱いはなかったですね。今ではすっかり、「イスラム国人質事件」にかき消されてしまったし…

今回の凶行の犠牲になったひとり「ジャン・カビュ氏」は、別の新聞社「カナール・アンシェネ」で、日本の福島原発事故と東京オリンピックに関する風刺画を発表したことで、日本政府の抗議を受けたことがあります。

2年近く前、夏季五輪の東京開催が決まった頃、日本でもこんなニュースが流れたのを、思い出しました。

私、手が三本ある奇形の力士の絵をみて、こいつら趣味悪いな~と、正直、反感を覚えました。

フランスが、宗教改革から市民革命に至る歴史を通じて、「表現の自由」(Freedom of press)を血をもって勝ち取ってきたことは、もちろん知識として知っています。かの国の人に、風刺画という表現方法が愛されているのも分かります。フランスを含む西洋世界が、私たちの近代生活の土台の多くをつくってきたことに、感謝・尊敬の念さえあります。

但し、彼らの文化・文明を必ずしも共有するとは限らない、異文化圏・日本の人間から言わせてもらいます。私は風刺画を心から楽しめる人間じゃありません。そして、不十分な知識で一方的に放射能風評を広め、私たち日本の対外イメージを損なう行為は、はっきり言って不愉快です

Wikiによれば、この風刺画が出た時、日本の官房長官、菅義偉は遺憾の意を述べ、大使館を通じて抗議する意向を示した。編集長のルイマリ・オロは抗議に対し、「自分たちではなく東京電力に怒りを向けるべきであり、謝罪するつもりはない」と発言したそうで…

そういう傲岸な態度で、彼らの信奉する「表現の自由」とやらを行使されてもねえ…世界中に、反発する人が増えるのではないでしょうか?

これまで、ヨーロッパの各紙は、イスラム教に対する風刺画をきっかけに、記者が何人も命を落としています。

もちろん、いかなる理由があれ、殺人やテロは許されないことです。不本意にも命を落とした記者に対して、自業自得だと言う気はありません。

但しだからといって、許容範囲を超えて、誰かの信仰や感情を傷つけても、「表現の自由」の御旗を守りたいとまでは思いません。そういうのは「自由の濫用」(Misuse of Freedom)であって、それに対するシンパシーを私は余り持ちあわせませんので…

仏テレビ局「フランス24」の討論番組(7日)で、イスラム教徒の地方議員マジド・メサウデネ氏は「シャルリ・エブドは風刺の度合いが許容範囲を超えていると思う」と指摘する一方で、「そんな風刺を世の中に出す権利は認める。同時に、『許容範囲を超える風刺だ』という自分の意見も社会に存在する権利があると思う」

私はメサウデネ氏の意見に共感します。表現の自由は守るべきで、そのルールに従って、はっきり「不愉快だぞ!」と言う権利は、私たちにあるはずと思う。

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アスぺ父より、娘に贈る言葉

こんばんは、Manachanです。

先ほどまで、東京・神田でモンゴル不動産セミナーをやってました。海外セミナー、かれこれ4年近くやってきましたが、近年まれにみる、手ごたえ十分のセミナーでした。東京だけでなく、国内各都市でも是非開催したいですね。

今回は、不動産と関係ない話題でいきますね…最近、うちの家族全員、ドラマ「光とともに」にはまっています。

自閉症児を抱えた母親の苦労と葛藤、周囲に半端ない迷惑と心配をかけながらゆっくり成長していく少年・光(ひかる)くん、そして彼を支える家族、学校、地域社会の絆を描いた名作。自閉症に対する日本社会の認識を深めた作品でもありますね。

ドラマではなく、漫画で読んだ方もきっと多いことでしょう。

このドラマ、第七回まで見ました。光くんは小学2年になったところです。彼をみていると、私、他人事とは思えません。

まるで自分の少年時代を見ているようだ!

光くんは自閉症、私はアスペルガー症候群…言語・知能発達の差は多少ありますが、ま、似たようなものです。

ドラマのなかで、光くんがみせる、特定のモノに対する異常なまでの執着、物事は全て自己流で覚え、他の学習法は全く受け付けない、好きなことは何時間でも飽きずに、同じことばかりやり続ける…程度の差はあれ、私の少年時代もそんな感じでした。

だから私には、光くんの気持ちが分かる。彼が次にどんな行動とるかも、ほぼ100%の確率で言い当てられる。周りの大人が光くんにどんな接し方をすれば良いかも分かる…光くんを見ていると、自分が「自閉症の心」を持っていたことを、改めて認識させられます。

うちの娘ソフィアも、最近検査しましたが、どちらかといえば、私に似た脳を持っているようです。知能の発達には問題ないので、通常学級に通っていますが、こういう子は、集団で皆と同じことをやるのが苦手。先生や友達に否定的なことを言われた時のダメージも大きく、嫌な経験はいつまでも忘れられません。

クラスでは特に問題は起こさず、大人しくしていますが、本人としては相当、無理しているのでしょう。この子をどうやって、毎日、学校に行かせるかというレベルで、私も妻も毎日苦労しています。

私だって子供時代、学校では変わり者扱いされて相当苦労しました。小学校から高校にかけて、様々ないじめも受けました。小学2年から5年まで、若い女の先生が続きましたが、当時の私はいつも青っ洟たらして不潔、忘れ物はひどく、授業は全く聞かず、ノートに巻きグソの絵ばっかり書いていた。そんな子がテストの成績だけは良い…当然、先生には気味悪がられました。私自身も、先生に煙たがられていることを敏感に感じていました。

でも、世の中うまくできているもので、何年かに一度、良き理解者が現れるのです。小学6年時代の担任は年配の女性でした。長い教師生活のなかで私みたいな児童を何人か扱ってきたのでしょうね。私を見た途端、「マナブくんは少し変わってるけど、素直でまっすぐな良い子だ」と、私の良い面を見抜いてくれました。

そういう先生に見守られているうちは、私は自信を得て、活き活きと学校生活を送ることができます。でも学年が変わって、担任の先生が変わると、また振り出しに戻るのです…そんな経験を長年続けてきました。

先日、こんなことがありました。娘がどうしても学校に行きたがりません。私は手を替え品を替え、いろいろやってみて、何とか、校門のところまで連れて行きましたが、そこで嫌がってどうしても前に進めない。私は娘を校門のところで待たせて、担任の〇〇先生を呼びにいきました。この先生は幸い、娘ソフィアにとって数少ない「理解者」で、私も信頼しています。

校門のところで、〇〇先生と私とで、ソフィアに「クラスに行こうよ、楽しいよ」と、寒空のなか10分ほど説得…ソフィアはようやく、勇気を出して一歩踏み出し、先生に連れられて、校舎に入っていきました。

その日、私はソフィアに言いました。

「世の中、いろんな人がいる。君の良さが分からない人、悪いことばかり目につく人は大勢いる。でも、分かってくれる人は必ずいるんだ。〇〇先生もその一人だよ。」

「〇〇先生のような人は、大事にするんだぞ。」

「変わり者」として生まれた人間にとって、「自分を理解してくれる人」は貴重な存在であり、一生の財産です。そして何より、私自身がソフィアの最大の理解者であるはずで、これからずっと成長を見守っていきたいと思います。

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地震が怖かったあの頃・・・

こんばんは、Manachanです。

私は首都圏の東北方、「茨城に近い千葉」で生まれ育ちました。ちょっと聞こえ悪いけれど、私は赤ん坊の頃から、「地震とともに」生きてきました。

日本の国土は地球上の陸地の0.3%しかないのに、全世界の有感地震の約10%、マグニチュード6以上の地震の約20%が日本周辺で起こるという「超・地震国」。その日本のなかでも関東の地震頻度は高く、関東のなかでも「茨城・千葉県境付近」を震源とする地震は多い・・・というより、首都圏自体が「地震の巣」と言ってよい。

ま、私はそんな場所で育ったので、地面が揺れるのは、慣れっこ。

「震度2」なら、気づかない
「震度3」なら、「お~、ちょっと揺れてる」
「震度4」なら、「地震だねえ~」、でも涼しい顔
「震度5」以上で、はじめて、頭を机の下に隠す

なお、日本人の全てがこういう感覚ではないと思います。関西や、さらに西の地方では地震が比較的少ないようで、関東に来て、地震の多さに驚く人も多い。以前の職場で、大阪出身の同僚が、「関東人は震度4でも平然としてるね~」と感心していました。

関東人には毎度おなじみ、茨城県南部震源の中規模地震

そんな私でも、人生のなかで7~8年間だけ、地震とは無縁の暮らしを送りました。オーストラリア(シドニー)、中国(大連)など、地震のほぼ起こらない大陸の上で暮らした時期です。

大連勤務時代に、長期出張で東京に来たことがあります(私は日本人なのに、中国で就職して、ブーメランみたいに日本に送りこまれるって、因果な仕事だよねえ・・・)。東京での最初の住まいは「中央区の八丁堀」、1ヵ月後に「江東区の木場」に移りました。いずれもウィークリーマンション。

仕事が終わって、夜、一人で布団に入って寝付く時、私は言い知れぬ恐怖感を覚えました。「今晩、ここで大地震が起こったらどうしよう!」と。

思い起こせば、私は7年以上、「地面が揺れない」環境で過ごしました。そこからいきなり、東京という「世界有数の地震多発エリア」に来たわけです。それに、私のいる江東区や中央区は、お世辞にも地盤の良い場所とはいえません。どこ掘っても、地面はズブズブ、ユルユル。大地震が起こったら「東京一、揺れやすい場所のひとつ」とされています。しかも海抜ゼロメートル地帯。

また、地下鉄に乗るときも、「いま地震が起こったらどうしよう!」という、理屈では説明できない恐怖感に襲われたことがあります。地下鉄移動を少しでも短くするために、わざわざ一つ手前の駅で降りて歩いたことも何度かありました(冷静に考えれば、大地震が起こっても地下鉄の方が屋外よりは安全だとは思いますが・・・)

地震のない国の出身者が、日本に来た時に感じる「地震に対する恐怖感」とは、こんなものなのかもしれない。

あれから8年の歳月が経ちました。私は東日本大震災をはじめ、大小、無数の地震を、ここ東京で体験しました。でも不思議なことに、「地震が起こったらどうしよう!」みたいな恐怖感は、私の心から消えていきました

東京メトロ東西線に乗って、何百回も往復しているうちに、「この区間で地震が起こったら嫌だな」という気持ちも、きれいさっぱり雲散霧消。それに何より、我が家の周辺で日々繰り広げられる「高層マンション建設ラッシュ」を見ていると、「ここにずっと住み続けても、たぶん問題ないんだ!」という気になります。

豊洲にタワマンが建ち、江東区の人口がまた増える・・・

ここ東京で、地震が起こるのは当たり前、大震災のリスクも当然ある。でも、それをすでに織り込んで、大勢の人々が暮らしている。社会が、その前提で回っている・・・その中で暮らして、慣れてしまえば、恐怖心を持ち続けること自体が難しい。

ここ江東区は、震災リスクのデパートみたいな地域ですが、でも東京で一番、人口が増えているのも江東区。軟弱地盤に、50メートル以上の杭を打ち、今日も大規模マンションが建つ。新住民と子供が移り住み、年8000人ペースで増え続ける区内の人口。

喉元過ぎれば暑さを忘る・・・人間のリスク感覚なんて、所詮そんなものかもしれません。要は、慣れちゃえばいいんだよね。

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旦那はロボット

こんにちは、Manachanです。今回は家庭生活ねたでいきますね。

結婚して、子供が生まれると、夫婦ともども、生活は以前より忙しくなります。特に女性の生活は出産を期に激変し、当面は睡眠さえとるに任せず、著しい制約のなか、育児ストレスが溜まります。旦那は旦那で、養うべき人間も増えて、これまで以上に稼がなきゃならない。そんな時、

お互い、育児も仕事もがんばっているのに、夫婦仲がうまくいかない!

という、愉快ではない状況に陥る夫婦はとても多い。我が家も例外にもれず、出産後に夫婦間のいろんな問題が顕在化して、理想とはほど遠いまま、今に至っています。

我が家は国際結婚。妻は外国人で、日本語の読み書きが自由ではない。そんななかで、日本で暮らし、二人の子供を普通の幼稚園・小学校に通わせている…という特殊事情もあって、巷の育児書に書いてある夫婦円満アドバイスが、ほとんど役に立ちません。

日本の多くの育児書に書いてあること…たとえば、

1)夫がもっと家事、育児労働を分担すればいいじゃん?

これは、男性サラリーマンの労働時間が長いのに加えて核家族化が進み、育児負担が女親ひとりに集中する、戦後日本に典型的な問題であり、一人ぼっちで孤独な「孤育て」などが問題視されています。そんな中、仕事を上手に切り上げて育児をこなすニュータイプの旦那「イクメン」がもてはやされるのも、その裏返しです。

ですが私の場合、「イクメン」云々以前に、「妻が外国人」という特殊事情から、日本人同士の夫婦とは比較にならない負担が私にもかかってきています

子供の幼稚園や小学校の行事があって、いろんなプリントを渡される。母親が日本人ならそのまま読んで理解できますが、我が家の場合、私が読んで理解しないと何もはじまりません。子供が熱出したり、何か問題を起こした時、学校との連絡も日本語だから私がやらないといけない。日本語の宿題みるのも私の役割です。

日本の学校では、ママ友同士の情報交換でいろんなことが分かります。たとえば、明日の運動会の持ち物などは、プリント読まなくてもママ友に聞けば済む。しかし妻の場合、言葉のハンディがあるため思うに任せず、結局、私ひとりにしか頼れない…子供を病院や小児科、耳鼻科に連れていくのも、言葉の事情から私の仕事になります。

もちろん、妻が大変苦労して、頑張っていることはよく分かる。でも私だって、忙しい仕事を抱えながら、通訳込の育児・教育労働が、毎日続くのは結構しんどいです。子供の発達は常に順風満帆とは限らず、時には厄介な問題を起こします。その時、常に前面に立たなくてはならない。

「単なる通訳・翻訳だけなら大した時間とられないんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、言葉に限らず、妻が日本の社会や暮らし、教育システムに対して起こす「不適応」に起因するいろんな問題・課題が、私にふりかかってくるので、半端ありません。

日本人同士の結婚で「イクメン」なんて、すげー楽じゃん!

英米人の旦那が、家事育児を積極的に分担して偉い!とか言うけれど、英語圏に住んで夫婦とも英語ネイティブスピーカーなら、俺のやってることと比べて断然楽じゃん!

…というのが、私の偽らざる気持ちです。幼稚園や小学校、公文や病院への送り迎え、PTAの仕事、洗濯、風呂、布団の準備…プラス国際結婚の特殊事情、家事・育児に関しては、日本人男性としてあり得ない位の時間と労力を使っている自負があるので、「これ以上頑張って、奥様をサポートして!」なんて、私にアドバイスしてはいけませんよ(キレちゃうよ・・・)。

また、英語の育児書もいろいろ読んでます。日本より論点のバラエティ豊富でさすがと思いますが、よく指摘されるポイントが「男女の性差」。

2)そもそも、男性の脳と女性の脳は違う!

性差に関して、私の座右の銘は岡田斗司夫氏の「男とは、戦闘用・仕事用に開発された女」です。戦闘モードの脳で何百万年と暮らしてきたため、男性は物事を「特定目的」(Specific)にしか考えられず、その目的から外れたことには気づかない。その点、全人格的な女性とは大きな違いがあり、一緒に暮らすといろいろ齟齬が起こる…

これは、もちろん我が家にも起こっています。実際、私は病的なまでに、いろんなことに気がつきません。「よく気づく」妻から文句言われることも多い。

しかし、我が家の場合、「性差」だけで説明できる生易しい問題ではないという気がしています。もっと致命的な、厄介な問題があって、それがお互いの努力献身にもかかわらず、夫婦仲がいつまでも好転しない原因になっているように思えてきました。

それは、たぶん私の問題です。

私は、人間の顔をしたロボットみたいな生き物…

人面魚、人面犬(@妖怪ウォッチ)…みたいに、身体の半分が動物なら分かりやすいけど、私の場合、100%人間に見えるから厄介。

何度かブログに書きましたが、私は今年9月頃から、自分が「アスペルガー症候群」(高機能自閉症)ではないかと疑いはじめ、いま診療内科に通っています。

「アスペルガー」とは、平たくいえば「ロボットみたいな脳」…計算や論理操作は超得意、興味あることには寝食を忘れて没頭。でも人間に全く興味なくて、他人の感情とか、他人からどう見えるか?にはとことん無頓着。私もそうです。

ロボットだから、いつまでも、自分の好きなことだけやっていたい。嫌いなことはとことんやらない(というか、できない)。そもそも人間の心に興味ないから、共感もできないし、妻と同じ悩みを共有できない。「共に悩み、共に生きるパートナー」なんて、冗談じゃない。重苦しくて嫌です。

育児だって、親の義務だと思うから頑張ってはいるけど、楽しんでいるわけでは全然ありません。楽しいのは、二人の子供たちと話したり、遊んでいる時。相手がまだ人間になりきってないから、自然体
で楽しめるのです。実際、子供たちは私にはよくなついています。

でも親として、子供たちを教え導くとか、正しいマナーや社会のルール、生活習慣や規範を教えるとか、そういうことに、情熱は全く覚えられません。一応、「学校に時間通りに行く」とかはやるけど、「そんなんテキトーでいいじゃん!」というのが私の本音。

でもって、そういう育児に、こだわりたい妻と、常に衝突するわけです。「じゃ、そんなにこだわりたいならあんたがやって!」と言いたいところだけど、結局、何かを子供にやらせるのはある意味「汚れ役」だから、妻一人にやらせてもうまくいかないし、ストレス溜まるだけの話。

かといって、この面では妻の要求レベルと私の要求レベルが余りにも違うから、私がやると、一応努力はしても「すげーいい加減」になって、妻のストレスがさらに溜まるわけです…子供が生まれて9年間、そんなことの繰り返し。

あと、こんなこともありました…・妻は、近所の日本人ママ友の社交に入っていきたいのですが、日本語のハンディがあって、なかなか思うに任せない。そこで、日本語ができる私を使って輪に入って行こうと試みますが、私は残念ながら、ママ友との社交には全く興味がない。

私は大好きなコミュニティ「不動産投資仲間」なら、いくらでも喜んで社交しますけど、そういう話できない人たちとの社交に時間と労力を使いたくないのです。気疲れするだけだし、(ロボットの得意な)メールやLINEのやりとりだけで勘弁してよと言ってるのですが、妻はそれでは満足しない。

妻「あそこにママ友が集まって子供の写真撮ってるから、行って話してきてよ。」

私「俺は全然興味ない…」

妻「えっ?あなた日本語できるでしょ?」

私「そんなこと、なんで俺に頼むんだよ!友達つくりたいなら、自分でつくれよ!」

(険悪になる…)

ロボットの立場としては、「ママ友との会話で、分からない日本語を英語か中国語に訳す」みたいな「タスク」にしてくれれば処理できるけど、一個の人格である「ママ友」の輪のなかに入って欲しい、みたいな複雑なリクエストを実行させようとすると、怒ったロボコンみたいに回線がショートして煙が出てしまう。だから嫌なのです。

逆にいえば、ロボットな旦那と、言うこときかない子供たちと、9年間、よくも一緒に生活続けられたものです。その意味で妻の苦労は、想像を絶すると思います。

私が、なぜ診療内科に行ってアスぺの診断受けてるのかというと…

・俺は人間の顔したロボットなんだから、普通の人間のレベルを期待するのは諦めてくれよ!

・ロボットなんだから、モラルとかルールとか、テキトーにしかできないよ。厳密にやらせたいなら、コマンド入れて一から教えないと…

・ロボットなんだから、電気がないと死んじゃうんだよ。そして、PCやiPhone使って一心不乱に作業して、心を落ち着かせる時間を持たないと、生きられないんだ。

それを、妻に言いたいのです。理解していただきたいのです。当然ながら、私が言っても説得力ないから、専門医師の口から言わせたい。

それが、夫婦関係改善の一助になればと、思っています。なお、私がロボットであることが判明しても、それでも一緒に暮らしたいかどうかは彼女の判断しだい。

なお、私の方は家族ずっと一緒にいたいと思っていますよ。ロボットなりにね…

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