育児

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子供は、どんなバイリンガルに育つのか?

おはようございます、Manachanです。北京出張から帰ったあと、怒涛のようなセミナーラッシュに、法人確定申告…多忙な時期がようやく一段落し、ブログを書く時間的余裕がようやくできました。
 
世の中はゴールデンウィークの休みに入ります。気候の良い行楽シーズンではありますが、我が家は遠出せず東京の自宅近辺でのんびり過ごすつもりです。久々のブログは、「子供の多言語教育」ねたで書きますね。
 
私と妻とは国際結婚していて、小学生の子供が2人います。我が家はナチュラルに多言語が飛び交う環境です。
 
-私と子供たちとの会話は、日本語
-妻と子供たちとの会話は、英語
-夫婦間の会話は、中国語
-子供同士の会話は、日本語か英語
 
子供の教育環境ですが、平日は近所の区立小学校(当然日本語)に通い、土曜日だけ英語の補習校に通わせています。補習校に来ている子供たちの大多数は、日本人と英語圏出身者の国際結婚家庭のお子様で、我が家と似たような言語環境で暮らしています。
 
補習校は週一ペースなので、ネイティヴの先生が英語の読み書きやレポート、プロジェクトを一通りやるとはいえ、あくまで「英語力を維持するための補完的役割」しかできません。英米系のインターみたいに、月曜から金曜まで、英語だけで授業をやるような密度は当然期待できないし、補習校に通ったからといって人気のインターに即入学できるだけの英語力が身につくとも限りません。
 
そこで多くの親たちは(私も含めて)小学5年生頃までに、大きな選択を迫られます。
 
子供の教育言語(Academic Language)を英語にするか日本語にするか?
 
「英語」を選んだ親は、子供を英米系インターに行かせるか、または英語圏にUターン移住して現地校に入れる人も相当数います。一方、「日本語」を選んだ親は、一般の日本人家庭と同様、私立か公立の中学校、高校に行かせます。
 
親が「せっかく学んだのだから、英語も日本語もモノにしたい」と思い、かつ、子供も勉強好きな場合は、広尾学園や三田学園などのバイリンガル中学校の受験にチャレンジすることになります。
 
でも、そういう学校に行かせたところで、よくよく見れば、教育言語は「英語をメイン、日本語をサブ」か「日本語をメイン、英語をサブ」のどちらかにするに過ぎない。その意味で、他のバイリンガル家庭と同じく、結局は英語か日本語のいずれかを選んでいることになります。
 
その経験から、我々が学んだことは、
 
子供は、話し言葉の面では多国語話せるようになるけれど、教育言語は一つしか持てない。
 
私たちは、日本語が圧倒的優位な環境で暮らし、かつ家庭で英語も使っています。話し言葉の面では、どの家庭の子も、見事な日英バイリンガルになります。うちの二人の子たちもそうです。
 
だた、彼らバイリンガルキッズに、数学、物理、化学、生物、歴史、地理、保健体育といった教科を教える上で使う言語は、英語か日本語か、どちらかに絞った方が明らかに効果的なのです。普通考えて、数学を英語で教えて、また同じ内容を日本語で教えて、というのは明らかに非効率だし、歴史・地理・公民など社会科になれば英語圏の教科書と日本の教科書で内容が全く違うわけだし・・
 
もっとも、英語&フランス語、英語&オランダ語みたいに、お互いに語彙や構造の似た言語同士であれば、教育言語を複数持つことも可能かもしれません。カナダや西欧とかで多くの実例があるでしょうから、皆さんどうやってるか知りたいです。でも、少なくとも日本では非常に難しいです。英語と日本語は天と地ほどかけ離れていますから…
 
我が家では、娘ソフィア(小6)の教育言語を日本語にすることに決めました。息子ポニー(小3)にはまだ英語教育の目も残っていますが、たぶん日本語になるでしょう。私自身、どちらを好むかといわれれば、断然日本語ですね。なぜなら、
 
・世界的にみれば、英語できる人より、日本語できる人の方がずっと稀少。
・英語話者のコミュニティは世界中にあり、新興国途上国にもたくさんあって、彼らの収入給与水準は年収10万~。一方、日本語話者のコミュニティは基本的に日本に限られ、給与水準は年収200万~。つまり個人レベルでみて、日本語できた方が経済価値が高い。
・日本語で教育を受ければ、2000以上の漢字を認識できるようになり、それが中国語学習への近道になる。
・我が家はこれから当面、東京に住み続けるので、通常の学校、専門技術学校含め、日本語の方が断然、教育の選択肢が豊富。
・英語の方が「後付け」しやすい。つまり、日本語で教育を受けた後、大学等で英語で専門教育を受けるのは、世界各国でできるし選択肢も豊富だが、逆に日本語の場合は日本に限られる。

 
それぞれの家庭で、居住地も言語環境も親の言語スキルも違うので、バイリンガル教育を志すにも各自の状況に応じて最適なものを選び取っていけば良いと思います。私は「日本語をベースとした日英バイリンガル」の方が「英語ベース」よりもたぶん価値が高いと思うし、今せっかく東京に住んでいるので日本語での教育に力を入れます。
 
まず日本語をベースとして育ち、後付けで英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語などを習得するのは、やる気になればいくらでもできます。現実に私がそれをやっているわけで…

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デジタル中学校を探してます

おはようございます。Manachanです。今回は、数日前に書いた「もし文京区で育っていたら」の続編です。

 

いきなり本題になりますが、「孟母三遷」という考え方を、私は本質的に好みません。我が子に少しでも良い教育環境をと考えて親が住まいを変えるのは尊いことですが、子供がある場所で成長して自然に大人になるという、壮大なストーリー全体と比べると、所詮、些末なことだという気がするのです。

むしろ、親が職場とか予算とか、いろんな制約条件のなかで、ある場所を選んで住む。その場所で、子供は自分なりに勝手に育ち、その地が自然に「故郷」になるのだと思います。

 

前回も書きましたが、私は5~7歳にかけて、教育環境においては日本最高レベルの「東京都文京区」に住んでいた時期があります。私の両親は今でもそれを誇りにしてますが、所詮、ここは資産家や高給取りでないと住めない場所。結局我が家は生活費の安い郊外(千葉県柏市)に落ち着き、私含めて3人きょうだいは全員、柏を故郷として育ちました。

当時、柏周辺の小中学校では、マッチョな文化と管理教育が浸透していて、教師の体罰バリバリだしヤンキーも多いし、文京区の整備された教育環境からみると眉をひそめる状態も少なくありませんでした。でも私は、眼前に広がる、広い田園風景と無秩序に都市化された環境を所与のものとして受け入れ、この地で、自分なりに勝手に育ちました。

柏にも一応、学習塾はあるし、県内御三家の難関公立高もあります、文京区と比べれば全然イケてない環境ですが千葉県内ではマシな方。そこで私なりに勉強して、塾以外ほとんど費用をかけずに都内の国立大学に現役合格。文京区に教育移住した近所の同級生と比べても、学力・学歴的に全く遜色ない自負がある…その原体験があるので、「どこで育ったって、所詮、子供次第じゃん」という気がします。

 

親の心、子知らず…親が我が子のためを思って、いろいろ先走りして考えたところで、子供の考えることは全く別。結局、「子供は、勝手に育ったもの勝ち」ですよね。

(とはいえ不動産投資家としてみれば、文京区のような特殊需要のある教育エリアは極めて魅力的で、積極的に狙っていきたいです…)

 

成長する子供にとって、「場所」よりももっと大事な要素は、「時期、タイミング」ではないでしょうか。つまり、社会と個性の相性からみて、「早く生まれ過ぎた」り「遅く生まれ過ぎたり」するケースは、子供にとって結構きついかもしれません。

たとえば私は、成人してから発達障害(自閉症スペクトラム≒アスペルガー)診断を受けました。私が小学生や中学生の頃は、日本で「知的障害のない自閉症」という症例自体が認知されておらず、私は様々な違和感を覚えながら通常学級で過ごしました。

 

皆ができることを、私ができなかったら?⇒親の教育・しつけのせいにされる。

集団でいじめられたら?⇒「弱いからいじめられるんだ、やり返せ」と言われる。

 

違う!そんな問題じゃないんだよと、私は子供心に思ってましたが、当時は誰にも理解されず…それは私が文京区に住んでも柏に住んでも、結局同じことだったと思います。要は、生まれる時代が少し早すぎた。

その数十年後、娘ソフィアが生まれ、私と似たタイプの発達障害の診断を受けました。今ではすでに、AD&HD、アスペルガー等、代表的な発達障害に対する療育体制が整備され、私の住む江東区でも、区立小中学校に通いながら専門の先生のいる教室に通級する(ひまわり教室)とか、不登校児童のために国語算数だけ個別指導しつつ学校復帰を目指す教室(ブリッジスクール)などが区の行政によって整備され、少なくとも私が育った時代とは隔世の感があります。

 

ただ、ソフィアにはまた別の問題があるようです。とにかく「書く」という動作が苦痛で、漢字の書き取りや日記は頑としてやりません、とても辛いのだと思います。その代わりタイピングは得意で、PCでもiPadでもキーボード見ないでブラインドタッチができます。自分の好きなテーマをGoogleで調べるのも早い。iPhoneアプリ制作教室にも通っています。

もし、日本の小学校で紙に書かせる動作をやらせず、生徒にタブレット渡してタイピング、グループワーク中心の教育をやってくれたなら、ソフィアはもっと、学習に自然になじめた可能性は十分あったと思います。

2020年には、IT教育が日本でも本格実施されると聞いています。その意味で、ソフィアは数年早く生まれ過ぎたのかもしれません。非常に残念なのは、すでに日本の社会生活ではPC、タブレット、スマホが当たり前になり、会社勤めすれば紙に書くよりタイプする動作がはるかに多い。すでにそういう時代なのに、学校だけが相変わらず「紙」主体の、昔ながらの教育をしていて、そこにソフィアが不適応を起こしてしまっていることです。

 

この4月から、ソフィアは小学6年になります。そろそろ、本人に合う中学校探しを始めようと思います。私立でも公立でも、場所どこでもいいので、デジタル中心の教育やってくれる学校どこかないかなあ?

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もし文京区で育っていたら…

こんにちは、Manachanです。今日は育児・学校ねたでいきます。

東京を代表する文教地区といえば、「文京区」の右に出る者はいません。面積11平方キロの狭い区内に、他の類例をみないほど多数の教育機関が立地しています。「東京大学」のおひざ元であるのはもちろん、

 

文京区内の教育機関

大学18  (国立4、私立14)
高校28  (国立2、都立3、私立23) 
中学校27 (国立3、区立10、私立14)
小学校24 (国立3、区立20、私立1)
幼稚園30 (国立3、区立11、私立16)
 

まず、幼稚園~小学~中学の段階から国立校が3校揃ってるのが凄い。あと、区内の国立大学、どこも偏差値70以上必要な、日本のベスト・オブ・ベストな難関大学揃い…そんな環境なので、文京区には頭がアカデミックに賢いお子様や親御様が大勢いらっしゃいます。

 

文京区の「お受験」は幼稚園から始まり、国立小学校の入学対策を3歳から始める方が相当数います。また区立小学校もブランド価値が定まっており、区内で特に人気の高い「窪町小学校」と「誠之小学校」では、学区内に住まないと入学が極めて困難なこともあり、学区内に立地する分譲マンション価格が他地域の1割増しだったりします。

いつの時代も、我が子により良い教学環境を与えたいのは切実な親心…文京区内は首都圏や地方の富裕層が、子供の誕生を期に「マンション買って教育移住」のメッカでもあります。

 

そんな凄い教育エリアに、私は子供時代、2~3年ほど住んでました。幼稚園年長から小学校2年生の途中まで過ごした住まいが、文京区小石川5丁目「ヒルサイドマンション」の2DK。各フロアは5世帯のみで、うち2世帯が九州からの「教育移住」組だったので、引っ越し早々たまげました。

ヒルサイドマンション、当時は築浅でしたが、現在は築43年で外観もくたびれてます。でも、さすがに人気の窪町小学校区、今でも40㎡程度が月額12~13万円くらいで余裕で賃貸がつきます。ここは不動産的にも特殊エリアですね。

https://sumai-matome.jp/articles-826

 

居住地の関係で、私の通った小学校は当然「窪町小学校」でした。いま振り返れば、東京でも有数のブランド小学校に行ってたと思うと、改めて感慨深いですね。

ただ、教育環境の良さを理解できるのは大人だけで、年端もいかない児童が、それを理解するのは難しい。幼かった私は、むしろ不満たらたらでした。我が家は千葉県の柏市から出てきたのですが、

 

・柏では外の空き地で思い切り遊べるのに、文京区では児童館で室内遊びしかできない。

・柏の家は広い庭があって犬や鶏も飼えるのに、文京区の家は狭くてペットも禁止。

・柏の小学校は広い校庭で運動会できるのに、窪町小学校は運動会できるスペースがなく、お茶大のグランド借りなきゃならない。

 

広いミネソタから都会なサンフランシスコに出てきて戸惑う、「インサイドヘッド」のライリーみたいだ・・

 

あと、文京区に住むには、「先立つもの」が必要。狭い2DKの家賃でも柏の2~3倍するんですから、当時サラリーマンだった父には大きな負担でした。

結局我が家は、お金が続きませんで…コツコツ貯めたお金も文京区で全部使い果たし、私が小学校2年の2学期に、一家揃って柏に文無しUターン。まさに都落ち。その後18歳までずっと柏で過ごしたので、この地が私の故郷になりました。

 

柏に戻った私は、広い校庭や路地裏で、男の子と女の子入り混じって真っ黒に日焼けするまでドッジボールをしたり、手賀沼や北柏のトンネルで爆竹投げて遊んだり、取手から分岐する関東鉄道常総線と自転車で競争したり、利根運河で段ボール滑りをしたり、秋には乾いた田んぼでイナゴ捕まえて甘露煮にして食ったり…そんな育ち方をしました。

教学環境も文京区と大違い。小中学校の先生はたいてい茨城県から通勤して来ていて、茨城弁丸出しの先生も少なからずいました。文京区で当たり前だった「男子がピアノ教室に通う」ことも柏では奇異の目でみられる、中学校になると校則が不必要に厳しくて、それでも先生の目をかいくぐってB体の学ラン買いに行ったりバイク改造したり…

 

柏で育っても、結果的にオーライでした。まず何より、文京区で育った同級生たちと、ほぼ同等の学歴を得られたわけで、結局どこで育っても、本人次第で何とでもなるのだと思います。

もし私が文京区に育っていたら、何が違っていたのか?

たぶん、学歴というよりは、「住まい選び」の点で大きく違っていただろうと思います。

 

18歳で柏を出た私は、まず東京の多摩地区と足立区の貸家を転々として、転勤で福岡と群馬に行った後、29歳で柏の駅前にマンションを買いました。

首都圏のなかで、柏より都心に近くて家賃が高い場所はいくらでもある(というか、そんな場所ばかり…)なので、どこに住んでも満足でした。そもそも「東京都」アドレスと、「03」の市外局番を持てただけで感動しましたし、地元のマンションも価格安いので、結局20代でマイホーム持ててしまいました。

 

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2013/5/8 の日記「都民になれた日」から引用

当時、若かった私は、「サー(Sir)の称号」ならぬ、「都民の称号」を得て、意気揚々としていました。余りの嬉しさに、

「引っ越しました!」という葉書きを、友達に送りまくったのです。

そこにはもちろん、住所と電話番号を書くわけですが、

郵便番号が「120」・・・生まれて初めて手にする、「1」ではじまるナンバーに、感動しまくり!

電話の市外局番が「栄光の03」・・・再度、じーんと感動、感涙♪

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もし私が、文京区に育っていたらどうだったか?東京広しといえども、自分の実家より良い場所はほとんどない。駆け出しサラリーマンの給料で、実家と同等の場所に下宿するのはまず不可能。千葉埼玉神奈川はもちろん、都内でも山手線の外側だと不便さや遠さを感じると思うので、

一体どこに住めばいいんだろうな?贅沢ではありますが、あまりにも良い場所に育ってしまうと、それはそれで、悩み多き人生になるのかもしれません。

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トライブ(部族)と学校教育

こんにちはManachanです。海外出張が多い身ですが、今日は久々に、日曜日、家族とのんびり過ごしています。今回は不動産を離れて、「育児、教育」ねたで書きますね。

 

私の意見では、人間社会は無数の「トライブ」(Tribe、部族)によって構成されています。ここでいうトライブとは、「同じ趣味嗜好、価値観を共有するグループ」という意味です。

そういえば、1980年代に、「杉山清貴&オメガトライブ」という人気バンドがありました。彼らも「トライブ」を、そのような意味で使っていました。

 

世の中、いろいろなトライブがありますよね。

 

・健康オタクトライブ

・儲け話大好きトライブ

・パンク&ロック大好きトライブ

・コンピューターゲーム大好きトライブ

・ママ友、噂話大好きトライブ  等々…

 

そこまでメジャーなトライブではないですが、私は「不動産大好きトライブ」に属する人間です。不動産話なら、夜を徹して語っても飽きない。不動産仲間同士なら、地域・国境を超えて仲良くなれる…というタイプ。

なお、一人の人間は複数のトライブに属すことができます。例えば「不動産大好きトライブ」かつ「健康オタクトライブ」な方も多数いらっしゃいます。

面白いことに、世の中的には結構近いと思われているトライブ同士が、実は縁遠くて犬猿の仲、というケースも多数あります。たとえば「株式投資大好き」なのに「不動産投資」には見向きもしない人は多いし、またその逆パターンもあります。音楽でも「インディーズ大好き」な人間が「メジャーなポップス大嫌い」だったり…この辺、理屈でない、好みの問題ですよね。

 

あるトライブに属する人間からみて、別のトライブの人間のやることが奇異に映ることもよくあります。特に、世間的にメジャーなトライブの間で、そういう傾向が強い。

たとえば、私たち「不動産投資」トライブは、世の中で少数派だと分かっているから、赤の他人に不動産話を期待することはありませんが、それより人数がずっと多い「健康オタク」のトライブにいると、世の中の誰もが「健康」には関心あると思いがちなので、

 

・なぜ、定期的に運動しないの?

・なぜ、食べ物に気を使わないの?

・なぜ、あなた肥満なのにダイエットしないの?

 

そんな懸念を、他のトライブの人間に対して、思わず口走ったりするわけですが、それが素直に受け入れられるかどうかは、人によりますね。たとえば、私はそういう健康の話題にぜ~んぜん興味がない人なので、いくら言っても効果ありません。第三世界の小汚い屋台フードを手当たり次第食って、1泊800円の小便臭い安宿に泊まるみたいな、健康志向の人が卒倒するような行動してますけど、私はそれで良いと思ってるし、別に根拠ないけど健康にやたら気を使う人より自分の方が長生きしそうな気がするし…

 

近年では、スマホやSNSの発達により、トライブの人間同士が、バーチャルにつながる機会が増えてきました。公園や駅や道端で、歩きスマホやってる人多いけど(私、思い切りやってます。すみません…)、彼らはポケモンGOやってるというよりは、LINEとかメールで同じトライブの友達と交流してたりするんですよね。

最近は子供の学校の保護者会とかでも、その場にいる人たちと交流するよりは、スマホ片手にカチャカチャやってる人も見かけますね(私もその一人です。失礼な奴ですみません…)。保護者同士で集まるとトライブ違いで話が合わないことも多いけど、LINEやFacebookでつながる人は同じトライブだから話してて楽しい…という面もありますよね。

 

まとめると、人間社会は、いろんなトライブに分かれて、タコツボみたいな構造になってると思います。同一トライブの人間同士なら自発的に密にコミュニケーション取りますが、別のトライブだと話が合うとは限らないので、お互い距離を置いて、必要以上に刺激し合わないようにする…そのバランスで社会の平和が成り立っています。

会社だって学校だって、いろんなトライブの人が集まる場なんですよね。結局、価値観合わない人間に自分を合わせなきゃならないから当然ストレスがある。そのストレスとうまく付き合うのが大人の宿命なわけです。

私は会社員だった頃は、相当、我慢していました。今は自営業主になって、比較的同じトライブの人間を周りに集めて仕事しているので、人間関係のストレスは大分少なくなりました。

 

ただ、それが年端もいかない子供だったらどうか?学校という、様々なトライブが集まって、一緒に共同作業をするような場に、6歳みたいな年齢で投げ込まれるわけです。その環境に適応できる子と、できない子が出るのは当然でしょうね。

うちの娘も、そして、私自身の子供時代も、学校への適応に苦労しました。両人とも発達障害(アスペルガー)の傾向があるし、アスペ自体が、一つのトライブだったりするから、クラスで似た者がいないと、あるいは、先生に理解がないと辛いんですよね。

娘の場合、2年ほど、不登校気味の状態が続きました。先月から「ブリッジスクール」という、不登校児童向けの教育施設に行かせていますが、ここにはちゃんと適応できたようで、毎日、嬉々として登校しています。

 

いま考えると、娘は同じトライブの人間を、ずっと探し求めていたのかもしれませんね。

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無邪気な正義とバランス感覚

こんにちは、Manachanです。ケアンズ(嫁の実家)滞在5日目になりました。今日も育児ねたでいきますね。

いま、娘ソフィアは小学5年生ですが、かつて、私がその年齢だった頃の日本は、公害問題が深刻でした。毎年、光化学スモッグの警報や注意報が必ず出る、東京タワーから見下ろす街がスモッグに煙る、海や川の汚染はひどく、「田子の浦のヘドロ」とか「瀬戸内海のアオコ」などが、全国ニュースで報道された頃でした。

(あの頃に比べれば、空気も水質も、本当にましになったなあと、感慨深いです…)

 

でもって、当時の教科書や副読本には、公害病で苦しむ人たちや、彼らが国や企業を相手取った裁判のことが、時々紹介されました。それを見た、小学5年生の私の脳裏には、「企業と国=悪者」、「被害者=善人」という単純な図式、「無邪気な正義感」が刷り込まれていました

 

「企業や国はなんで、公害で苦しんでいる人と、裁判で争うんだろう?」

「国は大きくてお金たくさんあるんだから、治療費や生活費を出してあげればいいのに?」

(そんな私でも、大人になると、そんな単純な図式では考えられなくなってくるんですけどね・・・)

 

ソフィアの話に戻りますと…先月、アメリカ各地で、白人警官が黒人市民を射殺した事件が相次ぎ、抗議のデモが相次ぐなど、社会問題になりました(ルイジアナ州の事件ミネソタ州の事件)。

あのニュースを聞いたソフィアが私に、こう言いました。

 

「ねえ、パパ。白人と黒人だったら、どっちを応援する?」

「どっちを応援する、難しいなあ…我々は白人でも黒人でもない、黄色だしなあ。」

「私なら、黒人を応援する。だって可哀想なんだもん。」

 

肌の色というのは、子供にとって理解しやすいらしい。そういえば以前、こんな話もありました。

 

「中国人と日本人が、どうしてケンカするの?どっちも黄色じゃん?」

 

ディズニーの漫画「ポカホンタス」で、アメリカインディアン(我々と肌の色がほぼ同じ)が白人入植者に土地をどんどん奪われていくのも、ものすごい可哀想がってましたね。こういう「無邪気な正義感」って、人間の心のなかで大事な要素だと思います。

 

先ほどの会話に戻ります。

 

「白人って皆、悪いやつらなの?」

「そんなこともないんじゃない。だって、ソフィアが好きなアンクル・ジョンだって白人でしょ?いい奴もいっぱいいるんじゃない?」

「そうなのか・・」

 

と、考え込みます。親の立場からみると、ソフィアのこうした迷いや逡巡が、とても大事だと感じます。

 

すでに、ソフィアには、いろんな人種・民族の仲間、友人知己がいる。

「白人が悪い」、「アメリカ人が悪い」等と言い切る前に、個人レベルに落としこんで考えられる。

 

日本にもいますよね。近隣諸国の人たちに「特亜」(特定アジア=韓国、北朝鮮、中国)みたいなレッテル貼りをして貶めたり、「特亜(反日国家群)vs日本」みたいな図式で考えたがる人って。

ああいう人には、韓国人や中国人の友達のひとりもいないのかな?と不思議に思います。

 

所属国という「属性」はあるにせよ、個人レベルに落とし込めば、いろんな人がいる。もちろん良い人も多いはず。そのレベルでフラットにみれば、「○○国人」と一言では割り切れない多様性があるはず。

相模原の殺傷事件で、尊い犠牲になった19名の方々も、犯人のいう「障害者」というレッテル貼りでは割り切れない、それぞれの個性と生活があったはずなのです。

「特亜」とか「障害者」みたいなネガティブなレッテル貼りをする考え方、気味悪いです。英語では”Us and Them mentality”といいますが、そんな切り方で「Us」に分類されても、私は全然嬉しくない。「こんなアホな図式はお前らの脳内だけで完結してくれよ」と言いたくなる。

 

人間社会を「集団」(所属国、民族、人種、宗教等)でとらえるだけでなく、個人レベルまで落とし込んで考えられる、そういう「バランス感覚」を持つのは大事だと思います。

そのためにも、子供たちにはいろんな体験をさせて、世界中にお友達をつくっていきたいと思っています。

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「話せるだけ」じゃ困ります~多言語教育はつらいよ

こんばんはManachanです。

数日前から、家族とともにオーストラリア・ケアンズに滞在しています。仕事はほどほどに、日がな一日、子供たちと過ごしているので、ブログも自然、「育児」ねたが多くなる今日この頃です。

今回の日記は前回(言語技術者のぼやき)に引き続き、「多言語教育」に関して考察してみたいと思います。

 

ソフィアちゃんやポニー君は、子供の頃から、英語や中国語ができて羨ましいわねえ」と、周囲の人からよく言われます。確かに、普段の家庭生活で三か国語(日、英、中)が入り乱れる環境で過ごせるのは、日本でもオーストラリアでも、得難いことだと思います。また子供の言語習得能力は高いですから、話し言葉に関しては「日本語と英語が両方ネイティブ」の上に、「中国語も聞いて分かる」状態が実現できています。

でも、実際に子育てしている親の立場からいうと、「話し言葉なんて、大したことないよ」、「本当に大変なのは学校の勉強」と言わざるを得ない…

 

それを、Spoken Language(話し言葉)とAcademic Language(学習言語)という、二つのキーワードを使って説明してみましょう。

子供に多言語教育させたい親は多いと思いますが、真の意味でマルチリンガルにするには、Spoken LanguageとAcademic Languageの両方を習得させなければなりません。特にAcademic Languageはものすごく大事で、これが中途半端になってしまうと、大人になった時、「○○人(日本語人?英語人?)として普通の社会生活」ができなくなり、就職や進学にも支障を来たしてしまいます。

世の中、「英語と日本語を流暢に話すことができれば日英バイリンガル」だとみられることがあります。でもこれは、Spoken Languageが上手にできるだけの話にすぎません。そんな人でも、漢字の読み書きがからきしダメとか、英文エッセイを書いてもスペリングや構文が滅茶苦茶だったり、私はそんなケースを結構見聞きしてきました。つまり、Academic Languageの習得に失敗しているわけです。こういう人は、日本でも英語圏でも就職に苦労します。

 

私の実感からいうと、

・多言語教育のなかで、Academic Languageの習得は、全体の9割以上の労力を要する。
・話し言葉で数か国語を操る子供でさえも、Academic Languageは一つしか持つことができない。
・大体、小学校5年生くらいまでに、Academic Languageを決めなければならない。

 

東京都内に住む、うちの子供たちは、普段は「区立の小学校」で日本語の教育を受け、土曜日だけ「英語の補習校」に通っています。つまり、Academic Languageを「日本語メイン、英語サブ」にしています。

上の子(ソフィア)は小学5年生ですが、この歳になると、「英語の補習校」をやめる子がたくさん出てきます。その理由は、「インターナショナルスクール」で英語の教育を受けるから…Academic Languageを英語と決めた場合、日本では小学校5年位までに始めないと間に合わないと、多くの親が判断しているのです。

 

そういう子供たちは、日本の小学校にも行かなくなりますし、数学、理科、社会、音楽、図工など各教科を、英語でこなすことになります。目指すのはもちろん、英語圏での進学。もちろん、日本に住んでいるのでSpoken Languageとしての日本語は維持できますが、Academic Languageとしての日本語能力は、漢字の読み書き含めて、とりあえず小4で止まってしまいます。

そういう子たちが、Academic Languageを含めて、真の日英バイリンガルになるには、まず英語で高等教育を受け、抽象的な概念や思考を学べるようになってから、日本語を学び直すしかありません。もちろん、小4まで日本で教育を受けている分、全くの初学者よりは断然有利ですが…英語圏にいて、漢字のたくさんある日本語を学び直すことが決して簡単ではないことは容易に想像がつきます。

 

我が家に関しては、ソフィア(小5)のAcademic Languageを日本語にすることを決めました。今後当面、東京に住むわけだから、日本語の教育の方が断然やりやすくて低コストだし、また我が家には「中国語」という言語要素もありますので、漢字を多く含む日本語で教育した方が、将来、中国語へ横展開するにも有利だと考えています。

ただ、この子は日本語にしろ英語にしろ、学校という組織に合わない性分。不登校問題も起こすので、親としては苦労が絶えません…

一方、ポニー(小2)に関しては、Academic Languageを英語にする目もまだ残っています。この子はお姉ちゃんに比べて学校や勉強への適性が高く、日本語も英語も成績はまずまず。どちらを選ぶか、今後、2~3年かけてじっくり考えます。

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ポケモンGo苦手でして…

こんばんは、Manachanです。今朝、オーストラリア・ケアンズにある妻の実家に着きました。ここを拠点に、これから3週間以上、オーストラリアに滞在します。

今回のテーマは、今や世界的ブームとなっているお化けゲーム「ポケモンGo」。ここオーストラリアでも大人気。公園や街の目抜き通りで、スマホ片手にウロウロする人たちが目立つ今日この頃です。

 

今日の新聞では、ブリスベン某所でポケモンGoに興じる若い女性のインタビュー記事が載っていました。「知らない人とも、ポケモンGoという共通の話題で仲良くなれる、こんなゲーム初めて!」と答えていました。

彼女の一言こそ、世界中の人々がポケモンGoに夢中になる理由を端的に表しているのでしょう。ポケモンという仮想生物を通じて、公園や街に出て、リアルな人とのつながりをつくることができる…言語や文化の垣根を超えて、何千万人(何億人?)を一気に虜にした力は、そこにあったのでしょうね。

 

うちの子供たちも、オーストラリアに来ると早速ポケモンGoをダウンロードして、日々、ケアンズの街で遊んでいます。「レベル11」だそうです。

私も数日前、日本でダウンロードして、柏の街で遊んでみました。でも、私の性格には合わないようで、少しだけ遊んでやめました。

何というのか、画面に出てくるポケモンに自分の行先を決められるのが嫌なんですよね。私はいつも、行動の目的意識がはっきりしていて、目的地まで一直線に向かっていく性格。寄り道もしない…だから、ポケモンGoに興じる時間がもったいなく感じてしまうんです。

でも、嗜好や性格は人それぞれですから、ポケモンGoが楽しいと思う人が大勢いて当然だと思います。某漫画家みたいに「侮蔑」したりはしません。

 

ポケモン自体は、昔から好きですよ。数年前から子供たちのポケモンバトルゲームに付き合わされてきたし、家族で映画みにいく時もポケモンが多い。モンスターの名前、タイプ・属性、必殺技、トレーナーの名前…結構詳しいです。

pokemon

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PTA役員決め地獄

こんばんは、Manachanです。

今はGW連休真っ只中ですが、子供たちの行ってる区立の小学校は普通に登校日、午後には先生方との個人面談があり、息子(2年生)、娘(5年生)、ダブルで出てきました。というわけで、今回は久々の育児ねたで・・。

 

この分野で、最近ホットなねたといえば、タレント菊池桃子さんの「1億総活躍国民会議」での発言ですかね。

PTA活動、もともと任意活動であった。しかし、なぜか、すべての者が参加するような雰囲気作りがなされていると。その中で、なかなか働くお母さんたちにとっては、PTA活動っていうものが難しいと。

この発言に対して、世のお母さん方の間から、「よくぞ言った!」と、称賛の声が上がっているようです。私も、非常に良い問題提起だと思います。

 

うちの子供たちの通う小学校では、始業式が終わって、クラスが落ち着いてきた4月の中旬あたり、「保護者会」なるミーティングがあります。メインの議題はもちろん、「PTAの役員決め」。ここの小学校では、各クラスから

・学級部 2名
・校外活動部 2名
・校外安全部 2名
・広報部 2名
――――――――――――
合計  8名

を選出します。そして、「1人の児童につき、1学年~6学年の間、最低一度は、PTA役員をやる」のが、事実上の決まり(義務)になっています。1学年ごとに役員8名、それが6学年ありますから、誰しも卒業までに必ず一度は、「順番」が回ってくる計算になります。こういう小学校、きっと、日本全国にありますよね

 

この役員決め、スムーズに行く場合と、そうでない場合がありますが、間違いなく言えるのは、皆さんの「やりたくないオーラ」をビンビン感じること。

保護者会は、平日の昼過ぎに行われますので、参加するのは、90%以上、母親なんですが、今どきのお母さん、専業主婦は少なくて、たいてい、外で働いています。そんななかでPTAをやると、有給を取ったり、時間の都合つけなきゃならないので、それなりに負担になる。

負担は仕方ないので、皆さん、「比較的マシな役」をやりたがります。たとえば、2~4学年で役員やると比較的ラクですが、5年、6年になると卒業対策などでかなり作業量、拘束時間が増えるので、「2~4年のうちに役員やってしまおう」と考える方が多い。かくいう私も、娘の親として「比較的ラクな3年生で学級部」をやりました。

 

妻も、日本語がやや不自由ながら、時には保護者会に出ます。終わった後、いつも私に言います。「PTAってボランティアなんだから、やりたい人がやればいいんじゃないの?」、「みんなやりたくないのに、なぜPTA続けてるの?

確かに妻の言うことは分かります。正論ですね。今の世の中、専業主婦が少数派なのに、未だに専業主婦を前提としたPTA活動が行われている、そろそろ見直した方が良い…その意味で、菊池桃子さんの問題提起ともつながってきます。

 

 

ただ、「PTAの役職や業務内容を見直すなら見直すで、その仕事も、結構大変なんだろうなあ」と思います。

PTAの仕事が、今後も、なくなることはないでしょう。先生方は忙しいし、登下校の見守りや、学校行事、地域ぐるみの行事など、親の参加が必要な仕事は、必ずあります。

学校行事が多すぎて親や教師の負担が大きい場合は、見直しも必要でしょうが、その多くは子供たちの教育と結びついた活動であるため、廃止するにもそう簡単ではありません。

 

また、教室では子供たちに「係」や「委員会」をやらせている建前上、親にとっての「係」であるPTAを真面目にやらないわけにはいけないという事情もありますね。

ですので、現実的に考えれば、PTAの既存の枠組を維持しつつ、「働くお母さんにとって参加しやすいかたちに運用を変えていく」ことが、いま求められているのだと思います。

 

ところで、私、個人的には、「業務見直し、最適化」が得意です。サラリーマン時代、そういう仕事を、長年やってましたので…

もし私が、フルタイムで、PTAに関わる立場だったなら、業務内容を徹底的に見直し、必要なもの、すぐ廃止すべきもの、段階的に廃止すべきものに分けて、LINEなどITツールも活用しつつ、2年後には、いま8人でやってる仕事を2~3人で無理なくこなせるように、改善できる自信はあります

でも、そういう民間企業のセンスで行う業務整理が、子供や親、学校、地域社会を含めた、皆さんのための最適解でないことは分かってますし、また、PTA自体、私が情熱と時間をかける対象ではないので、

現実的に考えて、PTAに最低限参加しつつ、テキトーに流すことにします。

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5年生になるのが楽しみ

こんばんは、Manachanです。この春休み、うちの子供たちはマレーシアで過ごし、すっかりリフレッシュして、明日(4月6日)から、新学年になります。

これから小学校の新5年生になる娘ソフィアも、明日は元気に登校班で行くことでしょう。親として、感無量です。この子の場合、日本の学校に慣れず、数年にわたる紆余曲折がありましたので…

 

ソフィアは、5~6歳の時期をオーストラリアで過ごし、日本の幼稚園年長にあたるPrepと、小学1年生にあたるGrade 1は、現地の学校に行っていました。それから日本に帰国し、1年生の3学期で合流しました。

オーストラリアから、日本へ。劇的に環境が変わります。言語環境も英語100%から日本語100%に変わりますし、それ以上に、学校生活のスタイル自体が全然違います。

 

オーストラリアの小学校では、机や椅子などを使わず、子供たちが先生の周りを取り囲むように座って授業を受けたものです。1クラス20人ちょっとなので、先生が子供一人ひとりに気を配れるような環境でした。また、宿題などはなく、教科書ノートは教室に置きっぱなしでした。

それが日本の学校に来ると、子供たち全員が、机や椅子を先生の方に向けて、姿勢を正して授業を聞く。そして、皆が一斉に同じことをやる。宿題は毎日出て、教科書ノートはランドセルに入れて持ち運ぶ毎日…

 

どちらが良いとか悪いとか、そういう価値判断は抜きにして、余りの環境変化に、幼いソフィアは戸惑い、なかなか適応できずにずっと苦しんだのです。

2年生の時は、とにかく、宿題拒否。時には3時間、私たち親が、あの手この手で宿題やらせようとしても、頑としてやらない。そして3年生の12月、ついに、不登校になり、時には1週間、ずっと学校に行けない日々が続きました…最悪な頃に書いた日記がこれです。

不登校パパ奮闘記(2015/1/28)

 

それから後が、長かったです。ソフィアは、どちらかといえばパパっ子なので、私が毎日、2時間目か3時間目に、ソフィアの気分が乗った頃に学校に連れていく。それから仕事に行く…

サラリーマンしてたら、こんなことできませんが、幸い、当時の私はすでに気楽な一人社長になっていたので、時間の融通はききます。その代わり、午前11時より前の商談やアポイントメントは一切入れられないし、物件確認や役所調査も11時以前は無理という、仕事的には制約の多い日々でした。

 

4年生になると、ソフィアの状態も少しはマシになってきましたが、まだまだ不登校は続きます。

不登校と心理エネルギー(2015/4/13)

 

不登校で勉強が遅れるソフィアの将来を心配する妻と、どちらかといえば楽観する私。教育上で意見が合わないことも多々ありました。当時は夫婦仲も、極めて不安定でしたね。娘の不登校でストレス溜まりますからねえ。

変なパパ、娘は天才(2015/5/8) 

 

でも、ソフィアにとって幸いだったのが、担任の先生に恵まれたことです。3年と4年を担任してくれた男性教師は、ソフィアの良き理解者で、陰に陽に、サポートしてくれました。私もこの日記に書きましたが、

アスぺ父より、娘に贈る言葉(2015/1/10)

「世の中、いろんな人がいる。君の良さが分からない人、悪いことばかり目につく人は大勢いる。でも、分かってくれる人は必ずいるんだ。〇〇先生もその一人だよ。」

「〇〇先生のような人は、大事にするんだぞ。」

 

また、4年のクラスに、仲の良い女の子の友達が5人ほどいたのも幸いしました。毎日、1時間目から学校に行けるわけではないけれど、下校時には一緒に遊んだりして…徐々に、学校が楽しい場所に変わってきたようです。10月からは、週一回、区の通級指導教室に通うようになり、そこの先生も良き理解者になってくれました。

そして、12月も終わりに近いある日のこと、

ソフィアが、自分から、登校班で行くようになった!!

 

その日から、ソフィアは3か月の間、登校班の皆勤賞。一時間目から問題なく登校できるようになりました。そして、宿題も自発的にやるようになり、とにかく、親も先生もびっくりするほどの成長を遂げています。2月3月頃には、先生方と話すなかで、こんな言葉が出るようになりました。

ソフィアちゃん、5年生になるのが、楽しみですね。

 

そう、「次の学年に進むのが、楽しみ」・・・この言葉が自然に出るようになる日のために、私も妻も、これまで、辛抱強く頑張ってきたのです。

そしてこの子は、親の予想や期待を超えるスピードで、しっかり、着実に成長しています。これまで何年間も、暖かく見守ってくれた先生方や、近所の皆様にはもう感謝の言葉しかありません。

 

ここは日本の東京、江東区東陽町という場所。子供を育てる環境として、ベストなのかどうか、いろんな意見があることでしょう。ただ、どんな環境であれ、周囲の大人や地域の教育力を信じ、自分を信じ、そして何より我が子の成長を信じて、試行錯誤しながら、前に歩み続けていくこと…それは、「孟母三遷」するより、もっと大事で尊いことだと思います。

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日本人になるために…

こんにちは、Manachanです。今回は不動産を離れ、「育児」ねたでいきますね。

日本で子育てしていると、冬場はインフルや風邪の流行があるので、なかなか大変です。先週は娘ソフィア(小学4年)のクラスが二日間学級閉鎖になり、一息ついたと思ったら今週は息子ポニー(小学1年)のクラスが学級閉鎖に。

子供たちは、「家でゆっくりゲームできる!」と喜んでいますが、親としては複雑な心境でして…

 

我が家は国際結婚。私が日本生まれ、母は台湾生まれのオーストラリア育ち。ソフィアとポニーは、生まれながらにして、日・英・中の三か国語が飛び交う環境で暮らすことを運命づけられました。

(私の顔が福山になっているのはご愛嬌ということで…)

toyocho

 

毎年、夏休みの1か月余りは、オーストラリア・ケアンズにある妻の実家で過ごしますが、そこではさらに複雑な言語環境があります。そのなかで、小さなソフィアとポニーは、複数の言語を、相手に応じて使い分けながら育ってきました。

cairns

 

「我が子には、英語、中国語を学ばせて、国際人に育てたい」と思う日本人の親からみれば、もう、羨ましくて仕方ない環境かもしれません。確かに言語スキルの面では、英語、中国語、日本語…世界的にもメジャーな3言語に、日常的に触れられるという意味で間違いなく恵まれているでしょう。ですが、こういう家庭にありがちな、厄介な問題もあるのです。

ソフィアは以前、「自分が何国人なのか、よく分からない」と言ってた時期がありました。「どうして私はフツーの日本人の名前じゃないの?」、「ソフィア亜州香なんて、”明治神宮前原宿”みたいな名前やだ!」と。

今では、「自分は日本人であり、かつ英語人」だと言うようになりましたが(「オーストラリア人」とは言わずに、英語ネイティブスピーカーという意味で「英語人」と言ってるようです・・)、

彼女の心、そしてもっと若い弟ポニーの心に、確固とした母国「日本」ができるまでには、あと数年を要しそうな気がしています。

 

私の場合、子供たちとは違い、日本人というアイデンティティを、寸分も疑うことのない環境で育ちました。両親とも日本人だし、東京近郊ベッドタウンという土地柄、(今と違って)外国人らしき人もほぼ見かけない。ご近所さん、学校の先生…周りが日本人ばかりで、使う言葉も日本語だけ。19歳になるまで出国したことがなかったし。

自分が日本人であること、周りの人たちからも、日本人として認められていること…それは私にとって、空気のように自明なことでした。

 

良い悪いは別として、いま、ソフィアやポニーは、私の子供時代とは著しく違う環境で育っています。両人とも日本語名、英語名、中国語名、3つの名前があります。「君のルーツは複数あるんだよ」、「日本人であり、同時にオーストラリア人でもあり、中国人でもあり…それでいいんだよ」といっても、まだ小さな子供がそれを理解するのは難しい。

ソフィアの場合、本人が意識しているのかどうか知りませんが、いま一生懸命、「日本人になろうとしている」健気な努力を感じます。周りの日本人の子供たちと一緒に、妖怪ウォッチのゲームで遊ぶ、コロコロコミックを読む、宿題を見せあう、学校で日直をやる、いろんな係や当番をやる、運動会や学芸会のリハーサルをする・・・

日本の学校なので、そりゃ、かったるい面も多々ありますけど…でも、そういう一日一日の地味な積み重ねが、彼女の心のなかに、「母国・日本」、「自分は日本人」というアイデンティティをつくるような気がするのです。

ソフィアやポニーにとって、名実ともに日本人になるための条件は、たぶん「周りの人に、日本人として認められること」、「日本人として、いろんな役割を求められ、それを一つ一つ、果たしていくこと」でしょう。ナショナルアイデンティティの確立、それは根源的な人間存在に関わることであり、言語スキルなどよりはるかに大事だと思います。

今、子供たちはフツーの区立の学校に通っています。教学環境としてベストなのかどうかは評価が分かれますが、「普通に、日本人になる」には最適な環境だと思います。ここで過ごす一日、一日が大切ですね。

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