育児

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トライブ(部族)と学校教育

こんにちはManachanです。海外出張が多い身ですが、今日は久々に、日曜日、家族とのんびり過ごしています。今回は不動産を離れて、「育児、教育」ねたで書きますね。

 

私の意見では、人間社会は無数の「トライブ」(Tribe、部族)によって構成されています。ここでいうトライブとは、「同じ趣味嗜好、価値観を共有するグループ」という意味です。

そういえば、1980年代に、「杉山清貴&オメガトライブ」という人気バンドがありました。彼らも「トライブ」を、そのような意味で使っていました。

 

世の中、いろいろなトライブがありますよね。

 

・健康オタクトライブ

・儲け話大好きトライブ

・パンク&ロック大好きトライブ

・コンピューターゲーム大好きトライブ

・ママ友、噂話大好きトライブ  等々…

 

そこまでメジャーなトライブではないですが、私は「不動産大好きトライブ」に属する人間です。不動産話なら、夜を徹して語っても飽きない。不動産仲間同士なら、地域・国境を超えて仲良くなれる…というタイプ。

なお、一人の人間は複数のトライブに属すことができます。例えば「不動産大好きトライブ」かつ「健康オタクトライブ」な方も多数いらっしゃいます。

面白いことに、世の中的には結構近いと思われているトライブ同士が、実は縁遠くて犬猿の仲、というケースも多数あります。たとえば「株式投資大好き」なのに「不動産投資」には見向きもしない人は多いし、またその逆パターンもあります。音楽でも「インディーズ大好き」な人間が「メジャーなポップス大嫌い」だったり…この辺、理屈でない、好みの問題ですよね。

 

あるトライブに属する人間からみて、別のトライブの人間のやることが奇異に映ることもよくあります。特に、世間的にメジャーなトライブの間で、そういう傾向が強い。

たとえば、私たち「不動産投資」トライブは、世の中で少数派だと分かっているから、赤の他人に不動産話を期待することはありませんが、それより人数がずっと多い「健康オタク」のトライブにいると、世の中の誰もが「健康」には関心あると思いがちなので、

 

・なぜ、定期的に運動しないの?

・なぜ、食べ物に気を使わないの?

・なぜ、あなた肥満なのにダイエットしないの?

 

そんな懸念を、他のトライブの人間に対して、思わず口走ったりするわけですが、それが素直に受け入れられるかどうかは、人によりますね。たとえば、私はそういう健康の話題にぜ~んぜん興味がない人なので、いくら言っても効果ありません。第三世界の小汚い屋台フードを手当たり次第食って、1泊800円の小便臭い安宿に泊まるみたいな、健康志向の人が卒倒するような行動してますけど、私はそれで良いと思ってるし、別に根拠ないけど健康にやたら気を使う人より自分の方が長生きしそうな気がするし…

 

近年では、スマホやSNSの発達により、トライブの人間同士が、バーチャルにつながる機会が増えてきました。公園や駅や道端で、歩きスマホやってる人多いけど(私、思い切りやってます。すみません…)、彼らはポケモンGOやってるというよりは、LINEとかメールで同じトライブの友達と交流してたりするんですよね。

最近は子供の学校の保護者会とかでも、その場にいる人たちと交流するよりは、スマホ片手にカチャカチャやってる人も見かけますね(私もその一人です。失礼な奴ですみません…)。保護者同士で集まるとトライブ違いで話が合わないことも多いけど、LINEやFacebookでつながる人は同じトライブだから話してて楽しい…という面もありますよね。

 

まとめると、人間社会は、いろんなトライブに分かれて、タコツボみたいな構造になってると思います。同一トライブの人間同士なら自発的に密にコミュニケーション取りますが、別のトライブだと話が合うとは限らないので、お互い距離を置いて、必要以上に刺激し合わないようにする…そのバランスで社会の平和が成り立っています。

会社だって学校だって、いろんなトライブの人が集まる場なんですよね。結局、価値観合わない人間に自分を合わせなきゃならないから当然ストレスがある。そのストレスとうまく付き合うのが大人の宿命なわけです。

私は会社員だった頃は、相当、我慢していました。今は自営業主になって、比較的同じトライブの人間を周りに集めて仕事しているので、人間関係のストレスは大分少なくなりました。

 

ただ、それが年端もいかない子供だったらどうか?学校という、様々なトライブが集まって、一緒に共同作業をするような場に、6歳みたいな年齢で投げ込まれるわけです。その環境に適応できる子と、できない子が出るのは当然でしょうね。

うちの娘も、そして、私自身の子供時代も、学校への適応に苦労しました。両人とも発達障害(アスペルガー)の傾向があるし、アスペ自体が、一つのトライブだったりするから、クラスで似た者がいないと、あるいは、先生に理解がないと辛いんですよね。

娘の場合、2年ほど、不登校気味の状態が続きました。先月から「ブリッジスクール」という、不登校児童向けの教育施設に行かせていますが、ここにはちゃんと適応できたようで、毎日、嬉々として登校しています。

 

いま考えると、娘は同じトライブの人間を、ずっと探し求めていたのかもしれませんね。

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無邪気な正義とバランス感覚

こんにちは、Manachanです。ケアンズ(嫁の実家)滞在5日目になりました。今日も育児ねたでいきますね。

いま、娘ソフィアは小学5年生ですが、かつて、私がその年齢だった頃の日本は、公害問題が深刻でした。毎年、光化学スモッグの警報や注意報が必ず出る、東京タワーから見下ろす街がスモッグに煙る、海や川の汚染はひどく、「田子の浦のヘドロ」とか「瀬戸内海のアオコ」などが、全国ニュースで報道された頃でした。

(あの頃に比べれば、空気も水質も、本当にましになったなあと、感慨深いです…)

 

でもって、当時の教科書や副読本には、公害病で苦しむ人たちや、彼らが国や企業を相手取った裁判のことが、時々紹介されました。それを見た、小学5年生の私の脳裏には、「企業と国=悪者」、「被害者=善人」という単純な図式、「無邪気な正義感」が刷り込まれていました

 

「企業や国はなんで、公害で苦しんでいる人と、裁判で争うんだろう?」

「国は大きくてお金たくさんあるんだから、治療費や生活費を出してあげればいいのに?」

(そんな私でも、大人になると、そんな単純な図式では考えられなくなってくるんですけどね・・・)

 

ソフィアの話に戻りますと…先月、アメリカ各地で、白人警官が黒人市民を射殺した事件が相次ぎ、抗議のデモが相次ぐなど、社会問題になりました(ルイジアナ州の事件ミネソタ州の事件)。

あのニュースを聞いたソフィアが私に、こう言いました。

 

「ねえ、パパ。白人と黒人だったら、どっちを応援する?」

「どっちを応援する、難しいなあ…我々は白人でも黒人でもない、黄色だしなあ。」

「私なら、黒人を応援する。だって可哀想なんだもん。」

 

肌の色というのは、子供にとって理解しやすいらしい。そういえば以前、こんな話もありました。

 

「中国人と日本人が、どうしてケンカするの?どっちも黄色じゃん?」

 

ディズニーの漫画「ポカホンタス」で、アメリカインディアン(我々と肌の色がほぼ同じ)が白人入植者に土地をどんどん奪われていくのも、ものすごい可哀想がってましたね。こういう「無邪気な正義感」って、人間の心のなかで大事な要素だと思います。

 

先ほどの会話に戻ります。

 

「白人って皆、悪いやつらなの?」

「そんなこともないんじゃない。だって、ソフィアが好きなアンクル・ジョンだって白人でしょ?いい奴もいっぱいいるんじゃない?」

「そうなのか・・」

 

と、考え込みます。親の立場からみると、ソフィアのこうした迷いや逡巡が、とても大事だと感じます。

 

すでに、ソフィアには、いろんな人種・民族の仲間、友人知己がいる。

「白人が悪い」、「アメリカ人が悪い」等と言い切る前に、個人レベルに落としこんで考えられる。

 

日本にもいますよね。近隣諸国の人たちに「特亜」(特定アジア=韓国、北朝鮮、中国)みたいなレッテル貼りをして貶めたり、「特亜(反日国家群)vs日本」みたいな図式で考えたがる人って。

ああいう人には、韓国人や中国人の友達のひとりもいないのかな?と不思議に思います。

 

所属国という「属性」はあるにせよ、個人レベルに落とし込めば、いろんな人がいる。もちろん良い人も多いはず。そのレベルでフラットにみれば、「○○国人」と一言では割り切れない多様性があるはず。

相模原の殺傷事件で、尊い犠牲になった19名の方々も、犯人のいう「障害者」というレッテル貼りでは割り切れない、それぞれの個性と生活があったはずなのです。

「特亜」とか「障害者」みたいなネガティブなレッテル貼りをする考え方、気味悪いです。英語では”Us and Them mentality”といいますが、そんな切り方で「Us」に分類されても、私は全然嬉しくない。「こんなアホな図式はお前らの脳内だけで完結してくれよ」と言いたくなる。

 

人間社会を「集団」(所属国、民族、人種、宗教等)でとらえるだけでなく、個人レベルまで落とし込んで考えられる、そういう「バランス感覚」を持つのは大事だと思います。

そのためにも、子供たちにはいろんな体験をさせて、世界中にお友達をつくっていきたいと思っています。

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「話せるだけ」じゃ困ります~多言語教育はつらいよ

こんばんはManachanです。

数日前から、家族とともにオーストラリア・ケアンズに滞在しています。仕事はほどほどに、日がな一日、子供たちと過ごしているので、ブログも自然、「育児」ねたが多くなる今日この頃です。

今回の日記は前回(言語技術者のぼやき)に引き続き、「多言語教育」に関して考察してみたいと思います。

 

ソフィアちゃんやポニー君は、子供の頃から、英語や中国語ができて羨ましいわねえ」と、周囲の人からよく言われます。確かに、普段の家庭生活で三か国語(日、英、中)が入り乱れる環境で過ごせるのは、日本でもオーストラリアでも、得難いことだと思います。また子供の言語習得能力は高いですから、話し言葉に関しては「日本語と英語が両方ネイティブ」の上に、「中国語も聞いて分かる」状態が実現できています。

でも、実際に子育てしている親の立場からいうと、「話し言葉なんて、大したことないよ」、「本当に大変なのは学校の勉強」と言わざるを得ない…

 

それを、Spoken Language(話し言葉)とAcademic Language(学習言語)という、二つのキーワードを使って説明してみましょう。

子供に多言語教育させたい親は多いと思いますが、真の意味でマルチリンガルにするには、Spoken LanguageとAcademic Languageの両方を習得させなければなりません。特にAcademic Languageはものすごく大事で、これが中途半端になってしまうと、大人になった時、「○○人(日本語人?英語人?)として普通の社会生活」ができなくなり、就職や進学にも支障を来たしてしまいます。

世の中、「英語と日本語を流暢に話すことができれば日英バイリンガル」だとみられることがあります。でもこれは、Spoken Languageが上手にできるだけの話にすぎません。そんな人でも、漢字の読み書きがからきしダメとか、英文エッセイを書いてもスペリングや構文が滅茶苦茶だったり、私はそんなケースを結構見聞きしてきました。つまり、Academic Languageの習得に失敗しているわけです。こういう人は、日本でも英語圏でも就職に苦労します。

 

私の実感からいうと、

・多言語教育のなかで、Academic Languageの習得は、全体の9割以上の労力を要する。
・話し言葉で数か国語を操る子供でさえも、Academic Languageは一つしか持つことができない。
・大体、小学校5年生くらいまでに、Academic Languageを決めなければならない。

 

東京都内に住む、うちの子供たちは、普段は「区立の小学校」で日本語の教育を受け、土曜日だけ「英語の補習校」に通っています。つまり、Academic Languageを「日本語メイン、英語サブ」にしています。

上の子(ソフィア)は小学5年生ですが、この歳になると、「英語の補習校」をやめる子がたくさん出てきます。その理由は、「インターナショナルスクール」で英語の教育を受けるから…Academic Languageを英語と決めた場合、日本では小学校5年位までに始めないと間に合わないと、多くの親が判断しているのです。

 

そういう子供たちは、日本の小学校にも行かなくなりますし、数学、理科、社会、音楽、図工など各教科を、英語でこなすことになります。目指すのはもちろん、英語圏での進学。もちろん、日本に住んでいるのでSpoken Languageとしての日本語は維持できますが、Academic Languageとしての日本語能力は、漢字の読み書き含めて、とりあえず小4で止まってしまいます。

そういう子たちが、Academic Languageを含めて、真の日英バイリンガルになるには、まず英語で高等教育を受け、抽象的な概念や思考を学べるようになってから、日本語を学び直すしかありません。もちろん、小4まで日本で教育を受けている分、全くの初学者よりは断然有利ですが…英語圏にいて、漢字のたくさんある日本語を学び直すことが決して簡単ではないことは容易に想像がつきます。

 

我が家に関しては、ソフィア(小5)のAcademic Languageを日本語にすることを決めました。今後当面、東京に住むわけだから、日本語の教育の方が断然やりやすくて低コストだし、また我が家には「中国語」という言語要素もありますので、漢字を多く含む日本語で教育した方が、将来、中国語へ横展開するにも有利だと考えています。

ただ、この子は日本語にしろ英語にしろ、学校という組織に合わない性分。不登校問題も起こすので、親としては苦労が絶えません…

一方、ポニー(小2)に関しては、Academic Languageを英語にする目もまだ残っています。この子はお姉ちゃんに比べて学校や勉強への適性が高く、日本語も英語も成績はまずまず。どちらを選ぶか、今後、2~3年かけてじっくり考えます。

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ポケモンGo苦手でして…

こんばんは、Manachanです。今朝、オーストラリア・ケアンズにある妻の実家に着きました。ここを拠点に、これから3週間以上、オーストラリアに滞在します。

今回のテーマは、今や世界的ブームとなっているお化けゲーム「ポケモンGo」。ここオーストラリアでも大人気。公園や街の目抜き通りで、スマホ片手にウロウロする人たちが目立つ今日この頃です。

 

今日の新聞では、ブリスベン某所でポケモンGoに興じる若い女性のインタビュー記事が載っていました。「知らない人とも、ポケモンGoという共通の話題で仲良くなれる、こんなゲーム初めて!」と答えていました。

彼女の一言こそ、世界中の人々がポケモンGoに夢中になる理由を端的に表しているのでしょう。ポケモンという仮想生物を通じて、公園や街に出て、リアルな人とのつながりをつくることができる…言語や文化の垣根を超えて、何千万人(何億人?)を一気に虜にした力は、そこにあったのでしょうね。

 

うちの子供たちも、オーストラリアに来ると早速ポケモンGoをダウンロードして、日々、ケアンズの街で遊んでいます。「レベル11」だそうです。

私も数日前、日本でダウンロードして、柏の街で遊んでみました。でも、私の性格には合わないようで、少しだけ遊んでやめました。

何というのか、画面に出てくるポケモンに自分の行先を決められるのが嫌なんですよね。私はいつも、行動の目的意識がはっきりしていて、目的地まで一直線に向かっていく性格。寄り道もしない…だから、ポケモンGoに興じる時間がもったいなく感じてしまうんです。

でも、嗜好や性格は人それぞれですから、ポケモンGoが楽しいと思う人が大勢いて当然だと思います。某漫画家みたいに「侮蔑」したりはしません。

 

ポケモン自体は、昔から好きですよ。数年前から子供たちのポケモンバトルゲームに付き合わされてきたし、家族で映画みにいく時もポケモンが多い。モンスターの名前、タイプ・属性、必殺技、トレーナーの名前…結構詳しいです。

pokemon

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PTA役員決め地獄

こんばんは、Manachanです。

今はGW連休真っ只中ですが、子供たちの行ってる区立の小学校は普通に登校日、午後には先生方との個人面談があり、息子(2年生)、娘(5年生)、ダブルで出てきました。というわけで、今回は久々の育児ねたで・・。

 

この分野で、最近ホットなねたといえば、タレント菊池桃子さんの「1億総活躍国民会議」での発言ですかね。

PTA活動、もともと任意活動であった。しかし、なぜか、すべての者が参加するような雰囲気作りがなされていると。その中で、なかなか働くお母さんたちにとっては、PTA活動っていうものが難しいと。

この発言に対して、世のお母さん方の間から、「よくぞ言った!」と、称賛の声が上がっているようです。私も、非常に良い問題提起だと思います。

 

うちの子供たちの通う小学校では、始業式が終わって、クラスが落ち着いてきた4月の中旬あたり、「保護者会」なるミーティングがあります。メインの議題はもちろん、「PTAの役員決め」。ここの小学校では、各クラスから

・学級部 2名
・校外活動部 2名
・校外安全部 2名
・広報部 2名
――――――――――――
合計  8名

を選出します。そして、「1人の児童につき、1学年~6学年の間、最低一度は、PTA役員をやる」のが、事実上の決まり(義務)になっています。1学年ごとに役員8名、それが6学年ありますから、誰しも卒業までに必ず一度は、「順番」が回ってくる計算になります。こういう小学校、きっと、日本全国にありますよね

 

この役員決め、スムーズに行く場合と、そうでない場合がありますが、間違いなく言えるのは、皆さんの「やりたくないオーラ」をビンビン感じること。

保護者会は、平日の昼過ぎに行われますので、参加するのは、90%以上、母親なんですが、今どきのお母さん、専業主婦は少なくて、たいてい、外で働いています。そんななかでPTAをやると、有給を取ったり、時間の都合つけなきゃならないので、それなりに負担になる。

負担は仕方ないので、皆さん、「比較的マシな役」をやりたがります。たとえば、2~4学年で役員やると比較的ラクですが、5年、6年になると卒業対策などでかなり作業量、拘束時間が増えるので、「2~4年のうちに役員やってしまおう」と考える方が多い。かくいう私も、娘の親として「比較的ラクな3年生で学級部」をやりました。

 

妻も、日本語がやや不自由ながら、時には保護者会に出ます。終わった後、いつも私に言います。「PTAってボランティアなんだから、やりたい人がやればいいんじゃないの?」、「みんなやりたくないのに、なぜPTA続けてるの?

確かに妻の言うことは分かります。正論ですね。今の世の中、専業主婦が少数派なのに、未だに専業主婦を前提としたPTA活動が行われている、そろそろ見直した方が良い…その意味で、菊池桃子さんの問題提起ともつながってきます。

 

 

ただ、「PTAの役職や業務内容を見直すなら見直すで、その仕事も、結構大変なんだろうなあ」と思います。

PTAの仕事が、今後も、なくなることはないでしょう。先生方は忙しいし、登下校の見守りや、学校行事、地域ぐるみの行事など、親の参加が必要な仕事は、必ずあります。

学校行事が多すぎて親や教師の負担が大きい場合は、見直しも必要でしょうが、その多くは子供たちの教育と結びついた活動であるため、廃止するにもそう簡単ではありません。

 

また、教室では子供たちに「係」や「委員会」をやらせている建前上、親にとっての「係」であるPTAを真面目にやらないわけにはいけないという事情もありますね。

ですので、現実的に考えれば、PTAの既存の枠組を維持しつつ、「働くお母さんにとって参加しやすいかたちに運用を変えていく」ことが、いま求められているのだと思います。

 

ところで、私、個人的には、「業務見直し、最適化」が得意です。サラリーマン時代、そういう仕事を、長年やってましたので…

もし私が、フルタイムで、PTAに関わる立場だったなら、業務内容を徹底的に見直し、必要なもの、すぐ廃止すべきもの、段階的に廃止すべきものに分けて、LINEなどITツールも活用しつつ、2年後には、いま8人でやってる仕事を2~3人で無理なくこなせるように、改善できる自信はあります

でも、そういう民間企業のセンスで行う業務整理が、子供や親、学校、地域社会を含めた、皆さんのための最適解でないことは分かってますし、また、PTA自体、私が情熱と時間をかける対象ではないので、

現実的に考えて、PTAに最低限参加しつつ、テキトーに流すことにします。

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5年生になるのが楽しみ

こんばんは、Manachanです。この春休み、うちの子供たちはマレーシアで過ごし、すっかりリフレッシュして、明日(4月6日)から、新学年になります。

これから小学校の新5年生になる娘ソフィアも、明日は元気に登校班で行くことでしょう。親として、感無量です。この子の場合、日本の学校に慣れず、数年にわたる紆余曲折がありましたので…

 

ソフィアは、5~6歳の時期をオーストラリアで過ごし、日本の幼稚園年長にあたるPrepと、小学1年生にあたるGrade 1は、現地の学校に行っていました。それから日本に帰国し、1年生の3学期で合流しました。

オーストラリアから、日本へ。劇的に環境が変わります。言語環境も英語100%から日本語100%に変わりますし、それ以上に、学校生活のスタイル自体が全然違います。

 

オーストラリアの小学校では、机や椅子などを使わず、子供たちが先生の周りを取り囲むように座って授業を受けたものです。1クラス20人ちょっとなので、先生が子供一人ひとりに気を配れるような環境でした。また、宿題などはなく、教科書ノートは教室に置きっぱなしでした。

それが日本の学校に来ると、子供たち全員が、机や椅子を先生の方に向けて、姿勢を正して授業を聞く。そして、皆が一斉に同じことをやる。宿題は毎日出て、教科書ノートはランドセルに入れて持ち運ぶ毎日…

 

どちらが良いとか悪いとか、そういう価値判断は抜きにして、余りの環境変化に、幼いソフィアは戸惑い、なかなか適応できずにずっと苦しんだのです。

2年生の時は、とにかく、宿題拒否。時には3時間、私たち親が、あの手この手で宿題やらせようとしても、頑としてやらない。そして3年生の12月、ついに、不登校になり、時には1週間、ずっと学校に行けない日々が続きました…最悪な頃に書いた日記がこれです。

不登校パパ奮闘記(2015/1/28)

 

それから後が、長かったです。ソフィアは、どちらかといえばパパっ子なので、私が毎日、2時間目か3時間目に、ソフィアの気分が乗った頃に学校に連れていく。それから仕事に行く…

サラリーマンしてたら、こんなことできませんが、幸い、当時の私はすでに気楽な一人社長になっていたので、時間の融通はききます。その代わり、午前11時より前の商談やアポイントメントは一切入れられないし、物件確認や役所調査も11時以前は無理という、仕事的には制約の多い日々でした。

 

4年生になると、ソフィアの状態も少しはマシになってきましたが、まだまだ不登校は続きます。

不登校と心理エネルギー(2015/4/13)

 

不登校で勉強が遅れるソフィアの将来を心配する妻と、どちらかといえば楽観する私。教育上で意見が合わないことも多々ありました。当時は夫婦仲も、極めて不安定でしたね。娘の不登校でストレス溜まりますからねえ。

変なパパ、娘は天才(2015/5/8) 

 

でも、ソフィアにとって幸いだったのが、担任の先生に恵まれたことです。3年と4年を担任してくれた男性教師は、ソフィアの良き理解者で、陰に陽に、サポートしてくれました。私もこの日記に書きましたが、

アスぺ父より、娘に贈る言葉(2015/1/10)

「世の中、いろんな人がいる。君の良さが分からない人、悪いことばかり目につく人は大勢いる。でも、分かってくれる人は必ずいるんだ。〇〇先生もその一人だよ。」

「〇〇先生のような人は、大事にするんだぞ。」

 

また、4年のクラスに、仲の良い女の子の友達が5人ほどいたのも幸いしました。毎日、1時間目から学校に行けるわけではないけれど、下校時には一緒に遊んだりして…徐々に、学校が楽しい場所に変わってきたようです。10月からは、週一回、区の通級指導教室に通うようになり、そこの先生も良き理解者になってくれました。

そして、12月も終わりに近いある日のこと、

ソフィアが、自分から、登校班で行くようになった!!

 

その日から、ソフィアは3か月の間、登校班の皆勤賞。一時間目から問題なく登校できるようになりました。そして、宿題も自発的にやるようになり、とにかく、親も先生もびっくりするほどの成長を遂げています。2月3月頃には、先生方と話すなかで、こんな言葉が出るようになりました。

ソフィアちゃん、5年生になるのが、楽しみですね。

 

そう、「次の学年に進むのが、楽しみ」・・・この言葉が自然に出るようになる日のために、私も妻も、これまで、辛抱強く頑張ってきたのです。

そしてこの子は、親の予想や期待を超えるスピードで、しっかり、着実に成長しています。これまで何年間も、暖かく見守ってくれた先生方や、近所の皆様にはもう感謝の言葉しかありません。

 

ここは日本の東京、江東区東陽町という場所。子供を育てる環境として、ベストなのかどうか、いろんな意見があることでしょう。ただ、どんな環境であれ、周囲の大人や地域の教育力を信じ、自分を信じ、そして何より我が子の成長を信じて、試行錯誤しながら、前に歩み続けていくこと…それは、「孟母三遷」するより、もっと大事で尊いことだと思います。

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日本人になるために…

こんにちは、Manachanです。今回は不動産を離れ、「育児」ねたでいきますね。

日本で子育てしていると、冬場はインフルや風邪の流行があるので、なかなか大変です。先週は娘ソフィア(小学4年)のクラスが二日間学級閉鎖になり、一息ついたと思ったら今週は息子ポニー(小学1年)のクラスが学級閉鎖に。

子供たちは、「家でゆっくりゲームできる!」と喜んでいますが、親としては複雑な心境でして…

 

我が家は国際結婚。私が日本生まれ、母は台湾生まれのオーストラリア育ち。ソフィアとポニーは、生まれながらにして、日・英・中の三か国語が飛び交う環境で暮らすことを運命づけられました。

(私の顔が福山になっているのはご愛嬌ということで…)

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毎年、夏休みの1か月余りは、オーストラリア・ケアンズにある妻の実家で過ごしますが、そこではさらに複雑な言語環境があります。そのなかで、小さなソフィアとポニーは、複数の言語を、相手に応じて使い分けながら育ってきました。

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「我が子には、英語、中国語を学ばせて、国際人に育てたい」と思う日本人の親からみれば、もう、羨ましくて仕方ない環境かもしれません。確かに言語スキルの面では、英語、中国語、日本語…世界的にもメジャーな3言語に、日常的に触れられるという意味で間違いなく恵まれているでしょう。ですが、こういう家庭にありがちな、厄介な問題もあるのです。

ソフィアは以前、「自分が何国人なのか、よく分からない」と言ってた時期がありました。「どうして私はフツーの日本人の名前じゃないの?」、「ソフィア亜州香なんて、”明治神宮前原宿”みたいな名前やだ!」と。

今では、「自分は日本人であり、かつ英語人」だと言うようになりましたが(「オーストラリア人」とは言わずに、英語ネイティブスピーカーという意味で「英語人」と言ってるようです・・)、

彼女の心、そしてもっと若い弟ポニーの心に、確固とした母国「日本」ができるまでには、あと数年を要しそうな気がしています。

 

私の場合、子供たちとは違い、日本人というアイデンティティを、寸分も疑うことのない環境で育ちました。両親とも日本人だし、東京近郊ベッドタウンという土地柄、(今と違って)外国人らしき人もほぼ見かけない。ご近所さん、学校の先生…周りが日本人ばかりで、使う言葉も日本語だけ。19歳になるまで出国したことがなかったし。

自分が日本人であること、周りの人たちからも、日本人として認められていること…それは私にとって、空気のように自明なことでした。

 

良い悪いは別として、いま、ソフィアやポニーは、私の子供時代とは著しく違う環境で育っています。両人とも日本語名、英語名、中国語名、3つの名前があります。「君のルーツは複数あるんだよ」、「日本人であり、同時にオーストラリア人でもあり、中国人でもあり…それでいいんだよ」といっても、まだ小さな子供がそれを理解するのは難しい。

ソフィアの場合、本人が意識しているのかどうか知りませんが、いま一生懸命、「日本人になろうとしている」健気な努力を感じます。周りの日本人の子供たちと一緒に、妖怪ウォッチのゲームで遊ぶ、コロコロコミックを読む、宿題を見せあう、学校で日直をやる、いろんな係や当番をやる、運動会や学芸会のリハーサルをする・・・

日本の学校なので、そりゃ、かったるい面も多々ありますけど…でも、そういう一日一日の地味な積み重ねが、彼女の心のなかに、「母国・日本」、「自分は日本人」というアイデンティティをつくるような気がするのです。

ソフィアやポニーにとって、名実ともに日本人になるための条件は、たぶん「周りの人に、日本人として認められること」、「日本人として、いろんな役割を求められ、それを一つ一つ、果たしていくこと」でしょう。ナショナルアイデンティティの確立、それは根源的な人間存在に関わることであり、言語スキルなどよりはるかに大事だと思います。

今、子供たちはフツーの区立の学校に通っています。教学環境としてベストなのかどうかは評価が分かれますが、「普通に、日本人になる」には最適な環境だと思います。ここで過ごす一日、一日が大切ですね。

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親子アスぺ日記…日米で一世代の差

おはようございます。Manachanです。

右の写真は、近所の図書館から借りてきた「自閉症、アスペルガー」関連図書です。今はこれだけの書籍を、手軽に借りて読めるんですね。

 

他の日記にも書いてますが、私はこれまで「他の人とちょっと違う」自分を持て余し、職場や社会生活、家庭生活の悩みを抱えながら47年間生きてきました。その私が「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)」という診断名を得たのは昨年のことです。アスペルガーとは、人類の9割以上を占める「通常の脳」(Neuro Typical)とは違う、脳機能の特性を指します。一言でいうと、「知的な遅れのない自閉症」。

私の「ちょっと風変りな脳」が、10歳の娘ソフィアにも伝染(?)しているようです。娘は小学4年生、普段は通常学級に通いながら、一週間に一度、隣の学校に「通級」して、専門の先生方の指導のもと、社会性のトレーニングや、それぞれの児童の特性にあった学習計画(Individual Development Plan)に基づく指導を行っていただいてます。

「通級」は江東区の制度で、無料で受けられます。私の小学生時代は、「通常学級」と「特殊学級」(今でいう特別支援学級)しかなかったので、やはり、隔世の感がありますね。

 

ソフィアにとって、学校で一日過ごすというのはかなりの重労働であるらしく、午後3時頃に家に帰ってくるとこんな感じになります。

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夕食前の決まった時間、娘と息子に宿題やらせてますが、特に娘に宿題やらせる作業は親にとっても大変な負担です。やりたくなければ、頑としてやりませんから(私の子供時代と似てます・・・)。ですが、学校の決まった宿題は嫌いでも、自分の好きな勉強は進んでやるので、そういう方面を伸ばしていきたいと思います。

娘にとって救いの一つは、いまのクラスに5人ほど、仲の良い女の子の友達がいて、普段から一緒に遊んだり、交換日記をやっていることです。

私の小中高生時代は、一部の時期を除いて、友達もほとんどおらず、寂しかったですからねえ。特につらかったのが高校時代。修学旅行で京都奈良に行く時、仲の良い友達同士5~6人でグループをつくって、自分たちでコースを決めるのですが・・・先生方からみれば「子供たちの自主性を育む素晴らしい指導」に見えても、どのグループにも入れない私にとっては苦痛以外の何者でもなかった。

あの時、私は「修学旅行でどのグループにも入れない」悩みを、勇気を出して先生に相談したのですが、結局、私は適当なグループにあてがわれて、アフターケアもなくそれでおしまい。私は3日間、京都奈良の各地でグループの皆と一言も口をきかないまま、金魚のフンみたいについていっただけ…孤独で不条理でつらかったです。

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京都の旅館に泊まった時、クラスメイトと些細なことで口論になり、熱い湯豆腐を頬に投げつけられました。その夜、寝静まった時、例の湯豆腐を投げつけた男が、何人かの仲間にこう言ってたのを聞きました。

「こいつの、親の顔見てみてえよ・・・一体どんな教育してるんだろう?」

当時は、1980年代。集団行動に馴染めない脳のタイプがあることは、日本では知られていませんでした。学校社会のなかで、私はクラスメイトにも先生にも、「常識のない、変な奴」という乱雑なキーワードで認識され、たびたび軽視されてきました。クラスでトラブルになった時は、両親(特に母親)の子育てのせいにされました。母もつらかっただろうな・・・

小学5年の時、近所の母親たちが、「マナブくん変よね」、「どんな子育てしてるのかしら」と噂話しているのを聞いたことがあります。当時は、その場で言い返すだけの能力がなかったので、家に帰って母親に、涙ながらに悔しさをぶちまけました。

「ありがとう、お母さんのために泣いてくれたんだね」と励ましてくれたけど、その母とて、アスペルガーとか自閉症スペクトラムという言葉を当時は知らず、どういう支援をすれば良いか分からなかったことでしょう。

その後、社会人になっても、寝ぐせのまま出社して叱られたり(自分では、全然、気づかないんだもんね…)

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上司に怒られても、なぜ怒られてるのか分からないことがたびたびあったし(この絵は、頬づえをついて失礼…という意味)。

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いろんなことがありましたが、曲がりなりにも今、まともな社会生活を送れています。仕事のなかで、自分の得意分野を生かせたという面もあったし、それ以前に、まともな家庭に生まれ育つことができた、という幸運が大きかったのかも。

もし私が、父親が暴力を振るったり、両親揃って育児ネグレクトするような家庭に生まれていたら、どうなっていたか・・と思うと、想像するだけで恐ろしいです。実際、発達障害児のなかで、DVやネグレクトなど問題のある家庭で育つ者は少なくないようです。

 

もし私が、アメリカなど英米圏で育っていたら、どうなったか?というと、また違った人生になっていたのかもしれません。

いま、発達障害児(特に自閉症系)にかかわる多くの日本の教育・療育機関が使っているプログラムは、「TEACCH」(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren 、自閉症及び近縁のコミュニケーション障害の子どものための治療と教育)をもとにしていることが多い。

このTEACCHは、1971年に、アメリカのノースカロライナ大学、チャペルヒル(Chapel Hill)校で開発されたものです。

私は2005年に、ノースカロライナに住んでいた時期があります。我が家からチャペルヒルまで、クルマで15分と近く、食事とかでよく行ったものです。こんな身近な場所で、世界の先駆けとなる自閉症児療育プログラムが、1971年という早期に開発されていたことに、ただただ驚きを禁じえません。

なぜなら、日本で発達障害者支援法が制定されたのは2004年。自閉症やアスペルガーに対する療育プログラムが日本に導入されたのはその後ですので、日米で30年以上、約1世代のタイムラグがあるのです。そう考えると、

・もし、私が当時のアメリカで育っていたなら、今ソフィアが日本で育つのとほぼ同じ状況だったのかもしれないな。

・そう考えると、私は日本という国に、やや早く生まれすぎていたのかもしれない。

 

とはいえ、これは結果論。人間はそれぞれ問題を抱えながら、それぞれの時代を、懸命に生きなければならないのだから。

 

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母国は一日にして成らず

おはようございます、Manachanです。

我が子に国際人になってもらいたい、英語で苦労させたくない…という親心から、子供を連れて英語圏や東南アジアなど海外へ移住される方もいらっしゃいます。私は15年前から海外暮らしを始め、ホームページ・ブログで情報発信していた関係で、「移住相談」をたくさん受けてきました。

その種の相談は、「英語圏の教育」や「語学スキル」などが話題の中心になりますが、もう一つ、相談者が見落としがちな論点があります。それが、「お子様のナショナル・アイデンティティ」。

たとえばの話、年端もいかないお子さんを連れて、海外(例えばオーストラリア)に移住される方の場合、

(英語のできる)日本人として育てたいのか?
(日系?アジア系?)オーストラリア人として育てたいのか?

それを、ちゃんと考え抜いておられる方は、正直、少ないです。

 

私に相談してくる方のほとんどは、日本国内で、日本人の両親に育てられて成人された方々です。彼らの場合、今後どれだけ長期間海外暮らししようとも、極端な話、日本国籍を捨てても、日本人としてのアイデンティティは、もう揺らぎません。当然、日本語ネイティブだし、日本の文化やシステムのなかで育ってきているし、周りの誰もが日本人として認めてくれます。今後、海外生活に挫折して、日本に帰ってきたら、いつでも「日本人」として生活を再出発できます。

ところが、幼い頃から海外暮らしして、日本とは別の文化や言語、社会システムで育った子供が成人した場合、日本人としてのナショナル・アイデンティティを持てるかといえば、それは自明なことではありません。親の育て方も、大いに影響してきます。

日本人でなくても、移住先の国の人間(例.オーストラリア人)として、確かなナショナルアイデンティティを持つ方もいらっしゃいます。母語は当然、英語です。彼らにとって「日本」は、父母の生まれた国、自分のルーツではあっても、意識の上では「外国」になります。

そして、日本人でもない、オーストラリア人でもない、どっちつかずの状態が続く方もいらっしゃいます。

 

人間は個人であり、かつ社会的動物でもあります。人間は故郷や母国といった「帰属できる場所」を持つことで心の安寧を得る。それが自分の拠り所になったり、活力の源泉になったりします。

明確な故郷・母国をもたない人間は、まずそれを求めたい、最低限の安心を得たいという、強い欲求が働きます。例えば、こんなことがありました。

私の友人で、子供時代、数年ごとに日米間を往復しながら育った男がいます。はたから見て、日本語ネイティブかつ英語ネイティブでスキル的には羨ましいけど、本人は、それを全く有難く感じていないようです。それどころか、彼は事あるごとに、私が羨ましいといいます。

 

マナブには、日本とか柏みたいな、故郷がある。いつでも帰れる”家”を持ってるんだよ。だからこそ君は安心して、世界中いろんなところに出ていけるんだ。

でも僕にとって、故郷や母国がどこなのか、よく分からない。正直、それが欲しくて仕方ないんだ。だから今は、日本から出る気になれない。日本を僕の故郷だと感じるまで、自分を日本人だと納得できるようになるまでは…

 

私の妻は台湾生まれ、8歳からオーストラリアで育った人間です。教育はほとんどオーストラリアで受けており、英語ネイティブ。オーストラリア人以外の何者でもないけれど、そんな彼女でも、自分の母国がどこなのか分からなくなる時があるといいます。見た目がアジア人なので、白人のオーストラリア人から、「あなた、どの国から来たの?」と聞かれることも時々あります。

うちの娘は、中国で生まれ、家庭内言語は英語と日本語、いま日本の小学校に通っている…という複雑な状況。彼女をみていると、とにかく今は東京(東陽町)を離れたくないという願望・意思を感じます。とにかく少女時代は日本で育って、日本を「自分の母国」にしたがっているのかもしれません。

一つ確実にいえると思うのは、

言語スキルの組み合わせだけで、「国際人」はできない。

それはたぶん、ダシの入ってない、具だけの味噌汁みたいなもの。

 

日本人であることが誰の目にも自明な人間が、「ダシ」の大事さに気づくのは難しい。自分も両親も日本人、日本に生まれ育ち、日本語を使っている…それが空気のように自然だから。

だからこそ、まだ幼い我が子を海外に連れていって、英語の教育を受けさせれば、「日本人かつ国際人」ができあがると思ってしまう。それはもちろん可能だけれど、しっかりした方針を持って育てないと、一歩間違えればナショナルアイデンティティ喪失のリスクを抱えてしまう。そのことは、十分認識すべきだと思います。

ナショナルアイデンティティがあやふやな人間にとって、「母国」や「故郷」は、それこそ、自分の人間存在をかけて希求するようなものなんだと思います。

 

うちの子供たちは、いま日本で育ち、公立の小学校に通っています。それが、彼らにとってベストな環境なのかどうか、よく分かりません。娘の不登校問題など、悩ましいこともあります。ただ、

ここ日本で過ごす、一日一日が、子供たちにとっては大変貴重であり、

その積み重ねが、彼らの心のなかに、日本という「母国」、東陽町という「故郷」を育てることにつながっている。

 

今日も一日、子供たちと、大事に過ごしていきたいと思います。

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子供の可能性、親の悩み

こんばんは、Manachanです。今回のブログは悩み多き育児ねたで・・・

来週から、小学4年の娘ソフィアを、通級指導教室に連れていくことになりました。通級とは、通常の学級に在籍する、比較的軽度の発達障害がある児童生徒に対して、各個人の特性にあわせた特別な指導を行うための教室です。

ソフィアの、いまの在籍校には通級教室がないので、毎週月曜日の午後、約1㎞離れた別の小学校に連れていくことになります(小学生の通級は、保護者同伴が必須…)。送迎は主に私の役割。

もっと障害が重かったり、知能の発達に遅れのある子の場合は、終日、特別支援学級に通うわけですが、ソフィアの場合、通常の学級で学ぶための知的能力は十分あるので、そこまでは必要ありません。とはいえ、集団的な環境で、皆と一斉に授業を受けるのが苦手で、不登校気味の状態が1年近く続いているので、専門の先生に個別指導していただく必要はあるだろうと考え、今年4月頃から通級を希望、診断や区役所の手続きを経て、ようやく認められた次第です。

また、来年から5年生になり担任が変わる時に、スムーズな移行をしたいという意図もあります。幸い、いまの担任の先生は発達障害に理解がありますが、次の先生は考えが全く違うかもしれません。私たち親が、一から説明するのも労力と時間がかかるので、そこは通級の先生にちゃんと引き継いでもらえれば有り難いのです。

 

これだけ書くと、教育困難、将来が思いやられるように感じるかもしれませんが、私は、全く心配していません。

ソフィアの場合、「発達凹凸」があって、「学校の一斉教育システムに合わない部分がある」というだけの話で、自分のペースで学ぶ場合は、小学4年生にしては相当高い知的能力を発揮するのです。

現に、タブレット型の教材「チャレンジタッチ」は大好きで、興味のあるテーマならどんどん自分で学びます。漢字や作文を書く宿題は極めて苦手ですが、パソコンのタイピングは速く、Google使って自発的に調べます。読書も好きだから授業以外の知識も豊富。特に理科系が得意。

さらに、我が家は国際結婚の多言語家庭なので、子供たちは英語と日本語がネイティブレベル。そして私と妻の会話で使う中国語も、ソフィアはかなり理解できます。これからオリンピックを迎える東京で、三か国語ができる子供の能力はかなり高く評価されるはずです。

かつて、私の小学校時代は、長所を伸ばすより短所を矯正する教育が目立ちましたが、今の時代は長所を伸ばして、一芸に秀でた人間が評価される流れになりつつあります。現に、私自身が発達障害者で能力的な凹凸が著しく、特殊技能を生かして活路を見出す以外になかった…そんな人生を送ってきたので、ソフィアを「一点豪華主義」的な人間に育てることに、何らの躊躇もありません。長い目でみて、じっくり教育できれば、この子の将来は明るいと思います。

 

しかし、いまの受験中心の教育制度のなかで、ソフィアの良さが十分発揮される時間的余裕がないかもしれない…というのが、親としての私の悩みです。

私たちの住む東京、特に23区内は、私立学校の選択肢がむちゃくちゃ多く、中学受験が当たり前という環境。そのためには小学校5年生から塾通いしないと間に合わない、と考える親も多い。

言い換えると、いま東京で育つ子供たちは、かなり早い段階から、「成熟度」や「完成度」を求められるのです。

特に、私たちは多言語ファミリーなので、通常の家庭と比べて、さらに早い段階から切実な選択を迫られます。その一つが、「英語で教育するか?日本語で教育するか?」という選択。もし前者を選ぶ場合、英米系インターナショナルスクールか、英語による教学プログラムのある日本の私立中学を目指すことになります。

前者の場合、年間の学費200万円以上が基本。後者なら100万円以下で済むので、特に「広尾学園」や「渋谷学園渋谷校」あたりに人気が集まっていますが、こういう学校はバイリンガル家庭だけでなく一般の日本人家庭にも人気が高く、その結果、中学受験の偏差値がどんどん上がっています。

時代が違うとはいえ、こういう状況、私には理解し難いです。自分は千葉県で育ちましたが、中学受験する奴なんて皆無、高校受験も地元に私立の進学校が乏しいから、公立を目指すのが普通で、塾通いするにせよ中学2~3年からが標準コースでした。

今のソフィアと同じ年齢の頃、自分が何やってたかというと、手賀沼をドラム缶の船で渡ろうとして横転してヘドロに沈んだり、北柏駅近くのトンネルで爆竹の上に毛虫を乗せて爆発させたり、取手市内の国道294号線を自転車飛ばして常総鉄道と競走したりと、とにかく、アホなことばかりしてたので、管理された環境で早くから受験に追い立てられる今の子供たちを見て少し可哀相になります。

特に、ソフィアみたいな子は…将来性を大いに感じるのですが、あと2年ちょっとで中学受験を求められるとキツイな。未だに学校に適応しきれず、通級するような子が、学校や塾によく適応している子たちと、ペーパーテストで競争するのは、正直厳しい。

だから、ソフィアたちが通っている英語の補習校で、他の親たちと、中学受験や塾の話題になると、少し憂鬱になる。それが、親としての偽らざる気持ちです。

 

多言語能力、自習能力、探究心、こだわり…ソフィアは素晴らしい能力とポテンシャルを持っています。しかも、そのいくつかは、将来の日本や世界に必要とされるものです。ただ、学校やテストという枠組のなかで、能力を発揮する術をまだ知らない。その方法を見つけるには時間がかかりそうです。

私も親として、サポートし続けるのはもちろんですが、プロの教育者で、ソフィアのポテンシャルに気づいて、良きメンターになってくれる人を、早く見つけたいと思います。

 

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