グローバルITビジネス

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中国13億人の頭の中

おはようございます。Manachanです。日本帰国後、2日目の朝を迎えています。

昨日、台湾不動産セミナーで講演した後、新宿駅のキオスクで東洋経済の「中国人」特集を買いました。日本で出版される中国・韓国関連の雑誌記事は内容が粗悪なものが多いですが、さすが東洋経済、至極まともな記事が並んでいました。

中国人の性格、行動原理を手っ取り早く知りたいなら、まずこれを買うべし

この雑誌、42~45ページに「中国人を動かす10の行動原理」というコラムがあります。上海在住の人事コンサルタント田中信彦氏の執筆、「典型的中国人」に関する、なかなか正鵠を得た分析が載っています。

その1:リスクヘッジこそが人生だ
その2:好意の先払いがカギ
その3:「自分は他人より優れている」と思わせる
その4:ルールは「力」と一体
その5:「人脈」と「コネ」は「知り合い」とは違う
その6:「おカネの量が行動を規定する」
その7:「トラブル対応は得意。予防は苦手」
その8:発信は2倍に、受信は半分に
その9:自分が「できること」しかやりたがらない
その10:「仕組みに頼らず、人を頼る

私、このコラム読んで、笑っちゃいました。

なんだか、俺のこと言われてるみたいだな…

特に、「中国人」を「私(Manachan)」と言い換えてもしっくりくる部分を引用します。

中国人の生き方の根っこにあるのはリスクヘッジの発想だ。国家や会社は頼りにならない…ひとつの組織や派閥、思想といったものにどっぷりつかると変化に対応しにくいから、中国人は物事を分散させ、集中させないことでリスクを減らそうとする…中国人は自分の人生のハンドルは最後まで自分で握っていないと安心しない人たちなのである。

自分の力を世間に認めてもらいたいという欲求は中国人の生きる原動力であり、モチベーションの源泉みたいなものなのだ。

中国人の発想では、ルールとは「誰かが自分に都合の良いように決めるもの」である・・だから中国人がルールを守るかどうかの判断基準は二つ。一つはそれを守ると自分にメリットがあるか。もう一つは守らなかった場合、どのような不利益があるかだ。

中国は不確実性の高い社会である。何が起きるか分からない。何事も予定どおりには進まない。人々はそういう状況へのストレス耐性ができていて、突発的な状況変化、予期せぬトラブルへの対応は得意とするところだ。一方、緻密な計画を立ててもあまり意味はないと思っている。

中国人は「会社」を信じない。信じるのは自分を雇ってくれた「人」であって、会社ではない…メディアのニュースを信じない。地図や案内板をよく見ない。説明書を読むのが嫌い。それより直接「人」に聞く。

私は中国(大連)で2年間働き、台湾滞在(1年)を含めて中国語圏での生活経験が3年、今でも、不動産ビジネスで中国と日本をつなぐ仕事をしています。

その仕事をするなかで、「日本の社会や組織に本音レベルで馴染めず、違和感を感じる自分」と、「個人レベルでは中国人と極めてウマがあう自分」に気づきます。それも、「自分の気質が中国人に似ているから」ということで説明はつきそう。例えば、日本人ばかりの大手企業サラリーマンは、気質的につとまらんですね。

もっとも、日本社会で嫌われてしまってはビジネスもうまくいかないので、「素の自分が出てもOKな仕事を選ぶ」ことには、十分気を使っています。

日本人と中国人の文化、一見正反対なようでいて、実は似ている部分はかなり多いと思います。特に、

・現世利益重視、人間社会にしか興味がない。
・本音と建前が全く異なり、本音の方を信じる。
・宗教を本気で信じる人は少ないのに、クリスマスにはパーティー、お盆と葬式は仏式…

上記は日中だけでなく、広い意味での「中国文明圏」に属する韓国やベトナムにも共通する側面だと思います。

中国文明自体、「人間を超越する神は存在しない」、「人間こそが全て、人間の知覚できる現世こそが全て」という前提で構築されており、その影響を長年にわたって受け続けてきた韓国、日本、ベトナムも、その意味では「中国文明の子」といえるのかもしれません。

但し、中国と日本の文化が決定的に違う面が、「公」(おおやけ)の存在だと思います。

・中国人の世界には「公」そのものがないが、日本人には「お上」という「公」がある。

・日本人は「お上」に対する信頼感が強く、「お上」が国をうまく治めてくれるという期待をもっている。一方、中国人にとっては「国家」「皇帝」「共産党政権」といえども権力者の私物に過ぎないので、心底信じない。パワーがあれば従う、なくなれば離反するだけ。

・「お上」中心の秩序がうまく回っている間、日本人の集団としての凝集力やパフォーマンスは高いが、逆に個人としての変化対応力に劣る面がある。逆に、中国人は凝集力は弱いが、「公」のない世界で鍛えられている分、個人として変化に対応する能力は優れている。

最後に、中国勤務時代の2005年12月、「中国人とクリスマス」というエッセイで、「中国文明のかたち」を考察したことがあります。興味ある方はぜひ。

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バンコク・エカマイ駅の北と南で賃料が2倍違う理由

おはようございます。Manachanです。バンコク滞在、最終日。もうすぐドンムアン空港に向かい、日本への帰国の途につきます。

長途、10日間にわたる、タイでの不動産市場調査(出発前の準備も含めると4か月間)。「やれることは、全力でやりきった!」という満足感で心が満たされました。同時に、大好きなバンコクの地を離れることが少し寂しいです。

日本に着いたら、「リンガーハットのちゃんぽん」でも食べて、寂しい心を少し温めよう…

タイを離れる前に、「バンコク地域考察」シリーズ第二弾を書きますね(第一弾「バンコクの買っていい駅、だめな駅」も併せてお読みください)。今回のテーマは、

【エカマイ駅 (BTSスクンビット線、駅番号E07)】

エカマイは、在バンコク日本人駐在員ファミリーに人気の「黄金の4駅」(アソーク、プロンポン、トンロー、エカマイ)の一角を占める駅。不動産購入という尺度でいえば、間違いなく「買って良い駅」です。但し、

エカマイ駅の北と南で、ものすごい格差がある

ことを、不動産投資するなら是非覚えておいてください。この格差には、

・バンコクにおける、日本人賃料相場とタイ人賃料相場の、数倍におよぶ格差
・日本の都市では考えられない、バンコクの激しい交通渋滞

という事情があります。逆にいえば、バンコク固有の賃貸マーケット構造を知っていただくための良い題材として、今回「エカマイ駅」を取り上げたわけです。

【これが、エカマイ駅付近の地図】

【エカマイ駅の高架下に、慢性渋滞で有名なスクンビット通りがあります】

予備知識として、バンコク都心部の道路は、

・幹線道路(片側2~3車線、双方通行、タイ語で「タノン」という)
・ソイ (幹線道路の両側に分岐する生活道路、一方通行が多い)

の二つから構成されています。幹線道路からみて、片側のソイが奇数番号、その逆側のソイが偶数番号というナンバリングがなされています。エカマイ駅を通る幹線はスクンビット通りで、この近辺のソイは、駅北側がソイ61と63、南側がソイ40と42です。面白いことに、

日本人視点からみて、エカマイ駅の北側と南側で、交通利便性は雲泥の差です

なぜなら、

・駅北側のソイ61、63は両側通行で、南のスクンビット通りと、北のペチャブリー通りへのダブルアクセスが可能。
・日本人学校や空港へのアクセスは、ペチャブリー通りに出る必要がある。
・一方、駅南側のソイ42は一方通行で、スクンビット通りにしか出られない。
・このスクンビット通りのラッシュ時の渋滞は凄く、数百メートルの移動に30分かかることもザラ。

この「ソイ一方通行」と「超・渋滞」の事情があるがゆえに、

ソイ42あたりに住んでしまうと、日本人学校のスクールバスのピックアップ時間が、ソイ61や63に比べて1時間ほど早くなる。奥様は4時半や5時に起きて弁当をつくらなければならない!

そういう事情もあって、在バンコク日本人ファミリーは、エカマイ駅エリアに住むなら余程の事情がない限り北側を選ぶ。南側は著しく不人気になるのです。同じ駅徒歩数分圏内なのに、これほどの格差が出るのです。

かくして、エカマイ駅の北側、ソイ61と63の界隈は、日本人の奥様が好みそうな小綺麗な環境になっています。

【エカマイ駅北側の道路、きれいに整備されている】

【ソイ61、高級コンドミニアムが並ぶ。日本人住民比率3割の世界】

【ソイ63の商業施設パークレーンには、子供を遊ばせる施設あり。来るのはほとんど日本人】

一方で、エカマイ駅南側のソイ42は、道一本入っただけで、ローカル感を残した地区が広がります。歩道なしがデフォルト、道路の整備状態も概して悪い。

【エカマイ南口徒歩5分で、この風景】

驚くべきことに、

・エカマイ北口徒歩5分、1ベッド〈40~50㎡〉の賃料が月額4万バーツ前後
・エカマイ南口徒歩5分、1ベッド(35~40㎡)の賃料月額2万バーツ前後

同じ駅5分で、築年数もほぼ同等の小奇麗なコンドミニアムでも、北と南で、賃料に2
倍の差が出てきてしまうのです。タイでは、不動産売買価格が「グロスの賃貸利回り5~6%」に収斂される傾向があるので、売買価格もざっくり2倍の差があると考えて良いでしょう。

駅南5分の「1ベッドで2万バーツ」のコンドミニアムにはタイ人が多く住んでいるようで、住居内印刷物の表記もほとんどタイ語。フロントにいた男性職員も英語が極めて不自由でした。

いま、バンコクで一般的なタイ人が払える家賃帯は、私の感覚でいうと「月額12000~15000バーツ」が上限のようです。15000バーツ以上の家賃を払えるタイ人は極端に少なくなる。そう考えると、エカマイ駅南側で2万バーツの家賃を払っているタイ人は、賃借人属性としては最高レベルと考えて良いでしょう。

逆に考えると、エカマイ駅北側で日本人ファミリーが払っている「4万バーツ以上」の家賃をタイ人が払えるようになるには、今後タイが順調に経済発展するにしても、まだ10年以上の時間がかかると予想されます。

このような「日本人マーケット御用達」物件を買う場合は、「今後、継続的に、日本人駐在員に選ばれる立地・スペックを備えた物件であるか?」〈例.フジスーパー目の前とか…〉を見極める必要があるのです。少なくとも今後10年は、タイ人に貸したり出口を取ることは期待できない分、慎重を期して選びましょう。

現在、エカマイ駅南エリア〈ソイ42〉、徒歩3分のところに、高層コンドミニアムRhythm Sukhumvit42が建設中です。

私もショールーム見に行きましたが、これが建てば、駅南エリアの評価は多少上がると思います。コンド周辺の道路もマシになるでしょうし…

でも、上述の交通事情があるため、Rhythm Sukhumvit 42の資産価値が、駅北側の高級コンドミニアムと同じになることはないでしょう。日本でいえば、名古屋駅の西側(駅裏)に商業施設が建って地価が上がっても東側(都心側)に追いつくことはない…というのと同じで。

以上がエカマイ駅周辺の地域分析になります。いま円安で、タイの不動産価格が円表示だと高く見えてしまうので、日本人相手にタイ不動産を売る業者も、エカマイ駅南側とか、これ以遠の物件を紹介するケースが多くなると思います

業者がバイヤー視点でベストな物件を紹介するとは限りません。私たち投資家は、バンコクなど海外で確かな資産価値の物件を手にするためにも、学習を続ける必要があるのです。私も、日本の皆様に、「不動産投資家の目でみた、確かな情報」を継続的にお届けしていきたいと思います。

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バンコクの買っていい駅、だめな駅

おはようございます。Manachanです。今日もバンコクは良い天気。気温は最低27℃最高34℃…いま日本は酷暑のようですが、当地のお天道様も元気一杯ですよ~。

一年中暑い気候。タイ人は肉体労働者や、屋台で食べ物を売る人を除き、昼間外を出歩く人は稀です。ホワイトカラーは一日中、冷房の効いた室内や車内に居ることが多いです。ですが我々調査チームは日々、4リットル程の水を飲みながら、バンコクの炎天下をガンガン歩いてきました。

8日間もそれ続けてきましたので、私はすっかり日焼けして、外見がほぼタイ人になりました。現地人ルックスでバンコク各地を歩くと、いろいろと見えてくるものも多いです。

今回のブログは、「足でコツコツ稼ぐ現地調査」を通じて感じたバンコク投資物件の場所選び、駅選びがテーマです。日本の都市部と同様、バンコクでも投資視点からみて「買って良い駅」と「買ってはいけない駅」があると思います。

現地在住日本人に一番馴染みの深い、BTSスクンビット沿線を例にとってみてみましょう。

まず予備知識として知っていただきたいのは、

・バンコクのBTS(都市鉄道)は、都心「サイアム」駅を基準に、ナンバリングシステムが採用されている。スクンビット線は東の方向に向かうので「E」(East)が頭文字につき、次にサイアムからの駅数が数字で表される。例えば「アソーク駅」は「E4」(サイアムから東へ4駅目)。

・日本人駐在員やその家族が、集中して住んでいるエリアが、「E4アソーク」、「E5プロンポン」、「E6トンロー」、「E7エカマイ」の4駅。ここはバンコクのなかでも賃料が非常に高いエリアになる。

・現地採用された日本人が賃貸住まいに選ぶエリアとして人気なのが「E9オンヌット」駅。駐在員エリアより家賃が安い。この駅は1999~2012年の間、スクンビット線の終着駅であった関係で、商業施設が多く街が成熟している。

・オンヌットから先は、2012年に開通した延伸区間で、全体として街がまだ未成熟な「郊外エリア」。

今回のブログでは、延伸区間の駅のうち「E12ウドムスック」と「E14ベーリン」を取り上げます。結論から先に申し上げると、

・E12ウドムスックは「買って良い駅」
・E14ベーリンは「買ってはいけない駅」
・その根拠は、「駅力の圧倒的な違い」

日本の首都圏にたとえると、「大宮駅」と「東大宮駅」、あるいは「立川駅」と「西立川駅」、「柏駅」と「北柏駅」は、隣接こそすれ駅力に圧倒的な差がありますよね?一駅違うだけで資産価値も断然違います。

それと似たような格差が、「ウドムスック駅」と「ベーリン駅」の間にあると私は思います。写真を見ていただけると一目瞭然。まずはウドムスック駅から、

ウドムスックは、鉄道開業以前からすでに成熟した街で、人がたくさん住んでいました。

住民が多いので当然、病院もあります。成功する不動産投資には欠かせないアイテムですね。

東に約3㎞離れた巨大ショッピングモール「メガバンナー」や「イケア」への無料シャトルも、ウドムスック駅から出ています。

極め付けはこれ!セブンやファミマに比べて店舗数は少ないながらも、秀逸な出店戦略で知られる「ローソン」がウドムスックに出店しています。これは安心感高い!

次に、ウドムスックからわずか2駅離れただけの「ベーリン」駅がなぜダメなのか…これも写真から一目瞭然。

ベーリン駅から東に延びるソイ107の沿道は、別名「激安コンドミニアム街道」と呼ばれています。コンドの分譲広告だらけで凄い風景

ベーリン駅、徒歩3分の場所に大きな空き地がありますが、商業施設等の建設計画はありません。

ベーリン駅周辺は、判で押したように、100~200万バーツの狭小コンドミニアムだらけです。

この辺は郊外ベットタウンエリアなので、商業施設が不動産価格上昇の鍵を握りますが、

・ウドムスック、徒歩5分のところに巨大ショッピングセンターが建設予定。既存のお店も多くて便利。

・一方、ベーリンには、何も建ち
ません。現状、飲食店が数軒とコンビニが1つだけで、ロクに買い物もできません。

また、日本人など外国人にとって、「タイ語が十分にできなくても便利に暮らせる環境」は不可欠ですが、その意味でいうと、

・ウドムスック駅前のIDEO MIXなどのコンドミニアムは英語ができるスタッフが常駐。また敷地内にマックスバリュー等のスーパーがあります。

・一方、ベーリン駅周辺のコンドミニアム、たくさん回りましたが見渡す限りタイ語しか通じません。また敷地内にスーパーを設けている例も皆無。この街ではタイ語ペラペラじゃないと生活が不便。

最後に、不動産投資家の立場からいえば「住宅需要と供給のバランス」が投資判断には欠かせませんが、

・ウドムスック駅近のコンドミニアムは、概して埋まっており、再販に出る物件は少ない(注…駅から遠いコンドは、その限りではない)

・ベーリン駅圏内のコンドミニアムは、タイ人の間でも有名な位、過剰供給状態。駅4分、築1年のコンドが15%ディスカウントで販売されている状態(売れ残り住居の叩き売りでしょう)。

ベーリン駅あたりの格安コンドは、日本人にも販売されています。売れ残りが多いので、デべ各社はコミッションを払っても売ろうとします。仲介業者としては売れたら手数料が入るので、現地の状況を良く知らない日本人に売るケースが目立ちます。

ですが、こういう物件を買ってしまったら最後、少なくとも今後数年は、満足に賃貸もつかないし、売却しようにもできません。確実に、お金を失います。投資家なら、こんなもの買ってはいけません。

タイは確かに経済発展中で、現地の収入水準も上がってきてはいますが、上の地図にも書いたように、タイ人に人気のあるエリアは都心から北方面であり、スクンビット線の延伸区間(東南方向)はタイ人からみれば「埼京線沿線」レベル位にしか思われていないので、長期的にみても、タイ人中流層に出口をとれる可能性は乏しいと思います。要は、ベーリンに狭小コンドを買う理由は「安い」以外に特に見当たらない。

私は日本人投資家が海外物件から確実に収益を得るサポートをしたい。その立場からいうと、事情のよく分からない日本人に海外のゴミ物件をつかませる商売に対しては、警鐘を鳴らさざるを得ません。

但し、投資は自己責任ですから、私たちは海外不動産リテラシーを高めて、「価値ある物件」を慎重に選び、「お金になる運営方法」で収益を上げる…それしかないっすね。

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タイ人顔の考察

おはようございます。Manachanです。タイ・バンコク滞在2日目、到着当初から、すでに仕事モードです。

当地にきて、思うこと…「一言でタイ人といっても、実にいろんなタイプの顔立ちがあるものだなあ」。隣のマレーシアやミャンマーもそうですが、タイも多民族国家なので、実にバラエティ豊か。

平均的なタイ人の顔はこう…みたいなものはなくて、タイ系、中国系、モン系、マレー系、インド系…いろんなアジア人が、それぞれの特徴を残しながら、「タイ人」、「タイ国民」を構成している感じです。

1.あえていうと、「一般的なタイ人顔」はこんな感じかな

肌の色がやや浅黒く、男性も女性も小柄で華奢。カンボジア人に似ている感じ。TVに映る田舎の人や、バンコクで見かけるタクシー運転手の男性や掃除の女性などは、たいていこんな顔。

2.中国人や日本人によく似たタイ人もいる。

TVコマーシャルとかに良く出てくる顔。肌の色が比較的白く、平均的な日本人とほぼ差がない。バンコクの街を歩いても相当数いる。

3.マレー人に似たタイ人もいる。

画面右下に映っている女性のように、一般的なタイ人顔とはちょっと違う東南アジアの顔もある。マレー系でしょうか?

4.インド人に似たタイ人もいる。

画面右側の男性のように、「東南アジア人」の範疇と明らかに違う、エキゾチックな顔立ちもある。インド系でしょうか?

このように、いろんなタイプの顔がありますが、みな、タイ語を話し、この国に長年暮らしてきたタイ人です。

タイ人の大部分は仏教徒ですが、ムスリム系で豚肉を食べないタイ人も多いし、バンコク市内にヒンドゥー寺院も相当数ある。遺跡ではなく、現在の信仰の対象として…

もともと多民族国家であるところにもってきて、国際都市バンコクでは世界中から来た人が暮らしている。タイ語の読み書きができなくても暮らせてしまう面も大きい。

この国の居心地が良いのは、こういう多様性、懐の深さもあるのだと思います。

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茨城とタイの不思議な縁

おはようございます、Manachanです。

タイ語学校の宿題・自由作文も、今回が三回目。今回は、「茨城のリトルバンコク」と呼ばれるタイ人エスニックタウン(?)・荒川沖(あらかわおき)をテーマに書きました。

荒川沖周辺は、タイのなかでもラオスに近い北東部「イサーン地方」出身者が多く暮らし、タイ料理のなかでも一番激辛といわれる「イサーン料理」を出すレストランがいくつか集まっています。東京でも滅多に味わえない本場の味覚が、茨城の田舎町で味わえる不思議…

私の書いたタイ語文はこれです(たぶん、間違いだらけ…先生に直してもらおう)。

(日本語訳)東京から約60㎞離れた茨城県土浦市、荒川沖には、イサーン料理を出す店がたくさんあります。特に「メナム」、「トゥクトゥク」、「タイバンコク」の3店は、タイ人、ラオス人、日本人の客でいつも賑わっています。

1990年前後、日本経済の絶頂期に、タイからたくさんの女性が日本に働きにきました。彼女らは東京では錦糸町や新大久保に集まって住み、この辺は「リトルバンコク」と呼ばれたりします。一方、茨城の荒川沖には、タイのなかでもイサーン出身者が多く暮らしています。彼女らは当然、故郷の味「ソムタム」(パパイヤサラダ)、「ラープ」(ひき肉サラダ)、「サイウア」(ラオス風ソーセージ)等を好みます。後に、そういう料理を出すレストランが増え、この一帯は「リトルバンコク」ならぬ「リトル・ウドンタニ」(*ウドンタニはイサーン地方最奥部の都市)と化しました。

私の家族は皆、イサーン料理が大好き。荒川沖は私の実家からも近く、ドライブがてらこの地を訪れ、あの激辛料理を食べにいきます。

2014年12月末の法務局統計によると、日本に在住するタイ人の数は43,081名で、国籍別で第8位。その大部分が、関東地方に集中しています。

1位:東京都  7,435名
2位:千葉県  5,114名
3位:茨城県  4,381名
4位:神奈川県 3,916名
5位:埼玉県  2,790名

なんと1位から5位まで、すべて関東なのです(ちなみに6位が愛知、7位が大阪)。留学生が圧倒的に多い東京の1位は当然としても、2位の千葉、3位の茨城は、タイ人が比較的集まっている地域といえましょう。

タイ国籍者の日本入国にあたって、ビザが免除されたのが2013年7月。それ以来、来日するタイ人観光客が爆発的に増えています。観光局2015年4月の推計値によると、この月間に来日したタイ人数は117,900名。東南アジアで史上初めて月間10万人を突破した国になりました。

今年4月だけで、日本に在住・長期滞在するタイ人総数の3倍近くが、旅行目的で来日したことになります。ビザ免除の威力はすごい!

反面、ビザ免除がもたらす問題として「不法滞在・就労」があります。2014年、タイ人の入国拒否者数が昨年、約20年ぶりに1000人を超え、国籍・地域別で最多となったことが法務省への取材で分かったようです。こうした不法就労タイ人は、ブローカーに金を払って来日、茨城県などの工場や農場で働いているケースが多いとのこと。

おそらく、こういうことが起こっているのでしょう。

・来日するタイ人観光客の多くは、バンコク首都圏に住む裕福な人々で、たいてい東京に来る。

・来日するタイ人労働者の多くは、地方出身の裕福でない人々で、東京以外の関東地方の現場で低賃金労働をする。

タイに存在する「貧富の二極分化」が日本にも持ち込まれ、富める者は東京で遊んで金を使い、そうでない者は茨城県あたりの現場で働く。

東京の人がイメージするタイ人と、茨城の人がイメージするタイ人は、スペックがずいぶん違うのかもしれません。

言い換えれば、こういう二重構造があるからこそ、タイの田舎の味・イサーン料理が茨城県あたりで味わえるのでしょうね。そういうもの、食べたければ荒川沖へGO!

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シドニー920円ヘアカット

おはようございます。Manachanです。

昨日の朝、オーストラリアはシドニーに飛んできました。飛行機から見下ろすシドニー、海と都市が調和した姿が美しいですね。

シドニーの空港に着いて、早速、行動開始。先週の「韓国ソウルで散髪に挫折した」リベンジを果たすべく、理髪店を探しました。

シドニー・セントラル駅の改札を出ると、そこに、中国人が経営する散髪屋(Hair Beauty Massage,太陽火美容美髪室)がありました。値札は男性の場合10ドル(920円)安い。よし、ここに決めた。

店内に入ると、まず中国語で話しかけられる(ここは英語圏なのに…)。英語が不自由そうなお兄ちゃんだったので、そのまま中国語で受け答えする。私の場合、リクエストは極めてシンプル。

「どんな髪型にしますか?」
「とにかく、短く切って、バリカンも入れてください」

日本のQBハウスと同じく、シャンプーも顔そりもなし、散髪はものの10分で終わりました。大量の人間の髪を切ってるようで、手際はよかったですね。

もともとこんな感じでしたが…

ずいぶん、さっぱりしました

さっぱりした頭で、セミナー講演&懇親会。その後、13年前にシドニーで買った私の家を見に行きました。家の前に、大規模マンション(Promenade Apartment Parramatta)が建設中でびっくり。歳月が経てば、変わるものですね。

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陸路国境、今昔物語

おはようございます。Manachanです。夜行便で、成田からオーストラリア・ゴールドコーストへ飛んできました。今日の午後はシドニーでセミナー講演…今や世界中が仕事場ですね。自分がどこに住んでるのかよう分からん位。

日本もオーストラリアも「島国」なので、外国は「海の向こう」にあります。でも地球上の多くの国は大陸上にあり、陸地で隣国と接してますので、当然、国境越えは「陸路」になります。

私、大学時代は世界中を旅するバックパッカーとして、「陸路国境越え」をたくさん経験しました。国境のこちら側と向こう側で、いろんなものが変わるのが面白い。

-通貨
-物価や生活水準
-言葉や文字
-食べ物
-人々の見た目
-交通手段
-携帯電話のキャリア 等々…

世界で一番有名な陸路国境越えは、たぶん「米墨国境越え」でしょう。アメリカからメキシコ側に渡ると、両国の生活水準の差をまざまざと見せつけられます。

・アメリカ人はほぼフリーパスでメキシコ入りできるのに、メキシコ人はアメリカ入国を目指して長蛇の列に並ぶ。
・アメリカ側は小奇麗で整然とした住宅地が広がっているが、メキシコ側は雑然とした雰囲気。

その他にも、いろんな違いがあります。

・アメリカ側は英語、メキシコ側はスペイン語の世界(もっとも、国境近くではどちらも通じやすい…)
・アメリカ側の通貨は米ドル、メキシコ側はペソを使用。
・アメリカ側は巨大な体躯の白人が多いが、メキシコ側は小柄で日本人に近いルックスの人が増える。
・アメリカ側で食べるメシは概して大味だが、メキシコ側のメシは繊細な味付けで旨さのレベルがずっと上がる。 等々…

経済格差だけでいえば、「メキシコ‐グアテマラ国境」の方が強烈でしたね。

・メキシコ側の交通手段は近代的な「グレイハウンドバス」、一方グアテマラ側は今にも壊れそうなポンコツバスの上に生きたニワトリを満載した「チキンバス」
・メキシコ側の道路は完全舗装のフル規格、一方グアテマラは幹線道路でさえボコボコ段差だらけでバスが飛び上がる。あと、橋が爆破されて通れなかったりする…
・グアテマラ側ではメキシコペソが通用、一方メキシコ側ではグアテマラのお金(ケツァル)の価値はゼロ
・国境をグアテマラ側に超えると、地元の少年が頼んでもいないのに旅行客の荷物を運んでチップを請求(メキシコ側でそれやる人はいない)

アジア地域でも、いろんな陸路国境越えを、20年以上前から体験してきました。なかでも一番インパクト強かったのが、

【1988年、香港‐中国(深圳)の国境越え】

今でこそ、中国・深圳は近代的な大都会になりましたが、1988年当時はびっくりする程、何もありませんでした。地下鉄もない、高層ビルもない、自動車道もろくにない。赤土がむき出しとなった荒涼とした大地に、建物もまばらな状態。

深圳の駅前には、中国各地から来た何万人もの労働者が、菜っ葉服を着て、たむろしていました。ほとんどの者が、ぼけーっと、無為に過ごしていました。

深圳の街で英語表記など皆無。100%、中国語しか存在しない世界。「共産党、中国人民万歳」などのスローガンがたくさん掲げられていました。メシも、脂っこい中華めししか選択肢がなく、注文しても、店員にやる気が全くない。売店で買い物したら、店主が、商品を放り投げて渡してくる。

一方、香港側は当時から見事に発展していました。地下鉄もバスも完備、英語が通じ、世界中の美味しい食事が食べられる国際都市。

当時、香港側と中国側の生活水準や都市発展度は明らかに隔絶しており、米墨国境のそれをはるかに超えた格差でに見えました。

深圳(2013年)

深圳(1988年)

【1992年、シンガポール‐マレーシア国境越え】

シンガポール領、緑豊かな郊外住宅地Woodlandsから、狭い海峡にかかる橋を超えれば、そこはマレーシア領ジョホールバル(JB)の街。

今でこそJBは、鉄道駅のところに巨大な複合施設(JB Sentral)があるし、西側のヌサジャヤ地区も結構開けてコンドミニアム、ホテル、レゴランド、インターナショナルスクール等ができてますが、

当時のJBは、鉄道駅に張り付くように小さな市街地が広がっているだけの田舎町、今のヌサジャヤ地区は一面のジャングルでした。鉄道駅付近でさえ店があまりなく、一面の原っぱに屋台がたくさん出ていて、そこでメシを食ったものです。

一方シンガポール側は、当時から見事に開けており、全土が近代的に整備されていたので、マレーシア側に入ると30年程タイムスリップした感覚になりました。

もっとも、国境のどちら側も中国系とマレー系の住民が多く、英語も中国語もよく通じ、食べ物も似ている…という点では「やはり隣り同士なんだなあ」と思いました。でも通貨と物価だけが大きく違う。

シンガポール側で「ラクサ」(ココナツカレー麺)を食べると、当時は3シンガポールドル(マレーシアのお金で約6リンギット)しましたが、マレーシアのJBで食べると同じものが2リンギット。つまり値段が3分の1…でも味の方は明らかに、JBで食った方が旨かった。本場のラクサの味と素晴らしいコスパで、JBの街が大好きになりました。

1992年当時、シンガポールでこれ食べると200円、マレーシアでは60円

あの国境越えから、20年以上の歳月が流れました。今の私はバックパッカーじゃないけど海外出張が多く、同じルートの国境越えをよくやりますが、

「少なくともアジアでは、どの国境も、明らかに経済格差が小さくなっている」というのが実感です。

香港‐中国(深圳)間でい
うと、香港側も1988年当時よりはグレードアップしてますが、経済・生活レベルが低かった深圳側の方がより急速に発展して、香港にキャッチアップしてきているのです。同じことが、シンガポール‐マレーシア(JB)国境についても言えます。

もちろん、細かいこといえば深圳もJBも、まだ突っ込みどころ満載で、先進国都市とはいえない面も多分に残していますが、少なくとも表面的には新しいビル、商業施設が林立する都会になり、特に深圳は地下鉄もできて、一見、香港と見まがうような大発展ぶり。

そして深圳もJBも、昔と違って今では世界中の食事が楽しめる街になり、その意味では香港、シンガポールとそう大差なくなりました。国境をはさんだ物価格差もまだありますが、20年前と比べると明らかに小さくなっています。

これこそ、資本主義の法則なのかもしれません。国境を挟んで、生活水準や物価の高い国と低い国が隣り合う場合、投資マネーは、リターンの大きく伸びしろの大きい後者に流れる。すでに生活水準・物価の高い国がさらに伸びるよりも、まだ低い国がキャッチアップする方が簡単ですから…

今は2015年になりました。いま東南アジアで経済格差を感じる国境といえば、たとえば「タイ‐ラオス国境」があります。現時点で両国の表面的な発展ぶりやインフラ整備状況の差は歴然。でも、あと10年もすれば、ラオス側が急速に発展して、表面的にはタイ側と変わらなくなっちゃうんだろうなと思います。

水は高きところから低きところに流れる…

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10日で辞める社員と、採用担当者の心

こんばんは、Manachanです。韓国出張から帰ってきたばかりですが、来週はオーストラリア出張。日々、忙しく過ごさせていただき有難いです。

今回のブログは、久々にサラリーマンねたで書きます。

入社10日で辞めていく新入社員に思う、採用担当者の本音と葛藤

これ、なかなか興味深い文章ですね。「最近の若者は我慢性がなくて困る」とか、「オッサンが的外れな人生訓垂れてかっこ悪い」とか、賛否両論あると思います。私、筆者の気持ちは良く分かりますよ。

今から10年近く前、中国・大連のIBMで勤務していた頃、私が採用したチームメンバーに、入社わずか10日で辞められた経験があるからです。

24歳のお子ちゃま(2005/12/12)

その時に感じた無念と不条理(?)を、ブログにぶつけました。

「ちょっとこれはヒドいんじゃないの?」という出来事が起こり、久しぶりにマジギレしそうになりました。

私に一言も断りもなく、メール一本入れただけで、仕事を簡単に辞めちゃうなんて、社会人のとる態度じゃないだろー?だいたい俺はこれまで何日間も、あんたの就職手続きに忙殺されたんだぞー。

背景説明しますと、当時の私はメンバー15名からなる、米国本社向けアプリ開発・サポートチームのリーダーでした。要は現場のマネジャーです。米系の外資企業は日系に比べて現場マネジャーの権限・裁量が大きく、人事部もありますが社員採用にあたっては私に事実上の決定権がありました。

当時の中国IT産業はまさに勃興期、社員数も毎年「3倍ゲーム」で増え続けていました。私が大連で入社した当時の社員数350名が、1年後には1000名以上に膨れ上がる怒涛の時代。ここまで大量の新規採用をするため、私の仕事も「日々是、面接」でした。

当時、私が大連で面接した中国人社員の数は100名を下りません。一日2~3人の面接は当たり前でした。今でも日本語より中国語の面接の方が得意なくらいです。

そこまで場数を踏んでも、採用に失敗することは当然あります。が、入社わずか10日で辞められたことは、後にも先にも一度しかありません。

【面接に明け暮れた日々@中国大連(2005~06)】

どの組織でもそうでしょうが、チームメンバーに辞められると、いろいろな人に迷惑がかかります。私のような現場責任者には、客先や上司に対する説明義務が課せられる上に、欠員補充に奔走しなければなりません。また、私の部下も、それなりに時間をかけて業務引き継ぎをするわけですが、その時間・労力も全て無駄になります。

ですので、チームメンバーとして貢献する前に辞められてしまうと、「お前なあ~、いい加減にせえよ!」と叫びたくなるのが正直な気持ちです。どの国、どの会社、どの職務であろうと、会社辞めるからには組織にかかる迷惑や時間的・経済的損失、当事者の苦労に思いを馳せつつ、礼を尽くすのが筋だと思います。

当時、その社員はメール一本で辞めようとしたので、その行動はさすがに、たしなめました。

世の中、仕事を辞めることは、メール一本で済ませるような簡単なものではない。少なくともチームリーダーである私と面と向かって、辞めたい旨を伝えたうえで、許しを請うのが筋だと私は思う。これは、君が将来、プロフェッショナルな組織で働きたいのなら、必ず知っておかなければならない大事なことなのだ。

しかし、採用採用者が辞める者に注意できるのは、せいぜいそこまでだと思います。「下積みで我慢しないと仕事の面白さは分からない」とか、「こんな安易に会社辞めるようでは他でも通用しないぞ」みたいな、オヤジ的人生訓を垂れるのは、私の趣味ではないし、その言い分に大した妥当性もないと思います。

社員がなぜ辞めるのか?こらえ性がないとか、そんな問題じゃない。ほとんどの場合、その企業組織に自分の望む将来が見出せないから辞めるのです。

後で知ったことですが、10日で辞めた例の社員も、その決断にかなり悩んだそうです。有名企業IBMとはいえ所詮インターン採用、給料は安いし、正社員になれる保証はない。彼の地元は中国・遼寧省北部の工業都市、両親は経済的に裕福とはいえず、相当無理をして、息子を大学卒業まで育てた。だから親にも仕送りしなければならない。でも、インターン採用では生活するのにも事欠く給料。

親の(経済的)期待というプレッシャーに直面していた24歳の彼。当然ながら、他社にいくつか応募しており、結局、正社員採用してくれる企業に入社が決まったそうです。

後日談になりますが、私に対して、そこまで心を割って話してくれた彼に感謝したのは言うまでもありません。

採用担当者として、辞める社員を責めたくなる気持ち、「このクソ忙しい時に、面倒かけやがってコノヤロ」と叫ぶ心の声、それは痛いほど分かります。でも、そこはグッとこらえて、笑顔で送り出すべきなのです。

また、会社組織と、自分の人生目標がミスマッチを起こす時、辞めるという選択は、ほとんどの場合、正しいと思います。自分の人生はもちろん、会社にとっても、そうするのが多分、一番いいはず。

「石の上にも3年」とか、「我慢すれば、徐々に仕事の面白さが分かってくるよ」とか、そんな漠然とした言辞でひとさまの貴重な時間を浪費させる気はありません。「慰留」なんて無意味。その人の人生目標にマッチする、具体的な提案を会社ができない限り、引き留めるべきではありません。

待遇を含めて、会社によりよい将来を見い出せなければ、すぐ辞めるのが吉。「辞職」という、自分にとって最高の選択をした社員を祝福して気持ち良く送り出す、それができる採用担当者はプロフェッショナルだと思います。

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事故死のリスク

こんばんは、Manachanです。

昨日は大阪でモンゴル不動産セミナー、なかなかの盛況でした。東京から出発して、行きはLCC(ジェットスター)、帰りは夜行高速バスと、激安交通機関で移動しました。帰りは新幹線使いたかったんですが時間が合わなくてねえ…

大阪からの帰路、やや窮屈なバスに揺られて、千里中央あたりの夜景をぼーっと眺めながら、ふと、こんな思いが去来しました。

俺が移動中に事故死する確率って、どの位あるんだろう

今の私、月に数回は、国内各地をセミナー行脚する、旅芸人みたいな暮らしを送っています。海外への不動産視察も、毎月のように実施してます。移動頻度は半端ないし、いろんな国でバス、電車、飛行機、フェリー、バイクタクシー…様々な交通機関を使いますので、多くの人より移動中の事故リスクにさらされているかと。

日本国内の、東京-大阪間にフォーカスして考えると、三つの移動手段があります。

・新幹線
・航空機(LCC)
・高速バス

それぞれの手段を選んだ場合、自分の使う乗り物で死者が出るような事故に遭遇するリスクって、どの位あるんだろう?

常識的に考えれば、一番リスク高いのは高速バスでしょうね。航空機や新幹線は1~2時間の移動だし、コントロールされた環境で運行するけど、高速バスは大小さまざまな車が行きかう環境を7時間とかドライブするわけだし…

夜行バスの運転とか、過酷な仕事ですよね。私、オーストラリアやアメリカに住んでいた時、夜間の長距離運転も結構やりましたけど、コーヒーでは足りず、セロリ&パセリ丸かじりして眠気を抑えていたほどだし…

そこで、事故の数字から、死亡事故確率をざっくり試算してみました。

1)新幹線

日本の新幹線は、1964年の運行開始以来、50年間、車両に由来する死亡事故ゼロという、世界でも稀にみる安全な交通システムとされます。唯一、ドアに指を挟まれた高校生が転落死する事故が1995年に起きていますが、これが新幹線史上唯一の旅客死亡事故です。

東京-新大阪間の、新幹線運行本数は1日片道なんと160本!これが365日欠かさず動き、95%が運行すると仮定。これまで50年間無事故ですが、60年に1回、死亡事故が起こると仮定すると、

160ⅹ365x0.95x60=3,328,800回 ⇒ 332万分の1の確率

2)航空機

旅客航空機事故は、今年に入って東南アジア方面(マレーシア、インドネシア、台湾)で5~6回起こってニュースになりました。日本においては、東京-大阪間の路線で1984年に御巣鷹山墜落事故が起こって520名の死者が出ていますが、一般の旅客を乗せた航空機事故の死亡例は、1996年の福岡空港ガルーダ航空オーバーラン事故が最後のようです。

東京-大阪(伊丹、関空)間の、旅客機運行本数は1日片道40本前後。これが365日欠かさず動き、95%が運行すると仮定。30年に一度、死亡事故が起こると仮定すると、

40ⅹ365x0.95x30=416,100回 ⇒ 41万6千分の1の確率

なお、アメリカの国家運輸安全委員会 (NTSB) の行った調査によると、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%であるという。アメリカ国内の航空会社だけを対象とした調査ではさらに低く0.000034%(29万分の1)となる。私がざっくり計算した東京-大阪間の事故確率と似た数字で、あながち的外れでもなさそうですね。

3)高速バス

高速ツアーバスの死亡事故は、ここ最近だけでも、結構な頻度でニュースになっています。関越道、北陸道、東北道などで、運転手や乗客が死亡する事故が起こっています。

国土交通省のやや古いデータになりますが、バスの事故件数、乗り合いでは176件、貸し切りでは30件…2日に1回は重傷者が出るような事故、2ヶ月に1回は死亡者の出る事故が発生しているようです。

「2か月に1回の死亡事故」が、全国の高速道で同じ確率で起こっている仮定すると、東京-大阪間の距離は高速道路全長の約14分の1ですから、単純計算で「約28か月(2年4ヶ月)に1回起こる」となる。東京-大阪間の、高速バス運行本数は、昼行、夜行含めて1日片道40本前後ですから、1年365日、運行率95%として

40ⅹ365x0.95x28/12=32,363回 ⇒ 3万2千分の1の確率

以上まとめると、交通手段別の死亡事故発生確率

・新幹線 332万分の1
・航空機 41万6千分の1
・高速バス 3万2千分の1

「高速バスの事故確率は新幹線の100倍」という解釈もできるし、「一番リスクが高い高速バスでも3万分の1しかない」と思う人もいる。

ちなみに私は後者で、「計算上3万分の1程度のリスクなら誤差の範囲」だと考えます。リスクというものは、単一のものだけ取り出しても意味がなく、私たちが生活のなかで直面する様々なリスクと比較考量すべきもの。

で、私の場合、「新興国・途上国で、出所の分からない食べ物を口にして食中毒になるリスク」、「新興国・途上国で、不十分な道路インフラなのにスピード超過のバスやタクシーに乗って事故に遭うリスク」を冒しているわけで、「東京大阪間を高速バスで移動して事故にあうリスク」などは、気になりません。

それに、私がクルマ運転して事故る確率の方がたぶん高いよね…

【今回も無事、東京に帰ってきました】

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天才学級のつくり方

こんにちは、Manachanです。いま、成田空港への車中でPC広げてブログを書いています。

今年のManachanブログは、「既存の思考の枠組みを破る」ことを提唱しております。「非現実的かもしれないけど、こんなのあったら面白いと思う話」が、たくさん出てくるかと思います。昨日は、「もし日本とフィリピンが対等合併したら?」というテーマで書きました。

今回は珍しく、教育ネタでいきます。私の考える、「こんなクラスあったら楽しいな」という話…

以前ブログで書いた通り、私は小中学校時代、「全く授業を聞かなくても、なぜかテストの成績だけは良い」変わった子でした。生活習慣はだらしない、授業中はポケーと阿呆面して、まともな受け答えさえできないのに、算数や社会のテストは100点を連発!「規格外の子」なので、先生もさぞかし手を焼いたことでしょう。

当時、日本の公立学校は、そういう児童に対する配慮は一切なく、一斉に「皆と同じことをやらせる」教育に終始していました。

いま思うと、少なくとも私にとっては、壮大な時間の無駄だったのかもしれません。「毎週、全校朝礼で1時間以上立ちん坊になって、校長のクソみたいな講話を聞く」、「卒業式の送辞、答辞で、先生の書いたシナリオを一語一句間違えずに話す」、「答えの分かり切った算数ドリルを、できない子に合わせて時間かけてやる」等々…そんな生活で一体何が身についたのだろう?「皆一斉にヨーイドン、日本の学校とはこういうものなのだ」と、我が身をもって体験したことが唯一の学びだったのかもね。

少なくとも、自分の興味の赴くまま、好きな本を読んだり、自由研究したり、英語を話すためにフィリピンあたりに行った方が、よほど身になったかもしれません。

その意味で、注目したいのは「特別支援学級」(特学)の存在。2006年まで「特殊学級」と呼ばれていたものです…一般のクラス(通常学級)が30~40人制であるのに対し、特学は生徒8人に教師が2人つき、一人ひとりの進度に合わせたきめ細かい学習指導ができることが特徴です。

昨年、近所の特学を見学したことがあります。私、このクラスは知的障害等の理由で、普通学級についていけない子のためにあるのかと思っていましたが、実際にみてみると、そうでもありませんでした。

確かに、知的な発達が遅れた子もいましたが、なかには通常学級に十分ついていけるレベルの子もいました。まだ2年生なのに4年生の算数ドリルをやってる子も特学にいました。学習環境も実に恵まれていて、最近、建設されたエレベーター付きの新校舎で、40人用の教室を生徒8人でゆったり使っていました。かなり「目からウロコ」でしたね…

私、「通常学級よりずっと進んだ特学」があっても良いと思うんです。イメージとしては、こんな感じかな。

・知的能力が平均以上で、自ら学習する能力を持ち、通常学級の授業が退屈だと思う子たちを集めて、興味の赴くまま、好き勝手に学習させる。

・教師は、児童の自主学習をサポートする役割に徹する。

・教室には、コンピューターやタブレットを導入し、ありとあらゆる分野のeラーニングを用意する。それを使って興味ある分野を児童が自分で調べたり、共同プロジェクトできるようにする。

・児童がある分野を極めて非常に詳しくなったら、その道の一流の人材や研究機関を紹介する。

・地域に住む外国人にボランティアで来てもらい、英語、中国語をはじめとする外国語の会話をいつでも学べる環境をつくる。

あと、やはり子供なので、自主学習だけでなく、社会性を育むことは必要です。でも通常学級の「皆と一斉に同じことをする」方法論は通じないので、

・療育センターの支援を得ながら、一人ひとりの特性に合った話し方、聞き方、集団での振る舞い方を身につける授業を定期的に設ける。

ここまでできれば、「特別支援学級」じゃなくて、「天才支援学級」に改称した方がいいかもしれないな。また世間の評価も大いに変わるでしょう。「私の子供にアスペルガー診断が出たのよ、ラッキー!天才支援学級に入れればいいなあ♪」みたいな会話がママ友の間で出てくるかも。

私が何を言いたいのか…知能レベルが一般の子より高く、かつ通常学級の枠にはまらない子供たちを、組織的に育成する仕組みがあって良いのではないか?ということ。

知識・知能は、現代社会において大きな価値を持ちます。育て方によっては、大きな産業や雇用を作り出す原動力になるかもしれません。すでに労働集約型の工業を卒業した私たちの社会は、優れた頭脳と知識にもっと投資する価値があるのではないでしょうか?

とはいえ、国家予算が限られるなか、多額のお金を使って天才を育成するよりも、既存の特別支援学級の枠組を使って、教学プログラムを組み替えて、アスぺ等、知的能力に優れているかもしれない子供を、気持ちよい環境で伸び伸び学ばせる方法を開発する。その試みが成功するかどうかは分からないけど、少なくとも彼らが巣立つ時、私たちの社会の宝になっている可能性を高めるのではないでしょうか?

次回のブログは出張先、カナダかアメリカからの更新になります。お楽しみに。

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