日本へUターン起業のすすめ(4)

(この物語はフィクションです)

オーストラリアから日本へUターン移住したAさん一家。日本で育ったとはいえ、10年の海外生活で感覚や価値観が相当変わりましたので、日本社会に復帰する上でいろいろな課題や気づきがありました。

 

1)日本で実年齢は必ず聞かれる

Aさんは、オーストラリアの暮らしで、自分の実年齢を意識することはありませんでした。職場や面接で年齢聞かれたことは一度もありません(求職者に生年月日聞くのがそもそも違法です…)。同僚も海外からの移住組が多く、さまざまな年齢で移住してきています。上下関係が年齢とリンクしてないなか、わざわざ、ひとさまの年齢を知る理由はありません。

そんなAさんが、日本で就職活動をすると、履歴書に生年月日を書く欄があるのをみて驚きました。面接でも普通に年齢聞かれましたし、職場でも上司や同僚に、年齢や出身学校や卒業年次を聞かれたのは、さすがに違和感がありました。

でも、日本でしばらく暮らすうちに、なぜ相手の年齢を知りたがるのかを理解できるようになりました。日本人は、相手の年齢を自分の年齢と比較したうえで、言葉遣いや対応の仕方を考えるからなのですね。オーストラリアでは成人すれば年齢問わずフラットな感じがありましたが、日本の人間関係では、年齢などの上下関係がないと座りが悪いのでしょう。とはいえ、女性に年齢聞くことは文脈によっては軽いマナー違反になることも学びました。

 

2)言葉を使わずに「察する」ことが求められる文化

Aさんが、子供が学校からもらってくる教科書に一通り目を通した上で、一番価値が高いと思ったのが「道徳」の教科書でした。

読み物としてのクオリティが高く、子供の日本語読解力キャッチアップに役立つ上に、内容も「思いやり」とか「公共を大切にする心」、「歴史や文化を尊重する心」、「客観的状況から事実を把握するスキル」など、人間として生きる上で大事なことばかり。我が子がこれを内面化できれば、一生の財産になると思いました。

その代わり、「一流の食材は、一流の料理人じゃないと扱えない」。こんな深い内容の教材を、平均的な小学校教師が上手に扱えるとは思えないので、家庭教育の素材として徐々に使っていこうと思うAさんなのでした。

道徳の教科書自体、オーストラリアでは見たことありませんが、読んでて明らかに「日本的だな」と思ったのが、「言葉を使わずに、察する」コミュニケーションが重視されること。たとえば、「雨の日のバス停近く、商店の軒下で雨宿りしながら並ぶ人が数名いる状況に気づかない子供が、来たバスに真っ先に飛び乗って、お母さんに怒られた…なあぜ怒られたのか考えてみよう」という文章がありました。オーストラリアで同じことが起これば、雨宿りしている大人が”Please do not jump the line, mate!”(列に横入りはやめようね)と、言葉を使って言うはずです。多民族国家で「暗黙の了解」なんて通用しませんから、「相手の気持ちを尊重しつつ、上手に言葉を使う」スキルの方が重視されます。

そんなオーストラリアの環境に慣れたAさん、「言葉を使わず察するなんて、難しいなあ」と、日本流のコミュニケーションに戸惑う日々が続きます。もっとも、日本の都市部では外国出身住民が増え、ゴミ出しや騒音などのトラブルも増えたため、行政が「やさしい日本語を使って説明しよう」キャンペーンをやったりしています。日本社会も徐々に、「言葉を使ったコミュニケーション」が重視される流れなのかもしれません。

 

3)いまさら「働き方改革」なんて・・・・

Aさんが移住した頃の日本は、安倍政権による「働き方改革」の呼びかけが始まった時期でした。一言でいうと「労働生産性を上げて、極力残業しない働き方を実現する、副業やダブルワークも柔軟に認める」…という内容ですが、よく考えれば、オーストラリアで、そういう状態は30年以上前に実現しているわけで、「何をいまさら」感がある。

Aさん自身も、オーストラリア在住当時、残業はほぼしなかったし、アフター5の自由時間を使ってちょっとした副業をしたりしました。周りもそれが当たり前でした(本業でエンジニアなのに、副業で家具のビジネスを立ち上げて、そちらが本業になっちゃった奴もいます)。

日本はオーストラリアからみて、テクノロジーや産業の進んだ先進国にみえるけど、働き方の面では、30年以上遅れてるんだなあと思った次第。

 

4)日本に来て「捨てた利便性」と、「得た自由」

日本にUターンした場所が東京だったこともありますが、Aさん一家は移住後まもなく、「日常的にクルマを使う利便性」を捨てなきゃいけないことを悟りました。

オーストラリアに居た時は、基本どこに行くにも、クルマ利用。時に渋滞の悩みはありますが、慣れると「クルマのトランクに全てを詰め込んで、自宅まで一歩も歩かず、重いものも持たずに移動できる」便利さがありました。でも東京でそれは無理な相談。まずもって駐車場が高い、行った先で駐車も一苦労。道路も狭く、結局、公共交通機関を使ったほうがはるかに早く到達できる。Aさんはマイカーを持つ考えを諦め、普段は電車やバス。たまにクルマ使う時は、いま流行りの「カーシェア」でレンタルすることになりました。

また、オーストラリアで当たり前だった、「広い庭、広い居住空間」も、東京では諦めなくてはなりませんでした。もっとも、東京で広い庭なんて無理だと知っていましたが、室内の居住空間もかなりコンパクトになります。いまAさん一家の住まいは、専有面積75㎡前後2LDKバルコニー付の集合住宅。「ずいぶんコンパクトだな」と思いましたが、周りをみると、「東京の都心近くで75㎡に住めること」境遇自体が比較的恵まれていることを悟りました。

クルマを捨てたAさん一家、「駅やスーパー、コンビニまで歩くか、自転車に乗る」ライフスタイルになりました。最初はもちろん、慣れるのに大変でした。夏の暑い日も、冬の寒い日も、雨や雪の日も、とりあえず外気にさらされるわけです。特に、信号待ちする時が苦痛でした。これまでクルマでラクしてたんだなあと悟りました。

とはいえ、この生活に慣れれば、しめたもの。夜中11時12時でも人通りがあってお店が開いてて、女性ひとりでも買い物に行ける自由を手にしました。オーストラリア都市部で、こんな遅い時間に外出するのはまず考えられませんし、治安の懸念もありますが、日本(東京)では「夜中に、一人で外出して、好きなことをする」自由があります。

あと、子供のいる家庭人としていうと、オーストラリアだと公園にも親がついていくのが当たり前ですし、子供一人で留守番させることもありません。そもそも12歳以下の子供を放置すればネグレクトで犯罪になりますが、日本では親不在で子供だけで公園や街で遊ばせることができる…それには驚きました。治安の良さのおかげでもあるのでしょうが、「子供から目を離して親の時間を過ごせる自由」ってあるんですね。

 

Aさんは、オーストラリアで長年暮らした視点から、日本の文化や暮らし、働き方を再発見するブログを書き始めました。それが好評を博し、ファンも増えてきました。

数年後、Aさん一家に転機が訪れた時に、こつこつ書いてきたたブログが幸いすることになるとは思ってもみませんでした。

 

次号(最終回)に続く

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