ままとぱぱ仲良し

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台湾の育児書が日本人に合う理由

こんにちは、Manachanです。今回は育児ねたでいきますね。

先週いっぱい、台湾に滞在していた妻から、現地で本を買ってきてもらいました。育児書数冊(当然、全て繁体字中国語の本)読みましたが、一番良かったのがこの本です。

 

受傷的孩子和壞掉的大人』(陳志恆, 圓神出版社)

 

タイトルを日本語でいうと「傷ついた子供と、壊れた大人」。著者・陳志恆さんは台湾各地の中学校と高校で学校付きの心理カウンセラーを10年経験し、今は教職を辞めて作家になっている方ですが、

この本の特色は、何といっても台湾の同業者(カウンセラー)や教育者からものすごく絶賛されていることでです。その一部を日本語にしてお伝えしますと、

 

『この本こそ、心理カウンセリングの最高の実践だ』

『本書を貫く、親子関係や師弟関係を改善する考え方や態度、是非大人たちに読んでもらいたい』

『無力感に苛まれる世代に「力」を与える実務経験を通じて、我々に良い気づきを与えてくれる。大人の私たちが自分自身と折り合いをつけて、はじめて子供たちと折り合いをつけられるのだ』

『青少年の困惑、親たちの焦り。文章からにじみ出る著者の暖かい心が、読者の心を根底から揺さぶる』

『この本を読んで、心の中で思ったこと…傷ついて疲れた全ての子供たち、先生方、親たちにこの本を送りたい』

 

上記の全てが、教育現場で働く先生方や心理士から寄せられたコメントです(全部で、この3~4倍くらいの数があります。)

著者は現場の心理カウンセラーとして、学習の悩み、先生との人間関係の悩み、クラスでの異常行動、両親との確執など、さまざまな問題を抱えた子供たちと真摯に向き合います。著書ではたくさんの相談事例が出てきて、当然全てうまくいくわけではないですが、「子供が口を開くまで辛抱強く待つ」、「しゃべってくれたら真剣に聞く」、「パーソナルスペースを確保して静かに寄り添ってあげる」、「子供たちだけでなく、彼らに関わる先生方や親たちに素直に感謝する」、それを愚直に繰り返していくことで、多くの子供たちの心を開き、課題を一つひとつ解決していきます。

また、文章からにじみ出る著者の暖かい心、眼差しにも癒されます。彼は優秀、頭脳明晰なタイプというよりは、ひたすら誠実で愚直な性格で、誰も悪者にせず、誰の人生も尊重し、出会いや縁に素直に感謝する人。だから読後感もさわやかです。

 

著者は言います。

・「壊れた大人たちと接するなかで、子供たちは深く傷ついています」(「壊れている」の意味は、子供を独立した人格として認めない一方的な言動をすること。子供の言い分をまじめに聞かない、大人の価値観を押し付ける、過大な期待をする等々…)

・「とはいえ、壊れた大人たちも、元はといえば、傷ついた子供でした。親世代からの価値観の押し付けや無理解、高圧的な教育のもとで傷つき、その傷が完全に癒えないまま親になり、今日に至ります。でも前の世代の子育てしか知らないから、子供にも同じことをやってしまうのです。」

・「日々のお仕事、子育て、ありがとう。私たち大人から始めましょう。かつて少年少女時代に傷つき苦しんだあの頃を直視しましょう。あの無念を、我が子たちに、次の世代に伝えたいですか?」

 

この本の内容は、日本の教育現場で困っている先生やカウンセラー、子育てに悩む親たちに是非知って欲しいと思いました。日本で出版される育児書は、日本人が書いたものの他は欧米の訳書が多いと思いますが、この本は台湾人が台湾の現実のなかで書いたものなので、日本人にはリアリティをもって理解できるのです。

台湾は、経済社会のあり方、教育制度、国民性…どれをとっても、欧米よりはるかに日本に近い。学校信仰が強く、熾烈な受験競争が存在し(たぶん台湾の方が日本よりシビア)、先生と生徒、先輩と後輩、親子の間はフラットでなく上下関係が基本。もともと軍隊式の強圧的教育が広く行われ、今は多少緩和されて「体罰禁止」の世になったとはいえ、昔ながらの強圧的な教育を懐かしむ年配教師も多い上に、英語ITはじめいろんな教育ニーズが出てきて現場は混乱中。学歴社会とはいえ今や良い大学卒業が良い就職に直結するとはいえなくなり、最近は学校不適応や不登校が増え、学校付きのカウンセラー職が登場してきた…多くの面で台湾は日本と瓜二つ。

本に出てくる台湾の子供たちも、まるで日本の子供たちと瓜二つの言動をします。親の過大な期待に傷つけられても、期待に応えようと極限まで頑張る子供、友達や先生にどう思われるか極端に気にする子供、逆に無気力になって、何を聞かれても「別に」「まあまあ」、「ぼちぼち」を連発する子供など。

 

欧米より過密な都市社会。皆が猛烈に競争して、猛烈に経済成長して、今は猛烈に子供少なくなって経済不振…東アジア人はたぶん、欧米人より密度の高い時間軸を生きており、短い時間で社会が激変するなか、欧米(特に英語圏)社会の強い影響を受けつつ、一方で先祖から受け継いだ重すぎる文化伝統を背負っており、欧米の新しい潮流や思想が社会や教育現場になかなか定着しない。子育てでも、社会の変化の速さに親も子供も戸惑う…

同じ東アジアの現代を生きる人間、子育てや教育現場に携わる人間として、とても共感できました。この本で用いられる「子供や親、先生との接し方」、「相手の心を開かせる方法」も、社会や国民性が近い分、日本でもそのまま使えると思います。

是非、誰かがこの本を日本語訳して、日本で出版して欲しいです。きっと多くの人に役立つと思います…。

 

中国語できる方…FB、ブログのリンクはこちらです。

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「学校適応が難しい子」と「担任教師の無理解」による厄災を防ぐ方法

こんばんは、Manachanです。今回は子育て、学校教育ねたでブログ書きますね。

うちの近所にお住まいで、お子様を評判の良い公立小学校に通わせている友人から、残念な報告が入りました。学校で小3のお子さんと担任教師がトラブルになり、身体的な威嚇まで受けたにも関わらず、その教師は何らの処分も受けずに他校に転籍、どうしても納得いかないので不本意ながら裁判沙汰にするという…

そのお子さんは「集中できない、落ち着きがない」性格で小さい頃から発達障害の傾向が見られたので、お母さんは学校選びにものすごく気を遣い、自宅から距離のある学校まで日々、行き帰りの付き添いもしてきました。それで小1~小2は理解ある教師に恵まれ順調にいけたのですが、3年の担任教師がとにかく性格が合わず、お子さんも教室に怖くて入れず、強いストレスを感じると暴発したりして、「〇君が暴れて他の子に迷惑かけてます」と言われて何度も学校に呼び出されたようです。

 

まだ親の言い分しか聞いてないですが、私はお子さんに同情しますね。まだ小3、学校生活がどれだけ怖くて、不安だったことか。登校しても教室に入れなかったのはなぜなのか、教師として、もっと子供に寄り添って懸念を理解できなかったものなのか?暴発という問題行動を起こしたのも、おそらく「感情の高ぶりをどうコントロールしてよいか分からない」というスキルの問題である可能性が高く、もしそうなら罰を与えても全く意味がない。この子に足りないスキルが何で、どういう理由・きっかけで起こるのかを、子供を預かるプロ教育者として考えられなかったものなのか?

その観点でいうと、間違いなく、担任教師のスキルが足りなかったのでしょう。問題の初期から親を巻き込んで解決策を練るような機転もきかず、「迷惑」という言葉で物事を断じ、結局親とも全面衝突して裁判沙汰にまでなってしまったわけです。さらに言うと、その教師を処分せず、他校転籍というかたちで「臭いものに蓋」した学校側のマネジメント能力も大いに問題ありだと思います。

間違いなく言えることは、こうした一連の出来事で、最もつらい思いをしているのはお子さん本人だということです。

 

振り返ると、私自身が、ある種の発達障害を抱えた子供だったので、この一件は身につまされます。我が小中学校生活は、まさにジェットコースター、担任によって天国にも地獄にもなりました。よく理解してくれる担任のもとで順調な一年を送っても、学年が進んで担任が変わると、また一から振り出しに戻ってしまうのです。

さらに言うと、当時は今以上に、「子供が変なのは母親のせい、子育てのせい」にされる世の中でした。学校の先生も周囲の親たちも、私の奇行の数々(青っ洟を垂らして汚い、忘れものが酷い、身なりが酷くだらしない、言葉で気持ちを表現できない、授業態度は最悪だけどテストの成績だけは良い等々…)を、家庭でしつけができてない問題だと解釈し、私の母親のせいにするのでした。

確か小5でしたか、通知表にこんな所見が書いてあったのを今でも覚えています。

 

「基本的な生活習慣ができてないので、周囲の子に軽視される傾向があります。家庭でのしつけを徹底してください」

 

それをもらった私は、悔しくて切なくて、母親に涙ながらに訴えました。

 

「いまの先生は、僕のこと、全然分かってくれないんだよ」、
「それなのに、みんながお母さんを悪者にするんだ、すごく悔しいよ…」

「そうか、分かった。マナブは、お母さんのために泣いてくれたんだね。ありがとう!」

 

そして、歴史は繰り返す。今度は私自身が大人になって、不登校児を抱えて子育てすることになりました。中1の娘ですが、この子は私よりも困難が見えにくく、学校では全く問題行動を起こさずフツーに見えるのですが、登校が難しく、自宅で育つ生活を何年も続けています。

娘も私の子供時代と同様、担任によってジェットコースターみたいに運命が変わる学校生活を送ってきました。小学校の6年間で、理解のある担任の先生にあたったのが2回、あとの4回は彼女にとってベストとはほど遠く、担任との相性や理解度が不登校に直結するわけです…困難を抱えた子供の学校生活というものは、かくもデリケートで、壊れやすい。

 

周りを見渡せば、娘のように学校生活に適応できない子が何人もいます。我が家は国際結婚ファミリーですが、両親とも日本人の家庭でも当たり前にそういう子はいます。そして、学校と子供の適応というテーマは国を問いません。以前ブログで書きましたが(不登校児、どの国で育てても大変)、オーストラリアで知り合いの男の子(両親とも豪州人英語ネイティブ)が、小学校を2回変わっても適応できず、校長・副校長先生の教育方針にも合わずに、現在はホームスクール(自宅学習)しながら育っています。

「当たりはずれ」(Hit and Miss)は人生につきものとはいえ、もう少し何とかならんものでしょうか?まだ幼い子供が学校で適応困難になったら、親も教師も大変な思いをするし、それ以上に子供が辛い。教師との相性の良し悪しは避けられませんが、相性の悪い教師に当たってもリカバリー確率を高める方法論や体制をつくれないものでしょうか?

 

私思うに、学校内に「子供の代理人」(Advocate)的な教師が居て、早期に適切な介入ができれば成功確率が断然高まると思います。私は小学校の2年(前半のみ)と6年で、娘は3年と6年で、自分を理解し、高く評価してくれる担任教師に当たりましたが、仮にそうでないタイプの教師が担任になってしまった場合も、相性の良い大人に引き合わせてくれたり、相性の悪い担任から上手に引き離してくれるような役目をしてくれる誰かが居てほしい。

それが「生活指導(不登校対応も含む)の担当教師」なのか「保健室の先生」なのか、「スクールカウンセラー」なのかは学校によって違うでしょうが、少なくとも子供の気持ちをよく汲み取ってくれて、かつ学校内の教師の性格やスキルをよく知り、かつ担任に勇気を持ってNO!と言える方が望ましいと思います。

 

娘の場合は、奇しくも、在籍中学校にある「にほんごくらぶ」の先生(外国出身で日本語が不自由な児童が授業についていけるようサポートする専門教師)に救われつつあります。たまたま、その先生が言葉の問題含めて学校適応に苦しんでいる生徒をたくさん見てきたから子供の代理人になれるわけです。さらに踏み込んで言うと、私たちの暮らす東京江東区が外国出身者を一定数抱える多文化の社会になりつつあり、それに対応しようとする学校側の動きが結果的に娘を救っている面があるわけです。

学校適応に困難を抱える児童は、担任の無理解によって大きなダメージを受けてしまうハイリスクな存在ですが、仮にそれが起こったとしても、問題行動を起こす前に「子供の代理人」によるタイムリーで適切な介入ができる体制を、各学校で考えてもらいたいと思います。

 

最後に、私は子供時代に辛い思いをした経験と、娘の不登校問題を活かして、日本の公教育の現場で教師の方々と協力して有益なインプットをしていきたいと思います。

私立に行くとか、インターや外国留学に行くみたいな、「教育をお金で解決する」アプローチを私は好みません。日本の国庫に少なからぬ不動産譲渡益税や法人税を払ってる納税者なんですから、その税金で運営される公立の学校に子供を通わせたいし、かつ、税金が十分活かされるように、保護者の立場から先生の能力を開発し、よい仕事をしていただく上で貢献したいと思います。

 

世界中を見渡すと、今の日本の教育現場で「先生が真面目で熱心」なのは、何にも代えがたい財産だと思います。公立学校の先生がロクな給料もらえない国、教師の副業や怠業が当たり前の国、それを嫌気した富裕層が子供を私立や外国に逃がす国なんて、世界中にたくさんありますもん。少なくとも日本では、普通の公立学校で、一定レベル以上の教育を受けた先生が熱心に職務に勤しんでますし、地域の保護者と対話しようという意識も高い。日本人の特性か、相手の立場に立った共感能力の高い教師も少なくない…客観的にみて大変恵まれた国に住んでいると思います。

個人差はあれど先生方が真面目で勤勉だからこそ、ポテンシャルも大きいと思いますし、日本社会に貢献する次世代を育むのに絶対不可欠な条件「どの子にも教育の機会を与える」という理念にも共感してもらえると信じます。もし、困難を抱えた児童が相性の良くない担任に当たり、タイムリーで適切なケアができなかった結果、「その子に教育の機会を失わせてしまう」のはもちろん良くないし、それを防ぐために学校側で何ができるのか、保護者と一緒に考えましょうという提案にもご理解いただけるはずと思います。

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空気よめない父 vs 空気よみすぎる娘

こんにちはManachanです。今回は久しぶりの育児エッセイでいきます。

私自身も、娘ソフィアも、それぞれ日本の学校には不適応な面を抱えつつ育ってきました。娘は現在中学1年生で不登校中。一方、私の小中学生時代は不登校自体が許されず(当時は「登校拒否」という犯罪者めいた言葉で呼ばれていた)、担任の先生にも毛嫌いされつつ日々登校しましたが、さすがに高校生になると自我が芽生えて、自分の意志でしっかり不登校するようになりました。

余談になりますが、加計学園問題で国会証人喚問されて、時の人となった文科省の元事務次官・前川喜平氏。出会い系バーや天下り斡旋問題もあって賛否両論の人物かと思いますが、彼、実は日本の不登校問題における偉大な功労者なんです。

 

・1980年代「登校拒否」児が増えた時期。当時の学校は「登校しないと卒業証書ださないぞ!」と保護者や子供を脅すことが横行し、無理な登校がさらに悲劇を大きくするトラブルが続出。そこで文部省は「卒業証書必ず出しなさい」指導を出した。その結果、今では完全不登校の状態であっても中学校から卒業証書が出るようになった。

・1992年に、「登校拒否」ではなく「不登校」という言葉を通知で使い、不登校は誰にも起こること、当たり前のことだと認識を改めた。その上で、民間施設等で学校復帰を前提とする指導を受けている場合、在籍学校での出席扱いにする方針を出した。

・2016年、馳浩文科大臣ら議員有志と協力して、「教育機会確保法」の実現に尽力した。

 

娘と同様、かつて日本の学校で不適応を経験した父の視点でみると、不登校児童に対する教師の理解や支援体制は、今なお課題が多いとはいえ私の小中学校時代と比べれば格段に整ってきたと感じます。これも前川氏や馳議員をはじめ、多くの方々の功労があってこそです。

ところで、同じ学校不適応でも、私と娘とは、違うタイプの性格ゆえ、それぞれ別の苦労をしています。

 

私は、空気が読めない。だから、集団行動でさまざまな問題を引き起こす。

逆に娘は、空気を読みすぎてしまう。表面的には集団行動で全く問題ないようにみえるが、実は相当疲弊している。

 

いずれも、病気ではなく、人類に一定の割合で存在する「脳の性質」です。私のは「自閉症スペクトラム」とか「アスペルガー」とか呼ばれるもので、娘のはおそらくHSP(Highly Sensitive Person、高敏感性・高感受性)かと思いますが、いずれも少数派であり、多数派の児童や先生に最適化された学校社会において様々な不適応を起こしやすいのです。

それぞれ、どんな問題を起こすのか?私の場合は、集団行動のなかで自分が何をすべきなのか、ちゃんと言ったり書いたりしてくれれば理解できるけど、それ以外の非言語的コミュニケーション(空気読み、人の気持ちを察する等)が極めて苦手で、それができて当然と考えるグループのなかでは誤解や齟齬が起こりやすい。この性質のせいで、社会人になっても、また家庭生活でも苦労しています。

一方で、娘の場合は、集団行動のなかで自分がすべきことを、他の人より知りすぎてしまう。空気を読みすぎ、同調圧力も必要以上に感じてしまう。人間関係だけでなく、大きな音や匂いにも極めて敏感で、処理する情報が質量ともに多すぎるために、学校で起こる物事にすぐ圧倒されてしまう。表面的には他人とうまくやる能力があるので、問題行動は起こさないが、実は相当な無理をしているので、結局、自分を守るために不登校や引きこもりになるのです。

言い換えれば、非言語的な情報に「鈍感すぎる父」と「敏感すぎる娘」…ともに、学校など集団生活では苦労するという共通点を持っています。

 

でも、学校という閉じた社会で不適応を起こしても、実社会ははるかに複雑で多様なので、鈍感な父も敏感な娘も、どちらも、社会のなかで居場所をみつけることはできるはず。その意味で私は、娘の将来を楽観しています。

私の場合は、非言語コミュニケーションは極めて苦手でも、言語コミュニケーションは人一倍得意で、ブログやコラム執筆、外国語習得などの分野で能力を発揮し、それを仕事に活かしています。他人のペースで動かされるのは絶望的に不得手ゆえ接客業などは無理でしょうが、得意分野に特化して自分のペースで動くのは得意なので、「海外不動産投資」という圧倒的な得意分野に特化して、情報発信と組み合わせてビジネスをしています。

一方、娘の場合は、感受性が人一倍強いという特性を生かした職業で輝けると思っています。例えば、デザイナーとか、カウンセラーや精神科医、あるいは、本人が多人数と付き合うストレスを克服する方法を見つけたなら、それこそ「学校の教師」になれたら良いと思います。不登校が一向に減らない今の教育現場では、一人ひとりの子供に好奇心を持ち、心でつながれる教師が切に求められているからです。

 

最後に、私と娘の性格は相性良いです。多くの刺激を受けすぎて疲れてしまうHSPな娘にとっては、たぶん鈍感すぎる人間の方が気が楽でしょう。

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もし文京区で育っていたら…

こんにちは、Manachanです。今日は育児・学校ねたでいきます。

東京を代表する文教地区といえば、「文京区」の右に出る者はいません。面積11平方キロの狭い区内に、他の類例をみないほど多数の教育機関が立地しています。「東京大学」のおひざ元であるのはもちろん、

 

文京区内の教育機関

大学18  (国立4、私立14)
高校28  (国立2、都立3、私立23) 
中学校27 (国立3、区立10、私立14)
小学校24 (国立3、区立20、私立1)
幼稚園30 (国立3、区立11、私立16)
 

まず、幼稚園~小学~中学の段階から国立校が3校揃ってるのが凄い。あと、区内の国立大学、どこも偏差値70以上必要な、日本のベスト・オブ・ベストな難関大学揃い…そんな環境なので、文京区には頭がアカデミックに賢いお子様や親御様が大勢いらっしゃいます。

 

文京区の「お受験」は幼稚園から始まり、国立小学校の入学対策を3歳から始める方が相当数います。また区立小学校もブランド価値が定まっており、区内で特に人気の高い「窪町小学校」と「誠之小学校」では、学区内に住まないと入学が極めて困難なこともあり、学区内に立地する分譲マンション価格が他地域の1割増しだったりします。

いつの時代も、我が子により良い教学環境を与えたいのは切実な親心…文京区内は首都圏や地方の富裕層が、子供の誕生を期に「マンション買って教育移住」のメッカでもあります。

 

そんな凄い教育エリアに、私は子供時代、2~3年ほど住んでました。幼稚園年長から小学校2年生の途中まで過ごした住まいが、文京区小石川5丁目「ヒルサイドマンション」の2DK。各フロアは5世帯のみで、うち2世帯が九州からの「教育移住」組だったので、引っ越し早々たまげました。

ヒルサイドマンション、当時は築浅でしたが、現在は築43年で外観もくたびれてます。でも、さすがに人気の窪町小学校区、今でも40㎡程度が月額12~13万円くらいで余裕で賃貸がつきます。ここは不動産的にも特殊エリアですね。

https://sumai-matome.jp/articles-826

 

居住地の関係で、私の通った小学校は当然「窪町小学校」でした。いま振り返れば、東京でも有数のブランド小学校に行ってたと思うと、改めて感慨深いですね。

ただ、教育環境の良さを理解できるのは大人だけで、年端もいかない児童が、それを理解するのは難しい。幼かった私は、むしろ不満たらたらでした。我が家は千葉県の柏市から出てきたのですが、

 

・柏では外の空き地で思い切り遊べるのに、文京区では児童館で室内遊びしかできない。

・柏の家は広い庭があって犬や鶏も飼えるのに、文京区の家は狭くてペットも禁止。

・柏の小学校は広い校庭で運動会できるのに、窪町小学校は運動会できるスペースがなく、お茶大のグランド借りなきゃならない。

 

広いミネソタから都会なサンフランシスコに出てきて戸惑う、「インサイドヘッド」のライリーみたいだ・・

 

あと、文京区に住むには、「先立つもの」が必要。狭い2DKの家賃でも柏の2~3倍するんですから、当時サラリーマンだった父には大きな負担でした。

結局我が家は、お金が続きませんで…コツコツ貯めたお金も文京区で全部使い果たし、私が小学校2年の2学期に、一家揃って柏に文無しUターン。まさに都落ち。その後18歳までずっと柏で過ごしたので、この地が私の故郷になりました。

 

柏に戻った私は、広い校庭や路地裏で、男の子と女の子入り混じって真っ黒に日焼けするまでドッジボールをしたり、手賀沼や北柏のトンネルで爆竹投げて遊んだり、取手から分岐する関東鉄道常総線と自転車で競争したり、利根運河で段ボール滑りをしたり、秋には乾いた田んぼでイナゴ捕まえて甘露煮にして食ったり…そんな育ち方をしました。

教学環境も文京区と大違い。小中学校の先生はたいてい茨城県から通勤して来ていて、茨城弁丸出しの先生も少なからずいました。文京区で当たり前だった「男子がピアノ教室に通う」ことも柏では奇異の目でみられる、中学校になると校則が不必要に厳しくて、それでも先生の目をかいくぐってB体の学ラン買いに行ったりバイク改造したり…

 

柏で育っても、結果的にオーライでした。まず何より、文京区で育った同級生たちと、ほぼ同等の学歴を得られたわけで、結局どこで育っても、本人次第で何とでもなるのだと思います。

もし私が文京区に育っていたら、何が違っていたのか?

たぶん、学歴というよりは、「住まい選び」の点で大きく違っていただろうと思います。

 

18歳で柏を出た私は、まず東京の多摩地区と足立区の貸家を転々として、転勤で福岡と群馬に行った後、29歳で柏の駅前にマンションを買いました。

首都圏のなかで、柏より都心に近くて家賃が高い場所はいくらでもある(というか、そんな場所ばかり…)なので、どこに住んでも満足でした。そもそも「東京都」アドレスと、「03」の市外局番を持てただけで感動しましたし、地元のマンションも価格安いので、結局20代でマイホーム持ててしまいました。

 

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2013/5/8 の日記「都民になれた日」から引用

当時、若かった私は、「サー(Sir)の称号」ならぬ、「都民の称号」を得て、意気揚々としていました。余りの嬉しさに、

「引っ越しました!」という葉書きを、友達に送りまくったのです。

そこにはもちろん、住所と電話番号を書くわけですが、

郵便番号が「120」・・・生まれて初めて手にする、「1」ではじまるナンバーに、感動しまくり!

電話の市外局番が「栄光の03」・・・再度、じーんと感動、感涙♪

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もし私が、文京区に育っていたらどうだったか?東京広しといえども、自分の実家より良い場所はほとんどない。駆け出しサラリーマンの給料で、実家と同等の場所に下宿するのはまず不可能。千葉埼玉神奈川はもちろん、都内でも山手線の外側だと不便さや遠さを感じると思うので、

一体どこに住めばいいんだろうな?贅沢ではありますが、あまりにも良い場所に育ってしまうと、それはそれで、悩み多き人生になるのかもしれません。

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アスペ旦那の取扱説明書

こんにちはManachanです。いまバンコクのドンムアン空港にいます。成田から約6時間のフライト時間を使って、ブログ一つ書きました。今回のテーマは、

アスペルガー症候群(以下アスペと略)

発達障害の一つに分類されるアスペ(自閉症スペクトラム)。その特徴は、普通の人と違う脳構造。

頭が悪いわけじゃない。自分が興味あることには、驚異的な集中力を発揮する。反面、普通は誰でもできる基本的なことができない、常識が欠けている、小さな気遣いができない等々…

アスペ脳を持つ者は、人類のなかで1〜3%を占めるとされます。男性の方が女性より多いそうです。

もし、身近な人がアスペだったなら…例えば、旦那がアスペだと知らずに結婚してしまったら、どうなる?夫婦共同生活のなかで、夫の不可解な言動に頭を抱える奥様は、読者のなかにきっと居ることでしょう。

そんな方に少しでもお役に立てればと思い、簡単なトリセツ(取扱説明書)を書いてみました。具体的な症例(?)に応じて….

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症例1: 『説明を求めるとキレる旦那』

平日朝、子供たち登校前のひととき。妻が夫に、学校の連絡帳記入を依頼。夫は嬉々としてやっていたPC作業を嫌々中断し、「仕方ねえなあ」とつぶやきつつ、ボールペンを手に取り、連絡帳に汚い字でちゃっちゃと記入。作業時間わずか20秒。大人とは思えない、やっつけ仕事だが、とりあえず作業完了、夫はすぐPC画面に戻る。その数秒後、こんなやりとりから、夫婦喧嘩勃発!

妻「あなた。どうして、こんな風に書いたの?」

アスペ夫「うるせえな、俺に作業頼んだなら、最後まで任せろよ。質問なんかするんじゃねえ!」と、突然マジギレ。

妻「…」(彼がこんな些細なことでなぜキレるのかが分からない)

(解説)アスペ夫は時々、自分のやった行為を誰かに説明することを、極端に嫌がります。理由は単純で、連絡帳記入という興味ない作業に対する耐性が極めて乏しいからです。

これ、本人も分かっちゃいるけど、仕方ないです。たぶん一生治りません。アスペな人間はこんな生き物だと、周囲の方々に理解していただくしかありません。

アスペが、興味のないことをやるのは、たぶん普通の人の数十倍疲れます。神経を消耗します。そんな作業に、貴重な時間を1分、いや10秒たりとも使いたくないのが彼の本音です。20秒も使うと、頭が真っ白になります。

頭が真っ白になった時、その説明責任を求められたら、脳で処理しきれなくなり、暴発します。PCにたとえると、青い画面が出てフリーズする現象と似た様なものです。

連絡帳を含めて、子育てに関する作業は、もちろん夫婦の協力でやるのが望ましいですが、旦那がアスペな場合、インタラクティブな共同作業は無理だと、諦めるしかありません。旦那に何か作業やらせるなら、最後まで任せること、彼ひとりの責任と裁量に委ねることが、夫婦円満の鍵です。

 

症例2: 『モノ探しができない旦那』

家族でDVDのドラマをみた後、メディアをケースに入れて片付けるのは、子供たちの仕事。でもたまには、その作業を旦那にやらせようと思い立った妻。

ヒマそうにボケーッとしているアスペ夫に、妻が「パパ、DVDの片付けやってよ」と指示。夫も頑張って作業しようとするが、普段やらないことだから勝手が分からないし、もちろん興味もない。

夫「俺が作業やるから、こっちに来てCDの取り出し方、ケースの場所と、しまう場所を教えてよ」

妻(台所から)「ケースはソファの上、しまう場所はキャビネットの上」

夫「そんなこと言っても、俺やったことないんだから、丁寧に教えてよ。人にもの頼むんだから、当然だろ?」

妻「ソファの上を見たらケースすぐ見つかるでしょ?」

夫「どこにあるんだよ!見つからねえ!」(すでに頭が真っ白になり、「ソファの上」という言葉が耳に入らない)

妻「…」(なぜ、子供でもできる、簡単な作業をいちいち指示しなくちゃならないのか、理解できない)

(解説)アスペ夫は、興味ない作業の場合、大まかな指示をタスクレベルに落とし込んで理解、遂行する能力が、下手したら3歳児相当だったりします。

もちろん、幼稚園の先生が園児に噛んで含めるように細かく指示すれば、アスペ大人でもタスク遂行はできます。ただ、良い歳をした大人にそれをやらなきゃならない驚愕の事実を、妻が理解するには時間がかかります。

でもアスペ夫の立場からすれば、やりたくない作業を頑張ってやる態度をみせてる上に、分からないから細かく指示して欲しいと、(本人にしては)適切なSOSまで出しているのですから、それに素直に応えてあげるのが、夫婦関係を円満にするコツです。同じ作業を2回、3回もやれば、さすがのアスペ夫も覚えるはず。

「そんな、5歳児でもできることを、なぜ…」と言うのは禁句。脳構造が一般人(neuro typical)と違う以上、治すことはできません。それよりも、「一ステップずつ、細かく指示してあげる」習慣をつけるのが、アスペ夫と上手に付き合う秘訣です。

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かくいう私もアスペです。多くの人と違う脳をしていること、周りでそれに気づく人が少なかったことで、社会生活ではいろんな苦労をしました。また、職場で私と関わった上司や同僚の皆様は、私の風変わりな脳と言動には散々悩まされたことでしょう。何より、妻をはじめ家族が一番、苦労してきたことでしょう。

今の私は、自分がアスペだと自覚し、かつ周りの理解を得ることで、家庭生活もおおむね円満です。「ほんの小さな気づきやコツ」で、アスペの人間でも幸せな家庭生活、職業生活を送れることが分かりましたし、また、それが人々がアスペとのコミュニケーションで感じる悩みを解決する上で役立つことも知りました。「アスペの処方箋」を、ブログを使って、分かりやすく人々に伝えていきたいと思います。

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55歳リタイア計画

おはようございます、Manachan@ゴールドコースト滞在中です。

不動産投資をやってると、リタイアとか、セミリタイアみたいな言葉をよく聞きますけど、何をもってリタイアというのか、自分でもよく分からないです。

 

「Manachanは、不動産でリタイアできたと思いますか?」

と聞かれても、自分では、とてもじゃないがリタイアした気分じゃあない。

 

「確かに、3年半前に会社を辞めましたが、その後も相変わらず忙しく仕事してますので、リタイアとかじゃないっす。40代の脱サラ独立起業ですね。」

また、今のところは所謂リタイアには興味ありません。自分で事業してると面白いしチャレンジングだし、自分以外にボスいないから気楽だし、身体が動く限りはガンガン働きたい気分なのです。

 

でも、今は元気な私も、所詮は生身の人間。歳月が経てば、「老い」は確実に近寄ってきます。すでに髪の毛に白いものが混じってますし、こないだ鼻毛を抜いたら白くて、暗い気分になりました…。

今後、50代、60代になっていくと、徐々に身体に無理がきかなくなり、70の声をきくと仕事どころか、動くのもおっくうになる時期が、きっと来るのでしょう。

 

こないだ、妻と、リタイアの話をしました。とりあえず、今のところは仕事バリバリ頑張るにせよ、55歳までにリタイアの計画は立てようね、ということになりました。

よく考えれば、妻とこういう話ができること自体が、奇跡のようなものです。つい3年前は、夫婦関係は最悪で、ぶっちゃけ離婚一歩手前みたいな状態でしたので、二人で円満にリタイアのこと考えるような会話自体が無理でした。あれから3年間、妻も私も努力して、関係をここまで改善したのです。

今では、円熟した夫婦として共に老い、余生を楽しむ決心がつきました。今さら大金持ちになりたいとか、贅沢したいとかは思いません。夫婦で不自由なく暮らせればそれで充分です。それでリタイアの話に戻りますと…

 

○老後の生活費をどう捻出するか?

○老後はどこに住むか?

 

いう二点…老後の生活費ですが、私は「家賃収入」をメインに考えています。実際、そうせざるを得ない。我々夫婦はこれまでいろんな国に数年づつ暮らしてきたので、「国民年金」みたいなものを長年積み立てたことがないのです。どの国でも役所や年金基金からは、大した額はもらえない。

で、どの位の家賃収入があればいいか?我々夫婦だけなら、「日本で6戸のアパート」と「オーストラリアで戸建2戸」位を、それぞれ残債なしで運用できれば、それで十分かなと思います。日本円と豪ドルのダブルインカムになるので、安定度も高いですね。なお、この状態は、現保有物件の売買を通じて、やろうと思えばすぐにでも実現は可能です。

 

次に、円と豪ドルの家賃を得て、世界のどこに暮らすか、という話…私は「タイのバンコク」を推してみましたが、妻は「日本かオーストラリアのいずれか」に住みたいようです。どちらの国も安全で快適だし、福祉制度があって医療が良いのが老後暮らし向きだと、彼女は言います。

いろいろ話した結果、老後の住まいとして理想的だと二人の意見が一致したのが、「日本の福岡市」でした。福岡市内なら、都会としての便利さが十分あり、街のサイズも程よい。気候が暖かくて身体もラクだし、国際空港、新幹線駅、海や山にもすぐ出られる。医療機関にも不足や問題はない。天神の近くに住めればクルマを持つ必要もない。

なお、福岡で老後を送るなら、夫婦二人の住まいを、ローンなしで取得することが必要。ま、これはそんなに問題ないでしょう。赤坂、大濠公園、平尾みたいな便利な場所で、700万円とかで、中古2LDKマンションが腐るほどありますもんね。

 

最後に、私は今のところ55歳の若さで現役引退する気はありませんが、ま、55歳までに、上記の実現計画を立てようとは思います。人生の出口戦略ですね。普段、それを意識して動いていれば、自然とそのようなかたちに落ち着いていくでしょう。

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空気よめない男の憂鬱な誕生日

おはようございます。Manachanです。

明日は、妻の誕生日…私からのプレゼントは、iPod Nanoのはずだったのですが、結局、iPod Nanoが不要になり、私が自分でプレゼント選ぶことになりました。

妻の誕生日プレゼント選びなんて、普通の人にとっては、大した問題じゃないですが、私にとっては、極端に苦手なことです。

 

私の頭の中は、「自分が何したいか?」という言葉しか存在しない。

「人に何あげたら喜ばれるか?」、みたいな言葉は、私の脳内に存在しない。たとえ家族であっても…

 

私は昔から、こういうことに、全く無頓着。興味ゼロ。ほんの一秒でも、自分の頭を使いたくないし、頑張って頭使って考えても、これまで、ロクな結果になったことがないんです。

本音をいうと、妻の誕生日プレゼントなんか、商品カタログ一枚渡して、欲しいものを選んでもらい、それを私が買いにいく、という感じにしていただきたい。たとえば、妻が欲しいのは、iPod Nanoの、第何世代の、16GBの、どのカラー…まで指定していただければ、どれだけラクだろうか。

ちょうどそばに、小学校4年の娘がいたので、プレゼント選びを一任してしまった。

「ソフィアちゃん、パパは、空気よめないから、ママに何あげればいいのか分からない。だから、プレゼント選んでね」

「分かったよ。今日の午後4時に、文教堂書店に来てね。」

ソフィアも、決して空気読める方じゃないと思うけど、それでも、パパよりはマシだよね。

 

友人の結婚式とか、これまで何十回と出てますけど、ご祝儀いくら包むとか、何の紙に包むとか、いろいろ気を使うのが、面倒くさくて仕方ない。北海道の結婚式みたいに会費制にしていただければ、どれだけラクだろうか。できれば、クレジットカードで会費払って、何も考えずに参加したい。

一応、ご祝儀の額や、のし紙は、日本で生きるうえで「社会常識」だということは、頭で理解はしていますが、自分の頭脳を、その方面に使う能力は、残念ながら持ち合わせていないようです。

 

あと、よく考えたら、高校時代の国語のテストで、論説文の読解とかは得意でしたが、随筆や小説とかはむちゃ苦手でしたね。「○○…と言ってる時に、作者の気持ちに近いものを一つ選びなさい」みたいな問題で、私が一生懸命考えて、これが正解だろうと思って書いた回答が、ことごとく間違っていたし、なぜ、そうなるのか、先生に答えてもらっても、私の頭では理解できなかった。

人の立場に立って考えなさいとか、子供の頃から、いろいろ言われたけど、未だに、よく分からない。自分の問題にならないと理解できないんです。

 

5か国語できたり、ブログを15年続けられたり、利回り計算が暗算でできたりと、一見ちゃんと機能してるように見える脳内のどこかが、プツッと切れてる感じ。これ、たぶん、一生治らないんだろうなあ。

治らなくても、ま、社会生活できてるからいいんだけど…自分のペースでやれる仕事を職業にして、周りの人にサポートしてもらえば、一応は、何とかなるんだよね。

 

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めざせ夫婦喧嘩ゼロ!

こんにちは、Manachanです。今日は仕事で、栃木県小山市に行きました。ここは、北関東では珍しく人口が増え続ける繁栄都市。不動産投資の面で私が注目している場所の一つです。

宇都宮線、湘南新宿ライン、水戸線、両毛線、東北新幹線も停まる一大ターミナル駅・小山駅の両側に市街地が広がっていますが、ファミリーに人気のエリアは、駅の東側に多い。特に生活便利で住環境の良い「城南」エリアは子供が増えまくっているようで、下校途中の子供たちの姿、学習塾や英語塾の類をたくさんみました。

子供たちをみていると、思わず、「親御さんの苦労」に思いを馳せてしまいますね。私も子育て、家庭での人間関係に苦労していますので、なおさら…

家族は、それぞれ違う。でも間違いなく言えることは、人の数だけ「苦労」「大変」があるということです。幼稚園、学校、受験競争・・・大人がつくった世界に適応を迫られる子供も大変なら、子供という「理屈言っても分からない動物」に日々向き合いながら、養育という、大きな責任を負わされる親(特に母親)も間違いなく大変。それも仕事や生活、近所の目のプレッシャーがあるなかで、同時並行しながらやらなきゃならないんです。

いま日本の合計特殊出生率が1.43とかで、政治もマスメディアも「産めよ殖やせよ」の大合唱ですが。経済や国家予算のことよりもまず、いま大変な思いをして子育てしている日本の親たちに感謝の一言が最初に出なくちゃならないと思いますよ。

 

子供が生まれると、確実に、男女とも忙しくなります。特に女性は、出産からしばらくの間は、24時間態勢で睡眠も思うに任せなくなります。男性も仕事のほか、「家庭」に相当の時間とエネルギーを費やさなきゃならなくなります。そうなると、かなりの確率で、こんな状態になります。

・お互い一杯一杯で、お互いを思いやる余裕がない。

・(妻の視点)私は大変な思いをして、寝ずに赤ん坊をみているのに、夫が協力してくれない、気づいてくれない、私の苦労を分かってくれない。

・(夫の視点)俺だって大変な思いで働いてるのに、家に帰ると、妻がいつも不機嫌な顔、「あんた、これやってよ」と物欲しそうな顔、見るのも嫌だ。

 

子供の誕生を機に、夫婦とも、これまで、経験したことのない「母親」「父親」という役割を要求され、使ったことのないスキルを、急速に身につける必要に迫られます。

・親としての養育スキル 

・配偶者(夫もしくは妻)としてコミュニケーションのスキル

夫婦どちらも、これまで事前練習なんてしたことありません。しかもスキルなので、すぐに身につくものではありません。頑張ってもなかなかうまくいかないから、当然、フラストレーションが溜まる。優しくコーチしてくれる経験者がいればいいけど、いまの日本、たいてい核家族だから、夫婦ともスキル不足、一杯一杯で余裕がなく、怒声、泣き声が飛び交う過酷な環境のなか、とにかく、やらなきゃならない。お互い、心の中で思うわけですね。

・夫(妻)がこんな性格だなんて、思ってもみなかった

・子供ができる前は、あんなに優しかったのに・・・

 

人間、不満を抱えた状態だと、次のうち、いずれか反応をしがち。

・(相手を思いやって)我慢する→ストレスを溜め込む

・(こらえきれなくなって)爆発する→夫婦喧嘩

子供ができてから、いろんな問題が表面化して、結局、夫婦別れてしまった友人もいます。あるいは、我が家のように、これまで何度も離婚・別居の危機になりつつも、お互い、何とかこらえて、辛うじて関係を維持している夫婦もきっと多いはず。名実とも円満な夫婦って、私の見聞する限り、そんなに多くない。表面的に円満にみえても実はドロドロ、ぐちゃぐちゃ、という夫婦も多い。

何だか、これから子供をつくろうとする若い人たちを、脅しちゃうような内容になりますけど、ただ、子供ができると、かなりの確率で、そうなることを、前もって覚悟しておくのは有益なのではないかと思います。

幸い、今は一昔前と比べて、出産前の母親学級、父親学級の類が充実してきたように思います。そこで、赤ちゃんの養育スキルだけでなく、

夫婦コミュニケーションのスキル

を、事前に学ぶことは大変有益だと思います。例えば、出産後によくあるシチュエーションを選んで、ケーススタディするのはどうでしょう?

「俺が仕事から疲れて帰ってきた時に、妻の不機嫌な顔」

→ どうして、そうなるのかを、男性に考えさせる。

→ そんな時、どうすればいいのか?「我慢」、「怒り爆発」以外の対処法を事前に編み出してもらう。

 

「あんた、なぜそんなこともできないの?と指摘したら、夫がマジギレした」

→ どうして、そうなるのかを、女性に考えさせる。

→ 夫にどんな言葉をかければ、より良い結果になるのかを、事前に考えてもらう。

 

こういう練習をいくつかやっておけば、典型的な夫婦喧嘩や「すれ違い」のいくつかは回避できるのではないかと思いますが、いかがでしょう?

不動産の世界に、「目指せ!満室経営セミナー」があるように、夫婦・子育ての世界に「目指せ!夫婦喧嘩ゼロの円満夫婦」があっても良いと思う。

 

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不登校と心理エネルギー

おはようございます。Manachanです。今回は子育てねたで。

娘ソフィアの不登校問題、今年初めよりは大分改善したとはいえ、まだ解消には至っていません。

1月時点
登校班で行く確率0%
私が連れていって登校する確率75%
終日登校できない確率25%

4月時点
登校班で行く確率50%
私が連れていって登校する確率50%
終日登校できない確率0%

4月から、妻は日本語学校通学のため、平日は9時前に出なくてはならないので、その時間までにソフィアが登校しない場合(つまり週の半分くらい)は、学校に連れていく人は私しかいません。

時間の自由がきく自営業だから何とかなってますけど、私が出張等で不在にしたら最後、登校の「連勝記録」がすぐ止まってしまう状況ですね。

不登校がもたらす家庭生活に対するインパクト、その過程で私たち親が何をどれ位悩んでいるのか?何を考え、何を解決しようとしているのか?その葛藤は当事者じゃないと分かりません。たとえ育児や心理学の専門家が入ったとしても、よほどヒアリングを重ねない限り理解はできないでしょう。

子育ての苦労はどの親も体験しているでしょうが、子供の個性はそれぞれ違うし、直面する問題も家庭によって違う。そして、子供に対する親の態度や価値観も違う…親がどんなに頑張ったところで、「周囲の誤解、無理解」は避けられない問題です。

たとえば、私たち夫婦の場合、時々こんなことを言われたりします。

・学校に連れていけないことを、「甘やかしているからだめなんだ!」と言われる

⇒(Manachan独白)厳しく言いつけて解決する位なら、俺らこんな苦労はしないよ。

・日本の学校が合わないなら、英米系の学校(インター)に行けば解決するんじゃん?

⇒(Manachan独白)週一回の英語補習校でさえ不登校気味の子が、月~金の5日間、インターに喜んで通学するなら、俺らこんな苦労しないよ。

ま、事情を知らないし、責任もない立場だから見当はずれのこと言うんだろうね。ま、外野(世間)なんてそんなもんでしょう。自分で試行錯誤しながら、模索していくしかありません。

今日は10時になって、ようやく、ソフィアが学校行くと言ってくれました♪パパの苦労はまだまだ続く。

不登校に直面する私が日々感じているのは…娘の場合、

・義務とか、決まりだから学校行かなきゃならないとか、そういう観念がほとんどない。
・友達に合わせたり、周りの期待に応える、という感覚もない。
・その時々の、自分の感情や気分を他の何よりも優先する。

だから、彼女が「学校行きたくない」という気持ちになったら最後、他のいかなるロジックも通用しないのです。

では、なぜ学校行く気にならないのか?…私の仮説ですが、たぶん、「心のエネルギー」の問題だと思います。ピーク時のエネルギーが100とすると、

・学校に一日行くだけで、エネルギーを80くらい使いきって、残りが20くらいになる。
・その後、家で好きなことをしているうちに、エネルギーが回復する。
・もし、朝起きた時点で、エネルギーが80以上になっていれば、登校班で学校に行ける。
・逆に、エネルギーが80に満たない場合は、学校に行ったら最後エネルギーを使い果たすことが分かっているので、頑として行かない。

そういう時は、学校行けとは一切言わず、家で好きな本を読ませたりして、エネルギーが十分回復するのを待つしかありません。

学校に行くだけで、(ポケモンの)HPが「1」くらいに落ちるので、ゆっくり回復させてやらないといけない。

学校行くとエネルギー消耗するのは、なぜか?私もアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)だからよくわかりますが、学校という集団教育の場は、無意識のうちに「皆と合わせる」とか、「周りの希望を察知して動く」ことを期待されます。大多数の子は、慣れれば難なくできるようになりますが、自閉症系列の子供にとっては、ものすごい不自然なことです。

私なんか、40歳を超えても、セレモニーの場で席順とか服装とか考えるだけで頭がパニックになり、下手したら仮死状態(HPが1以下)になってしまいます。娘も似たような体験を、学校でたくさんしているのでしょう。日本の学校でも英語圏の学校でも、集団生活のプレッシャーを人一倍受けて消耗する点では全く同じ。

要はそういう脳の構造なんですから、親のしつけや学校の指導で解決できるものではないのです。外野が何言っても動かないのです。いま私にできることは、

・心のエネルギー回復をじっくり待ちながら、学校に行かせ続ける。

中長期的には、

・あまり激しく消耗しないような教学環境を選ぶ。

基本的には、本人の好きなことをやらせるのが良策かなと思います。パソコンとか実験とか好きそうだから、そういう教室だけ行かせて、伸び伸びやらせる。通常の塾には行かず、受験競争にも参戦しない。

もしかしたら、将来大きく伸びる子かもしれないので、(大きな心配のなか)ちょっとだけ期待しましょう。

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妻と関係修復できた理由

こんばんはManachanです。今回は恥ずかしながら家庭生活ねたで…

夫婦って難しい。お互いに愛し合って結ばれたはずなのに、子供が生まれて忙しくなると、時間はなくなるストレスもたまる、お互いに対する思いやりもなくなり、不満も募る。「こんなはずじゃなかったのに…」、いわゆるマリッジブルーに陥るカップルはとても多い。

私も、妻との関係でずっと苦労してきました。2年前、いや去年でさえ、「離婚」の二文字が頭をよぎり、夫婦喧嘩のタイミングで妻の口からその言葉が何度か出てきたものです(私は言わなかったけど…男が離婚を口にしたら本当に終わりだと思うから)。

でも、妻も私も、不満を抱きながらも、お互い希望を捨てず、とにかく努力した。試行錯誤の末、ようやく効果が出てきたのが、今年1月。今では私も妻も、お互いが夫婦関係に「満足」と言える状態に達することができました。夫婦共通の夢を持ち、未来を語れるようになりました。

この経験を、皆様と共有することは有益だと考え、ブログで紹介することにしました。私たちは一体どのようにして、破綻寸前だった関係を修復することができたのか?

Step-1:お互いの脳構造を科学的に知る

我が家は国際結婚ファミリー。私が日本人で妻が中華系オーストラリア人、母語は私は日本語で妻は英語、なのに夫婦間は中国語で話しているという、誰の目にも分かりやすい「文化の違い」があります。

でも、夫婦間のコミュニケーションがうまくいかないのは、そういう「目に見える違い」を超えたところにあるのではないか?何年も夫婦喧嘩を続けた結果、そう思うようになりました。

そこで、精神内科に行って医師の診断を受けたところ、「私がアスペルガー症候群(高機能自閉症)」で「妻はノーマル」という、脳構造のレベルで根本的な「文化の違い」があることが分かりました(日記:旦那はロボット)。

それ以来、妻はアスペルガー関係の本をたくさん買ってきて、私の行動・言動パターンを理解しようと試みました。「うちの旦那は、どうしてこういうことが分からないの?当たり前のことがなぜできないの?」と不可解に感じていたことの多くが、本を読んだおかげで「なるほど、そうだったのか!」と、納得できるようになったのです。

Step-2:夫婦の共同作業をやめ、お互いの得意分野を活かした分業にする

私がアスペルガー症候群の診断を受けた時、医師に指摘されたこと…「子供ができて、夫婦の共同作業が増えた結果、妻が要求・期待するタスクがどうしてもできず(意図さえ分からず)、不適応を起こした可能性があります」。確かに、これこそが夫婦不和の主な原因だったのだと、妻も私も納得しました。

アスペルガーの人間は、数学や外国語や記憶力などの分野で超人的な能力を発揮することがある反面、相手の意図を汲んで適切に行動することが絶望的なまでに苦手。もう、何百回言ってもできないし分からないのだから、夫婦協同作業を諦め、妻のやることは妻一人で、旦那のやることは旦那一人で…という分業体制に変えました。

例えば、妻が「料理」で私が「テーブルセット」、妻が「洗濯・物干し」で私が「畳む・しまう」、妻が「息子ポニーの幼稚園付き添い」で私が「娘ソフィアの小学校付き添い」…等々。我が家の場合、このモデルがうまくいくのです。私も、妻に細かいこと言われず、自分の担当作業を活き活きとこなせるようになったのです。

Step-3:ストレスを減らす訓練をする

夫婦がお互いを思い遣るために、大敵なのは「ストレス」。ストレスフルな家庭生活は身体に悪いし、夫婦や親子関係に悪影響を及ぼします。

妻と私は、今年1月18日から3月8日まで、毎週日曜日、Stress Reduction Training(ヨガやマインドフル瞑想を多様したストレス軽減トレーニング)に8週間欠かさず通いました。家でも時間を見つけて瞑想したり、呼吸法やヨガをやり続けました。

瞑想が有益なのは、「自分がいま、この瞬間を生きている」ということがリアルに実感できることです。でも実際にやってみると、いろんな想念が頭をよぎり、なかなか集中できません。それを含めて、自分自身を冷静に見つめなおすことで、妻に対してこれまで抱いてきた「小うるさい」「面倒臭い」「許せない」みたいな感情が、静かに消えていきました。その副産物として、ストレスが次第に減っていったのです。

Step-4:夫婦共通の目標に向かってコミットする

いま振り返ると、8週間のトレーニングを夫婦二人で「やり切った」経験、お互いのコミットメントが、夫婦関係の修復をもたらしたのだと思います。

トレーニングが始まった1月から2月初旬にかけては、夫婦間がまだぎくしゃくしていて、東陽町から表参道までの地下鉄移動中、会話もあまりしませんでした。それが徐々に、回数を重ねるごとに、普通に楽しく話せるようになってきたのです。

日曜日という、ゆっくり休みたい時に、あえてトレーニングに行く。子供の世話は私の母や妹に任せて、子供抜きで夫婦二人の時間をつくって、一緒に何かをする。そうすることで、夫婦間にチームワークというか、一体感がでてきたのです。

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夫婦関係の酸いも甘いも体験して、感じたこと

夫婦円満という状態は、他の何者にも代えがたい、尊い、まさに一生の財産だと…

私、つい2か月前までは、老夫婦になっても仲睦まじくショッピングしている円満な姿は、我が家では実現不可能だろうと思っていました。でも今は違う、ハッキリと、そういう将来が見えます。

20年後の私たちの姿

もっとも、我が家の経験が、他の夫婦問題にそのままのかたちで使えるわけではないでしょう。我が家は「アスペルガー夫とノーマル妻」という脳構造の問題にフォーカスしましたが、他の夫婦にはまた別の問
題があるはずです。

とはいえ、夫婦不和の根本原因を考え抜き、必要に応じて専門家の助けを得ながら、課題に対して夫婦一緒に対処する、関係修復にお互いコミットする…これは、どの夫婦問題の対処にも共通する点だと思います。

一度しかない人生、できれば、家庭円満でいきたいものですね。

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