通訳にならなかった理由

おはようございます、Manachanです。今回は久々の語学ねたで…

私、海外出張がむちゃ多くて、我ながらどこに住んでいるのかわからない状態ですが、一応は東京在住です。滞在日数は一年のうち日本国内7割:海外3割といったところ。

日本にいる時は、東京・半蔵門のシェアオフィスで仕事する機会が多くなっています(五反田オフィスもあるけど、自宅から近くて便利な半蔵門に、ついつい行ってしまいます…)。

 

半蔵門といえば、20年ほど前、アイエスエスという学校で日中(日本語⇔中国語)同時通訳コースに通っていたことを思い出します。毎週日曜日の午前中、千葉県柏市の実家から、片道1時間かけて通学してました。

当時、私は20代後半の駆け出しサラリーマン。年収が高いとはいません。幸い、ほぼ定時に終われる職場だったので、自由時間を使って、第二の収入の途を模索していました。当時、注力していたのが、「外国語能力を活かした副業」。要は、通訳や翻訳、ということになります。

 

当時、同時通訳コースで一緒に学んだクラスメートは、約10名。私以外、全員女性でした。日本人7割で中国人3割、三重県の桑名から通学していた仲間もいました。こじんまりしたクラスで、仲良かったですよ。半蔵門・麹町の中華めし屋でランチとかよく行ってました。

私はそのクラスの中で、成績は比較的良い方でした。一度、クラスから選ばれて、同時通訳ブースに入ってトライアル会議通訳をやったこともあります。学習は楽しかったし、一時はプロになることも考えましたが、残念ながら、本業のサラリーマンの方で転職、九州へ転勤辞令と、環境が激変したため、通訳の学習を続けることができなくなりました。

 

ただ幸いにして、40代後半になった今でも、語学力を使った活躍の場はたくさんあります。たとえば今週、東京、名古屋、福岡で行われる英国不動産セミナーでは日英通訳をやってますし、7月の英国不動産視察ツアーでも、4泊5日間、日本人参加者のアテンド通訳をしました。9月には北京で中国語でセミナー講演と、多くの商談をこなしました。

英語、中国語だけでなく、タイ語や韓国語も読めるし書けるし、それなりに話せるので、特にタイを舞台とする調査チームや商談のメンバーにいつも加えていただいてます。海外滞在が長くなるのも、数名のチームで仕事するなかで、私の語学能力を前提に物事が進むことが多いからです。

 

その意味では、「20代の頃に思い描いていたことが、いま、実現した」と言っても良いし、実際、プロの通訳になるより、今みたいに「メインの仕事(不動産)があるなかで語学力も活かせる」方が自分にとってはハッピーです

通訳の仕事、できるし、嫌いじゃないけど、それだけでは、何か物足りないのです。それはたぶん、「他人のつくったコンテンツを、別の言葉に変換するだけの仕事だから」だと思います。

 

もっとも、通訳の仕事の面白さは、それなりにあります。いわゆる機械翻訳と違い、生身の人間のやる通訳は、お互い違う文化・商習慣の文脈(コンテクスト)を考慮しつつ、聞き手に伝わりやすい最適な言葉や表現を選ぶ、という作業が発生するからです。それが「人間が通訳をやる」付加価値でもあります。

たとえば、私が不動産セミナーでの通訳をやる場合、英国と日本の不動産マーケット、それを支える法律、社会システム、税制…そうした知識が頭に入った状態で通訳しますので、不動産知識が乏しい者が通訳するよりはクオリティの高い仕事ができると自負しています。

 

ただ、それでも、自分の頭を使ってコンテンツをつくって、それを皆様に伝えた方が、断然楽しいです。今の私は、自ら不動産ビジネスを経営し、その中でコンテンツがつくられる。語学力は本業のビジネスを広げるために有効活用される…それが、自分にとって最適なかたちなのかなと思っています。

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