チェコ・プラハ旅行記(2002年)復刻版

こんばんは、Manachanです。

今日、大変なこと(?)が起こりました。2005年以前に、私がホームページやってた時に書いた厖大な量の記事が、Web空間から消えてしまったのです!ま、manachan.150m.comという、無料サーバーにホストしてて、何年も放置プレイしてたので自業自得なんですが…

ですが幸いにして、今はGoogle Chromeのキャッシュ機能というものがあって、一部の記事は復活できることが分かりました。そこで、永久保存したい記事をいくつか、このブログで載せていきたいと思います。

今回、紹介するのは、2002年5月、オーストラリア・シドニーに住んでいた頃に書いたヨーロッパ旅行記。私、これまで30カ国以上に行ってますが、そのなかでも、「行って良かった国」、「また行きたい国」ランキングNo.1に輝く、中欧「チェコ共和国」の旅行記を公開いたします。

今から14年前に旅した当時の話なので、今ではチェコの首都プラハも、ずいぶん様変わりしているかと思います。物価などは、当時と雲泥の差でしょうし、すでにウィーンと並び称される、中欧随一の観光地になって久しいので、良くも悪くも「観光ズレ」してしまった面もあるかと思います。今では英語も大分通じるんだろうな。

とはいえ、「プラハの、この世のものとは思えない美しい街並み」、「犬の糞害」、「人々が無口で寡黙なこと」、「世界最高レベルのビール」は、14年前とそう変わってないようです。チェコ、また行ってみたいな。

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チェコ旅行記(2002/5/25)

チェコ共和国の首都、プラハ・・・この街は、妻と旅行計画を練っていた最初の頃は、行き先として候補にも挙がっていませんでした。が、私の強い希望により、急遽旅行ルートに加えることにしました。

私がプラハ行きを希望した理由は2つあります。1つ目の理由は、シドニーに移住して以来、職場の上司をはじめ、ハイキング仲間、バーベキュー仲間・・・にチェコ出身者が非常に多く、その誰もが、「プラハはとてもいい街だから、ヨーロッパに行くなら是非訪れてほしい」と、非常な熱意で勧めてくれたからです。中にはプラハの宿探しまでネットでやってくれる仲間もいて、「ここまでしてくれるんじゃあ、プラハに行かなくちゃ、あの人たちに悪いよなあ」と思いました。

2つ目の理由は、旧共産圏の国がいまどうなってるか、この眼で確かめてみたかったからです。チェコ、ポーランド、ハンガリー・・・これらの国は、つい10年前まで「東側」と呼ばれ、西側ヨーロッパと目と鼻の先にありながら、自由に旅行することもなかなか難しい状況にありました。それが今は、ヨーロッパの一員として当たり前のような顔をしている。あの辺の国々はどうなっているんだろう?人々はどういう暮らしをしてるんだろう??という素朴な疑問が、私をチェコ行きに駆り立てたのです。

 チェコ共和国、そしてプラハの位置を地図で確認してみると、ちょっと驚きました。「西側」のオーストリア・ウィーンよりさらに西にあるのです。チェコ共和国自体が、ドイツとオーストリアという、ドイツ語を話す二つの国の間に、サンドイッチのように挟まったかたちで存在し、そしてその首都プラハは、ベルリンとウィーンのちょうど中間地点にあるのです。まさにヨーロッパのど真ん中。

 今回の旅で、我々はウィーン発プラハ経由ベルリン行きの国際電車(でも速度は日本の快速電車並み・・・)に乗ったのですが、ウィーンを出発して約1時間、東京~小田原間の距離を走っただけで、すでにチェコの領域に入ってしまうのです。その後、約3時間半走ると首都プラハに着き、さらに1時間半走るとドイツに入り、そこから3時間もせずに首都ベルリンに達してしまうです。なんという近さ!この距離なら日帰りだって十分可能でしょう。しかしチェコに一歩足を踏み入れてみると、そこはドイツともオーストリアとも全然違う、不可思議な、時空が折れ曲がったようなワンダーランド・・・でもとっても楽しい国でした。

czechmap

 

1.国境を越えると、そこは・・・

4月15日、月曜日。ウィーン南駅を10時25分に発車した電車は、15年前に四国を走っていた特急を思わせる、昔懐かしいディーゼル車でした。ドイツでつくられた車両らしく、表示は全部ドイツ語でした。乗客の姿はまばらで、我々は4人乗りのコンパートメントを2人で独占していました。隣りのコンパートメントからは二人連れの女性の声が聞こえてきて、耳をすませばなんと日本語でした。うちの奥さんは、「こんな所にまで旅行に来るなんて、日本の女の人は度胸あるわねえ」と言ってました。

 ウィーンを発った電車は、郊外の住宅地を超え、ひろびろとした田園地帯を抜け、一時間足らずで国境(オーストリア側)の駅、ホーエナウに着いていました。その少し前にオーストリアの国境係官(男性)がやってきて、我々のパスポートに出国スタンプを押してくれました。次はホーエナウを発車して数分後、女性の声が高く響きわたりました。聞きなれない言葉でした。チェコの国境係官です。彼女はとても背が高く痩せぎすで、威厳に満ち、ニコリともせずに入国スタンプを押して回っていました。

「儀式」が終わると、いよいよ国境越え。私はワクワクしながら、車窓の外を凝視していました。あたりはのどかな田園地帯、一体どこが国境なのか分かりませんでしたが、隣国スロバキアへ向かう線路が見えたことにより、すでにチェコの領域に入ったことが確認できました。間もなく、電車はチェコ最初の駅、ブジェツラフに滑り込みました。そこで私が見たものは・・・・オーストリアとは全く違う、何とも形容しがたい、とってもファンキーなチェコ的世界でした。

 小じんまりとした駅のホーム、駄菓子屋みたいな質素なキオスクがあり、オーストリアより20年くらい昔にタイムスリップしたような、なんとも懐かしいたたずまい。いつの間にか車内アナウンスもチェコ語に変わり、駅名表示板には見慣れないチェコ文字が並び、駅員の制服も変わり、国境を越えたことを実感しました。

さらに目につくのは、電車の多さ!チェコ国鉄のものでしょうか、かなり旧式で、2~3両連結しかない、一昔前の東急世田谷線を彷彿とさせる、青虫みたいな電車がホームにたくさん止まっているのです。おそらく短距離のローカル線でしょう。さらにホームで電車を待っている人の多いこと!オーストリアの鉄道はおおむね閑散としていますが、チェコでは地元民の身近な足として大いに活用されているようです。チェコはさほど人口が多い国でもないので、推測するに、車に乗る人の割合がまだ高くないため、電車を使う人が多いのでしょう。

czechtrain

 さらに驚くのは、電車という電車に落書きがされていることです。いや、落書きなんて生易しいものではなく、電車の壁全面が、赤や白の塗料で塗りたくられているのです。また、ホームにもたくさん、スプレーやペンキで書きなぐった跡が確認できました。こういう行為は、私の住むオーストラリアでは「バンダリズム」と呼ばれ、もちろん、あまり感心できるものではありません(シドニーではたくさん見かけるけどね・・・)。チェコには、公共のものを大事にする気持ちがないのかなと、一瞬思いました。

 その後電車はしばらく平野部の農村地帯を走り、ほどなくブルノという、かなり大きい駅に着きました(チェコ第二の都市だそうです)。車窓から見えるブルノの町は、重厚な歴史的建造物が多く、おしゃれで落ち着いたヨーロッパの町の顔をしていました。そのあと電車は丘陵地帯を走りますが、この辺はところどころ狭い道路脇にレゴセットみたいな住宅が密集し、急な坂道が多く、何となく日本を思わせるような風景で、「あっ、伊豆に似てる」、「北茨城にそっくり」等と、庶民的な話題でしばし盛り上がりました。途中の小さな駅では、相変わらずたくさんの人が電車を待っており、例の青虫みたいな電車がトロトロ走っていました。

 チェスカー・トレボヴァ(プラハまで160km)の駅を越えたあたりから、ボヘミアの野がはじまります(ボヘミア:プラハを含むチェコ西部の地方名)。このあたりの田園は美しさといったら・・・北海道の上富良野あたりを思わせるような、ライ麦やコーン、ジャガイモなどが整然と植えられた農地が、パッチワークのようい、ゆるやかな起伏の大地に展開しています。そして、たくさんの小川が、両岸に並木を従えながら、のびやかに蛇行しています・・・童謡「おお牧場は緑」はこの地方から生まれたそうですが、まさに歌詞の通りののどかな風景でした。

czechcountryside

 そういう田園風景の中に、時折、忽然と現れるのが「工業都市」です。おそらく社会主義政権時代につくられたもので、時代が変わった今日、その多くはもはや無用の長物になっているようです。赤サビが目立つ剥き出しの鉄骨、排水管(恐らく汚水垂れ流しだったのでしょう)、人が住んでいるのかいないのか判別し難い、風化の目立つ高層住宅群・・・時代に見捨てられた、見るも無残な、荒涼とした風景でした。美しい田園と、荒廃した元工業都市、基本的にこの二つが、ボヘミアの風景をかたちづくっています。

 14時50分、車窓からプラハ東部郊外の近郊住宅群が見え、その数分後、プラハ・ホレショヴィーツェ駅に到着しました。ここはチェコ共和国の首都、政治・経済・文化の中心地、かつ最大の観光地で、唯一の国際空港がある大都市(人口は約120万)です。ここプラハで、いよいよ我々のチェコの旅が始まりました。

 

2.寡黙な人々の国

 ホレショヴィーツェの駅で、我々は荒々しい(?)歓待を受けました。ホームから駅構内に入ると、10秒もしないうちに、見知らぬおばちゃんがいきなり歩み寄ってきて、クセのある英語で、「うちのアパートに泊まらないか?1泊50米ドルでいいよ」・・・我々はその気がなかったので、一言断って先を急ぐと、また別のおばちゃんが出てきて、今度は部屋の写真を見せながら、「この部屋はどう?1泊55ドル」・・・一人振り切るとまた別のおばちゃんが、ショッカー戦闘員のように次々と出てきて、セールスしてくるのです。その他、マネーチェンジを申し出てくるお兄ちゃんも現れ、我々はちょっと辟易してしまいました。この人たちが全員白人だという一点を除けば、東南アジアのタイ、フィリピンあたりの空港と一瞬錯覚してしまう、そんな光景でした。

 我々はホレショヴィーツェ駅を離れ、プラハ中央駅に向かいましたが、この駅も似たようもの。但しここはチェコ最大の駅で、公認の宿泊紹介所も、公認の両替所もあるので、例の「セールス」は多少控えめでした(たぶん違法なのでしょう)。我々は、英語の通じる宿泊紹介所でホテルの予約をしようとして、ここでも苦労しました。受付のおっさんの英語はすごくクセがある上に、やたら理屈っぽくて要領を得ないたとえ話ばっかりするので、話がなかなか進まない。パンフレットで「これは・・・」という宿を見つけても、設備がぶっ壊れてたり改装中だったりして、なかなか予約を入れられない。20~30分は経ったでしょうか、ついに希望な地区に予算の範囲内で宿を見つけ、我々はようやく混沌の中央駅を後にすることができました。

 中央駅から宿までの足は、もちろん地下鉄。そこには、外国人を相手とする観光産業とは無縁な、地元の人々の暮らしを垣間見ることができます。プラハの地下鉄の設備はなかなか近代的で清潔。終日、大勢の人が利用していて、日本の大都市ほどではありませんが、座ることはまず期待できないほどの混雑ぶり。アナウンスはもちろんチェコ語。ちょっと野太い年配の女性の声で、駅名の他は何言ってるか全然分かりませんが、チェコ語というのは誰が話しても、ほとんど抑揚のない、平板の棒読み調に聞こえます。言語的に、アクセントが少ないんだそうです。

 私が驚いたのは、地下鉄の車内が異常に静かなことです。座席はもちろん、つり革にもつかまれない人が大勢いるほどの混みようなのに、話をしてる人はほとんどいないし、いても小声で、つぶやくように話しているのです。だいたい、満員電車でアナウンスの声だけが虚空に響きわたるということ自体、いかに車内が静かだということが分かるでしょう。私は妻に話しかけようとして、一瞬思いとどまりました。「うっ、空気が重い。ここでしゃべったら、やたら目立ってしまう・・・」。

 でもしばらくして、それが自然の姿だということが分かりました。女性でも口数少なく、大の男でもブツブツつぶやくように語る。チェコ人というのはたぶんそういうものなのでしょう。「抑揚の少ない言葉」+「口数が少ない」+「声が小さい」=「寡黙な国民」という等式は、チェコにおいては見事に当てはまります。これは、私にとっては新鮮な驚きでした。

 それまで、ヨーロッパ人というのは概して雄弁な、自己主張の強い人たちというイメージがありましたが、チェコの人たちを見て、「こういうヨーロッパ人もいたのか・・・」と、感慨を新たにしました。その点、同じヨーロッパでもイタリア人はチェコ人とまるで正反対で、「抑揚が非常に大きい言葉」+「口数がおそろしく多い」+「声はいつもff(フォルテシモ)」=「欧州一騒々しい国民」の等式が成立します。恐らく、イタリア人が10人集まれば、チェコ人1000人の集団以上の騒音を発することは、ほぼ確実のように思われます。

 プラハの街を歩くチェコの人々、女性も男性も、もう「物静か」を通り越して「寡黙」そのものなんですが、彼らはいつも顔をちょっと下の方に向けて、やや神経質そうな面持ちで、物思いにふけるような表情をして、ゆるゆると歩いています。その彼らが、時折とろけるような甘美な微笑みを見せることがあります。その微笑みが、我々東方の国から来た、肌色と顔立ちのちょっと違う旅行者(余談ですが、チェコでは、日本人も韓国人も中国人もひっくるめて、黄色人種を「中国人」と呼ぶことが多いそうです)に向けられる時、心温まる、素朴な親切となります。

 実際、私たちもプラハの街で、地元の人たちにはずいぶん親切にしてもらいました。地図を見て途方に暮れている時、道を教えてくれたり、食堂でチェコ語のメニューが分からない時、拙い英語で一つ一つ解説してくれたり、後にも述べますが、罰金を払うお金が足りないとき、隣りの席にいたお兄ちゃんがポケットマネーを差し出してくれたり・・・とにかく、進んで助けの手をさしのべてくれるのです。我々が訪れたヨーロッパの他の国では、観光ズレしてるためか、自分から求めていかないと助けてくれないのが当たり前でしたから、その点、チェコの素朴な親切は、地理も言葉も不案内な旅行者にとっては有難かったです。

 

3.うまい!安い!ヘルシー!・・・チェコ料理の魅力

 我々の泊まった宿は、プラハの中心から地下鉄で4駅、距離にして約3km離れたデイヴィツカ(Dejvicka)地区にある、デニサ・ホテル(Hotel Denisa, Narodni Obrany 33, Praha 6,TEL +420-2-3120224)です。ホテル自体は単なるリーズナブルな宿で、設備もサービスもいまいちでしたが、この地区に泊まったのは、大正解でした。ここは観光ホテルが林立する地区ではなく、普通のプラハ市民が住んでいる地区ですから、まず何といっても物価が安い。まあまあ繁華街でスーパーも食堂もたくさんある上、プラハ城には歩いて20分ほどで着けるし、さらに空港への直通バスもあり、どこへ行くにも便利なのです。

 ホテルについて荷物を置くと、腹が減ってきたので、街へ繰り出しました。この辺の食堂のほとんどは地元民を相手にしているので、メニューも英語など一言も見当たらず、ただひたすらチェコ語の世界です。我々は、数ある食堂のなかから、ちょっと店構えのいいところに入りました。が、ここも完全にチェコ庶民の世界で、仕事帰りの人々が、ビールを飲みタバコをプカプカふかしながら、いつものごとく小声でボソボソと談笑していました。我々は、チェコ語のメニューを、ロンリープラネットの英語-チェコ語対訳のハンドブック片手に解読しながら、「これなら食えるだろう」と、当てずっぽうで2品頼みました。おっとその前に、ジョッキのビールを頼むのがチェコの掟・・・なんと言っても、チェコはピルスナーを擁する、世界屈指のビール王国なのですから。

 私がまず頼んだのは、「シュタロプラーメン(Staropramen)10」という、地元プラハで醸造しているビールです。名前の通り(?)、値段は10コルナ(約40円)と、バカみたいに安かったので、あまり期待しないで待っていたら、おしゃれなグラス(350mlくらい)にクリーミーな泡を乗せた、琥珀色の液体が運ばれてきました。「おっ、なかなかサマになってるじゃん」と思いつつ、それをゆっくり口に運びました。すると、次の瞬間、目からウロコが落ちました。「うまい!!!」。芳醇なホップのアロマ、ほど良い苦味、透き通るような爽やかな後味・・・どれをとっても非の打ちどころのない、少なくとも私が生涯飲んだなかで最高のビールでした。「こんなうまいビール、40円で飲んじゃっていいの?」。私は感動で身体が震えました。

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 その後運ばれてきたのが、Alpsky Branborakという、千切りにしたポテトのパンケーキをベースにして、その上にデミグラスみたいなソースで煮込んだ鶏肝が乗ってる料理と、Kreci regu s nudlemi a zampionyという、マカロニチキンのホワイトソースあえでした。どちらも、見た目ははっきり言ってあまり美味しそうに見えませんでしたが、一口食してみると、再び絶句・・・「うまいっ!!!」。特にポテトパンケーキは、ガーリックとハーブ(レシピを見ると、キャラウェイ、マージョラム等だそうです)が香ばしく、小麦粉のまぶし方がちょうど良く、油も丁寧に処理してある上に、ビールにとてもよく合うので、もう文句なしです♪二人とも、腹も心もすっかり満足してお勘定すると、なんと全部で178コルナ(700円)という安さ。「これがウィーンなら、25ユーロ(2900円)出しても、こんなに美味しいものは食べられないよねえ」・・・ホント、チェコって天国。

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 結局、滞在中に計6回、チェコ料理ばかり食べ、全部で12~13種類の品を頼みましたが、何を食べても、ハズレは一度もありませんでした。しかも、口に合う上だけでなく、なぜか腹にもたれない・・・そういえば、ウィーンやドイツでは、旅行中腹がもたれて、結局中華料理やタイ料理に逃げましたが、チェコではその必要は全くありませんでした。ということは結局、アジア人の胃袋にも合う、ヘルシーな料理なのでしょうか。

 ビールのほか、チェコ人が毎食必ず食べるものとしては、クネードリキ(Knedlicky)があります。これは、「パン」と「まんじゅう」のあいのこみたいなもので、主に肉料理の付け合せとして食べます。口とお腹にやさしい、どことなく懐かしい素朴な食べ物で、日本の「味噌汁」と同様、チェコ人の食卓には欠かせないものです。あとチェコでは、メインの前に前菜を食べる習慣があり、主にガーリックスープ(Cesnekova)やビーフスープを飲みますが、これらは味がさっぱりして、身体も温まる上に(ここは寒い国です・・・)、40~50円というウソみたいな値段で食べられます。その他、挙げていくとキリありませんが、チェコ料理は絶対に日本人の口に合うと思うし、値段も手頃なので、機会があれば是非食べてみて下さい。

 

4.ウィーンを超えた・・・幻想の街並み

 プラハ観光の最大の目玉、それは長い歴史に育まれた、中世そのものの美しい街並みです。特に建築物には見るべきものが多く、ゴシック、バロック、ロマネスク、ルネサンス、アールヌーボーなど、5世紀以上にわたる建築様式が、さして大きくない市街地にそのまま保存されているのは、ヨーロッパ広しといえども他にほとんど類例をみません。「奇跡の街」、「百塔の街」、「ヨーロッパの生きた歴史博物館」・・・世界各国の旅行者、アーティスト、詩人から、今も昔もこの街に最大限の賛辞が送られています。

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 プラハは、スメタナの交響詩「モルダウ」で有名な、ヴルタヴァ川(Vltava)の両岸にできた都市です。この街の歴史的建築物の多くは、川の右岸(東側)に集中していて、市の中心街も右岸に位置しています。そこから、カレル橋を渡って左岸に出ると、そこは小高い丘になっていて、その上にプラハ城があります。我々が泊まったデイヴィツカ地区は、プラハ城からさらに奥にあるので、観光コースは自ずから、宿~プラハ城~カレル橋~右岸地区(中心街)の順となります。

 我々はプラハ滞在中、美味しいチェコ料理を食べることだけに異常な情熱を燃やしてしまったため、残念ながら宿から遠い右岸地区の歴史的建造物は、それほど見て回ったわけではありません。でも、丘の上にあるプラハ城から見下ろす、川霧にけむる市街地の、息を呑むほどの美しさ(残念ながらデジタル写真は撮ってませんので、想像してください・・・)。プラハ城・黄金小路の、時代劇のセットそのもののたたずまい、市内各所に点在する、ようやくコブシが咲き始めた公園で散策を楽しむ人々・・・どれをとっても、本当に絵になります。ハリウッド映画のロケ地に、このプラハがよく選ばれるのも、なるほどと思いました。

 先に訪問したウィーンも素晴らしい街でしたが、プラハはそれ以上だと思いました。ウィーンと比べたプラハの特色は、地形に起伏があり、坂道を上ったり下りたりする間の景色の変化が楽しめること(ウィーンは概して平坦)、人家の壁や屋根に、黄色や赤など明るい色が使われていることが多く、それが樹木の淡い緑と調和して、街全体の色彩が鮮やかなこと(ウィーンは灰色がかった白が多い)、そして川をはさんだ両岸に街が発達しているため、川が街歩きの重要な要素になっていること(ウィーンの場合、ドナウ川は市街地からちょっと離れている)、等々です。

 但し、どちらかといえば違いよりも共通点の方が目立ちます。ウィーンもプラハも、歴史的な空間と近代都市機能がうまく調和して、その意味ではたいへん完成度の高い都市になっているため、街の散策が市民の文化として、完全に定着しています。街歩きがこんなに楽しい都市、それを長い年月かけてつくりだした人間の営為のすばらしさを、改めて実感せざるを得ません。

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5.ヨーロッパの当たり前の国へ・・・

 これほどまでに美しい都市・プラハですが、残念なこともいくつかあります。それは煙害と糞害です。ここプラハの喫煙率とマナーの悪さははっきり言って日本以上でしょう。男性も女性も、ところ構わず歩きタバコ、くわえタバコの世界。食堂に入ったら、空気がタバコの煙で霞んでしまうことも何度かありました。ですから、もちろん歩道はタバコの吸殻だらけです。私は、個人の嗜好としてのタバコには文句を言いませんが、健康の問題や街の美化のためにも、公共の場では分煙をもっと徹底して欲しいと思います。

 もう一つは糞害です。ヨーロッパの多くの都市では、「犬のフン」が社会問題になっており、私ども旅行者も、フンをよけながら歩く難行苦行を強いられるものですが(パリで一度踏みました。きったね~)、私が訪れた中で一番ひどかったのがプラハです。時には2メートルおきに1つづつ、例の物体が確認できることさえありました。一度などは、レストランの外に貼り出してあるメニューを、英語-チェコ語対訳のハンドブックを手に確認していたところ、手をすべらせて本を落としてしまい、そこがちょうど、犬の排泄物の上だったのです!!クソまみれになった本は、もちろんその場で廃棄しましたが、とても悲しかったです・・・

 旅行者にはつらい、「罰金事件」も起こりました。プラハを去る日、宿の近くのバス停から、空港行きのシャトルバス(外見は普通のショボいバス)に乗ったのですが、その近辺には切符売り場らしきものが一つもなく、そのうちバスが来てしまったので、仕方なく飛び乗りました。そしたらしばらくして、検札係のおばさんが来て、一人一人の切符をチェックし始めました。そして我々の番になり、切符を持っていないことが分かると、その場で罰金切符、2人分で800コルナ(3200円)を突きつけられ、一言「払え」!!我々は日本みたいにバスの車内で切符を買おうとしても、そんなシステムはチェコにはないらしく、また言葉もほとんど通じないので、2~3分間の押し問答の末、仕方なく罰金を払いました。この件は言葉が分からないことも含め、我々にも責任がある話なので仕方ありませんが、バスの切符代は2人でわずか24コルナ(96円)なので、とても高い授業料を払った気持ちになりました。

 衛生・健康意識、公共意識、経済力・・・いろんな面で、チェコ共和国はまだまだ普通のヨーロッパ先進国にはなりきれてないと思いました。社会主義をやめてまだ10年余りしか経ってないのですから、まあ仕方ないのかもしれません。この国の物価の感動的な安さも、一般労働者の月給が平均5万円弱(380米ドル)という、まだ弱い経済力の反映なのでしょう。でも、経済に関しては急速にキャッチアップしつつあるようです。プラハ市内の主なスーパーには求人広告が積み上げられていますし、街で働く人々の姿も勤勉そのもの。朝から晩まで工事の槌音が止まず、スーパーは夜11時12時まで開いてるのが当たり前・・・

 ここ1年で、チェコの通貨コルナはユーロに対して2割近く値を上げたそうです。ニューヨーク同時テロによって、英独仏の観光客が米国旅行をキャンセルし、その代わりにチェコなど中欧を目指すことによって、観光収入はますます増え、景気を後押しするだろうと、地元の英字新聞には書いてありました。チェコを代表する自動車メーカー「シュコダ」も、ドイツ式の品質管理をマスターし、欧州のマーケットで人気を博していると聞きます。

 これから豊かになるチェコ。その過程で、普通のヨーロッパ先進国のようにいろんな面が整備されてくるでしょう。同時に、犯罪やドラッグ、移民など、難しい問題も抱えることになるでしょう。でも、口数少なく、ボソボソつぶやくようにしゃべるチェコ人の寡黙さと実直さ、プラハの美しい街並みだけは、今後もそうそう変わることはないだろうと思います。

 

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