不登校パパ奮闘記

おはようございます、Manachanです。数日ぶりのブログ更新ですね。今回は不動産じゃなくて、子育てネタになります。

我が家では、小学3年の娘ソフィアが早くも不登校問題を起こしてまして、親としてもストレスの溜まる、制約の多い日々を過ごしております。

ソフィアは幼稚園年長から小学1年の大部分を、オーストラリアの学校で過ごしました。日本の学校に戻ったのは、1年生の3学期から…その頃から不適応っぽい感じはあって、特に宿題をやらせるのに頑とした抵抗をみせていましたが、小2と、小3の前半、とりあえずは登校できていましたし、クラスでも問題行動は見られませんでした。

でも、やはり相当なストレス溜めていたのでしょうか。昨年11月から、「学校、絶対に行かない!」と言いだして、ぽつぽつと、登校できない日が出ました。12月になるとさらに悪化。クリスマス前後の一週間はほとんど登校できず、自宅で本など読んで過ごす毎日。もやもやした状態のまま年を越しました。

下手したら、3学期は一度も登校できないかもしれない・・・

私ももちろん、手をこまねいていたわけではありません。昨年後半から、担任の先生に悩みを相談したり、江東区の教育部門から特別支援学級を紹介してもらったり、ソフィアを民間の診療内科に行かせて知能テスト含め診断してもらったりと、いろいろ動いてきました。

年が明けて、最初の登校日が1月8日。その前日、担任の先生に話しに行って、「担任、学年主任、スクールカウンセラー、そして両親…この5人のチームで、不登校問題の解決策を探っていきたい」と申し出ました。担任の方でも動いてくれて、1月21日に、上記のメンバーに副校長も加わった最初のミーティングをアレンジしていただきました。

ですがその間も、我が娘の不登校はひどくなるばかり。

1月8日(木、最初の登校日)・・・登校できず。

1月9日(金)・・・私がなんとか、娘を校門まで連れていくことに成功。でも、そこから校内には入りたがらない。そこで、娘を校門に待たせて、20分休みを利用して、担任の先生に来てもらい、寒空のなか、大人二人でソフィアを説得。10分後、ついにクラスに入る決心をする。

1月13~16日・・・私が北米出張。娘の登校問題は妻に一任したが、この週は一日も登校できず。

北米から帰国した私は、とにかく、自分の時間の多くをソフィアとの対話に使おうと決心。幸い、パパっ子でよくなついてくれますし、私も自営業なので時間の融通はある程度ききます。たとえ登校できなくても、できるだけ、家や近所の公園で娘と一緒に過ごそうと思いました。

そして、1月21日(水)、学校でミーティング。副校長、学年主任、担任、スクールカウンセラーの4名の先生は、「クラスまで行けなくても、学校内で、ソフィアちゃんが安心して過ごせる場所をつくる」アイデアを提案、「保健室」「コンピューター室」「小会議室」のいずれかを、いつでも、ソフィアのために用意する体制をつくってくれました。

学校側として、やれることは全部やっていただきました。あとは親が、娘を学校に連れていくのみ。

1月22日(木)・・・私がソフィアを連れて、10時過ぎに登校。二人で小会議室で過ごし、給食も小会議室で食べる。私はお昼前に、顧客とのミーティングがあるため、途中で妻とバトンタッチ。

1月23日(金)・・・私がソフィアを連れて、9時過ぎに登校。二人で小会議室で過ごす。給食食べて、その日は、クラスの友達と一緒に下校

我々が小会議室にいる間、担任や学年主任の先生が、休み時間に入れ替わり立ち替わり、入ってきて、ソフィアにやさしく声をかけてくれました。週末には、クラスの仲の良い友達からのメッセージが届きました。娘の気分も、だんだん好転の兆しを見せてきました。

1月26日(月)・・・私がソフィアを連れて、9時半過ぎに登校。二人で小会議室で過ごす。4時間目と5時間目は、クラスで授業を受ける。

1月27日(火)・・・妻がソフィアを連れて、8時過ぎに登校。この日は学校公開、1時間目から6時間目でクラスで授業を受ける。

1月28日(水)・・・学校公開で疲れていたのか、朝は遅くまで寝ており、10時過ぎに、私がソフィアを学校に連れていく。この日は小会議室が使えないので、保健室で過ごし、養護教員の先生に面倒みてもらう。

ま、これからもしばらくは一進一退が続くでしょうが、学校の協力と親の努力もあり、徐々に、良い方向に向かっていくような気がしています。

私としても仕事が忙しく、これから出張も増えるので、ソフィアがなんとか問題を克服して、自分自身と学校(集団)との折り合いをつけられるようになって欲しいと願っています。

今のソフィアは、ある意味、自分自身の小学校時代と似ています。私も、学校や集団生活に適応できず、嫌で嫌で仕方ありませんでした。でもあの時代は、児童にとって選択肢は余りなく、私は毎日学校に行く以外になかった。

高校時代は集団無視のいじめに遭い、実際に不登校を起こしましたし、学校まで行けても図書室で過ごす日々が続きました。

歴史は繰り返す。ソフィアも私の血筋をひいているので、やはり似たような問題が出るのかもしれません。「皆で一緒に何かをやる」のが苦手で、「自分のペースで、好きなことをやる」と力を発揮するタイプ。たぶん、パパと一緒だよね。

最後に、ソフィアが小会議室でつくった折り紙工作がこれです。ハリーポッターから着想を得たイメージだそうで…パパと違って造形のセンスはあるのね。

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