天才学級のつくり方

こんにちは、Manachanです。いま、成田空港への車中でPC広げてブログを書いています。

今年のManachanブログは、「既存の思考の枠組みを破る」ことを提唱しております。「非現実的かもしれないけど、こんなのあったら面白いと思う話」が、たくさん出てくるかと思います。昨日は、「もし日本とフィリピンが対等合併したら?」というテーマで書きました。

今回は珍しく、教育ネタでいきます。私の考える、「こんなクラスあったら楽しいな」という話…

以前ブログで書いた通り、私は小中学校時代、「全く授業を聞かなくても、なぜかテストの成績だけは良い」変わった子でした。生活習慣はだらしない、授業中はポケーと阿呆面して、まともな受け答えさえできないのに、算数や社会のテストは100点を連発!「規格外の子」なので、先生もさぞかし手を焼いたことでしょう。

当時、日本の公立学校は、そういう児童に対する配慮は一切なく、一斉に「皆と同じことをやらせる」教育に終始していました。

いま思うと、少なくとも私にとっては、壮大な時間の無駄だったのかもしれません。「毎週、全校朝礼で1時間以上立ちん坊になって、校長のクソみたいな講話を聞く」、「卒業式の送辞、答辞で、先生の書いたシナリオを一語一句間違えずに話す」、「答えの分かり切った算数ドリルを、できない子に合わせて時間かけてやる」等々…そんな生活で一体何が身についたのだろう?「皆一斉にヨーイドン、日本の学校とはこういうものなのだ」と、我が身をもって体験したことが唯一の学びだったのかもね。

少なくとも、自分の興味の赴くまま、好きな本を読んだり、自由研究したり、英語を話すためにフィリピンあたりに行った方が、よほど身になったかもしれません。

その意味で、注目したいのは「特別支援学級」(特学)の存在。2006年まで「特殊学級」と呼ばれていたものです…一般のクラス(通常学級)が30~40人制であるのに対し、特学は生徒8人に教師が2人つき、一人ひとりの進度に合わせたきめ細かい学習指導ができることが特徴です。

昨年、近所の特学を見学したことがあります。私、このクラスは知的障害等の理由で、普通学級についていけない子のためにあるのかと思っていましたが、実際にみてみると、そうでもありませんでした。

確かに、知的な発達が遅れた子もいましたが、なかには通常学級に十分ついていけるレベルの子もいました。まだ2年生なのに4年生の算数ドリルをやってる子も特学にいました。学習環境も実に恵まれていて、最近、建設されたエレベーター付きの新校舎で、40人用の教室を生徒8人でゆったり使っていました。かなり「目からウロコ」でしたね…

私、「通常学級よりずっと進んだ特学」があっても良いと思うんです。イメージとしては、こんな感じかな。

・知的能力が平均以上で、自ら学習する能力を持ち、通常学級の授業が退屈だと思う子たちを集めて、興味の赴くまま、好き勝手に学習させる。

・教師は、児童の自主学習をサポートする役割に徹する。

・教室には、コンピューターやタブレットを導入し、ありとあらゆる分野のeラーニングを用意する。それを使って興味ある分野を児童が自分で調べたり、共同プロジェクトできるようにする。

・児童がある分野を極めて非常に詳しくなったら、その道の一流の人材や研究機関を紹介する。

・地域に住む外国人にボランティアで来てもらい、英語、中国語をはじめとする外国語の会話をいつでも学べる環境をつくる。

あと、やはり子供なので、自主学習だけでなく、社会性を育むことは必要です。でも通常学級の「皆と一斉に同じことをする」方法論は通じないので、

・療育センターの支援を得ながら、一人ひとりの特性に合った話し方、聞き方、集団での振る舞い方を身につける授業を定期的に設ける。

ここまでできれば、「特別支援学級」じゃなくて、「天才支援学級」に改称した方がいいかもしれないな。また世間の評価も大いに変わるでしょう。「私の子供にアスペルガー診断が出たのよ、ラッキー!天才支援学級に入れればいいなあ♪」みたいな会話がママ友の間で出てくるかも。

私が何を言いたいのか…知能レベルが一般の子より高く、かつ通常学級の枠にはまらない子供たちを、組織的に育成する仕組みがあって良いのではないか?ということ。

知識・知能は、現代社会において大きな価値を持ちます。育て方によっては、大きな産業や雇用を作り出す原動力になるかもしれません。すでに労働集約型の工業を卒業した私たちの社会は、優れた頭脳と知識にもっと投資する価値があるのではないでしょうか?

とはいえ、国家予算が限られるなか、多額のお金を使って天才を育成するよりも、既存の特別支援学級の枠組を使って、教学プログラムを組み替えて、アスぺ等、知的能力に優れているかもしれない子供を、気持ちよい環境で伸び伸び学ばせる方法を開発する。その試みが成功するかどうかは分からないけど、少なくとも彼らが巣立つ時、私たちの社会の宝になっている可能性を高めるのではないでしょうか?

次回のブログは出張先、カナダかアメリカからの更新になります。お楽しみに。

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コメント

  1. H&O より:

    1. こんちわっ(^_-)-☆
    H&Oと申します。先ほどブログ読ませて頂きました☆芸能プロダクションのスカウトマンとして、多くの読者モデルを生み出してきました(^^♪今後、ブログを通じて交流できたら嬉しく思います。雑誌関連の仕事にご興味おありでしたらメッセージお待ちしてます(^^)/
    http://ameblo.jp/fxipo/

  2. のりまき より:

    2. 初めまして
    記事を読んで、まさしくその通り!そこ!そこ!と思いました。
    我が家ではカエルの子はカエルなので、特別感はなく子の受け入れもスムーズ。何が必要か、どうしてほしいかはむしろ逆にわかりやすい。
    ただ、世間とはズレが往々にあります(^^;;
    頭の痛みも同様に。
    普段の生活に頑張りが必要って苦痛だったり。
    この日本では難しいのかなぁ…?やれば出来ちゃいそうな国なんだけどな。
    どんな子どもたちにとってよい社会となっていったら良いですね。
    http://ameblo.jp/norimakiyamon/

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