多民族国家と日本の針路

こんにちは。Manachanです。いま、香港国際空港から、帰国の途につくところです。

当地・香港では、日本の不動産に熱い視線が集まりつつあります。香港人は不動産投資対象として、世界中を見ているわけですが、彼ら曰く、国際的な相場水準からみて、東京の不動産価格は、信じがたいほど安い!

東京ほどの先進国巨大都市で、しかも池袋や新宿といった中心地の中古ワンルームマンションが1000万円を切る価格で売られ、賃貸に出せば7~8%の利回りは取れる…しかも2020年東京オリンピックに、アベノミクス効果、そして年20万人移民受け入れ政策。ここまで材料が揃えば、上がらん理由はないと彼らは考えるわけですね。

香港では、同じような中古狭小ワンルームが平気で4000~5000万円の値がつき、利回りも2%がせいぜい・・・みたいな世界ですからね。しかも香港人にとって、日本はノービザですぐ行ける土地だし、国のイメージも良好。そりゃ、いま東京の不動産買いたくなるだろうなと思いますよ。

ところで、今回の日記は、香港人パートナーが日本不動産投資すべき理由としてあげている要因の一つ。

日本政府の年20万人移民受け入れ構想

について、私見を述べてみたいと思います。

この計画(?)、安倍政権内では当然議論されているでしょうが、当然、日本国民のコンセンサスが取れてる問題ではないし、本格的な議論になってもいませんね。

国民的議論のフェーズになれば、ま、順当にみて、日本の有権者の80~90%は反対するでしょうし、それに必ず、政争の具になるでしょうから、自民党政権としても、やるなら目立たぬように、なし崩し的に既成事実をつくっていくしかないでしょうね(外国人富裕層や高学歴者の受け入れの方を大々的に宣伝して、単純労働者の受け入れは、いろんなカテゴリに分散して見えにくいようにするとか…)。

ま、議論したところで、結果は見えているでしょう。

・「経済、国力重視」の賛成派が少数。

・「社会問題、治安懸念」の反対派が多数。

・賛成派、反対派とも、「多民族が共存する日本というリアリティ」を欠いたまま、空疎な議論に終始する。

・結局、日本国の進路や方針はうやむやにされたまま、既成事実だけが進んでいくでしょうな(例.東京下町や都県境エリアへのアジア系外国人集住とか…)。

この問題に対して、私が、何かをできるわけじゃないですが…オーストラリア、米国、中国といった、多民族国家で長年暮らした経験を活かして、「多民族国家のリアリティとは何なのか?」という、ささやかな問題提起くらいはできるかなと思っています。

地球上の存在する多くの国は、大陸上にあり、複雑な民族構成を持った多民族国家です。今回行った、タイ、カンボジア、ラオスといった、東南アジアの国々も、規模は小さいながらも、内実は、紛れもない多民族国家。

たとえばタイ…首都バンコクで話される言葉はタイ語ですが、この国の辺境に行くと、ラオ語とかクメール語、ビルマ語の話者が多くなり、ラオスやカンボジア、ミャンマーという「地続きの外国」に、自然につながっていきます。タイ国民でありながら、バンコクのタイ語が上手に話せない人たちもゴマンといますし、そもそもタイ国民の約半分を占める北東部や北部の住民は、バンコクの人よりも隣国ラオスの人との方が、言語的にコミュニケーションしやすいという。

さらに、バンコクに住むタイ人も、タイ族もいれば、潮州系華僑、客家系華僑…いろんなグループがある上に、田舎から来たラオ系、クメール系、ビルマ系等が入り乱れる。分類上は皆「タイ人」になるけど、文化的にはいろんな違いがある。タイから出て、隣国に行っても、各民族が入り乱れた状況は変わらない。特にミャンマーは、タイ以上に複雑な民族構成の国ですし。

こういう国にいると、

・同じ国、同じ街に、同じ地区に、いろんな民族が暮らしているのは当たり前

・国境線というものは、複数民族が入り乱れるなかで、人為的にひいた線に過ぎない。

・国家と民族は、当然ながら、一致しない。一致させるのは無理。

という、地球上の多くの国で当たり前の常識が、皮膚感覚として理解できますし、

・国家と言語、民族の境界線がほぼ一致する日本という国は、世界的にみて、かなり珍しい

ということも、肌で理解できるわけです。

ですが、日本でしか暮らしたことのない日本人に、このことを説明して、理解してもらうのは難しい。たとえ頭では理解できても、肌感覚で理解するのは至難の業。こればかりは、日本の外で暮らして、いろんな民族と付き合ってみないと、リアリティとして認識するのは難しいでしょうね。

もう一つ言うと、多くの日本人にとって、外国人が相当数、日本に定住することは、大陸国家の民以上に、大きなストレスがかかることなのかもしれません。

タイや中国を含めて、大陸の多民族国家では、同じ都市内で「民族ごとの棲み分け」が、当たり前の現象になっています。お互いに文化的な差異が大きく、コミュニケーションが難しくても、住む場所が物理的に離れているから、お互いに無関心でいられる、というわけ。

でも日本の都市では、棲み分けは難しいでしょうね。島国という閉鎖空間で城壁も設けない歴史を経てきたからか、金持ちも庶民も、同じ地区に渾然一体として暮らすのが日本の伝統。外国人が定住しても、結局、日本人と同じアパートやマンションに暮らすことが多くなるでしょう。当然、お互いにストレスを溜めることも頻発するでしょう。

上記もろもろの理由から、日本において「移民受け入れの是非」という議論は、まともに成立しにくい。賛成、反対という立論はできても、日本人の圧倒的大多数が、「日本が多民族国家になる」イメージを、リアリティとして認識できないのですから、結局、現実感覚を欠いた、空疎な議論に終わってしまう


成派と反対派(=慎重派)、お互いが、自分に都合の良い、外国の事例を断片的、恣意的に取ってくるだけで、到底、議論として噛み合わないでしょうね。せいぜい、テクノロジーや経済の視点を欠いた、「原発の是非」の議論みたいになるだけでしょうし、日本国のグランドデザインを描くようなネタには到底なりえないでしょう。

どうすればいいのか…私にも分かりません。ま、自分のできる、ささやかな貢献を、やり続けていくしかないですね。

・東京下町という、日本で一番最初に、実質的な多民族社会になりそうなエリアに暮らし、国際結婚&多言語家庭を営む経験を、読者の皆様とシェアする。

・世界中、いろんな国に出かけていって、現地の不動産投資家と等身大の付き合いを重ねて、その経験を、読者の皆様とシェアする。

それ位かなあ・・・ま、難しい問題っすね。

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