六本木が似合わない男

こんにちは。Manachan@大阪難波のネットカフェです。

先日、終電後の六本木界隈をドライブしてました。タクシーの数がすごかったですね。首都高3号線の下に、全長1km近くのタクシーの列ができていました。それだけ、深夜割増のタクシー代が出せる会社・個人が増えたということは、やはり景気も上向いているのでしょうか・・・

六本木といえば、多くの人にとっては、遊ぶ場所、飲み食いする場所でしょうが、私にとっては、ここは常に仕事の場でした。

六本木、赤坂、溜池・・・このあたりは、ハイテク&ビジネス都市「東京」の心臓部といえる場所。IT企業も多く立地し、ヒルズ族に代表される「IT長者」もたくさん棲息しています。

私も、東京でITエンジニアとして働いた年月の多くを、この界隈で過ごしました。朝も昼も夜も、客先で、あるいは勤め先のオフィスで、独楽ねずみのように、忙しく働きまわっていました。

でも私は、働く街としての「六本木」。その地名に象徴される「東京のIT産業、システムコンサルティング業の文化」が、肌に合いませんでした。最初から最後まで、「ここは、俺の居場所ではない」と違和感を覚えながら、職業人生を送っていました。

六本木界隈では、「慇懃無礼」が支配しています。ITなど、知識産業に携わる誰もが、プロフェッショナルですので、表面的にはフレンドリーに、しっかり距離をおいて、付き合う。

この街で働く誰もが、強烈なプライドを持っています。お互いが、自我を傷つけないように、配慮しあうのが、ここのルールです。

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私は、そのドライな人間関係に、馴染めなかった。六本木や赤坂から、電車で1時間足らず、電車賃片道610円で行けるところに、私の地元「柏」があるわけですが、

六本木IT業界の人間模様に、疲れきった時はいつも、「わずか610円で手に入る安らぎ」を渇望したものです。とりあえず柏では、何でも本音で話せますもんね。

六本木は、渋谷とともに、東京、日本のITを引っ張ってきた街です。でも、世界をアッといわせるような大イノベーションは、この地から、ついに生まれなかった。

ITの力で仕事のやり方、世の中の仕組みを、根本的に変えるよりも、むしろ日本企業社会の業務に、ITを当てはめるようなことばかり、繰り返してきました。

それでも1990年代の後半までは、ビットバレーブームもあって、日本のITもそれなりに夢のある盛り上がり方をしたのですが、2000年代に入って、日本の企業社会にオカネがなくなって、そのしわ寄せがIT部門に来るようになってから、この仕事、面白くなくなりましたね。

日本では、お金と時間に余裕がなくなればなくなるほど、お客様の、業者に対する苛斂誅求も激しくなるものです。

私はそんな環境のなかで、不条理と矛盾を覚えつつも、とにかく、死力を尽くして、頑張ってきました。

そして今、私は、日本のIT業界を、サラリーマンを、とりあえず卒業しました。

フリーの身で、不動産投資家、とくに海外不動産投資のエバンジェリストとして、売り出し中ですが、とにかく、不動産以外の定期収入がないなかで、毎月、どうやって食っていこうかを、考える日々が続きます。

でも、それもまた楽し。定期収入がないことで、あるいは、生活が不規則になることで、家族に迷惑かけてるかもしれないけど、常に、自分の人生を生きてるような気がして、楽しく日々を送っています。

六本木の現場で、働くことは、もうないかもしれない。過ぎ去りし日々を思い出しつつ、私を社会人として、ITプロフェッショナルとして育ててくれた六本木の街に感謝して、これからも生暖かく、この街を見守っていこうと思います。

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コメント

  1. offshorebanker より:

    1. サラリーマン卒業おめでとうございます。
    サラリーマン卒業おめでとうございます。過去ログで転職活動のところを読んでいたので時系列ごっちゃになっていますが、更新これからも楽しく拝読させていただきます。
    http://ameblo.jp/offshorebanker/

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