ブラックアフリカ

おはようございます。Manachanです。

ついに、アフリカ大陸にやってまいりました。人生、初アフリカ。この地を踏めて、とても嬉しいです。

ここは、アフリカ西部、ガーナ共和国の首都アクラ(Accra)・・・ガーナといえば、「チョコレート」、「カカオ」で知られていますが、逆にいえば、それ位しかイメージわかない人も多いでしょう。

日本を代表する医学者、野口英世氏が、黄熱病研究の末、感染して亡くなった地も、アクラです。

とにかく、日本から遠い国です。その距離、1万4千キロ。成田or関空発なら、イスタンブールで乗り継いで行けますが、搭乗時間は、正味18時間余り。乗り継ぎを含めると、24時間では行けません。

航空券代も、安くありません。私が調べたなかで、成田~アクラ往復の一番安いチケットが、18万8千円。プラス、ガーナの観光ビザと、黄熱病予防接種代が、合計2万円余りかかりますので、オフシーズンでも20万円以上かかってしまいます。

遠くて、高い。その上に、情報が極端に少ない。海外旅行の定番といえば「地球の歩き方」ですがアフリカに関しては、エジプト、ケニア・タンザニア、南アフリカ、モロッコくらいしかなく、ガーナなど西アフリカ編は一つもありません。

ガーナの旅行情報を仕入れるには、ネットで調べるか、あるいは洋書店に行って、Lonely Planetなどを買うしかありません。

西アフリカは、ヨーロッパ人からみれば、それなりに身近な場所でしょうが、日本人からみると、「地の果て」、「フロンティア」感のある土地ですね。おっと、世界的にみれば、日本こそ地の果てかも(しかも私は、東の突端、千葉県の出身だし・・・)

私のアフリカ旅は、イスタンブール・アタチュルク国際空港から、すでに始まっていました。

イスタンブール発、アクラ行の飛行機を待つ乗客の、7割くらいはアフリカ人。つまり黒人。

日本では、アフリカ人を身近に見る機会が少ないので、私も知りませんでしたが、一言でアフリカ人といっても、いろんな顔のタイプ、肌の色の人がいます。

もちろん、南部鉄瓶みたいな、漆黒の肌をしている人も、男女問わずいます。「まー、よくもここまで、黒光りする肌になれるもんだ」、「髪の毛の色と変わらないじゃん」。思わず、見惚れてしまいます。

一方で、「肌の白い黒人」、っていったら形容矛盾ですね・・・要は、肌色の比較的薄いアフリカ人もいます。

私のすぐ前で搭乗を待っていた女性も、他のアフリカ人と比べて肌色が薄かった。どの位かというと、私とほぼ変わらないのです。白人の血が、少し混ざっているのかもしれませんね。

「Manachanは、なぜ、ガーナくんだりまで行くの?」・・・ま、それは、たまたま縁があったからです。

近所の、砂町銀座商店街で、ラーメン修行中のガーナ青年がいます。彼の話を聞いて、行ってみたくなったのもあるし、

それ以前に、大学時代から、ずーっと、アフリカに行きたかった・・・でも、社会人になって、子供もできて、忙しさにかまけてそれが果たせないことが、心のどこかで、気にかかってもいました。

私は、大学一年の夏休みから、バックパッカーとして世界を回りました。バンコクのゲストハウスで知り合った、日本人の先輩バックパッカーから、このように言われたのを、今でも覚えています。

「鈴木さんは、まだ大学一年なんですか、いいですね。これから、いくらでも海外いけますね」 

「卒業までに、5大陸に、2回ずつ行ったらどうですか?」

その「公式」通りにいけば、アフリカ大陸にも、計2回、行ってるはずなんですが・・・実際は、東南アジアばっかり行ってたので、アフリカ行かずに、卒業してしまいました。

ま、大学生当時、アフリカへの旅費は、今よりもっと高かったし、滞在費も、消費物資の豊富な東南アジアよりも高くつくので、「貧乏学生には手が出なかった・・・」という方が正しいかも。

社会人になると、アフリカに行く旅費くらいは簡単に稼げますが、その代わり、長期の休みがとれない。

アフリカへ、0泊3日の弾丸ツアーなんて、悲しすぎるしなあ・・・

いま、44歳にしてようやく、「経済力」と「自由な時間」の両方が手に入ったので、いよいよ、「夢」(?)のアフリカ旅行が実現できました。

ガーナで、美味しいもの食べて、不動産みて、ギニア湾で泳いで、あと、何しようかなあ・・・とても楽しみです。

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