ダサイ地名考

こんばんは、Manachanです。

今日は、両親の喜寿の祝いということで、「川魚グルメ」で有名な、千葉県「安食」(あじき)まで行って、ウナギ、川ガニ、ドジョウ、エビなど、食いまくってきましたよ。

私は実家が柏にあるので、千葉・茨城方面を、よくドライブするのですが、「平成の大合併」で新しく生まれた市町村の名前が、未だに、しっくりこないことが多いですね。

千葉県は、そうでもないけど、茨城県は、市町村合併の嵐で、新地名、珍市名のオンパレード。

茨城には、日本一揶揄される市名とされる「つくばみらい市」をはじめ、「つくば市」、「かすみがうら市」、「ひたちなか市」などの、ひらがな市が多いうえに、

小美玉市」、「桜川市」、「筑西市」など、これまで存在しなかった新市名をたくさんつくったので、人々が慣れるまでに、時間がかかる。

柏の近くでいうと、私は幼い頃から、「水海道市」や「岩井市」という呼称に慣れ親しんできましたが、今では、水海道市が隣の石下町と合併して「常総市」、「岩井市」が隣りの猿島町と合併して「坂東市」になっています。

でも、「直進方向:常総、左折方向:坂東」みたいな道路標識をみても、いまいちピンとこない。「常総って、水海道のことだっけ?」、「坂東??何それ?」

そもそも、実態に比べて、名前のスケールがデカすぎですよ。「常総」は、文字通りの意味は「常陸国+下総国」で、茨城県と、千葉県がほぼ入ってしまうし、「坂東」に至っては、「関東全域」を意味してしまう・・・分不相応すぎます!

もっと、身の丈にあった市名にしてくれないかなあ。たとえば、猿島と岩井と石下を合併して、「猿岩石市」にするとか。

【猿岩石市・・・ゴジラ市と同じくらい、いじられそう🎶】

あとは、山梨県は紛らわしい市名が多いですね。「甲府市」と「甲州市」、「甲斐市」・・・紛らわしいぞ!県名と同じ「山梨市」もあるし、あと「中央市」って、何それ?

群馬県の「みどり市」、栃木県の「さくら市」、北海道の「大空町」も、一般的な名前すぎて、日本のどこにあるか分からないから揶揄される。もはや地名じゃないぞ!

あとは、周辺の大都市との位置関係を市名にした、コバンザメ型の「西東京市」、「北名古屋市」もなんか微妙・・・極めつけは、「四国中央市」!

あとは、漢字表記すればいいものを、あえて、ひらがな表記したために、ヘンな想像を掻き立ててしまう市名もある。たとえば、

福井県あわら市

~芦原(あわら)湯の町 浴衣の影から 生肌があわらに~   

正しく「あらわ」だけど、なんとなく、やらしい。

香川県まんのう町

力いっぱい、やらしく聞こえるぞ!「満濃」、と書けばよかったのに・・・

こんな風に、市町村合併でできた新しい市町村名は、基本的に、「ダサイ」、「ウザイ」ものが多いのでした・・・

日本人って、あんまりネーミングセンス、ないのかもしれない。

ま、茨城県阿見(あみ)町の、「まい・あみ・まつり」だけは、賞賛に値しますけどね・・・

でも、新しい地名がダサく思えるのは、まだ、慣れてないからかもしれない。

これから、長い年月、その地名を使っていけば、すっかり自然に、板についてくるのかもしれない。たとえ「さくら市」や、「みどり市」みたいな没個性な市名であっても、私の子供の代には、

「喜連川って、どこだっけ?分かんない」 
「さくら市って言ってくれれば、分かるのに・・・」

みたいな会話になるのかもしれませんね。慣れとは恐ろしいもので・・・

よく考えたら、私たちが、伝統的、由緒正しいと思っている地名だって、実は昔の人が、テキトーに決めたものだったりする・・・

私の地元、柏市のケースで言うと、

ここは1954年、「柏町」、「土(つち)村」、「田中(たなか)村」、「富勢(とみせ)村」の合併によって、市制施行したわけですが、

たとえば「土村」の由来って・・・単に、近隣の十一の村が合併したから、漢字の「十一」を縦書きした「土」を、村名にしたらしいですよ。

あと、「富勢村」というのは・・・もともと、「布施村」が隣りの「根戸村」を吸収合併するかたちでできたらしいですが、この二つの村は、お互いに仲が悪く「根戸村」の人間が「布施村」を名乗るのを嫌って、漢字の「布」を「富」に換えて、さらに「ふ」を「とみ」と読み替えて、「布施」の原型をとどめない「富勢」村にすることで、根戸村の人間も納得したらしいです。

全国的にみても、1954年の市町村合併でできた地名って、お互いの村の頭一文字をとって組み合わせただけの単純合併地名や、歴史的由緒のない瑞祥地名が非常に多く、要は、ダサい。昔の人間も、今の人間と同じく、ネーミングセンスに乏しかったと思われます。

日本の場合、近隣の市町村同士、仲が悪いことが多く、いざ合併する時に、お互いを納得させるために、妥協案として、新しい地名を模索する。結局、そんな地域が、歴史的由緒も文化的な香りもない、「ダサい地名」の宝庫になってしまうような気がします。

「京都」、「大阪」、「東京」、「鎌倉」、「博多」といった地名は、由来はどうあれ、すでに数百年、数千年の風雪に耐えて生き残ってきたし、今後も日本の国が続く限り、末永く存続すると思いますが、

一方で、全国各地の多くの地名は、長い歴史的スパンでみれば、消滅するか、静かに忘却されていくような気がします。

そう考えると、地名というものは、人々に使われ続けることが、価値の源泉であり、地名に対する愛着も、人々がその地名を使うからこ
そ、生まれるのではないでしょうか?

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コメント

  1. inomata104 より:

    1. 猪俣です。
    興味深い、そしてオモシロい考察ですね。
    猿岩石が旅した、ユーラシア大陸も「ユーロ」+「アジア」という単純な造語なんですよね。
    http://ameblo.jp/inomata104/

  2. manachan より:

    2. Re:猪俣です。
    inomata104さん

    >興味深い、そしてオモシロい考察ですね。

    ありがとうございます。
    猪俣さんに言っていただけると、嬉しさ100倍です!

    >猿岩石が旅した、ユーラシア大陸も「ユーロ」+「アジア」という単純な造語なんですよね。

    そうですね。茨城県猿岩石市と、同じタイプの命名になりますね。
    http://ameblo.jp/manachan2150/

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