台湾でセミナー講演

おはようございます。Manachanです。

台湾に来て、3日目の朝を迎えました。台北駅前のビジネスホテルで、WiFiつなげて仕事しています。

当地のビジネスホテルは大変な活況で、金曜日の夜に宿泊しようものなら一週間前に予約しないと全然空室がない状況。私も今晩のホテルをネットで予約できなかったので、今から街に出て、宿探ししなくちゃなりません。

いまの台湾、寒波が来ていて、明け方は気温11度台にまで冷え込みました。地元民は分厚いコート着て震えています。私にとっては、ライトジャケット着れば丁度良い気温という感じ。

ところで、昨日から、台湾人向けに、日本(東京)不動産セミナーを開催しています。私は講演者として登壇するほか、問い合わせてきた客をメールでフォローしたりと、一応、セールスマンらしきこともやっています。

昨日、セミナー会場には40名ほどの来場者がありました。男女比は約半々、年齢層は30代から60台まで、バラエティに富んでいました。

今回のセミナー主催者は、東京渋谷で不動産業を営み、「レノベーションを活かした、競争力のある都心中古マンション」のプロデュースに定評のある、株式会社REISM(リズム)の巻口成憲さん。

私は巻口さんから、「今度、台湾でセミナーやるので一緒に行きましょう!」と誘われて、今ここにいるわけです。私のミッションは、「日本の不動産賃貸経営の実体験を台湾の皆さんに伝える」こと。そういうテーマなら、いつでも、喜んで話しますっ!

セミナーのプログラムはこんな感じ、

1)「ビデオファイル上映、巻口さんによる会社・サービス紹介」(30分、音声は日本語、字幕は中国語)

2)「私の講演:日本不動産、買った後どうなるの?」(30分、中国語)

3)「巻口さんのメイン講演:強い立地、強い物件はこう選ぶ!」(40分+通訳40分=80分)

4)「質疑・アンケート記入」(20分)

私、中国語で不動産の講演やるのは、3年前の上海セミナー以来なのですが、蓋をあけてみれば、あがらずに、リラックスして話せました。「本番であがらないキャラクター」って本当に得ねえ♪ただ、30分という講演時間が想像以上に短く感じましたね。

講演をやってみて、台湾人バイヤーの強い意欲と、エネルギーを感じることはできました。日本が大好きで何度も行ってる人、お子様が日本で留学している人、もともと仕事で日本に長年住んでいた人、あるいは、まだ日本への渡航経験はないけど資産づくりの一環として日本不動産を狙ってみたい人・・・動機は様々。

なかには、日本に3回も行って、物件買おうとしたけどまだ買えていない。今回こそ必ず、という方もいたくらい。

日本不動産熱が盛んな台湾では、それこそ毎週のように、いろんな業者による日本不動産セミナーが開かれているようです。

ただ、内容はもちろん、玉石混淆で、「売らんかな」の態度みえみえの業者とか、「いま東京で買ったら2倍に上がる」みたいな、明らかな誇大広告をしている業者もいるそうです。

その点、巻口さんと企画した我々のセミナーは、至極、良心的だったと思います。「投資家視点で」、「データに基づいて正確な情報を伝える」ことに徹したので、やや、アカデミックな感じもした位・・・世間的には異色のセミナーでしょうね。

私の立場からすると、そこがイイんですね。「不動産投資家としての良心が全く痛まない」セミナーというのは、やってて楽しいです。

また、物件を右から左に流すのではなく、「頭を使って、バリューアップして、入居者のファンをつくって、安定した賃貸経営や、キャピタルゲインにつなげていく」という、REISM社のスタンスも、一投資家として、大変共鳴できるものです。

是非とも、台湾の皆さんには、賢く、日本の物件を買っていただき、ちゃんと利益を出して、さらにリピートしてもらいたいものですね。

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旅支度&社長雑感

おはようございます。Manachanです。

先ほど、台湾、カンボジア、ラオス、タイ、香港への10日間出張の旅支度が終わったところです。あと2時間弱で、成田へ向けて出発です。

私にとって大変不本意ながら、2週間ほど、ブログ更新する時間が全く取れませんでした。本当に、3月中旬~下旬は、本当に、いろんなことが重なりまして

・海外10日間出張の準備
・東京、大阪、名古屋で4日連続セミナー講演(こちらは日本語)
・台湾、香港講演資料の準備(こちらは中国語)
・3月末、消費税増税前の、不動産売買駆け込みラッシュ
・確定申告
・アホみたいに数の多いメール&コール対応 等々

しかも、体調も最悪でした。4日連続セミナーの途中に風邪ひいて38度の熱を出す、子どももインフルエンザになり、妻や私も家で身動きとれなかったり…それでも、連日、午前2時まで仕事して、いつ寝てたのか分からない日々が続く(たぶん、大阪や名古屋に行く新幹線のなかで寝てたんでしょうね)。

サラリーマン時代も、クソ忙しい時期はもちろんありましたが、大好きなブログを2週間も更新する暇さえなかった時期って、これまで有ったかなあ?

会社辞めて、自営になって、時間自由になったはずなんですがねえ・・・ま、業務集中する時期は厳しいですよね。仕事、相手もありますし、思い通りにならないことも多いから特に。

これまで、「プレイングマネジャー」(マネジャーでもあり、手を動かす作業者でもあり)として、長年働いてきましたが、一人社長になると、「マネジャー兼プレイヤー」だけでなく、「経営者でもあり、営業マンでもあり、下働きもしなけりゃならない」。

最近の業務量、とても私一人でまわせる代物じゃないので、「Manachan応援団」に適宜、ピンポイントで動いてもらって、何とか生きています。起業したての時期、方々から応援団が集まって、仲間として力を貸してくれるのは、ありがたいことですね。

いずれは、社員を雇うことになるのでしょうね。社員プラス家族…ひとさまの人生を背負うわけなので、重い責任ですけど(背負うのは、うちの子供2人だけで十分、と思うこともあるけど)

私はたぶん、そういう運命のもと生まれてきた人間なのだと、納得することにします。

次回は、台湾からの更新になります。

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ラオスに注目する理由

前回の日記の続きです。

ラオス…東南アジアで一番地味で目立たない国。人口600万人台しかおらず、山がちの内陸国で、大きな貿易港もつくれない国土、主要産業は農業と繊維くらいで、ASEAN最貧国のひとつに数えられる。

そんなラオスに、私が注目する理由は何か?鍵を握るファクターは、3つあります。


1)ASEAN屈指の製造業大国になった「タイ」の存在

2)昨今の「タイ・プラスワン」の動き

3)2015年末に予定されている「ASEAN経済統合」

時代の流れが、経済的に出遅れた小国ラオスを、一挙にフロントランナーに押し上げるかもしれない!その可能性を、ASEAN製造業の中心地「タイ」の視点から見ていきましょう。

【ラオス人はタイ人の言葉が分かる!】

ラオスは、東南アジアで唯一、タイと同一言語・文化圏、同一経済圏に属する国・・・その意味は、ものすごく大きいかもしれません。

タイの政治経済の中心は、首都バンコクを含む「中央部」ですが、面積的には「イサーン」と呼ばれる東北部が一番大きい。イサーンから、さらに北に行けばメコン河があって、その対岸が「ラオス」。

タイとラオスは、別々の国ですが、昔から人々の行き来があって、同じ言葉を話す。つまり、ラオス語はタイ語の東北方言みたいなもの。

日本でいうならば…東京から北上すると、東北地方になり、津軽海峡を渡ると、対岸は別の国「北海道」だが、東北の人間と北海道の人間は言葉が通じる・・・そんな感じですかね。

【タイプラスワンとは?】

いま、タイは工業の発展著しく、経済的には我が世の春を謳歌しています。一方で、足元では少子化が進み、労働人口がまもなく減少局面に突入。人手不足ゆえ賃金も上がる一方。加えて、政治不安に洪水等、タイに製造拠点を一極集中しておくリスク・デメリットが、顕在化してきた近年、

「タイプラスワン」という言葉が生まれた…タイにメイン工場を維持しつつも、労働集約的な工程は、タイの周辺にある労賃の安いCLM諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー)に外出ししよう、というコンセプトです。

この三ヶ国のなかで、一番注目されているのは、タイよりも労働人口が豊富なミャンマーで、人口小国であるカンボジアとラオスは、タイの代わりにはならないとされていますが、完全な代替にはならなくとも、タイが担ってきた一部工程の受け皿になれば良い、ということであれば、CLM諸国で唯一、タイ人と言葉がそのまま通じる「ラオス」の存在が光ってきます。

せっかく、お金と時間をかけて教育したタイ人の工場長やエンジニアを、そのまま通訳なしで、ラオスの新工場に送り込める意味は大きいはず。ミャンマーやカンボジアでは、できない芸当ですから。

【2015年ASEAN統合のインパクトは?】

ASEAN統合は、タイからラオスへの工場移転を後押しするはずです。なぜなら、

・道路・物流インフラは、国を超えて、整備される。

・通貨は、統合しない。

・ASEAN域内の関税がゼロになる。

ラオスからは、タイとベトナムに抜ける、東西回廊(国際高速道路?)が建設されるので、大消費地バンコクや、ベトナムの貿易港への時間距離が大幅に短縮されます。

そして、通貨統合されないので、統合後も自国の弱い通貨「ラオス・キップ」がそのまま使える。タイとの労賃格差は当面、温存されるでしょう。

その上で、関税がゼロになれば、メイド・イン・ラオスの製品が、そのまま、東南アジア全域に輸出できる。

ラオスにとって、経済飛躍に向けて、願ってもないチャンス到来!ですが、それを上手に活かせるかどかは、ラオス次第ですね。3月下旬の視察が、とても楽しみです。

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ラオス~東南アジアの佐賀県

こんばんは。Manachanです。

3月下旬に、出張で「ラオス」に行きます。タイ、ベトナム、中国と国境を接する小さな内陸国、「東南アジアで一番地味で目立たない国」ラオスへの訪問が実現した暁には、私はブルネイを除く、ASEAN10か国全てに、渡航したことになります。

いま、東南アジア進出・投資ブームの日本ではありますが、タイ、マレーシア、フィリピン、べトナム、ミャンマー等に比べて、ラオスに関する情報はまだ少ないので、簡単に解説しますと、

【ラオス人民民主共和国の概要】

・位置は、(ざっくり言うと)タイの北、ベトナムの西、中国(雲南省)の南
・面積は23.7万平方キロ、日本の約6割
・人口は非常に少なく、660万人。
・ASEANで唯一、海に面していない
・主産業は農業、水力発電、繊維など

ラオスの位置

これだけだと分かりにくいので、より知名度の高い隣国「ベトナム」、「タイ」との関係から、ラオスを詳しくみていきましょう。

【ベトナムとの関係】

ラオスにとって、ベトナムは、「よく働く、成績も良い隣のお兄さん」みたいな感じでしょうか。ベトナム人は、工場の経営者、技術者、あるいは商売人として、ラオスに大勢入り込んでいます。

とはいえ、ラオスとベトナムとは言語・文化的にも差が大きく、隣人で緊密な関係だけど「所詮は他人」みたいな感じかと思います。

【タイとの関係】

ベトナムと比べると、タイはラオスと何かと共通点が多い。

タイ人とラオス人は、民族的に同根であり、タイ語とラオス語は、「方言」程度の差しかないとされています。お互い、属する国が違うので、ラオス語は一応、タイ語とは別言語ということになっていますが、両国民の意志疎通は、基本、通訳なしで可能。

もっとも現時点では、両国間に、「圧倒的な経済力、文化力の差」が存在します。ラオス人は小さい頃からタイのTV番組を見るし、携帯電話も、ラオス文字の入力システムがないので、タイ文字で入力する…だからラオスではタイ語が通じる。逆にタイでラオス語が通じるかというと、必ずしもそうではない。

タイから流入するTV番組や商品を見て育ったラオスの若者は、タイ、特に「花の都」バンコクに憧れます。そして、たくさんのラオス人が、自国に比べて給料の良いタイに出稼ぎに出ます。地続きだし、顔も同じだし、言葉も通じる…タイ社会に溶け込んだラオス人が、大量のタイ・バーツ紙幣を持ち帰るので、ラオスの街ではバーツで普通に買い物ができるとか。

なかなか、面白い関係だなあ。

タイとラオス、言葉も文化もあまりに似すぎていて、かつ経済的には大差がついてる関係…だから、タイからみて、ラオスはどうしても、外国というより、「タイの周辺部、田舎」みたいな位置づけになってしまう。

日本でいうと、イメージ的に一番近いのは、たぶん「福岡県と佐賀県」の関係かなあ。九州外の人には分かりにくいでしょうが、以前、福岡市に住んでいた私は、どうしても、こんな連想をしてしまう。

タイ=福岡県
バンコク=福岡市
ラオス=佐賀県
ビエンチャン(ラオスの首都)=佐賀市

佐賀駅・・・博多まで32分900円の近さ。誰もが、遊びに行く

佐賀は、大都会・福岡に隣接する、田舎県。福岡と似た言葉を話し(肥筑方言)、福岡市へ約1時間以内で出られる近さゆえ、多くの佐賀人は、働く場、学ぶ場、遊ぶ場を、福岡に求めます。

佐賀県内のJR線に乗ったことなくても、西鉄バスで天神・博多には毎月遊びに行く、福岡の都市高速と市営地下鉄を乗りこなす…県名としてはマイナーでも、実質、福岡県民と大差ない生活を送っている佐賀人は多い。

逆に、福岡からみれば、佐賀は他県というよりは、福岡の周辺部にある田舎エリア、というイメージの方が強いでしょう。その辺が、「タイとラオスの関係」を彷彿とさせますね。

そのラオス、首都ビエンチャンで、外国人も買えるようなクオリティのコンドミニアム国内第一号が、いま企画されています。私は今月末、その物件を視察しにいきます。価格は、バンコクに比べれば圧倒的に安く、一室数百万円の世界です。

「東南アジアの佐賀県」マイナーな人口小国ラオスですが、首都の一等地に建つ初のコンドミニアムということで、私も注目しています。どんな小国でも、「首都」は国のショーウィンドーとして整備されますし、外国人投資家がお金持って入ってくるのも「首都」ですから…

首都・第一号プレミアムがついた物件、上がり目は大きいはずと思っています。

次回(ラオスに注目する理由)に続く、

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帰国子女vsバイリンガルキッズ

こんにちは、Manachanです。今日は久々に、子供のバイリンガル教育ねたでいきます。

我が家の子供たちは、生まれた時から、母親には英語、父親(私)には日本語だけ使って話す、バイリンガルな環境で育っています。

いま、娘ソフィアが8歳半(来月から小3)、息子ポニーが5歳(同、幼稚園年長)。二人とも、平日は普通の公立小学校・幼稚園に通い、土曜日だけ、東京・代々木にある英語補修校に通っています。

補修校には、うちの子たちと同じ境遇の、「親の一方が英語ネイティブ、もう一方が日本語ネイティブ」の子供たちが通ってきています。まるっきり白人顔の子もいれば、日本人顔の子、ハーフっぽい子もいて、ルックスは様々ですが、皆、絵に描いたような「日英バイリンガルキッズ」。普段は英語を話し、英語で授業を受けているわけですが、日本語で話しかけると、普通に日本語が返ってきます。

男の子なら、「仮面ライダー鎧武(ガイム)、ウィザード」、あるいは「トッキュウジャー」の話をすれば、もう止まらない・・・皆、日本で育っているので、話題も、日本人の子供と変わりませんね。

英語補修校の庭で無邪気に遊ぶ、バイリンガルキッズたち・・・

そんなバイリンガルキッズたちも、小学校5年くらいになれば、進路の問題に直面します。親の思いとしては、日本に住みながら、英語も日本語も、満足いくレベルで中等教育を受けさせたいわけですが、その選択肢が、あまり多くないのです。

小学校の段階では、「近所の公立小学校(日本語)と英語補修校」の組み合わせでいいのですが、東京の場合、小学5年生くらいから、「中学受験」というものを、誰もが、意識しなくてはなりません。

私が育ったのは、首都圏郊外(千葉県)。中学・高校は地元の公立に行くのが当たり前、近場の私立は偏差値の低い学校ばかり・・・そんな環境だったので、「中学から受験」、「しかも私立が当たり前」、「公立中学に行く方が珍しい」東京23区の教育環境には、私自身、違和感ありまくりなのですが、

東京の環境で育つバイリンガルキッズたちも、当然、中学から私立受験が当たり前、というモードで日々を送るわけです。

聞くと、最近の私立中・高校は、私の学生時代とは、環境がずいぶん変わったようですね。トップレベルの学校だと、「東大、早慶」など国内トップ大学のほか、「英語圏の大学」を目指す学生も増えてきて、「英語を習う」授業のみならず、「英語で教科を教える」クラスも増えているようで、

我らが「日英バイリンガルキッズ」たちにとっては、願ってもない環境と思いきや、そういう話でもなさそうです。

バイリンガルキッズは、「帰国子女枠」が使えない

両親が日本人で、海外に3年以上、滞在してきた家庭のお子様であれば、「帰国子女」扱いで、受験上も有利な扱いを受けられる可能性がありますが、

日本で育ち、日本の公立学校に通うバイリンガルキッズは、「帰国子女」をしのぐバイリンガル能力をもちながら、「帰国子女枠」が使えない・・・という状況にあります。つまり、

「両親とも日本人の子供たちと、同じ条件で、日本語で受験しなくてはならない」・・・それが、なかなか高いハードルとして、立ちはだかります。その世界に、「ネイティブレベルの英語力」がプラスに働く要素は、ほぼありません。

たとえ、首尾よく日本の中学受験競争を勝ち抜いて、偏差値の高い私立中学に入れたとしても、よほど上手に学校・コースを選ばない限り、

日本語は良くても、英語教育がショボイ・・・という事態になりかねません。

生まれた時から四六時中、英語を話し、かつ補修校の英語学習に耐え抜いた子供たちが、今さら、「プリーズ・シット・ダウン」、「オープン、ザ、テキストブック」みたいな日本人英語の授業は退屈で仕方ありません。

したがって、「シブマク」(渋谷学園幕張校)とか「シブシブ」(渋谷学園渋谷校)、「広尾学園」など、実質的な英語教育に力を入れている私立学校に、バイリンガルキッズの人気が集中するわけです。

じゃ、英語中心のインターナショナルスクールに行けばいいじゃん!という話があるかもしれませんが、

英語はよくても、日本語がおろそかになるのは嫌だし、それに、学費が超・高い。その割に学生の資質が最高レベルではなかったりして、年間200万円以上払う価値を見出せない、という人も多く、日本のインターはなかなか難しい。

もちろん、ニシマチとか、評判のいいインターもありますが、子供の教育を考えて、欧米や東南アジアとか、海外に移る人もいるんですよね・・・

我が家の場合、上の子がまだ小学校2年ですが、早くも、「ソフィアちゃんの受験どうするんですか?」と聞かれたりして、回答に困ることも・・・

だって、私は中学受験なんて、まだ信じられんと感じる田舎者だし、それに将来、どの国に住むか分からないんだもんね。

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新幹線は金持ちの乗り物

こんばんは。Manachanです。数日ぶりのブログ更新になります。

私は、子供の頃から、旅と乗り物が大好き。その心は、いくつになっても、変わりません。

私が物心ついた時、遠い土地に連れていってくれる乗り物といえば、「新幹線」でした。日本がまだ経済伸び盛りの、若々しい新興国だった頃、IMFから借金して建設した新幹線は、今も昔も、日本の陸路交通の代表選手。

1970年代は、こんな歌がありましたね。

♪~ビュワーン ビュワーン 走る青いひかりの 超特急 時速250キロすべるようだな 走る~♪

当時はこんな車両でした・・・

東京~新大阪間を、当時最速の「ひかり号」で移動すると、所要時間は3時間10分。今では「のぞみ」で2時間半で行けますけど、新幹線の登場前は特急電車で10時間とか、かかっていたわけですから、とても画期的な乗り物でした。

私の少年時代は、東京や千葉からほとんど出ない生活。いつかは憧れの「新幹線」に乗って、京都、大阪・・・遠い西の大都会に行ってみたいと思っていました。

あと、当時は寝台特急「ブルートレイン」の全盛期でしたね。寝台車に乗って、翌日には、大阪より遠い四国とか、九州まで連れていってくれる「さくら」、「はやぶさ」「富士」なども、当時の男の子には憧れの乗り物でした。

東京駅や上野駅に行って、写真撮りに行ったんだよなあ・・・

当時からみると・・・今の交通は、環境が激変しましたね。

まず、ブルートレインがほぼ姿を消しました。今でも残っているのは「カシオペア」とか「北斗星」みたいに北海道に行くプレミア寝台くらいで、あとは全て、飛行機と新幹線に食われてしまったんでしょうね。

新幹線は、今でも健在ですが、東京~名古屋みたいな短距離だと高速バスとの競合、長距離の幹線だとLCC(格安航空会社)との価格競争が厳しくなってますね。

今は、高速バスやLCCが、とにかく安い。激安!こんな安い移動手段は、昔はなかったですよね。私は、名古屋出張で時間に余裕ある時は、高速バスを使ったりしますが、料金的に大差がついてますね。

【東京~名古屋間】

新幹線  片道10070円 所要時間1時間半
高速バス 片道2600~3600円 所要時間5時間

また、福岡に行く時はLCC使用がほとんど。ジェットスターなら安くて時間も短い(ただし、成田までの移動が必要)。

【東京~博多間】

新幹線  片道21520円 所要時間5時間半
LCC 片道7000~15000円 所要時間2時間

高速バスは、平成版、庶民の乗り物

高速バス、LCCという、格安移動手段が定着したためか、新幹線に乗る客と、明らかに客層が違いますね。

新幹線には、会社から交通費出てそうなビジネスマンや、お金に余裕のありそうな年配の客が多く、一方、高速バスやLCCには、お金に余裕なさそうな若者が目立つ。日本の格差社会を実感しますね。

新幹線の運賃が、今後、高速バスなどに対抗して安くなる可能性は、限りなくゼロに近いでしょう。低価格競争しても、意味がない。

であれば・・・新幹線に全席コンセントをつけたり、木目調のフローリングや椅子にしたり、液晶テレビをつけたりと、高級感、プレミア感を演出する工夫が必要になってくるのではないでしょうか?

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オバマリスクと世界政治

こんにちは。Manachanです。

最近、米国オバマ大統領の迷走ぶりがひどい・・と思うのは、私だけではないでしょう。少なくとも私、物心ついてから、こんなに「弱々しいアメリカ」は、見たことありません。

いま、アメリカの絶対的な国際的地位が弱まっており、議会にも「ねじれ」が生じて運営が厳しい・・・という面もありますが、オバマさんの外交能力不足が、さらに拍車をかける。

・シリアで、「最後の一線を超えた!」と威嚇しておきながら、軍事介入の可否を議会に丸投げ。結局、びびって何もできず、ロシアのプーチン首相に足元みられて、和解案出されてチャンチャン。

・ドイツやフランスでは、首脳の携帯電話盗聴疑惑で関係が険悪化。

・ロシアとも関係悪く、ソチオリンピックの開会式にも出席せず

・アジア太平洋では、TPP閣僚会議に出席できず、「旗振り役」不在の不毛な会合に(TPP反対派は大喝采)。

リーダーシップ欠如、何も決められない政治、世界中から愛想をつかされる指導者・・・そう、日本でも数年前に体験しましたね。

あの民主党政権時代に、多くの日本国民が感じた不安・・・それをいま、世界中が、ホワイトハウスにいる一人の男に対して、抱いているかのようです。

私は米国の有権者じゃないけれど、老婆心ながら、本当にオバマがトップでいいの?それでアメリカ人は納得してるの?このままでは、「世界唯一の超大国」が、ロシア・中国と同レベルの「フツーの大国」に転落してしまうじゃん。

せっかく、他の追随を許さない軍事力を持っていても、肝心の政治力があれじゃあねえ。全く無意味じゃん。

東アジアに対しても、ひどい外交スキルを発揮していますなあ・・・

・2013・12・26 安倍さんの靖国参拝に対する「失望」声明

と威勢こいておきながら・・・結局、日本に対して何もできず、

・2014/2/13 米国が核攻撃を含むあらゆる攻撃から同盟国である日本を守ると いう「揺るぎない」立場を約束。

これじゃ、中国怒るよなあ・・・と思いきや、

・2014/2/21 チベットは中国の一部であり、独立は支持しない発言

中国に気を遣ってるのか・・・でも、結局チベットにも中国にも不信を抱かせる発言ではなかろうか?

何なの、この発言のブレ方、思慮のなさ・・・言っちゃ悪いが、ルーピー鳩山レベル。

安倍さんも、オバマさんの足元みてるよね。結局、あの人は文句言うだけで何もできないと分かってるから、面従腹背、何度でも靖国参拝するでしょうね。

オバマさん、この4月に、失点を挽回すべく、日本を含め、東アジア歴訪するみたいですけど・・・・この人に一体、何が決められるんだろう?能力低い分、また新しい火種つくってくるのではないだろうか?

いまウクライナが大変なことになってますけど、外交巧者プーチンさんを前にしては、赤子の手をひねられるように、何もできずに、帰ってくるだけでしょう。

たぶん彼は、「秀才」で「ヘタレ」なんでしょうね・・・それは、アメリカ大統領に求められる資質・能力じゃあない。

かくして、アメリカの威信は低下するばかり・・・この大統領だと、ロシア、中国は喜ぶでしょうな。シリアのアサド大統領も、オバマで良かったって思ってることでしょう。

日本は、アメリカが頼りにならない分、全方位外交をしなくちゃならない。ロシアと接近したり、インドやアフリカと仲良くしたり・・・安倍さんも、世界中駆けずり回ってますもんね。

オバマさんの任期が、あと3年もあるのが気がかりです。なんとか、世界の平和や経済があと3年もって欲しい。そして、アメリカ国民が、次はもっとマシな指導者を選んで欲しい。

アメリカ大統領職は、アメリカ人だけのものではないはずだから・・・

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中国‐成熟と閉塞感の時代

こんばんは、Manachanです。

昨日は、名古屋での「タイ土地投資セミナー」。バンコク在住の講師、佐々木扶美さんとのコラボ企画でした。

アジア太平洋大家の会主催・共催のセミナーは、すでに開催100回を超えます。私も仕事柄、たくさんの講師の方々と親交がありますが、実にいろんな方がいるものですね。佐々木さんは、「メインの講演」よりも、「質疑応答」で実力を発揮するタイプ。受講者の質問に答えて、タイの話をすればするほど、信頼感や好感度が増していくという、あの独特なキャラクターがいいですね…昨日のセミナーも、とても好評でした。

セミナーが終わった後は、タクシー飛ばして名古屋マリオットホテルに駆けつけ、「旧友」に会ってきました。彼は大連勤務時代(2005-07)の中国人の同僚(イニシャルはFT)で、いま、長期出張で名古屋に来ています。今回は7年ぶりの再会。

私、FTとは、同期同日入社。忘れもしない2005年3月7日、氷点下4度の大連で、一緒に入社オリエンテーションを受けた仲間です。同日の入社人数は約10名で、外国人は私ひとりだけ、あとは全部中国人でした。

約1時間にわたるオリエンテーションは中国語で行われ、終わった後、私は中国語のノートPCを渡され、配属先のチームに案内されました。

【以前、私が働いた、大連ソフトウェアパーク】

その後も、同月同日入社の仲間同士で、時々食事に行ったりして、仲良くしていました。入社2年後の2007年、私は日本渡航(移住)と転職のため、退社。一方FTはそのまま会社に留まり、今日に至ります。彼はそれなりに出世して、プロジェクトマネジャーになっていました。今は台湾、日本、オーストラリア、インドと、海外出張で飛び回る多忙な日々。

はたからみれば、充実した職業人生。でも本人は、そういう日々に満足してないようです。

とにかく、きついんだよ。お前(Manachan)みたいに、早くITの仕事辞めたいんだ・・

と彼はいいます。

中国は、競争がむちゃくちゃ激烈。若くて、優秀な奴がたくさん居すぎるんだよ。30歳そこそこなのに、技術知識完璧、英語完璧、日本語もできて、プロジェクト経験豊富…そんな連中と張り合わなきゃならない。とにかく、中国は人が多すぎる。

かくいう彼は、40代前半。私と同世代。

でも、その割に仕事の量が伸びてるわけじゃない。お前(Manachan)に居た頃と違って、マネジャー・役職者が増えて、ルールや決まり事も格段に増えた。たくさんの同僚が会社を辞めていった。仕事やりにくい環境になってるよ。

お前がいた頃(2005~07年)が、会社の黄金時代だったのかもな。あの頃は、ビジネス伸びていたし、皆が、夢と希望をもって一生懸命働いた。今は全然違うけどな・・・

私が大連にいた頃は、仕事が、本当に楽しかった。発展感、期待感、わくわく感に満ち満ちて…18年のサラリーマン人生のなかで、あれだけ充実した日々は、前にも後にもありませんでした。

当時、中国人の社員は非常に若くて経験が浅く、マネジャー層の人材は外国に求めざるを得ませんでした。その多くは、台湾、香港、シンガポールや、欧米諸国で働いた華人系の人間が担っていました。その他、技術者層はインドやフィリピンに人材を求めていましたから、

明治の日本がそうであったように、まさに、「中国、世界に教えを乞う」状態。ダイナミズムがすごかった。

でも、いま中国で働いても、あの頃と同じ体験はできないんだろうなと思います。私が中国を去ってから7年。この間に、


・大企業化
・サラリーマン化
・管理・監視体制

が急速に進み、以前のような高揚感が職場から失われたのだと思われます。FTだけでなく、数名の同僚が異口同音にそう言いますもんね。

これは、日本もたどった道。かつて、日本の多くの職場にも、成長期待と希望に満ち溢れた時期があり、働く人々もやる気に満ち溢れ、がむしゃらに、猛烈に働いた。その結果、日本の経済は大いに伸びた。

その高揚感が、次第に変質していく。経済的繁栄が続くなかで、働く人々は安定を求め、リスクを嫌い、失敗を恐れるようになった。そして、管理者層からワーカー層まで、全部日本人だけで固まって、多様な発想力も失われていった。その後、バブルが崩壊して、日本経済から「成長」の二文字が消えていった…

中国も、多少の時差はあれ、日本と同じ道をたどっているのだと思います。この先、中国の経済は成熟し、低成長の時代を迎え、いまの日本と同様、多くの人が閉塞感を感じることでしょう。

それに人口動態的にも、中国は日本や韓国と同じ、少子高齢化の典型パターンですもんね。日本から数十年遅れて、ハイパー高齢化社会を迎えることが、ほぼ決まっています。

人にも、国も、「旬な時期」というものがある。私は、働く者として、中国の「一番旬な時期」を体験できて、とてもラッキーだったと思いますが、そういう時期は、わずか数年の間に過ぎ去ってしまうものなのでしょうね。

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中韓が、英語圏で活躍する理由

こんばんは、Manachanです。

前回の日記、「日本人ひとりぼっちの10年」の続き。再度引用しますが、

(英米圏のいろんな国で・・・)同じアジア人でも中国人や韓国人はたくさんいるのに、日本人は私しかいない。

その理由はなぜなのか?を、私の体験から、考えてみました。

私が身を置いていたのは、オーストラリアやアメリカの、多国籍IT企業の現場。エンジニアやマネジャーとして、英語ネイティブたちにまじって、中国、台湾、香港、韓国、シンガポール、マレーシア、フィリピン出身のアジア人たちがたくさん働いていましたが、日本人は限りなく少なくて、見渡す限り私ひとり・・・みたいな状態が続きました。7年も8年も、ずっとそんな状態。

アジア人の同僚たちを、よく観察してみると、

・シンガポール、マレーシア、フィリピンなどの出身者は、母国の大学を卒業して英米で就職した者が多いのに対し、
・中国、韓国など、非英語圏の出身者は、移民第二世代か、英語圏で高等教育を受けた者がほとんど

「移民第二世代」という言葉が分かりにくいので、解説しますと、

・中国や韓国をルーツに持ち、親の代から英語圏に移民して、本人は英語圏で育ち、英語の教育を受けた者

彼らの多くが、ファーストネームは英語名です、リチャード・チャンとか、グレース・リーとかね。アジアの顔、心は英語圏人・・・というパターン、

特に、リチャード・チャンとか、マイケル・チャンみたいな名前は、アメリカやオーストラリアでも、かなり多い部類に入るのではないでしょうか。まじで、人数が半端ないですから。

そうした、無数の第二世代アジア人「リチャード・チャン」たちが、英米圏の第一線の現場で、活躍しているわけです。アジア人は概して教育熱心なので、高等教育を受けた者が多く、財界、法曹界、政界で活躍している者も少なからず・・・

でもって、彼らのルーツは、中国や韓国が多い。同じアジアの民族でも、日本人がかなり少ない・・・というのが現状かと思います。

つまり、「リチャード・チャン」は多くても、「リチャード・スズキ」が極めて少ない。そのプレゼンスの差が、アメリカにおける慰安婦の像みたいな問題になって出てきていると思います。

私、以前の日記「激突!橋下発言vsアングロサクソン」で書きましたけど、こういう問題に対して、日本から、日本人にしか分からんロジックで攻撃しても意味ないと思いますよ。

アメリカで活躍する日本人をもっと増やして、プレゼンスを示さなければ、日本のリスクは高くなると思います。

Zappos創業者Steve Hsieh、Youtube創業者Steve Chen・・・
中華圏から米国に移民した第二世代が、いま、大活躍しています。

さらに言うと、これは、単なる「時差」の問題なのかと思います。つまり、中韓の方が、日本に比べて、英米圏に移住した歴史が長い。少なくとも、一世代以上は違う。

中国には、華僑という、海外移民の長い歴史があります。第二次大戦後だけをみても、共産主義の新中国あり、大躍進あり、四人組支配あり・・・それを嫌って海外に活路を求めた中国人が非常に多かった。今みたいに、目覚しい経済発展をしてもなお、富裕層は中国から出国しまくってます・・・

韓国でも、朝鮮戦争あり、ベトナム戦争あり、北緯38度線の分断あり・・・常に移民が、海外に向かいました。

それと同時期に、日本は、経済成長を謳歌し、平和で住みよい国ができた。わざわざ、海外移民する必要性を感じる日本人も少なかった。

日本で、海外へ越境、長期滞在、移住・・・という社会現象が起きたのは、ごく最近のことですし、数だって、まだそんなに多くありません。

最近、海外に出た、日本人のなかから、次の世代が生まれて、英語の教育を受けて、英語圏で活躍して・・・それが、まとまった数になるまで、あと20年以上は、かかるでしょう。それまでの間、英米圏のいろんな職場で、私が体験したような、「日本人ひとりぼっち」状態は、続くでしょうね。

もっとも、私は日本人一人ぼっちでも、寂しくありませんでしたけど・・・英語ちゃんと覚えて、いろんな人と仲良くなればいいだけだから。

英語を駆使して、アングロサクソンの理屈を使いこなして、世界の第一線で活躍する力強い日本の次世代が育つことを、願ってやみません。

私も、いま、リスクをとって海外に出ていく日本人を応援します。その行動が、次の時代に花開くと思いますから・・・

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日本人ひとりぼっちの10年

おはようございます。Manachanです。

私が関わっている「海外不動産投資」というジャンルは、日本全体からみればかなりマイナーでニッチな世界。そもそも、日本で「不動産投資」している人の割合が少なく、その上に「海外」となれば、さらに敷居が高くなりますので…

一言でいえば、「俺たちって、変り者だよねえ・・・」ってこと。

間口が狭い世界ゆえ、最近は、「隣接領域」の方々とのコラボが多くなっています。たとえば、

「金融・証券投資」の世界から、「海外不動産投資」へ (eg..内藤忍さんとのコラボ)
「ネット物販ビジネス」の世界から、「海外不動産投資」へ (eg..松浦公基さんとのコラボ)
「新興国ビジネスプロモーション」の世界から、「海外不動産投資」へ (eg..石田和靖さんとのコラボ)

彼らと一緒に仕事するのは、私にとって、とても刺激的で楽しいです。ペーパーアセット投資、ネット物販、新興国メディア…それぞれの領域を極めた優れた人々から、学ぶことはとても多い。

さらに嬉しいのは、皆さん、口を揃えて、「勇気をもって、海外に出ていこう」と提唱している。そして、ご自身が先頭に立って引っ張っていることです。

石田さんの呼びかけで、ドバイやアゼルバイジャンでビジネスを始めた人たち
内藤さんに触発されて、アメリカや東南アジアのコンドミニアムを買い始めた人たち
松浦さんに刺激を受けて、日本ではなく本場アメリカAmazon.comで出店を始めた人たち

そういう人たちのなかから、海外で大きく成功する者が続出しそうな気がします。どんな世界でもそうですが、日本の優秀な頭脳や優れた実践家が、リスクをとって海外に出ていく効果は大きい。

彼らをみていると、つくづく「私が、ここ10年間、海外に出ていろいろ苦労したことは、無駄ではなかった」と思います。

今が、「出国ブーム」なのだとすれば、私は10数年前から、海外に出ていました。1989-90年に台湾に渡って語学留学したのは置いておくとしても、2000年にオーストラリアに移住して非居住者になり、そのあと中国に渡って働き、短期間ながらインドや米国で勤務を経て、日本に戻ってきたのは2007年のことでした。

主に、現地採用のサラリーマンITエンジニアとして、いろんな国の現場で働いてきたわけですが、どこに行っても、

同じアジア人でも中国人や韓国人はたくさんいるのに、日本人は私しかいない。

オーストラリア・シドニーの現場でも、中国・大連の現場でも、アメリカ・ノースカロライナ州の現場でも、日本人向けのコールセンターみたいな業種で働く日本人は数名いても、英語や中国語を使う職場で、現地の人たちと同じ条件で働く日本人は、見渡す限り、私ひとり・・・

どの国・都市に行っても、私が日本を代表する民間外交官状態になっていました。

海外に、もっと出てくればいいのに、なんで日本を出ないんだろう?

日本の経済的、文化的プレゼンスが小さいわけでは、決してありません。オーストラリアの現場では、当時、アジア・パシフィックで一番社員数が多く、サーバーセンターや技術専門チームもあった日本とのやり取りが多かったし、

中国・大連の現場では、中国人社員向けに「世界のビジネスマナー」を学ぶ講座がありました。そこで「日本人との付き合い方」というトピックが非常に重視されており、「欧米人との付き合い方」と同じくらいの紙数が割かれていました。私も、職場で唯一の日本人として、講座に呼ばれて、いろいろコメントしていました。

オーストラリアや中国にとって、日本はかくも重要な国だと思われているのに、肝心の「日本の人間」が現地では非常に少ない。日系企業の駐在員は減る一方だし、私みたいに現地採用でフツーにエンジニアやるような人間は、さらに稀少。

彼らにとって「人」が見えないと、日本のプレゼンスは、さらに下がっていく一方です。一方、中国人や韓国人はたくさんいて、仕事で日常付き合っているわけだから、どうしても、そちらの法に親近感を覚えてしまうわけで・・・

アメリカで従軍慰安婦の像とか何とか、話題がありますが、あれも、アメリカにおける日本人のプレゼンスが、少なくともコリアンと比べてずっと少ないことが影響しているのではないでしょうか?

これを、何とかしたい。私にできることは、わずかですが・・・ま、そういう状況でチャレンジを続けてきたことだけは、自分でも誇りに思っています。

あとは、石田さん、内藤さん、松浦さんのような方々が、どんどん、風を起こしてほしいですね。海外で活躍する日本人を増やすために・・・私も頑張りますので。

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