親子アスぺ日記…日米で一世代の差

おはようございます。Manachanです。

右の写真は、近所の図書館から借りてきた「自閉症、アスペルガー」関連図書です。今はこれだけの書籍を、手軽に借りて読めるんですね。

 

他の日記にも書いてますが、私はこれまで「他の人とちょっと違う」自分を持て余し、職場や社会生活、家庭生活の悩みを抱えながら47年間生きてきました。その私が「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)」という診断名を得たのは昨年のことです。アスペルガーとは、人類の9割以上を占める「通常の脳」(Neuro Typical)とは違う、脳機能の特性を指します。一言でいうと、「知的な遅れのない自閉症」。

私の「ちょっと風変りな脳」が、10歳の娘ソフィアにも伝染(?)しているようです。娘は小学4年生、普段は通常学級に通いながら、一週間に一度、隣の学校に「通級」して、専門の先生方の指導のもと、社会性のトレーニングや、それぞれの児童の特性にあった学習計画(Individual Development Plan)に基づく指導を行っていただいてます。

「通級」は江東区の制度で、無料で受けられます。私の小学生時代は、「通常学級」と「特殊学級」(今でいう特別支援学級)しかなかったので、やはり、隔世の感がありますね。

 

ソフィアにとって、学校で一日過ごすというのはかなりの重労働であるらしく、午後3時頃に家に帰ってくるとこんな感じになります。

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夕食前の決まった時間、娘と息子に宿題やらせてますが、特に娘に宿題やらせる作業は親にとっても大変な負担です。やりたくなければ、頑としてやりませんから(私の子供時代と似てます・・・)。ですが、学校の決まった宿題は嫌いでも、自分の好きな勉強は進んでやるので、そういう方面を伸ばしていきたいと思います。

娘にとって救いの一つは、いまのクラスに5人ほど、仲の良い女の子の友達がいて、普段から一緒に遊んだり、交換日記をやっていることです。

私の小中高生時代は、一部の時期を除いて、友達もほとんどおらず、寂しかったですからねえ。特につらかったのが高校時代。修学旅行で京都奈良に行く時、仲の良い友達同士5~6人でグループをつくって、自分たちでコースを決めるのですが・・・先生方からみれば「子供たちの自主性を育む素晴らしい指導」に見えても、どのグループにも入れない私にとっては苦痛以外の何者でもなかった。

あの時、私は「修学旅行でどのグループにも入れない」悩みを、勇気を出して先生に相談したのですが、結局、私は適当なグループにあてがわれて、アフターケアもなくそれでおしまい。私は3日間、京都奈良の各地でグループの皆と一言も口をきかないまま、金魚のフンみたいについていっただけ…孤独で不条理でつらかったです。

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京都の旅館に泊まった時、クラスメイトと些細なことで口論になり、熱い湯豆腐を頬に投げつけられました。その夜、寝静まった時、例の湯豆腐を投げつけた男が、何人かの仲間にこう言ってたのを聞きました。

「こいつの、親の顔見てみてえよ・・・一体どんな教育してるんだろう?」

当時は、1980年代。集団行動に馴染めない脳のタイプがあることは、日本では知られていませんでした。学校社会のなかで、私はクラスメイトにも先生にも、「常識のない、変な奴」という乱雑なキーワードで認識され、たびたび軽視されてきました。クラスでトラブルになった時は、両親(特に母親)の子育てのせいにされました。母もつらかっただろうな・・・

小学5年の時、近所の母親たちが、「マナブくん変よね」、「どんな子育てしてるのかしら」と噂話しているのを聞いたことがあります。当時は、その場で言い返すだけの能力がなかったので、家に帰って母親に、涙ながらに悔しさをぶちまけました。

「ありがとう、お母さんのために泣いてくれたんだね」と励ましてくれたけど、その母とて、アスペルガーとか自閉症スペクトラムという言葉を当時は知らず、どういう支援をすれば良いか分からなかったことでしょう。

その後、社会人になっても、寝ぐせのまま出社して叱られたり(自分では、全然、気づかないんだもんね…)

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上司に怒られても、なぜ怒られてるのか分からないことがたびたびあったし(この絵は、頬づえをついて失礼…という意味)。

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いろんなことがありましたが、曲がりなりにも今、まともな社会生活を送れています。仕事のなかで、自分の得意分野を生かせたという面もあったし、それ以前に、まともな家庭に生まれ育つことができた、という幸運が大きかったのかも。

もし私が、父親が暴力を振るったり、両親揃って育児ネグレクトするような家庭に生まれていたら、どうなっていたか・・と思うと、想像するだけで恐ろしいです。実際、発達障害児のなかで、DVやネグレクトなど問題のある家庭で育つ者は少なくないようです。

 

もし私が、アメリカなど英米圏で育っていたら、どうなったか?というと、また違った人生になっていたのかもしれません。

いま、発達障害児(特に自閉症系)にかかわる多くの日本の教育・療育機関が使っているプログラムは、「TEACCH」(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped CHildren 、自閉症及び近縁のコミュニケーション障害の子どものための治療と教育)をもとにしていることが多い。

このTEACCHは、1971年に、アメリカのノースカロライナ大学、チャペルヒル(Chapel Hill)校で開発されたものです。

私は2005年に、ノースカロライナに住んでいた時期があります。我が家からチャペルヒルまで、クルマで15分と近く、食事とかでよく行ったものです。こんな身近な場所で、世界の先駆けとなる自閉症児療育プログラムが、1971年という早期に開発されていたことに、ただただ驚きを禁じえません。

なぜなら、日本で発達障害者支援法が制定されたのは2004年。自閉症やアスペルガーに対する療育プログラムが日本に導入されたのはその後ですので、日米で30年以上、約1世代のタイムラグがあるのです。そう考えると、

・もし、私が当時のアメリカで育っていたなら、今ソフィアが日本で育つのとほぼ同じ状況だったのかもしれないな。

・そう考えると、私は日本という国に、やや早く生まれすぎていたのかもしれない。

 

とはいえ、これは結果論。人間はそれぞれ問題を抱えながら、それぞれの時代を、懸命に生きなければならないのだから。

 

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海外投資詐欺と、私の見解

おはようございます。Manachanです。11月14日に東南アジア出張から帰国してから、山のように溜まった業務を片付けていました。ブログ記事書くのは約1週間ぶりですね。

先月の下旬、「楽待新聞」より、「カンボジア投資詐欺事件に関するManachanのコメントがいただきたい」という取材依頼を受けました。すでに新聞記事にもなっていますが、カンボジアの不動産会社の代理店を名乗る事務所が、2011年ごろからカンボジアの不動産投資と偽って、投資詐欺を重ねていた。警察によれば、全国39都道府県の200名以上の人から、20億円を超えるお金をだまし取った…という事件。

私は、この事件に関わったわけでもなければ、知人友人で彼らの詐欺に引っかかった方もいないので、「また聞き」レベルの知識しかありませんが、第三者的コメンターとして推薦を受けたので、お受けしました。余談ですが、楽待新聞の電話取材を受けた時、私は仕事で愛知県内をドライブ中。ハンズフリーで話しながら、一宮市~名古屋市あたりを運転してたんだよなあ。

今後、海外不動産投資の裾野が広がれば、詐欺事件も手を変え品を変え、増えてくると思いますので、(TVに出る気はありませんが…)雑誌やWebメディアで露出の機会が増えるかもしれません。ですが、どんなタイプの詐欺であっても、私の言うべきことは、3つだけ。

 

1) 権利関係を確認しましょう。

2) お金の流れを確認しましょう。

3) 専門家のセカンドオピニオンを得ましょう。

 

Checkpoint1 : 契約関係の確認

本契約の前に、その物件の現地での登記書や出資契約書などを確認します。どんな土地・建物なのか、また、現在の所有者は誰なのかなどを調べます。現地からコピーを取り寄せ、日本語訳してもらえば良い。

経験上、最初から騙そうとする業者の場合、実在しない土地や建物の権利を勧誘してくることが多く、書類関係も適当で杜撰なこと(あるいは、現地書類が杜撰で日本語プレゼン資料だけ立派)が多いものです。

 

Checkpoint2 : お金の流れの確認

自分が払うお金が、どのような経路で誰に渡って、最終的に自分の権利につながるのか確認します。多くの場合、取引に関わる人物は、本人(バイヤー)、仲介業者、現地のデベロッパーとなります。このとき、購入代金を仲介業者に全て預けてはいけません。日本の不動産取引と同じく、海外でも仲介業者は手数料のみ受け取れるのが原則、売買代金は本人が直接、現地のデベロッパーに支払うべきです。

きちんとした仲介業者なら、どこに送金してくださいという指示をしてくれるはず。そういったお金の流れについて、明確に答えられない業者は要注意です。私が代理で送ります、などと言われたら必ず拒否するようにしましょう。

 

Checkpoint3 : 専門家のセカンドオピニオンを得る

初めての海外投資、特に知識が足りなくて不安な場合は、海外投資に詳しい専門家にアドバイスを求めるのが良いと思います。聞く先は、私どもの「アジア太平洋大家の会」でもいいですし、他にも海外投資案件について知識を持っている団体・個人は多くいらっしゃいます、。

たとえば私に相談が来た場合、東南アジアのコンドミニアムで「完成後が数年後なのにネット20%利回り保証」みたい話は、明らかに怪しいと思いますし、それを正直にお伝えいたします。

 

上記3つのチェックを行い、それでも仲介業者の言うことに辻褄が合っており、誠実だと感じるのであれば、この時点で少なくとも詐欺にひっかかるリスクは、大幅に低くできると思います。その後は、日本国内で収益不動産買うのと同様、投資案件の収益性を見極めれば良いですね。

 

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ホーチミンから、プノンペンの将来を読む

こんばんはManachanです。ベトナム・ホーチミンを早朝出発、カンボジアは首都プノンペンでの日帰り出張を終え、先ほどホーチミンまで戻ってきました。

東南アジアの地図をみると、ホーチミンとプノンペンは非常に近く、陸路で250㎞しか離れていません。東京~浜松間とほぼ同じ距離です。これだけ近いので、国境超えのバスも数多く運行、イミグレを含めて6時間で行くことができます。東京~浜松間の高速バスが所要4時間プラス、イミグレで2時間みたいな「隣り町」感覚ですね。なお、この区間を飛行機で行くと45分しかかかりません。福岡~プサン間みたいに、上昇して、わずかな水平飛行のあと、すぐ降下・着陸してしまいます。

 

至近距離にあるとはいえ、ベトナムとカンボジア、あるいはホーチミンとプノンペンの間には、一目瞭然な国力の差、都市力の差があります。

前回(今年3月)は、この二都市間をバスで移動したので、両国間の格差がよく分かりました。ホーチミン市内からベトナム側の国境(モクバイ)までは立派な4車線道路が延々70㎞にわたって続き、常に交通量も多かったのに、カンボジア側の国境(バベット)から先は、プノンペンの直前まで、ずっと2車線(つまり片側1車線の対面通行)道路。特に夜だと、ベトナム側は明るいのに、カンボジア側は街灯も乏しくて真っ暗。

それでも今は、カンボジア側のイミグレ建物もずいぶんマシになりました。10年前のカンボジアイミグレは掘っ立て小屋みたいな粗末な建物だったので、「都落ち感」も今の比ではなかったことでしょう。

 

そのプノンペンはいま、外資を受け入れて急速に経済発展中。土埃や未舗装の道路も減り、コンクリ高規格道路が次々と完成しています。高層の建物も増え、「市バス」も登場するなど、絶賛グレードアップ中。あと何年で、今のホーチミンのレベルに追いつくかというと・・・「約10年」という声が多いようです。

ホーチミンに長年住んだ方の声を聞くと、「今のプノンペンは、10年前のホーチミンにそっくり」だそうです。逆にいうと、最近10年のホーチミンの歩みをおさらいしておくことで、プノンペンの今後の発展、をある程度予見できるのかもしれません。

 

プノンペンの新興戸建住宅地・・・人気が高い。

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不動産マーケットの面からいうと、プノンペンはホーチミンを10年の時差をもって後追いしているようにも見えます。
10年前ホーチミンは、中間層がまだ薄く、一握りの富裕層と、後は購買力のない庶民が多数の社会、ったそうです。今のプノンペンと似てますね。当時、ホーチミンに住むベトナム人は、高層のコンドミニアムに住む発想がなく、圧倒的に「土地付き戸建」志向だったとか…それも、今日のプノンペン住民と似てますね。今は、外資のお金で高層コンドミニアムがどんどん建っていますが、カンボジア人がほとんど住んでないですもの。

当時のホーチミンは、(庶民は無理でも)中間層がなんとか戸建を買えるほど、地価が安かったそうです。都心距離20km、9区あたりで、㎡単価300ドル前後・・・つまり100㎡の土地3万ドル。上物建てても7~8万ドル。その程度の値段なら、少し裕福なベトナム人なら買えるわけです。「戸建信仰」は安い地価に支えられていたといえます。

しかし、それから2004~08年のバブルを経て、ホーチミンの地価は数倍にはね上がり、中間層が市内で戸建を買うことはほぼ無理になりました。いや、土地付き住宅を買うことはできても、ホーチミンの名のつかない「ビンズン省」とか「ドンナイ省」みたいなアドレスになってしまい、「それなら、土地のない集合住宅でも職場に近い市内がいいや」と考える人が増え、コンドミニアム居住が一気に普及したそうです。

今のホーチミンは、以前より断然、中間層が分厚くなってきましたが、彼らが買うボリュームゾーンは、「ホーチミンの周辺区(8区、9区)あたりの、5~6万ドルのコンドミニアム」のようです。もっと裕福な人なら「土地付きの戸建、タウンハウスやビラ」が視野に入るでしょうが、一般ピープルレベルでは、コンドミニアム居住が基本形になったといえます。

(ホーチミンより所得水準の高い、タイ・バンコクでは、人々の所得する住宅の平均が8~10万ドル。2~3割の人は郊外の土地付きタウンハウスを買えますが、それでも6割がコンドミニアム購入層です。)

 

プノンペンの地価・・近郊ほど、上昇率が高い。

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まだ農業用途に使われている土地は安い。

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ホーチミン市南部、実需用コンドにアムが延々と並ぶ

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ホーチミン10年の歩みから、プノンペンの今後10年を占うと、どうなるか?

・今は、プノンペンの土地がどんどん上がり、戸建住宅地が郊外に広がっているが、実需向けには、まだ「土地付き戸建住宅」が売れる段階。(ホーチミンの2004~08年の状況)

・数年後、プノンペンの土地代が上がりきって、遠方でないと土地付き住宅が求められなくなると、今度は人々の目がコンドミニアム住まいに向かう。そうなれば、「都心近くの、中間層がお手頃価格のコンドミニアム」が売れる (ホーチミンの2008~15年の状況)

もっとも、プノンペンの状況がかつてのホーチミンと違うのは、「外資が建てた高級コンドミニアムが大量供給されている」点でしょう(ベトナムの場合は、外国人による不動産開発や購入が、これまで厳しく規制されていた)。近い将来、これらが大量に空室になると、その後どうなるのか?ロクな管理もされず朽ち果てるのか?あるいは、カンボジア人の購買力が追いついてきたときに、「お手頃価格のコンドミニアム」として実需転換されるのか?なかなか興味深いですね。

 

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ホーチミン10区に住んでみたい

おはようございます。Manachan@ベトナム滞在中です。

昨日、「ホーチミン10区」の物件を内見しましたが、このエリアがとても印象良くて、一人でじっくり歩いてみたいと思い、再訪してみました。

ホーチミン市は「1区」に都心機能が集約されていて、主要ランドマーク、観光名所も1区に集まっています。私が滞在しているホテルも1区にあります。1区から見て10区は、「3区」をはさんだ向こう側にあり、距離的にはそう遠くありません。

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特に、私のみた物件は、「10区」といっても「3区」との境界付近にあるのでさらに近い。この両区を分けるのが「2月3日通り」( Đường 3 Tháng 2)で、物件はそこから10区側に300mくらい入った場所。1区の「ベンタイン市場」からの距離は、わずか2.5km。

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2.5kmくらいなら、頑張れば歩けると思い、私は、午後5:30過ぎ、1区のホテルを出て、10区に向かいました。とはいえ、南国のホーチミンで、この距離を歩こうとする既得な人は滅多にいません(皆、バイクか車で移動)。特に5:30過ぎはバイクの帰宅ラッシュの時間帯。下の写真のような状態で、道路の横断は困難を極めました。いや横断以前に、歩道を歩いていても、バイクがガンガン歩道に乗り上げて飛ばしてくる、カオスな世界。

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「1区」から「10区」に行くには、必ず「3区」を通ります。3区は「準都心」、「準1区」と呼ばれるだけあって、街道沿いに商店、レストランがずっと続きます。交通量も多い。

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3区、10区は、ローカル感あふれる場所。中華系ベトナム人が多いようで、こんな本屋がいくつもありました。

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「2月3日通り」を超えると、3区を出て、10区に入ります。交通量もいくぶん少なくなり、落ち着いた雰囲気。「都心」から「住宅地」に出た感じですね。10区に入って、すぐ目に入るのが、この看板。写真でははっきり見えませんが、「Solution」という英語の教科書を開いた、頭の良さそうな男子生徒が出てきます。

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いわゆる「インター」。英語で教育する「中学校・高校」と、「小学校」が併設されていました。

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文教地区(?)には、でかい本屋が欠かせませんね。

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また、近隣には日産のディーラーがあり、「近郊住宅地」感を醸し出しています。

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文教地区(?)なのにラブホがある???

1時間 50000ドン
2時間 70000ドン

みたいな時間貸しのホテルが3軒ほど並んでいました。ベトナム人がどうやって使っているのかは不明。

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しかし、私的に、このエリアを魅力的に感じる要素が、「食い道楽」・・・野外の露天式でいただく、海鮮レストランが並んでいるのです。生け簀があって、デカい伊勢エビとか焼いてて、まじでうまそう。

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雨の日は露天式は厳しいけど、そんな時は、室内で海鮮をいただける店が、すぐそばにある。ベトナムの物価なら、こういうもの、毎日食いに行っても大した金額にならず、楽しめそう。

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「ウェディングレストラン」という、わけ分からんジャンルのレストランもありました。

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かっこいいカフェも、増えているようです。

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あと、「ベジタリアン・レストラン」なるものもあり、私はヘルシーに、「ベジタリアン・フォー」を注文。4万ドン(210円)、うまかった~。

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この辺は1区あたりに比べると、物価も安いようで…散髪は3万ドン(160円)でできるらしい。

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将来、ホーチミンに住むことがあったら、10区の、この辺に住んでみたいな。

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ベトジェットに乗ってみました。

こんばんは、Manachanです。今朝、台北の桃園空港からベトナム・ホーチミンまで飛んできました。今回乗った便は、日本人にはまだ馴染みの薄い「ベトジェットエア」(Vietjet Air)。ジェットスター・グループに属する、ベトナムでは大手のLCC(格安航空会社)です。

日本でも、成田を拠点とするジェットスター便が増えてきましたよね。特に九州(福岡、大分、熊本、鹿児島)の方には、首都圏まで安く往復できる方法としてジェットスターは重宝しているかと思います。ちなみに日本でジェットスターの設立は2011年。運行開始は翌12年。

ベトナムでは、日本よりももう少し早くLCCの時代が来たようで、ベトジェットエアは2007年から設立されています。南北に細長いベトナム国内を安く飛ぶ方法として、人々の間にすっかり定着しているようです。特にハノイ~ホーチミン便は往復16~20便/日もある、1時間に1本は飛んでるんですよね。
【これだけ路線がある!】

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ベトジェットエアの国際便は、ASEAN圏内や東アジアのいくつかの国に、定期便が就航しています。便数多い順に言うと、

ホーチミン~バンコク(スワンナプーム) 往復3便/日
ホーチミン~シンガポール 往復2便/日
ホーチミン~台北(桃園) 往復1便/日
ホーチミン~ソウル(インチョン) 往復1便/日
ハノイ~ソウル(インチョン) 往復1便/日
ハノイ~バンコク(スワンナプーム) 往復1便/日
ホーチミン~ヤンゴン 往復5便/週
その他、中国と日本に多数のチャーター便を飛ばしています。日本国内でいうと、下記路線が就航済み。

ハノイ~北九州便
ハノイ~茨城便
私、最近はベトナム出張が増えてきていますので、一日も早く、ベトジェットの成田~ホーチミン便、成田~ハノイ便を飛ばして欲しいです。というのも、

料金がむちゃくちゃ安い!

今回乗った、台北~ホーチミン便なんて、往復して諸税燃油込みで、153.40米ドルしかかかりませんでした。2000キロ余りを片道9000円で飛べてしまう。東京~名古屋を新幹線乗るより安い!

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成田~バンコクはエアアジアX、羽田~クアラルンプールはエアアジア、成田~マニラはセブパシフィックと、いずれも片道1万円台で安く飛ぶ方法があるんですから、ホーチミンやハノイにも安く行けるようにしてほしい。日本の首都圏発ならベトナム移動需要は十分あるはず。だからベトジェットに期待。

あと、ベトジェットの機内販売がなかなか面白いです。

【スナックが0.25米ドルから、むちゃくちゃ安い!】

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【ベトナムのカップ麺も安くて美味しそう】

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ベトジェットは、子供向けの割引運賃があるからでしょうか、どの便も、子供がむちゃくちゃ多い。シートポケットに入った安全のしおりなども、大勢の子供たちにしゃぶり尽くされて「歯形」がついてる状態。そんな会社だから機内販売も、子供向けグッズがものすごく多い。

 

【テディベア機内で売ってるぞ】

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【航空模型、男の子が喜びそう】

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【キーチェーンが可愛い】

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【バッグハンガー意外に重宝するかも】

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ベトジェットのテーマカラーは、ジェットスターグループのなかでも飛び切り目立つ「赤」。

【下呂袋も、鮮やかな赤でデザインされています】

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安くて、素晴らしきベトジェット。ただ唯一困るのは、「座席がむちゃ狭」くて、「5㎝位しかリクライニングできない」こと。どんなに眠くても、背筋をぼぼ直角にして寝なくちゃならない。

【この男性、限界までリクライニングしてますけど…】

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でも逆にいえば、前の座席に座ってる奴も、こちらに向かってリクライニングできないわけだから、PCの作業したり、飲み食いするには都合が良いです。

【シートの説明書もしっかりベトナム語ですね】

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二番手でいこう!

おはようございます。Manachanです。いま、台湾の桃園空港でトランジット中。これからベトナム・ホーチミン市に向かいます。

私の生まれ育った街、千葉県柏市。柏駅周辺は、高島屋、そごう、丸井、イトーヨーカドーなど百貨店が並ぶだけでなく、商店街も元気で人通りが多く、県内屈指の賑わいを見せる大商業地域です。

柏の賑わう商店街、その代表的存在が、「二番街」です。千葉県内初登場の全蓋式アーケード商店街には、書店、楽器屋、画材屋、スーパー、洋菓子屋、マクドナルド、ネットカフェ、パチンコ店、ドンキホーテなど雑多なジャンルの個店が並び、情報やトレンド発信の場となっています(紹介記事)。

この商店街が、なぜ「二番街」なのかというと、ちゃんと由来があります。「一番ではなく常に挑戦し続け、可能性を求める二番(街)でいこう」という意味です。この言葉は、私の人生における座右の銘となっています。その心は、
・得意な分野で、どんなに努力しても、それでも世の中には、自分より凄い奴が必ずいる。

・そいつが「一番」なら、私は「二番」でいい。むしろ、二番手であることを大事にしたい。一番に追いつき追いつこうと、努力精進を続けることが、すなわち「自分の可能性」だし、「二番手の特権」だと思うから。
柏の駅前は、路線価や公示価格で、最近、千葉県ナンバーワンになったりしています。それでも、「俺たちは千葉で一番!」と舞い上がってしまったら柏の発展は止まる。常に、自分より上がいることを意識して、謙虚さを失わずにいこう。そういう戒めの意図が、「二番街」の名に込められているのです。そして、

・自分より凄い奴に対し、素直に負けを認めつつ、そいつと上手にコラボする方法を考えよう。

・そいつが「一番」なら、自分は「一番に必要とされる人間」を目指そう。
という、「しなやかな生き方」も、私が柏の街から学んだことでもあります。そういえば、英語でも似たことわざがありますね。”If you can’t beat them, join them.”(もし、相手に敵わないのなら、そいつらの仲間に加わろう)。
これは、今の時代を生きる日本人に必要な言葉かもしれません。20年前はともかく、今の日本はアジアで一番経済規模の大きい国でもないし、アジアで一番所得の高い国でもありません。いずれも「二番手」か、それ以下に甘んじてしまっています。

欧米、アジア、アフリカ・・・今は世界中のほとんどの場所で、日本語より中国語の方が多くの人に学ばれ、中国語の求人数の方が日本語の求人数より多くなっているのが現状。20年前と比べて、地位逆転されてしまっています。
私の身の回りには、この現状を嘆く日本人が多いですが、嘆いたって何も始まらない。それで日中の立場が再逆転するなら、いくらでもやればいいけど、無理でしょ。そんなことより、自分自身がとっとと中国語を覚えて、「中国語のできる人材」あるいは「中国人相手にビジネスできる人間」になるほうが手っ取り早い。

私は20年以上前から中国語を学んで、ビジネスレベルになってるから、たとえアジア全体が中国経済に席巻されたところで、全く困らない。むしろ自分の活躍の場が広がって有難い。

言葉を換えれば、アジアのなかで「中国が一番手」、「日本が二番手」になっても、別にそれでいいじゃん。自分が「一番手とコラボできる人材」になれれば良いのだし、日本にそういう人材が増えることが、むしろ「一番手」に追いつく道のような気がするし…
自分が「二番手」あるいはそれ以下であることは、恥ずかしいことや、残念なことじゃない。むしろ、それが「可能性」であり「希望」でもあると思います。“Japan as Asia’s number two and we are happy with it. We always have full of potential and hope!”

 

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宮崎市郊外、恐怖の4.1%新築木造アパ

こんばんは、Manachanです。

九州・宮崎市に実家のある友人から、親が業者に新築アパートをすすめられたので、内容チェックして欲しい・・・という依頼がありました。その場所は、宮崎市とはいっても中心部ではなく、2010年の市町村合併で宮崎市に編入された郊外ベッドタウン。土地は、こんなスペックです。ショッピングセンター、駅、病院に至近距離、地元では比較的環境の整った住宅地だそうです。

――――――――――――――――――――――――――――
地積  323平米(97.83㎡)
一種住居、角地、建ぺい70%/容積200%
土地代 約2000万(坪21万)
――――――――――――――――――――――――――――

でもって、提案してきたのは、誰もが名前知ってる会社。「地主向けに賃貸アパートを販売する、管理戸数日本一の会社」といえば、それ以上説明の必要はないでしょう。「35年一括借上」「新築後10年間の家賃保障」などをうたった驚異のクロージング営業力で、全国に賃貸アパートを建てまくっています。

私、噂だけは聞いてましたけど、ガチで提案書を見るのは初めてです。で、見た瞬間、絶句!こんな提案でした。

――――――――――――――――――
2階建木造アパ―ト 2DK~2LDKx4戸 (45.77㎡)
駐車場 8台付
建物代(税込) 4104万
諸費用 270万
総事業費 4374万
――――――――――――――――――

地方で駐車場必須とはいえ、角地で98坪もある土地に4戸しか建てないのはなぜなんだろう?あと、建築費が坪74万というのも、全国で同じタイプを量産してる割には高いよねえ。私、福岡市で、天井高4mのプレミア賃貸住宅建てたことあるけど、坪58万だったもんな。

 

すごいのは、賃貸経営指標。今回は地主が土地提供して、その上に収益物件を建てる想定なのですが、仮に土地代2000万円がコストとしてかかると仮定して、利回り計算すると、

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
満室想定賃料 24.2万/月 (5.7万x2室、5.2万x2室、駐車場0.3万x8)⇒年収290.4万
保証賃料(10年)20.7万/月(居室18.5万+駐車場2.2万)⇒年収248.0万

満室想定利回 4.7%
保証利回り  4.1%(保証ベース)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

新築アパ建てて、満室で、かつ駐車場全部埋まっても4%台の利回りしか出ないって何それ?

東京都心の一等地なら分かるけど、地方都市の郊外ベッドタウンでその数字は、ギャグとしか言いようがない・・・

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さらに言うと、この満室想定賃料自体が意味ないほど、地域相場からみて過大な数字になっている可能性もあります。一室あたり5.2~5.7万/月で貸せる事業計画になっています。保証賃料も築後10年間、平均4.6万/月で設定していますが、これが10年経って、家賃保証がはずれるとどうなるか?

 

【こんな間取りのようです】

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同地域、1DK月額2.3~3.0万円、2DK4万台そこそこ、のマーケットのようです。しかもゼロゼロ物件の嵐!

表面4%台の利回りが、築11年目から維持できないかもしれない、場所は宮崎市郊外・・・これギャグかよ!

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しかも恐ろしいことに、この提案書、4000万円の30年ローン(年利1.9%)をセットでつけてきてます。こういうの借りて建てちゃったら最後、

・11年目から、キャッシュフローが確実に赤字転落

・その時点で、残債は約3000万円残っている

・土地で売っても、せいぜい2000万円くらいしかならない。

 

私は心から確信をもって、『絶対にこれ建てちゃいけない』とお答えしたのは、言うまでもありません。

それにしても、すげえ商売だなあ。地主を食い物にして、えげつないの極みだぜ・・・俺も、一応商売人だけど、ここまで鬼になれないよ~。

 

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発展都市「柏」の南北問題

おはようございます。Manachanです。

前回までのブログは、銚子市(人口減っても家賃とれる町)、一宮町(外房の勝ち組都市)と、千葉県ご当地不動産ネタが続きました。これらは、県内でも東京から遠い「地方圏」の話ですが、今回は、「東京に近い千葉」の話題でいきます。

今回とりあげるのは、柏市・・・東京都心30㎞圏。まぎれもない首都通勤圏ですね。

・「柏駅」から、JR上野東京ラインで、東京駅まで直通、最速30分、550円
・「柏の葉キャンパス駅」から、つくばエクスプレス(TX)で、秋葉原まで直通、最速29分、670円。

 

世界最大の人口・雇用機会をもつメガシティ東京から至近距離、という立地の意味は大きく、日本全体の人口が減り続ける昨今でも、柏市の人口は安定して増え続けています。

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柏市は、市制施行から60年を超えましたが、その間、人口が減った時期が一つしかありません。平成23年の東日本大震災・福島原発事故に伴い、柏市周辺で比較的高い放射線量が観測され、それが全国に報道された影響で、ファミリー層の転入が鈍り、1500人ほど減った時期があります。しかし、平成24年5月以降はV字回復、以降3年間で7000人も増えています。

震災の影響で、人口増加から減少に転じた千葉県の都市は3つ(柏市、我孫子市、浦安市)ありますが、この3市の中で、人口が回復したのは柏市だけです。

東京都心アクセスがはるかに便利な浦安市や、地価・不動産価格の安い我孫子市を差し置いて、ひとり柏市が回復したのはなぜか?それは、東京圏における人口流入が、「開発余地の大きさ、利便性と不動産価格のバランス」で決まるからだと思います。思うに、こんな理由ではないかと、

・浦安市には住宅の開発余地が少ないが、柏市にはたくさんある。また浦安市と比べて、柏市には庶民層が無理なく買える戸建住宅の供給が豊富。

・我孫子市は不動産開発余地が多くて価格も安いが、東京アクセスや商業的発展、教育環境などの面は柏市の方が魅力が大きい。

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柏市の人口動態が力強い理由の一つに、2005年の「つくばエクスプレス(TX)開業」により、市内北部地域に2つの新駅ができ、東京都心部と直結されたことが大きい。その点、柏市と同じ状況にあるのが、西隣の「流山市」です。同市では、3つの新駅ができています。

・2005~15年の間に、流山市の人口は21,548人増加
・2005〜15年の間に、柏市の人口は29,974人増加

つくばエクスプレス:10周年 流山、柏「勝ち組」に 一部地域に開発集中 環境問題や格差浮き彫り /千葉

 

この一帯は、松戸、野田、我孫子、鎌ヶ谷とともに「東葛飾地区」と呼ばれますが、同地区6市のなかで、人口が増え続けているのは流山市と柏市だけ。やはり東京直結鉄道の威力は半端ないのです。また、柏市の場合はTXのほか、JR常磐線が今年3月から東京駅、品川駅直結の「上野東京ライン」に昇格。TXと上東ラインが、東京通勤客を獲得するべく健全な競争をしているおかげで、住宅地としての柏市の魅力がますます上がっています。加えて、中心エリア「柏駅東口」の再開発も進行中。少なくともあと5~10年、柏市の人口が減ることは考えにくいでしょう。

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いま、流山、柏の両市で起こっている現象は本質的には同じで、社会増が自然増に結びつく、「好転・成長都市」のパターンです。

・他地域からの子育て世代の転入で、社会増になる。
・彼らが子供を産むことにより、自然増にもなる。

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千葉県のホームページには、常住人口増加数が月間でトップだった自治体名が載っていますが、いつも「船橋市」、「流山市」、「柏市」が上位に出てきます。最近、この3市を私は、「千葉の三強」と呼ぶようになりました。船橋市は、東葉高速沿線の住宅開発があるし、ベイエリアにも開発余地が大きいから、さすがに強いですね。あと、津田沼南口の「奏の杜」大開発を抱える習志野市や、千葉ニュータウン中央の人気に支えられる印西市も強い。

千葉の三強:船橋市、流山市、柏市
千葉の五強:船橋市、流山市、柏市 + 習志野市、印西市

※)県都・千葉市は、緑区や中央区など人口増加区と、花見川区など人口減少区があって、両者が相殺されて全体的に横ばい〜微増。

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流山、柏、船橋・・・人口増加や発展の影で、地域にはいろんな問題が出ています。前掲の記事にも出ていますが、

TX沿線の利便性が高まる一方、大きな開発計画のない市南部地域を中心に「南北間格差」や「北部一極集中」を疑問視する声は消えない。

 

柏市の場合、ここ10年で「市内の南北問題」が人々の話題に上るようになってきました。もともと、柏市は東京直結鉄道がJR常磐線しかなく、「柏駅」が市域の中央部に存在したおかげで、船橋市等と比べて、比較的均等に発展してきた都市です。

私の子供時代、柏市は「北工南住」と呼ばれていました。

柏市北部:十余二、根戸、機械金属の「三大」工業地帯を擁する、内陸工業の拠点。
柏市中央部:大ターミナル「柏駅」を擁する中心商業地区、かつ行政の中心。
柏市南部: 東武野田線沿いに広がる、光が丘、つくしが丘、新柏など、落ち着いた戸建住宅地・。

この三地域が、お互いの特性を活かしながら、柏市を形づくってきました。当時は、北部に住む人は少なく、南部の方が人口が多かった印象があります。

 

しかし、2005年のつくばエクスプレス開通によって、北部地域が新興住宅地として大発展。一方、すでに成熟した住宅地である南部には大きな開発計画がなく、南北のパワーバランスが崩れつつあるのが、いまの柏市です。

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ここ10年の人口推移を、「北部」、「中部」、「南部」、そして2005年に柏市に吸収合併された「旧沼南町」別に計算してみました。

2005~15年の平均

・北部 年率1.13%増加
・中部 年率0.95%増加
・南部 年率0.26%増加
・旧沼南 年率1.12%増加

 

2010~15年の平均

・北部 年率1.01%増加
・中部 年率0.88%増加
・南部 年率0.04%増加
・旧沼南 年率0.44%増加

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税収が伸び悩む日本。財政の運営はどこも厳しく、自治体が将来の発展のために新規投資できる余地は限られます。柏市の場合は、つくばエクスプレスが通る北部の新都市と、既存の中心商業地である柏駅周辺の、二大「投資対象エリア」を抱え、限られた財源をどちらに回すかが、市政上の主な争点。「柏市の二大中心」から外れた南部や旧沼南町エリアに大きな財源を回す余裕はない。

特に2010年以降、南部地域の人口増加がピタリと止まったのが気がかりです。このままでいけば、隣の松戸市の常磐緩行線エリアと同様、間違いなく人口減少に直面するでしょうが、残念ながら、地域の魅力を上げるための公共投資ができにくい状況。

 

数年前、こんなことがありました。旧沼南町(広義の「柏市南部」と呼んでよいエリア)で、「手賀の杜」という大規模な戸建住宅地開発があり、就学年齢の子供の数が増えましたが、このエリアに新しい小学校を建てる予算がなく、多くの家庭は仕方なく、1.5㎞以上離れた「風早北部小学校」に通わせました。この学校は校庭も狭く、通学路に歩道もろくにない環境なのにマンモス校化してしまいました。

ほぼ同時期、柏市北部の、TX「柏の葉キャンパス」駅近くでは、2012年に柏の葉小学校が新設されました。ここは、「外国語教室に対応した国際交流室」や「学年ごとにユニット化した教室配置」など最新の設備が特徴で、東京山の手のような今風の学校。しかも、その隣に中学校が新設される予定で、首都圏各地からニューファミリーを呼び込む体制がどんどんできています(リンク)。

それを横目にみている、柏市南部住民からすれば、「なぜ、北部ばっかり優遇するの?」という声になるわけです。TX沿線は裕福で高学歴な住民も多いからなおさら、南北問題になりやすい構図。

 

この問題、一朝一夕には解決しないでしょう。一つ明らかなことは、公共投資に期待できないので、望みの綱は民間投資しかありません。その点でいうと、旧沼南町地区に来春オープンする、日本最大規模の「アリオ」ショッピングセンターだけが、南部地域浮揚の唯一のネタでしょう。

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ショッピングセンターは、東京直結鉄道の新駅や、駅前再開発に比べると人口動態上のインパクトは弱いと思いますが、それでも、空き地の多い沼南町地区に民間投資を呼び込んで、柏市南部の利便性や都市環境を改善していく他に、方法がないのだと思います。

日本に珍しく、人口増加を続ける発展都市・柏市。贅沢な悩みかもしれませんが、願わくば、各地域がバランス良く発展して欲しいと思います。

 

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外房の勝ち組都市・一宮(千葉県)

こんばんは。Manachanです。今回の日記は、千葉県の太平洋岸の町、最近不動産の取引で縁のあった「長生郡一宮町」からお届けします。

首都圏の一角を占める「千葉県」。ディズニーランドや幕張ベイタウンもあり、なんとなく都会なイメージもありますが、それは「千葉市から東京寄り」の話。千葉市から南、あるいは東に行くと、全くの別世界が広がります。

南の海に大きく突き出した房総半島。その西岸の東京湾に面した地域を「内房」(うちぼう)、東岸の太平洋に面した地域を「外房」(そとぼう)と呼びますが、いずれも、関東でも指折りの田舎・過疎地であり、厳しい人口減と産業衰退に直面しています。半島状のどん詰まりの地形ゆえ、工業や物流拠点として成立するのも難しい場所です。

さらに房総半島は、JR東日本から酷く冷遇されるエリアとして知られています。今年3月、北陸新幹線や上野東京ラインが開業した際に、大幅なダイヤ変更が行われましたが、特に千葉県区間の廃止・減便が目立ちます(リンク)。たとえば、

「特急あやめ」(東京~佐原)廃止
「特急さざなみ」(東京~館山)君津以南廃止、6往復⇒3~5往復
「特急しおさい」(東京~銚子)8.5往復⇒7往復に減便
「特急わかしお」(東京~安房鴨川)13往復⇒12往復に減便

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半島状の交通不便地を多く抱える千葉県は、県下54市町村のうち26市町村が「消滅可能性都市」(20~39歳の女性人口が、2010~40年の間に半分以下になる)認定されています。この26という数は、一都三県どころか関東で最多。うち、圧倒的大多数(24市町村)が、ざっくり「千葉市以南・以東」に位置する「東総」、「外房」、「内房」に集中しています。この地域は、全体の75%(32分の24)が「消滅可能性都市」という凄まじい状態。

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衰退一直線の地域のなかで、健闘が目立つ町があります。それが「長生郡一宮町」・・・東京から約80㎞離れた、九十九里海岸沿いの町。

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人口規模は1万2千人と小さく、めぼしい産業もありませんが、不思議なことに1970年以降、一貫して人口を伸ばしてきているのです。

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一宮町の南に隣接する「いすみ市」が、1995年頃をピークに人口を減らしており、すでに4万人を割り込んでいるのとは対照的ですね。

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なお、「いすみ市」は20~39歳女性人口が2010~40年の間に「55.3%減る」と予想される「消滅可能性都市」ですが、同時期の一宮町は「26.4%しか減らない」・・・これは、東京ベッドタウンである、八千代市、鎌ヶ谷市、成田市、柏市に次ぐ、千葉県内では極めて優秀な数字。2040年になっても、対2010年比で一宮町の人口は微減にとどまると予想されます。

なぜ、ここまで力強いのか?一つの要因として、町の中心駅「上総一ノ宮駅」の利便性の高さがあると思います。東京駅から直通する快速電車、多くは上総一ノ宮が終着です。というのも、外房線の複線区間がこの駅で終わり、次の「東浪見」(とらみ)駅以南は、一部を除いて単線になるからです。

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この上総一ノ宮駅の日平均乗客数は、1965年以来、ずっと3000人前後を維持しています。外房線内では、かなりの数です。同駅以南では、一宮町より規模の大きい都市の中心駅・・・大原、勝浦、安房鴨川等がありますが、どの駅の乗客数も上総一ノ宮に遠く及ばないばかりか、明らかに減少傾向となっています。

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また、一宮町が上手に発信する「サーフィン文化の魅力」も大きい。たとえば、サーファー上がりの宅建業者「波乗不動産」では、一宮町周辺の海沿いでサーファー向けのキューブハウス、トレーラーハウス、洋風輸入住宅など、ユニークな物件を数多く取り扱っています。

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また、外房の他の町に比べて、海岸沿いにおしゃれなカフェ、レストランの類が建ち並んでいるのも一宮の特色。「湘南・鎌倉のレベル」まで洗練されてはいませんが、「サマになる飲食店」は、ビーチライフには不可欠。電車交通の便利さとあいまって、一宮に都会のサーファーを呼び込む魅力の一つになっています。

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一宮町は、東京通勤圏から外れた田舎町にもかかわらず、なぜか転入が転出を上回る、「社会増」都市であり続けています。外房で社会増の自治体は珍しく、一宮町の他には、長生村、鴨川市くらいしかありません。しかも、転入元の第一位は、なんと「東京23区」なのです。そして5位は「横浜市」・・・一宮町は、都会から移住者を呼べる町なのです。

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先ほど言ったように、一宮町にはめぼしい産業、大きな雇用者はありません。町民勤労者の15%くらいは、近くの茂原市に通勤しています。また、アウトレットモールなど、大きな商業施設があるわけでもありませんし、大規模な開発計画などもありません。東京や千葉市のベッドタウンというにも遠すぎます。

人口わずか1万2千の田舎町。でも、いまの都会の価値観からいえば、「なかなかイケてる田舎町」なのだと思います。

・東京からアクセスが便利。特急料金の要らない、快速電車が10~20分おきに出ており、80分で着ける。

・駅、街、国道が、コンパクトにまとまっており、そこから海が近い。

・ビーチカルチャーを積極的に発信している。

・東京はじめ、他所から移住者を受け入れて、開放的なコミュニティになっている。

こういう条件が揃っているので、衰退傾向の外房エリアのなかで、一宮町が都会人に選ばれているのだと思います。なお、ここは戸建賃貸でそれなりに良い賃料が取れるし、海が近くて鉄道便利ならAirBnBやる余地もあるので、不動産投資の面でも面白いと思いますよ。

 

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中国人でよかったね

こんばんは、Manachanです。

私は、⒌年前から、日本移住を希望する中国人向けの、投資経営ビザサポートの仕事をしてきました。最初は彼らに不動産売るつもりだったんだけど、蓋を開けてみれば「日本に滞在できるビザ」の要望が非常に強く、その声に応えるかたちで、ビザ業務も始めたのです。

私が最初にビザサポートを成功させた中国人夫婦は、すでに日本滞在4年を経過し、商売も軌道に乗せています。彼らの来日当時、17歳の高校生だった娘さんも家族滞在ビザで日本に呼び寄せています。未成年なので当然、両親の扶養家族という身分で、日本滞在できたのです。

ですがその子も、すでに21歳になり、扶養家族として日本滞在を続けることが難しくなりました。今はまだ学生なので良いですが、卒業したら彼女自身の力で、日本の在留資格を取らなければなりません。

当然、彼女も日本での就職を目指していますが首尾よく就職できたからといって、在留資格が取れるとは限りません。外国人の日本での在留資格は23種類に限られ(リンク)、「日本人ではできない仕事」、「外国人ならではの仕事」、「その人ならではの仕事」など、外国人として日本で働く正当性が求められます。

現実的に考えて、新卒レベルで狙える在留資格は、「人文知識、国際業務」位しかありません。この資格は、外国語を使う通訳や翻訳、ツアーガイドなど、日本人にない言語能力を使う仕事に就くことが条件になります。一般的な事務作業や営業など、日本人が普通にできる仕事の場合、就職できても在留資格が得られない(=実質的に就職できない)ので、一般論として狭き門といえます。

では、多くの外国人は、日本に住み続けたくても、ビザの問題で結局諦めなくちゃならないのかというと、そんな話でもありません。正確にいうと、その人が持つ言語能力が日本社会にどれだけ必要とされるかによって、露骨に明暗が分かれます。その意味では、

 

今のタイミングで、中国語ネイティブとして日本の企業社会に入っていくのは、他の外国人に比べて明らかに有利

 

と思います。特に、私がいま身を置く不動産業界では、中華圏のバイヤーが殺到してますので、特に東京では「中国人社員が喉から手が出るほど欲しい」会社が多い。もし彼女から就職活動サポートを求められたら…私の知り合いだけでも、10社以上、紹介できますよ。

東京周辺の千葉県、埼玉県あたりの、地場の不動産屋でさえも、日本語の宣伝しかしてないのに中華系バイヤーが仲介件数の1割を超えるようなケースが増えて、対応したくても語学力がなくて苦労している会社は多い。

また、今は日本の国策で来日留学生を30万人まで増やす方針があります。留学生受け入れの重点大学として指定されている大学は日本各地にありますが、大学によっては留学生対応に慣れておらず、結局、民間賃貸住宅を求めて、アジア各国の留学生が街の不動産屋に殺到するケースも増えています。「せめて、中国語くらいはできないと、話にならない・・・」と考える会社も少なくない。

今そんな時代なので、中国語ネイティブの立場は強いのです。もちろん、日本語がビジネスレベルでできて、日本の企業社会に馴染めることが前提になりますが、それができる中国人には、東京&首都圏、京阪神、名古屋、福岡、札幌などの大都市、そして国際的な大学のある別府や甲府など・・・日本全国、いろんな都市で、活躍の場が用意されています。

そして不動産に限らず、旅行業、小売業、製造業、IT産業、役所・・・日本の津々浦々、いろんな業種で、中国語能力が必要とされています。

 

もう一度、繰り返して言うと・・・今のタイミングで、中国人だから、中国語ネイティブだから有利なのです。東南アジアの小さい国の出身者とは比べものにならない、強力なアドバンテージです

 

思いおこせば、私は西暦2000年から海外に出て、オーストラリア、中国、米国、インド・・・いろんな国で働き、転職も経験してきましたが、常に「日本語ネイティブ」である幸運に助けられてきました。中国語を別とすれば、日本語はアジアのどの言語よりも、ビジネスでのニーズが高く、求人も多い。しかも中国人と違って、職を争うライバルも少ない(海外で働く日本人の絶対数は、中国人と比べて圧倒的に少ないので・・・)。

「英語ができ、IT業界での職務経歴と技術力がある」人間は、世界中にゴマンといますが、これに加えて「日本語ネイティブ」・・・企業に採用される上で、実に強力なアドバンテージでした。本当に、日本に生まれてラッキー♪

 

いま日本で就職を目指す中国人も、当時の私と同じ意味で「ラッキー」、運がめぐってきたのではないでしょうか。是非、このアドバンテージを活かして、日本と中華圏の架け橋として、良い仕事をしていただきたいと思います。

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