理想の豪州不動産投資

こんばんは、Manachanです。18日間のオーストラリア滞在を終えて、日本に帰ってきました。

今回の滞在中、大事なミッション(ブリスベン物件の購入&ローン借り換え交渉)がありましたが、無事成功をおさめ、充実感を胸に帰国の途につきました。

☆今回、購入した物件に関しては、私のブログ「ピュアホワイト高利回り物件@ブリスベン
☆豪州ローン借り換えに関しては、Home’s不動産コラム「オーストラリアでフルローン引いて物件購入した話」をご参照ください。

滞在地ケアンズから成田まで、7時間のフライト中、不動産投資雑誌”Australian Property Investors“を、じっくり、隅から隅まで読んでいました。

私はこの雑誌を、2003年頃からずっと愛読しています。毎年1~2回、渡豪する毎に買って読んできましたので、最近10年以上にわたる同国不動産マーケットの状況や、投資トレンド、脚光を浴びたエリアなどを、よく覚えています。

☆「1998~2003年 オリンピックブーム期」

2000年にシドニーオリンピック開催。その前後の数年間は、豪州全土で不動産価格が勢いよく上がった時期です。当時は「バリューアップ」すれば高く売れた時代なので、「700平米以上の土地区画を買って二戸建てる」とか、「ボロ家を買って大規模レノベ―ション」などが流行っていました。確か、当時の住宅ローンの金利は6~7%台でした。

☆「2004~08年 リーマン前の金利上昇期」

豪州不動産マーケットは2003年にピークを打ったあと、04~05年にかけて低迷期を迎えます。場所によっては、不動産価格が10%以上下がりました。2006年頃から再び上昇をはじめ、08年にリーマンショックの余波で冷や水…といったように、不動産マーケットが一進一退していた時期です。

但しローン金利だけは、リーマンの直前まで一貫して上がり続け、ピーク時には9%に達しました。融資を受けて不動産買っても、このような金利水準で、インカムゲインを出すのは難しいこともあって、当時は「ネガティブギアリング」(Negative Geering)という節税法が流行っていました。投資不動産で出した赤字(=賃貸収入―ローン金利―諸経費)をサラリー所得と合算すれば、かなりの節税効果が生まれるので、多くの人が実践していました。

☆「2009~11年 リーマン後リカバリーブーム期」

欧米先進国のなかで、リーマンショック後、経済をいち早く回復軌道に乗せた豪州。この時期に政府が行った経済刺激策で一番効果が高かったのは、「公定金利の大幅な引下げ」(7%⇒3%)。住宅ローン金利も、それまで9%だったのがいきなり5%になり、金利負担が大いに軽くなったので、皆が、住宅取得に走りました。その結果、豪州全土で不動産価格が数十パーセント上昇。特に資源産出州の中心都市、パースやダーウィンの値上り幅が際立ちました。

☆「2012~13年 スローダウン期」

2009~11年に不動産価格が上がりすぎた反動で、パース、ダーウィンを中心に価格上昇トレンドが沈静化。公定金利はさらに下がり、住宅ローン金利も豪州歴史始まって以来の4%台に突入。金利水準がここまで低くなれば、融資受けて不動産買った人でもインカムゲインを得やすくなることから、いまの日本に似た「利回り&キャッシュフロー型の不動産投資」(賃料の割に取得価格が比較的安く、賃貸に出して黒字が出るような収益不動産)が流行りました。

☆「2014年~ シドニー中心の不動産ブーム期」

2014年に入る頃から、豪州最大都市シドニーが空前の不動産ブームを迎えます。シドニー圏全域で、直近2年間で30%ほど上昇。「いま買わないと一生買えない」と焦る人々による実需購入と、値上がりを当て込んだ「キャピタルゲイン狙い投資」が目立ちました。金利水準は相変わらず4%台と低く、賃料は高止まりなのでキャッシュフロー型の投資は可能ですが、そもそもシドニー不動産が高すぎて取得が難しいので、多くの投資家が州境を超え、割安なメルボルンやブリスベンで収益物件を物色する動きが目立ってきました。

ここ10数年だけでも、マーケットの変化とともに、不動産投資のスタイルも移り変わってきたことがよく分かりますね。その時々の流行りはともあれ、自分の投資哲学だけは常にブレないようにしたいと思います。オーストラリアで不動産投資する際の私のポリシーは、

・長期投資 (最低でも10年は保有)
・インカムゲイン重視 (グロス利回り6%以上、賃貸に出して余裕で黒字が出るものだけ買う)
・売却より買い増し (1軒目の値上がりを利用して、2軒目、3軒目と買い足していく)

今回、私がブリスベン物件を購入するシナリオは、

・2002年に買ったシドニー物件の値上がり(39万⇒80万ドル)を自己資金算入して、現金手出しなしでフルローンで取得
・ブリスベンでグロス7.2%の高収益物件をゲット

という意味で、我が投資哲学にぴったりくるモデル。とても気に入っています。

今回読んだ雑誌Australian Property Investorsに、「投資家列伝」みたいなコーナーがあります。そこに出てきた若き投資家Peter Toma氏の行った不動産投資が、まさに私の理想形とぴったりなので、驚きました。

Peterは若干27歳。建築技師として働き、額面の年収は6万6千~8万ドル(600~730万円)と、20代にしては比較的恵まれています。不動産も、すでに3戸取得しています。

・2013年1月に、シドニー西郊Fairfieldで、2ベッドのアパートを2戸同時取得。価格は29万2千ドルと28万8千ドル、合計で58万ドル。家賃収入は週あたり380ドルと400ドル、計780ドル。自己資金20%を用意して80%は融資で調達。
・2013~14年から始まったシドニー不動産ブームの恩恵を受け、2戸合算の担保価値が79万ドルと、2年足らずで約35%上昇。
・2014年10月に、ブリスベン西郊Ipswichで3ベッドの戸建を19万5千ドルで取得。家賃収入は週270ドル。シドニー2戸の値上がり分を自己資金算入して、現金手出しなしで購入。

彼の場合、驚くべきことに、

・取得物件全てを、表面利回り7%前後で買っている(6.7~7.2%)
・投資エリア選定とタイミングが絶妙。シドニーの不動産ブームが起こる前に、値上がり幅の一番大きい西部郊外で仕込んでいる。
・しかも2014年後半に、今後、値上がり幅が大きいと見込まれるブリスベン西部郊外で物件を仕込んでいる。

私からみて、非常に見通しが明るく、かつ低リスクの投資だと思います。彼の所有物件ポートフォリオからみて、シドニー西郊はまだ値上がり余地を残し、ブリスベン西郊はこれから値上がる。仮に不動産市場が暗転しても、賃料しっかり取れているので破綻しない。今後、金利が2%くらい上がってもまだ黒字が出る…

投資エリア・物件選定も非常に理にかなっていて、地域の人口動態、平均所得、空室率、価格トレンドのデータでまず絞り込み、「市場価格より割安」かつ「賃貸需要にマッチした」物件ならすぐ買う、というスタンス。

彼は4軒目、5軒目と買い足していく意向ですが、5軒目取得をする頃にはサラリーマンを卒業できそうですね。

奇しくも、私が今回買ったブリスベン物件は、Peterが去年10月に買った物件とほぼ同エリア、価格は2倍、賃貸収入も2倍…という内容。ということは、Peterが成功できるなら、私も成功できるはず♪

私のほか、5名ほどの日本人投資家が購入意向を示していますが、首尾よく買えたなら、売って出口を考えるよりも、ある程度(30~50%)値上がったタイミングでオーストラリア2軒目取得を目指して欲しいです。

私の計算上、オーストラリアでちゃんと回る収益物件を3~4軒買って運用できたら、老後資金の心配はほぼなくなりますので…40代とか50代前半くらいでスタートできれば、十分、実現可能と思いますよ。

私の買った「デュアルキー物件」(一区画の土地に戸建2戸、ダブルで賃貸収益を得るタイプ)の広告が、雑誌裏面を飾ってました!

オーストラリア不動産で年金づくりに興味ある方、詳細を知りたい方は、「アジア太平洋大家の会」事務局までメールを下さいね。

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はじめての海外アルバイト

おはようございます。Manachanです。オーストラリア・ケアンズ滞在もいよいよ終わり、明日には日本へ帰国します。

先日、作家・論客として名高い雨宮処凛さんの「失われた20年インタビュー」をWebで読みました。

雨宮さんと私は、そんなに年齢違いません。奇しくも同じ1994年に東京で就職したわけですが、彼女はフリーターとして苦しい歳月を重ねる体験のなかで、非正規労働や若者の貧困に目を向けていきました。対照的に私は、海を超えて外国で就職、という方向に走っていきました。

雨宮さんのインタビューを抜粋・引用しますと、

1993年に東京に出てきて、美大専門の予備校に行きました。バブル崩壊は何となく知ってたけど、東京に出た時はまだジュリアナ・ブームのような感じで、すごいバブルっぽい雰囲気がありました。94年に進学を諦めたんですが、その時に「就職氷河期」といわれていて、どうしたら就職できるかわからないし、まあアルバイトを始めようと思いました。実際に始めると、時給はどんどん下がっていって、バイト先でも「すごく悪い時にフリーターになったね」って言われましたね。

就職氷河期、ありましたね。1994年頃は、直前の時代(バブル期)と比べて求人数の激減は際立っていました。1990年あたりなら、「大学卒業してれば馬鹿でも就職できる」と言われてましたし、「就職が嫌ならフリーターとして悠々自活できる」時代でした。人生、タイミングが運命を左右する面って大きいですよね。

もっとも、就職が厳しくなった1994年時点で、私は大学院を卒業していました。雨宮さんは高卒・予備校中退だったわけで、時代が同じとはいえ「社会的資本」の差はかなり大きかったわけですが…引用続けます。

学生時代にバブルだったので、ものすごく受験勉強が厳しくて、受験戦争で傷つけられても、すべて頑張れば報われるという戦後日本の一番大切にしていた「神話」みたいなものを信じてきた。けれども、自分が社会に出たころ、「バブルが崩壊したから今までのことは全部うそになりました」と言われた気がして、すごくびっくりした。大人とか学校から教わってきたことが、たかが経済によってうそになるんだ、みたいな。

これは、共感します。私も全く同じことを感じていましたから…雨宮さんも私も、日本のなかで「幸運な逃げ切り世代」に属さないのは明らかです。さらに続けます。

飲食店で働いていると、日本人のフリーターに比べて韓国人のほうが時給は安いのに働き者だから取り換えたいとか、そういうことを言われるんですよ。「自分は日本の底辺にいて、外国人労働者とまったく変わらない。もし外国人労働者と自分を区別するものがあるなら、それって日本人であることしかない」みたいな、過剰に日本人であるってことにすがっていきました。

うーん、これはどうかな。気持ちはとてもよく分かるんだけど、逆に私にいわせれば、韓国人が海を超えて日本で働いてるのと同じように、自分が海を渡って出稼ぎに行けばいいんじゃないの?日本人に生まれたからって、日本で一生働き続けなけりゃいけない道理もないんだし…

私がそういう発想になるのは、さらに前の時代、1989年から海外(台湾)でアルバイトしてお金をもらっていた…という原体験が大きいと思います。

私は1989年4月から翌年3月まで、日本の大学を休学、台湾・台北市の師範大学に語学留学して、中国語を学んでいました。台湾渡航当時は、ユースホステル(青年活動中心)に寝泊まりしてまして、89年6月のある日、同宿の先輩から「ボールペン工場のアルバイト」を紹介してもらいました。

職場は、台北市内、中小工場と住宅が密集するゴチャゴチャした下町、仕事内容は「ボールペンの簡単な検査」(柄を回して、芯が出るかどうかのチェック)、朝9時から夕方5時まで働いて、日給は400台湾ドル(当時のレートで2200円)、昼食支給付、という条件でした。

条件面はそれなりですが、私にとっては、20歳にして初めて体験する「海外で外国語(中国語)を使っての給与労働」でした。

台湾の、こんな職場で、働いてました…

まだ、台湾渡航後1か月経ってない時期なので、中国語は十分に話せず、聞き取れずという状態。職場で、検品後の段ボールを「持ってきて」と指示されても、違う方向に「持って行ったり」…私がミスするたびに、職場の台湾人おばちゃんから爆笑されてました。

私がびっくりしたのは、支給される弁当のデカさ…日本の弁当の倍近くあるサイズで、ご飯と肉、野菜がギッシリ詰まっていました。私はまだ20歳だったので、全部食べきることもありましたが、残すこともありました。

次に驚いたのは、デカい弁当を食った後、台湾人の社員が一斉に机にうつぶせになって寝はじめたこと…夏の長い台湾では、涼しい夜になってから行動開始、一晩中起きてる人も多く、昼はスペインのシエスタよろしく「昼寝タイム」なのです。弁当食い&昼寝あわせて、昼休みはたっぷり1時間半もありました。

この職場では、2日間働いた後に、2日分の給料(800台湾元)をもらいます。私も出社2日目で、はじめて「100元札8枚」、邦貨換算4400円を拝んだわけです。大した金額ではありませんが、でもこれは紛れもなく、私の時間と身体を使って稼いだ外貨収入なのです。

私がその後の人生で、外国に出稼ぎに行くことに全く抵抗なくなったのも、台湾アルバイトの原体験があったかもしれません。

外国暮らしがとても縁遠いと感じる日本人もまだ多いです。私も、「息子が中国に行って働くと言うんです。どうしたらいいでしょうか?」みたいな人生相談を受けることがありますが、「いいんじゃないすか、今の時代、日本から中国へ出稼ぎに行くのも、柏から東京へ出稼ぎに行くのと大して変わりませんよ」と、軽~いノリで答えたりします。この発想も、20歳で台湾アルバイトの経験をし
たからこそでしょう。

先ほどの雨宮さんの話に戻りますが、彼女が苦しいフリーター渡世ながら日本に留まり、非正規労働の実態を見つめ続けたからこそ、作家・論客として日本に大きな貢献を果たしていることは素直に認めます。

でも、私自身はそういう方向を選択しません。「日本の就職が厳しく苦しいなら、海外に活路を見出せばいいじゃん」という考えだからです。外国語も、最初は不自由で苦労しますが、慣れれば上手になります。そして、いろんな言葉ができればできるほど、就職可能性や活躍の場も広がります。海を渡って働くことが、語学習得という意味でレバレッジがきく、効率の良い時間の使い方だとも思います。

海外で働いた結果、日本語のほか、英語、中国語がビジネスレベルになれば、別に世界のどこで働いてもいい。「日本の失われた20年」なんて関係なくなるでしょ?

そういう世界に気づくことができたのも、台湾アルバイトの経験があったからでしょう。本当に、台湾に感謝です。

日本に帰国したら、すぐ、台湾不動産セミナーで講演します。興味のある方は是非

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目指せ資産3倍!台湾不動産セミナー@東京(リンク

■日程 2015年8月22日(土) 13:15~15:00

■会場 東京都新宿区西新宿7-2-4 新宿喜楓ビル Pルーム

■参加料金:無料 

■参加申込リンク:http://asia-pacific.tv/pp/button.php?id=279&skin 

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海外不動産は美人選びに似て…

おはようございます、Manachanです。

海外不動産、どの国がおすすめですか?」って、本当によく聞かれます。質問者の気持ちはよく分かりますけど、実際、これほど返答に困る質問はありません。だって、

海外不動産のおススメの国を答えるのって、「どの国の女性が一番美しいですか?」って聞かれてるのと同じようなものだから…

女性の美人度、という話であれば、私の個人的な好みは「西洋ではレバノン、東洋ではベトナム」だと思いますが…

でも、女性がひとりひとり違うように、不動産物件だって、ひとつひとつ違います。どの国でも「美人物件」がある一方で、「フツーの物件」、「不細工ゴミ・カス物件」だってたくさんある。

そもそも、私たち投資家は、「誰もが認める美人物件」にそんなに興味あるわけじゃありません。絶世の美女レベルのルックスなら、誰もがその価値を認めますから、当然、値段高くなるし、利回りは低くなる。金持ちと札束で張り合わないと買えない…みたいな話になるから投資的に面白くない。

私たちが好むのは、むしろ「角度美人」や「ポテンシャル美人」。万人が好むルックスの女性ではないけれど、ある側面から見ると美しいとか、あるいは、現時点ではイマイチだけど、磨けば光るルックスとか…そういうのが好みです。

「ポテンシャル美人」の例:都内の再建不や築古物件に上手に手を入れて、シェアハウスやAirBnB経営を入れて高収益物件に生まれ変わらせるとか、あるいは荒川区南千住みたいに、現時点ではイケてないけど、都心に近くて開発余地がたくさんあり、「大化け」の可能性のある土地を安く仕込んでおくとか・・

「角度美人」の例:神奈川県の茅ヶ崎駅からバス便でいくようなエリアで、県外の人にはリスキーに見えて手が出せないけど、地元の人には人気が高くてラクラク満室、みたいなエリアの収益物件を仕込んでおくとか…

角度・視点によって、女性のルックスは大きく変わる…不動産も同じ

そういう投資家視点でみる限り、どの国・都市にも「角度美人」や「ポテンシャル美人」的な物件はあるし、それなりに投資妙味はあるので、私は「ある国を特におすすめ」することも、「特定の国を避けるようアドバイス」することもしていません。

タイのバンコクが好きなら、バンコクで自分の好みの女性(もとい収益物件…)を見つければいい。フィリピン・セブ島が好きなら、そこで同じことをすれば良いと思いますので、タイとフィリピンを比べて優劣をつけるようなことは、不動産投資の世界では意味がないと考えます。

また、どの国でどういう不動産物件を買うのが良いという問い。これは個々人の資産背景やリスク選好、いくらキャッシュ出したいか、何年で利益確定したいか…によって変わるので、単一の正解がある話ではありません。

先程の美女の話のアナロジーを使えば「あなたは、ベトナム美女を一晩だけレンタルしたいですか?」…すみません。これ以上書くと、女性読者層を敵に回しかねないので、男女逆にして書きます。

「あなたは、イケメンを一晩だけレンタルしたいですか?」

…これは短期で保有&利益確定のモデル。例えば、「台湾でキャピタルゲインを狙える物件を完成数年前に格安で仕込んで、完成直前に中国大陸人に売り抜ける」とか、「米国ラスベガスで競売に出たボロ物件を買い叩いて、修繕入れて市場価格で売り出す」みたいな話。

「あなたは、イケメンを一生の伴侶にしたいですか?」

…これは長期保有モデル。たとえばカナダやオーストラリアみたいな、築が古くなっても価値が下がらない、かつ相続税贈与税もあまりかからないような国で、手堅く土地付き戸建を買って、賃貸に出しながら子孫に残す、みたいな話。

「一晩レンタル」か「一生の伴侶」か、あるいはその中間の「10年毎に旦那を取り換える」のか…時間軸によって、最適な解は変わってきますし、私がおすすめする国・都市・物件も変わってきます(例.長期保有を考える方には、東南アジア新興国より欧米先進国の物件をおすすめしています)

イケメンをレンタル、みたいな話で福山の画像を使ったら、さらに女性読者を敵に回しそうだ…

もう少し真面目に書きますね。不動産投資を愛するということは、「個別」を愛すること。つまり、自分の選んだ物件の間取り・デザイン・内装や所在エリアを愛するということです。

日本国内で成功している不動産投資家・賃貸経営者のほとんどが、物件選びにあたってのこだわりや、賃貸経営のスタイルを確立しているものです。その物件が「日本にある」から良いのではなくて、投資家個人の「こだわりポイントや運営モデル」に合致するからこそ、どんどん買い進めているし、ちゃんと収益をあげているのです。

東南アジア新興国が、経済発展著しいですよ~、人口増えてますよ~、不動産価値上がりますよ~みたいなセールストーク多いですが、それだけでは、不動産物件選びに何らの意味のある情報ではありません。

「国全体の美人度」ばかり強調してる業者が、実際紹介する物件は「ブサイク極まりないゴミ・カス物件」だったりすることも多いですから。「個別」を愛することができない人がセールスすると、たいていそうなってしまう。

そんななかで、私の役割は、日本の投資家が、世界中の国・都市の不動産市場について学ぶ場を提供すること、そして、海外各都市の不動産価格水準や価格形成要因を公開して、日本の投資家が安心して投資できる環境を整備することだと思っています。

言葉を換えれば、「海外で、自分好みの角度美人物件やポテンシャル美人物件を見つけるお手伝いをすること」でしょうか…

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土地神話の国vs二極化の国

おはようございます。Manachan@ケアンズです。

ここオーストラリアは、まだ土地神話が続いている国だと思います。不動産価格は右肩上がり、上昇期と横ばい期を繰り返しながら、基本、ずっと上がり続けています。

・都市部は当然、上がる
・地方部は速度緩いながらも上がる
・地方部でも数百万円で買える激安物件がほとんどない

オーストラリア全国で、不動産価格の中間値が最も安い地域ランキングは次の通り

Ungarie, NSW 2669   73,545豪ドル (676.6万円)
Goroke, VIC 3412    74,770豪ドル (687.9万円)
Augatheria, QLD 4477 79,166豪ドル (728.3万円)
 
2013/14年のデータ、1豪ドル=92円で計算

いずれも、聞いたことのない地名なので調べてみると、案の定、超・僻地ですね。たとえば1位のUngarieは、人口323名。一番近い都市キャンベラから320㎞西。3位のAugatheriaは、人口587名。州都ブリスベンからなんと667㎞西にあります。

Ungarieの場所…かなり奥地ですね。

Ungarieで平均値に近い売り物件の広告

いま、Ungarieで出ている売物件をネットで調べると最低価格が45,000ドル(414万円)、最高価格が120,000ドル(1104万円)でした。立地を考えると、あまり安くないなあ~という印象。

だって日本では、東京から電車で1時間の千葉県あたりでも、400万円くらいの売り戸建がバンバン出てきますからね。利便性からいってもUngarieと比べれば断然上だから、割安ですね。

千葉県大網白里市、400万円の戸建広告

で、世界を見渡してみると、日本だけが例外ではないようで、たとえば英国も似た状況にあるようです。

英国では首都ロンドン、大学都市オックスフォード、ケンブリッジ、南部のコーンウォール州などで不動産価格が高騰する一方、ニューカッスル、ハル、リバプールの一部地域など、地方都市ではリーマンショック以降、不動産価格の下落が続くという「二極化」の様相を呈しているようです。

リバプール市で10000ポンド(194万円)で買える物件の記事

リバプールの街中で、さすがに200万円以下はありえねえだろうと思い、Liverpool/Merseysideで売り物件をネットで調べてみたところ、やっぱりありますね。

激安物件24,950ポンド(484万円)。見た目、悪くないっすね。

Liverpoolエリアの安い物件は、Kirkdaleという地域に多く出てきます。詳しい場所を調べると、リバプールの中心地から電車で3~4駅の至近距離にあります。もちろん、犯罪率が高かったり失業問題が深刻だったりするから安いんでしょうけど…

そういう地区はオーストラリアの都市でもたくさんありますが、どんなに属性悪いエリアでもシドニーやメルボルンで数百万円で家買えるなんてことは絶対にないので、やはり「オーストラリアでは土地神話が継続」、「英国では二極化」なんでしょうね。

我々アジア太平洋大家の会でも、英国の不動産物件を扱ってますけど、「ロンドンでは値上がり益狙い案件」が多く、「地方都市では、大学寮とかケアホーム等、”運営”で利回りを出す案件」が多いです。これも、英国における不動産市場の二極化が影響しているのでしょう。日本と状況似てますね。

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シドニー値上がればブリスベン値上がる理由

こんばんは、Manachanです。

私が買付入れたブリスベンMountviewの「土地+ダブル戸建」物件(ブログ記事)。融資審査も、これまで二転三転しましたが、ようやく佳境に入りそうです。

私はオーストラリア不動産投資13年ありますが、今回の物件は久々に「テンションの上がる」エキサイティングな案件。正直、むちゃくちゃ買いたいです。

想定利回(表面) 7.2%
融資条件     年利4.65%、利子のみ償還プラン

表面的な数字だけみると大した好条件には見えません(カナダとか行くと、表面8%超で融資の年利2.9%とかもある!)。それでも、オーストラリアで物件買い増したい理由はただ一つ、

13年前に買ったシドニー物件の値上がり分を、そのまま担保として使えて、現金手出しほとんどなしで投資できる!

少し解説しますね。

・2002年に買ったシドニー(Parramatta)物件の担保評価が、13年経って倍増した(39.4万ドル→78万ドル)
・残債はあまり減ってないが、値上がり分のおかげで45~50万ドルの空き担保ができている。
・今回、ブリスベンで買う物件価格は40万ドルなので、シドニー物件と共同担保にすれば、極端な話、現金手出しなしでも融資が引ける。

シドニーの空き担保を、控えめに見積もって45万ドルとしても、

物件の担保価値  シドニー 78万 + ブリスベン 40万 = 118万
空き担保     シドニー 45万

ですので、

1)ブリスベン物件、自己資金ゼロの場合
45万÷118万=自己資本38%、融資62%

2)ブリスベン物件に自己資金10%(4万ドル)入れた場合
(45万+4万)÷118万=自己資本42%、融資58%

私、さすがに海外物件のフルローンには抵抗あるので、ブリスベン物件に10%の自己資金入れる予定ですが、それでも、「海外不動産を90%融資で買える」のは破格の条件。シドニー物件が値上がってくれたおかげですね♪

もし、90%融資が引けて、ブリスベン物件を予定通り2戸とも賃貸に出せたとすると、


現金手出し    自己資金40,000 + 印紙税・司法書士費用等16,000 = 56,000ドル

家賃収入(2戸分)  550ドル x 52週 = 28,600ドル/年
ローン償還     1395ドル x 12月 = 16,740ドル/年
諸経費       市税1,500 水道600 賃貸管理 2,000 => 4,100ドル/年  
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
キャッシュフロー  28,600 – 16,740 – 4,100 = 7,760ドル/年 (650ドル/月)

つまり、

1)56,000ドルの現金出して、年間7,760ドル入るから、約7年で投下資金を回収できる。
2)毎年家賃を上げられる可能性も大きいので、回収期間はさらに短くなりそう。
3)しかも7年後にキャピタルゲインを手にする可能性も大きい。

7年で投下資金回収できる不動産投資案件は、日本国内にもたくさんありますが、プラス「毎年、家賃上げられて」かつ「7年後のキャピタルゲインも堅い」となると滅多にない。また、本業の不動産仲介収入が毎月変動するなか、月6万円の収入で「生活費下支え」も有難い上に、日本円以外の通貨で家賃収入が得られるのは精神衛生上も良い。

もっとも、AirBnBとか使って、さらに高収益を狙う手法もありますが、それはオーストラリア以外の国でじっくり取り組んでいきたいと思います。

で、もう少し掘り下げて考えてみましょう。

シドニー在住の不動産オーナーで、私と同じこと考えている人は多いはずと思いませんか?

【バブリーなシドニー…ここ数年で不動産価格は急騰】

・シドニーに持ってる物件の価値は、急速に値上がっている。
・しかし、家を買い替えようにも、あるいは値上がり分を担保に使って物件買い増すにも、シドニーで買う限りどこも値上がっているから、決して買いやすくはない。

そこで、

・シドニーより値上がりの遅い他都市の物件に投資する。

という選択肢が出てくるわけです。いまオーストラリアの都市どこでも、シドニーと比べれば安い。特にブリスベン、ケアンズ、アデレードなどは夢みたいに安いと感じるはず。

【ケアンズの不動産広告…40万ドルで海辺の広い土地付きの家が買える!シドニーの5分の1!】

いまシドニーでは、こんな話題で賑わっています。

・ブリスベンの不動産は、シドニーの半額で買える。
・シドニー20㎞圏内で80万ドル以下の土地付き一戸建を買うのはほぼ無理。でもブリスベンでは結構良いエリアで、広い土地付きの家が50万ドルで買える。あるいはブリスベン都心部、川の眺望のある2ベッドの高級コンドミニアムが50万ドルで買える。

実際、値上がったシドニー物件の担保を使えば、ほとんど現金手出しなしでブリスベンの不動産が買えるのです。私は数日前、ブリスベン、ゴールドコースト、サンシャインコーストを回りましたが、皆、異口同音にシドニーから投資家が押し寄せてきていると言ってました。

また、シドニーでは北部の副都心Chatswoodの不動産店に行きました。店頭広告をみるとChatswood近辺の売り物件はほとんどなく、なんと、ブリスベンの投資物件を前面に押し出していました。都心部の高級コンドミニアムなので60万ドルとかしますが、シドニーの同等物件に比べれば約半額なので、買いたい人は多いでしょうね。

私見ですが、シドニーの物件価格、これまでは12~3年間で倍増しましたが、今後は同じスピードで値上がり続けるとは思えません。移民流入が多く、先進国のなかでは比較的元気なオーストラリア経済と
はいえ、長い時間軸でみれば確実に成熟化・高齢化しており、4%→3%→2%というふうに公定金利を下げないと、経済成長率が保てなくなりつつあります。

公定金利を下げると、当然、住宅ローン組みやすくなるので、不動産市場にマネーが流入しやすくなります。今それで、シドニーの不動産価格が高騰しています。かつての日本や今の韓国台湾もそうですが、実体経済が元気とは言い難いのに不動産価格が高騰する現象を、シドニーも経験しています。

今の上昇トレンドがどこまで続くかは、分かりません。すぐには下がらないでしょうが、上り幅は緩やかになっていくでしょう。但し、確実にいえると思うのが、

・今後、シドニーとブリスベンの価格差が調整される。つまり、シドニーに引っ張られて、ブリスベンの不動産が値上がっていく

ブリスベン不動産は家賃取れるだけでなく、向こう5~10年のキャピタルゲインという意味でも極めて魅力的だと思います。

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老後は日本?海外?

こんばんは、Manachan@ケアンズ滞在中です。

先日、シドニー滞在中に、現地在住の日本人の方々とお食事して、こんな話を聞きました。

「私、もう歳だから、そろそろオーストラリア引き払って、日本に帰りたい」

「オーストラリアの老人ホームは、毎日、ステーキサンドイッチみたいな食べ物が出てくる。この歳になったら、さすがに日本食がいいよ。だから日本に帰る」

これ、日本人の間ではごく自然な会話だと思いますが、私にとっては、かなり興味深い。

私、オーストラリアで日本人コミュニティとの付き合いは比較的少なくて、妻も含めて、中国系オーストラリア人との交流の方がずっと多いのですが、

私の交友範囲でいえば、中国や台湾からオーストラリアに移住した人で、老後は母国で過ごしたいという人はほぼ皆無です。

妻の父親は、中国上海出身。3年前、ケアンズで他界しました。母親は台湾出身でまだ存命中ですが、間違いなくケアンズで生涯を終えることでしょう。

あと、ケアンズ在住の中国系の友人も多数います。ここは車社会で、老境になって車の運転できなくなると生活が極めて不便。母国の都会に帰った方が生活は間違いなく便利なはず。また、ケアンズは小都市なので中国食材の入手さえ簡単ではありませんが、それでも私の知る限り、だれ一人として、オーストラリアを離れようとしません。

せっかく、条件の良い国に移住できたんだから、ここに骨を埋めるのが当然でしょう」というのがチャイニーズの考え方。老境を迎えて懐かしい母国に帰るなどという考えは、これっぽっちも持ち合わせていないようです。

普段、そういう人々に囲まれてますので尚更、「歳とったから日本に帰りたい」という日本人の考え方が新鮮に感じられます。

とはいえ、私も一応日本人なので、「母国に帰りたい」気持ちは理解できなくもありません。日本は本当にいい国ですもの。快適で便利で食べ物も美味しくて、四季の移り変わりも楽しめ、繊細で美しい自然もある。それに日本の人々は穏やかで実直で善人度が高い。

とはいいつつも、老後をどうしても日本で過ごしたいかというと、「別にどっちでもいい」というのが正直なところです。私が60~70代になった時の身体の様子や、必要な医療・介護サービス、家族構成、収入や物価など、いろんな要素を総合的に考え、日本が一番良さげなら日本に住む。そうでなければ、別にオーストラリアだってタイだってインドだって、どこでも良い。自分の骨を埋める場所は、別に日本じゃなくてもいいと思っています。

日本でも海外でも、良い場所は、住みたい場所は、いろいろあります。例えば、私は老後の楽しみのため、北海道の千歳にマンション買ってます。北海道の雄大な自然、涼しい夏を満喫するサマーハウスとして使いたいと思っています。

あと、福岡市の高宮というところに、土地付きアパート建ててますが、老境を迎えて、一人暮らしするようなら、あのアパートの一室に住んでもいいかな~と思っています。福岡市は天神、博多に全てが揃っている便利なコンパクトシティなので、広くて移動距離の長い東京よりずっと老人フレンドリーだと思います。九州には素晴らしい温泉も豊富ですしね。

あと、日本じゃなくても、シドニーに持ってるタウンハウスや、タイのパタヤにあるマンションで老境を迎えても良いかな~と思っています。

老後の食事は、日本食だと確かに有難いけれど、毎日中華が続いてもいいし、韓国料理だって、タイ料理、ベトナム料理を一年中食べ続けたって構わない。要はアジアの料理ならばOKです。白人オージーの料理が毎日続くとさすがにつらいけど…

気候…モンゴルみたいに、冬が超寒い国だとさすがにつらいですが、日本の関東みたいな気候なら申し分ない。熱帯もちろんOK。

言葉だって、別に日本語じゃなくてもいいし…要は住みやすくて都合よければ、どの国で死んでもいいんです。

こういう場所で死んでも私は十分ハッピーよ♪

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日系業者の限界を知ろう

おはようございます、Manachanです。いま家族と一緒にオーストラリア・ケアンズにいます。

ここ3週間、私一人でウランバートル、北京、バンコク、東京、ブリスベン、シドニーへの出張を続けてきましたが、今後当面はケアンズでのんびりします。帰国は二週間後の8月21日の予定です。

ケアンズには妻の実家があります。妻と知り合ったのが1989年。翌1990年からはほぼ毎年訪問しているので、かれこれ25回くらいは来てますね。

25年の歳月が経ち、南方の大都市・シドニーやブリスベンは大きく変貌しましたが、ここケアンズは今も昔も小さな田舎町。市街地や郊外住宅地が多少広がり、海岸べりに市営プールができた他は特に大きな変化はないですね。山と海に囲まれ、自然に恵まれた小さな町、変わらないのが良いのかもしれません。

私、オーストラリアに移住したのが、今から15年前、西暦2000年の5月でした。入国してすぐ就職活動をはじめ、転職エージェント経由で企業面接を重ね、11回落とされて12回目の正直でIBMに拾っていただき、8月から働きはじめました。

あの頃、大手日系エージェントの年配男性に言われた「ある言葉」に反発したことを、今でも覚えています。

「日本人がローカルの会社で英語使って働くっていうのが、そもそも無理なんだよ。日系のちゃんとした会社に就職したら?」

それを聞いた私は、即座に反発。

「どうして無理なんですか?中国人だってベトナム人だって、アラブ人だって、皆、もともと英語苦手なのに努力して、ちゃんと英語ローカルの会社に就職してるでしょう?なぜ、日本人だけが無理だと言うんですか?」

結局、私はそのエージェントの忠告を聞かず、自分の判断で英米圏企業との面接を重ね、Lotus Notes Developerという技術職で就職し、英語で苦労しながらも5年間、楽しく働くことができました。

いま振り返ると、あの年配の日本人エージェントの言葉は、一体何だったんでしょうか?

「腰掛け」の駐在員と、「永住覚悟」の移住者とのマインドセットの違い

彼は数年間の駐在でシドニーに来て、日系企業だけを相手に仕事をしていたようです。職場で英語を使う機会も乏しかったことでしょう。自分自身も英語苦手かつ、求職する日本人の多くも英語苦手となると、メンタルブロックが働いて、「英語ネイティブじゃないとローカル企業への就職無理」だと、信じ込んでしまうのでしょうね。

一方で私は、ガチでオーストラリアに永住するつもりで来ていました。当時、すでに日本経済の勢いは落ち、在豪の日系企業の就職口は減る一方。日本語能力を活かすにせよ、少なくとも英語環境の職場で働かないことにはこの国でのキャリア形成ができないと考えていました。

当時、日系も英米系も中国系も、いろんな就職エージェントにコンタクトとりましたが、ここまでガチガチな考えの担当者は、後にも先にもここだけでした。

海外で暮らすなら、既存の概念、メンタルブロックを、意識的に排除しなければならない

それを痛感しますね。せっかく日本を飛び出して、広い世界に出たのだから、日本語だけ使って、日本人だけで固まるのは勿体ない。どこに住んでも、現地の言葉を覚えて、現地の社会に溶け込みたいと私は思います。

ケアンズ空港に降り立つ…15年前、移住した当時の新鮮な気持ちで

あと、世界中の主要都市にはたいてい、日本人が集中して住む地区があって、彼らを相手に商売する日系不動産業者がいます。たとえばシドニーだとノースショア、上海だと古北・虹橋の一帯、バンコクだとスクンビット沿線に日本人の集住地区があります。

海外不動産投資をする上で、彼ら日系業者からの情報だけをもとに物事を判断したくない…という気持ちが私にはあります。前述の日本人転職エージェントのように、「メンタルブロック」の伴う現地日本人業者も少なくないと感じるからです。短期の駐在で来てる担当者なら尚更でしょう。

たとえメンタルブロックを克服していても、業者として旨みのあるエリアの物件しか紹介しないケースも多いでしょう。例えば、

「バンコクの場合、スクンビット沿線のアソーク駅~エカマイ駅を外すと日本人の住む環境じゃなくなるよ」

日系駐在員だけを相手にするなら、この言葉は間違ってないですが、バンコク全体からみれば、スクンビット沿線の4駅なんて、ピーナッツみたいに微々たるもの。日本人エリアから外れても、バンコクにはアーリーみたいな素敵な住宅地があるし、ノンタブリーのような郊外エリアも急成長してるのですから…

私は自由な発想の投資家として、タイ人しか住まないローカルエリアでも、あるいは欧米人が好む特殊なエリアでも、投資妙味があるならどんどん参入したいと思います。だから情報網は、できるだけ広く取っておきたい。私が常にいろんな言葉を学んでいるのも、複数の言語から有益な情報をとりたいからです。

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シドニー物件、資産価値上昇のチャンス

おはようございますManachanです。シドニー滞在3日目の朝を迎えています。

私は今から13年前、2002年にシドニーの衛星都市パラマタ(Parramatta)でマイホームを買いました。これは私が日本以外で買った初めての物件、今も保有中で賃貸に出しています。

この物件は、D&D Real Estateという、レバノン人が経営する不動産屋を通じて買いました。当時のセールス担当は「ハッサン」というシリア出身の男性社員でした。

この会社、なかなか立派なもので、13年の歳月が経っても、ちゃんと元の場所で営業していました。私が行った時、彼らはちょうど創業17年のお祝い準備中で、オフィスの飾り付けをしていました。そこで、ハッサンに似た男性を見かけたので、声をかけてみました。

私「すみません、もしかしてハッサンですか?」

男性「いえ、違いますが、どなたですか?」

私「私、13年前に御社からBroughton Streetのタウンハウスを買った、鈴木という者です。当時の担当がハッサンでした」

男性「ああ、ハッサンですか。彼は私たちと、4年半、働いてくれましたが、今は別のところで働いています」

そのあと、社長が出てきました。何となく、見覚えのある顔。私は、社長の応接室に呼ばれて、大いに歓待を受けました。

社長「私たちは、ここパラマタを中心に、17年間、こつこつと管理物件を増やしてきました。今では、東はAshfield、西はPenrith、南はCronulla、北はNewcastleに至るまで、300物件以上を管理しています。」

私「そうなんですか。社業ご発展のようで、私も嬉しいです。」

社長「イスラムの聖典コーランの教えに従い、私たちは信義誠実を旨に、オーナー様の資産価値を最大化するべく務めてきました。数百名のオーナー様には、ご満足いただいています。」

この社長から、パラマタの街の近況と、私の物件を取り巻く状況をヒアリングしました。シドニーの西の副都心として発展するパラマタは、いま、開発ラッシュの時代を迎えています。

1)駅前中心市街地の再開発 (オフィスビル、大学キャンパス、マンション等)

2)リバーサイドで中高層分譲マンション建設

が、同時に行われ、街中でクレーンがうなりをあげていました。私、昨日はシドニー圏内のいろんな街を回りましたが、Parramattaほど活気を感じる街は他にほとんどありません。

【Parramatta市街地のマスタープラン。ここに出てくる高層ビルの3~5割はこれから建設予定だから、伸びしろ十分ですね】

【市街地に隣接するリバーサイドは安らぎの空間】

しかも面白いことに、私の物件の周辺が、リバーサイドマンション開発の中心地のひとつなのです。我が家からパラマタ河に至るまで、Morton Street両側の空き地という空き地が開発され、中高層レジデンス建設が進んでいました。

JQZ社のRiver Vistas(リンク

―現状―

―完成予想図―

Starryland社のPromenade Parramatta(リンク

―現状―

―完成予想図―

どちらのホームページも、英語と中国語でつくられています。世界中どこでも、チャイニーズバイヤーのパワーはすごい。

私の家のあるBroughton Streetはこの辺で一番静かなストリートでしたが、今では建設工事のため、進入車両も増えて騒々しい状態になっています。そのためか、ここ2年ほど、家賃を上げるのに苦労してきましたが、

マンションが完成すれば、川に至る道が綺麗に整備され、商業施設やカフェが併設されて、環境が良くなりますので、更なる資産価値向上につながると期待しています。周囲でマンション暮らしが普及すれば、庭つきの一戸建て感覚の家に住み替えたいニーズは必ず出てきますから…

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あの時、買っとけばよかった…

おはようございます。Manachanです。シドニー滞在、最終日を迎えました。

当地シドニーの不動産価格、ここ20~30年ほどは右肩上がりで、いまやフツーの戸建でも「億超え」が当たり前のバブリー驚愕価格。これ以上あがるようだと、まじで誰も買えなくなるから勘弁してくれ~!と、現地在住の友人は異口同音に言います。

私はシドニーで2002年にマイホームを買い、13年を経過して価格が約2倍になりました。1豪ドル=90円で計算すると、私が買った当時は邦貨換算3500万円だったのが、今では7000万円になっている計算。私がそういう話をすると、「13年前にタイムマシンで戻って買いたいねえ」と友人は言います。

とはいえ、私が家買った当時も、全く同じことを考えていました。当時でさえ十年前の価格と比べれば2~3倍にはなってますから、正直、バブルだと思ってましたし、いつかバブル弾けて安く買えることを期待していました。当時は今と違ってローン金利も6~7%と高くて負担感大きかったし…

でも蓋を開けてみれば、バブルだと思ってた当時よりも、シドニーの不動産価格はさらに倍になりました。いま振り返れば、13年前に買うという決断をした私自身のファインプレーでしたが、

いつの時代でも、不動産というものは買う側にとってみれば決して安い買い物ではありません。長期にわたるローン返済に縛られることでもあるので、相当大きな勇気と決断が必要。不動産価格高騰のシドニーでいまマイホーム買うのは、間違いなく勇気が要りますが、13年前に今の約半額で買った私が出した勇気も、決して小さなものではなかったのです。

私と同時期にシドニーに移住し、私と同様、安定した収入を得ていた日本人のなかでも、マイホーム買えなかった人は多いです。彼らは、いつか不動産バブルが弾けることを夢みながら、十何年も賃貸暮らしを続けています。

私はいち早く家買って、それが倍に値上がりしたので、空き担保ができて2軒目、3軒目の取得を、非常に少ない現金手出しで進めています。家買えなかった友人たちは、「あの時、買っておけば良かった」と後悔しつつも、最初の一軒が未だに買えないのです。シドニーはすでに倍に値上がってるから難易度もアップしています。

彼らが、なぜ家を買えなかったのか?私の観察によると、

1) 居住地のこだわりが強すぎた

昔も今も、在シドニー日本人の居住地は、シドニー湾北岸の閑静な住宅地「ノースショア」に集中しています。詳しくいうとChatswoodを中心とする半径5~6km圏内。Artarmon、Lane Cove、Neutral Bay、Willoughby、ファミリーならLindfield、Killaraあたりに集中しています。日本人学校や補習校、日本食材スーパーやレストランもこの地域に多く、日本人コミュニティが形成されています。富裕層の住地ゆえ環境も良く、東京でいう「城南地域」「東急沿線」みたいなカラーの地域です。

一方、私は日本人としてはちょっと変わっていて、ノースショア地域にマイホームを持つことに、全く興味ありませんでした。私は千葉県柏市生まれ、柏Loveな「首都圏の田舎者」なので、東急沿線みたいなハイソエリアは肌に合わない。シドニーでも柏みたいな便利で気取らない郊外の街に住みたいと思っていました。私が選んだのは、シドニー西方の衛星都市パラマタ(Parramatta)。日本人ほとんどいない地域ですが、街が発達して買い物も学校も病院も何でも便利。柏みたいに「都心に出なくても地元で一通り揃う」ライフスタイルが実現できました。

そして、今も昔も、ノースショアに比べてパラマタは不動産が安い。13年前のマイホーム購入時、私の出せる金額は40万ドル程度でしたが、ノースショアでは一部屋のアパート位しか買えません。でもパラマタなら、3部屋の土地つきタウンハウスが買えたのです(注、今ではいずれも70~80万ドルコース)。

一方、ノースショアに住んでた友人たちの多くは、ノースショアでの暮らし、マイホーム購入を望んでいました。それは当時でさえ、難しいことでした。ノースショアでまともな一戸建て、最低でも80万ドルはしました。必要な頭金は16万ドル、諸経費や印紙税込みで20万ドルは用意しなければなりません。さすがに、それを捻出できる日本人は少なかった。

であれば、住む地域を変えるか、どうしてもノースショアに住みたければ狭いアパートを買うしか選択肢がないわけです。でも、その踏ん切りもつかなかった人が多い。私がパラマタの我が家に日本人の友人を招待して、バーベキューやりながら「ここ住みやすいよ、40万ドルで土地付き買えるよ~」と話したりしましたが、当時の日本人コミュニティはパラマタを含むシドニー西部地域への偏見が強く、治安だの環境だの、いろんな不安要因を挙げて食わず嫌いをする人が多かった。「西部に住むと、他の日本人から馬鹿にされる」みたいな頭もあったのでしょう。地元オージーには人気の高い街なのにね…

2) 資産の置き場所と、居住地を別々にする発想がなかった

また、ノースショア在住か否かに関わらず、シドニーに住む日本人の多くに帰国願望があるようで、「シドニーは仮住まい、いつか日本へ帰る」と考える人が多く、それが不動産購入をためらわせる要因にもなっていたようです。

私は、「仮住まいであれば尚更、シドニーで場所こだわらずに、自分の財力で買える地域に家買って、誰かに貸せばいいじゃん」と思うのですが…将来、日本に帰国してしまえば、家がノースショアにあろうとパラマタにあろうと、結局同じような海外物件になるのですから。

そうした、居住地と不動産所在地を別々にする発想が、当時の日本人の仲間には乏しかった。だから、いつまで経っても家買えなかったのだと思います。

素敵な場所にマイホーム持ちたくても…

最初の物件は、それ以外の場所に持つことも視野に入れて考えよう

もし、あなたがいまシドニーに住んで、最初の不動産取得に苦しんでおられるのなら、思い切って、最初の不動産はブリスベンで買い、自分はシドニーで賃貸住まい
…という選択肢も十分検討に値するのではないでしょうか?

今、ブリスベンの不動産価格は、ざっくり、シドニーの半額の感があります。私が13年前、シドニーで不動産買った頃と、今のブリスベンの値段は大差ない。つまり、シドニーからブリスベンへ、都市を変えるだけで、実質上「13年前にタイムスリップして不動産購入、資産形成」ができる。

いまシドニーの人が大挙して、ブリスベンで投資物件買いに来てます。いまブリスベンで家買って、その不動産価格がシドニーに追いついてくるなら、その頃に相当な空き担保が生まれているはず。それを使ってリファイナンスして、ノースショアで一戸建て取得を狙うのも、一考に値すると思いますよ。

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ピュアホワイト高利回り物件@ブリスベン

おはようございますManachanです。4か月ぶりにオーストラリアの土を踏みました。昨日はゴールドコースト、今日からシドニーにいます。

昨日は多忙な一日でした。成田からの夜行到着直後の朝7時、ゴールドコースト空港でレンタカーを借り、まず、45㎞北上したサウスポート市で日本語堪能な現地弁護士と意見交換。次に、87㎞北西方に走り、ブリスベン西郊の新興住宅地Mountviewで物件視察。軽い昼食のあと、北へ長躯170㎞のドライブ、サンシャインコースト市での物件視察。休む間もなく、南へ222㎞離れたゴールドコースト空港まで移動、19時過ぎに車を返却した後、20時半のジェットスター便でシドニーに飛びました。なんと、525kmもドライブしてしまった…オーストラリアの移動距離は半端ないぜ。でも、是非見たかった物件を全部視察できて、とても有意義な一日でした。

今回の日記では、Mountviewの物件について紹介いたします。この物件はなんと、

私が先月、現地を見ずに買付入れた物件!(現在、融資審査中)
(※買付入れたのは写真の物件ではなく、同地域、同タイプで今年後半に建設予定の物件です)

国内、海外を問わず、現地を見ずに物件購入することを、私は自分自身に堅く禁じています。でも現実問題、なかなかそうも言ってられない。欲しい海外物件はどんどん出てくる上に、日本での仕事が忙しくなかなかタイムリーに出国できない。それに、今のオーストラリアは不動産マーケット過熱状態で、私が欲しくなるような優良物件はすぐ売り切れてしまうことも分かっています。

幸か不幸か、私は13年前からオーストラリアで不動産を買ってきています。馴染みのあるマーケットなので、今回「えいや!」で買付を入れてしまいました。その物件をいま、後付けで現地視察しているわけですが、

思ったより、良かった!ポジティブサプライズ♪

何が良いかというと、とにかく場所が良い。Mountviewは、ダイヤの原石のような、筋の良さそうな新興住宅地でした!

Mountviewはブリスベン中心地から西へ26㎞離れた新興住宅地。現在、鉄道駅、ショッピングセンター、学校(小中高)、病院が一体となった、ニュータウン型の街づくりをしている最中でした。5年も経てば立派な街に変貌を遂げるでしょう。

Mountviewは、利便性が良い。ブリスベン西方の2つの中堅都市、SpringfieldとIpswichに挟まれた位置にあり、どちらへも10~15分のドライブで到達できます。ブリスベンからの通勤鉄道がSpringfield(21㎞地点)まで開通しており、あと2駅、距離にして5㎞延伸されればMountview駅に到達します。2018年頃の開通予定だそうで、その暁には、乗車時間約45分でブリスベン中心地に到達できます。東京でいえば、吉祥寺と立川に挟まれた国分寺や小金井に相当するポジションですかね。

私が買付入れた物件は、Mountview駅予定地から徒歩で5分ほど、ショッピングセンターや小中学校にも歩いて10分かからず、生活者・通勤者視点でとても便利です。

駅前を数年かけて総合的に開発する計画

看板のあるあたりが、ショッピングセンター出店予定地、その左隣が新駅予定地

既存の戸建住宅と区画整理された空き地が入り混じる風景。浦和美園駅みたいだ…

また、この物件は間取りがユニークです。約270㎡の土地に、3ベッドルームのファミリー向けの戸建と、1ベッドルームの単身・カップル向けの戸建が建つ。その2戸から家賃収入を得ることにより、通常の戸建賃貸を超える利回りを出す…というコンセプトの物件。

Mountview周辺はここ5年ほど、年率10%近い人口増加が続いており、非常に賃貸需要の強いエリア。2戸貸すと、550~570ドルの週家賃が期待できる。土地+2戸あわせた分譲価格は399,900ドルなので、低い方の家賃で見積もっても、

550ドル x 52週 ÷ 399,900 = グロス利回り7.15%

この数字、全物件の平均利回りが4%程度のオーストラリアでは破格です。この国ではグロス5.5%を超えれば相当高い印象ですが、7%超えはあり得ない数字。

日本で7%台というのは珍しくないでしょうが、オーストラリアは「国全体の空室率2%以下」、「オーナー権限が強く家賃を年々上げられる」、「保有時の税金が安い」、「値上がり期待が大きくキャピタルゲイン税もほぼかからない」ことを考えると、感覚的には首都圏で12%以上の新築お宝物件をゲットするのに近い。

また、私がこの場所を「筋が良い」と感じる理由は、「属性の良い白人(ピュアホワイト)ファミリーがたくさん住みそう」だからです。

オーストラリアで10年以上、大家をやって、自分の家を白人にも中国人にも、インド人にもアラブ人にも貸したことのある私の経験からいうと、

属性の良い白人は、賃借人としては最高のブランド

です。とにかく、彼らは家と街を大事にする、修理スキルが高く家の不具合をチョコチョコ直してしまう、時には、庭を素晴らしいガーデンに変えて資産価値をアップしてくれる!

同じ白人でも貧乏で粗暴なとんでもない連中もいますが、ちゃんとした教育を受けて安定した仕事のある、英語ネイティブのアングロサクソン白人は、お世辞ではなく本当の文明人だと思うし、賃借人としては最高水準。

私も大家として本音をいうと、賃借人の優先順位は「アングロ白人」、「日本人&韓国人&台湾人」、「中国大陸人」、「インド人」、「アラブ人」の順になります。

経験上、オーストラリアの街で比較的裕福なピュアホワイト(白人)がたくさん住む場合、景観が美しく保たれる確率が高い。

また、彼らは概して、異民族がたくさん住んでいるコミュニティを敬遠します。アラビア文字の看板が出るなど、エスニック色が強すぎて白人が敬遠する地域は、構造的に不動産価格が上がりにくい。

その点、Mountviewの場合、これから開発される地域だし、周辺のサバーブを見渡しても見渡す限り白人の世界。私がここ買っても、賃借人層として想定されるのが「まともな白人」なので、これはオーストラリアの不動産投資として、私の大変好むパターンになります。

この物件を紹介するセミナーを、今年後半に企画したいと思います。それ以前に詳細情報を知りたい方は、アジア太平洋大家の会のお問い合わせフォームでご連絡ください。

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