マルチリンガル(多言語話者)からみえる世界

おはようございます。Manachanです。今日の日記は、久々の語学ねたで。

私が住む東京は、日本国ではピカイチの国際都市。23区では外国人が住民全体の4~5%を占めますが、それでも、言語環境的には日本語が支配的な世界です。東京に住み、働き、子育てするとなると、実際問題、日本語の読み書き会話ができないとかなり不便。英語ネイティブでさえ、東京暮らしが長くなれば、多くは必要に迫られて、日本語を学ぶことになります。

そして、日本で生まれ育ち、日本以外の国で暮らしたことのない人の大部分は、実用的な意味では「日本語オンリー」の「モノリンガル」(単一言語話者)です。

 

そんな日本国・東京にあって、私は珍しく、日々、複数の言語を使う「マルチリンガル」な環境に身を置いています。私は国際結婚しており、家に帰れば、日本語、英語、中国語(北京語)が飛び交います。私と妻は中国語で、私と子供たちは日本語で、妻と子供たちは英語で、それぞれ会話するからです。我が家では毎朝、オーストラリアにある妻の実家とスカイプでつないで話しますが、そこでの会話は英語と中国語。私も妻も、二人の子供たちも、誰もが複数言語を使い、相手によって使う言語を変えて話します。

外に出れば、日本語はもちろん、英語も中国語も、仕事で毎日使います。その他、仕事の必要に応じて、新たな言語を学んでいます。かつては韓国語、今はタイ語とベトナム語です。毎週、東京・飯田橋にあるアジア系語学学校に通い、「タイ語中級」と「ベトナム語初級」クラスにいますが、先週、こんなことがありました。

学校の受付にいるのは、普段は日本人なのですが、今回だけなぜか、タイ語の先生が受付に座っていました。この先生は日本語できますが、「タイ語中級クラス」の生徒にはタイ語しか使わないので、会話は当然「タイ語のみ」になります。でも、私が今回行くのは「ベトナム語初級」教室。

ベトナム語教室に入るまで、ずっとタイ語で話していたので、私の頭のなかはタイ語モード。クラスが始まっても、ベトナム語の単語ではなくタイ語が出てきてしまう。しかも、隣のクラスで「タイ語」や「韓国語」をやってて、その音声が漏れ聞こえてくる。私の耳はどうしても、「タイ語」や「韓国語」を拾ってしまい、ベトナム語の単語が出てこない。頭をベトナム語モードに切り替えるまで、15分くらいかかってしまった・・・

 

日々、そんな暮らしを送っている「TOKYOマルチリンガル」な私からみると、この国の大部分を占める「モノリンガル」な方々の発想が、良くも悪くも、不思議だなあと感じることが多々あります。たとえば、

 

1)大金かけて子供を英語の幼稚園・小学校に通わせるのは、なぜ?

都内では近年、「バイリンガル幼稚園」、「バイリンガル小学校」をウリにする、学校と英会話教室を兼ねたような教育施設が増えています。学費は結構な金額で、幼稚園の場合、私の知る限り月謝は最低8万円から・・の世界。

日本国内では英語環境そのものが貴重。家庭内で日本語の環境しかない親が、せめて「子供には英語を」と思い、お金をかける気持ちはよく分かりますが、日常生活自体がマルチリンガルな私からみると、「英語環境」は「身の回りに、当たり前にあるもの」で、水や空気のように自然なもの。そこにお金をかけようという発想にはなりません。

地方出身で、「アパート借りると駐車場がついてくるのが当たり前」な環境で育った人が、東京に来て、「駐車場だけで月3万円以上かかるのに驚く」に近い感覚かもしれませんね。

 

2)「Manachanは語学の天才だから・・・」と言われるのは、なぜ?

私が複数言語を使いこなすことは、日本語モノリンガルの方々からみれば、「特殊能力」に見えるのかもしれません。いろんな場面で、「Manachanは語学の天才だから…」と言われます。言外には、「俺は天才じゃない、フツーの日本人だから、日本語だけでOKよ」みたいな意味が込められています。

確かに、複数言語を実用で使えることは紛れもない「スキル」ですが、私自身に特殊能力が備わっていて、平均的な人より格段に早く外国語を覚えられる、ということではない気がします。それより、「普段、複数言語を使う環境で暮らしている」という「環境要因」の方が大きい気がします。

世界には、日本や中国、英語圏のような「比較的モノリンガルな社会」がある一方で、欧州の小国、フィリピン、マレーシア、シンガポールのような「マルチリンガルな社会」もたくさんあります。後者の国々では、多くの人が当たり前に複数言語を使いこなすので、一般の日本人からみると「すげー!」と思ってしまいますが、それは特殊能力なんじゃなくて、生活の必要に迫られて日常的に複数言語を使っているからできるわけです。語学習得は能力というより、経験。要は「場数を踏む」ことによって身につくものです。

 

3)「通訳、翻訳、翻訳機を使えばいいじゃん!」と安易に考えるのは、なぜ?

モノリンガル日本人のなかには、外国語(特に英語)学習に興味・関心のある方と、関心が乏しい方の両方がいます。後者の方々になるほど、「外国人とコミュニケーションする時、自分が外国語できなくても、おカネかけて通訳・翻訳を雇えばいいじゃん」あるいは、「あと5年もすれば、Googleが翻訳機をつくってくれるから、それ使えば世界中どこでも一発でOKじゃん!」という発想になりがち。

でも、マルチリンガルの私から言わせれば、彼らの通訳・翻訳者、翻訳機に対する大きな期待は、結局、失望に変わるのではないかと思います。なぜなら、彼らの発想には、「マルチリンガルの能力を使って、モノリンガルが満足するレベルの仕事をさせる」という前提があるわけですが、

私を含めて、マルチリンガルの言葉の使い方って、往々にして、モノリンガルのような厳密さには欠けるんです。極めて実用重視で、「100%正確じゃなくても、要は、意味が通じればいいじゃん」と割り切って考えることが多いし、「行間を読む」みたいなことは往々にして苦手だし、面倒臭い。通訳・翻訳に対する、モノリンガルの期待値が100とすれば、たぶん我々マルチリンガルは60~70%しか満足させることができないんじゃないかな(それができる、プロの翻訳・通訳者の方もいますけど・・・)。

Googleが多言語翻訳機を開発するにしても、そこで使われるのは結局、我々マルチリンガルの言語能力や知識。でもって、我々の発想自体が「大づかみ」で「実用重視」なので、翻訳精度の点で、「マルチリンガルの頭脳を大きく超える」ものは、たぶん出てこないと思う。したがって、「日本語しかできない人」が、「日本人同士で行っているレベルの会話」を、「外国人との間でも期待通りにできるようになる」ことを、翻訳機に期待することは当面無理だと思います。

逆に、私たちマルチリンガルの発想は、「自分が外国語能力ゼロのまま、翻訳者・通訳者にコミュニケーションの全てを委ねてしまうのは恐ろしい」と考えます。物見遊山ならいいけど、ビジネスをするなら、少なくとも相手の言ってることがある程度分かるようにならないと不安で仕方がない。その不安を感じる位なら、時間とお金をかけて言葉を学んだ方が早いと考えるのです。

 

4)「英語ができるようになってから、次の外国語」と考えるのは、なぜ?

近年、海外(特にアジア圏)で仕事をする日本人が増え、彼らの語学習得に対する意識は高まっています。それは喜ばしいことですが、多くの人が、「まず英語ができるようになってから、次の外国語(中国語や、東南アジアの言葉)」と言います。アジア圏の多くの国で、ビジネス共通語は結局英語なのでその気持ちは分かりますが、マルチリンガルの私からすると、「もう少し、柔軟な考え方してもいいんじゃいかな~」と思ったりします。

なぜなら、アジア圏には、日本人にとって、英語よりずっと習得簡単な言語がたくさんあるのです。韓国語がその筆頭だと思いますが、その他、インドネシア語(≒マレー語)、中国語、ベトナム語なども、少なくとも英語に比べれば短期間に習得できると感じます。必要に応じて、そちらの言語を先行させてもいいし、英語と並行してもいいし・・・比較的習得簡単な言葉からスタートすることで、外国語学習が楽しくなったりする効果は、やり方によっては確かにあると思うのです。

 

以上、東京に住む圧倒的少数派マルチリンガルの「ぼやき」でした。

 

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業者は叩くより育てよ

こんにちは、Manachanです。今日はポカポカいい天気、千葉県佐倉市で散歩がてら楽しい物件調査を終え、東京に戻るところです。今日は「不動産業者ねた」でいきますね。

海外不動産に特化した、全国でもユニークな投資家コミュニティ「アジア太平洋大家の会」を立ち上げてから、もうすぐ5年になります。

会を旗揚げした当時は、日本における海外不動産投資の黎明期。海の向こうの物件を扱う業者は少なく、情報自体が非常に乏しい時代でした。あれから5年、今では北米、東南アジア、オセアニア、欧州など、世界各国の不動産を扱う業者が増え、当方の投資家会員も2000名を超えました。海外不動産に関する情報量は爆発的に増え、今や情報過多の時代。その割に、海外物件の販売・仲介に関わる業界は、サービス、ビジネスモデルとも、まだ未成熟で発展途上。

この5年、業者側ではいろんな栄枯盛衰がありました。投資詐欺や、資金持ち逃げで消えた業者もいる一方で、当会と数年の間、良い付き合いを続け、今でも顧客のために頑張っている業者も相当数います。目まぐるしい時代の流れのなか、私は投資家にとっても、業者にとっても安心感のあるコミュニティづくりを目指してきましたし、これからも続けていきます。

アジア太平洋大家の会は、海外不動産をテーマに、投資家と業者をつなぐ存在ですが、完全に中立ではありません。「大家の会」を標榜している通り、どちらかといえば大家・投資家サイドに立った活動をしています。ですので、一番重要な活動は、

投資家のエンパワーメント(Empowerment=力を与えること)

力を与える…海外不動産投資は高度な情報戦でもありますので、「情報収集力、分析力の強化」。より直截的には「海外物件を賢く選び、運営する能力の強化」が主な内容になります。投資家サポートの一方で、

業者のエンパワーメント

も、現時点では必要だと思います。日本の投資家にとって、海外不動産購入に関わる業者の選択肢がまだ質量ともに十分でない以上、業界を育てていかないことには、「投資家ニーズを満たす多様なサービス」と「業者同士の健全な価格競争」からなる、良い投資環境が実現できないからです。

ですので、「能力的に未熟だけど、まじめな業者」に対しては、「報酬の対価として、どんなサービスを提供すべきか?」、「どうすれば、顧客が満足する説明ができるのか?」といった、セールス研修みたいなことも必要に応じて行っています(ボランティアで…)。彼らに大きく育ってもらいたいから、日本の投資家を支えるインフラを担って欲しいから…

 

不動産取引のなかで、投資家(バイヤー)と業者の利益が相反することがあります。時には、業者が「投資家にとっての利益」を十分理解しないまま、間違った物件を持ってきたり、間違った値付けをすることもあります。そんな時、業者に注意したり、投資家に注意喚起するのも私の役割ですが、

それでも、私が厳に戒めていることが、一つあります。

業者を名指しで批判・非難すること

 

私がネット上でこれをやってしまうと、噂が、瞬時に広まります。結果、業者に多大な評判リスクを負わせ、投資家の購入行動にかなり大きな影響を与えてしまいます。営業妨害でもめたくないし、それに相手を貶めても、良い結果を生みません。人間だれしもプライドがあります。名指しで攻撃されると、頑なになるだけです。

私は、投資家側に立つスタンスとはいえ、投資家利益のために正義を振りかざし、悪い業者、ボッタクリ業者を退治したい、みたいなことは考えません。別に社会運動をしたいわけじゃないし、消費者センターの真似事をしたいわけでもないから。

それよりも、日本人が海外不動産を安心して買えて、運営できて、利益をとれる、「新しいマーケット」をつくりたいのです

これから5年後、10年後・・・今と違って、日本の人々が海外物件を安心して買える時代をつくりたい。そのなかで、私なりの貢献をしていきたいのです。

 

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日本の当たり前を、東南アジアの当たり前に…

こんにちは、Manachanです。

私は国内外で不動産投資をしており、各地の大家・投資家コミュニティと交流があります。日本国内の不動産をテーマとする大家コミュニティの場合、知識・スキルレベルはピンキリですが、賃貸経営に関する情報やノウハウはそれなりに揃っており、かなり精度の高い議論も可能です。たとえば、

 

JR京浜東北線「川口」駅徒歩10分、築15年のRC、2LDK中心で現況満室、グロス利回り8.7%は買いか?

JR南武線「稲田堤」駅徒歩12分、償却の終わった築24年木造マンションで、土地の路線価3550万円のところ3800万円で出ていた、単身向けワンルームで現況満室グロス11.5%なら買いか?

 

といった、ミクロな賃貸市場分析に基づく議論がある程度できます。会のメンバーが、「川口駅徒歩圏なら、賃料がいくら取れて、空室率や築年による減価率はどのくらいで、隣の赤羽や西川口と比べてどうなのか?」・・これを、少なくとも概要レベルで理解しているからこそ成り立つ会話ですよね。

私は、このレベルの会話を、海外不動産の世界でも当たり前にしたいと思っています。たとえばタイのバンコクの場合、

 

BTSのMo Chit駅と、地下鉄Chatuchak Park駅、Phaholyothin駅が使えるエリアで、ラップラオのCentral Prazaからも近くて築2年のコンドミニアム、2DKの47㎡が、580万バーツで出たけど、これは相場からみて安いか?高いか?

このエリア・間取りで、業者は月25,000バーツで賃貸つくと言ってたけど、本当にそれができるのか?

 

舞台が海外、特に東南アジアになると、現時点ではなかなか、このレベルの会話が成り立ちません。なぜか?

賃貸経営の投資判断に必要なデータが、まだ整備されていないのです。

だから、業者トークの妥当性を、検証する術がないのです。

 

もう少し、掘り下げて考えてみましょう。私は、日本国内で収益不動産を買う際、最低限、次のデータは全て集めたうえで検討しています。

Ⅰ.ミクロ(地域)情報
 1)エリア賃料 (+面積、駅距離、築年数との相関)
 2)エリア売買価格 (+駅距離、築年数との相関)
 3)エリア空室率
 4)人口動態と賃貸人口比率
 5)売買価格の上昇率
 6)交通機関、利便施設、インフラ建設計画
 7)運営諸経費(管理費、修繕費、課税)etc… 

II.マクロ(地域)情報

 1)経済成長率、インフレ率
 2)人口ピラミッド
 3)不動産税制、融資環境

 

しかし現時点で、東南アジアに関していえば、信頼性あるデータがあるのは、「I.ミクロ情報の(5)~(7)」および、「II.マクロ情報」位でしょう。。だから、東南アジア不動産を扱う業者も、どうしても、「人口構成の若さ」とか「経済成長率」とか、マクロ経済のデータに頼って物件を売ろうとしてしまう。賃貸経営する上で、マクロ経済の情報なんて参考程度にしかならないのに…

東南アジアの不動産を、日本人が多く買うようになった現在、まともな投資判断ができるように、下記のデータの整備は急務だと考えます。

Ⅰ.ミクロ(地域)情報
 1)エリア賃料 (+面積、駅距離、築年数との相関)
2)エリア売買価格 (+駅距離、築年数との相関)
3)エリア空室率
4)人口動態と賃貸人口比率

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この種のデータを揃えるには、専門家の力が必要です。今年10月、私は東京・渋谷にある不動産コンサルティング「リーウェイズ社」に協力を要請しました。同社はデータの数理分析に基づく不動産評価に定評があります。技術力が優れているだけでなく、ITを通じて、不動産業界を前向きに変革していこうという「志」を持った会社でもあいrます。

リーウェイズ社ホームページ

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幸い、タイ・バンコクに関しては、不動産売買・賃貸のポータルサイトがいくつもあって、10万件を超えるデータが蓄積されています。その代わり、REINSのような不動産流通機構はまだありません。このような状況で、一番有効なのは、

 

・「クローラ・プログラム」を使って、タイのポータルサイトからHTMLデータを取得
・取得したHTMLデータに対し、Excel Macro等を使って抽出・分析

 

2015年10月7日、私が 「リーウェイズ社」に 「クローラ・プログラム」を使ったデータ取得と分析を依頼してから約1か月後、11月末に、分析データの抽出に成功したのです。

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分析データを整理すると、いろいろなことが分かります。例えば、各駅ごとの㎡あたり賃貸単価、売買単価、目安利回りなどが数字で把握できます(ここでは、賃貸単価だけ紹介します)。

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ただ、現時点では取得できるデータや信頼性の関係で、「できること」と「できない」こと、両方あります。バンコクに関していえば、「各駅、各市区別の賃貸・売買価格」は分かりますが、「築年数と価格との相関」、「駅距離と価格との相関」、「エリア空室率」などは、まだ分かりません。この辺のデータが揃ってくるまで、まだまだ時間がかかると思います。

 

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時間はかかりますが、「データをいち早く握った者が、不動産投資業界を制すことができる」と思います。私もリーウェイズ社などと協業しながら、海外不動産に関しては、常に時代の先頭を走っていたいと思います。日本の投資家が東南アジア不動産で確実に利益をあげられるようなデータ整備を、これからも続けていきます。

 

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なんでもシェア、新しい経済

こんばんは。Manachanです。今日は不動産話をちょっと離れて、「ネット革命とシェアリング・エコノミー」の話でいきますね。

 

香港在住の義姉が、最近、サンフランシスコに行った時のお話、

・サンフランシスコ国際空港から市内まで、タクシーで行ったら片道70ドル
・帰り、市内から国際空港まで、Uber(ウーバー)でクルマ呼んで行ったら、片道28ドル

だったそうです。ここまで価格差あるなら、もうUber使うしかないよねと・・

 

Uberとは、インターネットを使った配車サービス。言い換えれば、「21世紀のネット白タク」…サービス提供側からすると、自家用車と運転手と時間さえあれば小銭が稼げてしまうし、利用者の側からしても、スマホ一台あればどこに居てもクルマを呼べてしまうので便利。世界の多くの国で、「既存のタクシー業界のビジネスモデルを脅かす存在」にまで急成長しています。日本でも東京はじめ主要都市ですでに使えるようになっています。

前出の通り、北米などでは、既存のタクシーよりUberの方がずっと安いケースが多い。オーストラリアあたりで不動産視察して、タクシーが呼びにくい場所に行ってもUberでクルマ呼べてしまうので、実際、かなり重宝します。

逆にタクシー業界など、許認可で守られた業界からすればUberは天敵そのもの。利用者の安全を守るために、さまざまな法規制をクリアするための設備投資もしてきて、人件費や保険料を払って運転手も揃えたのに、客をUberにごっそり取られてしまうのですから。彼らに言わせれば、Uberでサービス提供する側は、業者なら当然支払うべきコストを払わず、ある意味「タダ乗り」しているわけです。実際アメリカはじめ多くの国で、タクシー業界からの圧力で、Uberに対する規制が政治課題になっています。

 

これってまさに、「不動産でいうところの、AirBnB民泊と同じ構図」ですよね?

・既存のホテル業界 vs ネット民泊サービス (AirBnBなど)

・既存のタクシー業界 vs ネット配車サービス (Uberなど)

・既存の派遣業界 vs クラウドソーシングサービス (Lancersなど)

・既存の金融業界 vs クラウドファンディング

 

ネット(スマホ)革命の力で、後者がにわかに勃興し、瞬く間に、大きなマーケットシェアをとってしまう。既存の法規制のなかでビジネスモデルを確立した前者の業界にとっては、当然面白くない話。ですが、規制を加えるにも新たな法律が必要だし、その前に政策立案のための現状把握も必要。それやってる間に、ネット・スマホは超スピードで現実を変えてしまう。

また、日本も北米も市場経済ですので、何だかんだいって、消費者が最終決定権を持っています。「安全・快適を考えてタクシーを選ぶ」消費者もいれば、「安くて目的地に着ければそれでいい」と考える消費者もいる。後者が相当数多ければ、役所も「民意」に反する取り締まりはやりにくい(年中、オーナー社長に罵声を浴びせられてる税務調査官みたいになっちゃう・・・)

現実的な解として、UberもAirBnBも結局、「基準を満たしたもの」が法律で認められ、合法化された彼らがホテル、タクシーの正式な挑戦者になっていくのでしょう。

 

Uberでクルマのシェア、AirBnBで民間住宅のシェア、ついでにオフィスもシェア、自転車もシェア、空き時間を使った労働もシェア・・・「なんでもシェアする、新しい経済」が伸びると、どうなるか?誰が得して、誰が損するのか?

・サービス利用者、特にネットリテラシーの高い者にとっては、福音でしょう。選択肢が増え、料金も安くなるわけですから。

・サービス提供者にとっては、「いつでもどこでも、サービスが提供できる」反面、競争者が増え、「万人の万人に対する競争」になりやすいから、かえってキツイかもしれません。たとえば、タクシー業界にとっては、Uberの出現によって、「同じ街で自家用車を持って運転できる人」がすべて新たな競争相手になりうる話です。

 

私にいわせると、「俺が10年以上前、英語圏のITエンジニアとして職場で体験したことが、いよいよ、人々の日常生活にやってきたのか・・・」と感慨深いものがあります。当時、私はオーストラリアで、サラリーマンITエンジニアとして、業務アプリケーションの開発・サポートの仕事をしていました。

英語を駆使して、ITの仕事をする・・・日本語で言うとかっこよく聞こえますよね。でも実際は、英語が使えるITエンジニアというだけでは、労働力(サービス提供者)としての価値は大して高くありません。インド、フィリピン、中国をはじめ、それができる人間は世界中にゴマンといる。しかも彼らは、先進国の何分の1かの給料で、喜んで長時間働くのです。給料安いとはいえ、それぞれの国では良い大学を出た、若くて優秀なエンジニア達です。そして何より、ネットがつながっている限り、世界中にいるITエンジニアが競争相手になるのです。

 

2003~04年にかけて、私のいたオーストラリアの職場から、アプリ開発やサポートの仕事が、どんどん、労賃の安いインドや中国に移管される事態を経験しました。会社の目指すものばコスト競争力向上、でもオーストラリアで働く我々からみれば、職が脅かされるわけです。

私は、悲しいかな、ITエンジニアとしての技術スキルは、よく言って平均程度。物価の高いオーストラリアで、インドの優秀なエンジニアの何倍もの給料を取っていることを、経営陣に対していつまでも正当化できる自信はありませんでした。「このままでは、職を失う」と危惧した私は、「英語+IT」以外の分野で、ライバルと差をつけることを考えました。

私が見出した答えは、「日本語と中国語と英語ができるITエンジニアとして自分を売り出す」こと。それを履歴書に書くためには、是非とも、中国での就労経験が欲しい。そう考えた私は、2005年、オーストラリアを後にして、中国に国際転職したのです。

日・英・中、3か国語できるITエンジニア・・・これだけのスペックなら、ライバルはうんと減るし、稀少価値になる。明らかに(需要)>(供給)だから、インドなど新興国エンジニアと同じ土俵で賃下げ競争しなくても済む。おかげさまで、2013年にサラリーマンをやめて独立するまで、高い年俸を稼ぎ続けることができました。

 

そして今、世はシェアリング・エコノミーの時代。ネット越しに多種多様なサービスが受けられて便利だけど、サービス提供者にとっては、辛い世の中。通り一遍のスキルしかないと、結局、「万人の万人に対する競争」という、レッドオーシャンのなかで生きざるを得ない。

こんな世の中で、高い収入を得て、生活を安定させるためには、社会的に需要のある分野で、自分自身が「オンリーワン」、「稀少価値」になることが何よりも大事なんだと思います。

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クレジットカード地獄

こんにちは、Manachanです。いま、東京から福岡に向かうJAL機内でブログ書いています(最近忙しくて、ブログ書けるのは移動中くらいですね)。

先週土曜日、「いばら喜大家の会」のイベントで、「スッチー大家」こと上原ちづるさんのコインパーキング投資セミナーがあったので、聴講してきました。彼女のご高名はかねがね伺っておりましたし、以前からのFB友でもありますが、お会いするのは今回初めてでした(遅ればせながら、著書も読みましたよー)。

 

セミナー面白かったです。まず、当たり前の話ですが、

「自分のスキルを上手に使ってる人が、良い結果を出してるんだなあ…」

 

スッチー大家さんの場合、航空機の客室常務で培った「会話コミュニケーションスキル」を、不動産投資・賃貸経営で上手く使ってきたことが、よく分かりました。特に、

・相手を頑張らせる、ものの言い方
・相手を良い気持ちにさせる会話術

は、私も仕事で使ってみようと思いました。

 

もっとも私の場合、会話コミュニケーションが苦手でして(はたからは苦手に見えないかもしれないけど、本心では会話をあまり楽しんでいない…)、スッチー大家さんのまるっきり真似はできないと思いますが、

その代わり、会話以外の得意分野がいくつかあるので(文章の執筆スキルとか、外国語スキルとか、情報収集・分析スキルとか…)、それらを発揮して、お金やビジネスにしていくことの大事さを、再認識しました。それに、もう40歳過ぎたわけだし、似合わぬことで無理したくないしね。

 

あと、スッチー大家さんのお話を聞いてて、私と意外な共通点が、二つありました。

 

1)私の奥さんも、「もとスッチー」

妻は、シドニーをベースに、カンタス航空のFA(フライトアテンダント)を、8年ほどやっていました。だから、いわゆる「スッチー」の仕事がどんなものか、私もよく知ってます。立ちっぱなしの肉体労働(接客スマイルつき)で、見た目の華やかさとは裏腹になかなかハードな仕事ですね。特に妻は、オーストラリア~アメリカ便とか、南アフリカ便とか、時差のきつい遠方へもよく行きました。「到着地ではほとんど寝る。オーストラリアの生活時間に合わせて、現地時刻が昼でも寝る」と言ってましたね。

あと、どこの国でも、暴言を吐いたり、セクハラ・パワハラに走る「困った客」は存在します。妻も当然、「客が何をしたら、どう対応する」みたいな研修を受けていたようです。こういう仕事していると、確かに、不特定多数との会話コミュニケーションスキルは向上しますね。

 

2)「クレジットカード作れない地獄」を経験したこと

スッチー大家さんが結婚して、寿退社された後、ご主人がサラリーマンをやめて、自営業になった時期があったそうです。日本の社会では、自営業の信用度は低い。特に会社立ち上げたばかりの頃は、「お金借りられない」、「クレジットカードつくれない」苦しい時期を誰もが経験します。スッチー大家一家も、子供が生まれて何かと物入りの時期に、クレジットカードが一つもつくれず、大変不便な「日々、現金払い」の生活を送ったようです。

私は意外にも、サラリーマン時代に「クレジットカードつくれない地獄」を体験しました。2005年の春、中国・大連のIBMに就職し、その1年半後の2006年8月、会社の業務命令で日本へ長期出張に来た時の話です。私は日本人なのに、「中国のサラリーマンとして来日する」という、国際Uターンみたいな不思議な身分でした。

来日当初は、一人暮らしだったので、東京中央区八丁堀のワンルームマンションに滞在。翌月、家族(妻と1歳の娘)が来日すると、江東区木場にある、もう少し広いマンスリーマンションに移りました。

日本で暮らすと、当然、日本円を使わなければなりません。が、私のお給料や出張手当は、中国の銀行に、人民元で払いこまれます。そのお金を日本で引き出すことは、当時はできませんでした(中国の「銀聯カード」で、日本の三井住友銀行でキャッシングできるようになったのは、翌2007年のことです)。

当時の私は、日本でかかる生活費のほか、月30万円くらいするマンスリーマンション代も、「自分で立て替え払いして、後日、会社に請求する。その分は中国の口座に人民元で振り込まれる」という生活を送っていました。つまり、「日本円は出ていく一方で、中国に人民元ばかりが溜まる」生活だったのです。

当時の私、日本円の貯金は100数十万円しか残していなかったので、わずか3か月くらいで底をつきそうになりました。「こりゃやばい」と思った私は、「日本の銀行口座とリンクするクレジットカードをつくろう」と思い立ち、近所のショッピングセンターや銀行を回り、クレジットカード加入を、片っ端から申し込みました。ところが結果は、

「ことごとく、審査が通らず、クレジットカードつくれない!」

たとえ日本で働く日本人でも、私の勤務地は中国で給料も人民元だから、日本のシステムでは与信ゼロとみなされるのですね。

 

「これじゃ生活できない!」。困った私は、同時期に来日した中国人の上司や同僚に相談しました。当時、彼らが何してたかというと、「約2か月ごとに中国に里帰り帰国して、そのタイミングで中国から日本に生活費を送金」していたのです。「鈴木さんも中国に帰って送金すりゃいいじゃないですか?」と言われるばかり…

でも私は、日本人だから中国に里帰りする理由がありません。東京で働いて、実家が柏にあって、電車賃500円で里帰りできる人間が、なぜ送金のため中国くんだりまで行かなきゃならないのか?当時すでに、大連の住まいは引き払っていたので、ホテル住まいになるし、それに中国の給料もらってる人間が海外送金するには、在職証明や収入証明など、人事部から4種類くらいの書類をもらって送金申請しなくちゃならないので、きわめて面倒臭い。当時、子供がまだ1歳だから中国に連れていくのは大変な作業だし、奥さん一人を日本に置いていくのも大変。

でも、背に腹は換えられず・・・結局私は、中国に渡航して送金しなければなりませんでした。来日時期があと一年遅かったら、キャッシングできてたから、そんなことしなくてもよかったのにね。

 

後日談になりますが、翌2007年に、私は中国IBMを退社、日本のサラリーマンになりました。在職中に、私が日本で立て替え続けたお金と、中国政府に納めた源泉税の還付金が、中国に残した口座に入金されました。その額、日本円にして300万円を超えていました。それをそっくり日本に送金して、「福岡市でのワンルームマンション購入」の代金に充てました。後から考えると、クレジットカードつくれず、お金で苦労した経験が、「収益物件」というかたちに変わったので、それはそれで、良かったのかもしれない。

 

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大家塾 vs 大家の会

こんばんは、Manachanです。今回は、日本各地にある「大家・投資家の会」について書きますね。

先週土曜日、「いばら喜大家の会」のセミナー&忘年会に行ってきました。実は私、いばら喜大家の会の会員なんです。ここは文字通り、「茨城県の大家が集まる会」なんですが、参加資格を特に設けておりません。私などは、茨城在住でもなければ茨城県内に物件持ってるわけでもないのに、会員にさせていただいてます。そして、二年連続で、茨城県つくば市で開催される忘年会に参加しております。

ここの会、とても居心地がいいんです。まったりとして、自由闊達な雰囲気。代表の柴山さんのお人柄に負うところも大きいのでしょう。ここに顔を出すと、「良い雰囲気の会運営」という意味で、とても良い勉強になります。

 

私は仕事柄、全国の大家団体と付き合いがありますが、大きくわけて、二つのタイプに分かれるように思います。

・「大家塾」的な団体

・「大家の会」的な団体

 

「大家塾」の特徴・・・会の代表として、絶対的なリーダー・指導者がいる。彼(彼女)は大家スキルも高く金融機関との付き合いも多く、会員の不動産購入や融資づけをコンサルしようとする。人間関係は「先生対生徒」のようなタテ型の関係になる。

「大家の会」の特徴・・・会の代表は絶対的リーダーではなく、「皆のまとめ役」みたいな立ち位置。会員が三々五々集まって、気さくな雰囲気のなかで自由に交流・情報交換する。人間関係はフラットなヨコ型の関係。

 

私自身が、「アジア太平洋大家の会」という団体の代表をしていることもあり、全国の大家団体の代表ともいろいろ付き合いがありますが、つくづく思うことは、

・「大家塾」の代表と、「大家の会」の代表とは、キャラクターが全く違う。

・したがって、「大家の会」の代表をやってる人間が、「大家塾」をやりたいとは思わない。その逆も然り。

 

たとえば私は、「大家の会」をつくって、運営してますが、「大家塾」を運営したいとは全く思いません。「俺のキャラクターに似合わない」と思っているからです。前述「いばら喜大家の会」、柴山代表が大家塾を志向しないのも、おそらく同じ理由でしょう。

最近、岡田斗司夫さんの「カリスマ論」(ベスト新書)を読みましたが、そこに、「カリスマ的リーダー」、「教祖的リーダー」、「メンター的リーダー」など、いろんなタイプのリーダーが出てきます。その整理によると、

・大家塾の代表は、「メンター的リーダー」・・・つまり、会員(塾生)と濃密な人間関係を結び、コーチとして指導することで、その成功にコミットしようとする。当然、自分の面倒みれる人数には限りがあるので、大家塾は比較的クローズドな団体になる。

・一方、大家の会の代表は、「カリスマ的リーダー」・・・一言でいうと、「来る者拒まず、去る者追わず」のスタンスを好む。会員との濃密な関係を好まず、広く浅く、フランクに付き合おうとする。彼(彼女)会を運営すると、必然的に出入りの激しい、オープンな団体になる。

 

これでいくと、私は明らかに「カリスマ的」に属する人間でして・・・「アジア太平洋大家の会」でいろんなセミナーやって、日本の投資家〈会員)が海外投資案件に出会う機会をつくろうとしていますが、それで成功するかどうかは、結局のところ会員次第だと思っており、自分が深くコミットする気はないんですよね(サポートはしてますけど…)。

会の代表とはいえ、海外不動産で勝つ方法論を確立してるわけじゃないし、大成功してるわけでもない…そんな奴が、先生面して人様を指導するのは荷が重い。それよりも、お互いフラットな関係で、楽しく学びたい、情報交換していきたいと思っています。

だから「大家の会」やってるんですよね・・・

 

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マルチリンガルになるには?

こんばんはManachanです。今回は、語学ねたで書きますね。

私は仕事の都合もあり、今年3月からタイ語を学びはじめ、10月からベトナム語も学んでいます(タイ語学習も中断せず継続中…)。

 

ベトナム語をはじめて感じたことは…タイ語との比較でいうと、

・タイ語はタイ文字、ベトナム語はアルファベット表記だから、後者の方がビジュアルに覚えやすく、頭に残りやすい。

・だから、ベトナム語の授業を受けた後、タイ語をきれいさっぱり忘れてしまいやすい。

 

タイ語学習をはじめて7か月。ベトナム語はまだ1か月だから、タイ語の語彙の方がずっと多いはずなのですが、ベトナム語の単語を覚えた途端、タイ語の記憶が消え、ベトナム語に置き換わってしまう気がするのです。

たとえば「雨が降る」は、ベトナム語でmưa。タイ語でฝนตก(Fon Tok)といいますが、mưaが頭に入るとฝนตกを思い出せなくなったり、あるいはタイ語でฝนตกと言おうとしてベトナム語のmưaが出てきたりするのです。

 

これではまずいと思い、学習方法を変えました。

・ベトナム語の単語とタイ語の単語を一緒に覚える

・ベトナム語の作文とタイ語の作文を一緒にやる (同じ内容の作文を、タイ語、ベトナム語の2バージョンつくる)

「二言語同時学習」、私オリジナルの方法ですが、結構気に入っています。まずタイ語の単語を忘れなくなったし、それに、ベトナム語とタイ語の似ている点、違う点、文章の構成の仕方…等々を「見える化」して、パターン認識できるからです。「2倍の時間をかけて効果3倍」を得ている感覚ですね。

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私、語学の学習は、「Aをとるか、Bをとるか?」ではなく、「AもBも両方」が十分可能だと考えます。語学学習への興味が持続すればの話ですが、私たちの脳は、やる気になれば何十か国語を格納できるキャパを持っているはずです。

そこまでいかなくとも、一つの事物に複数の言葉を当てはめて認識することは、日本語の世界でも当たり前に行われています。たとえば「ご飯」と「メシ」、「お尻」と「ケツ」が同じ意味なんて、誰もが知ってることですよね。また地方出身者が東京に来て暮らすと、地元の言葉と東京の言葉と、二つセットで覚えたりします。例えば北関東出身者の場合、「だいじ」と「だいじょうぶ」、「青なじみ」と「青あざ」が同じ意味だと認識するわけです。こういう概念操作を外国語まで延長すると、「バイリンガル、マルチリンガル」への道が開けてきます。

 

日本ではまだ少ないかもしれませんが、世界には3言語以上話す「マルチリンガル」の人がたくさんいます。アジアでいうと、たとえばフィリピン・セブ島の人は、母語が「セブ語」、学校で国の公用語「タガログ語」と、ビジネス共通語の「英語」を習い、普通の大人なら当たり前に3言語を話します。マレーシアの華僑とかも、「英語+北京語+マレー語」のマルチリンガルが当たり前で、彼らが来日して日本語をマスターすると4言語目になったりします。

彼らをみていると、複数言語を使う社会環境もさることながら、頭の使い方が「マルチリンガル的」、つまり、多言語習得のために最適化されているように感じるのです。

以前、フィリピンのセブ島に滞在していた時のこと・・現地の15歳くらいの女の子が、5歳くらいの女の子の世話している時、「この言葉は、セブ語では○○、タガログ語では○○、英語では○○」と教えてあげてるんです。つまり、いま私がやってるような「多言語同時学習」を、子供の時から日常生活のなかで当たり前にやっているのです。

 

そういう世界を見てくると、こういう疑問も湧いてきます。

・外国語を学ぶ際、その言語のネイティブから学ぶのが果たしてベストなんだろうか?

・たとえネイティブじゃなくても何言語もできるマルチリンガルから数か国語同時に学んだ方が効率良いのではないだろうか?

 

たとえばの話、私はいまタイ人のネイティブからタイ語、ベトナム人のネイティブからベトナム語を、それぞれ教わっています。普通の語学学習のやり方ですね。

ですが、もしタイとベトナムの間にあるカンボジアやラオス出身で、タイ語もベトナム語も堪能な先生がいたら、その先生から学べないだろうか?

 

ま、普通考えて、そんな先生は滅多にいないと思いますが・・・でも前に述べたように、マルチリンガルの人はマルチリンガルな脳の使い方をして、センスよく多言語を覚えていくので、自分がマルチリンガルになりたいのなら、そういう人から学ぶのが良いと思います。

 

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千葉県、ちばらぎ県、茨城県

看板娘は「ちばらぎの星」⇒

おはようございます。Manachanです。今年前半から、「うちナビ」の看板スタッフに鈴木奈々さんが起用されて以来、都内各地で、あの看板を見る機会が増えました。

私からみて、彼女は一応、「ご当地アイドル」…実家は、茨城県竜ケ崎市の佐貫ですが、小学生の頃から、常磐線に乗って柏に遊びに来て、高校生時代は柏駅前のVAT館でアルバイトしていた時期もあるので、茨城県だけど「柏の人」みたいなもんですね。

 

鈴木奈々さんのように、利根川を越えて、茨城県から千葉県へ遊びや働きに来る。逆に、千葉県の人が通学やドライブで茨城県に行く・・柏や竜ケ崎あたりでは、こういう行動は日常的に行われています。あまりに近いので、お互いの県が違うことも意識しないし、アウェイ感も全くない。対岸に来ても「地元」みたいなもの。

千葉と茨城が接する利根川沿いの地域は、平将門の昔から交流が非常に盛ん。地域としてほぼ一体化しているので、この地域は「ちばらぎ県」と認識するのが妥当だと思います。

 

「ちばらぎ県」(Chibaragi Prefecture):関東東部に存在するバーチャルな地方自治体(?)

面積 約 2800 km2
人口 約300万人
千葉県側の中心都市・・・柏、成田、銚子
茨城県側の中心都市・・・つくば、土浦、鹿嶋

 

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首都圏で「ちばらぎ」というと、ヤンキー、ださい田舎のイメージ、蔑称のニュアンスさえありますが、それでも「ちばらぎ県」の住民は、自発的に「ちばらぎ」を名乗ることがあります。例えば、

 

千葉県佐原の銘菓「ちばらぎ」

千葉県香取市(佐原)と、対岸の茨城県潮来市を中心にマーケティングされています。

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千葉県柏市の「ちばらぎ塗料」

千葉県柏市と、対岸の茨城県守谷市を中心に店舗展開しています。

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千葉県側、茨城県側を問わず、ちばらぎ県に共通するカルチャーは、

 

・県都に無関心なこと

「ちばらぎ」の千葉県側で一番大きい都市といえば、柏や松戸ですが、どちらも県都「千葉市」には全く無関心で、別に行く用事もありません。また、茨城県側の最大都市は、絶賛発展中の「つくば市」ですが、こちらも県都の「水戸市」に対する関心は限りなくゼロ。

 

・所属県のカルチャーに違和感を覚えていること

千葉県を盛り上げるために、県のプロモ―ションビデオをつくると、どうしても、「千葉市目線」あるいは、千葉の中心である「市川~船橋~千葉の総武ライン」の視点が支配的になり、結果、「マザー牧場」や「千葉マリンスタジアム」、「東京湾アクアライン」みたいな施設を前面に押し出すことになります。が、「ちばらぎ県民」目線でいうと、「どれも、俺らには関係ないじゃん!」という冷めた感覚になります。茨城県側でも事情は一緒で、「県都・水戸市目線」でつくられた、「偕楽園、大洗、納豆イチオシ」のプロモーションを出したところで、「ちばらぎ地帯」のつくば・牛久、あるいは鹿島・神栖あたりの人間からみれば、一言、「俺らに関係ないし、別に興味もない」。

 

・自分が、どの県に属しているのか、時々分からなくなること

「ちばらき県民」の住まいから遠からぬところに、利根川があって、その対岸は別の県になりますが、誰もが日常的に行き来する同一生活圏なので、そのうち、別の県という感覚が麻痺してきます。高校野球の季節になると、柏の駅前に、千葉県代表校と茨城県代表校の垂れ幕がかかります。もし茨城代表が常総学院や霞ヶ浦、藤代高みたいな近場の学校で、かつ「千葉vs茨城」対決になったら、どちらを応援するか迷ってしまいます。まるで、「東京・神奈川の境にある町田状態」

 

最後に、ちばらぎ地帯での不動産投資をお考えの方へ・・・この地域での「県境を越えた人口移動のパターン」を知っておいて損はありません。広大な「ちばらぎ県」は、大きく分けて3つの地域交流圏があります。西から順に「東葛‐土浦圏」、「成田‐稲敷圏」、「東総‐鹿嶋圏」です。

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東葛―土浦圏:常磐線と「ろっこく」(国道6号)で柏へ直行

「ちばらぎ県」のなかで最大の人口規模を持つ「東葛―土浦圏」は、JR常磐線と国道6号という幹線交通網が結ぶ地域。江戸の昔から「水戸街道沿い」の一体化した地域をつくってきました。この地域での人口移動は、基本的に「茨城県⇒千葉県」の流れが優勢で、行き先は「柏市」。具体的には「柏駅前の商業施設群」になります。

土浦、牛久、竜ケ崎、取手といった茨城県内の都市から、「常磐線上り電車」(ときわぶね)に乗って、若い世代が柏を目指すわけですが、彼らは「隣の県の街に出かける」という意識は希薄で、「この辺で一番使える街は柏だから、遊びにいく」という、半ば地元感覚の移動です。

 

成田―稲敷圏:利根川を超える成田イオンタウンの求心力

日本を代表する国際空港「成田」は、茨城県と比較的近い場所にあります。この地域には国道6号のような幹線道路がなく、これまでお互いの行き来は多くありませんでした。ですが近年は、巨大SC「成田イオンタウン」や、隣の印西市の「イオンモール千葉ニュータウン」の出現により、「茨城県⇒千葉県」への客の流れが生じています。こちらはファミリー層が中心。

 

東総―鹿嶋圏:銚子大橋を超えてリッチな神栖市へ

「ちばらぎ」最東端の「東総―鹿嶋圏」は、前述二地域とは逆に、「茨城県側の方が栄えている」地域。人口減少中の千葉県銚子市や香取市から、利根川を超えて鹿島コンビナート地帯へ。なかでも繁栄を極める「神栖市」の商業施設への移動が目立ちます。近年では、銚子市民が利根川を超えて、財政・福祉の良い茨城県神栖市へ「移住」する現象も起こっています。銚子も神栖も、同じ「ちばらぎ文化」なので、「別の県に移住する」感覚はありません。

 

是非、「ちばらぎ」へお越しいただき、「銘菓ちばらぎ」を食べてみてくださいね。

 

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マクドなくなると結構困る人…

こんにちは、Manachanです。

ニュースでたくさん報道されてますが、あのマクドナルドが日米ともに未曾有の経営危機に直面しているようで、「日本撤退」すら噂されているようです。

ここ東京でも、都心部の基幹店舗や、20年以上営業してきた店舗が、どんどん閉店の憂き目にあっています。ここは都会なので、マクドナルド亡き後、すぐ新しい飲食店ができるでしょう。「一等地の居抜き店舗」は、どの飲食チェーンにとっても垂涎の的ですから…

私が仕事や打ち合わせでよく使う店舗で、最近閉店されたところは、

 

東京都港区 マクドナルド赤坂見附店
2015年10月25日閉店、21年営業

東京都豊島区 マクドナルド池袋西口公園前店
2015年10月25日閉店、23年営業

東京都墨田区 マクドナルド錦糸町アルカイースト店
2015年10月25日閉店

東京都中央区 マクドナルド東京駅八重洲通り店
2015年10月31日閉店、3年営業

東京都千代田区 マクドナルド駿河台店
2015年10月31日閉店、43年営業

東京都港区 マクドナルド神谷町店
2015年11月15日閉店

参考リンク)マクドナルド2015年11月の閉店店舗

マクドナルド2015年閉店店舗一覧

 

こういう都心一等地の店を閉めざるを得ないのは、賃料高くて競合が激しいとはいえ、経営まじでやばいんじゃないかと愚考します。一度撤退したら最後、二度と借りられないような好立地ばかりですので・・・

そんななかで、我が家の近所、マクドナルド東陽町駅前店の閉店の話はまだ聞かないので、ほっと一息ついています。私はこの店のヘビーユーザーなんです。

・東陽町駅の周辺に、他にマクドナルドは存在しない。約1km離れた木場や南砂町に行かないとない。

・東陽町駅近辺で、フリー電源がある飲食チェーン店は3つしかない。マクドナルドと、カフェヴェローチェと、プロントのみ

・プロントのコーヒーは220円~、カフェヴェローチェは190円~・・・そこいくと、マクドナルドはSサイズのコーヒーが税込100円。

・しかも、マクドナルドはシャカチキとかSサイズポテト、ハッシュブラウンなど、税込150円位で頼めるサイドメニューが豊富。一方で、プロントのサイドは値段高いし、カフェヴェローチェもクッキー位しかない。

 

東陽町のマクドナルドは、学生や社会人、家族連れや外国人で常に賑わっており、閉まる気配はありませんが、もし閉店されることになったら、私、結構困ってしまいます。

マクド亡きあと、ガストやデニーズ、日高屋、ファーストキッチンみたいな飲食チェーンが入居するでしょうが、どの店が出て来たところで、マクドと同じコスパで「250円ちょっと利用+充電」はまず期待できないからです。

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今日、「マクドナルドなくなるかもしれないよ」という話を、我が家の食卓でしたところ、息子ポニーは「別に構わない」、娘ソフィアは「なくなると困る!」という意見でした。確かに、妖怪ウォッチのおもちゃ付のハッピーセットが買えなくなると寂しいもんねえ。

モスバーガーやサブウェイが来れば、確かにヘルシーで美味しけど、子供のいる家庭向きじゃないんだよなあ。だいたい「モスチーズバーガー+ポテト+ドリンク」のセットで1人800円超えるし、4人家族で1食3000円超えるファストフードはありえない。おもちゃも付いてこないし…

それに、ここは外国人の多い町。日本語や日本の食べ物にまだ慣れない人にとって、マクドナルドはかなり重宝するはず…特に東陽町店は、英語もタガログ語もベトナム語も通じるし。

イメージは良くないけど、何気に東陽町の土地柄にあったマクドナルド。閉店せず頑張って欲しいと思います。

 

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日本語は特殊なのか?

こんばんは、Manachanです。今回のブログは「言語」の話題でいきますね。

Huffington Postで、最近こんな記事を読みました。「やっぱり奥が深かった。日本にしかない素敵な5つの言葉

「わびさび」、「初心」、「もったいない」等…日本語の印象深い言葉を紹介する記事です。これらの言葉を作者が「素敵」だと思うのは結構なのですが、「日本にしかない」、「世界の言葉ではいい表せない」、「海外の言葉に訳せない」と、本人が根拠なしに思い込んでいるところが気になり、「日本で数少ない、言語学習オタクの不動産投資家」として、一言、コメントしたくなりました。

日本人が書く、「日本語特殊論」、「日本文化特殊論」の類の文章は、昔も今も、よくあります。地球上のあらゆる文化や言語は「固有」で「ユニーク」な面があると同時に、他の文化・言語と共通する部分も必ずあるはずなので、「ひとり日本だけが特殊」という言説は、一般論としては無理があります。

たいていの場合、「日本と比較する対象が偏っている」(例.欧米と日本だけ比較して、東アジアと比較しない)とか、「文化・言語のごく一部の側面だけ切り取って比較する」…そんな文脈のなかで限定的に成立する「日本=特殊」論なので、学問的な正確さとは無縁。むしろ、「日本を特殊な(他に比類ない)ものだと思いたい」という作者の願望が生み出す、珍説奇説の類だと思います。

 

では、学問的な視点から、日本語が世界の言語のなかで特殊な存在かというと…データをどう分析してもそういう結論になりそうにありません。まず、日本語の構造や音素からいうと、

・基本語順が「SOV型」(主語+目的語+動詞の順)…これは、世界の言語の45%を占める、一番ありふれたタイプです。

・「膠着語」(「私、○○する」みたいに、単語に接頭辞や接尾辞を付着させることで、その文の中での文法関係を示す)…これは、ユーラシア大陸のほぼ北半分に分布する「ウラル・アルタイ語族」に共通の特徴で、エスペラントにも採用されています。珍しいとはいえません。

・「母音の数が5」…世界の言語でみると平均的な数で、出現率が最も高い。英語(母音が13ある)の方が却って珍しいです。

・「子音の数が14」…世界の言語でみると「平均よりやや少ない」。数でいえば二番目に多いグループに属します。

 

次に、文字や語彙をみてみましょう。

・「漢字を使う」…これは、東アジア特有の文字体系。いま漢字を使っている社会は中国(台湾、香港を含む)、日本、韓国だけですが、中国が含まれるので使用者数が半端なく多い。地球人類の2割強が使っている文字を特殊とはいえない。

・「借用語(漢語)が多い」…日本語の語彙の約6割が漢語起源とされますが、これに関しては韓国語とベトナム語もほぼ同じ状況。日本語は「東アジアCJKV(China, Japan, Korea, Vietnam)グループを構成する一言語」といえます。

・「カタカナ語(英語由来の外来語)が多い」…とこれは日本語だけでなく英米圏の影響を受けている世界中の言語に共通する特徴です。私が習った範囲でいうと、タイ語や韓国語も日本語に負けず劣らず英語由来の言葉が多い。

 

あえて、日本語が珍しいと思える要素を挙げると、

・「文字が漢字、ひらがな、カタカナの三種類ある」

・「日本固有の語彙を漢字で表記する”訓読み”を発明している」(韓国語、ベトナム語にはない)

・・・それ位でしょうか。ただこれだけをもって、日本語が世界的に特殊だというのは無理があるでしょう。

 

あと、前出の記事に出ていた、日本語の「わび・さび」、「もったいない」、「初心」、「切ない」、「豊富な一人称」が、本当に日本語固有の概念であり、外国語に翻訳不可能なのでしょうか?

思うに、「切ない」に似た気持ちを表す言葉は、たいていの言語にあるのではないでしょうか?また「一人称」の語彙は、敬語や家族呼称の発達したアジアの言語では大抵豊富。たとえば、中国のいろんな地方で話されている一人称の語彙を集めれば、たぶん日本語のそれを凌駕するでしょう。

「わび・さび」、「もったいない」のようなコアな語彙にせよ、日本語が世界中の多くの人に学ばれていけば、そのコンセプトがいろんな文化に移植されます。日本語は辺境の言語ではありません。非母語圏の学習者数でいえば、日本語は世界第7位、約400万人に学ばれている言語です。「わび・さび」、「もったいない」なんて、日本語を学んだ世界中の外国人がすでに使ってますよ。

 

そろそろ、まとめます・・・日本語は特殊な言語なのでしょうか?

・日本語と他の言語を、同じ土俵でフラットに比較する限り、特殊な言語とはいえない。他の多くの言語と共通点を持つ「人類の言葉の一種」であり、より正確にいえば「東アジアCJKVグループを構成する一言語」である。

 

最後に、言語に限らず、日本と外国とを同じ尺度で比較する視座って、海外でビジネス・投資する上でとても大事、というか不可欠だと思います。

たとえばの話、そういう視点がないと、前出「日本語特殊論」と同じになっちゃう。つまり、「日本とそれ以外」という区別しかできず、たとえば「日本に地震放射能の問題があるから、とっとと海外に出る」みたいな結論に飛びついちゃう・・・

日本と同じ尺度で比べた時、海外にはどんなリスクがあって、日本と比べてどうなのか…データに基づく冷静な判断を、常にできるようになりたいものです。

 

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