2014年 4月 の投稿一覧

反日、親日のナンセンス

おはようございます、Manachan@仙台出張中です。

国際捕鯨裁判の判決が出ましたね。日本が行ってきた「調査捕鯨」が条約違反とされ、完全な「敗訴」…日本中から失望と憤りの声が聞こえてきますが、

捕鯨の是非はさておき、日本が数十年間、行ってきた「調査捕鯨」なる活動は、そもそも「捕鯨反対」文化圏の人々からすると、極めて理解しにくいと思います。つまり、

日本の主張:鯨は「食べる」もの。人類の蛋白源として重要なのだから、個体数や挙動など、科学的研究目的で、頭数を管理しつつ捕鯨をすべき。

反捕鯨国の主張:鯨は「慈しむ」もの。「食べる」なんてとんでもない。なぜ、科学的研究目的で鯨を殺す必要があるのか?

そもそも、鯨が食べ物なのか否か?という前提からして、お互いに合意できない。はなから平行線なのだから、生産的な議論が成り立つわけがないのです。

これと似たパターンの話で、

「中国、韓国、北朝鮮は反日国家」
「台湾や、東南アジアの大部分は親日国家」
「台湾人はいいけど、反日国家の中国(大陸)人に日本の不動産を売らないで欲しい」

みたいなことを言う人がいますが、私、彼らと、まともに議論が噛み合ったためしがない。なぜなら、

中国(人)を、「国家」という単位でとらえるのか、あるいは「個人の集合体」ととらえるのか?

という、前提自体が合意できていないからと思います。

日本人自身を含め、どの国民であっても、「個人」であり、同時に「国家の一員」でもあります。「国家」というものは、「国民各層」の願いに基づいて動くこともあれば、時には、全く別の行動原則で動く面もあります。

国家としての思想・行動原理を「マクロ」、国民個人やグループ(エスニックグループ、業界団体、地方自治体など)の思想・行動原理を「ミクロ」とするならば、「マクロ」と「ミクロ」が、どのような原理で動き、どのように相互作用するのか、ある程度、妥当な理解をしないと、国家論なんて語ることは無理だと思う。

特に私は、実践家、事業家なので、常に「ミクロ」を重視したい気分が強い。だから、次のように考えることが多い。

ミクロを理解せずして、マクロを理解することができるのか?

個人レベルの中国人を理解せずして、中国という国家を理解することができるのか?

「ミクロ」重視とはどういうことなのか?大家さん(不動産賃貸事業者)という世界から眺めてみましょう。

私は長年にわたる、不動産大家としての経験があります。これまで、いろんなことがありました。入居者の夜逃げや強制退去、ローン借り換えの失敗も経験しましたし、空室対策のため、地元不動産屋に手作りの物件チラシを配って営業もしてきました。

賃貸経営なるものを、自らリスクを追って長年実践してきた、失敗も成功もしてきた、泥臭いこともたくさんしてきた。そんな自負があります。だからこそ、

自ら賃貸経営を体験することなく、統計数値だけこねくりまわして、「東京の不動産市場がどうのこうの」と、分かったように言う人が好きではないし、信用もしません。

それと同じ理屈で、

ナマの中国人を知らずして、「中国がどうのこうの」、「親日、反日うんぬん」と、分かったように言う人も好きじゃないのです。

私は日本人ながら、中国語(北京標準語)を流暢に話すことができます。そのスキルを、長年にわたり、ビジネスやプライベートに活かしてきました。

「中国がどういう国」、「中国人がどういう国民」と、一般化して語るのが、全くもってナンセンスだと思う位、たくさんの中国人の友人知己を持ちすぎてしまいました。たとえば、

・中国・大連で働き、中国の各地方出身の、最大時15名の直属部下を持ち、チームを動かした経験があります。
・大連勤務時に、約100名の社員からなるロータス・ノーツの技術チームを立ち上げ、いくつかのプロジェクトを回した経験があります。
・私がチーム立ち上げに苦労していた頃、協力的だった中国人の同僚とは、今でも良いお付き合いをしています。
・2010年から、中国語で不動産ブログを書き始め、累計45万ヒットを超えています。
・先月行った、台湾セミナーでも、香港セミナーでも、私のブログ読者が来てくれました。

昨日も弊社の五反田オフィスに、日本移住&不動産購入相談のため、中国人の女性にご来訪いただきました。日常的に、そういう経験をしてしまうと、中国人、台湾人、香港人…という国民レベルよりは、どうしても「個人」レベルで考えてしまうのです。良くも悪くも。

いま、反日、親日云々・・・という人は、「個人」レベルで中華圏人との付き合いの経験も理解も十分でないから、「国民」レベルで概念操作する以外ないのかな?と、思ったりするわけです。

彼らに対して、いろいろ、言いたいことありますが…なかでも一番、ナンセンスだと思うのは、西尾幹二氏などが著書などで言っている、

日本に来ている中国人の研究者も留学生も、みんな情報戦を担っている(だから、日本を守るために鎖国すべきだ)」という議論。

当然ながら、いろんな中国人がいるわけですが、私が付き合っている人は、中国の外に出たり、中国の外資系企業に勤めるような、「意識が開かれた」人が多い。でもって、彼らの大多数は、国家利益よりも、素直に自己利益を追求する人たちだと思います。

富裕層になるほど、子供に外国のパスポートを取らせ、海外にせっせと財産を出すような彼らが、祖国のために、そんな一糸乱れぬ行動をするとはどうしても思えない。

なぜ、中国人が個人レベルでそんな行動を取ると思うのか、ロジカルな説明を聞いたことが一度もないのです。

西尾氏とか、著書こそ書いてますけど、彼はたぶん中国語できないし、私ほど中国人との付き合いはないはず。要は、分かってない。だから、そんな珍説を展開するのかと思ってしまいます。

今回の日記、何だかキツイ文体になってしまいましたね。

私、たまにはキツイこと書きますけど
、実際に会ってみれば、極めて牧歌的な風貌の、柔らかいキャラクターの人間ですので・・・その辺、誤解しないでね。

この文章、面白かった、読み応えあった・・と思った方は、応援のぽちを、よろしくね

Facebook にシェア

人生最悪の乗り物体験

おはようございます。Manachanです。

いま、東海道新幹線で京都に向かっています。普段、LCCや高速バスなど、超安い交通機関ばかり乗っている私にとって、たまに新幹線に乗ると、さすがに「客層の良さ」を感じますね。、

皆さん静かだし、とてもお行儀が良い。新幹線は格安高速バスと違って、「オヤジ加齢臭問題」も、「お兄ちゃん騒音問題」とも無縁に見えます。

私は、子供の頃から、貧乏旅行大好き。今でもそうです。お金がない割に、出歩くのは大好きな性分なので、交通費や宿泊費を1円でも安くあげるために、時刻表やネットとにらめっこして、時間と労力をかけ、並々ならぬ情熱を燃やすのです。

もちろん、私も良い歳の大人になり、「お金で時間と安全と快適さを買った方が良い」という理屈も十分理解できるようになりましたが、A long-lasting habit dies hard! 幼い時からの貧乏旅行癖は、なかなか直りません。私にとって、「交通費を安くあげた時の喜び」が、「お金かけて快適に移動できた喜び」を上回るのだから仕方ありませんね。

困ったことに、日本だけでなく、世界中、どの国に行っても、私の性癖は変わりません。日本であれば、どんなに安い交通機関を使っても、一応、最低限の安全、衛生、快適さは確保できますが、新興国や途上国だと、なかなかそうはいきません。時には、安い交通機関を使うことが、ケガ、死亡のリスクを増大させることにもなります。

バスの上に乗ってる人たちのケガ・死亡リスクは、いかほど?

さすがの私も、近年の新興国出張では、お金をかけてリスクの少なそうな選択肢を取ることが増えましたが、昔、バックパッカー時代の私は違いました。当時は平気で、「荷台にニワトリを満載したオンボロバス」に乗って、「内戦で数ヶ月前に爆破された橋を迂回しつつ移動」とか、していたものです。鼻には「超満員の地元乗客のむせかえる体臭」、耳には「荷台から聞こえてくるニワトリの鳴き声」…東南アジアやインド、中南米で、そんな安バス旅行を続けていました。

そんな私が体験したなかでも、最悪の乗り物体験といえば、「無座」、つまり、座席のない状態で、電車、バス移動をすることです。

座席予約がなくても、空いた席に座れるからいいじゃん、みたいな生易しい状態ではありません。途上国の安電車や、安バスは、いつでも定員オーバー。たとえば、20年前の中国で、電車で長距離移動するには、何日も前から準備して、駅で切符を買い、目的地までの座席を確保していくのが基本。それでも、座席を確保できない乗客はゴマンといて、彼らは通路とか、入り口近くで「地べたに座って」、モノを食ったり、トイレに立ったりしながら、悠然と長距離移動するわけです。

私、中国では、西安→西寧間(所要24時間)、西寧→ゴルムド間(同22時間)、成都→広州間(同60時間、2500km超!)の電車長距離移動をしましたが、どの電車も、「無座乗客」が満杯で足の踏み場もない位。数日間、彼らの食い散らかした食べカスが、山のように溜まる状態でした。

最近の中国、電車内環境は随分マシになりましたが、20年前はまじで「修羅場」でした。

それでも、通路に座れるのはまだ恵まれた方で、ひどい時には、他の乗客の足元の、狭い空間に寝転ぶしかない、という状態。中国での電車移動中も、私の足元で寝ていたお兄ちゃんが、忽然と起き上がってきて、ぶったまげました。彼はトイレに行って、しばらくした後、私の足元の「指定席」に戻り、再び寝転がりました。

かくいう私も、人生で一度だけですが、「無座」で、「他人の足元に寝て」バス移動したことがあります。舞台は南インド。カルナタカ州のマイソール(Mysore)から、タミールナド州のコインバトール(Coimbatore)まで移動するバスのなかでした。

私の移動ルート・・・

マイソールのバスターミナルで、いろんな手違いがあって、結局、私の座席予約がなくなってしまった。どのバスも超満員。でもって、翌朝には、西海岸のケララ州まで移動しなくてはならなかった。でもって、この区間は、バス以外の移動手段がない。

私は仕方なく、「無座」での移動を決意し、インド人男性乗客の足元の狭い空間に身を横たえました。我が人生で体験したなかで、最悪の乗り物体験でしたね。

とにかく、狭い。それ以上に、寒くて寒くて・・・南インドとはいえ、マイソール→コインバトール間は、ウーティ(Ooty)という、標高2300mの高原地帯を越えていく山越えルート。標高が高くなるほど、バスの床から、冷気が直接伝わってきます。まじで死ぬかと思った・・・。

無事、コインバトールのバスターミナルに着いた時、命拾いしたような気になりましたね。それでも俺は生きている・・・

そんなふうに、若いころ、いろんなハードな旅行体験をしてきて、それが、今になって役に立ってるのかどうか?

たとえば、体質上、快適さのレベルを下げても全然気にならない。たとえ小便臭い安宿でも、天井から落ちてきたヤモリが顔の上を這うような宿でも、それなりに満足できてしまう…というのは、良いことなのかどうか、分かりません。

ま、私なんて、いくつになっても、そんなもんです。

この文章、面白かった、読み応えあった・・と思った方は、応援のぽちを、よろしくね

Facebook にシェア