ベトナム不動産

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東南アジア都市進化論

こんばんは、Manachanです。1月14日に、アジア太平洋大家の会、今年最初の企画「5万ドルからのベトナム不動産投資セミナー」を開催しますが、先ほど、私のプレゼン資料を仕上げたところです。

資料作成の調べものをしていた時に、ベトナム・ホーチミン市で建設予定の都市鉄道マスタープランをみました。6路線、全長107km・・・今のところ、市民の移動手段としてはほぼバイクしかないところに、近代的な交通システムができ、「下手したらバイクで1時間以上かかった移動が15分で済む」ようになり、この街も大きく様変わりすることでしょう。

【ホーチミン地下鉄将来図】(2025年頃?)

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ホーチミン市の都市鉄道、6路線が整備されるのはいつ頃でしょうか?先行するメトロ1号線や2号線が2020年頃の開通、他の路線も順次完成と聞いていますから、出揃うのはたぶん2025年頃でしょうか。この路線図をみて、思ったこと、

「ホーチミンは、あと10年かけて、今のバンコクとほぼ同レベルになる気なんだな・・・」

 

現時点で、バンコクの都市鉄道は4路線(BTSスクンビット線、シーロム線、MRT地下鉄線、エアポートリンク線)、総延長も100㎞強ですから、ホーチミン未来予想図(6路線107㎞)と似たようなものですね。もっとも、バンコクではパープルライン、オレンジラインはじめ、新鉄道建設や延伸が急ピッチで進んでますから、2025年にはホーチミンのずっと先を行ってるでしょう。

 

【現在のバンコク鉄道路線図】

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そのホーチミンも、隣国カンボジアのプノンペン、ラオスのビエンチャンなどに比べればずっと都市機能豊かで成熟してますから、東南アジア、特にインドシナ半島部では、「バンコクこそ皆の目標」であり、「都会度のベンチマーク」といって過言ではないと思います。

同じ東南アジアで、先発と後発、いろんな発展段階の都市があるなかで、私は、次のような整理をしています。

 

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【都市化以前の段階】

東南アジアは、熱帯の湿潤地帯で、農業と人口扶養力が豊かな地域なので、とにかく「人間はたくさんいる」。近代インフラがろくになくても、農村人口が集まっただけで、都市部はすぐ過密(1万人/㎢以上)になる。また人々の住まい方も温暖湿潤ゆえ、寒冷地や砂漠地帯と違って集住する必要がなく、基本は「土地付き一戸建て」が中心。さらに、東南アジアはどこでも、道路インフラが鉄道インフラに先行して整備されるので「クルマ社会」が基本・・・そういう共通の条件があるなかで、経済発展とともに、首都に人口が集まっていきます。

 

【都市化、第一段階】(低所得国の首都型)

今でいう、カンボジアのプノンペン、ミャンマーのヤンゴン、ラオスのビエンチャンなどが典型的ですが、まず、ある程度の道路・電力・上下水道インフラや、商取引の制度などが整った上で、欧米日中タイなどの「外資」が入ることにより、経済発展が本格化し、中間層が育ち始めます。各国の首都や最大都市に雇用機会と人間が集まり、過密化。クルマも増え、道路の貧弱さとあいまって交通渋滞が深刻化します。政府は、道路の拡幅整備に注力するとともに、クルマを持たない庶民層への交通手段として、路線バス等を整備します。

この段階での人々の住まい方は、「土地付き戸建」を強く志向しますが、地価がどんどん上がり、中間層が土地付きを買おうとすれば遠い郊外に出ざるを得なくなるため、都心近郊でアパート、コンドミニアムといった「集合住宅」がつくられ、ライフスタイルの都市化がはじまります。そうして、都市住民がどんどん増えると、もはや、道路交通だけでは都市機能が維持できないので、都市鉄道(地下鉄、モノレール、LRTなど)の建設が必然的になります。最初の鉄道が開通し、市民の電車通勤が実現することになると、第一段階を卒業して、次のフェーズに進みます。

 

【都市化、第二段階】(中所得国の首都型)

タイのバンコク、マレーシアのクアラルンプール、フィリピンのマニラなどがこの類型かと思いますが、都市鉄道が2路線、3路線と整備されてくる頃には、都市構造も複雑化、都心CBD(業務中心地区)を二つ以上持つようになり、これらが鉄道で結ばれるようになります。例えば、バンコクにはすでに「シーロム」、「サイアム」、「アソーク」という3大CBD、クアラルンプールにも「KLCC&ブキビンタン」、「セントラル」という2大CBDが形成され、すでに鉄道で直通可能。マニラはこれからですが、「マカティ」、「BGC(ボニファシオ・グローバル・シティ)」の2大CBDを結ぶ鉄道をつくらざるを得ないでしょう。

この頃には、都心~近郊の鉄道・道路網がネットワーク状に整備され、このエリアでは「集合住宅」が主流の住まい方になります。住宅費の高騰ゆえ住居面積は狭くなり、子供の教育費や要求水準も上がるため「子育てコスト」が意識されるようになり、都市部では少子化が進むのもこの段階に顕著な傾向です。この時期を卒業すると、いよいよ先進国入りに向けた「都市化・第三段階」がはじまります。バンコクとクアラルンプールはすでに、卒業間近な印象があります。

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この整理のなかで、ベトナム最大の都市・ホーチミンはどこに位置づけられるのかというと、私の意見では、「第一段階を間もなく卒業」だと思います。この街に、これまで鉄道がなかったのが不思議な位、都市機能は成熟し、都市的な住居スタイルも普及しているし・・・その意味では、すでに都市鉄道を持ち、第二段階入りした「マニラ」に近い都市レベルにも見えます。全体的にみると、僅差で、マニラの方が上かな。でも中間層の分厚さではホーチミンが勝るようにも見えます。その代わり、マニラにはまだ所得で及ばないし、マカティ、BGCみたいなワールドクラスなCBDはまだないけど。

いずれにせよ、そう大差ないレベルにある、マニラやホーチミンが、あと10年で、今のバンコクのレベルに追いつく。そのバンコクは、第二段階をもうすぐ卒業・・・みたいなイメージでとらえています。逆に、後発のプノンペンやビエンチャンは、あと10年間発展を続けて中間層を育てて、今のホーチミンのレベルまで追いつくかどうか、ですね(プノンペンは、できるかもしれないが、人材面など課題も多いですね…)。

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では、「みんなの目標」バンコクの10年後は、どうなるのか?2025年頃には、総延長400㎞を超える、都市鉄道網がネットワーク状に整備される予定で、それをみると、「バンコクは、本気で先進国都市レベルを目指しているんだな」と思います。全部完成すれば、鉄道網は、現時点でのソウルや台北のようなレベルになる。

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同時に、今後10年で、バンコクを中心とするタイは少子高齢化に悩まされ、産業の周辺国移転による産業空洞化も進むでしょう。労働力人口も頭打ちになり、慢性的な低成長になるかもしれません。日韓のようなアジア型の先進国を目指せば、先進国の悩みも同時に抱え込むことになるわけですね…

ま、それもそれで、ほぼ歴史の必然といえるのでしょう・・・結局、東~東南アジアには、時差しかないと思います。先発、後発の違いはあっても、ほとんどの国が、似たような発展過程をたどる。一極集中型の首都、豊富な労働力を使った工業・サービス業の発展、都市型ライフスタイルの普及、そして少子化、高齢化、低成長という成熟段階に至る・・・

同じような肌の色と、顔つき、米を中心とする食文化が似ているだけでなく、経済発展すれば、ライフスタイルまでも似通ってしまう・・・時差というファクターを取り払えば、アジアの国々や都市は結局、どこもほぼ同じに見えます。だからこそ、アジア圏で一番早く経済発展を経験した日本で生まれた幸運を活かしたいですね。ある意味、日本で育つことによって、同じアジアの国々の未来が見えているわけだから…

 

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ホーチミンから、プノンペンの将来を読む

こんばんはManachanです。ベトナム・ホーチミンを早朝出発、カンボジアは首都プノンペンでの日帰り出張を終え、先ほどホーチミンまで戻ってきました。

東南アジアの地図をみると、ホーチミンとプノンペンは非常に近く、陸路で250㎞しか離れていません。東京~浜松間とほぼ同じ距離です。これだけ近いので、国境超えのバスも数多く運行、イミグレを含めて6時間で行くことができます。東京~浜松間の高速バスが所要4時間プラス、イミグレで2時間みたいな「隣り町」感覚ですね。なお、この区間を飛行機で行くと45分しかかかりません。福岡~プサン間みたいに、上昇して、わずかな水平飛行のあと、すぐ降下・着陸してしまいます。

 

至近距離にあるとはいえ、ベトナムとカンボジア、あるいはホーチミンとプノンペンの間には、一目瞭然な国力の差、都市力の差があります。

前回(今年3月)は、この二都市間をバスで移動したので、両国間の格差がよく分かりました。ホーチミン市内からベトナム側の国境(モクバイ)までは立派な4車線道路が延々70㎞にわたって続き、常に交通量も多かったのに、カンボジア側の国境(バベット)から先は、プノンペンの直前まで、ずっと2車線(つまり片側1車線の対面通行)道路。特に夜だと、ベトナム側は明るいのに、カンボジア側は街灯も乏しくて真っ暗。

それでも今は、カンボジア側のイミグレ建物もずいぶんマシになりました。10年前のカンボジアイミグレは掘っ立て小屋みたいな粗末な建物だったので、「都落ち感」も今の比ではなかったことでしょう。

 

そのプノンペンはいま、外資を受け入れて急速に経済発展中。土埃や未舗装の道路も減り、コンクリ高規格道路が次々と完成しています。高層の建物も増え、「市バス」も登場するなど、絶賛グレードアップ中。あと何年で、今のホーチミンのレベルに追いつくかというと・・・「約10年」という声が多いようです。

ホーチミンに長年住んだ方の声を聞くと、「今のプノンペンは、10年前のホーチミンにそっくり」だそうです。逆にいうと、最近10年のホーチミンの歩みをおさらいしておくことで、プノンペンの今後の発展、をある程度予見できるのかもしれません。

 

プノンペンの新興戸建住宅地・・・人気が高い。

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不動産マーケットの面からいうと、プノンペンはホーチミンを10年の時差をもって後追いしているようにも見えます。
10年前ホーチミンは、中間層がまだ薄く、一握りの富裕層と、後は購買力のない庶民が多数の社会、ったそうです。今のプノンペンと似てますね。当時、ホーチミンに住むベトナム人は、高層のコンドミニアムに住む発想がなく、圧倒的に「土地付き戸建」志向だったとか…それも、今日のプノンペン住民と似てますね。今は、外資のお金で高層コンドミニアムがどんどん建っていますが、カンボジア人がほとんど住んでないですもの。

当時のホーチミンは、(庶民は無理でも)中間層がなんとか戸建を買えるほど、地価が安かったそうです。都心距離20km、9区あたりで、㎡単価300ドル前後・・・つまり100㎡の土地3万ドル。上物建てても7~8万ドル。その程度の値段なら、少し裕福なベトナム人なら買えるわけです。「戸建信仰」は安い地価に支えられていたといえます。

しかし、それから2004~08年のバブルを経て、ホーチミンの地価は数倍にはね上がり、中間層が市内で戸建を買うことはほぼ無理になりました。いや、土地付き住宅を買うことはできても、ホーチミンの名のつかない「ビンズン省」とか「ドンナイ省」みたいなアドレスになってしまい、「それなら、土地のない集合住宅でも職場に近い市内がいいや」と考える人が増え、コンドミニアム居住が一気に普及したそうです。

今のホーチミンは、以前より断然、中間層が分厚くなってきましたが、彼らが買うボリュームゾーンは、「ホーチミンの周辺区(8区、9区)あたりの、5~6万ドルのコンドミニアム」のようです。もっと裕福な人なら「土地付きの戸建、タウンハウスやビラ」が視野に入るでしょうが、一般ピープルレベルでは、コンドミニアム居住が基本形になったといえます。

(ホーチミンより所得水準の高い、タイ・バンコクでは、人々の所得する住宅の平均が8~10万ドル。2~3割の人は郊外の土地付きタウンハウスを買えますが、それでも6割がコンドミニアム購入層です。)

 

プノンペンの地価・・近郊ほど、上昇率が高い。

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まだ農業用途に使われている土地は安い。

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ホーチミン市南部、実需用コンドにアムが延々と並ぶ

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ホーチミン10年の歩みから、プノンペンの今後10年を占うと、どうなるか?

・今は、プノンペンの土地がどんどん上がり、戸建住宅地が郊外に広がっているが、実需向けには、まだ「土地付き戸建住宅」が売れる段階。(ホーチミンの2004~08年の状況)

・数年後、プノンペンの土地代が上がりきって、遠方でないと土地付き住宅が求められなくなると、今度は人々の目がコンドミニアム住まいに向かう。そうなれば、「都心近くの、中間層がお手頃価格のコンドミニアム」が売れる (ホーチミンの2008~15年の状況)

もっとも、プノンペンの状況がかつてのホーチミンと違うのは、「外資が建てた高級コンドミニアムが大量供給されている」点でしょう(ベトナムの場合は、外国人による不動産開発や購入が、これまで厳しく規制されていた)。近い将来、これらが大量に空室になると、その後どうなるのか?ロクな管理もされず朽ち果てるのか?あるいは、カンボジア人の購買力が追いついてきたときに、「お手頃価格のコンドミニアム」として実需転換されるのか?なかなか興味深いですね。

 

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ホーチミン10区に住んでみたい

おはようございます。Manachan@ベトナム滞在中です。

昨日、「ホーチミン10区」の物件を内見しましたが、このエリアがとても印象良くて、一人でじっくり歩いてみたいと思い、再訪してみました。

ホーチミン市は「1区」に都心機能が集約されていて、主要ランドマーク、観光名所も1区に集まっています。私が滞在しているホテルも1区にあります。1区から見て10区は、「3区」をはさんだ向こう側にあり、距離的にはそう遠くありません。

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特に、私のみた物件は、「10区」といっても「3区」との境界付近にあるのでさらに近い。この両区を分けるのが「2月3日通り」( Đường 3 Tháng 2)で、物件はそこから10区側に300mくらい入った場所。1区の「ベンタイン市場」からの距離は、わずか2.5km。

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2.5kmくらいなら、頑張れば歩けると思い、私は、午後5:30過ぎ、1区のホテルを出て、10区に向かいました。とはいえ、南国のホーチミンで、この距離を歩こうとする既得な人は滅多にいません(皆、バイクか車で移動)。特に5:30過ぎはバイクの帰宅ラッシュの時間帯。下の写真のような状態で、道路の横断は困難を極めました。いや横断以前に、歩道を歩いていても、バイクがガンガン歩道に乗り上げて飛ばしてくる、カオスな世界。

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「1区」から「10区」に行くには、必ず「3区」を通ります。3区は「準都心」、「準1区」と呼ばれるだけあって、街道沿いに商店、レストランがずっと続きます。交通量も多い。

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3区、10区は、ローカル感あふれる場所。中華系ベトナム人が多いようで、こんな本屋がいくつもありました。

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「2月3日通り」を超えると、3区を出て、10区に入ります。交通量もいくぶん少なくなり、落ち着いた雰囲気。「都心」から「住宅地」に出た感じですね。10区に入って、すぐ目に入るのが、この看板。写真でははっきり見えませんが、「Solution」という英語の教科書を開いた、頭の良さそうな男子生徒が出てきます。

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いわゆる「インター」。英語で教育する「中学校・高校」と、「小学校」が併設されていました。

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文教地区(?)には、でかい本屋が欠かせませんね。

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また、近隣には日産のディーラーがあり、「近郊住宅地」感を醸し出しています。

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文教地区(?)なのにラブホがある???

1時間 50000ドン
2時間 70000ドン

みたいな時間貸しのホテルが3軒ほど並んでいました。ベトナム人がどうやって使っているのかは不明。

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しかし、私的に、このエリアを魅力的に感じる要素が、「食い道楽」・・・野外の露天式でいただく、海鮮レストランが並んでいるのです。生け簀があって、デカい伊勢エビとか焼いてて、まじでうまそう。

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雨の日は露天式は厳しいけど、そんな時は、室内で海鮮をいただける店が、すぐそばにある。ベトナムの物価なら、こういうもの、毎日食いに行っても大した金額にならず、楽しめそう。

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「ウェディングレストラン」という、わけ分からんジャンルのレストランもありました。

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かっこいいカフェも、増えているようです。

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あと、「ベジタリアン・レストラン」なるものもあり、私はヘルシーに、「ベジタリアン・フォー」を注文。4万ドン(210円)、うまかった~。

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この辺は1区あたりに比べると、物価も安いようで…散髪は3万ドン(160円)でできるらしい。

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将来、ホーチミンに住むことがあったら、10区の、この辺に住んでみたいな。

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