グローバルITビジネス

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ロックアウト解雇!会社員の辞め方…その3

前回の続きです。

俺、たぶん会社クビになるよ!」と、妻に初めて相談したのは、今年1月18日のこと。

それ以降も、形勢挽回しようと、昼夜問わず、必死に働きましたが…私の懸念が現実味を帯びたのは、1月29日の夜…その日、私は、ついにプロジェクトを実質的に外され、客先ではなく本社オフィスでの後方勤務を命じられました!

私への作業指示は、客先に常駐する同僚から来ることになっていましたが、蓋を開けてみれば、作業指示どころか、メールの返信でさえ、一日一通くらいしか来ない。客先で、私抜きで、物事が進んでいることを悟るのに、時間はかかりませんでした。

2月第一週…日々、定時に出社しても、何もすることがない。客先には行くなと言われる。バツが悪いので、終日、誰とも話さず、お昼は一人寂しくバーガーキングで済ませ、定時に退社する毎日。

その頃にはさすがに、「クビになった後のこと」を、考えるようになりました。妻とも毎日、その話をしました。

妻:「会社辞めること、子どもたちには、まだ話さない方がいいわね。緊張するから…でも、生活費はどうするの?」

私:「当面は大丈夫だよ。でも、厳しくなったら、家賃の安い柏あたりに引っ越さなきゃならなくなるかも…」

我が家の夫婦間会話は、中国語です。うちの子どもたちは、私には日本語で、妻には英語で話すので、中国語は使わないのですが…娘ソフィア(当時7歳)は、毎日、夫婦間会話を聞いているので、中国語も大部分、聞き取れるようで、

子どもに聞こえないようにと、寝静まった後に話していたことも、ソフィアには、ちゃんと聞かれていたのです。

ソフィア:Papa is losing his job and we have to move our house, right? (パパの仕事がなくなって、おうちも引っ越さなきゃならないんでしょ?)

2月6日…上司が、オーストラリアから来日することになりました。私は、彼の時間をとってもらい、これまでのプロジェクトの経緯、私が結果を出せなかった理由と、今後、この会社で能力を発揮するために、何をサポートしていただきたいか…その辺を、切々と訴えました。

上司は、「よし、分かった。うちの会社で、君が能力発揮できる部署やプロジェクトがあるかどうか、調べてみる」と言って、ミーティングは終わりました。

私、心のなかでは、「こんな生殺し状態は嫌だ!一日も早く、会社都合でクビにしてくれ!」と叫んでいたのです

その後しばらく、会社に定時出社しても、何も仕事のない状態が続く。こんな日々は、あと何日も続かないだろうなと思いながら…

そして、案の定、ついに、Xデイが来たのです。

2月14日、木曜日…その日の朝、子どもを病院に連れていく関係で、出社は午後11時過ぎになる旨、リーダーに伝えて、その通りの時間に、出社しました。

お昼前、私はリーダーに呼ばれ、ミーティングルームに通されました。そこに、日本支社の社長もいました。

ついに、来たか・・・

その後、約30分の間に起こったことは…まるでニューヨーク・ウォール街の映画でも見ているような情景が、私の眼前で繰り広げられました。

俗にいう、「ロックアウト解雇」というのでしょうか…

1)まずミーティングルームで解雇を通告し
2)書類にサインさせて、
3)業務用PCとセキュリティカードを回収して
4)付き添いをつけて、社外に送り出す

その後は、二度と、会社に入ることはできません。帰りしな、同僚に簡単な挨拶だけして、ジ・エンド…全てが、終わりました。

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まだ昼過ぎの時間でした。コート羽織って外に出ると、そこには東京・溜池山王の、抜けるような青空が広がっていました。

これから、どうやって生きていこうか??

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転職活動に成功!会社員の辞め方…その4

前回の続きです。

2013年2月14日…会社を解雇されて、東京・溜池山王の寒空に放り出されました!

その日の東京は、快晴。憎らしいくらい、抜けるような、完璧な青空が広がっていました。この忙しい大都会で、突如、無職になった私が、何を思ったか?

胸に去来したのは、「岬めぐり」のメロディー…

♪~岬めぐりの バスは走る~
僕は どうして 生きていこう?
悲しみ 深く 胸に沈めたら
この旅 終えて 街に帰ろう~♪

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私の人生で、初めての「会社都合退職」(=解雇)。

これまで長年、打ち込んできた仕事、誇りに思ってきた「職」と「雇用」が、一瞬にして失われた喪失感。あれだけ頑張ったのに、時間と命を削ってきたのに…

2月の日本、「岬めぐり」には寒すぎるけど、しばしの間、美しい自然のなかに身を置いて、「悲しみを、深く、我が胸に沈めたい」と思った…

顧客・雇用主の厳しい要求下で働くITマネジャーの人生には、「自分の手持ちのスキル」と、「業務で求められるスキル」が合わず、成果を出せないことがあります。

今回の解雇は、不幸にも「スキルが合わなかった」ために起こった、いわば「事故」のようなもの。そう割り切って、次の職場は、ちゃんと、スキルの合うところを見つければいい。私の場合、ITマネジャーとしての長年の経験プラス、英語も中国語もできる。その能力を発揮できる職場など、探せばいくらでもある…

それは理屈では分かるけど…再スタートを切る前に、「悲しみを味わう」、しばしの時間が欲しいと思いました。

しかし、私の場合、そんな時間もなかった。ITの職を失っても、「不動産投資」という世界を持っていて、そちらで日々、スケジュールが埋まっていたから…

解雇されたその日は、福岡から、三和エステート社の担当者が上京し、千葉県で企画している一棟アパート>の融資づけ作戦会議がありましたし、

2日後には、そして、3月27日。ついに、ある外資の会社から内定をもらいました。年収1千万、勤務地は東京・六本木…これで、まともに生活できるようになる!

しかし、何なんでしょう?ITの仕事、全くやる気にならないのです。全然、ワクワク感を感じないのです。

一方で、不動産関係の仕事は、お金にならなくても、本当に楽しいのです。「遊び」がそのまま、仕事になっちゃってる感じなのです…。

私は迷いました・・・せっかく手にした、この1000万オファー、受けるべきか、受けざるべきか?

次号に続く・・・

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会社員の辞め方・・・その1

こんばんは、Manachanです。台風接近中の関東、今日は外出せず、家族とずっと家で過ごしました。

すでにご存知の方もいらっしゃいますが、私は今年2月14日を以て、19年の長きにわたるサラリーマン生活に終止符を打ち、現在は、「フリーランス」として活動しています。

いま、自分の職業・肩書を、何と呼べばいいのか分かりません。フリーランス不動産投資家なのか、海外不動産プロモーターなのか、ブロガーなのか…

何はとまれ、フリーランスになったことで、自分の仕事内容、勤務時間、出張先、家族と過ごす時間…を、すべて自分で決められる「自由」を手にしました。

反面、毎月決まった時期に振り込まれる「お給料」なるものを失ったので、「今月はどうやって家族食わせていこうか?」を、いつも考えています。

この選択、果たして、良かったのか、悪かったのか…

いや、自分の選択じゃない。たぶん神様が、私の人生を、このような方向に導いたのだと思います。

☆ 私は、自分の選択ではなく、会社都合で、退職しました(要は、「解雇」)

☆ 会社を去った後、少し転職活動しましたが、日本の海外不動産投資ブームは、さらに盛り上がり、「アジア太平洋大家の会」会長の仕事が、とみに忙しくなり、サラリーマンやる暇がなくなりました。

今だから言いますけど、本当は私、あと3年ほど、会社員続けるつもりだったんですよ。

サラリーマンの属性使って、一年1~2棟づつ、融資ひいて、国内不動産を、優良立地・新築中心に、少なくとも40~50室以上に増やして、税引前キャッシュフローを月50万円位にして、賃料収益だけで一家を食わせられるようにしてから、サラリーマン辞めるつもりだったんだけど、

そのはるか以前に、会社放り出されちゃったんで、ま、仕方ないよね…

海外不動産は、それなりに持ってますが、十分なキャッシュフローを生むものは少ない。日本円で暮らしている以上、現時点で保有する、国内2棟13室を、大事に運用しつつ、足りない分は、不動産ビジネス、講演、印税などで稼ぐしかない。

今は「アジア太平洋大家の会」世話人の仕事に、大部分の時間を使ってますけど、これは営利事業でない「投資家クラブ」。要は「趣味・道楽」の類なので、あんまりお金にならないし、

それに、この仕組みを営利事業的にしてしまうと、「投資家クラブ」の良さがなくなるので、「アジア太平洋」単体では収益を出さず、むしろ、活動から派生する不動産ビジネスを、落穂拾いみたいに、一つ一つ拾って、ささやかに食っていこうと思っています。

仕事柄、国内他都市や海外へ、頻繁に出張しますが、いつも最安値のLCCに乗り、格安ビジネスホテルやゲストハウスに泊まり、フィリピンでは「ジプニー」、タイ・カンボジアでは「トゥクトゥク」、「バイクタクシー」を乗りこなし、おおよそ、「会員数1300名の投資クラブのリーダー」らしからぬ、慎ましいローコスト出張を繰り返しています。

もっと上手に、ビジネスライクにやれば、金持ちになれる、生活も楽になると、心の底で思うこともあります…でもまあ、これが自分らしい生き方なのかな、と思います。バックパッカー上がりなので、一流ホテルよりも、安宿の方が落ち着くし。無駄に金のかかることは嫌いな性分だし…

話を少し戻しますが、「このままでは、会社クビになる!」と、うすうす感じたのが、今年1月中旬のことでした。

このことを、妻に相談したのが、忘れもしない、1月18日の夜でした。

主観的には、勤め先に対して不義理したとは、思っていません。むしろ、我が人生で一、二を争うほど、連日の激務に耐え、朝から深夜まで、死力を尽くして、働きました。

転職してまだ数ヶ月の会社に、一日も早く、恩返ししたい。価値ある人材として認められたい…その一念で、猛烈に働き、私ができるベストの努力をしました。

しかし、人生、死ぬほど頑張っても、果たせないものがあるのです。

【サラリーマンとして、19年間、頑張りました!】

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負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、私、「あそこまで頑張って働いても、成果出せずに、会社クビになるのなら、仕方ない」。さっぱりした気持ちで、会社を去りました。これが結果的には、15年を超えるITエンジニア渡世に、終止符を打つことになりました。

人生ではじめて、会社をクビになる・・・その前後に、起こったことと、揺れ動く心、家族の反応…それは、次の日記で書きます。

次号に続く…

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埼玉県民が代官山に勝つ理由

おはようございます。Manachanです。

オーストラリア滞在中の身ですが、ネット社会の恩恵を受け、日本の情報入手には事欠きません。昨日も、この文章を読みました。

代官山に埼玉県民が攻めてくる!ネットで激論「池袋で満足しろ」「差別するな!」

元ネタがSPA!、それをJ-CASTニュースが取り上げたという・・・ま、他愛のないネタではありますが、

今年3月16日、地下鉄副都心線と東横線の直通運転が始まったことにより、埼玉県から新宿、渋谷を超えて、東横沿線へ出やすくなったことが、この話の背景にあります。

とにかく、埼玉県から都内へのアクセスの良さは、首都圏でも群を抜きます。もともと、京浜東北線、埼京線、高崎線・東北線、東武伊勢崎線、東武東上線、西武池袋線によって、都内ターミナル駅に直通していたのに加え、

最近も、湘南新宿ライン、南北線直通の埼玉高速線、東北縦貫線などの開通が相次ぎ、東京アクセスは便利になるばかり。極めつけが、池袋、新宿、渋谷の「三都」を串刺しにして、東横線経由で横浜中華街まで直通する「副都心線」の東横線乗り入れ。

東横線住民にとっては、「なぜ、次の電車が和光市行きなの?」と、怪訝に思う回数が増えたでしょうが、埼玉県の東上線沿線住民にとっては、「やったぜ!これで新宿、渋谷、代官山、自由ヶ丘まで乗り換えなしで行ける」という、福音に他なりませんでした。

【埼玉県民にうれしい、副都心線&東横線相互運転開始】

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人口の割に、地元に繁華街や観光地の乏しい埼玉県民は、「首都圏を電車で移動する民」。

たとえば、相互乗り入れした埼京線・りんかい線と、地下鉄有楽町線は、週末、「ディズニーに行く埼玉県民の輸送手段」に様変わりし、新木場駅は、「埼玉県民御用達の乗換駅」になります。

そういう特性を持つ埼玉県民が、副都心線で東横沿線に直通できたら、どうなるか?「代官山、自由ヶ丘に押し寄せる」のは、必然。100%以上、自明のことです。

もちろん、代官山、自由ヶ丘で、セレブっぽい雰囲気を楽しんでいた地元民にしてみれば、埼玉県民の訪問を、歓迎しない向きもあるでしょう。それが、上のSPA!の記事で茶化されているわけですが、

「代官山のステータスを守りたい地元住民」 VS 「代官山に電車で遊びにいきたい埼玉県民」 の図式だとすれば、

間違いなく、埼玉県民が勝利する。
代官山民は、埼玉県民の来訪を受け入れざるを得ない(無条件降伏)

と、私は思います。なぜならそれが、「東京・首都圏の力学」だからです。

膨大な人口を持つ東京・首都圏では、地域間を大量交通手段で「つなげる」力学が支配しています。ですので、この都市では、

「誰にも来訪させない。閉じた空間で自分たちだけのステータスを守る」という試みは、ほとんど失敗します

日本には「城壁」文化もなければ、欧米や、東南アジアでよく見られる「ゲートコミュニティ」のコンセプトもありません。

いくら代官山のステータスを守りたくても、電車で外部からどんどん人が来てしまうのを、防ぐ術はありません。

ましてや、東横線は副都心線を通じて埼玉県へ直通、田園都市線は半蔵門線を通じて埼玉県へ直通、京浜東北線はモロ埼玉県直通・・・どの沿線を見ても、セレブ東京城南地域が埼玉から逃れる術はありません。

私は、こういう構造を持った東京は、世界に誇るべき都市だと思います。

世界中見渡しても、こんな、平等・民主な大都市はないでしょう?誰もが、安価な電車で、どこへでもアクセスできる。

しかも、首都圏内でアクセス不便な地域を、どんどん、花の都心や城南セレブ地域と繋いでしまおうという力学が、今でも働いている都市なのです。

諸外国では、富を独占するグループがいて、貧しい者や一般庶民から隔絶された空間で、セレブライフを楽しむ…という現象がよくありますが、東京ではそのような「自由」(?)は、認められません。

憲法14条「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」…鉄道アクセスの点で、それが見事に実現されているのが、東京・首都圏なのだと思います。

最初の話題に戻ると、「埼玉県民の代官山への大量来訪は必然」、「そのことで代官山の雰囲気が変わっても、(大東京の力学がそうなっているのだから)甘んじて受け入れ、埼玉民との共存をはかるべき」と思います。

そもそも、世界的視野でみれば、代官山住民と埼玉県民の間に、隔絶した生活水準の差があるとは思えない。「さいたま~のカッペは代官山に来るな!」と言ってみたところで、「お前らだって、もともとカッペだろう?ケチくさい東横セレブ幻想を拠り所にしているお前らこそダサいんだよ」と言い返されれば、そう有効な反論ができるとは思えない。

要は、フラット。圧倒的な富裕エリアもなければ、極端に貧乏で不便なエリアもない…私は、そんな東京が、好きです。

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六本木が似合わない男

こんにちは。Manachan@大阪難波のネットカフェです。

先日、終電後の六本木界隈をドライブしてました。タクシーの数がすごかったですね。首都高3号線の下に、全長1km近くのタクシーの列ができていました。それだけ、深夜割増のタクシー代が出せる会社・個人が増えたということは、やはり景気も上向いているのでしょうか・・・

六本木といえば、多くの人にとっては、遊ぶ場所、飲み食いする場所でしょうが、私にとっては、ここは常に仕事の場でした。

六本木、赤坂、溜池・・・このあたりは、ハイテク&ビジネス都市「東京」の心臓部といえる場所。IT企業も多く立地し、ヒルズ族に代表される「IT長者」もたくさん棲息しています。

私も、東京でITエンジニアとして働いた年月の多くを、この界隈で過ごしました。朝も昼も夜も、客先で、あるいは勤め先のオフィスで、独楽ねずみのように、忙しく働きまわっていました。

でも私は、働く街としての「六本木」。その地名に象徴される「東京のIT産業、システムコンサルティング業の文化」が、肌に合いませんでした。最初から最後まで、「ここは、俺の居場所ではない」と違和感を覚えながら、職業人生を送っていました。

六本木界隈では、「慇懃無礼」が支配しています。ITなど、知識産業に携わる誰もが、プロフェッショナルですので、表面的にはフレンドリーに、しっかり距離をおいて、付き合う。

この街で働く誰もが、強烈なプライドを持っています。お互いが、自我を傷つけないように、配慮しあうのが、ここのルールです。

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私は、そのドライな人間関係に、馴染めなかった。六本木や赤坂から、電車で1時間足らず、電車賃片道610円で行けるところに、私の地元「柏」があるわけですが、

六本木IT業界の人間模様に、疲れきった時はいつも、「わずか610円で手に入る安らぎ」を渇望したものです。とりあえず柏では、何でも本音で話せますもんね。

六本木は、渋谷とともに、東京、日本のITを引っ張ってきた街です。でも、世界をアッといわせるような大イノベーションは、この地から、ついに生まれなかった。

ITの力で仕事のやり方、世の中の仕組みを、根本的に変えるよりも、むしろ日本企業社会の業務に、ITを当てはめるようなことばかり、繰り返してきました。

それでも1990年代の後半までは、ビットバレーブームもあって、日本のITもそれなりに夢のある盛り上がり方をしたのですが、2000年代に入って、日本の企業社会にオカネがなくなって、そのしわ寄せがIT部門に来るようになってから、この仕事、面白くなくなりましたね。

日本では、お金と時間に余裕がなくなればなくなるほど、お客様の、業者に対する苛斂誅求も激しくなるものです。

私はそんな環境のなかで、不条理と矛盾を覚えつつも、とにかく、死力を尽くして、頑張ってきました。

そして今、私は、日本のIT業界を、サラリーマンを、とりあえず卒業しました。

フリーの身で、不動産投資家、とくに海外不動産投資のエバンジェリストとして、売り出し中ですが、とにかく、不動産以外の定期収入がないなかで、毎月、どうやって食っていこうかを、考える日々が続きます。

でも、それもまた楽し。定期収入がないことで、あるいは、生活が不規則になることで、家族に迷惑かけてるかもしれないけど、常に、自分の人生を生きてるような気がして、楽しく日々を送っています。

六本木の現場で、働くことは、もうないかもしれない。過ぎ去りし日々を思い出しつつ、私を社会人として、ITプロフェッショナルとして育ててくれた六本木の街に感謝して、これからも生暖かく、この街を見守っていこうと思います。

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ザ・北関東

おはようございます。Manachanです。

最近、用事で群馬県方面にいくことが結構あります。主な目的地は群馬県東部の太田市や桐生市ですが、あの辺は県境がいくつも入り乱れてますので、「埼玉県(熊谷市など)で車借りて、群馬県で用事済ませて、ついでに栃木県(足利市など)に寄る」タイプの訪問が多い。あと、そこからは茨城県(古河市)にもすぐ出られます。

これらの地域を総称して、「北関東」と呼びます。県名でいえば、群馬、栃木、茨城の3県と、隣接する埼玉県北部が含まれます。

とはいえ、関東や東北に住んでなければ、たぶん、ピンとこないでしょうね。特に西日本に住んでいる方にとっては、「東京の北側に、同じくらいの大きさの県が3つ並んでいるけど、一番左側が群馬だっけ?栃木だっけ?」みたいな世界かと。

あの地域は、東京に近すぎる割に、大都市がなくて田舎なイメージがあるから、どうしても「影が薄い」といわれてしまう。

ま、関東人にとって、関西の「京都、大阪、兵庫、奈良」はイメージできても、和歌山とか滋賀とか三重がいまいちピンとこない、というのと同じ感覚でしょうかね。

それでも北関東は、群馬県200万人、栃木県200万人、茨城県300万人、埼玉県北部200万人・・・全部で900万人もが暮らしています。中国地方5県、四国地方4県、北海道全体よりも人口が多い。

そして東京に近いので、工業、農業、商業サービス業がバランス良く発展し、雇用も多く平均所得も高い。

高い実力の割に過小評価されている北関東を、私のブログを通じて、皆さんにもっと知ってもらいたいと思います。

1)観光地は超有名でも、県名がマイナー

北関東は、日本全国に名の知られた観光地、温泉地を数多く抱えています。

たとえば、群馬県の「草津」は、温泉、スキー場として全国的に有名ですし、栃木県の「日光」は世界遺産でもあり、海外にも知られている超メジャーな観光地。。。しかし「群馬県」や「栃木県」といった県名になると、途端にマイナー感が漂ってしまう。

あと茨城の県都「水戸」は時代劇の影響で知名度は高いですが、「茨城県」となると「何それ?」みたいな話に・・・これって、何とかならんもんかなあ?

2)夏は日本一暑い

世界的な異常気象の影響で、日本でも夏季の最高気温記録が数年毎に更新されるような状況になっていますが、

その中で、特によく出てくる地名が、北関東の「熊谷」(埼玉県)、「前橋」、「伊勢崎」、「館林」(群馬県)、「佐野」(栃木県)あたり・・・毎夏、平気で38度を超えるこの一帯は、間違いなく日本一暑い地域のひとつでしょう。

特に「熊谷」は、夏の天気予報で「日本一暑い熊谷市の今日の気温は・・・」と、枕詞つきで呼ばれるようになっており、市内の「八木橋百貨店」では、「あついぞ熊谷グッズ」を売ったりと、暑さを利用した町おこしを行っています。

http://www.yagihashi.co.jp/event/atsuizot/

最高気温では、熊谷のライバル「群馬県館林市」も、負けてはいられませんね。

3)冬はとても寒い

夏は、日本一暑くなる北関東ですが、冬の寒さは厳しい。私は以前、館林市に住んでいましたが、冬季は底冷えがすごいし、車のフロントガラスに分厚い氷が張るので、お湯をかけて溶かす毎日でした。

太平洋側特有の放射冷却現象ゆえ、宇都宮市や水戸市の朝は、零下5度を下回ることも珍しくありません。東北地方の「仙台」の気温を下回ることもあります。

4)東北じゃなくて、関東!

北関東の冬は厳しいけど、「東北みたいな寒さだね」と、北関東人に言ってはいけません。

あと、栃木県や茨城県の訛りは、東北の福島県とよく似ていますけど、「東北弁みたいだね」と、言ってはいけません。

あくまで、彼らのアイデンティティは、「関東人」。東京と同じ関東地方に属する人々なのです。「白河の関」や「勿来の関」から、1ミリでも南に住んでいるなら、「関東人」と呼びましょう。

5)超クルマ社会

公共交通機関が発達していない北関東、特に平野部の国道50号線沿線は、日本でも稀にみる、極端なクルマ社会。一人あたり、一世帯あたりのクルマ保有台数は、日本有数。

18歳を超えたら、クルマは一人に1台、バスに乗るのはお年寄りと高校生だけ、賃貸住宅には、カースペースが2台ほど無料でついてくる・・・それが、北関東の基本。

皆がクルマで移動するから、栄えるのはロードサイドばかりで、駅前は寂れまくる・・それも、北関東の基本。

だだっ広い平地に、ロードサイドの大規模店と、田畑・・・シュールなほど、凡庸な風景が続くのが、北関東平野部です。

6)週末は東京へ

北関東に存在する鉄道といえば、JRと東武線が代表的存在ですが、普段は利用客も少なく、普段の通勤に使われているようには思えません。

しかし週末になれば、様相が一変し、「北関東民を東京に送り出す手段」として大活躍。

東北新幹線の「宇都宮~東京(大宮)」間は、日本の新幹線でも有数のドル箱区間といわれますし、群馬県内の東武線の駅では、どんな小さな駅でも「東京スカイツリーに行こう」のつり革広告があります。

最期に、「いかにも北関東だなあ~」と思わせる物件を、いくつか紹介します。

貴族の森

映画「下妻物語」にも出てきた、北関東民御用達のロードサイド・カフェ。スパゲッティとかも食える。

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馬車道

全国的には、「馬車道」といえば横浜が有名ですが、北関東では、ロードサイドにあるカフェレストラン。私の地元、千葉県東葛地区にもあるので、東京以北に、広く展開しているのでしょうね。馬車道系列の居酒屋、飲食店も、北関東ワイドでよく見ますね。

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「とりせん」と「フレッセイ」

群馬、栃木を中心に展開する、地域密着の中堅スーパー。私も館林に住んでた時は、よくお世話になりました。

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カンボジアセミナー申込殺到中!

こんばんは、Manachanです。

6月22日(土)、我々アジア太平洋大家の会で企画した、カンボジア・ランドバンキング(土地投資)セミナー@東京ですが、

マニアックなテーマにもかかわらず、予想以上の申込が入り、急遽、大きな会場に変更しました。


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<APHOC主催、6/22(土)カンボジア・ランドバンキングセミナー@東京>

東南アジア、次の有望株「カンボジア」に投資して、基軸通貨「米ドル」で資産づくりを加速してみませんか?・・・同国の首都「プノンペン」に位置する商業・住宅開発用地“AZ NEW TOWN。幅広い用途と抜群のアクセスが計画されるエリアを活用した投資商品をご案内します。

参加費用:3,000円。

セミナー「新」会場→東京都渋谷区宇田川町36-6 ワールド宇田川ビル、アットビジネスセンター渋谷 301号室

会場アクセス→http://abc-kaigishitsu.com/shibuya/access2.html

セミナー説明&申し込みリンク→ http://bit.ly/16e2IYE

※セミナー後、懇親会を予定しています。

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あと、大阪でもセミナーやります。関西方面の方が、申し込んでいますね。


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<APHOC主催、6/23(日)カンボジア・ランドバンキングセミナー@大阪>

内容:東京セミナーに同じ。

参加費用:3,000円。

セミナー会場→アプローズタワー貸会議室 7号室
(大阪市北区茶屋町19-19アプローズタワー13階)

会場アクセス→http://www.hhbm.hankyu-hanshin.co.jp/meeting/applause/access.html

セミナー説明&申し込みリンク→ http://bit.ly/11dHDVB

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東京セミナーでは、私が、最初の20分間をいただいて、「カンボジア見聞記」という簡単なプレゼンをします。

今年5月13~15日にかけて、カンボジア・プノンペンを訪れたわけですが、街の様子、交通機関、グルメ、観光、不動産事情などを、「かるーいノリ」でまとめました。

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私の話を聞いて、「是非、カンボジアに行ってみたい!」と思ってもらえれば嬉しいです。とっても、いい国ですよ。特に、女性にはおすすめです。

・プノンペンは、街並みが「おフランス」で、美しいです。

・街中で、カフェが至るところにあって、本場「おフランス」の5分の1以下の値段でお茶できます。

・「おフランス」な街の食べ物は、しっかり「東南アジア」なので、お米ベース。極端な辛さもなく、日本人の口に合います。

・人々が穏やかなので、治安が良いです。

カンボジアの、土地投資も、面白いですよ。少なくとも、米国やカナダでよくあるランドバンキングの話より、断然面白いと思いました。


☆カンボジアのランドバンキング商品は、北米の類似商品より、想定利回りが高い。

☆カンボジアのランドバンキング商品は、北米の類似商品より、利益確定期間が短い。

たとえば・・・北米の場合、プロジェクト開始から償還まで7~8年かかることが多いですが、カンボジアは3年前後での償還を目指すスキームになっています。

また、北米のランドバンキングにからみると、年率換算の利回りが「びっくりするほど高い」のも、カンボジアの魅力だと思います。

北米先進国より、経済発展や都市化のスピードが速い、新興国の良さを享受できる商品といえます。あと、小額から投資できるのも魅力ですね。

東京セミナー、広い会場をおさえたので、まだ残席が十分あります。

カンボジアの魅力を伝える、楽しいセミナーにしますので、是非、ご参加くださいね。懇親会の食事も美味しいですよ。

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イスタンブール不動産のすすめ

こんばんは。Manachanです。

日本は深夜ですが、こちらは、まだ午後4時。サマータイムで、午後8時過ぎまで明るいので、まだまだ活動できますね。

これまで、イスタンブールの旅日記を書いてきましたが、不動産投資、という意味でも、見るべきものが多いです。

しかも、今は参入するのに絶妙のタイミングだと思います。

トルコ経済は、この10年、長足の発展を遂げ、国民平均所得1万ドル超。「先進国一歩手前」まで来ています。

日本の近くでいえば、東南アジアの優等生「マレーシア」と似たような経済レベルかと思います。

<1人あたりの名目GDP-2012年>

トルコ   10,619ドル
マレーシア 10,354ドル

しかもトルコの場合、人口がマレーシアの約3倍、7500万人もいて、イスタンブール都市圏だけで、1500万人もいる。今やロンドンやモスクワと並ぶ、ヨーロッパ最大級の巨大都市です。

人口規模が大きいので、不動産市場も、トルコ人の内需中心でずっときました。これが、より早い時期に不動産市場を対外開放したマレーシアとの違いでしょう。

イスタンブールは世界的に有名な都市だけど、不動産投資では、それなりに穴場、なんです。

最近2年ほどは、アラブ湾岸諸国やヨーロッパの投資家もトルコの不動産を買うようになっています。これからは、ロシア人、中国人の投資家が、どんどん参入してくると思われます。

でも現状では、イスタンブールの住宅ショールームにいっても、パンフレットも、物件説明のビデオクリップもトルコ語ばかりで、英語化が進んでいない。大手デベロッパーでさえ、英語しゃべれるスタッフを探すのに苦労する。

これは、「トルコ人だけで、需要がまかなえてしまう」ことの証左でしょう。

<イスタンブールのショールームにて>

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内需主導とはいえ、トルコの経済レベルが向上するにつれて、不動産価格も大きく上がってきています。感覚的にいうと、場所にもよりますが年20%くらい上がる感じ。

とはいえ、コンドミニアムを普通に買って、賃貸に出した際の利回りは表面8%程度いくので、まだまだバブルを懸念する段階ではありません。

イスタンブールのコンドミニアムは、外国人の私たちからみると、まだまだ割安感があります。

ここは「古都」で、中心部は古い建物が建て込んでいるので、コンドミニアムは、中心から20~30km離れた郊外(特に高速道路沿い)に建つことが多い。

郊外立地を割り引いても、平米単価13~20万円くらいで、大手デベロッパーの優良案件が買えます。60平米の1LDKタイプなら、現状なら800~1200万円程度で買えてしまう感じ。現状ではマレーシアの首都クアラルンプールで買うより、ずっと、安く買えてしまうわけです。

しかもトルコは、マレーシアと同様、外国人が土地を合法的に所有できてしまいます。つまり、コンドミニアムだけではなく、土地取得や、土地付き一棟アパート取得、という投資も視野に入ってくるわけです。

これらを、良い条件で取得できれば、コンドミニアムをそのまま買うよりも、さらに美味しい話になる可能性があります。

但しそれには、信頼できるトルコ人パートナーが不可欠なので、そちらのルートも、いま一生懸命開拓しています。近いうちに、必ず、「かたち」にします。

私は、イスタンブール各地でみた不動産物件から厳選し、日本人投資家にとってメリットの大きいものを、6月29日のセミナーでお伝えいたします。

「ミドル・リスク & ハイ・リターン」が合い言葉になります。

魅力あふれる、イスタンブール不動産の話を聞いてみたくありませんか?デモの話より、ずっと面白く、皆さんの経済利益に結び付く話ですよ。

是非、6月29日(土)の東京セミナーへGO!!

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<APHOC主催、6/29(土)トルコ・イスタンブール不動産セミナー>

ヨーロッパとアジアを繋ぐ、経済成長が著しい国、トルコ。現在、トルコの最大都市であるイスタンブールが欧州や中東の投資家から大きな注目を集めています。不動産投資先としての好条件である「人口増加、インフラ整備、安定した経済成長」が起こっているイスタンブール投資物件を余すことなくご紹介します。参加費用:2,000円。

セミナー説明&申し込みリンク→ http://bit.ly/10p6vhj
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ローマ、ビザンツ、オスマン帝国・・・・1600年の間に、122人の最高権力者が、「都」に選んだ稀有な街・イスタンブールから、お届けいたしました。

トロイの昔から、「世界のハブ・シティ」であり続けたイスタンブールに、不動産を持とう!

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イスタンブール;暴動と不動産への影響について

こんばんはManachanです。イスタンブール2日目の夜を迎えています。

イスタンブールといえば、ここ数日の大規模デモ(暴動)で、日本でもニュースになっているかと思います。

今朝は早起きして、ホテルを午前4時半に出て、デモの中心地・タクシム広場まで歩いて行ってみました。この界隈は、早朝ながら、新宿・歌舞伎町の朝を彷彿とさせるように、若い男女がたくさん、歩いていました。

あいにくiPhoneの電源切れで、写真撮れなかったのですが、確かに、荒れてましたね。私の見たものは、

・燃されて黒焦げになったクルマ、約10台。
・タクシム広場を中心に、約1km四方にある商店は、スプレー、ペンキで落書きだらけ。
・窓ガラス割られてる商店もある。

今の日本にはない、荒っぽさがありました。しかし、あの壮絶な環境の中でもメシ屋とかは平気な顔で営業していて、皆、さりげなく食いに来てました。

面白いことに、タクシム広場を少し離れると、あの暴動がうそのように、平和で長閑な風景になるのです。例えば、地下鉄で隣のカバタシュ駅まで来れば平和そのもので、桟橋からフェリーがのんびりと出航し、路面電車には通学途中の高校生が乗り込んできまましした。

そして、外国人の観光客で賑わう旧市街地も、国際空港へのアクセス路も高校交通機関も、首都アンカラや隣国ブルガリアへ向かう幹線道路沿いも全く影響なし。要は、タクシム広場周辺さえ避ければ、そこにはイスタンブールのいつもの日常がありました。

その「日常」とは・・・今や都市圏人口1300万人を超え、ヨーロッパ最大級のメガシティとなった大イスタンブールの喧騒のなか、各地でマンションや大型商業施設の建設ラッシュ、道路や鉄道網のインフラ整備が急ピッチに進められ、新興国として力強く経済発展する姿です。

トルコは、人口7500万もいて、その60%が25歳以下という、若い国です。国の東部は、貧しい農業地帯で、そこから若い人々が、職とチャンスを求めて、イスタンブールをはじめとする、西部の大都市に続々とやってきます。

若い彼らは、とてもよく働きます。日本人に似て勤勉で、長時間労働も厭わない人々が多数。彼らがここ20年間、イスタンブールの成長を底辺から支えてきました。

それだけでなく、イスタンブールは、ヨーロッパ、中東、アフリカの結節点という、絶好の地理的位置ゆえ、必然的に、ヒト、モノ、カネが集まる都市となっています。

老化したヨーロッパからは、成長の機会を求めてビジネスや投資マネーが流れ込みます。

サウジ、カタールなど湾岸諸国からは、「同じイスラム圏ながら、酒も飲めて自由な雰囲気と、緑あふれる魅力的な自然環境」に魅せられた人々(お金も・・・)が流れこみます。

で、そのお金の多くは、建物やインフラに変わります・・・イスタンブールから、西へ、ブルガリア方面へ向かう幹線道路沿いを走ると、この都市が、外に向けてどんどん拡大を続けているのが、よく分かります。

では、なぜここでデモ・暴動が起こるのか?私思うに、いまトルコの社会は、急激な変化を遂げている最中で、「近代化、西洋化、グローバル化のトレンド」と、「伝統的、保守的価値観」との葛藤があるのでしょう。

トルコは、比較的戒律が緩いとはいえ、イスラム教・文化を基本とする国です。国内には、「近代化、ヨーロッパ化した西部の大都市」と、「伝統的価値観が残る東部の農業地帯」との、巨大な経済格差を抱え、そこにクルド人などの民族問題も絡んで、トルコの歴代政権は、国民の統合に苦慮しています。

そういう国の運営に、よく用いられるスタイルが、「開発独裁」。つまり、「経済成長を進めて、国民を豊かにして、大人しくさせる」。その一方で、「政治思想としては、伝統的な価値観を使い、民主的な自由を限定的にしか認めない」。

経済発展期には、たいてい、波に乗って裕福になれる少数の人間と、乗れずに取り残される多数の人間が生まれます。豊かになった側は、政治、宗教、言論の自由を求めますが、豊かになれない側は、昔ながらの伝統的価値観にすがります。

その際、国としては、「経済成長路線を進めて、裕福な国民をさらに裕福にさせる」一方で、「裕福になれない国民をケアするために、伝統的価値観に基づく政治を行う」必要があるわけです。

これは世界的にみれば、別に珍しいことではなく、中国、韓国、シンガポール、マレーシアなど、東アジアの多くの国で用いられてきた手法です。

トルコも、現エルドガン政権は開発独裁的な傾向が強い。経済開発は大好きで、大運河、国際空港をつくりまくる一方で、宗教的、政治的な自由を認めたがらない。Facebook、Twitterなどネットメディアに対しても極めて冷淡。

それが、イスタンブールなど西部大都市の、裕福で自由な雰囲気のなかで育った若い世代には、不満なのです。経済的には、ヨーロッパと遜色ない位、裕福になったのに、なぜトルコには、未だにヨーロッパ水準の宗教の自由、言論の自由がないのかと・・・

それが、タクシム広場のデモになり、政権の対応のまずさもあって、暴動に発展したのです。成田三里塚闘争みたいに、「外野」から、いろんな左翼系政治団体が参入して、大いに騒ぎました。

経済発展期の国が抱える、国の運営の難しさ・・・それが露呈したのだと思います。

しかし、この程度で、トルコ・イスタンブールの経済発展にブレーキがかかることはない、と私は考えます。

日々、どれだけ、東部農村地帯から、若いトルコ人男女がイスタンブールに流入しているのか?

日々、国内外から、どれだけの投資マネーが、イスタンブールに流入しているのか?

そのマネーと労働が、どれだけ、イスタンブール各地の道路や鉄道、マンション、ショッピングセンターに変わっているのか?

それを肌感覚で実感する限り・・・デモ・暴動程度で、経済の勢いは、止まりません。

不動産価格も、間違いなく、上がり続けると思います。

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「ノウハウ」より「ノウフー」

おはようございます。Manachanです。
この週末は、セミナー講演三昧。

土曜日、東京での、「米国カリフォルニア・ラスベガス・デトロイト不動産セミナー」は、セミナー講演、懇親会とも、予想以上の参加者があり、「狭いスペースに密着モード」になってしまいましたが・・・活気があって、楽しいですね。

日曜日は、福岡で「マレーシア不動産セミナー」講演。早朝5時前に、東京の家を出て、いま、福岡に向かっているところです。

こういう活動をやっていると、とにかく、「出会い」が楽しいですね。たとえば、昨晩の東京でのセミナー後の懇親会では、

「カンボジアに家を買って、家族で移住する人」の話とか、

「バングラデシュに土地を買った人」の話とか、

「今年中に、米国と日本での不動産賃貸収入を同等にして、米ドルと日本円の家賃収入で為替リスクヘッジしながら、マレーシアに移住する人」の話とか、

すげー!世の中、いろんな人がいるものです。
海外移住・事業・不動産投資、という分野でみても、探せばすごい人がたくさんいるものです。

いま日本で、上のような会話が、日常的にできる場というのは非常に少ないと思いますが、ここ2年余り、「海外不動産投資セミナー」をやり続けて、ネットワークを広げてきたからこそ、今こうして、素晴らしい方々とお付き合いできているのだと思いますし、本当に、ありがたいことです。

前回の日記では、「起業家ランチミーティング」の話をしました。その場で、私がプレゼンした後、このような質問がでました。

「鈴木さんは、最近、著書を出版されたわけですが、このようなことをすると、御社のノウハウが流出するのではないですか?」」

いろんなところで、よく聞かれる質問ですね。私は、このようにお答えしました。

<
「私どもの事業で、大したノウハウがあるわけではありません。」

「我々の競争力は、自社ノウハウではなく、社外に大きく広がった人的ネットワークにあります」

「ノウハウを門外不出にして守るより、公開した方が、ネットワークが広がり、新たな案件、パートナーの発掘にもつながるので、弊社の事業にとって、むしろメリットが大きいと考えます」

私は、インターネット革命、ソーシャルネットワーク革命の子です。

インターネットが登場する前、「パソコン通信」の時代からデジタルに馴染み、1999年からホームページつくって情報発信をはじめ、2005年にブログに乗り換え、ここ2~3年はFacebookとメルマガでの情報発信にシフトしてきています。

時代とともに、媒体・テクノロジーは目まぐるしく変わりますが、情報発信者としての私の立ち位置は、1999年8月23日に「Manachan’s World~柏自慢サイト」をつくって以来14年間、変わりません。

「情報を公開して、自分をさらけ出して、多くの人々とつながる」

インターネットは、空間・時間の制約を、瞬時に超えてしまうテクノロジー。世界中、どこにいても、同じ土俵で、世界中の人々とつながれます。

私はオーストラリアに住んでいても、中国に住んでいても、ホームページ・ブログを通じて、日本に住んでいる大勢の方々と知り合いました。海外移住相談も数百件こなしましたし、シドニーや大連で、何度もオフ会やりました。

そのようにしてつくった人脈は、私の人生にとって、そして事業にとっても、大きな財産となっています。

そのような原体験を経てきた私からみて、「ノウハウ流出を恐れて情報公開しない」というスタンスは、率直に申し上げて、時代遅れにみえます。ネット登場以前の、工業化社会のセンスに思えます・・・

いまのネット社会で、「ノウハウ」(Know-How)それ自体は、大した価値を持たない・・・というのが私の持論です。「情報公開したら誰かにマネされる」ような、デジタルに乗りやすいノウハウであれば尚更・・・

これが何らかの経路で漏れたが最後、瞬時に、世界中に広まってしまいます。日本よりずっと労働コストの安い国の人々に、マネされることもある・・・

ノウハウを含めて、情報の伝播、平準化、価値劣化が非常に速いのが、ネット社会の特徴だと思います。

一方で、自分が「誰を知っているか?」つまり、「ノウフー」(Know-Who)は、公開しても、簡単にはマネされません。

たとえばの話、「アジア太平洋大家の会」の集客ノウハウが真似されたとしても、構わない。ノウハウ自体は、サイトつくって、メルマガで発信、みたいな当たり前のことを、コツコツやっているだけで、別に特別なノウハウはないから・・・

でも、そのコツコツ努力を2年以上続けてきて、日本各地の投資家との信頼関係を築きあげてきた、その「得意先リスト」の方に価値があるのです。

仮に自分の「得意先リスト」が万一盗まれたとしても、得意先との間に強固な信頼関係があれば、基本、問題ありません。リストを盗んだ者が、得意先との間に自分以上の信頼関係を築かない限り、ビジネス上の脅威にはなりませんので、

私は、少なくとも自分のビジネスモデルに関していえば、「ノウハウ」より「ノウフー」の方に、価値がある。

だからこれからも、知りえた情報は、得意先・パートナーに支障のない限り、なるべくオープンにして、情報発信を続けていきたいと思っています。

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