「失われた20年」から「悩み多き普通の先進国」へ

こんにちは、Manachanです。2018年もブログご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

今日は1月4日、用事があり東京都心に出ました。世の中的には明日から仕事始めの会社が多いようで、街は静かでしたが、株式市場は大フィーバーでしたね。東証の大発会は、いきなり700円以上高い23506円で引け、朝鮮半島有事以外は国内外の経済にマイナス材料があまりないなか、いきなり株価ラリーを予想させる2018年の幕開けになりました。

 

そういえば最近、「バブル以来」とか「バブル超え」みたいな経済ニュース多いですね。

・東証の株価は、26年ぶりの高値

・有効求人倍率は43年ぶりの高水準

・東京・銀座鳩居堂前の路線価はバブル期超えで過去最高

 

日経新聞の見出しをみても、「上場企業7割が増収増益」とか「潜在成長率上回る」とか、「消費者心理改善、4年ぶりの高さ」とか「正社員の求人倍率、高水準」とか、景気よさそうな記事が並ぶようになりました。

 

とはいえ、約30年前のバブル景気と今の経済状況は、様相を大きく異にしています。数字をよく見ると、

・公示地価がバブル期を超えたのは東京の一部のみ。大阪、名古屋以下の各都市の地価は上昇中とはいえバブル期に遠く及ばない。

・有効求人倍率がバブル期を超えたとはいっても、バブル期(1986~90年)の就業者数の伸び396万人に対し、最近4年間(2012~16年)は185万人。

・東証株価も、1992年の水準は超えたが、バブル絶頂期(1989年末)の水準までは達していない。

 

バブル期の日本は、人口が伸びていました。まだ若者が多く、仕事はそれ以上にあった活況の時代。当時は地価も国内どの場所でも上がったものです。でも今は、総人口が減少するなかでの人手不足の時代で、経済成長もせいぜい1%台。全国的に地価を押し上げるだけのパワーはなく、せいぜい東京とその近郊、政令指定都市くらいしか上がらない。人口の都市集中と地方の過疎化を背景に、地価の二極化、三極化は進む一方。

今さら、バブル以前のような活況は日本に戻って来ないでしょう。でも一方で、バブル崩壊以降、20年以上にわたり苦しんできた資産デフレ(地価、株価)や雇用が、とりあえずバブル前後の水準に戻ったことは、素直に喜んで良いと思います。その背景には、苦難の20数年を経て、日本企業の収益体質が筋肉質になり、金融システムの改革や規制緩和が進み、グローバルな成長を取り込める企業や都市が増えたこと等があります。長い低迷に苦しんだ時代から、日本人が学んだことは少なくなかったのです。

 

「バブル後」、「失われた20年(30年?)」が終わったのかどうか?というテーマが、2018年の日本で語られる機会が増えることでしょう。これはおそらく、コンセンサス取れない議論だと思います。今の日本は他の多くの先進国と同様、二極化が進んでおり、好景気の恩恵を受ける人間と、全く受けない人間がいて、両者は全く違う経済観を持っているからです。

私は東京都内に住み、好景気の恩恵をそれなりに受け、かつ出張で欧米先進国を頻繁に訪れています。その視点から言うと、

・今の日本は、すでに「バブル後、失われた20年」を克服している。

・その結果、欧米のフツーの先進国と似たような経済状況になった。体感値でいうと、いまの日本の景気は、アメリカ南部、オーストラリア、ドイツより少し悪く、南欧諸国、アメリカ北部よりは少し良い感じ。東京の景気も、先進国の大都市と比べると平均的。

・フツーの先進国とは、バラ色ではなく、将来に向けて難題と懸念が多い状態。少子高齢化、貧富格差の拡大、財政・金融政策の手詰まり、治安やテロの懸念等…どの欧米諸国も抱えている難題を、日本も当たり前に抱えている。

 

日本だけが特殊じゃない。日本の経済社会が抱える難題、懸念の多くは、他の多くの先進国にも、多かれ少なかれ共通するものなのだ…そういうフラットな理解に立ち、グローバルに投資を進めていきたいと思います。また、微力ながら日本経済を支える一経営者として、バブル後の苦闘の経験を大事にしながら、新しい産業・雇用、ビジネスモデルの創出に貢献していきたいと思います。

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柄にもなく金沢文学散歩&不動産

こんにちは、Manachanです。いつもご愛読ありがとうございます。2017年大晦日のブログ更新になります。

私がつい4日前、12月27日に買ったばかりの金沢市森山町の町家は、地元的には実は結構すごい物件だったようです。金沢三文豪の一角、徳田秋声の姉の婚家だということは知ってましたが、私はあまり文学に縁のない、ゼニカネ勘定大好きな不動産事業者ゆえ、その文学的価値については十分気づいていませんでしたが、蓋を開けてみれば

 

・買って2日後に、北國新聞の記者さんから連絡が来て、電話取材を受けた!

・年明けには、「由緒ある町家の命脈をつないだ東京の投資家」という文脈で新聞記事になるそうです

 

あまりの急展開に、自分でもびっくり。とはいえ自分で判断した不動産売買の社会的意味を知ることは大事だと思い、急遽、同物件が出てくる徳田秋声の短編小説(随筆?)「町の踊り場」をAmazonで取り寄せ、読んでみました。私が古典文学作品を読むなんて、高校以来、30なん年ぶりのことです。

以下は、私の率直な感想。文学好きの方が聞けば笑っちゃうでしょうが…

 

・最初読んだ時は、「ブログみたいな文章だな~」と思った。また、「地元・金沢や人々に対する作者の距離感と冷めた眼が面白いなあ」と感じた。

・二回目に読んだ時は、「姉の死をめぐる、人間模様や風景の描写がすごくリアルだなあ~」と感じた。

・でも、やっぱり一番印象に残るのは、最後に出てきた「踊り場」(昭和7年当時、金沢唯一のダンスホール)の情景ですね。

 

徳田秋声にとって、61歳の時に世に出した「町の踊り場」は、それに先立つ10数年の不遇の時代を一気に挽回する「起死回生の一作」となり、作家として円熟の晩年を送ることができました。いま読んでみると、この作品が今なお多くの人に愛されている理由が、何となく分かる気がします。

 

でも不動産屋的にいうと、「町の踊り場」に出てくる、4つの場所を地図にプロットしてみる方が面白い。

1)姉の婚家(現住所:金沢市森山町1-5-22、当時は高道町75)…昭和7年(1932年)8月26日に、秋声の次姉・太田キンが亡くなった部屋で、葬礼がしんみり行われた場。2017年12月27日、私が代表をつとめる資産管理会社で購入。

2)秋声が鮎を食べにいった料亭(現住所:金沢市尾張町1-7-2、元「料理旅館まつ本」)…現在は駐車場。

3)兄の居宅(現住所:金沢市瓢箪町7-6)…秋声の異母兄・正田順太郎の旧宅で、秋声の金沢滞在中の帰省先。築100年を超え、存続が危ぶまれたが、2015年セカンドセンス社が買い取り、「カフェ&カルチャー、町の踊り場」としてオープン。

4)ダンスホール(金沢市下新町、並木町尾山倶楽部3F)…昭和7年(1932年)以前から同13年(1938年)まで営業したダンスホール、現在は駐車場になっているそう。

 

各地点間の距離は、十分、徒歩で回れるくらいの範囲内にあります。

1)から2)まで…徒歩12分くらい
2)から3)まで…徒歩15分くらい
3)から4)まで…徒歩12分くらい

冬場の降雪で足場の悪い時や、夏の蒸し暑い時期を除けば、年を通して、快適に散歩できるコースになると思います。私も、春とか初夏とか秋とか、季節を変えてじっくり散歩してみたいと思います。

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東京の資金で金沢の街並みを守る発想

こんばんは、Manachanです。

今日は、とても嬉しい日になりました。金沢市、ひがし茶屋街近くの古民家を買うお話がまとまり、晴れてオーナーになりました。

北國街道沿い、34坪の土地に、3階建ての建坪60坪近い立派な店舗付き木造家屋を、私が代表をつとめる資産管理会社で現金買いしました。年明けから半年くらいかけて改修、旅館業許可もとって、来夏、町家民泊としてオープンさせる予定です。

 

とても由緒ある家です。築年は明治35(1902)年。金沢市に電話が開通した翌年です。金沢の三文豪のひとり徳田秋聲の代表作『まちの踊り場』の冒頭に、この町家が登場します。というのもこの家は元は秋聲のお姉さんの婚家でした。昭和38年にこの家を購入したのが、現所有者様の先代の方だったのです。

所有者様は、長年、この場所で和菓子店をやってきて、遠方からも客が来るような評判の店だったのですが、高齢により引退、家を手放すことになりました。でも、由緒あるこの町家を次世代に残せたらいいなあという思い、さらにはここでお店や事業をなさる方が引き継いで、まちのともしびが消されないで欲しいという強い意向をお持ちでした。

それを受けて、私の知り合いでもある地元の不動産業者さんが半年以上頑張ってきたのですが、いろいろと難題が続きなかなか話がまとまらず、年末のタイムリミットが迫った頃、「御社で買い取りませんか?」と、私に話が来たのです。つい最近、12月9日のことでした。

 

物件概要と写真を見て、所有者様の思いを知って、私は即買いを決意しました。

この町家は、何としてでも残さなければなければならない。持ち主のいない老朽家屋を再生し、金沢という歴史伝統の街にふさわしい景観を守るのは、いまを生きる日本人としての責務だ。

そう決めてからはスピード感持って話を進めました。売買契約書、重要事項説明書、改修プランとスケジュール、民泊運営会社の収支シミュレーション、許認可・補助金関係の資料を読み込み、12月19日に金沢に飛び、現地確認してその場で契約、今日27日に東京で決済を済ませました。

 

私、金沢とは良いご縁に恵まれてきました。2012年から、5回ほどセミナー講演やって、その度に現地で泊まり、歴史と自然、文学と美術、和風の美が至るところに感じられるこの街を堪能しました。セミナーに合わせて、家族全員で金沢旅行したこともあります。

少子高齢化、経済の衰退、将来不安…日本の先行きが暗いという人が多いですが、私はそうは思いません。マクロだけ見てみてはミクロが見えなくなります。大小無数の都市がある日本の国内を見回せば、沈む街も当然あるでしょうが、逆に今より輝く街も結構たくさんあると思います。特に金沢は、私のなかで、「先行きの明るさ日本No.1都市」ですね。

 

世界中、いろいろ回ってみて、思うのです。今の日本で、金沢ほど、「21世紀の価値観と親和性の高い街は他にほとんどない」と。

金沢の街を歩くと、ヨーロッパの素敵な都市、たとえばプラハ、ウィーン、ハイデルベルク、バルセロナ、セヴィーリャなどと、どこかしら通じるものを感じます。

 

・街が刻み込んできた歴史が今なお、街並みや建造物、美術作品という、分かりやすい形で生き残っている。

・街の規模がちょうど良い。ちょっと郊外に行けば自然が溢れ、かといって街を何日もぶらぶら歩いて退屈しないボリュームがある。

・若い発想にあふれた、おしゃれなカフェ、料理店、コミュニティスペースなどがたくさんあり、年々増えている。

 

今は、ネットとスマホ、AIの時代。人々は日々、ネットを通して大量の情報に接し、取捨選択を繰り返すなかで、「評判や口コミ」が経済的価値を持ちます。言い換えれば、「本物」や「インスタ映え」するものが生き残りやすい時代であるともいえます。昨今、日本へのインバウンド観光が盛り上がるなかで、その行き先が首都・東京に一極集中するのではなく、京都や金沢、飛騨高山などが日本的な文化に触れられる観光地として脚光を浴びているのも、ネット時代と無縁ではありません。

古都として日本No.1のブランド価値を持つ京都に比べると、金沢の観光はやや出遅れ感があります。民泊運営のできる町家の売出価格を比べると、現時点で金沢は京都の3分の1程度。金沢が日本全国にある「小京都」のなかで別格のブランド価値を持つことを考えれば、両都市の価格差は、今後縮まっていくでしょう。その意味で、いま金沢の不動産に参入すれば、投資として妙味があります(だから私がやってるんだけどね…)。

 

なぜ今、金沢の町家が京都より安い値段で出回るのかというと、「地元の人が、その価値を十分分かっていない」ことが大きいと思います。

東京や大阪、台湾や欧米の人からみれば「珠玉」の価値を持つ町家も、地元の人にとっては単なる「古びた日本家屋」に見えます。地元の若い人はそういう家ではなく、新建材の家とかマンションに住みます。また金沢は車社会なので、市街地の家は駐車場もろくになくて生活に不便とみなされます。また、町家は見た目は良くても、住まう上で快適さが十分追求されているわけではない。冬場の室内は寒くじめじめするので、それが敬遠される面もあります。

そういう事情があるので、持ち主の高齢化等で町家が売りに出ても、地元では買う人がなかなか見つかりません。放っておけば、取り壊されて駐車場になったり、何の面白みもない新建材の戸建やマンションになったりするのです。

 

そこで、東京はじめ都会の資金を導入して、旅館や民泊として再生・流通させる仕組みが必要で、それをうまく運営すれば、金沢の特色ある都市景観を守ることにつながります。

但しその際は、金沢の歴史文化価値や、地元の社会、人々の気持ちを十分理解した上で行動する必要があります。「仏つくって魂入れず」では意味がありません。実際、東京の不動産業者が民泊運営用に金沢の町家を買い、サヤ抜き転売を繰り返して再生プランが滅茶苦茶になるケースもあると聞きました。

 

私は今回、自分の投じた資金を使って、金沢の都市景観を守る一助になりたい。現所有者さんの思いを受けて、店舗は店舗として再生し、町の賑わいを消さず、金沢らしい良さのある旅館民泊として再生し、この建物・家の歴史をつなげたいと思います。

また、この1軒だけではなく、5軒、10軒、それ以上の町家の再生に、東京などの投資資金を導入し、ビジネスとして取り組んでいきたいと考えています。

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日本人を海外不動産情弱にさせない決意

こんにちはManachanです。前回の日記に引き続き、国際不動産の業者として再スタートを切る上での、私の決意表明を書きます。まずは、前回書いた文章の引用から、

>私がまだ出会っていない、日本全国に少なくとも数十万人はいる「海外不動産投資予備軍」の方々が、世界中の良質な不動産情報を得て、賢い投資をするためには、私が業者として世界的な影響力を持ち、日本に世界中の不動産情報が入ってくる仕組みをつくる必要があると考えました。

 

その心は、

・今は日本にいても、良質な海外不動産情報は余り入ってこない。

・そのため、日本人は海外不動産に関して「情報弱者」の地位に甘んじている。

 

私は、日本の個人投資家のなかでは最も、世界各地の不動産情報に広く深く接している一人だという自負がありますが、その立場から言うと、いま日本に入ってくる海外不動産情報の少なさと、クオリティの乏しさを日々痛感します。良い情報がないから、多くの人が海外のショボい物件を、ショボい業者からショボい判断基準で買ってしまっている状況を見るにつけ、ちょっとオーバーな言い方ですが「憂国の念」さえ覚えるほどです。

 

いま東京で、海外不動産を銘打った投資フェアに集まる情報といえば、

・一昔前(2011~15年)だと、東南アジアのプレビルド(青田買い物件)ばっかり。

・今(2015~17年)だと、上記に加えて、先進国の「利回り保証物件」、「償却&節税物件」ばっかり。

 

上記は、「今の日本人客に売りやすい」という基準で取扱業者にチョイスされているわけですが、でも本当の意味で日本人の海外投資・資産形成ニーズに応えているわけではないでしょう。その証拠に、いつの時点でフェアに行っても出典業者の顔ぶれや商品ラインアップはほぼ同じ、客の顔ぶれも大差なく、まだ新しい業界なのに閉塞感さえ漂います。

言葉を換えれば、今まさに、新機軸が求められています。すなわち「日本人の海外資産形成ニーズに応える、質量ともに充実した海外不動産の情報」および、「各国・各都市の不動産マーケットを俯瞰的にみる視座と投資方法論」が求められています。私はそれを新たな価値として打ち出し、日本の海外不動産投資界隈に新風を巻き起こしたい。

 

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海外不動産、買った後どうなるの?~管理と売却の実践的方法論

海外の利回り保証物件に注意

海外の償却・節税物件に注意

リーマンショック後の10年間で、各先進国の不動産市場がどうなったか?

バンコク不動産マーケット解説

ベトナム不動産マーケット解説

そのヒントとなるのが、日本のすぐ近くにある「中国」の存在です。北京、上海など中国の大都市には、質量ともに日本の比ではないボリュームの海外不動産情報が集まります。現時点で最も、世界中の不動産を買ってる客が中国人なので、彼らに物件売るために、アジア、欧州、北米、大洋州はもとより、中南米、アフリカ、地中海やカリブ海の小国からも、デベロッパーやセールスマンが訪れ、情報を持ち寄って来ます。

私の住む東京から、中国主要都市まで飛行機でわずか3時間の距離。幸い中国語での意思疎通は問題ないので、私はパートナー市川とともに、2016年4月からは約3か月に1度のペースで、海外不動産情報を取りに北京、上海、香港などに通いました。いま、多くの日本人が買っているドイツや米国フロリダ州の収益物件も、元はといえば、私たちが中国で引っ掛けてきた話です。日本で口開けて待っているだけでは、決してこういう情報にアクセスできなかったでしょう。

 

で、中国という舞台で、私がどのようにして海外不動産の情報を取ってきたのか?それには「購買力」を見せつけなくてはなりません。

日本でも海外でも、不動産セールスマンの大多数は、自分が儲かるために客に話を持っていきます。要は、売れる(=自分が儲かる)見込みがあるからこそ、客に情報を提供するのです。

そんなカルチャーですので、私が中国で海外業者と名刺交換しただけで大した情報はくれません。でも、私の背後に総勢2500名を数えるアジア太平洋大家の会の投資家会員がいると知った途端、相手の目の色が変わります。こちらが黙っていても、せっせと情報をくれるようになるのです。

また私と市川には、「来月には俺が現地見に行くよ!」と言って、即アポを取り、ヨーロッパでも中近東でも北米でも中米でも、どこへも飛んで行くフットワークの軽さがあります。そういうことを2年近く愚直に続け、24か国65都市の不動産を視察しまくったおかげで、いま我々は、日本の海外不動産フェア等で得られるものとは質量ともに比較にならない、膨大な知見(KnowledgeとIntelligence)を手にしています。

 

その知見やノウハウを、私は日本のため、投資家のために有効に使いたい。そして近い将来、日本に居ながらにして、いまの北京や上海に匹敵する質・量の海外不動産情報が入手できる状態をつくりたい。海外不動産の情報弱者と呼ばれない日本をこの世に現出させたい。

そのために、私と市川は国際不動産エージェント(IPA)という会社をつくり、この業界で影響力ある、尊敬される存在になろうとしています。また、国家的に影響力のある公益団体とのタイアップにより、非営利ベースでの海外不動産学習カリキュラムや、海外の不動産業者が東京に集まって良質な情報を持ち寄る仕組みづくりを画策しています。何だかんだ言って日本は、世界第三位の経済大国。グローバルなマインドやインテリジェンスを持った投資家が育てば、世界中の業者が情報を持ってくるはずと思います。

 

具体的なイメージとしては、こんな海外不動産の情報が増えればいいなと思っています。

 

「マーケットサイクル的に今後の値上がりが期待できる先進国の都市」で、「購入・賃貸需要に裏付けられた元本価値がしっかりした物件」。資産ポートフォリオのなかで「本命」になりうる物件。

 

私は、アメリカのロサンゼルス、カナダのトロント、オーストラリアのシドニーやメルボルン等、世界都市機能のある街の都心近くで、表面利回りが5%近く出る新築・築浅の住居物件なら積極的に買い進んでいます。投資家としての経験上、そういう物件は値上がりやすいし、少なくとも元本価値を毀損するリスクが非常に少ないのです。運よく買えれば私のなかで「本命」物件と位置づけ、長期間ホールドします。

これらは今の日本で決して売りやすい商品ではありません。「本命」に相応しい物件はどんなに安くても3000万円以上するし、購入時の表面利回りがせいぜい4~5%台で見栄えがしないからです。また、いま流行りの「利回り保証」や「減価償却・節税」というアピールポイントもありません。

 

こういう「一見地味な物件」がきちんと評価されるようになるには、「投資教育」の積み重ねが必要だし、そういう教育を受けた経験ある投資家なら、数字や立地をみて買うか買わないか、即決できるようになります。経験豊富な中国人バイヤーに買い負けなくなるのです。

数年後、海外不動産の世界で、日本人が情報弱者の汚名を返上できるよう、私は身を粉にして働きたいです。

 

最後に、先月ドバイに不動産視察に行った際、現地の不動産業者(アラブ人)がとても良いことを言ってたので、紹介します。

今は誰も彼もが、中国へ物件を売りにいく。人口や経済力を考えれば、当然そうなると思うが、でも俺は「日本」という名前がどうしても気になる。日本人は只者ではない。一旦目覚めれば、凄いことになると皆が知っているから…

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国際不動産の業者になった理由

こんにちは、Manachanです。久々のブログ更新になります。

早速、ご報告になりますが、私は今年11月1日から、盟友・市川隆久氏とともに、「(株)国際不動産エージェント」という会社を立ち上げました。英語名称はIPA(International Property Agent Inc.)、本社は東京千代田区一番町。創立時は総勢3名で小さなスタートを切りましたが、年明けには4名、4月には5名体制になる予定。

日々、ものすごいスピードで物事が展開し、今の自分は数か月前よりはるかにレベルアップしている…まさに「超・高度成長期」にある会社を運営している、エキサイティングな幸せを日々かみしめています。

 

弊社の事業目的は次の通りです。

・日本の個人投資家や企業様に対し、世界中の不動産投資•事業機会をプロの目で精選して紹介し、パートナーとして共に利益を追求します(コンサルタント・エージェント機能)。

・また、世界の不動産市場や投資手法を研究、知見を情報発信することにより、日本全体の国際不動産投資リテラシー向上に寄与します(研究所・情報発信機能)。

 

他社と比べた時、弊社の特徴が際立つのは、次の3点です

 

(1)場所を決めずに、世界中、どこでもやるスタンス

世の中、特定の国・都市に特化した業者はたくさんいますが、「アメリカにもドイツにもオーストラリアにもASEAN圏にも中国にも南欧にも、世界中オールラウンドに詳しい業者」や、「全世界を俯瞰した上で、各国・各都市の不動産事情をマクロもミクロも詳しく語れて、お客様のニーズに最適化した物件を提案できる業者」は日本にほとんどいません。

いま日本の海外不動産業界でそれができる人材は非常に少なく、もしかしたら私と市川、この二人しか居ないのかもしれません。その二人がタッグを組んで事業化することで、名実ともに、「日本でオンリーワンの海外不動産事業者」になっていきます。

現在、弊社で不動産販売を取り扱いできる国は、約20か国あり、かつ増加傾向にあります。

 

(2)物件売ることを目的としない会社

不動産物件とオーナーとは、当然、相性の良し悪しがあります。全く同じ物件でも、それ買ってハッピーになる方と、不安に苛まれる方と、両方います。海外の不動産オーナーになることがそもそも向かない性格の方もいます。

弊社の強みは、世界中どこの物件も取り扱えるので、「必ずしも、目先の物件販売に走らなくても良い」ことです。実際、私たちはお客様が買って幸せになれそうだと思う物件しか紹介しませんし、場合によっては「買わない方が良い」とアドバイスすることさえあります。それで一時的な売上が減っても構わないと考えています。

私たちは不動産の世界で長年過ごしたので、お客様の性格に会わない物件を無理やり売ってしまうと、後が大変になることをよく知っています。逆に、お客様がハッピーになれる物件を紹介して、愚直にしっかりサポートすれば、リピーターになってくれることも知っています。弊社は長期視野に立ち、リピーターになってくれたお客様とお互いにWin-Winの関係を築きたいです。

 

(3)購入後の運営・売却のお手伝いなら欧米先進国中心

不動産は、買ってから後が長い商品です。5年、10年、それ以上のお付き合いになることもしばしば。その間には、入退去、修繕、納税、賃貸トラブル、不慮の出費…いろんなことが起こります。また物件が海外にあると、管理会社など相手先とのやり取りも大変です。日本とは言葉や商習慣、法律の違いが少なからずあるからです。それでも、日本のお客様に海外の不動産を売った以上、そこは業者として長期的視野でサポートすべき領域だと考えます。

で、弊社がマンパワーの少ないなか、お客様に対して長期的に責任を果たしていく上で、どの国に経営資源を注力すべきかを考えると、現時点ではどうしても「欧米先進国」中心になります。不動産権利関係が安定し、収益不動産データが豊富に存在し、中古物件の売買市場が確立し、現地にプロフェッショナルな管理会社が複数存在するところでないと、業者視点でみて「お客様に損させてしまうリスク」が高すぎるからです。

なお、弊社では東南アジアや中国、中近東など、新興国の物件ラインアップも豊富にありますが、こちらは「不確実性というリスクをとれるお客様」に対してのみ、「販売サポート」や「管理業者の紹介」をしています。

 

最後に、個人投資家として、「アジア太平洋大家の会」を中心に、海外不動産投資家コミュニティづくりに長年取り組んできた私が、なぜ自ら業者になろうと思ったのかを書きます。

 

・私(アジア太平洋大家の会)から情報や支援を得て、海外不動産のオーナーになった何百、何千名の方々が、今後、投資利益を手にするためには、私自身が業者となり、持続可能な組織的仕組みをつくることで、長期的に責任を負わなければならないと考えました。

・私がまだ出会っていない、日本全国に少なくとも数十万人はいる「海外不動産投資予備軍」の方々が、世界中の良質な不動産情報を得て、賢い投資をするためには、私が業者として世界的な影響力を持ち、日本に世界中の不動産情報が入ってくる仕組みをつくる必要があると考えました。

日本人を海外不動産情弱にさせない決意

 

「アジア太平洋大家の会」は今後どうなるのか?もちろん続けていきます。人々が海外不動産投資を学ぶ、非営利ベースのコミュニティは今の日本に必要なので、セミナーも引き続き継続し、同好の士が出会う場にしていきます。

 

(株)国際不動産エージェント関連情報はこちら

ウェブサイト→http://ipag.jp

Twitter→https://twitter.com/ipag2017

国際不動産ビデオ教材→https://gigasta.jp/

お問い合わせ→http://kokusaifudosan.jp/contact/

 

特選ビデオ教材(2017/12/22 現在)

海外不動産、買った後どうなるの?~管理と売却の実践的方法論

海外の利回り保証物件に注意

海外の償却・節税物件に注意

リーマンショック後の10年間で、各先進国の不動産市場がどうなったか?

バンコク不動産マーケット解説

ベトナム不動産マーケット解説

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反アベノミクスで弱者保護できるの?

こんにちは、Manachanです。今回は、「世界からみたアベノミクス」というテーマで書きます。なぜ、これを書きたくなったかというと、

 

・賛成、反対の立場を問わず、アベノミクスをテーマとする世の中の論評が、あまりに「井の中の蛙」というか、日本しか見えてない方が書いたものが多く(いや日本の経済状況さえまともに分析できてない方も多数)、余りにも目に余る貧弱さだから、

 

私は経済専門家ではないですが、国際不動産投資の分野で活動する企業経営者として、世界中の現場を歩いて外国企業と日々商談をこなすなかで、「各国の経済状態や政策を体感」してきております。誰にでも入手できる統計数字の分析とあわせて、「世界視野で、アベノミクスがどう見えるのか?」について、独自視点で論考してみます。

 

論点1;アベノミクスは、リーマンショック後の経済刺激策として、世界中の先進国が例外なく実施した「金融緩和策」の一つです。

金融緩和は、大きくわけて「政策金利の低下」、「マネーの大量供給」の二つの柱がありますが、日本のみならず米国も欧州諸国も、カナダ豪州などの資源国系先進国も、例外なくこれを実施しております。その結果、下図にみるように、

・リーマンショック後の政策金利は、どの国でも大幅な切り下げを実施、その後も低い状態が続いており、多くの先進国で「金利が消えた」状態になっています。

・マネタリーベース(貨幣供給量)は、日本も米国も欧州も、大幅に増えており、「マネーじゃぶじゃぶ、金余り」状態が続いています。

 

論点2;現時点では、金融緩和の出口を迎えつつある国(米国、カナダ等)と、まだ出口が見えない国(欧州、日本等)があります。

リーマンショックから10年近くを経過した現時点でいうと、移民流入等によって人口動態が元気で、経済状態が比較的マシな国(米国、カナダ等)はゆるやかな利上げによって、長く続いた金融緩和からの出口に向かいつつありますが、

一方で、人口がほとんど増えず、経済状態も米国等と比べて良いとは言えない欧州諸国や日本は、現時点では金融緩和をやめられません。なお、下図には言及ありませんが、欧州のユーロ圏以外の国(ウェーデン、デンマーク、スイス、ノルウェー、ハンガリー)も軒並みマイナス金利です。

 

 

論点3;金融緩和の結果、各先進国は雇用や失業対策の面では成果を上げています。

長く続いた金融緩和政策の結果、各先進国が一番成果を上げたのは「労働面」、つまり雇用を増やし、失業率を減らした点であると思います。下図にみるように、リーマンショックで急上昇した失業率が、各国とも2010年前後から低下し、アメリカはすでにリーマン前の水準を回復、ドイツと日本はそれ以上の成果を上げています。

次に、就業者数の増加率で比べたところ、各国ともリーマンショックで激減した後、2年程度でV字回復しています。ひとり、回復が遅れたのが日本ですが、2012年後半にアベノミクスが始まってから、各国の水準に並ぶようになりました。

 

 

論点4;雇用の回復の割に、GDPは伸びません。

リーマンショック後に目立つ世界的な傾向として、「マネー供給量とGDPとのギャップ」が目立っています。つまり、各国の中央銀行が市場に流すマネーが、実体経済になかなか回らず、GDPが期待ほど伸びないのです。背景には、「世界の人口高齢化」、「重厚長大産業からデジタル産業へのシフト」等があるかと思いますが、上記の結果、日本だけでなく世界的に、次の現象が起こっています。

・企業の内部留保が拡大
・金融市場(株式、不動産)へのマネー流入と値上がり

 

上記の事実から、フェアにみて、私はアベノミクスを「先進国のどこでもやってる当たり前の経済政策」だと理解しています。

というか、バブル以降、アベノミクス以前の日本が、「金融政策の動員」まで含んだ包括的な経済刺激策を何故やれず、失われた20年を迎えてしまったのか?海外からみるとそれが不思議ですが、

私は日本の有権者なので、その理由が当然分かります。第二次安倍政権は、「金融政策の決定権を、財務省の官僚から首相官邸に移した」という意味で、諸外国はともかく日本政治にとっては大変革だったのです。

 

論点5;アベノミクスは、「左派的」な経済政策といえます。

なお世界的にみれば、アベノミクスを含む、金融緩和による経済政策は、「リベラル、左派」の政策とみなされます。市場にお金をジャブジャブ流すので、株や不動産持ってる個人や企業を先に潤す面はありますが、企業活動の活性化や需要拡大を通じて結局は雇用を増やし、失業者を減らすことにつながるので、欧米の左派政党の間では定番の政策です。

いま、安倍さんが経済界トップに「労働者の給料を上げてください」と頼むなど、労組トップみたいなことをやってますので、誰からみても、これは左派的なアプローチといえるでしょう。

 

論点6;アベノミクスは実際、左派的に成果をあげています。

下図が、日本の就業者数推移(出典:総務庁統計局)になりますが、アベノミクス始動後の就業者数増加は劇的で、287万人も増えています。

2012年12月アベノミクス発足時⇒6263万人
2017年9月現在⇒6550万人

また、失業率と自殺者数は、日本の場合、驚くほど相関性が高いですが、数字をみる限り、アベノミクス以降は明らかな成果が上がっています。

失業率 4.3%(2012)⇒2.8%(2016)
自殺者数 27,858名(2012)⇒21,897名(2016)

 

論点7;反アベノミクスの二つの方向性

「弱者にやさしく」、「実際に成果もあげている」アベノミクスに対して、日本政治の現実のなかで反対の立場をとるにはどういう選択肢があるのか?方向性は大きくわけて二つかと思います。

 

1)自民党内の反アベノミクス派=財務省派=金融引き締め派

石破茂氏、野田毅氏など、財務省のペーパーを使って「反アベノミクス勉強会」やっているグループがこれに該当します。経済的な主張内容は消費増税早期実施による財政規律の確立、金融緩和政策に対する懸念等。「財務省」(と、それにつながる業界団体)の主張内容そのままという印象です。あと、今や忘れ去られつつありますが、小池百合子さんが国政選挙の時に標榜した「ユリノミクス」(英語で聞くと、ま~下品ね)も、「金融緩和と財政出動に過度に依存せず」と言ってたので、その点は財務省的なのかもしれません。


2)左派野党の「ポーズだけ反アベノミクス派」

立憲民主党に典型的ですが、経済政策の本音はアベノミクス支持。でも政治的立場上、安倍首相に反対の立場をとらざるを得ない諸政党がこれに該当します。同党の公約要旨をみると、護憲や安全保障はともかく、経済政策面は2019/10の増税反対を除き、ほぼアベノミクスの焼き直しにみえます。

 

論点8;反アベノミクスを、もっと詳しくみてみよう(私見もまじえて…)

1)財務省的な(石破茂さん的な)反アベノミクスは、要は財政緊縮策ですので、欧米の政治では「(どちらかといえば)右派的」「IMF的」「銀行管財人的」なアプローチとされます。

これやると、ほとんどの場合、国民(特に弱者)に負担を強いることになるので、欧米の左派政党はあまり採用しない政策です。また、緊縮策は現実政治のなかではたいてい失敗します。ユーロ危機時にドイツ(銀行団)がギリシャにやらせて失敗したのは記憶に新しいですね。

私の意見…ようやく景気が上向き、デフレ脱却がみえてきたとはいえ、まだ動きが弱い今の段階の日本で、この政策を性急にやるべきじゃないと思います。日本はデフレに逆戻り、まともに就職できるようになった若者たちを再び失業と低賃金労働の奈落の底に落とすでしょう。

 

2)左派野党の主張する反アベノミクスは、何を聞いても「修正アベノミクス的」で、安倍さんのやってることとの本質的な違いが分かりません。左派政党を標榜していたのに、左派的経済政策で安倍首相に先手を取られ成果をあげられてしまった苦渋が滲み出ています。

 

強いていうなら、「アベノミクスで経済格差が広がった」というポイントですかね。金融緩和やれば、まず株が上がる、不動産が上がる。お金持ちはますます豊かになる、でも庶民には関係ない。だからアベノミクス反対…みたいな。

 

でもねえ、「お金持ってる人に良い情報が集まる」、「投資リテラシーある人が真っ先に利益を上げる」のが、資本主義経済の道理ってものですよ。お金なくてリテラシーもないフツーの庶民に、誰が好き好んで良質な投資話を持っていくと思います?実際にそれやってるのは、初心者イーター系、貧困ビジネス系の怪しい人ばかりではないですか?

だから、金融緩和の初期に、株や不動産持ってる人、情報・知識のある人が先に豊かになるのは当たり前。どの国だってそうです。福祉国家のスウェーデンやデンマークだって、マイナス金利やったら不動産価格上がって、ストックホルムやコペンハーゲンに家持ってる人が真っ先に潤うわけでしょう?

そういう時期を経て、しばらく経ってから、株高で潤った企業が事業拡大のため労働者の雇用を増やし、ようやく庶民層や弱者にも恩恵が徐々にいきわたるわけです。現にアベノミクス以降、287万人の就業者が増えています。失業者も自殺者も減っています。

それを踏まえて、あなたたちが左派政党としてやるべきことは何ですか?無理やり、分かりにくい反安倍のポーズ取ることよりも、「アベノミクスもっと徹底的に、きめ細かくやれー!」とケツを叩くことが、弱者保護を標榜する、左派の本来やるべきことではないですか?

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富裕層が選ぶ街、自分が住みたい街

こんばんはManachanです。

不動産の仕事をしていると、いろんな地域の住環境、交通アクセス、教育・医療環境、住民属性、地価などに、自然と詳しくなります。

たとえば、東京都内の住宅地として最高のブランド価値を誇るのは「千代田区の番町」、「港区の南青山」、「渋谷区の松濤」あたりでしょうし、商業地区なら「銀座」が文句なしトップ。文教地区という括りなら「文京区の窪町小学校や誠之小学校の学区」も評価が高い。そういう特殊地域に仕事で行くこともあれば、

そうでない、全国のいろんな場所。都内都下、近隣3県、北関東、東北、北海道、東海、関西、九州沖縄、いや海外各国にまで、不動産取引の仕事があればどこへでも出かけて、地域特性を考察しています。私はそういう作業が好きだからこそ、不動産の仕事をやっていると言えます。

 

ところで、ある特定の地域・街区で、土地・建物の取引が反復的に続けば、不動産の相場・価値というものがだいたい決まってきます。その価値を決める要因は、「交通アクセス」や「生活利便性」の他、「地域住民の生活水準や価値観」などが、大いに影響することがあります。

例えば、さいたま市浦和区の常盤小学区は、埼玉で一番の文教地区だという、住民のプライドが不動産価値にプラスに作用していると思いますし、古都・鎌倉市の鎌倉山地区などは、地域条例で最低敷地面積を広めに定めて、一定水準の財力のある住民だけが暮らせる環境をつくることによって、資産価値を保っている面があると思います。

 

とはいえ日本よりも、海外の方が、周囲から明らかに隔絶した生活水準を誇る高級住宅街をよく見かけます。何重もの有人ゲートで外部者の出入りをコントロールし、中に入ると宮殿みたいな家並みが広がる街区とか、家の庭先がプライベートビーチやクルーザーの停泊場になってるとか…私はそういう現場にも仕事で行きます。

アフリカやアジア等、欧米の旧植民地だった国に行くと、「言語」によって、高級住宅地と平民の住宅地が分かれるケースがあります。そこでは、「英語や仏語を話す」人々が高級住宅地に住み、現地語を話す人々の住宅地と隔絶していたりします。そこまで極端でなくても、たとえばタイ、ベトナム、カンボジアなど新興国の都市で、英語や日本語が通じるコミュニティと、ローカルな住宅地の間の生活水準に大きな違いがあったりします。

 

国内外の高級住宅街に共通してみられるのは、次の二点。

・域内住民の生活水準・ライフスタイルが平準化(一定以上の富を持つ人だけが住む、支配者の言語を話すetc.)

・域外の住宅地や、そこに住む連中と自分たちは違うという強烈なプライド

それが高級住宅地としてのブランドや価値を守っていると思いますし、不動産の仕事をやる以上、その現象には敏感でなければならないと思います。

 

いろんな国の富裕層住宅地に仕事で行き、その内情も結構知ってる私ですが、自分自身は、「お金があったら、ここに住みたい」みたいなことは、不思議と思わないんですね。

私はむしろ、いろんな階層・所得水準の人が共に暮らし、人々の出入りも多い、交通便利で雑多な街を好んで住む傾向があるんです。

 

いま家族で住んでいる東京の江東区東陽町は、「高級住宅地」ではありません。都営住宅に暮らす庶民層と、最近越してきた都心勤めの比較的裕福なサラリーマン家庭が混在している場所です。東京駅まで9分、羽田・成田にもバスで直通と、交通至便、かつオフィス街でもあるので、昼夜問わず人々の出入りが多く、最近は外国人住民も増えています。良くも悪くも、こんな開放系な場所は「高級住宅街」にはなりえません。

私が生まれ育った千葉県柏駅周辺も、首都圏郊外の中核都市として人の出入りが激しい賑やかな街。様々な所得層・家族構成の人が暮らしています。東京に働きに出るサラリーマンが多いですが、周辺市町や茨城県から柏へ就労・買い物で訪れる人、生活も仕事も柏だけで完結する地元民も大勢います。

 

そんな私が、海外で暮らしても結局、無意識のうちに、柏とか東陽町みたいな街を好んで住みたがるようです。日本人や英米人コミュニティのある、駐在員に定番の高級住宅地を避け、そこからちょっと外した、ローカルっぽい賑やかな場所を好みます。

タイ・バンコクでは、日本人が集中するスクンビットエリアじゃなくて、ちょっと外したラマ9エリアを住まいに選びましたし、ベトナム・ホーチミンなら、都心1区とか7区フーミーフン地区みたいな場所を外した、4区みたいなローカルエリアに住むでしょう。10数年前、オーストラリア・シドニーに住んでた頃、初めて家を買ったのはParramattaという、柏にそっくりな郊外中核都市でした。上記の街のいずれも「雑多で交通便利」という共通項があります。

海外では言葉の問題がありますが、「日本語や英語が通じるところ」に住むという発想は私には全くなくて、「自分好みのローカルエリアに住んで、屋台メシでも食いながら、現地の言葉は生活のなかで覚えればいいじゃん」という考えです。つまり、居住地嗜好の面でも言語の面でも、私は世界中どこに行っても、「ピュアな高級住宅街」とは全く縁がないタイプの人間なのです。

 

また、ピュアな高級住宅街に住む一部(相当数?)の人間が持つ、他地域やそこの人々を露骨に見下す価値観が、私には我慢ならない面もあります。例えば、

 

・シンガポールの高級住宅街に住んで、出入りのインド人が「臭い」とか、彼らの食べる安いご飯を「家畜のエサ」のようだと、私の前で言った日本人富豪

 

そういう方は、どんなにお金持ちであっても、正直お付き合いしたくないです。雑多で便利な街に住みたがる私は、インド独特の匂いにも寛容だし、彼らが5ドルとかで食べてるインド飯も、それはそれで、立派な食べ物だと思っているからです。「開放系、多様性、寛容」と「閉鎖、単一文化、排除」とは、価値観的に相容れないですね。

 

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北緯35度の風、進化するノースカロライナ

こんにちはManachanです。アメリカ東海岸の真ん中らへんにある「ノースカロライナ州ローリー」(Raleigh, North Carolina)に来ています。

この地には、今から12年前に、3ヶ月ほど住んでいました。久々に来訪の機会を得て嬉しかったです。

ノースカロライナは日本では無名ですが、本当に、良いところです。

気候が、日本(関東)に似ていて暮らしやすい。緯度は東京と同じ北緯35度。四季があって適度な湿度もあり、服装も日本と同じで良いので馴染みやすいです。

気候が近いので、植物の感じも日本によく似ています。特に千葉県に似ていて、当地のハイウェイを走っていると、東関道の大栄IC近辺と見紛うような「千葉〜な景色」が広がり、外国に居るという事実を忘れてしまいます。

 

私は千葉県出身で、いま世界中を飛び回っていますが、こんな奴は珍しいです。普通は、千葉で生まれ育つと、他の土地に行きたがりません。気候は温暖、大雪も水不足もない、東京に近くて生活便利、土地も広く、海があって魚も美味しい、農業工業商業すべてがバランス良く揃い仕事に困らない、国際空港とディズニーがあり他県の奴らに自慢できる…千葉に居れば何一つ不自由なく、満ち足りてしまうのです。

それは、ノースカロライナでも同じです。気候に恵まれ、生活コストの安い同州には、寒さの厳しいアメリカ北部から、人と産業がどんどん移ってきています。人口1000万人を突破し、増加率はテキサス、フロリダ、アリゾナと並んで全米屈指。人口もGDPも全米50州中9位の堂々たる実力。しかも10年後は全米7位にランクアップしそうな勢い。

千葉県は日本47都道府県のなかで、人口もGDPも6位ですから、ノースカロライナはまさに、アメリカにおける千葉県のような存在なのです。

千葉県民と同じく、ノースカロライナで生まれた人も、他州に出たがりません。だって出る理由ないですもん。気候良い、仕事に困らない、良い学校たくさん、安い値段で土地の広い家に住める…住宅価格が3倍もする大都市に住みたい奴はかなり少ないし、逆にニューヨークやシカゴから、暖かい気候と安い生活費を求めてどんどん人がやって来ます。

ノースカロライナの人種構成は、白人60%、黒人40%、アジア人ごく少数…人種間の貧富格差は確かにあって、プロフェッショナルな職場はほぼ白人で占められ、都市内の高級住宅街も白人の世界。黒人はたいてい郊外の小さな街で暮らし、マクドナルドやスーパーで働く人が多い。

CaryやChapel Hillに住む白人は年収が米ドル6桁(100,000USD以上)の高級取りの方々が多く、恵まれた暮らしをしています。黒人の多くは収入はそれなりでも、物価安く暮らせるので「地元密着マイルドヤンキー」になります。千葉と一緒ですね。

アメリカ名物「カントリーソング」は、お隣りテネシー州ナッシュビルが本場ですが、実はカロライナ、ミシシッピー、アラバマ…いろんな地方のカントリーソングがあって、マイルドヤンキー達の愛郷心を穏やかに歌いあげています。

ヤッピーも大学教授もロボットエンジニアもいて、マイルドヤンキーも多い、千葉県っぽいノースカロライナ州は、前回訪問から12年を経過し、大きく進化してました。

 

– ローリーの中心街のビルが増えて、少しは都会っぽくなった。
– ローリー•ダーラム国際空港の第2ターミナルができて立派になった。
– Route540(第2環状線)が開通して、ローリー都市圏の東西移動がしやすくなった。
– 市内路線バスが整備され、以前は低所得者ばかりだったけど、今は普通に乗りやすくなった。
– 森しかなかったCrabtreeに立派なショッピングモールと高級住宅地ができた。
– 数ヶ月後には、地元念願のIKEAが来る予定。

 

あと、いつの間に日本企業の進出が進み、ローリー周辺の邦人数は3000名いるようです。日本食レストランや食材店が増え、日本人向け不動産、通訳、弁護士サービスも現れ、日本語補習校には200名を超える生徒が通い、「夏祭り」も行われるようになったとか。私が居た頃とは隔世の感がありますね。

有名な大都市ではないけれど、人が集まり、力強い経済成長とインフラ整備が続くノースカロライナ。不動産投資はどうなのか?

私と一緒に現地視察した市川隆久氏のメモを引用して、締めくくりとさせていただきます。

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アメリカ人の通常都市での住宅家賃の負担率は年収の40%らしく、年収500万円だとすれば毎月の家賃は16.6万円(1500ドル)になりますね。

日本での家賃負担率はせいぜい年収の25%程度ですが、日本と違って近くの居酒屋で飲んで帰る人も少なく基本的に家族と家で暮らす生活であり、家賃の負担率を優先することと、治安や学区の悪くないエリアに住むことが必須なアメリカ人はそのくらいの家賃を支払うことを良しとしているのではないか、と思われます。

今回は現地での大手管理会社支店と日本人エージェントの案内での視察でしたが、アメリカ軍人などのターゲットに家賃1500ドル以上2500ドル以内の戸建を視察しましたが、販売価格は30万ドル前後で築年数25年くらいの物件でした。

建物の程度も良く利回りは表面8%ネット6%程度です(物による差はあります)が、不動産の持つ価値には安心感を感じましたね。

日本だと緑豊かな環境では戸建を所有する感覚になりますが、アメリカはそもそも頭金を貯めない国民でもあり戸建を借りて生活する人も多いので、信頼出来る管理会社と日本人サポートがあれば、手堅い賃貸経営が出来る、と実感出来ました。

日本人には馴染みの薄いノースカロライナですが、日本人もこのエリアで3000人暮らしているらしく、マーケットが基本的に実需マーケットなので安心感あるな、と感じました。単に知らないだけだなと。

また新築のタウンハウスも増えています。工事中の現場に寄りましたが、20万ドルくらいから35万ドルくらいまでの価格ですが、すでに売れている様子です。

海外不動産開発事業もありかな、と。

 

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東南アジア不動産の放置プレイ問題に思う

こんにちはManachanです。今回は海外不動産、特に「東南アジアのプレビルド(青田買い)物件」に関して、かなり辛口の意見を書きます。

先日、マレーシアの不動産で困ってる友人(物件オーナー)の相談に乗りました。マレーシア、タイ、フィリピン、カンボジア…東南アジア不動産購入後の問題で私が相談に乗った回数はすでに1ダースを超えました。

私を頼ってきた十数名の相談者が困惑し、憤っているポイントは、ほぼ共通しています。

『まだ完成前なのに、販売業者がろくにサポートしてくれない!』

なぜ満足なサポートが受けられないのか?これは、「プレビルド物件販売」という商売の構造的な問題と関わっています。プレビルド(Pre build)とは、東南アジアなど新興国に多い不動産販売の形態で、まだ更地の(多くは建築許可も取れてない)段階で、数年後の完成・引き渡しを条件に、現地デベロッパーが客に「青田売り」する物件を指します。

プレビルド自体は新興国だけでなく、イギリス、カナダ、オーストラリアといった先進国にもあります(こちらはOff the planと呼ばれます)が、先進国での販売時期は通常、完成1~2年前であるのに対し、東南アジア等では完成3~5年前という早期から売り出されることが多いです。なぜなら、

・東南アジア新興国の金利水準は概して高い(調達金利10%/年以上も多い)。

・現地デベロッパーの工程管理スキルが乏しく、許認可面でも不透明さが多いため、工期が予定より半年~2年ほど遅れるのが当たり前。

・デベロッパーとしては、工期遅れで有利子負債を抱えるよりは、完成前のできるだけ早い段階で客に売って、資金回収したい。

・その販売インセンティブとして、完成前の段階で販売価格を徐々に値上げして、「早く買った方が得する」状態をつくって売る。

例えばの話、4年後の完成時に1000万フィリピン・ペソ(約2200万円)で売値を設定する物件なら、完成4年前に750万ペソ、3年半前に800万ペソ、3年前に850万ペソ…みたいに、徐々に売値を上げていくのです。

通常、この手の物件を一番早いタイミングで安く買えるのは、「デベロッパーの関係者・縁故者」。彼らは完成前に転売して利ざやを抜きます。次に地元のエージェントが扱う。時が経ち、販売ペースが鈍ってきたな~と思った頃に、日本人を含む外国の販売会社に声がかかります。日本の販売会社は、その値段に3%とかのサポート料を乗せて、日本でセミナーやって客に売るのです。

時系列でいうと、だいたい、こんな感じになります。

2013年  デベロッパーが現地国で販売開始。

2014年  日本の販売会社が日本でセミナーやって客に売り、サポート料を回収。

2017年  物件完成・引き渡し

ここで問題は、「販売会社の利益確定(サポート料回収)」と、「物件引き渡し」との間に、3年ものタイムラグがあることです。

販売会社からすれば、2014年の時点でサポート料を回収しちゃえば、とりあえず「一丁あがり、次の客に売ろうぜ」モードになる。その後、2015年、16年、17年と、忘れた頃に客から質問やリクエストが来ても、すでにお金を回収しているからやる気にならないし、売った責任上、時間かけて真面目に対応したところで、経営視点からはどうしても「金食い虫」に見えてしまう。

でも客の立場からすれば、2014年時点では「購入の権利を得る」だけの話で、不動産のかたちになるのは2017年。それに先立ち、不動産登記やら保険加入やら鍵受け渡しやら、いろんなメールや郵送物が英語で来るので、ここで、販売業者にしっかりサポートしてほしいわけですが、

すでにその時点で、販売業者はサポート業務を他社にアウトソースしたり、もっと儲かる国に「国替え」してたり、酷い場合は転業・廃業してたりするわけで、買った客が期待するようなサポートができなくなっている…

その結果、東南アジア各国で、満足なサポートを受けられず、放置プレイされた大量の完成物件が出る。オーナーは困惑し、私みたいな人間に助けを求めてくるのです。

私の意見…問題の本質は、「販売業者の利益確定タイミング」と「客がサポートを必要とするタイミング」が何年もずれていることにある。そのタイミングを一致させる方法を考えないと、業者と客がWin-Winの関係にならないし、海外不動産の評判も悪いままでマーケットが広がらない。

そこで、私は下記を提唱します。たとえば、今から3年後の2020年に完成予定の東南アジアのプレビルド物件を売る場合、

・2017年の販売時(売買契約サイン時)に、業者がサポート料の50%を回収

・2020年の引き渡し時に、業者がサポート料の50%を回収

こうすれば、売り側買い側、お互いにとってフェアだと思いますし、販売業者も長期的視点に立って客にサービスする経営姿勢になるでしょう。また、業者が引き渡し前にしっかりサポートして客の心をつかめば、人情として「次の物件買いたい」となるので、海外不動産のマーケットが健全に発展することにもつながると思います。いかがでしょう?

そもそも、「完成の数年前にサポート料とって後は知らん」みたいな業者は、不動産の仕事しているとは到底言えない。そんな業者が自然に淘汰されるような、真っ当な海外不動産マーケットをつくりたいです。

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都市の住まい方-都心高層のアジア圏vs郊外戸建の欧米圏

こんにちはManachanです。いつもご愛読ありがとうございます。今回は、不動産を支える基盤である「都市における人々の住まい方」について、世界視野で文明比較してみようと思います。

冒頭の画像は、2013年にロンドン大学の地理学者James Cheshireさんが作成した、「世界の人口密度が一目でわかる地図」です。緯度にそって人口密度を山谷で表し、特に突出している都市だけは黄色い線で示しています。これをみると、地球上における人々の住まい方が一目瞭然ですね。

・アジアは、まるで切り立った山脈のよう(=人口密度が非常に高い)

・西欧と北米は、アジアと比べれば随分となだらか。

・オーストラリア、シベリア、サハラ砂漠等はまるで地球上から消滅したかのよう(=人口密度が非常に低い)

 

この、アジアと欧米の、人口密度の絶対的な違いが、人々の住まい方、建物の構造や耐用年数、都市の構造にまで、大きく影響しているように思います。一言でいうと、

・アジア圏の都市では、人々が中心部に集まり、高層集合住宅に寄り添って住まいたがる。膨大な居住人口を背景に都心部に業務・商業・文化娯楽機能が充実し、人々は主に利便性視点で住まいを決める。人口も交通インフラも都心を中心とした同心円ドーナツ状になりやすい。

・一方、欧米圏の都市では、人々が郊外の緑豊かな土地付き戸建住宅に住まいたがる。都心部は「働く場所」であり、人口密度が高いとは限らない。人々は治安・教育環境視点で住まいを決める。商業・文化娯楽機能も郊外住宅地にあることが多い。

 

アジア圏の大都市を思い浮かべると、東京、ソウル、北京、上海、香港、バンコク、シンガポール、ジャカルタ、ムンバイ…どこも、都心部に高層マンションが建ち並んでいます。地価が一番高いところは都心部、富裕層もたいてい都心のセキュリティ完備の集合住宅に住んでいます。

一方、欧米圏でそれに近い状態の都市は、意外に少ない。せいぜいニューヨーク、ロンドン、パリくらいでしょうか。ニューヨークにしたって、富裕層がこぞってマンハッタン内の高級コンドミニアムに住むわけではなく、本当のお金持ちは郊外の緑豊かな一戸建てに暮らしているものです。

オセアニア方面に行くと、「郊外住宅地は素晴らしい」のに「都心部はショボい」街が結構あります。ニュージーランドのオークランドがその典型例で、北郊や東郊の、海に近い住宅地は目を見張るような美しさなのに、都心部はファストフード店しかなくて治安も悪く、良質な集合住宅がほとんどありません。欧米圏の通例として、人々が住まいとして都心より郊外を好むからですね。

オーストラリアのブリスベンもそれに似た状況。シドニーやメルボルンのような大都市になってはじめて、都心部にまともな高層住宅が建って、アジア系住民を中心に人口が増え、商業施設が増えて都心の利便性が増してくるのでしょう。

 

洋の東西で住まい方が違うことは、都市の治安状況にも大きく影響しています。

世界で一番治安が良い都市といえば、日本を含め、東アジアに集中している印象です。以前ブログにも書きましたが(世界の治安と不動産考)、夜中でもお店たくさん開いてて、人通りも多く、女性の一人歩きOK、暴力犯罪や空き巣、車上荒らしが少ない…みたいな都市は、人口稠密なアジアに多い。実際、Numbeo.comで治安指数の高い大都市は、東京、台北、シンガポールなど、アジア圏に集中しています。

一方、欧米圏では、中小都市はともかく、大都市の中心部で、東京やシンガポールのような良好な治安状況はまず期待できません。富裕層や中間層の多くが郊外に住まう状況のなか、都市中心部ではお店が多くて賑やかとは限りませんし、属性に問題の多い方々が都心部に集まっていたりします。逆にいうと、自家用車前提で閑静な郊外住宅地を拠点にする暮らしなら、安全に暮らせたりするものです。

 

あと、住まい方の違いは、建物のつくり方や耐用年数、住宅産業や都市の構造にも影響してきます。

一般論として、アジアの大都市では高層の集合住宅を大量に供給する傾向があります。例えばベトナムやマレーシアでは、1プロジェクトで1万戸供給みたいな超巨大住宅開発プロジェクトが進行中、欧米圏からみれば信じ難い規模ですね。アジアでは膨大な都市人口があり、かつ多くの人が高層住宅に住みたがるので、その需要に応えるべく巨大開発プロジェクトが成り立つのです。

またアジア圏では、せっかく建てた高層マンションに、人々がたかだか数十年しか住まず、建て替え(使い捨て)するケースが多いです。多湿な気候で建物の劣化が早いという事情もありますが、集合住宅内での設備の進化スピードが非常に速く、もろもろ考えると古い躯体を大事に使うより建て替えてしまった方が合理的という事情もあるのでしょう。

 

一方、欧米圏では、戸建でもアパートでも、一旦建てたら何百年もメンテしながら大事に使うのが一般的です。建物が劣化しにくい欧州の冷涼乾燥な気候で住宅文化が育まれた上に、戸建中心の暮らしゆえ室内設備の更新スピードも速くないので、古い建物をレノベーションすれば、そう違和感なく暮らせます。

 

中古住宅を数百年使い倒す欧米の国々では、当然ながら新築建設の需要が少なく、大量に住宅供給するデベロッパーが余りいません。住宅市場も、新築よりも中古の二次流通の方が断然大きい…そのような環境では、築年数が経っても住宅の価値が余り下がりません。

不動産投資家の観点でいうと、長期保有するなら、建物の価値が下がるアジア圏よりも、下がらない欧米圏の方がやりやすい、という判断になります。

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