首都圏の「出遅れ地域」に着目する不動産投資法

こんにちは、Manachanです。今日は久々に日本不動産ねたで書きます。

海外不動産セミナーやると、講師がよく「日本は不動産価値が上がらないけど〇〇国は普通に上がる」みたいに言い切りますけど、一般論はともかく個別性の強い不動産のこと、日本中いろんな都市で、しっかり、キャピタルゲインを手にしてきた私に言わせれば、「この人、分かってねえなあ…日本国内だって攻め方いくらでもあるんだよ」と思います。

 

私が日本でキャピタルゲインを手にする方法は、非常にシンプルで、セオリー通りです。

・安い時期に買う。あるいは、「周囲に比べて出遅れて、かつポテンシャルの高い地域」で買う。

・保有期間は5~10年を想定し、その期間内で高く売れる時期にさくっと売り抜ける。

 

安い時期とは…分かりやすくいえば、2008年リーマンショックみたいな大型のバブル崩壊現象、あるいは2018年スルガ・ショックみたいなプチバブル崩壊現象の直後か1~2年後、まだマーケットが弱気で融資のつきにくい時期に、良い立地を安く仕込むのです。

たとえば、私が福岡市の西鉄高宮駅近くで45坪土地付きの6戸アパートを仕入れたのが2011年4月・まだ世の中はリーマンショックの傷が癒えておらず、かつ東日本大震災と原発事故で自粛ムード漂っていた時期だったので、土地はとっても安く買えました(今の半額くらいかな…)。

 

次に、出遅れた立地を安く仕込むとは…分かりやすい例が、2013年5月に、千葉県の東松戸駅前で仕入れた40坪土地付き6戸アパート。当時、東松戸駅周辺は再開発に伴う換地処分が終わったばかりの状態で、商業施設もまばら。JR武蔵野線と成田アクセス線の連絡駅という交通便の良さを持ちながら、都心から遠い私鉄交差駅の新鎌ヶ谷駅に大きく水をあけられていました。

要は東松戸に「現状いけてない」要素があるがゆえに、いま考えるととても安い値段で買えたのです。さらに言うと、換地処分直後ゆえ前面道路の路線価さえ決まっておらず、結果的に固定資産税がかなり安くなりました。その後、5年経ちますが東松戸駅前は大発展し、実勢地価も購入当時の1.7倍くらいにはなりました。いつでも余裕で利益確定可能姉妹…要は、安く仕入れられれば投資として勝ったも同然なのです。

 

そろそろ本題に移ります、いま不動産価格が高騰している東京周辺で、何を買えばいいのか?タイミング的には値段高い時期ですから、必然的に「出遅れた」地域に注目することになります。

東京都心至近でオリンピック効果も期待できる立地にもかかわらず、周辺に比べてすごく安く物件が買える面白い駅を紹介します。それは、私の住まいから歩いて10数分、「JR京葉線の潮見…東京駅から本当に近くて、「3駅7分」の距離です。東京駅に向かう通勤電車も便利で、平日8時台は17本もあります。

 

潮見駅の所在する「江東区」は、駅近であれば新築、中古問わず、軒並みマンション価格が上がっています。ATHOMEサイトで、「70平米以上、3LDK~4DK、駅歩5分以内、築20年以内」で売出価格を検索すると、次の結果になりました。すべて、潮見駅とほぼ同等の都心距離(4~6km)の駅で比べています。

 

◎メトロ東西線「木場」駅

クレアシティ木場8階(駅歩4分、2004年9月築)、76.88平米、5650万円 ⇒ 73.49万/平米 (坪@243万)
クレアシティ木場10階(駅歩4分、2004年9月築)、87.49平米、6990万円 ⇒ 79.89万/平米 (坪@264万)

 

◎メトロ東西線「東陽町」駅

オーベル東陽町8階(駅歩2分、2003年2月築、3LDK)、80.48平米、6180万円 ⇒ 76.79万/平米 (坪@254万)
ナイスグランソレイユ東陽町2階(駅歩2分、2005年2月築、3LDK)、76.84平米、5280万円 ⇒ 68.71万/平米 (坪@227万)
プレミスト東陽町5階(駅歩5分、2012年3月築、3LDK)、80.14平米、5850万円 ⇒ 73.00万/平米 (坪@242万)
ガーデンフラッグシティ4階(駅歩2分、2002年9月築、3LDK)、82.53平米、6480万円 ⇒ 78.51万/平米 (坪@259万)

 

◎メトロ東西線「南砂町」駅

グランエスタ7階(駅歩2分、2006年3月築、3SLDK)、81.59平米、5880万円 ⇒ 72.06万/平米 (坪@238万)
ニューライズシティ東京ベイハイライズ9階(駅歩4分、2006年2月築、3LDK)、71.25平米、4550万円 ⇒ 63.86万/平米 (坪@211万)

 

◎メトロ半蔵門線「清澄白河」駅

イーストコモンズ清澄白河フロントタワー11階(駅歩5分、2005年2月築、3LDK)、74.59平米、6480万円 ⇒ 86.87万/平米 (坪@287万)
ハイシティ清澄白河ステーションプラザ3階(駅歩1分、1999年10月築、3SLDK)、83.82平米、6798万円 ⇒ 81.10万/平米 (坪@268万)
ハイシティ清澄白河ステーションプラザ11階(駅歩1分、1999年10月築、3LDK)、76.89平米、6250万円 ⇒ 81.28万/平米 (坪@269万)

 

◎都営新宿線「森下」駅

グランシティ新大橋4階(駅歩5分、2000年9月築、3LDK)、70.20平米、5280万円 ⇒ 75.21万/平米 (坪@249万)
新大橋一丁目マンション2階(駅歩5分、2002年10月築、3LDK)、70.64平米、4580万円 ⇒ 64.84万/平米 (坪@215万)

 

◎メトロ有楽町「豊洲」駅

プライヴブルー東京8階(駅歩5分、2005年2月築、3LDK)、80.73平米、5990万円 ⇒ 74.20万/平米 (坪@246万)
THE TOYOSU TOWE29階(駅歩5分、2008年10月築、3LDK)、84.12平米、8000万円 ⇒ 95.10万/平米 (坪@317万)
スターコート豊洲12階(駅歩4分、2007年2月築、3LDK)、80.42平米、6180万円 ⇒ 76.85万/平米 (坪@254万)
東京フロントコート12階(駅歩4分、2005年10月築、3LDK)、90.31平米、6850万円 ⇒ 75.85万/平米 (坪@251万)

 

◎りんかい線「東雲」駅

ザ湾岸タワーレックスガーデン13階(駅歩3分、2012年9月築、3LDK)、76.50平米、5580万円 ⇒ 72.94万/平米 (坪@241万)
東京ベイ・リベロシティ13階(駅歩2分、2003年2月築、3SLDK)、75.61平米、4480万円 ⇒ 59.25万/平米 (坪@196万)

 

上にみるように、江東区の3部屋ファミリーマンションは、築20年近く経っていても、駅徒歩5分圏内で坪200万を切る物件はほぼ皆無。東西線最弱駅とよばれる「南砂町」や、そもそも都心に直結していない「りんかい線東雲」でさえ、駅近の中古は200万を超えてくるのです。

そんな江東区のなかで、JR京葉線「潮見」駅だけが、まだ非常に安いのです。すでに買付の入った物件も含めて載せますと、

 

◎JR京葉線「潮見」駅

ルネ・グランマリーナ潮見7階(駅歩1分、1999年11月築、3LDK)、74.36平米、3700万円 ⇒ 49.76万/平米 (坪@165万)
ルネ・グランマリーナ潮見3階(駅歩1分、1999年11月築、3LDK)、77.00平米、3780万円 ⇒ 49.09万/平米 (坪@162万)
クレストフォルム東京ビューフォート3階(駅歩3分、2002年2月築、3LDK)、91.50平米、5230万円 ⇒ 57.16万/平米 (坪@189万)

 

なぜ潮見だけ安いのか?私は「地元民」なので事情をよく知っています。

・一時期「潮見地区まちづくり計画」が立ち上がり、居住系のまちを再開発する予定だったがとん挫した。

・とん挫した理由の一つは学校の問題。周囲に小学生を収容できるスペースがない。隣接する豊洲の再開発が急速に進んだため、玉突きで潮見地区からいくべき学校がパンパンになっている。

潮見駅に隣接する南西部に地区計画があり、その地区計画内での用途が印刷関係事業に限定されており、居住系の用途変更が出来ない。駅東側には西濃運輸の物流拠点があり、こちらもすぐ移転する予定がない。

 

上記の理由があって、今後すぐ潮見駅周辺の住環境が整備されない、現時点ではお店も少なく不便…それが潮見周辺の区マンション価格を押し下げている理由だと思います。

特に学校問題が大きいですね。潮見地区の児童が行くのは、隣り島の枝川小・中学校になりますが、いずれも校舎増築して間もないのに生徒で満員、他地区からの受け入れストップ。潮見にさらにマンションが増えれば、近隣に新設校をつくらざるを得ないですが、隣の豊洲地区が数倍凄い勢いで人口爆発しているため、そちらの整備を優先せざるを得ない。

少子高齢化する日本とは真逆で、「多子高齢化にガチで悩んでいるのが江東区なのです。

 

逆にいえば、いま安く潮見の駅近マンションが買えれば、長い目でみて投資のチャンスということです。私の感触では、潮見一帯は今がボトムで、これから良くなる一方だと思います。

潮見駅の至近に600室を超えるプリンスホテルが来月着工、2020年夏オープン予定。

潮見で営業する既存印刷会社のうち数社が土地をデべに売却すればマンションに用途が変わり、住環境が整備されて商店も増えるはず。

 

また、潮見においては新築マンションが建たない限り過剰供給問題が当面起こらない、というのもポイント高いと思います。

そして賃貸利回りも高い。いま3700万円くらいで3LDK75平米くらいのマンションを買えば月16~17万円で貸せますので、グロス利回り5.2~5.5%出るのです。

東京駅5キロ圏内で、築20年経ってない駅前大規模開発マンションを普通に買って利回り5%超える地区は、私の知る限り潮見だけです。こういう地域で今の安い値段で物件買えれば、資産価値の面で勝てる可能性が高いと思います。

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「海外出羽守」にならない思考・執筆法

こんにちはManachanです。今回は、「海外に関する文章執筆」の話題で書きますね。

最近、ネット界隈でよく聞くのが、「海外出羽守」(かいがいでわのかみ)という言葉。意味はこうです。

 

・二言目には「…では」(…は海外の国名)と言い、海外を持ち上げて日本を悪く言う(ネットスラングでいえば「日本をdisる」)

・上記の国名として良く出てくるのが、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、北欧、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールなどの先進国。最近は英語力や教育の関連で「マレーシア」とか、ネットテクノロジー関係で「中国」が稀に出てくる。アフリカや南米、中近東地域の国名が出ることはほぼない。

 

その「枕詞」なる「…海外では」を揶揄されて、「海外出羽守」と称されます。ニュアンス的には「放射脳」等と同様、「困ったちゃん」に対する蔑称の意味合いを感じます。

「海外出羽守」的な言説はずっと昔からありますが、いまこの言葉が生まれたのは、やはりブログ等を通して情報発信する人が増え、またそれがネットで人々の目に触れる機会が増えたからでしょうね。

 

ところで、私は海外に関する情報発信を日常的にしています。あるいは誰かに「Manachanは出羽守」だと思われてるのかもしれませんが、少なくとも主観的には、俺は無責任な出羽守にはならないぞ!と心に決めて書いています。

「無責任」とはキツイ言い方で申し訳ないですが、要は、「言いっぱなし」が一番良くない。海外の良い面を取り上げて日本の至らなさを指摘する自体は良いけれど、次の要素がひとつでも欠けると日本在住者の「心に響かない」。

 

・その事象が海外と日本の社会においてどれくらいの頻度で、どの社会階層のなかで起こるのか?日本社会のなかで類似事例があれば同じ土俵でフェアに比較できているのか?

・もし日本社会に類例がないことであれば、それが生まれる海外の社会背景と、日本で生まれない理由をきちんと説明できているのか?

・もし日本に対し苦言を呈し改善を求めるのであれば、日本社会で生きる方々の置かれた環境や立場に一定の理解を示しつつ書いているのか?

 

特に「海外に住んでて」かつ「上から目線」口調で書いてしまう人はすぐ、「お前だけ安全圏に身をおいて俺たちのこと一方的に散々悪く書いて嫌なやつだ」と思われて、即「出羽守」認定されてしまうのだと思います。

逆にいうと、上のポイントにちゃんと配慮した上で「日本に対する建設的な苦言・改善提案」ができれば、出羽守どころか、人々をして「なるほど~」、「俺らも真面目に考えよう」と思わせる、価値のある読み物になるのだと思います。まだ力不足かもしれませんが、私は文章表現者として常に、そういう読み物を書こうと努力しています。

 

最後に、苦労の伴う子育てをしていて思うことは、「我が子に対して好奇心を持つのと同じように、日本に対して好奇心を持って書いてみたい」。

子供は、大人に「ああせい、こうせい」と指図されるよりは、「ありのままの自分を素直に受け入れて欲しい、もっと好奇心を持って知って欲しい、認めて欲しい」と願っているものです。大人だってそういう欲求がありますよね。

その好奇心を、「日本」(人々、国、島々、自然、動植物、文化、社会…)に対してより深く、本質的なレベルに向けることで、私が海外について書く文章の価値がより高まるのではないかと最近感じています。

 

たとえば、日本の「産業効率の悪さ」や「社会変革の遅れ」について指摘する人が多くいます。良い論点だと思いますが、私は「ちょっと待て、言い切る前に、もっと深く考えようよ」と思います。

 

1)良くも悪くも、日本とは本質的に、「効率」より「調和」が優先される社会である。

2)その気質は、平地の少ない孤島という自然条件のなかで、長い時間をかけて形成されたもの。皆が「この島々から逃げられない」前提で、「他者との調和を乱さない」不文律を守って生きてきたから、そのようになった。

3)日本における効率向上はあくまで「他者との調和」との折り合いがつく範囲で追求されるもので、調和を乱した瞬間に嫌われる。日本人なら排斥されるし、外国人の場合アメリカみたいに強い奴なら「外圧」扱いになり「面従腹背」するが、そうでなければ「無視」される。

4)「調和」が優先されるコンセンサス社会ゆえ、オーナー企業でもない限り組織の意思決定は概して遅いし、経済社会の変革が必要になる段階でも「いまを生きる日本人が変化を望むかどうか」を確認するプロセスを踏むためフットワークが軽いとはいえない。

5)その代わり、日本人の多くが「潮時だ」と判断したら、この社会は一瞬にして、かつ不可逆的に変わる。

 

私思うに、上記の前提を踏まえずに、3)や4)について不満・苦言を述べたところで、日本社会の特質から考えて、「海外にいる日本人」の言い分は、「外圧」にもなれず「無視」(=出羽守認定)されるだけだと思うし、

逆に、そういうもの全てを背負った日本社会のなかで生きる者にとっては、「変わりにくい社会で、でもやっぱり変わらなきゃならない。自分たちに今できることは何だろう?」を真面目に考えることが大事で、そんなイマジネーションを想起させるような物書きに私はなっていきたいと思います。それには多分、日本やそこに生きる人々への「暖かい目線」と、「深く本質的な理解」が必要なのだと思います。

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台湾の育児書が日本人に合う理由

こんにちは、Manachanです。今回は育児ねたでいきますね。

先週いっぱい、台湾に滞在していた妻から、現地で本を買ってきてもらいました。育児書数冊(当然、全て繁体字中国語の本)読みましたが、一番良かったのがこの本です。

 

受傷的孩子和壞掉的大人』(陳志恆, 圓神出版社)

 

タイトルを日本語でいうと「傷ついた子供と、壊れた大人」。著者・陳志恆さんは台湾各地の中学校と高校で学校付きの心理カウンセラーを10年経験し、今は教職を辞めて作家になっている方ですが、

この本の特色は、何といっても台湾の同業者(カウンセラー)や教育者からものすごく絶賛されていることでです。その一部を日本語にしてお伝えしますと、

 

『この本こそ、心理カウンセリングの最高の実践だ』

『本書を貫く、親子関係や師弟関係を改善する考え方や態度、是非大人たちに読んでもらいたい』

『無力感に苛まれる世代に「力」を与える実務経験を通じて、我々に良い気づきを与えてくれる。大人の私たちが自分自身と折り合いをつけて、はじめて子供たちと折り合いをつけられるのだ』

『青少年の困惑、親たちの焦り。文章からにじみ出る著者の暖かい心が、読者の心を根底から揺さぶる』

『この本を読んで、心の中で思ったこと…傷ついて疲れた全ての子供たち、先生方、親たちにこの本を送りたい』

 

上記の全てが、教育現場で働く先生方や心理士から寄せられたコメントです(全部で、この3~4倍くらいの数があります。)

著者は現場の心理カウンセラーとして、学習の悩み、先生との人間関係の悩み、クラスでの異常行動、両親との確執など、さまざまな問題を抱えた子供たちと真摯に向き合います。著書ではたくさんの相談事例が出てきて、当然全てうまくいくわけではないですが、「子供が口を開くまで辛抱強く待つ」、「しゃべってくれたら真剣に聞く」、「パーソナルスペースを確保して静かに寄り添ってあげる」、「子供たちだけでなく、彼らに関わる先生方や親たちに素直に感謝する」、それを愚直に繰り返していくことで、多くの子供たちの心を開き、課題を一つひとつ解決していきます。

また、文章からにじみ出る著者の暖かい心、眼差しにも癒されます。彼は優秀、頭脳明晰なタイプというよりは、ひたすら誠実で愚直な性格で、誰も悪者にせず、誰の人生も尊重し、出会いや縁に素直に感謝する人。だから読後感もさわやかです。

 

著者は言います。

・「壊れた大人たちと接するなかで、子供たちは深く傷ついています」(「壊れている」の意味は、子供を独立した人格として認めない一方的な言動をすること。子供の言い分をまじめに聞かない、大人の価値観を押し付ける、過大な期待をする等々…)

・「とはいえ、壊れた大人たちも、元はといえば、傷ついた子供でした。親世代からの価値観の押し付けや無理解、高圧的な教育のもとで傷つき、その傷が完全に癒えないまま親になり、今日に至ります。でも前の世代の子育てしか知らないから、子供にも同じことをやってしまうのです。」

・「日々のお仕事、子育て、ありがとう。私たち大人から始めましょう。かつて少年少女時代に傷つき苦しんだあの頃を直視しましょう。あの無念を、我が子たちに、次の世代に伝えたいですか?」

 

この本の内容は、日本の教育現場で困っている先生やカウンセラー、子育てに悩む親たちに是非知って欲しいと思いました。日本で出版される育児書は、日本人が書いたものの他は欧米の訳書が多いと思いますが、この本は台湾人が台湾の現実のなかで書いたものなので、日本人にはリアリティをもって理解できるのです。

台湾は、経済社会のあり方、教育制度、国民性…どれをとっても、欧米よりはるかに日本に近い。学校信仰が強く、熾烈な受験競争が存在し(たぶん台湾の方が日本よりシビア)、先生と生徒、先輩と後輩、親子の間はフラットでなく上下関係が基本。もともと軍隊式の強圧的教育が広く行われ、今は多少緩和されて「体罰禁止」の世になったとはいえ、昔ながらの強圧的な教育を懐かしむ年配教師も多い上に、英語ITはじめいろんな教育ニーズが出てきて現場は混乱中。学歴社会とはいえ今や良い大学卒業が良い就職に直結するとはいえなくなり、最近は学校不適応や不登校が増え、学校付きのカウンセラー職が登場してきた…多くの面で台湾は日本と瓜二つ。

本に出てくる台湾の子供たちも、まるで日本の子供たちと瓜二つの言動をします。親の過大な期待に傷つけられても、期待に応えようと極限まで頑張る子供、友達や先生にどう思われるか極端に気にする子供、逆に無気力になって、何を聞かれても「別に」「まあまあ」、「ぼちぼち」を連発する子供など。

 

欧米より過密な都市社会。皆が猛烈に競争して、猛烈に経済成長して、今は猛烈に子供少なくなって経済不振…東アジア人はたぶん、欧米人より密度の高い時間軸を生きており、短い時間で社会が激変するなか、欧米(特に英語圏)社会の強い影響を受けつつ、一方で先祖から受け継いだ重すぎる文化伝統を背負っており、欧米の新しい潮流や思想が社会や教育現場になかなか定着しない。子育てでも、社会の変化の速さに親も子供も戸惑う…

同じ東アジアの現代を生きる人間、子育てや教育現場に携わる人間として、とても共感できました。この本で用いられる「子供や親、先生との接し方」、「相手の心を開かせる方法」も、社会や国民性が近い分、日本でもそのまま使えると思います。

是非、誰かがこの本を日本語訳して、日本で出版して欲しいです。きっと多くの人に役立つと思います…。

 

中国語できる方…FB、ブログのリンクはこちらです。

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「学校適応が難しい子」と「担任教師の無理解」による厄災を防ぐ方法

こんばんは、Manachanです。今回は子育て、学校教育ねたでブログ書きますね。

うちの近所にお住まいで、お子様を評判の良い公立小学校に通わせている友人から、残念な報告が入りました。学校で小3のお子さんと担任教師がトラブルになり、身体的な威嚇まで受けたにも関わらず、その教師は何らの処分も受けずに他校に転籍、どうしても納得いかないので不本意ながら裁判沙汰にするという…

そのお子さんは「集中できない、落ち着きがない」性格で小さい頃から発達障害の傾向が見られたので、お母さんは学校選びにものすごく気を遣い、自宅から距離のある学校まで日々、行き帰りの付き添いもしてきました。それで小1~小2は理解ある教師に恵まれ順調にいけたのですが、3年の担任教師がとにかく性格が合わず、お子さんも教室に怖くて入れず、強いストレスを感じると暴発したりして、「〇君が暴れて他の子に迷惑かけてます」と言われて何度も学校に呼び出されたようです。

 

まだ親の言い分しか聞いてないですが、私はお子さんに同情しますね。まだ小3、学校生活がどれだけ怖くて、不安だったことか。登校しても教室に入れなかったのはなぜなのか、教師として、もっと子供に寄り添って懸念を理解できなかったものなのか?暴発という問題行動を起こしたのも、おそらく「感情の高ぶりをどうコントロールしてよいか分からない」というスキルの問題である可能性が高く、もしそうなら罰を与えても全く意味がない。この子に足りないスキルが何で、どういう理由・きっかけで起こるのかを、子供を預かるプロ教育者として考えられなかったものなのか?

その観点でいうと、間違いなく、担任教師のスキルが足りなかったのでしょう。問題の初期から親を巻き込んで解決策を練るような機転もきかず、「迷惑」という言葉で物事を断じ、結局親とも全面衝突して裁判沙汰にまでなってしまったわけです。さらに言うと、その教師を処分せず、他校転籍というかたちで「臭いものに蓋」した学校側のマネジメント能力も大いに問題ありだと思います。

間違いなく言えることは、こうした一連の出来事で、最もつらい思いをしているのはお子さん本人だということです。

 

振り返ると、私自身が、ある種の発達障害を抱えた子供だったので、この一件は身につまされます。我が小中学校生活は、まさにジェットコースター、担任によって天国にも地獄にもなりました。よく理解してくれる担任のもとで順調な一年を送っても、学年が進んで担任が変わると、また一から振り出しに戻ってしまうのです。

さらに言うと、当時は今以上に、「子供が変なのは母親のせい、子育てのせい」にされる世の中でした。学校の先生も周囲の親たちも、私の奇行の数々(青っ洟を垂らして汚い、忘れものが酷い、身なりが酷くだらしない、言葉で気持ちを表現できない、授業態度は最悪だけどテストの成績だけは良い等々…)を、家庭でしつけができてない問題だと解釈し、私の母親のせいにするのでした。

確か小5でしたか、通知表にこんな所見が書いてあったのを今でも覚えています。

 

「基本的な生活習慣ができてないので、周囲の子に軽視される傾向があります。家庭でのしつけを徹底してください」

 

それをもらった私は、悔しくて切なくて、母親に涙ながらに訴えました。

 

「いまの先生は、僕のこと、全然分かってくれないんだよ」、
「それなのに、みんながお母さんを悪者にするんだ、すごく悔しいよ…」

「そうか、分かった。マナブは、お母さんのために泣いてくれたんだね。ありがとう!」

 

そして、歴史は繰り返す。今度は私自身が大人になって、不登校児を抱えて子育てすることになりました。中1の娘ですが、この子は私よりも困難が見えにくく、学校では全く問題行動を起こさずフツーに見えるのですが、登校が難しく、自宅で育つ生活を何年も続けています。

娘も私の子供時代と同様、担任によってジェットコースターみたいに運命が変わる学校生活を送ってきました。小学校の6年間で、理解のある担任の先生にあたったのが2回、あとの4回は彼女にとってベストとはほど遠く、担任との相性や理解度が不登校に直結するわけです…困難を抱えた子供の学校生活というものは、かくもデリケートで、壊れやすい。

 

周りを見渡せば、娘のように学校生活に適応できない子が何人もいます。我が家は国際結婚ファミリーですが、両親とも日本人の家庭でも当たり前にそういう子はいます。そして、学校と子供の適応というテーマは国を問いません。以前ブログで書きましたが(不登校児、どの国で育てても大変)、オーストラリアで知り合いの男の子(両親とも豪州人英語ネイティブ)が、小学校を2回変わっても適応できず、校長・副校長先生の教育方針にも合わずに、現在はホームスクール(自宅学習)しながら育っています。

「当たりはずれ」(Hit and Miss)は人生につきものとはいえ、もう少し何とかならんものでしょうか?まだ幼い子供が学校で適応困難になったら、親も教師も大変な思いをするし、それ以上に子供が辛い。教師との相性の良し悪しは避けられませんが、相性の悪い教師に当たってもリカバリー確率を高める方法論や体制をつくれないものでしょうか?

 

私思うに、学校内に「子供の代理人」(Advocate)的な教師が居て、早期に適切な介入ができれば成功確率が断然高まると思います。私は小学校の2年(前半のみ)と6年で、娘は3年と6年で、自分を理解し、高く評価してくれる担任教師に当たりましたが、仮にそうでないタイプの教師が担任になってしまった場合も、相性の良い大人に引き合わせてくれたり、相性の悪い担任から上手に引き離してくれるような役目をしてくれる誰かが居てほしい。

それが「生活指導(不登校対応も含む)の担当教師」なのか「保健室の先生」なのか、「スクールカウンセラー」なのかは学校によって違うでしょうが、少なくとも子供の気持ちをよく汲み取ってくれて、かつ学校内の教師の性格やスキルをよく知り、かつ担任に勇気を持ってNO!と言える方が望ましいと思います。

 

娘の場合は、奇しくも、在籍中学校にある「にほんごくらぶ」の先生(外国出身で日本語が不自由な児童が授業についていけるようサポートする専門教師)に救われつつあります。たまたま、その先生が言葉の問題含めて学校適応に苦しんでいる生徒をたくさん見てきたから子供の代理人になれるわけです。さらに踏み込んで言うと、私たちの暮らす東京江東区が外国出身者を一定数抱える多文化の社会になりつつあり、それに対応しようとする学校側の動きが結果的に娘を救っている面があるわけです。

学校適応に困難を抱える児童は、担任の無理解によって大きなダメージを受けてしまうハイリスクな存在ですが、仮にそれが起こったとしても、問題行動を起こす前に「子供の代理人」によるタイムリーで適切な介入ができる体制を、各学校で考えてもらいたいと思います。

 

最後に、私は子供時代に辛い思いをした経験と、娘の不登校問題を活かして、日本の公教育の現場で教師の方々と協力して有益なインプットをしていきたいと思います。

私立に行くとか、インターや外国留学に行くみたいな、「教育をお金で解決する」アプローチを私は好みません。日本の国庫に少なからぬ不動産譲渡益税や法人税を払ってる納税者なんですから、その税金で運営される公立の学校に子供を通わせたいし、かつ、税金が十分活かされるように、保護者の立場から先生の能力を開発し、よい仕事をしていただく上で貢献したいと思います。

 

世界中を見渡すと、今の日本の教育現場で「先生が真面目で熱心」なのは、何にも代えがたい財産だと思います。公立学校の先生がロクな給料もらえない国、教師の副業や怠業が当たり前の国、それを嫌気した富裕層が子供を私立や外国に逃がす国なんて、世界中にたくさんありますもん。少なくとも日本では、普通の公立学校で、一定レベル以上の教育を受けた先生が熱心に職務に勤しんでますし、地域の保護者と対話しようという意識も高い。日本人の特性か、相手の立場に立った共感能力の高い教師も少なくない…客観的にみて大変恵まれた国に住んでいると思います。

個人差はあれど先生方が真面目で勤勉だからこそ、ポテンシャルも大きいと思いますし、日本社会に貢献する次世代を育むのに絶対不可欠な条件「どの子にも教育の機会を与える」という理念にも共感してもらえると信じます。もし、困難を抱えた児童が相性の良くない担任に当たり、タイムリーで適切なケアができなかった結果、「その子に教育の機会を失わせてしまう」のはもちろん良くないし、それを防ぐために学校側で何ができるのか、保護者と一緒に考えましょうという提案にもご理解いただけるはずと思います。

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不登校児、どの国で育てても大変…

こんばんはManachanです。今回は子育てネタでブログ書きますね。

私の娘は、東京都内の区立中学1年生。断続的な不登校が小学3年からはじまり、中学生になっても未だに苦労が続きます。今のところ、親が付きそうかたちで週に数回、放課後登校させています。現場では不登校児に理解ある先生が居るかと思えば、全く理解も興味もない先生も居ます。とにかく「相性の良い先生にあたるかどうかという、自分ではコントロールできない”運”に左右される学校生活」に不条理を感じながら、親として苦労や心配は今後ずっと続くんだろうなあと思います。

 

ところで、不登校児は、どの地域でもどの国でも一定割合で居るようです。私たちは国際結婚家庭で、日本の学校への文化的適応に問題が多いと言われてますけど、多分それは問題の本質ではないでしょう。両親とも日本人の家庭で育った子でも、日本の学校に合わずに不登校になる子は相当数いるわけですから…妻の実家があるオーストラリアでも同様で、両親ともオーストラリア生まれの白人の家庭で育った子でも、学校に合わずに不登校になるケースは当然あります。

「オーストラリア不登校」、身近な知り合いにもいますよ。両親とも英語ネイティブの家庭に育ち、学校の成績は問題ないのに、他の子供たちとの人間関係をつくることができない。まずは小学校低学年でいじめに遭い、親がみかねて転校させたのですが、その学校にも馴染めず結局不登校になってしまった。

 

「不登校」を、英語圏ではSchool refusalと言います。直訳すれば「登校拒否」。かなりきつい言葉ですね。思えば私が子供だった1980年代、日本では「登校拒否」という言葉が使われていました、当時は子供を登校させないことがとても悪いことだとされ、その批判の矛先が親に行ったり(親もつらいのにね…)、また学校側も、義務教育にもかかわらず「登校させないとお子さんが卒業できませんよ」と、半ば脅しをかけるような時代でした。

卒業証書をちらつかせされたら、親も当然、我が子を無理にでも行かせようとする。それが、さらなる悲劇につながるわけです。いじめ、自殺…いろんな問題が頻発するなか、文部省は1992年、全国の小中学校に向けて、こんな通達を出します。

・「登校拒否」ではなく「不登校」という柔らかい言葉を使おう。

・「不登校」は自然なことだと認め、そうなった子供を学校に戻すような仕組みを考えよう。

・「不登校」「無登校」であっても、義務教育なのだから、卒業証書は必ず出そう。

 

今ではさすがに、「登校拒否」という言葉を使う人は減り、「不登校」自体が社会的に認知されてきました。フリースクールや、インターネットを使った通信制の中学高校などの選択肢も増えてきました。とはいえ、(学校に行かず)自宅で育つ子供のための教育「ホームスクーリング」はまだ認知度も低く、方法論も十分に開発されていない印象です。この方面で先進的なのは、やはりアメリカをはじめとする英語圏でしょう。長年の歴史と蓄積があります。

でもって、「ホームスクーリング」が盛んな英語圏で、「不登校」のことをSchool Refusal(登校拒否)と言うのはなぜなのか?…その意味を考えたいと思います。

 

私の見聞した範囲でいうと、オーストラリアでは、「お子さんが学校に行けないなら家庭でホームスクーリングすべきでしょ?」というかたちで物事が処理されるようです。まず福祉局の人が来て、ホームスクーリングプログラムを親に考えさせて、家でやらせる…という感じなので、そもそも「学校に戻す」という発想自体が希薄なように思います。

そもそも、社会と学校の成り立ちからして、日本とは根本的に違う。特にアメリカでは、近代的な学校制度を国がスポンサーするずっと前から、教会や開拓者コミュニティが民間の学校をつくり、独自の教育を積み重ねてきた(リンカーン大統領もケンタッキーの開拓者の学校で学んだわけです…)。オーストラリアも開拓者社会なので状況は同じで、人口希薄な遠隔地も多いので、そういう地域で育つ子供に対する教育は、都市部の学校とは全く別の体系で、ラジオやインターネットを利用しながら長年行われてきました。つまり、「児童教育は学校が全てではなく、それ以外の方法でやっても構わない」、これが英語圏社会に共通のコンセプトだと思います。

 

逆にいえば、そういう教育の伝統だからこそ、公立の小中学校で不登校になったらすぐ、「School Refusal(登校拒否)ですね。学校で無理なら家でやってください!」と、突き放されるのだと思います。

一方、日本、韓国、中国など東アジアは学校信仰が強い社会であり、国の認めた学校以外での教育はなかなか認めない傾向がある。だから、不登校になったら家でやりなさいと突き放すことは難しく、いろいろ考えて、何とか学校に戻そうとするのだと思います。「不登校」という柔らかい言葉を使ったり、登校日数ゼロでも卒業させることも含めて…

 

英語圏社会と東アジア社会、どちらの教育のやり方にも良し悪しがあると思います。日本の教育しか選べない方々は英語圏教育への憧れが強いのか、(こちらが頼んでもないのに)私に対して「インターに行かせるべきじゃない?」、「英語圏で教育した方がお子様のためじゃない?」みたいなアドバイスすることがありますが、

日本とオーストラリアどちらも選べる我が家の立場からすると、(選べるからこそ)オーストラリア教育の良くない部分も当然見えてくるわけで、我が子の特質、日豪社会や教育の在り方を総合的に考えれば考えるほど、実際に選ぶのはものすごく難しいと感じます。

 

私、現時点では、次のように考えます。

・娘は、たぶん日本で育てた方が良いだろう。

・いまオーストラリアに行ったところで、学校に馴染めるとは限らないし、馴染めなければ放り出されてホームスクール。せっかく覚えた日本語も忘れるだろうし、将来的に箸にも棒にもかからない扱いを受けるリスクが高い。

・その点日本なら、学校側が一生懸命、登校させようと努力してくれるし、その結果学校に馴染めるようになれば御の字。たとえ馴染めなくても日本で暮らすことで得られる日本語能力が、将来オーストラリアに行っても結果的に娘の身を助ける期待もある。

 

とはいいつつも、日本での学校生活、親としての苦悩は当分続くでしょう。気長に頑張ります。

 

続編はこちら…

「学校適応が難しい子」と「担任教師の無理解」による厄災を防ぐ方法

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日本に東京があって良かった 〜世界からTokyoへUターン起業した男のつぶやき〜

こんにちはManachanです。いつもブログご愛読ありがとうございます。

人間は生まれ育った場所で一生涯を送るとは限りません。故郷を離れ、就職や就学のため他所(大都市など)に移動する人が相当多いからこそ、世の中、UターンやJターンなる言葉があるわけですね。

たとえば、地方出身の人が東京に移動する場合、

  • Uターン…故郷→東京→故郷 (例.青森出身者が東京に出た後、地元に戻って暮らす)
  • Jターン…故郷→東京→故郷に近い中核都市(例.青森出身の人が東京に出た後、仙台で暮らす)

私の場合は少し変わり者でして、日本を飛び出して地球規模で「直径8000キロのUターン」をしました。

  • 故郷(日本)→海外(オーストラリア、中国等)→故郷(日本)

私は日本の首都圏(千葉県柏市)で生まれ育ち、東京の高校、大学で学び、1994年、東京で就職しました。

その6年後、2000年に日本を離れてオーストラリアに移住し、現地で就職。5年暮らした後は中国に移って働き、2007年に日本(東京)に戻り、Uターン就職。その6年後、サラリーマンを辞めて東京で起業しました。

以上まとめると、こうなります

  • 1994〜2000年 日本(東京)でサラリーマン
  • 2000〜2005年 オーストラリアでサラリーマン
  • 2005〜2007年 中国でサラリーマン
  • 2007〜2013年 日本(東京)でサラリーマン
  • 2013年〜 日本(東京)で起業

私はこのようにグローバルな人生を歩み、海外で英語や中国語を使う専門的職業に就いて働いてきたのになぜ、わざわざ家族全員連れて日本へUターンして、挙句に会社まで興したのはなぜなのか?その意味を考えてみました。

正直言うと、海外の広い世界で暮らしたあとで、日本に戻るに際して「3つの不安」がありました。それは、

  • 1)「大学→大企業という決められたレールを大きく踏み外した後、38歳という年齢で日本社会に合流してもまともな就職はできないのではないか?」
  • 2)「国際結婚して外国で生まれた子供が、異文化との共生に慣れていない日本の学校で先生や仲間に受け入れてもらえないのではないか?」
  • 3)「日本で暮らすと、子供たちに英語力を身につけさせる環境が無いのではないか?」

しかし蓋を開けてみると、上記は全て杞憂でした。日本もとい「東京」に、良い意味で期待を裏切られたのです。東京は私の気づかないうちに、国際都市として進化を遂げており、世界中の人々を同僚や隣人として自然に受け入れる多文化社会になりつつあったのです。

まず、1)については、38歳で再就職活動しても、同世代の一部上場企業の仲間と比べて遜色のない給料で、外資企業のITマネジャーとして迎え入れてもらいました。生活水準もキャリアの面でも、海外に居る時と比べて全く妥協することなしに、日本での経済生活をスタートできたのです。

正直言うと、日本に帰国した場所が「東京」だったから良かったのです。外資企業の専門職、管理職の求人は、私のみる限り、日本全国の80%以上が東京23区に集中していたのです。言い換えれば、私が首都圏生まれだったおかげで、両親の住まいの近くに「Uターン」できたわけです。これがもし、日本国内の他地域、例えば九州出身だったなら「Jターン」(九州→海外→東京)になっていたはずです。

次に2)について。今時の東京都内、特に23区東部の公立小中学校は外国籍や外国生まれの児童がクラスに居るのが当たり前。我が子の名前がカタカナでも妻が日本語ネイティブじゃなくても、珍しいことじゃないので自然に受け入れてもらえます。移民の多い英語圏の国ではノンネイティブの児童が英語の授業についていくのをサポートするESL(English as Second Language)クラスがありますが、東京の我が家近くの公立中学校にもそれに類したJSL(Japanese as Second Language)クラスが設置され、専門の教師が配属されています。

3)に関して。確かに日本社会では日本語が圧倒的に強く、英語の通用度も使用頻度も高くはありません。ですが、東京ならインターナショナルスクールも英語補習校も、帰国子女向けの塾も豊富な選択肢があり、我が家のような日英バイリンガルファミリーで育った子供が、日本語力と英語力を維持する環境は整っています(注. 首都圏でも埼玉や千葉、横浜以遠の神奈川に住むとハンディがあるので、英語力維持したいなら東京都内に住むことが大事です。)

また、他国と比べた英語通用度の低さは、多言語能力と海外勤務経験を持つ私からみれば逆に「他者に差をつけるチャンス」以外の何者でもない。結局その比較優位を活かして東京で起業することにしました。言い換えれば、東京は「世界最大の経済規模を持つのに英語通用度が低い」という稀有な都市であり、その舞台で私はチャンスを掴んだのです。

結局何が言いたいのか?私自身を含め、海外で活躍した日本人にとって「東京はいつでもUターンできる都市」だということです。客観的にみて、東京は日本で唯一の国際都市。外国語を使う専門的職業の雇用が豊富で、多文化共生の社会環境も英語力を維持する教育環境もそれなりにあります。

言い換えれば、国際都市·東京があるから、私は日本に帰って来れたのです。もし東京がなかったら、私は今頃間違いなく、日本以外の国に住んでいたことでしょう。

海外に住んでももちろん良いけれど、私は海外経験を活かして母国·日本に貢献したいと思うタイプの人間なので、日本に東京という都市があって良かった、おかげで楽しい人生になった…本当に、心からそう思います。

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海外不動産サポート料の意味と、最適化への挑戦

こんばんは、Manachanです。今回のブログでは、日本人投資家が業者経由で海外不動産を購入する際の「サポート料」の意味合いについて考察します。

 

「そもそも、なぜ購入サポート料が必要なのか?」

海外不動産を買う日本の投資家の多くは、購入価格の約2~5%の「サポート料」を仲介業者に支払っているはずです。これは顧客側、業者側それぞれの事情で、必要とされています。

顧客からみると、日本とは言葉も商慣習も大きく違う海外で不動産を買うわけなので、契約・登記まわり、保険の手配、管理契約や入居付けアレンジ、それらに関連する外国語のやりとりを、自分ではとてもできないから業者に代行してもらいたい。その対価としてサポート料を支払う、という構図になります。

一方、業者側からみると、ビジネスの収益源としてサポート料は日本人顧客から是非いただきたいものです。というのも、英米圏はじめ海外の多くの国では、不動産仲介手数料は「売り側からしか取れない」もので、買い手から取ってはいけない商慣習ですので、その国の法律で認められた仲介手数料以外の収入を、日本でサポート料という名目でいただく必要が出てくるのです。

私は自分自身が投資家(顧客側)でもあり、かつ業者側のポジションも持っているので、両者の立場が良く分かります。顧客が業者のサービスを切に必要としており、かつ業者が時間をかけてサービス提供するわけなので、適正な対価は当然に必要です。

時々、「サポート料なし」をうたう業者がいますが、そういう取引は疑ってかかった方が良いでしょう。サポート料なしでも商売やっていけるということは、売値をたっぷり乗せて、顧客に見えないところでガッツリ利益をとっているかもしれません。つまり「海外版かぼちゃの馬車」的な割高カス物件を客に売ってる可能性があるのです。

 

「サポート料をめぐる問題、トラブルとは?」

ところで、上記のサービスとサポート料をめぐって、顧客と業者がお互いに納得感のある取引ができるとは限りません。多分うまくいってないケースの方が多いのではないでしょうか。

まず、業者側からすると、「要求の細かい日本人客」と「アバウトな海外取引先」の板挟みになって苦しむケースが多い。お互い悪気はないのでしょうが、海外の商慣習や法律、サービスの概念は日本と大きく違うもので、メール等でやり取りしても海外取引先の回答は日本人客からみると要領を得ないし、それ以前にレスが遅い、逆に日本人の質問は海外取引先からみると枝葉末節すぎて答える気がなくなる…お互いの文化や商習慣が違う以上、その橋渡しの仕事はかなり高度なものになります。ビジネススキルと文化理解、語学力すべてが必要で、頭良くないと絶対に務まりません。

 

高度な仕事にも関わらず、それに見合った報酬を支払うに十分なマネタイズができる会社は、いまの日本の海外不動産業界では稀です。そもそも、日本人からサービス料を取ること自体、かなり難易度が高い。世界広しといえども、日常的な外食でもその料金に「サービス&おもてなし」が含まれる日本みたいな国は珍しく、そういう国に暮らす人たちは、外出しの「サービス料」を払うことに慣れていません。それが相当な専門知識を必要とするものであってもです。

ですが、日本の外に出ると、「サービスは別途料金で先払いが当然」の世界が多くなります。例えばアメリカとかだと、「弁護士の時間とるだけで1時間300ドル」のフィー徴収が当たり前で、しかも前払いしないと簡単な回答さえしてくれないことが多い。「先方にちょっと聞いて確認する位ならタダが当然」と思ってる日本人客とのギャップは非常に大きく、サポートスタッフは両者の板挟みで苦労します。

 

さらに、海外不動産仲介ビジネスの経営者のなかで、不動産業界経験者が相対的に少ないことが問題をさらに大きくしています。金融、保険でも旅行代理店でも、どの業種から参入しても良いと思いますが(私自身もITからの参入組です…)、「不動産は売りっぱなしが許されない世界」だという基本的な理解をしない経営者は、いとも簡単に「放置プレイ」、「国替え」、「転廃業」をしてしまいますし、そういう会社ほど有能なサポートスタッフが逃げてしまいます。

以前より多少はマシになりましたが、数年前の東南アジアでは日系仲介業者の「サポート中途放り出し」が酷く、日本人オーナーで「海外不動産難民」になってしまった方が多数おられます。私は2016年から、困ったオーナー様のために、仕掛中の不動産登記のフォローや、引き渡し、入居付けをサポートするレスキューオペレーションを始めています(参考:海外不動産レスキューのお仕事)。

 

「最適なサービスとサポート料を模索する」

上記を踏まえて、顧客と業者、それぞれがハッピーになれる海外不動産関連サービスと、その対価たるサポート料とはどうあるべきか、考えてみました。

まず、お互いが踏み外してはならない、二つの原則があると思います。

 

・業者へ…サービスを途中で放りだすのはナシよ。

・顧客へ…適正な対価を払わずにサービスだけ期待するのはナシよ。

 

それが満たされたら、不動産購入の本来の目的に立ち返ってシンプルに考えれば良いと思います。日本人の場合、海外不動産買っても当地に移住したいニーズは少なく、ほとんどが「投資」目的の購入なんですから、業者は「顧客が当該国への納税義務を果たしながら投資利益をちゃんと得られるようなサポート」に徹すれば良いと思います。

その際、業者が取るサポート料は、コストとして投資収支を圧迫する要因の一つになるので、顧客からみて「費用対効果」が納得感あることが肝要です。私自身は投資家で収支にはシビアなので、中間経費はできるだけ最小限にして、投資効率を最大化したいと思う人間です。そういう「投資家肌」の顧客もハッピーになれて、かつ「業者に全部お任せしてラクしたい」と思う顧客もハッピーになれるオプションが提示されれば良いと考えます。

その見地から、私は次の方式を提唱します。

 

1)購入サポート料は、購入手続に加え、第一回目の家賃入金と第一年目の当該国税務申告までをサポートする対価としていただく。そこまで一通り経験すれば、「管理会社や税理士など現地コンタクト先と、どのタイミングで、どういうコミュニケーションが発生するのか?」がだいたい分かるようになる。

2)それ以降は、「業者を通さず自分の責任で現地とコミュニケーションする」か、或いは「適正なサポート料を支払って業者に引き続きやり取りをお任せするか」、どちらも選択できるようにする。

 

私自身は、「業者にサポート料払わずに自分でやりたい派」なので、価値観の近い投資家系のお客様には、「最初の一年でやりとりの基本を覚えて、あとは自分でやった方がスキルも上がるし費用も節約できていいんじゃないですか?」とお勧めしますが、

私のみる限り、お客様の7割以上は「ずっとサポートして欲しい派」だと思います。もしそうであれば、「国際不動産サポートという高度な専門サービスに対して適正な対価(例.1物件につき毎月最低100USD以上)を払い続ける」覚悟が必要になります。それなりの投資規模で、かつ時間を買いたいのであれば、こちらをお勧めします。

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空気よめない父 vs 空気よみすぎる娘

こんにちはManachanです。今回は久しぶりの育児エッセイでいきます。

私自身も、娘ソフィアも、それぞれ日本の学校には不適応な面を抱えつつ育ってきました。娘は現在中学1年生で不登校中。一方、私の小中学生時代は不登校自体が許されず(当時は「登校拒否」という犯罪者めいた言葉で呼ばれていた)、担任の先生にも毛嫌いされつつ日々登校しましたが、さすがに高校生になると自我が芽生えて、自分の意志でしっかり不登校するようになりました。

余談になりますが、加計学園問題で国会証人喚問されて、時の人となった文科省の元事務次官・前川喜平氏。出会い系バーや天下り斡旋問題もあって賛否両論の人物かと思いますが、彼、実は日本の不登校問題における偉大な功労者なんです。

 

・1980年代「登校拒否」児が増えた時期。当時の学校は「登校しないと卒業証書ださないぞ!」と保護者や子供を脅すことが横行し、無理な登校がさらに悲劇を大きくするトラブルが続出。そこで文部省は「卒業証書必ず出しなさい」指導を出した。その結果、今では完全不登校の状態であっても中学校から卒業証書が出るようになった。

・1992年に、「登校拒否」ではなく「不登校」という言葉を通知で使い、不登校は誰にも起こること、当たり前のことだと認識を改めた。その上で、民間施設等で学校復帰を前提とする指導を受けている場合、在籍学校での出席扱いにする方針を出した。

・2016年、馳浩文科大臣ら議員有志と協力して、「教育機会確保法」の実現に尽力した。

 

娘と同様、かつて日本の学校で不適応を経験した父の視点でみると、不登校児童に対する教師の理解や支援体制は、今なお課題が多いとはいえ私の小中学校時代と比べれば格段に整ってきたと感じます。これも前川氏や馳議員をはじめ、多くの方々の功労があってこそです。

ところで、同じ学校不適応でも、私と娘とは、違うタイプの性格ゆえ、それぞれ別の苦労をしています。

 

私は、空気が読めない。だから、集団行動でさまざまな問題を引き起こす。

逆に娘は、空気を読みすぎてしまう。表面的には集団行動で全く問題ないようにみえるが、実は相当疲弊している。

 

いずれも、病気ではなく、人類に一定の割合で存在する「脳の性質」です。私のは「自閉症スペクトラム」とか「アスペルガー」とか呼ばれるもので、娘のはおそらくHSP(Highly Sensitive Person、高敏感性・高感受性)かと思いますが、いずれも少数派であり、多数派の児童や先生に最適化された学校社会において様々な不適応を起こしやすいのです。

それぞれ、どんな問題を起こすのか?私の場合は、集団行動のなかで自分が何をすべきなのか、ちゃんと言ったり書いたりしてくれれば理解できるけど、それ以外の非言語的コミュニケーション(空気読み、人の気持ちを察する等)が極めて苦手で、それができて当然と考えるグループのなかでは誤解や齟齬が起こりやすい。この性質のせいで、社会人になっても、また家庭生活でも苦労しています。

一方で、娘の場合は、集団行動のなかで自分がすべきことを、他の人より知りすぎてしまう。空気を読みすぎ、同調圧力も必要以上に感じてしまう。人間関係だけでなく、大きな音や匂いにも極めて敏感で、処理する情報が質量ともに多すぎるために、学校で起こる物事にすぐ圧倒されてしまう。表面的には他人とうまくやる能力があるので、問題行動は起こさないが、実は相当な無理をしているので、結局、自分を守るために不登校や引きこもりになるのです。

言い換えれば、非言語的な情報に「鈍感すぎる父」と「敏感すぎる娘」…ともに、学校など集団生活では苦労するという共通点を持っています。

 

でも、学校という閉じた社会で不適応を起こしても、実社会ははるかに複雑で多様なので、鈍感な父も敏感な娘も、どちらも、社会のなかで居場所をみつけることはできるはず。その意味で私は、娘の将来を楽観しています。

私の場合は、非言語コミュニケーションは極めて苦手でも、言語コミュニケーションは人一倍得意で、ブログやコラム執筆、外国語習得などの分野で能力を発揮し、それを仕事に活かしています。他人のペースで動かされるのは絶望的に不得手ゆえ接客業などは無理でしょうが、得意分野に特化して自分のペースで動くのは得意なので、「海外不動産投資」という圧倒的な得意分野に特化して、情報発信と組み合わせてビジネスをしています。

一方、娘の場合は、感受性が人一倍強いという特性を生かした職業で輝けると思っています。例えば、デザイナーとか、カウンセラーや精神科医、あるいは、本人が多人数と付き合うストレスを克服する方法を見つけたなら、それこそ「学校の教師」になれたら良いと思います。不登校が一向に減らない今の教育現場では、一人ひとりの子供に好奇心を持ち、心でつながれる教師が切に求められているからです。

 

最後に、私と娘の性格は相性良いです。多くの刺激を受けすぎて疲れてしまうHSPな娘にとっては、たぶん鈍感すぎる人間の方が気が楽でしょう。

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定住人口で縮み、交流人口で拡大する日本

こんにちはManachanです。いつもご愛読ありがとうございます。今回のブログでは、不動産投資・ビジネス、国民経済におけるキーワード、「定住人口」と「交流人口」について論考したいと思います。

 

海外の不動産投資を志す日本のお客様は、多くが「将来、日本の人口が減り、経済が停滞・衰退する」ことを懸念しており、それが彼らをして海外に目を向けさせる主な動機になっています。

彼らのいう「日本の人口が減る」とは、日本の国土で暮らす「定住人口」が減ることを意味します。総務省の統計によれば、2017年の通年で、「日本国民が37万人減り、外国人の定住者・長期滞在者が15万人増え、差し引き22万人減り」、その結果、総人口が1億2682万人から1億2660万人くらいになるようです。ちなみに過去数年の総人口推移は「18万人減(2014)→14万人減(2015)→20万人減(2016)→22万人減(2017)」位です

(総務省や社人研の図表に必ずついてくる人口の将来推計は意図的に省いております。結局のところ、推計のほとんどが外れるわけで、それ自体が判断を誤らせるもとだと思います…)

 

一方、「交流人口」とは何でしょう?日本国に関していえば、「外国人(または日本人)が、相手国に居住しない前提で、旅行やビジネス、親族・友人訪問、会議や研修などの理由で日本(または外国)に短期滞在する人口」を意味します。

交流人口は、定住人口よりずっと速いペースで変動します。特に、日本に来る外国人の数は、「1341万人(2014)→1973万人(2015)⇒2403万人(2016)⇒2869万人(2017)」と。定住人口の20倍くらいのハイペースで増え続けています。

つまり、「定住人口が少し減って、交流人口が大きく増えている」のが、いまの日本の状況であり、両者を合わせてざっくり計算すると、面白い結果になります。

 

1)定住人口の見方…日本に定住する人間が年間22万人減る、彼らが一人あたり、生活費、住居費、教育遊興費などで年間300万円を消費すると仮定すれば、

⇒ 22万人x300万円=6600億円の消費が減る。

2)交流人口の見方‥・海外から日本に来る人間が年間400万人増える。彼らが一人あたり、ホテル代、飲食費、ツアー費用お土産代なので、年間15万円を消費すると仮定すれば、

⇒ 400万人x15万円=6000億円の消費が増える。

 

両者あわせると、日本経済への影響は「ほとんどチャラじゃん!」。今後、海外からの交流人口が今のペースで増え続けるかどうかは。国際環境や為替の影響を受けるため未知数ですが、少なくとも一国の経済を考えるなら、「定住人口と交流人口」を合わせてみた方が有益だと思います。

 

ところで、「定住人口の世界観」と、「交流人口の世界観」は、根本的に違います。これは、「定住農民」と「貿易商人」のものの見方の違いに似ているかもしれません。

私は後者、「交流人口」の世界で生きる人間です。日々、不動産を通じて日本と海外を結びつけるビジネスをしているので、「日本→海外、海外→日本の交流人口」をベースに物事を見ています。一方、日本国内で日本人を相手にするビジネスは、不動産賃貸経営を含めて、基本は「定住人口」をベースに物事を考えます。

 

おそらく、日本人の大多数が「定住人口」の住人だと思いますが、私は時として彼らと話がかみ合わなくなることがあります。例えば、彼らがよく口にする、「日本の人口が減るから経済衰退する」という悲観論が理解できても心から納得できないのです。なぜなら、私は交流人口の世界に生きており、こちらの方は縮小衰退どころか、「年々、数十%成長のすごくエキサイティングな世界」だからです。

また、交流人口の世界観でいうと、「日本なんて、まだ国際化始まったばかり、伸びしろすごく大きい」と思います。私が携わる国際不動産ビジネスは特にそうで、日本の業者が世界の不動産で商売する時代は、今まさに黎明期。特にヨーロッパ方面に行くと、私は日々、パイオニア。「彼らの目の前に立ち現れた最初の日本人業者」として商談に明け暮れています。

競合プレイヤーも少なく、いまから真面目にやれば、発足したばかりの弱小企業とはいえ、「日本と海外をつなぐ不動産ビジネス」というニッチ分野で天下取れると思っており、今のところ悲観や衰退とはまるで無縁の世界に生きています。

 

今のところ、国際交流人口では年々、マーケット拡大している日本国ですが、誰もがその恩恵にあずかれるとは限りません。明暗を分けるのは多分、「スキルセット」や「ものの見方、考え方」なのだと思います。たとえば、こういう文章を書く日本人がいます。

 

京都が悲鳴。日本に金を落とさせない中国丸儲けビジネスの実態

もう日本人の出る幕なし?外国人だらけのニセコにみる日本の未来

 

京都やニセコは、日本国内におけるインバウンド観光で成功した都市の代表格であり、タイのパタヤ、プーケット、インドネシアのバリ島に通じるものがあります。

海外のお客様を相手にする商売である以上、外国語でのサービスは必須であり、それを提供できる外国の事業者とも競争しなくてはならない宿命があります。日本国内でありながら、英語や中国語が幅をきかせる世界も一部存在するのでしょう。パタヤやプーケットでタイ語よりも英語がロシア語が幅をきかせるのと同じように・・・

これをチャンスととらえるか、脅威ととらえるかは、個人次第。上記の文章を書いた人のように、「自分自身が変わらずに外国人業者ばかり儲かることを嘆く」ようでは…

 

日本の業者だからといって競争に勝てるとは限らないのが国際ビジネスの掟であり、その競争が日本国土の上で起こるのがインバウンド観光。その恩恵に与りたい気持ちがあるならば、頑張って英語や中国語を覚えるなり、或いはそれができる人を上手に使って商売すれば良いと私は思うんですけど…

そういうマインドセットになれない人は結局、交流人口で拡大するニューエコノミーを味方にすることはできないのだと思います。

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イギリス~この国と文化のかたち

おはようございます。Manachanです。私は数日前まで、英国ロンドン近郊のセントアルバンス(St Albans)という美しい街にいました。驚くべきことに、この街は古代ローマ時代以来の2000年の歴史を持ち、当時は英国(グレートブリテン島)のなかでロンドンに次ぐ第二の都市だったそぅです。

現在、英国の主力民族であるアングロ・サクソン族が、欧州大陸からグレートブリテン島に渡ってくるはるか以前、先住民(ケルト民族)が支配者ローマ人に抵抗して戦った地が、ここセントアルバンス。

あれから2000年経って、大都市ロンドンの通勤圏ベッドタウンになった今も、街中いたるところに、ローマ時代の大聖堂や石積みの橋などの遺構が残っています。それだけでなく中世、近代、現代の建築物や道標、エンブレム、郵便ポスト等が街中に存在し、今なお現役で頑張っています。

 

 

海の向こうから訪れる私たちにとって、英国が今日みせる景色は、とても魅力的です。

この国では、古い街は古い街らしい落ち着いた佇まいをみせ、大都会ロンドン内にある各地域でさえ個性豊かな歴史と風情に溢れています。そして、真っ白な羊が草を食む緑の田園風景は他のどの国よりも美しい。

大陸欧州と違って戦災や自然災害による破壊が少なかった分、昔のものがよく残っています。その点は島国・日本にも近いのかもしれませんが、日本の農村によくある新建材の家みたいなものは少なく、荘園(マナーハウス)や茅葺き屋根の家とか水車小屋など、昔ながらの良さが残っています。

 

一方で、英国・アングロサクソンの文化は、「新しもの好き」で、情報発信能力に優れています。今なお、ビートルズとかハリーポッターとかマンチェスター・ユナイテッド等、世界中に影響力あるコンテンツを生み出し続けています。

それ以前の時代も、議会制度、郵便、鉄道、金融システム、株式会社と近代企業経営、サッカー、ラグビー、クリケット、ポップミュージック…英国人が始めた様々な仕組みが、世界中に広まって、人々の暮らしを楽しく豊かにしています。

なぜ、英国は古いものを多く残しながら、新しい仕組みやトレンドを生み出す力を持っているのか?英国文化を源流にもつ国・オーストラリアで暮らしていた私の仮説はこうです。

 
「アングロ・サクソンほど、親と子の関係や成人同士の関係が対等な社会は他に類例を見ない。多分それが、独自の文化創造力につながっている」

 

オーストラリアで暮らして驚いたのですが、この社会では、長幼の序とか、先輩・後輩みたいな感覚が皆無に近く、成人すれば、たとえ20歳と50歳であろうと対等、という雰囲気でした。

親子の関係にせよ、誤解を恐れずにいうと「お互いにため口をききあう」みたいなフラットな関係で、特に子供が成人すれば、その意志は個人として尊重され、親の意向を押し付けることは少ない。

こんな社会だからこそ、「親の世代はともかく、俺は俺の好きなようにやるよ」となる。その結果、世代ごとにトレンドが生まれる。それが、事実上の世界共通語(リンガフランカ)になった英語とともに世界中に広まる…

 

一方で、「なぜ、英国では古いものがよく残るのか?」というと、それも、アングロサクソンのフラットな親子関係が影響していると思います。

この社会では、子供世代は自分の好きなことをやる。でもって、親の世代が残したものは、良い意味で「放っておかれる」のです。

親世代が子供世代に対して、古い価値観を強圧的に押し付けるような社会では、力関係が逆転した時に、親世代の残したものを全否定したり破壊したり、みたいな負のパワーが生まれがちですが、

アングロサクソンでは、(少なくとも近現代においては)その押し付け自体が少なく、基本「自分の好きなことをやりなさい」という社会だから、親世代が残したものをあえて破壊したいという気持ちも生まれない。

下の写真にみるように、100年以上は経っていると思われるレンガ造りの住宅にモダンな店舗ができたり、隣の古い家に高さを揃えるかたちでモダンな近代集合住宅が建ったりするのは、英国ではありふれた風景です。

 

そういう歴史を繰り返してきたからこそ、今日の英国では、古い時代から遺されたものが、重層的に存在して、モダンなものと自然に共存していると思います。

日本はアジアのなかでは、奇跡的に、英国と似ている面の多い社会だと思いますが(島国、古いものがよく残る、実は新しもの好き…)、でも日本と大きく違うのは、英国は万事、「あまり無理しない」ことだと思います。インフラ整備も、ライフスタイルも、日本の都市部ほどせかせか急がず、ゆっくり、無理せず…そんな緩い空気の溢れた国。

英国のそんなところが、世界中の旅人を魅了するのだと思います。

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