オージードリーム諦めた~マンションの街シドニーのいま

おはようございます、Manachanです。オーストラリア滞在も、残すところあと2日。

私がいま居る場所は、ケアンズ。ここから南へ、直線距離で2000kmも離れたところに、オーストラリア最大、人口500万を超える大都市「シドニー」があります。

都会シドニーの暮らしは、人口15万しかいない小都市ケアンズとは大きく違います。ケアンズは中心地を除き、見渡す限り、戸建住宅しかない世界。敷地面積は1000平米(300坪)が標準サイズ。子供は広い庭で遊んで育ち、お父さんは毎週末、庭の芝刈りや外壁のブラッシングに追われる(当地は熱帯気候ゆえ、雑草や藻の育ちが異常に早く、作業大変なんです…)。これこそ一般的なオーストラリア人が思い浮かべる「戸建、ファミリーの暮らし」でしょう。

大都市シドニーも昔はそうでした。1975年頃までは、赤レンガ屋根の戸建住宅ばかりだったようです。でも今日のシドニーは都市化が著しく進み、地価も高騰。2017年のいま、シドニーは「オーストラリア史上初、マンションの供給戸数が戸建を上回る」集合住宅都市になったそうです。ここケアンズにいると、同じ国の話とは思えません。

 
いまシドニーで、ケアンズ民のように「土地1000平米の戸建を買って住む」のは、平均的な市民にはもはや実現不可能。お金を山のように積まないと買えなくなりました。

シドニー都市圏の一戸建価格(中央値)は、ここ5年間、「年間10万ドルづつ上がる」異常な高騰ぶりでした。2012年は64万6千ドルだったのが、17年には115万ドルに急騰。現地給与水準との関連でいうと、今やシドニーは、「香港に次いで世界で2番目に家が買いにくい都市」(World’s 2nd least affordable city)になってしまいました。

日本の感覚でいうと、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の戸建平均価格が、もともと6000万円だったのが翌年7000万、次の年には8000万に上がる状況に等しく(今や1億1千万!)、これでは共稼ぎ夫婦がどんなに一生懸命頭金を溜めても、不動産価格上昇に追いつけません。

不動産価格急騰は、家を持てる者(House Owners)と持たざる者(Perennial Rentars)の間に深刻な資産格差をもたらし、しかもそれは「世代間格差」とほぼ同義になっています。

いまシドニーで成人し、社会人になる世代にインタビューした記事を読みましたが、「私は一生、賃貸暮らしするしかないと思う」とか、「若い世代がマイホームの頭金を貯められるように基金をつくるべき」「賃貸暮らしだとオーナー都合でいつでも追い出されるので、安心して長年賃貸できる仕組みをつくって欲しい」など、半ば悲痛な叫びが聞こえてきます。

土地面積1000平米の戸建住宅が「ささやかなオーストラリアン•ドリーム」だとするならば、いまシドニーに暮らす若者は、オーストラリアの歴史上初めて出現する「ドリームを諦めた世代」になるかと思います。

不動産価格がここまで高騰すると、シドニーの都市構造、人口構造さえ変わります。ここ数年で際立つ変化といえば、

– 戸建住まいからマンション住まいへの急激なシフト。
-若者賃貸人口の「近郊20km圏」への移動(注.都心近いエリアでは若い世代が賃料さえ払えないので、25~34歳の世代が、都心から15~20km西に離れた郊外のRyde~Parramattaエリアに流入しています)。
-どうしても戸建に住みたい人々に向けた、都心40~60km圏遠郊での住宅開発。

ところで、シドニーは地形的要因から、住宅開発が西の方向にしか広がっていけません。都心からみて東側はすぐ海、北と南は30km地点から先は広大な国立公園にぶつかります。土地の稀少性からして東、北、南は値段が高止まりするので、普通の人々が買える価格帯で大規模宅地開発の余地があるのは「西」しかありません。

ここ数十年間ずっと、シドニー都市圏の人口は若年層を中心に西へのシフトが続いており、ここ数年の不動産価格高騰をうけて更に加速しています。逆に、不動産価格の高い東や北の郊外では若者の流入が少なく、高齢化が進んでいます。

「西」に人口が集まるのが分かってるなら、いっそのこと、「西」に都市機能を移転してしまおう。そうすれば、「西」に住む数百万人の住民が、自宅近くで通勤通学できるし、「西」の広大な土地を開発して、皆が買える値段で住宅供給も進められる。

そういう考えのもと、これまで進められてきたのが、「西の中心地Parramattaでの副都心建設」であり、数年後に予定されている「西シドニー空港の開港」なのでしょう。

シドニー都市圏の未来像をデザインするグループGreater Sydney Commissionでは、昨年「シドニー三都構想」が打ち出されました。これは、シドニー都市圏全体を東、中央、西の3つの都市圏域を軸に構成しようとするもので、

-Eastern City(既存のシドニー市街地を中心とする都市圏域)
-Central City(シドニー都心から西20km、Parramatta副都心を中心とする都市圏域)
-Western City(シドニー都心から西40km、新空港を中心とする都市圏域)

2050年までに、シドニー圏の人口はさらに300万人増えて、800万人に達する「南半球のメガロポリス」になると予想されています。それだけの大人口を、地理的制約のあるなかで収容することを考えると、解決策は「既存都市の高層化」と「都市圏域の拡大(西への展開)」になります。鉄道、道路インフラ整備も加速しなければなりません。

これからのシドニーは、オーストラリアンドリームとはかけ離れますが、「駅近、マンション暮らし」がさらに増えると思います。

最後に、不動産投資家の視点からいうと、シドニーの人口動態は、どう考えても「西部、Parramattaを中心に動いていく」と思うので、長期投資するなら「Parramattaに近くてまだ割安な地区」が鉄板だと思います。特にMerrylands, Fairfield, Granvilleあたりは素敵ですね。

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「アベノ開国エコノミー」人口減に挑む

こんばんは、Manachanです。いつもご愛読ありがとうございます。今回は、「日本の将来人口と安倍政権の政策」という、大きなテーマでブログ書きます。

2012年末以来、安倍晋三首相率いる内閣は、計4回の改造を経たとはいえ、戦後まれにみる長期政権となりました。スキャンダル等で支持率を落とす局面はありましたが、客観的にみて諸外国に比べれば安定した政権といえるでしょう。

 

彼の名を冠した経済回復策「アベノミクス」。登場4年半を経ましたが、よく言って、まだ道半ばの感があります。在任中に消費税増税という不利なイベントがあったとはいえ、経済成長率とかインフレ率といった指標をみれば、目標数値をなかなか達成できません。でもフェアにみて、20年もの長きにわたって経済不振に悩み、かつ世界に例をみない急速な少子高齢化と人口減少に悩む国ですので、どの指導者が何をやっても、成果が出るまでに相当時間がかかると思います。

なお、近未来の経済成長につながりそうな、構造変化的な兆しはいくつか出ています。「失業率低下(=ほぼ完全雇用)」と「有効求人倍率の高止まり(=かなり深刻な人手不足)」は、労働者の賃金上昇や正社員増加を想起させます。自殺数もなぜか劇的に減っています。また、日本を訪れる観光客は爆発的に増え、アジア有数の観光立国に変貌を遂げつつあります。

そして何より、「日本の総人口が、当初予想されたより減っていない」ことが、経済を下支えしている面は大きいとと思います。

 

安倍首相が、ガチガチの国粋主義者というイメージを抱く人は相当数居るでしょう。一部マスコミがそう喧伝してますし、また憲法改正をめぐる彼の言動が、国粋主義を連想させる面もあるでしょう。でも、経済政策の面でいえば、国粋主義のイメージとは全く逆です。統計数字を解析する限り、私は、次のように理解しています。

 

・近年の歴代政権のなかで、今の安倍政権ほど、外国人の入国・定住に対して開放的な政権は例を見ない。

・今の政権は、たぶん日本の歴史上初めて、外国人を日本に呼び込んで、経済発展につなげる開国政策に舵をきった政権として、後世に記憶されると思う。

 

統計数字でみてみましょう。安倍政権が発足したのが2012年末。その翌年から、「海外からの日本の人口純流入」がいきなり「プラス」に転じて、今日まで拡大を続けています。前任の民主党政権(菅・野田首相)と比べると一目瞭然。

民主党(菅・野田)政権下
2011年マイナス78,984人、2012年マイナス78,885人

自民党(安倍)政権下
2013年プラス14,378人、2014年プラス38,686人、2015年プラス94,438人、2016年プラス133,892人

 

外国人の純流入が増えた結果、どうなったか?日本総人口の年間減少数が、民主党政権下では「20万人台」だったのが、安倍政権になってから「10万人台」に緩和されているのです特に2016年は、外国人流入が日本人減少の約半分を補った計算になります。

民主党(菅・野田)政権下
2011年マイナス233,119人、2012年マイナス241,476人

自民党(安倍)政権下
2013年マイナス178,769人、2014年イナス176,605人、2015年マイナス142,405人、2016年マイナス161,973人

 

安倍政権下で、短期の観光以外の在住資格を得て来日した外国人数は急増しています。政権発足当時と2016年を比べると「3年間で約16%増」。2016年の動態を一言でいうと、「323万人が入国、309万人が出国して、差し引き14万人が日本国内に新たに定住した」ことになります。

民主党(菅・野田)政権下
2011年2,764,665人、2012年2,835,515人

自民党(安倍)政権下
2013年2,782,006人、2014年2,874,802人、2015年2,985,346人、2016年3,227,596人

在日外国人の存在は、急速に高齢化する日本の人口構成を、少しだけ若返らせています。日本人の平均年齢46歳に対し、在日外国人は20代と30代が圧倒的に多いのです。性別でみると女性の方が多く、出産適齢でもあるので、結果的に日本生まれの外国籍者を増やしています。あと高齢者の割合が少ないため、外国籍の出生数は死亡数の2倍以上になります。

2016年の数字が象徴的ですが、この年は、「日本人の出生数が100万人を割った」ことがニュースになりました。でも数字をよく見ると、日本人の出生数は987,747人、外国人が日本で出生した数16,321人を合わせると1,004,068人。在住外国人のおかげで出生100万人を辛うじてキープしたことになります。

なお2016年は、「外国人が日本に定住しているだけで、年間1万人が自然に増える」時代の幕開けになりました。外国籍者は日本で1万6千人生まれ、6千人死ぬから、差し引きプラス1万人です。安倍政権になってから、外国人の日本での出生数はさらに加速しています。

民主党(菅・野田)政権下
2011年11,702人、2012年12,714人

自民党(安倍)政権下
2013年13,245人、2014年14,376人、2015年14,638人、2016年16,321人

 

ここで閑話休題。ここ数年、来日する外国人観光客が爆発的に増えて、東京大阪のホテル不足や民泊ブーム、爆買い景気などを引き起こしましたが、これも今の安倍政権下で起こった現象といえます。訪日外客数データを、長期スパンでみると一目瞭然

自民党(小泉・安倍・福田・麻生)政権下
2001年477万人、2002年524万人、2003年521万人、2004年614万人、2005年673万人、2006年733万人、2007年835万人、2008年835万人、2009年679万人

民主党(鳩山・菅・野田)政権下
2010年861万人、2011年622万人、2012年836万人

自民党(安倍)政権下
2013年1036万人、2014年1341万人、2015年1974万人、2016年2404万人

 

安倍政権の4年間で、観光立国戦略で先行した韓国を一気にゴボウ抜きしたのは記憶に新しいですね。なお、2017年は北朝鮮の不穏な情勢を受けて韓国への観光客が激減した一方、日本へのインバウンド観光は好調なので、日韓間はダブルスコアの差がつきました。日本はすでに中国、タイに次ぐ、アジア第三位の観光立国と言ってよいでしょう。

 

ところで、読者の皆様は2014年5月に、こんなニュースが出たのを覚えておられますでしょうか?

 

人口、50年後に1億人維持 政府が少子化対応で初目標

 

このまま日本の人口が減るに任せていると、2060年時点の推計で8674万人まで人口が激減し、国際的な地位や国民生活の水準が低下し、財政破綻を招くと懸念されるため、政府が2020年までに少子化対策を集中的に進め、同年の人口を1億人以上(10545万人)に維持するという、極めて野心的な内容でした。

詳細な内容については、紙幅の関係で割愛しますが、統計数字を分析した私が思ったことは、

 

・安倍首相は、マジ本気で、日本の人口減と経済衰退に歯止めをかけたいと考えており、その一環として「在留審査緩和による外国人受け入れ」を、事実上の国策として推進していると思われる。

・もちろん、少子化対策の本命は現役子育て世代への政策的支援による出生率向上だが、その効果が出るには時間がかかる。政権執行部は、私がブログで分析した数字等は百も承知で、「日本社会が許容する範囲で、外国人をどう受け入れるか?」を、極めて現実的に考えているはず。

・一時的な落としどころは、おそらく、「日本人の自然減の半分を外国人の受け入れで補う」あたりかと…そうすれば、目に見える出生率改善が起こらなくても、2060年に人口1億人以上は維持できる計算になる

・その目算がついたからこそ、安倍首相は2014年の時点で、「人口1億人キープ宣言」をした可能性があると思う。実際、彼は宣言後2年で、「日本人自然減の半数を外国人流入で補う」状態を実現している。

 

なお、「事実上の移民受け入れをするなら、まず、日本国民にその是非を諮って欲しい。議論を深めて欲しい」という意見もあるかと思います。私は欧米の社会で長年暮らしてきたので、特にそう願っています。でも、日本の政治社会の現実を考えるに、多分それは無理な相談なのだと思います。

 

・日本社会は、指導者が理想の将来像を打ち出して、国民各層がその実現に向かって進んでいくというかたちでは動かない。

・善悪や、あるべき論ではなく、いま日本に暮らしている人々の気分や情緒で物事が決まる社会。だから、国民が移民受け入れの気分にならないうちに、首相がそれを打ち出したところで、政治的に墓穴を掘る結果にしかならない。安倍首相の立場からすれば、政敵に攻撃の口実をつくるリスクにしかみえない。

・だから、物事を表面化するよりは、「ビザ運用緩和による外国人定住促進」という、国民に見えにくい場所で人口を維持する努力をしていると考えられる。

 

私自身は、日本の経済や国民の生活水準、国際的地位や安全保障、財政の観点から考えて、日本の人口水準はできるだけ維持すべきと考えます。なぜなら、人口が減る、急速な高齢化が進むと、誰もが考えている社会で、積極的な設備投資やイノベーションは起こらないし、将来不安から消費マインドも委縮して、後はもう沈むだけになってしまうからです。日本はこんなに素敵な国なのに、子供たちに仕事も夢もない経済衰退国家を残したくありません。我々現役世代が、日本衰退を運命だと諦めず、それに極力抗うべく、果敢にチャレンジすべきだと思います。

その観点から私は、現実的な手段を駆使して人口の維持に努める安倍政権「アベノ開国エコノミー」を評価します。そして何より、我々国民は安倍自民党を選挙で選んでるわけですから、好き嫌いや評価はどうあれ、現政権が何を目指して行動しているかを、正しく理解すべきだと思います。

 

【関連ブログ記事】

外国人受け入れと首都圏再集中の構図(2017/5/5)

実はあまり減らなかった日本の人口(2017/1/4)

 

【参考資料】(※誰もがアクセスできる、簡単な統計だけを使って分析しました。)

総務省統計局、人口推計

日本政府観光局、訪日外客数統計

韓国観光協会、Korea, Monthly Statistics of Tourism

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「インターナショナル教育=英語」への違和感

こんばんは、Manachanです。今日はいつもと趣向を変えて、「言語・教育論」で書きますね。

私は世界中いろんな国で不動産(コンドミニアム)を見る仕事をしてますが、アジアや南欧方面では特に、不動産価値を上げる方便として、「インターナショナルスクール」なるアイテムが使われることが多いです。例えば、

 

・大規模開発で、敷地内にインターナショナルスクールを誘致する

・既存のインターナショナルスクールのそばに建物建てて、教育環境をウリに分譲する

 

世界中どこにあっても、「インターナショナルスクール」での教育に使われる言語は、「英語」というのがほぼお決まりです。たとえ東南アジアにあっても、中国語や日本語で教えるインターナショナルスクールとか聞いたことありません(そういうのは、中華学校とか、日本人学校とか呼ばれるんですよね)。

非英語圏の社会では、海外とやり取りするために英語スキルの需要が高いですから、「我が国における世界への窓口」というイメージで、「英語」が「インターナショナル」になる、それは分かります。

でも、いま私がいるオーストラリアは英語圏ですから、「インターナショナル=英語」という図式はとてもヘンです。だって、公立の小中学校がみんな英語で教えてるじゃないですか?同じ英語で教える学校がなぜ「インターナショナル」なの?という話になっちゃう。

そう考えると、インターナショナルスクールとは、「非英語圏のエリートや中間層の子弟に対して」、「英語を用いた教学を行う営利事業」と定義されるでしょう。それぞれの社会で子供に英語教育を与えれば階層上昇につながるという連想が成り立つことが、このビジネスモデルを支える素地になりますし、よりマクロに言えば、将来にわたって英語の言語覇権を維持する仕組みでもあるのでしょう。

 

ところで、一口にインターナショナルスクールといっても、クオリティは玉石混交。そもそも非英語圏の子供たちが教育対象なんですから、生徒の英語レベルからして様々なはず。

東京には多数のインターナショナルスクールがありますが、両親か片親が英語ネイティブの子弟ばかりが通う学校もあれば、生徒の大多数が日本人か韓国人の家庭育ちという学校もあります。生徒の英語レベルが違えば当然、教学レベルに差が出てきます。同じIB(国際バカロレア)プログラムを採用していても、学校によって全然レベルが違うみたいな話もよく聞きます。

日本には余り英語を使う環境がないので、思い切って海外に出て、子供を現地のインターナショナルスクールに通わせる親御さんもいます。いま人気なのはマレーシアのジョホールバル(JB)とか、フィリピンのセブあたりでしょうが、JBに来てもインターナショナルスクールの教学レベルは様々で、トップの名門校じゃなければ実は内容がショボいとか、その割に学費が値上げに次ぐ値上げで納得できないとか、いろんな話を聞きます。

 

最近はとにかく、ミャンマーでもタイでもインドでも、中国でもカンボジアでもポルトガルでも、どの国で不動産見ても判を押したように、「インターナショナルスクール近所にありまっせ」、「教育熱心な親御さんに人気でっせ」みたいな話ばっかり…英語ニーズ高いの分かるけど、世界中にそんなに学校乱立させて今後どうすんだろと思う。その論理的帰結は、

 

1)インターナショナルスクール間で選別淘汰が進む

2)フツーのインターナショナルスクールがコモディティ化する

3)コモディティ化した学校を出た子供たちが、良い企業になかなか就職できない

4)英語という言語スキル自体も、世界的にコモディティ化する

 

特に4)が大事で、世界中に英語で教える学校が乱立して卒業生を大量に出せば、少なくとも各国の中間層以上の世界では、「英語なんかできて当たり前、それだけでは何の価値にもならない(最低のスタートラインに立てるだけ)」になると思います。

「英語の他、何ができるの?」と問われる世界になるし、言語スキルでいえば、「英語と何語ができるの?」というポートフォリオの話になってくるでしょう。

 

日本は世界でも珍しい位、英語を使わなくても自国言語だけで高等教育がこなせて、最先端のテクノロジーを学べて世界的な企業に就職できる社会です。それ故、この国では英語スキル自体が貴重ですので、我が子を国際社会のスタートラインに立たせるため、早期から英語教育を与えたいと切実に願う親御さんの気持ちは分かります。でも、世界中いろんな場所に住んだ私からみると、「英語なんて所詮コモディティ」、「日本語の方がずっと稀少価値」という感覚が強いです。

だって世界中、英語話せる人はゴマンといますよね。アフリカや中米の奥地に行っても、英語話す人はいるんです。大学出ても月給1万円しかもらえないような最貧国でも、英語を話せる卒業生は多数。一方、日本語話せる人が世界にどれだけいますか?言い換えれば、日本の経済規模や、日本が持つ文化・技術コンテンツの価値に比べて学習者・習得者が相対的に少ないからこその稀少価値でしょう。

それゆえ、「日本語と英語のバイリンガル」は世界的にみて価値が高いわけです。日本人の子供が英語できるから価値が高いんじゃなくて、「日本語と英語、どちらも読み書き、ビジネスレベルのコミュニケーションできるから価値が高い」のです。

それに、日本語をしっかり学習した副産物として、「中国語学習に有利になる」という面もありますね。言語は違っても漢字の意味は80%以上共通ですから、これ非漢字圏の人に比べれば物凄いアドバンテージです。

 

親の両方、または片方が日本語ネイティブなら、「まずは日本語をしっかり身に着けさせるのが先決。英語は後付けで良い」と私は考えます。我が家でも、少なくとも下の子が12歳になるまでは、日本語を確立させるために東京に住み続ける予定です。

子供の日本語能力を確立させるのに、圧倒的に便利かつコスパの良いロケーションは「日本」です。それ以外の国では学習手段の選択肢が少なく、難度が高くなります。一方「英語」なら、英語圏でなくても、どの国にも「インターナショナルスクール」が多数ある上、各国の標準的な教学プログラムにほぼ必ず「英語学習」が組み込まれています。あるいは日本の外資系サラリーマンがやってるように、「仕事の必要に迫られて、必死に英語を習得」など、大人になってからの努力で何とかなる面もあります。英語は、世界中で使われるグローバル言語であるがゆえ、後付けで学習しやすいのがメリットですね。

 

英語は後付けで良いと、世界中の皆が分かってしまえば、「インターナショナルスクール」の商売が成り立ちにくくなるから、英語こそ国際的言語、習得のためには早期教育が良いなどと、世界中で一生懸命宣伝するわけです。

インターナショナルスクールの仕組みに乗るにせよ、乗らないにせよ、そのビジネスのからくりを分かった上で行動した方が良いと思いますね。本質的には、「インターナショナル教育=英語」では全然なくて、「非英語圏の親御さんをスポンサーとする英語を使った早期教育産業」に「インターナショナル」という言葉をつけてるだけですから…

 

私は英語教育を否定・軽視したいわけではありません。日々、世界を相手にビジネスしてますので、英語の大事さはよく分かってます。ただ、世界中で英語教育が行われてコモディティ化しやすい状況なので、日本語を含めた「英語プラスアルファ」戦略で、強い言語ポートフォリオをつくっていきたいと思うのです。

英語なんかちゃっちゃと覚えて、次行こうぜ」、というのが私の本音です。

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中国の内陸都市で不動産持つという発想

おはようございます。Manachanです。オーストラリア・ケアンズ滞在も残すところ一週間足らず、徐々に帰国モード。いま東京は涼しい(雨ばかり)ようですね、コンビニのおにぎりとか食べたいな。

今日は、「新興国のキャピタルゲイン狙い不動産投資」というテーマで、「中国内陸都市」の可能性について書いてみます。

 

数年前から、日本で新興国不動産の販売セミナー多いですが、ほとんどの業者が、フィリピン、タイ、ベトナム、カンボジア、マレーシア等、ASEAN圏内の不動産を紹介しています。

不動産投資のかたちとしては、「長期的な経済成長期待に乗った、キャピタルゲイン(値上がり益)狙い」、本質的にはそれ以外の何者でもありません。要は、それぞれの国の所得水準が上がるし、人口も増えるし、平均年齢もまだ若いから伸びしろあるし、そういう場所の不動産価格は長期的にみて上がるはずだから、5年、10年と、彼らの成長に付き合って資産形成しようぜ、要はそんな話です。

反面、まだ発展途上の新興国ゆえ、そこに不動産持つと日本や先進国とは違うリスクがあります。法律・権利面の未整備、供給過剰リスク、中古マーケットが未発達、建物のクオリティがベストでない、不動産業界にプロフェッショナルが少ない等…その辺は、国が経済発展すればマシになっていくから、現時点で細かいこといちいち言わんと、長い目で付き合おうぜという話…メリットもデメリットも分かりやすいです。

 

そこで私、思うんです。

・経済成長期待でキャピタルゲイン狙う不動産投資はアリだけど、なぜ、誰もがASEANばかりやるんだろう。

・日本からもっと近くて、同じタイプの不動産投資ができる場所があるでしょうに。

 

すぐ思い浮かぶのが「中国の内陸都市」です。上海や北京みたいな中国トップのスター都市じゃなくて、内陸に遠く離れた四川省とか重慶とか、雲南省とか、まだ経済レベルが低く、かつ高度成長している地域です。

そもそも中国自体が、ASEAN10か国全部が束になっても叶わないサイズを持つ巨大国家。中国一国で人口がASEAN全体の2倍強」、「GDPはASEAN全体の約4倍」という超絶スケール!

中国には27の省・自治区と、4の直轄市がありますが、ASEN10か国のそれぞれと比べると、「中国の一省がASEAN一国に匹敵する規模」を持ちます。しかも、中国の所得水準はASEANでも上位に位置します。例えばASEANでシンガポール、ブルネイに次ぐ所得水準を誇る「マレーシア」より、さらに上を行く中国の省・直轄市が7つあります。そして中国のほとんどの地域の所得水準は、「タイ」を上回ります。

一人当たりGDPでマレーシア($US10,739)を上回る地域…天津市($17,334)、北京市($17,099)、上海市($16,665)、江蘇省($14,128)、浙江省($12,466)、内蒙古自治区($11,416)、福建省($10,912)

中国の各省は人口規模も大きい。ASEAN各国の人口順でいくとインドネシア(2.5億人)、フィリピン(1億人)、ベトナム(9200万人)、タイ(6900万人)の順ですが、中国の広東省(1.08億人)だけでフィリピンの総人口を上回り、山東省(9800万人)、湖南省(9500万人)はベトナムの総人口を上回ります。そして、中国のほとんどの省が「マレーシア」(3100万人)以上の人口規模を持ちます。

中国各省の人口多くて所得水準もASEANだと上位だから、それらをかけあわせたGDP(国内総生産)となると凄い話になります。ASEAN各国をGDP順に並べると、「インドネシア」、「タイ」、「マレーシア」の順になりますが、ASEAN最大規模のインドネシアのさらに上を行く中国の省が3つあります

GDPでインドネシア($US8611億)を上回る地域…広東省($11690億)、江蘇省($11260億)、山東省($10120億)

経済成長率でいっても、中国内の各地はASEANと遜色ないどころか上回っています。2015年にASEAN10か国で最速の経済成長を遂げたミャンマー(7.3%)を、さらに上回る経済成長を遂げた中国の省・直轄市が約半分あります。しかも、そのうち3省は10%以上の超・高成長を記録しました。

2015年に10%以上GDPが伸びた中国の地域…重慶市(11.0%)、西蔵チベット自治区(11.0%)、貴州省(10.7%)

 

これだけ客観的条件が揃っているにも関わらず、日系の業者が中国不動産に手を出さない理由はいくつか考えられます。

1)上海や北京などを見ると、中国の不動産価格はすでに高すぎて、バブル崩壊しそうなイメージがある。
2)外資規制が厳しく、業者としてビジネスしにくい。
3)中国の不動産は外国人がなかなか買えない。
4)よしんば物件買えて、売却益が出ても、中国人民元を国外に持ち出すのが難しい。
5)英語、日本語がほとんど通じない。
6)日本人客が中国の家をセカンドハウスとして利用するイメージがわかない。

 

等々…中国の面倒くさい事情はよく分かります。それを踏まえて、私が個人投資家として自らのリスクで中国不動産市場に参入するにあたっては、

・中国のなかで、まだ不動産価格が安く、値上がりが期待できそうなエリアで、物件選定から管理、売却サポートまでやってくれる現地パートナーを見つける。
・自分の個人名義で不動産買えるよう、一時的に中国滞在してビザをとる。
・人民元を中国内に塩漬けは嫌なので、売却益を海外に持ち出しやすい手頃な価格帯(1000万円程度?)の投資からはじめる。

 

その視点で、ネットで情報収集していると、とても面白い場所がみつかりました。

 

中国南西部の「貴州省」、省都の「貴陽市」

 

貴州といえば、中国を代表する銘酒「茅台酒」のふるさと。内陸の交通不便な場所で、山がちな地形ゆえ産業発展が遅れ、長らく「中国最貧省」と呼ばれてきました。人口は3500万人余り、うち3割以上を少数民族が占めることでも知られています。

その貴州省が、ここ数年、中国トップレベルの年10%以上の経済成長を続けています。2015年、ついに中国最貧省の汚名を返上しました(現在、所得最下位は甘粛省。貴州省は下から3番目)。

中国自体の経済レベルが上がり、交通インフラが整備されるに伴い、これまでデメリットでしかなかった貴州省の「内陸、山がちな地形」が、意外なかたちでメリットになりつつあります。

 

・標高が高く、夏でも涼しい(平均23℃くらい)ので、避暑地として脚光を浴びている。冬も暖かく滅多に氷点下にならない。

・水と緑あふれる美しい自然、少数民族の暮らしがつくりだすエキゾチックな風景が観光地としての価値をさらに高める。

 

「夏でも涼しい」気候のおかげで、新たなIT産業がこの地で立ち上がりつつあります。データセンターは冷房用に膨大な電力を消費しますが、場所が貴州省にあればその冷房コストが不要なのです。その特性を生かして、同省は早くから「ビッグデータで経済発展戦略」を掲げてきました。ここ数年、その努力が実り、アップル、アリババなど、国内外ITビッグビジネスが続々と省内にデータセンター、クラウド拠点を建設中。

 

東洋経済「内陸の貴州省が面目一新」

日本経済新聞「アップル、中国(貴州省)にクラウド拠点」

陳言ブログ「中国最貧だった貴州省がビッグデータ先進地になれた理由」

 

特に省都の貴陽市(人口450万人)は、3年前に上海とつなぐ高速鉄道が開通、今年中には市内に地下鉄2路線が初めて開通するなど、インフラ整備が進んでいます。その割に、住宅価格がまだ安いことは注目に値しますね。

 

住宅㎡単価、北京66,250元、貴陽7,021元。同じ国とは思えない!

 

貴陽市内の、比較的地区の新しい住宅をいくつか見てますが、軒並み平米単価5000~7000元、安く感じますねえ。10年以上前の大連の住宅価格みたいだ。

 

当然、住宅価格は上昇基調。下のグラフは「年次」ではなく「月次」の変化グラフで、半年で約1割(年に20%)上がってますから、日本の感覚からすると、いかに急速に上昇中なのかが分かります。早く参入したいな。

 

賃貸相場も調べてみました。中国は概して賃貸利回り低い(1~4%)ですが、一般に不動産価格が高い都市ほど利回りが低い傾向があり、北京や上海は1%台、それに続く2線級都市が2%台。それに比べて貴陽クラスの都市は売買価格がまだ安い分、数字上は3.5~4%出るようです。中国の不動産投資は純粋キャピタルゲイン狙いが多く賃貸経営は一般的ではないようですが(空室のまま放置するオーナー多し)、日本人としては賃貸収入欲しいところですね。

これなんか値段上がりそうですね。「中天会展城」。市役所・公園そばの良環境、今年開通するライトレール乗り換え駅から5分。2012年分譲開始。ホテル、商業施設、スケート場、映画館、学校との複合施設。

 

個別の売り物件をみると、65~105万元。写真の2ベッドは室内住みやすそうなので載せました。築1年、75万元だから1200万円。北京の10分の1くらいの感覚かな。この「中天会展城」、中古リセール価格が新築価格を常に上回っているようで、売却・利益確定しやすそうですね。

 

市内から少し離れると、23万元(370万円)みたいな、超安い物件もたくさんあります(新車の値段かと思った…)。中国で手軽に不動産買ってみたい方に良いのではないでしょうか・

 

Webで調べられるのはこの位で、あとは貴陽現地に行って可能性確かめたいと思います。

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GLAYに学ぶ「変わらない」ブランド

こんばんは、Manachanです。今日は日曜日。一日中、息子のPokemon Go!に付き合って、ケアンズ・エスプラネードの海辺で過ごしてました。今回は不動産話を離れ、「ブランディング」のテーマで書きますね。

近代日本が生んだ、商業的に最も成功したバンドグループといえば、真っ先に「GLAY」が思い浮かびます。特に1990年代後半のGLAY人気は本当に凄く、1999年には幕張メッセで、有料コンサートとしては史上最大の「観客動員20万人」という大記録を打ち立て(ギネスブック掲載)、未だに破られていません。今日でもなお、現役で音楽活動を続ける長寿グループでもあります。

 

GLAYのリーダーTakuroさんが書いた自叙伝を偶然ネットで見つけ、ずっと読んでました。実に素晴らしい人物ですね。舞台上での外見とは裏腹の素朴な人柄、音楽に対する純粋な思い、生まれ故郷の函館や仲間に対する深い愛情、周囲で支えてくれる人に対する感謝と気配り、そして何より、日本の音楽史を塗り替えるような大成功を手にしても常に失わない冷静さ謙虚さ…一人の男の生きざまとして大変共感できます。また彼のような個性だからこそ、何十年もの間、人々の心を打つ音楽をつくり続けられるのだと思います。

特に、1999年の絶頂期のことを書いたエッセイには、とても感動しました。少し長くなりますが、引用しますね(赤太字は筆者注)。

 

GLAYという怪物の船出

デビューの日から9年。365日×9=3285日。数字にしてみれば、不思議なくらい僅かな日々の間に、GLAYは奇跡の変貌を遂げた。

93年にはライブハウスに100人足らずの客が入っただけで祝杯を挙げ、デモテープが10本売れたといっては一喜一憂していた。

それが4年後の97年、リリースしたベストアルバム『REVIEW~BEST OF GLAY』は発売一週間で300万枚を突破する。翌98年夏のツアーの観客動員は全国7カ所13公演で50万人に達した。

そして99年、幕張メッセ。僕らは少年の日に描いた夢を実現する。ステージに立った僕たちの目の前に広がるのは文字通りの人の海、その数20万人。有料コンサートとしては世界記録を塗り替えるイベントになった。

とはいえ、GLAYの中身が変わったわけではない。僕もテッコも、あいかわらず函館弁が抜けていないし、メンバーの関係も昔のままだ。

「どうして、GLAYはそんなに変わらないんですか。」 という質問をよくされる。

わからないのは、どうしてそういう質問が成り立つのかということだ。なぜ、歳をとったり、売れたりしたら、人は変わらなきゃいけないんだろう。そんな必然性はどこにもない。

僕たちはいくつもの大きな夢を追い続けたけれど、考えてみれば、僕らが心の底から実現したかった夢はたったひとつだった。つまり、僕らは僕らの夏休みを終わらせたくなかったのだ。

いつまでも、あの高校時代のようにみんなでバンドを続けたかった。結局のところ、そのためのGLAYであり、幕張の人の海であり、何百万枚のレコード売り上げだったのかもしれないとすら思う。

どうして僕らは変わらなかったのかではなくて、変わらなかったからこそ、高校時代の友人のままでいられたからこそ、そのあまりにも高い壁を、僕らは乗り越えることができたのだろうと思うのだ。

もし変わっていたら、GLAYなんてとっくの昔に消えている。

 

コンサートに20万人動員!目の眩むような大成功を収めても、この男には現実がみえている…「怪物のようなビッグな存在になったGLAY」と、「高校時代のまま変わらない自分」とが、どちらも冷静に見えている。そして、「変わらない自分」こそが、アーティストとしてのGLAYの生命線であることが、よく分かっています

この文章、私の活動の指針としても大いに参考になります。私が仲間と共にいま手掛けている国際不動産ビジネスは、今後3年くらいで、かつて経験したことがないスピードで大成長を遂げそうな気がしています。「しっかりした戦略を持って海外不動産に長期投資していきたい個人富裕層」や、「海外に出て収益事業を育てたい不動産大手企業」から、我々にどんどん声がかかるようになってきました。長年、地道に国際不動産に取り組んできた情報知識(コンテンツ)がビジネス界にも評価されて、間もなく需要爆発の予感がするのです。

(比べるのがちょっと恐縮ですが…)GLAYの歴史でいえば、1996年1月に「グロリアス」をリリースしてから、一気にブレイクした。その前夜くらいに、いまの我々が居るような気がしています。

 

国際不動産で我々の働きを必要とするお客様がいるなら、それに応えるべく、組織や資本を充実させていく。経営手法やシステムなど、テクニカルに必要なものはどんどん取り入れる…そういう努力は当然やっていきますが、でも、GLAYの音楽がいつまでも輝きを失わないように、我々も「常に変わらない、自分らしさ」を持ち続けていきたい。どんなに会社が大きくなっても、「Manachanらしさ」は常に変わらないし、変える必要もない。

 

「私らしさ…」を言葉にしてみると、こうなります。

1)不動産に対する限りない愛(AFFECTION)

2)常に世界中で不動産の現場をみて比較して、外国語学習も含めて情報収集を怠らない態度(INPUT)

3)常に情報発信していくスタンス(OUTPUT)

 

音楽の魅力に憑りつかれたミュージシャンが音楽ビジネスで身を立てるのと同じく、私は「不動産投資の魅力」に憑りつかれ、趣味とし始めたものが、今や本業になり、今後さらに発展しようとしています。それでも、「三度のメシより不動産が好きでたまらない」私の原点は変わりませんし、「ギリシャに良い投資物件があればギリシャ語覚えて現地に仕入れに行く」ようなフットワークの軽さも、常に持ち続けていたいと思います。

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二地域居住から民泊の時代へ…

こんばんは、Manachanです。

今は世界中どこへ行っても、「民泊」最盛期の時代ですね。AirBnB、途家、Booking.comなどポータルサイトを使って、民間住宅を貸したり借りたり、あるいは保有物件を短期貸しして高収益を上げたり…インターネット・スマホ普及のおかげで簡単にできる時代になりました。私も、海外にあるいくつかの物件を「民泊」運営したり、海外出張で「民泊」に泊まってみたりと、便利に使わせていただいてます。

ところで、民泊が普及する少し前の時代、「二地域居住」という言葉があったのを、覚えておられますか?多くの場合、都会の住人(多くは裕福なシニア層)が、地方の風光明媚な場所にセカンドハウスを持ち、「都会と田舎の二地域に住もう」という文脈で使われていた言葉です。たとえば、

 

・平日は東京の自宅で、週末は八ヶ岳の別荘で過ごす、みたいな「週末居住」パターン
・夏の間は北海道の大自然に囲まれた別荘で、雪が降る頃には東京の自宅で過ごす、みたいな「季節居住」パターン

 

2000年代まで、信州や伊豆、北海道などリゾート価値がある場所で、地元の人に余り売れないマンションや戸建分譲地を買い取って、東京のシニア層向けに別荘として売る商売が流行った時期があります。何を隠そう、実は私も、そういう物件を買っちゃったひとりです。

民泊を知る前の私は、二地域居住に憧れがありました。以前、オーストラリア・シドニーに住んでいた頃、身近な友人でセカンドハウスを持つ者が結構多かったのです。

近所に住む友人は、普段はシドニーで会社勤め、金曜日の仕事が終わると、ピックアップトラックに乗って一路南へ6時間、ヴィクトリア州との境にあるオルバリー(Albury)の別宅に行って、週末そこで過ごして、月曜日の仕事が始まるまでにシドニーに戻る…みたいな生活を続けていました。会社勤めを卒業したら、シドニーの家を賃貸に出してオルバリーに移住するんだと、楽しそうに語っていました。

シドニー住人の間で、セカンドハウスとして人気の場所は、車で3~4時間ほど離れた海岸沿いに多く、北のPort MacquarieやCoffs Harbour、南のKiamaやBatemans Bayには、シドニーやキャンベラに自宅を持つ者の別宅が数多く存在します。シドニーで海岸沿いの家は高くて買えませんが、別荘エリアなら平均的なサラリーマンでもなんとか手が出る価格で、海に近い土地付き住宅を買って住めることもあり、特に裕福な人やシニアでなくても、多くの人が「豪州版・二地域居住」を実践していました。

楽しそうな彼らをみて、「俺だって、いつかは、セカンドハウスを持つ!」という思いが、わが胸に去来したのは言うまでもありません。

 

でもって、2007年、日本にUターン帰国して東京で働くようになり、3年後の2010年、北海道千歳市にセカンドハウスを買ってしまいました。近い将来、季節に応じて住まいが選べるような身分になったら、夏は涼しい北海道を満喫したり、冬場にスキー・スノボを楽しむ拠点としたり、いわゆる「東京と北海道、二地域居住」をやってみたいと思ったからです(ブログ記事「輝く北の大地」2014/1/26)。

広々とした北海道、でっかい空、雲がごんごんと過ぎていく…過密都市・東京に住んでると、こういう風景には、やはり憧れますよねえ。

 

とはいえ、せっかく買ったセカンドハウスには、1週間ほどしか住んでおりません。普段、東京に住んでて仕事が忙しいし、サラリーマンやめて自営になっても世界中いろんな場所に行く仕事ゆえ、北海道に行く時間がなかなか取れないし…

結局、この家は地元勤めの方に貸しております。ま、安い値段で買ったし管理費も1万円以下なので、投資物件として一応成り立っています。入居者さんが退去したら自分で時々使おうかなあと思ってましたが、でも今は考えが変わりました。すでに民泊の世界を知ってしまった私、北海道で必ずしも自分の物件に住まなくても、好きな時に好きな宿に泊まればいいじゃん、という考え方になったのです。

よく考えれば、二地域居住という考え方は、「セカンドハウスのオーナーになる」ことで、「管理費や公租公課を払い、家のメンテナンスに責任を持つ」ことも要求されますから、私みたいなノマド人間には少し荷が重すぎるのかもしれません。民泊みたいに、誰かの家にスマホひとつで予約入れて、好きなだけ泊まる…みたいなスタイルの方がずっと気楽ですので。

 

二地域居住の負の側面が出ているのが、「リゾート地の二束三文マンション」かもしれません。特に新潟県湯沢町には、バブル時代のスキーブームで58棟、約1万5千室のリゾマンが建設され、その数、全国の約2割を占めるという超リゾマン銀座。でも今やスキー人口は激減し、バブル当時2000万円以上で分譲されたリゾマンが、今や10万とか30万みたいな激安価格で叩き売られてます。

画像見にくいですが、湯沢町苗場にある2DK47平米、10万円で売られてます。売値の坪単価6000円って何それ!(賃貸月額の坪単価みたいだ…)

 

こんなボロ安い値段で叩き売られるのは、地元に実需がない上に、リゾート仕様ゆえ管理費が高く(月額3万円程度)、投資物件としても成り立たないという事情があります。とはいえ最近では、東京でリタイアした高齢者が、余りに安い売値と大浴場に惹かれて、月額3万の管理費払っても定住する人が増えているようです。湯沢町によると、2016年4月時点の町民8144人のうち、1008人(約12%)がリゾマンに住民票を置いているとか…

とはいえ、湯沢町内で供給された15000室の全てに定住者が住んでくれるわけでもないので、全体としては状況厳しく、大部分が価値を持たない「負動産」になっちゃってるんだろうな。

 

私思うのですが、せっかく民泊の時代になったんだから、こういうリゾマンをオーナーとして区分所有するよりは、季節居住者や観光客に短期貸しする「民泊」として運用した方が、たぶん高い収益を上げられると思うし、不動産としての価値も出てくるんじゃないかな。

ふと、AirBnBで「湯沢、苗場」近辺の宿を検索してみると、リゾマンの部屋が結構な数、登録されてました。「湯沢と民泊の相性の良さ」に気づいてる人は、すでに商売にしているようです。

 

 

そう考えると、インターネット・スマホの普及が可能にした「民泊の時代」は、二地域居住やセカンドハウスに、新たな利用価値を与えたのだといえそうです。

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東京30km圏~過疎化高齢化サバイバル戦線

こんばんはManachanです。今日は妻の実家で、広い庭のモップかけ作業…ちゃんと労働しております。

前回、「東京都心の人口フィーバー」について書きましたが、世の中、話には必ず裏があるものです。住民が増え、子供も増えて小学校の新設・増設に追われる都心周辺とは対照的に、30㎞以上離れた郊外住宅地では高齢化が進み、子供世代も都内に流出、人口減ってシャッター通り増えて、財政が苦しくなる…急速な「衰退・地方化」が進んでいます。

この種の話題で有名なのは「多摩ニュータウン」ですが、首都圏郊外には、そんなの目じゃない位、強烈に衰退している地域が相当数あります。今回は、「高齢化・衰退と戦う東京郊外」の課題と将来展望について書いてみます。今回取り上げるのは、私の生まれ故郷である、

 

・千葉県柏市と我孫子市

 

です。お互い隣接した両市、東京駅からの直線距離でいうと、柏駅が28~29㎞、我孫子駅が31~32㎞に位置し、その中間あたりを「都心30㎞ライン」が通っています。この地域では奇しくも、「国道16号線(東京環状)」が30㎞ラインとほぼ重なります。この16号線、私の目には、「東京圏と地方圏を分ける結界」のようにも見えます。

 

お互い、都心30㎞圏都市である柏市と我孫子市ですが、将来の人口推計では大差がついています。都心30~50㎞圏都市を対象とする「2010⇒30年人口増減率ランキング」で、柏市は人口増加率ベスト6位であるのに対し、我孫子市はワースト9位。2030年時点でも20年前の人口規模をキープする柏市に対し、我孫子市は13%も人口を失うと推計されています。

我孫子市の将来人口減少は、「厳しい高齢化、少子化(若年層流出)」と直結しています。2030年時点の年齢別人口推計によれば、我孫子市は「少子化比率」、「生産年齢人口比率」、「高齢化比率」の全てでワースト10にランクインしています。都心からみて我孫子より一つ遠い「茨城県取手市」も同じ傾向を示しています。

 

都心距離の面で大差ない両市がなぜ、人口面で差がつくのか、理由は二つあります。

 

・柏市が地域中心地として大きな都市・商業機能を持っているが、我孫子市にはその要素がない。

・柏市北部には新線「つくばエクスプレス」が開通し、ベッドタウンとしての発展が見込めるが、その材料が我孫子市にはない。

 

でもよく考えれば、バブル崩壊前の右肩上がりの時代までは、程度の差こそあれ柏市も我孫子市も発展軌道に乗れていたのです。でも今は低成長と都心回帰の時代、都心距離30㎞も離れた世界では「商業機能や通勤新線の有無」によって、残酷にまでに明暗が分かれてしまうのです。

 

ですが、もっと詳しくみれば、柏市内でも我孫子市と同様、高齢化と若年層流出に悩む地域がたくさんあります。というか、市域の大部分が、すでにそうなっています。

柏市内には、10の駅があります。都心直結している「JR常磐線」上のターミナル駅が「柏」、その両隣が「南柏」と「北柏」。市域北部にも都心直結の「つくばエクスプレス」が通り、「柏の葉キャンパス」、「柏たなか」の2駅あります。これらの駅から、東京駅・大手町まで、乗車時間30~45分で到達できるので、都内通勤圏として十分成立します。

あと、柏駅と交差する「東武野田線」上には、「豊四季」「新柏」「増尾」「逆井」「高柳」の5駅があります。都心直結ではないため多少アクセスは劣りますが、その分地価も安いので、広めの土地付き住宅を求める層に支持され、東京通勤可能圏として成立しています。

 

上記の駅周辺を歩くと、「柏駅の徒歩15~20分圏内」と、「その他の駅徒歩10~12分圏内」には、新築・築浅住宅が多数建っています。つまり、都心通勤が可能なので、この地に育った子供たちも住むし、適度な流入人口もある…住宅地として世代交代ができているわけです。

ですが、駅徒歩圏を離れてバス便エリアになると、途端に「モロ高齢化」した住宅地になってしまうのが柏市の特徴。高度成長期に建ったと思われる築40年超の戸建住宅が建て替えられず、かといって新築戸建もあまり建たず、相続税対策の変な木造賃貸アパートばかりが増える、平日の日中に行くと高齢者ばかり、子供いない…という世界。地域社会として、すでに「サバイバルモード」に突入している感があります。

駅徒歩圏の「世代交代可能な住宅地」と、それ以遠の「過疎・高齢化危惧サバイバル住宅地」を、面積、人口密度を入れてざっと推計してみると、こんな結果になりました。

 

柏市の人口 42.0万人

うち世代交代可能住宅地 15.4万人(36.7%)

それ以外  26.6万人(63.3%)

 

つまり、柏市民のうち、世代交代可能な住宅地に住んでいるのはわずか37%。それ以外はバス便地域の旧い住宅地か、工場、農地、森林が延々と広がる世界であり、都心回帰の圧力にシビアにさらされて過疎化・高齢化が危惧されるという意味では、我孫子市や取手市と基本的に同じ状況と思われます。

柏市内に、東京に通える駅が「10」あるというのは、千葉県北西部の都市としては平均的で、「37の駅がある船橋市」や「20の駅がある松戸市」に比べると明らかに不利といえます。今は通勤新線がつくれる時代でもないので、既存の路線を上手に利用して「駅を増やす」、というチャレンジはやる価値があると思います。

幸い、柏市内の東武野田線にはポテンシャルがあります。

 

・柏―新柏間が3.1km離れているので、中間点に「常盤台」新駅をつくる。

・柏―豊四季間が3.0㎞離れているので、中間点に「旭町」新駅をつくる

現在、「柏市常盤台」地区は、最寄りの柏駅から徒歩20分以上離れているので通勤利便性が劣り、旧い住宅地が世代交代していきません。高齢化も市内トップクラスに進んでいます。でも、東武野田線上に新駅をつくれば、話が全く違ってきます。「柏駅から1駅2分」で結ばれ、都内へラクラク通勤できますので、市内でもかなり好条件の新興住宅地に生まれ変わるはず。宅地がどんどん取引され、若い世代が戸建住宅やマンションに住むようになるでしょう。同じことが「旭町」新駅についてもいえます。

しかも、「常盤台」、「旭町」新駅は、駅勢圏が既存のどの駅とも重ならないため、この2駅の徒歩圏が、まるまる「東京通勤可能な住宅地」として新たな人口を呼び込みます。計算すると、世代交代可能住宅地の人口が2万1千人増えることになります。そこから得られる長期的な住民税や固定資産税、商業発展による地方事業税を考えると、ある程度の市費を投じても実現すべきプロジェクトのような気がします。柏市の人口をさらに持続可能にするためにも大いに意味がある。

よく考えると、首都圏の各地で、新駅つくればいいのに…と思う場所はたくさんありますね。例えば、東海道線の「大船~藤沢」間は5㎞近く離れているので、中間地点の「村岡」あたりに新駅をつくればいいのに。数万の人口が張り付き、東戸塚みたいな街に成長できる可能性も見えるので、現状が実にもったいないと感じます。

 

次に、「我孫子市」の将来をどうするか?…柏市とはまた違ったアプローチがありうると思います。

 

・郊外都市として他市との人口争奪戦に勝ちにいくか?

・あるいは、都市の縮小を前向きに受け入れた上で、次世代型の価値を追求していくか?

 

私は、我孫子には後者の目が十分残っていると思います。風光明媚な手賀沼を擁し、大正時代、白樺派の文人墨客が集まって数々の名作を生みだし、「北の鎌倉」とまで称された地なのですから…それにここは、「東京メトロ一本で行ける、心癒される緑の田園地帯」でもあるのですから。

我孫子市内、JR天王台駅から、利根川に向かって歩いていくと、「青山」や「南青山」といった、東京港区のおしゃれな地名になります。でも「我孫子市の青山」には、ブランドショップやエステサロンはなく、その代わり緑豊かな田園地帯が果てしなく広がります。西は柏市、野田市まで、東は印西市を経て成田近くまで続く、地平線さえ見える広い田園です。

この癒されるロケーション・眺望そのものが、21世紀型のブランド価値を持つと思います。欧米には、都市近郊の田舎が注目されて、観光地やブランド住宅地として賑わう場所がたくさんあります。

 

この広い場所で、バリのエステとかタイの王室マッサージとか、おしゃれな喫茶店とかエスニック雑貨屋とか、ワイナリーみたいなものがあれば楽しいし、これがインバウンド観光と結びつくとさらに大きな可能性を感じます。もし私が我孫子プロモーションの責任者だったなら、ハコモノなんて一切つくらない。その代わり、我孫子の良さを新鮮な視点で紹介できる、ユーチューバーを世界中から集めますね

福岡市で活躍しているミカエラさんみたいな、影響力あるユーチューバーに声かけて、我孫子に来てもらって、縁があれば住んでもらって、世界のいろんな言葉で我孫子を、それぞれの切り口でプロモーションする。「我孫子って何だか面白そうだぞ」と思う人間が世界中から集まり、彼らが我孫子でいろんな商売を始めるのをサポートする、長い時間をかけて、コミュニティをつくっていく…高度成長期から続く都市間競争には負けても、その代わり、21世紀的価値観のなかで、新たな勝ち組を目指す。

我孫子って、地元の小学生が様々な種類の稲を使って「田んぼアート」をつくってしまう…そんなセンスの良さを持っている街。しかも東京から至近距離にあるので、今後、意外なかたちで注目されるかもしれません。

 

子供の頃から、柏・我孫子の各地を、自転車で走り回った私が思うこと…

 

・柏は、首都圏内のメジャーリーグ都市として生き残る競争に乗り出すだろう。

・我孫子は、柏とは全く違ったかたちでの将来像を模索するだろう。

 

東京都心が栄える一方、30km以上離れた郊外では、高齢化・過疎化リスクに直面しています。今後、自分の地域をどうしていきたいのか、各市の模索は続きます。

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日本最後の人口フィーバー地帯=東京都心

こんにちはManachanです。今日もケアンズは良い天気。普段、長旅の疲れが溜まってるのか、ケアンズでは1日10時間くらい寝てます♪

最近オーストラリアねたが続いたので、久々の日本ねたで行きます。舞台は「首都・東京」。

 

私と家族は、東京の大手町駅からメトロ東西線で4駅目「木場」、5駅目「東陽町」の中間くらいに住んでいます。住所は江東区、都心からの直線距離は4kmちょっと、自転車でも行ける近さ。

木場・東陽町一帯は、ここ15~20年くらいで、見違えるほど住みやすくなりました。20年ほど前、私が東京農工大の工学部に居た時、東陽町駅近くの町工場で実験装置の金型をつくってもらってたのですが、当時この一帯は小規模工場が多く雑多な雰囲気で、住みやすい感じはしませんでした。隣の木場は駅前からして工場だらけでしたし・・

 

しかし今や、木場・東陽町は都心近接ベッドタウンとして綺麗に整備されました。工場は中高層住宅とショッピングセンターに置き換わり、公園も多く教育・医療施設にも恵まれ、20坪の新築マンション6000万円近い値段しても住みたい人が続出。2DK40㎡マンションの月額家賃13~14万円しても都内で一番空室率が低いという、都内東側で有数の人気住宅エリアに様変わりしました。最近はインド人エリートITエンジニアも大勢住んでます。

南隣の「豊洲・東雲エリア」のタワマン開発ブームに牽引されるかたちで、江東区民の平均所得も、もともと都内23区で下位だったのが今や真ん中までランクアップ、世帯所得1000万円を超えるファミリーが「都心に近い」という理由でどんどん移り住む。豊洲のららぽーとなんて、二子玉に住んでたような優雅なマダムが悠然と闊歩し、30万円もする血統書付きペットがガンガン売れる…昔の江東区を知る者にとっては驚くことばかり。

区内人口もこの20年、激しく増加しています。20年前、36万人だったのが、今や51万人。年間8000人、年率1.6%という、アメリカやオーストラリア、インドを上回るハイペースで増え続けています。しかも、あと20年は増え続けるらしい…

 

江東区人口爆発の背景には、首都圏における「都心回帰」の流れのなかで、「都心3区」(千代田+中央+港)の人口が大きく増えたことが背景にあります。もともと「オフィスだらけで住みにくかった」のが、今は「都心が住みやすくなった」んですね。

特に中央区の動きが顕著で、2007年を100とした時の区人口が、10年後(2016年)には134.2に爆増。次いで千代田区124.6、港区121.5と、都心3区が人口増加率上位を独占。都心の東側に隣接する江東区も112.8と4位になるのも地理的必然ですね。

 

「港区」の人口推移をみると分かりやすいですが、東京都心部の人口は高度経済成長期からバブル崩壊後にかけてずっと減り続けました。特にバブル最盛期は「このままいくと限界集落になっちゃうの?」と思う位の激減ぶり。ボトムを打ったのが1996年頃で、その後はV字回復。20年ずっと増え続けています。千代田区、中央区も同じ傾向です。

世界最高水準の都市機能が揃う東京都心。「職住接近を好む高所得ファミリー」や「充実した交通と医療環境を求める富裕層シニア」の流入が止まりません。中央区、港区、江東区臨海部に続々と建設されるタワマン群が彼らの受け皿になっています。

 

東京都心周辺の人口は、この先、どこまで増え続けるのか…私は、まだ増加余地が大きいとみています。都市・住宅政策にも影響されますが、都市のキャパシティからみてあと50万人以上は軽く増えそうな気がします。

東京と似たレベルで都市機能や公共交通が揃う大都市は、世界的にみても数えるほどしかありませんが、類似事例として「ニューヨーク」と「香港」をとりあげて比較すると、「東京都心部の人口密度がまだ低い」ことが一目瞭然。

ニューヨーク・マンハッタン 面積59.13㎢、人口1,643,734、人口密度27,799人/㎢

東京都心4区        面積60.46㎢、人口806,482、人口密度13,559人/㎢

香港・九龍         面積47㎢、人口2,109,419、人口密度44,881人/㎢

 

東京の都心4区(千代田、中央、港、新宿)は、マンハッタンとほぼ同じ面積で人口が半分。香港・九龍と比較すると、人口密度が3分の1以下なのです。

都心業務機能、公共交通網、人口規模、インフラ、アメニティ…どの指標をとっても、東京はニューヨークや香港と何ら遜色ないWorld Class City同士であるにも関わらず、都心部の人口が半分以下という、不思議な現象が起こっています。裏を返せば「伸びしろが大きい」といえます。

マンハッタンや香港並みに、東京都心部の容積率を緩和すれば、高層オフィスビルや住居を計画的に開発する余地ができますし、豊洲~有明~お台場~芝浦の臨海部には広大な空き地も残っています。東京オリンピック前後で鉄道や道路インフラの整備も、都心~臨海を中心に進みますし、また東京は世界的にも治安が良い都市で、「利便性」重視の傾向も強いため、需要サイドでも都心選好になりやすい。

 

日経新聞の記事(2017/4/6)によると、都心3区の人口は2015年の44万人から2040年には63万人と、20万人弱増えると推計されていますが、不動産の現場に携わる私からみると、もっと増えると思います。20年後をざっくり予測すると、

・都心三区 20~30万人増
・江東区  10~15万人増
・準都心(新宿、渋谷、台東、品川等)15~20万人増

都心周辺だけで、合計40~65万人増…これだけ増えれば、東京都心部の人口密度が今のマンハッタンに近いレベルになり、都市の在り方としてもバランス良い状態になると思います。それだけ職住接近が進むわけですから。

「関東大震災が起こったらどうなるんだよ!」という方もいるでしょうが、それはまあ、時間が解決するでしょう。不動産的にいうと、「恐怖の記憶は2か月で薄れる、3年後には元に戻る」…2011年の震災で大きな被害の出た新浦安だって最近マンション建って人も移り住んでるし、もともと東京は流動人口が多い都市なのですから、結局は「都市機能の充実」が人を呼び込む要素になるでしょう。

東京都心周辺こそ、人口減少日本に残された、最後の、かつ一番力強い人口増加フロンティアなのだと思います。

 

最後に、私たち不動産投資家は、「日本の総人口が減るから、過剰供給だから、不動産価格が落ちる」みたいなマクロベットな考えを好みません。むしろ、「地面に張り付いて動かない」不動産を扱う分、物件周辺のミクロな人口動態、所得環境、需給バランスなどを重視します。

その視点でみた、東京都心周辺エリアは、これから人口が増える、所得水準もたぶん増えるという意味で、Growth Market的な楽しみがあります。今は値段高いのでなかなか手が出せませんが、もし安く買えたなら、「自宅として買って(住んで)、じっくり値上がりを待ち、マイホーム特例で免税で買い替える」タイプの投資も面白いと考えています。

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南半球チャイナタウン盛衰記

こんばんはManachanです。今日ケアンズは天気が良く、3時間ほどプールで泳いだので体調良いです。今回は、いま全世界で伸長著しい中華系コミュニティと、その象徴「チャイナタウン」の話題で書きますね。

オーストラリア、特に不動産やビジネスの世界では、いま中華系の躍進が目覚ましいです。また移民や旅行客の人数も大いに増え、「東アジア人といえば中国人」という時代が続いています。ゴールドコーストやシドニーの一部地域では、まだ日本人のプレゼンスも多少あるでしょうが、全体の印象としては完全に「中国の時代」ですね。

なにせ、日本人とは人数が断然違います。少なくとも10倍はいるんじゃないかな。オーストラリアの都市部では、商店、銀行、ITの職場、法律事務所…どこへ行っても中国人が大勢働いています。韓国人やベトナム人もまあまあ多く、彼らに比べて日本人は明らかに少ない印象。たとえ「中国人には極力売らない」デベロッパーの不動産を視察しても、モデルルームを見に来るアジア人の客は、ほぼ全員、中国語をしゃべっています。彼らは見に来るだけでなく、ガンガン買います。まじで凄いです彼らのマネーパワー。

不動産バイヤーとしてだけでなく、デベロッパー(開発業者)としての中華系の伸長も目覚ましい。たとえば、私が昔住んでいたシドニーの家のすぐ近所で、いま774戸という大型分譲マンション開発を手掛けるのは、中国・武漢を本拠とするFuxing Huiyu (福星恵誉)グループの子会社Starryland社です。日系も戸建住宅分譲などで頑張っている会社がありますが、中華系みたいに700戸以上の大型プロジェクトやるとさすがに目立ちますね(関連記事:英語中国語)。

ですが、中華系マネーやビジネスの勢力が伸びる一方で、伝統的な「チャイナタウン」は、オーストラリア各都市で寂れる傾向にあるのが興味深いです。その背景を、私の視点で書いてみますね。

 

ところで、ここオーストラリアで、私は日本人なのか中国人なのかよく分からない立場で暮らしています。私は日本生まれ日本育ちで両親とも日本人ですが、妻が台湾出身の華人系オーストラリア人で、彼女の家族を通じてオーストラリア社会と接触した時期が長かったからかもしれません。

今この瞬間もケアンズで、彼女の家族と一緒にいます。今回は子供連れてきているので日本語も使いますが、そうでなければこの家では中国語しか使いませんし、彼らから現地の友人を紹介されても、相手が華人なら中国語、それ以外なら英語を使うだけで、日本語の登場機会がほとんどありません。

 

私が妻と以前住んでいた、シドニー西部の街Parramatta(パラマタ)は、極めてコスモポリタンな街で、地域住民は欧米系白人、インド系、アラブ系、中華系の4大勢力が拮抗していました。この街で東アジアの顔してる人間の約9割が中華系と推定され、あとは韓国系が少々。日本人は見渡す限り居ない環境でした。

この街には中華系商店がいくつかあって、週に3回は買い出しに行ってましたが、「東アジア人=中国人」な街なので、私が入店しても、誰一人として中国人以外とは思ってくれません。店員の話す英語にクセがあって中国語で話した方がラクなので、結局、この店では日本語も英語も使わず何百回も買い物してました。

また、私が住んでいた家は全6戸の共同住宅(タウンハウス)で、オーナーの半分が東アジア系(我が家含めて)、残り半分がアラブ系でした。東アジア系は私を除き全員中国系。管理組合総会やると英語で議事進行したものを、中国語とアラビア語に訳してそれぞれのグループに伝えておしまい…自分の国籍を名乗らない限り、間違いなく中国人だと思われるシチュエーションでした。

 

そんな環境で暮らしていると、別に中国人だって日本人だって、どっちでもいいやあ・・という感覚になります。相手と親しくなれば、当然、自分の国籍を名乗りますし、それが良い会話の発端にもなるわけですが(日本人だと名乗れば、ある意味、アジア人のなかでブランド扱いされます。悪い結果にはなりません)。そこまで親しくない人に対しては、相手の得意な言葉に合わせて会話するだけだから、その結果、中国語使って中国人だと思われても全然構わない、という感覚。

シドニーには3万人からの日本人が暮らしており、私も日系コミュニティとある程度の付き合いがありました。ただ、彼らの主な居住地域と我が家は20㎞離れ、日常的なお付き合いするには遠すぎ、必然的に距離を置いた関係になりました。今考えると、当時の私は、

「交友関係」 中華系6:日系4
「話す頻度」 中国語9:日本語1

そんな環境にいた私。「チャイナタウン」を含む中華系社会の動向は、ある意味「内部の人間」としてよく知っています。

 

オーストラリアの、人口100万以上の大都市中心部には、必ず「チャイナタウン」があります。多分シドニーとメルボルンのチャイナタウンが一番大きくて立派、次いでブリスベン、パース、アデレードと、規模は小さくなりますが、どの街にもあの「赤い楼門」があって、道の両側に中華系めし屋が並んでいます。

ところで、オーストラリアのチャイナタウンは、不思議なことに、どこも衰退気味のようです。

 

・先月、メルボルンに行きましたが、以前、Lonsdale/Little Bourke Street界隈にあって結構栄えてたチャイナタウンの規模が小さくなっているのに驚きました。

・先週、ブリスベンに行きましたが、以前よく行ったFortitude Valleyの中華街が無残なほどに寂れて、行きつけの湖南料理屋もなくなり、空き店舗や日本料理店ばかりが目立つようになって驚きました。

・オセアニア最大級・シドニーのチャイナタウンはまだ勢いを保っているように見えますが、よく観察すると10数年前ほどの隆盛がなくなり、ところどころ歯抜けになっています。

 

これら、大都市のチャイナタウンがどこに行ったのかというと…郊外に移ったんですね。

 

・シドニーでは、都心から南に15㎞ほど離れたHurstvilleに中華街ができて、とても賑わっています。

・メルボルンでは、都心から南東に20㎞近く離れたClaytonのミニ中華街(?)が元気です。

・ブリスベンでは、都心から南東に10㎞ほど離れたSunnybankのショッピングセンター一帯が中華街のようになり、本家Fortitude Valleyをしのぐ賑わいを見せています。

 

背景として、オーストラリア在住の中華系住民のライフスタイルが多様化、現地化したことが考えられます。オーストラリアの都市にチャイナタウンができた19世紀~20世紀前半は、まだ黄色人種に対する偏見も強く、中国系が皆力を合わせて身を立てないといけない状況があったのでしょうが、今は知識労働者の領域に進出する中国系住民も多い。当然郊外マイホーム住まいの者も増えるので、渋滞や駐車場の問題がある市内中心部から、郊外でクルマの便の良いところにシフトしていったのでしょう。

また、市内中心部ほど、オフィスや高層住宅のニーズが高いですから、中華系の個店が高値で買い取られて中高層建物に置き換わる状況もあるのだと思います。

 

あと言うと、言葉の問題も大きいでしょうね。伝統的な市内中心部のチャイナタウンは、どこも香港系の店主が多く広東語が幅をきかせる世界ですが、いまオーストラリアにやって来る人は北京語(マンダリン)話者が圧倒的に多い。その関係で、シドニーHurstvilleやブリスベンSunnybankなど、いま発展中の郊外チャイナタウンは、どこも北京語優勢の世界になっています。

同じことが、日本の首都圏でも起こっています。横浜では日本最大のチャイナタウン(広東語優勢)が健在ですが、最近来日した北京語話者(ニューカマー)によってつくられた、東京の池袋北口や新大久保の方が、どんどん新しいお店ができて勢いが凄いだと感じます。

 

商店主から知識労働者へ、オールドカマーからニューカマーへ、広東語から北京語へ…中華系社会の大きな変化のなかで、チャイナタウンも変容している。それはオーストラリアでも日本でも変わらないのだと思います。

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オーストラリアで収入をつくろうー完結編(移住・就職)

こんばんは、Manachanです。ここケアンズは、きれいな満月の、静かな夜です。皆様いかがお過ごしでしょうか?

前回(後編)、「オーストラリア不動産市場に参入する方法」を詳しく書きました。現時点で、「40万豪ドル(約3500万円)が参入の最低ライン」というが私の偽らざる意見ですが、「敷居が高いなあ…」と溜息をついた方も少なくないでしょう。

大丈夫です。いま40万ドルなくても、お金をつくる方法はたくさんあります。読者のなかには、ご自身の事業や仮想通貨取引で、すでにお金をつくった方もおられることでしょう。

 

オーストラリアが大好きで、すぐにでも移住したい、という方々に、移民国オーストラリアはいつでも門戸を開いています。但し、必ずしも敷居が低いわけではありません。例えば投資永住権の場合は、年齢制限も英語力要件も滞在日数要件ありませんが、その代わり10億円以上の投資金額が求められたりして、本当に一握りの富裕層向けです。

それよりむしろ、技術移住(Skilled Migrant)の方が、多くの人により現実的だと思います。かくいう私も、永住権こそ妻(豪州籍)にスポンサーしてもらいましたが、実質的には技術移住した一人です。

 

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【わたくしの年表】

1997年(28歳) 日本で会社勤めしながら、オーストラリア移住を決意し、「移住3年計画」を立てる。「IT技術者」として移住するために、外資系企業に転職しシステムエンジニア稼業を始める。

1998年(29歳) オーストラリア永住権(仮ビザ)を取得。

2000年(31歳) 日本の職場で3年間経験を積んだ時点で退職。オーストラリア・シドニーに渡り、就職活動開始。

2000年5月  渡航後休む間もなく、現地系、日系の転職エージェントに履歴書を送りまくる。

2000年6月  エージェントとの面談を通じて、先方の企業との面接アポがぼちぼち入り始める。

2000年7月  企業との面接アポが日々入り、忙しい日々を送るが、11社連続で落とされる。8月初めに、日本に一時帰国するので、それまで結果が「スカ」だったら嫌だなあと不安に思う頃、12社目のチャレンジでIBMに拾ってもらい、無事内定を得る。

2000年8月  IBMで勤務開始。職種はLotus Notes Developer(ロータスノーツ開発者)、年俸は6万5千ドル。

2002年8月(33歳) シドニー郊外Parramattaにてローンを組んでマイホームを購入。

2004年11月(36歳) オーストラリアIBMで人員整理があり、将来に不安を感じていた頃、中国・大連のIBMでのITチームリーダー急募の話があり、応募。

2005年1月 中国IBMに内定を得る。

2005年2月 オーストラリアIBMを退職。シドニーのマイホームは賃貸に出し、中国に渡る。

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31~36歳まで、5年弱の期間でしたが、シドニーでの暮らしは本当に楽しく実り多いものでした。特に、「英語圏でプロフェッショナルな職に就けた」ことと、「不動産買って資産形成もできた」ことは、その後の人生に大きな自信になりました。

私の後に続いてオーストラリア移住したい、現地で就職して身を立てたいという方々に、私は協力を惜しみません。実際これまでも採算度外視でたくさん時間を使ってきました。なお、移住経験者の立場から言いたいことは、

 

1)移住希望者向けに、キャリアコンサルティングが、もっと必要だと思う。

オーストラリアの場合、ビザの申請代行や、ワーホリ向けのサービスはそれなりに多いですが、移住者がオーストラリアでどんな仕事について、どれ位の給料を得られるのか?みたいな情報は質量ともに少ないと感じます。例えばの話、

オーストラリアの職業別の給与水準を知るサイトPayscaleは、もっと知られて良いと思います。

http://www.payscale.com/research/AU

 

たとえば、私のようなIT職で移住する場合、

Software Engineer / Developer / Programmerだと、全国平均の年俸が69,967ドル(615万円)

 

より経験を積んで上級の技術職になると、平均91,455ドル(805万円)

 

管理職コースにいってProject Managerになると、平均104,948ドル(925万円)

 

オーストラリア渡航後、いくら給料が取れそうかが大体わかれば、居住地やライフスタイルもある程度類推がつくし、また自分の専門分野がはっきりしてない方は、今後どんな専門を身につけるべきか、課題も見えてくると思うので、とても有益だと思います(かつての私だって、移住後就職しやすい専門分野で経歴を積むために、日本で3年かけて準備したのです・・)。

 

2)移住後、どんな「社会階層」の暮らしを手にできるか、もっと情報提供が必要だと思う。

身も蓋もない話かもしれませんが、オーストラリアにもどの国にも「階層」(Class)があって、それぞれの階層に属する人が経済力に応じた暮らしを送っています。日本人が移住しても、結局は、オーストラリアのどこかの「階層」に収まることになります。

オーストラリアの大部分を占める「欧米系白人」は、生活水準別に4つのカテゴリーに分かれるように思います。

 

1)白人超富裕層 (人口構成比1~2%以下)
ビーチ際の豪邸住まい、クルーザー数台持ち、大きなビジネスのオーナーか親からの遺産で莫大な富を所有。

2)白人中流層(人口構成比30~40%)
高学歴で専門職を持ち、たいてい共稼ぎで世帯年収15~30万ドル。教育熱心。環境の良い郊外住宅地か都心近くのマンションに住む。彼らの生活水準は日本の中流層より高く、ある意味「憧れのオーストラリア暮らし」話の題材になりやすい人々。

3)白人庶民層(人口構成比50~60%)
いわゆるフツ―の人々。ショッピングセンター店員、工場の行員、小商店主など、様々な職業に従事。生活は質素だが、大人一人あたり車一台はくらいは持っている。庭つきに住みたい人は都心からとっても遠い郊外住宅地か、通勤が嫌なら都心近郊の平均的なマンションかタウンハウスに住む。

4)白人貧民層(人口構成比5~10%)
資質、素行に問題の多い人々。ドラッグ、酒浸り。刑務所とシャバを行き来している人が多い。都市近郊のハウジングコミッション(公共住宅)に住む人が多い。

 

日本から移住する場合、ほとんどの人は「2)中流層」か、「3)庶民層」のいずれかの階層になります。もし、ITエンジニアのような専門職について、経歴を積んで10万ドル程度の年俸を得るようになれば、とりあえず「2)中流層」相当にはなります。

但し、今のシドニーやメルボルンは不動産価格の高騰が著しく、自分の稼ぐ10万ドル+配偶者の給料程度では理想の家に住むことはまず無理です。地域にせよ間取りにせよ、最初のマイホームはかなり「妥協」することになると思います。まあまあ良い給料もらってる白人さんも、同じように苦労してますので…

でも、この国で「2)中流層」の生活を維持するには、給与収入だけでは無理です。何らかの投資をしなくてはなりませんこれはオーストラリアの掟!

これは強調したいですね。というのは、まあまあの給料もらっていても、投資をしなかった故に、中流層の生活を維持できなかった日本人の仲間が相当数いますので…

投資商品は数多くあれど、「不動産」がオーストラリアで最もポピュラーな投資対象であることは間違いありません。この国で金持ちになった人のほとんどは不動産を所有しています。そして、オーストラリアは相続税がありません。

 

もし、オーストラリアに渡航して、無事就職できたら、是非、この国の不動産投資を学びましょう。最初は小さくても良いので、まずは自分の物件を持つことをおすすめします。なお、元手はそんなに要りません。この国で働いていれば、頭金2割くらいで良いでしょう。

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