語学

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「日本語教育基本法」オリンピックに向け東京都江東区をモデル地区に

今国会中の成立に向けて、超党派議員有志が推進している「日本語教育基本法案」ですが、私は外国人住民が急増する東京都江東区に暮らす一人として、当法案の早期成立と、日本に定住する外国人子弟の日本語教育の拡充を切に望むものであります。

グラフにみるように、我が国の首都・東京23区の外国人比率は年々増加し、総人口の4.4%を占める上に、その増加数は23区全体の半分近くを占めるまでになっています。

私たちの暮らす江東区では2万8千人の外国人が居住し、総人口に占める比率は5.5%と、23区平均より高い数値になっています(私の妻も外国籍住民の一人です)。

江東区は再来年の東京オリンピック・パラリンピックで、競技会場が最も集中する地域となっていますが、実は以前より、オリンピックと外国人住民に縁の深い土地でした。1940年に開催が企画され、日中戦争の影響で消えた「幻の東京五輪」で、都内他地域からの移住を迫られた在日朝鮮人が区内の枝川(えだがわ)地区につくった街「枝川コリアンタウン」が所在し、長年日本人と調和して暮らしてきた街です。

区内で初めて、日本語を母語としない外国人児童のための補習教室「日本語クラブ」が設けられたのは、枝川と近隣地域の子供たちが通う「深川第8中学校」で、1984年の開講。現在も4名の先生方が、中国、韓国、フィリピン、タイなどから来た約20名の児童の日本語学習を支援しています(ウェブサイト)。

時代は流れ、江東区内では昔からいる在日朝鮮人に加え、大手企業から赴任で来た韓国人ビジネスマンや、インド人のITエンジニアが目立つようになりました。それを数倍する数の中国人、そしてベトナム人、フィリピン人など、多様な国籍・様々な職業に従事する外国人が、日本人と共存して暮らす多文化な街になりつつあります。

 

多文化社会へ変貌するなかで、様々な社会問題の萌芽が出てきていますが、私からみて最も深刻かつ喫緊の課題と思われるのは、「江東区に暮らす外国人の児童が、必要な日本語教育にアクセスできていない」という問題です。

人口51万人を抱える江東区には、区立の小学校が45、中学校が23ありますが、「日本語クラブ」が設けられているのは、私が確認した限り3校だけです。区内の在籍児童数は小学校24,309名、中学校7,906名、計31,215名いて、人口比から考えて1,000名以上の外国籍児童が学んでいると思われますが(区内どこでもクラスに23名居るのが当たり前です)、統計的把握はなされておらず、日本語教育ニーズの把握もこれからの課題です。

特に、区内で外国人人口が増えている亀戸(かめいど)や大島(おおじま)地区に日本語クラブが存在しないことが問題となっており、児童が転入してきた小中学校に日本語を教える機能自体がなく、多くはケアのないまま放置されています。

日本語クラブ空白地区の外国籍児童のために、江東区主催で今年9月から日本語補習クラスを開くことになり、募集を行ったところ、会場に入りきれないほど希望者が殺到したそうです。まさに日本語学習ニーズが「爆発」しており、区として地域として「すぐに何かしなければならない」状況です。

日本語教育基本法案の「目的」のところに、「日本語教育の推進に関する施策を総合的に推進し、もって我が国に居住する外国人との共生を通じて多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現」という記述がありますが、今まさにその具体的実施を喫緊に求められている自治体の一つが江東区なのです。

日本の一国民として、外国人を含む家庭で暮らしを営む父親として、この法案が成立することを切に望みますし、晴れて成立した暁に、何か具体的でシンボリックな事業をやるならば、その舞台の一つに「江東区」が選ばれるべきだと思っています。ここは2020年東京オリンピック・パラリンピックの主要な舞台であり、全世界の人々が注目する「日本のショーケース」になります。その場所で、「日本に暮らす外国人が満足に日本語の公教育にアクセスできない」状況が全世界に知られるのは恥ずべきことだと思いますし、日本国として「何とかする意志」を見せるべきではないかと思います。

同時に、江東区は外国人と日本人の長い共生の歴史、30年以上にわたる「にほんごクラブ」の活動など、日本における先端的な多文化社会の一つでもありますので、その蓄積を生かして有意義な事業を実施できる環境だと思います。

 

江東区における日本語教育モデル事業(案)

 ・ 区内在住外国人児童の実態、教育ニーズの統計的把握
  ・日本語コミュニケーション力到達度評価の手法開発・実施
 ・ 「言語保障から学力保証へ」、JSLJapanese as Second Language)教育プログラムの開発と実施
 ・ 日本語クラブの全区小中学校への段階的拡充
 ・ 専門人材(日本語教育、教育心理学等)の育成と活用
 ・ 地域に存在する多様な言語スキルを活かした、外国人児童や家族へのサポート

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日本に東京があって良かった 〜世界からTokyoへUターン起業した男のつぶやき〜

こんにちはManachanです。いつもブログご愛読ありがとうございます。

人間は生まれ育った場所で一生涯を送るとは限りません。故郷を離れ、就職や就学のため他所(大都市など)に移動する人が相当多いからこそ、世の中、UターンやJターンなる言葉があるわけですね。

たとえば、地方出身の人が東京に移動する場合、

  • Uターン…故郷→東京→故郷 (例.青森出身者が東京に出た後、地元に戻って暮らす)
  • Jターン…故郷→東京→故郷に近い中核都市(例.青森出身の人が東京に出た後、仙台で暮らす)

私の場合は少し変わり者でして、日本を飛び出して地球規模で「直径8000キロのUターン」をしました。

  • 故郷(日本)→海外(オーストラリア、中国等)→故郷(日本)

私は日本の首都圏(千葉県柏市)で生まれ育ち、東京の高校、大学で学び、1994年、東京で就職しました。

その6年後、2000年に日本を離れてオーストラリアに移住し、現地で就職。5年暮らした後は中国に移って働き、2007年に日本(東京)に戻り、Uターン就職。その6年後、サラリーマンを辞めて東京で起業しました。

以上まとめると、こうなります

  • 1994〜2000年 日本(東京)でサラリーマン
  • 2000〜2005年 オーストラリアでサラリーマン
  • 2005〜2007年 中国でサラリーマン
  • 2007〜2013年 日本(東京)でサラリーマン
  • 2013年〜 日本(東京)で起業

私はこのようにグローバルな人生を歩み、海外で英語や中国語を使う専門的職業に就いて働いてきたのになぜ、わざわざ家族全員連れて日本へUターンして、挙句に会社まで興したのはなぜなのか?その意味を考えてみました。

正直言うと、海外の広い世界で暮らしたあとで、日本に戻るに際して「3つの不安」がありました。それは、

  • 1)「大学→大企業という決められたレールを大きく踏み外した後、38歳という年齢で日本社会に合流してもまともな就職はできないのではないか?」
  • 2)「国際結婚して外国で生まれた子供が、異文化との共生に慣れていない日本の学校で先生や仲間に受け入れてもらえないのではないか?」
  • 3)「日本で暮らすと、子供たちに英語力を身につけさせる環境が無いのではないか?」

しかし蓋を開けてみると、上記は全て杞憂でした。日本もとい「東京」に、良い意味で期待を裏切られたのです。東京は私の気づかないうちに、国際都市として進化を遂げており、世界中の人々を同僚や隣人として自然に受け入れる多文化社会になりつつあったのです。

まず、1)については、38歳で再就職活動しても、同世代の一部上場企業の仲間と比べて遜色のない給料で、外資企業のITマネジャーとして迎え入れてもらいました。生活水準もキャリアの面でも、海外に居る時と比べて全く妥協することなしに、日本での経済生活をスタートできたのです。

正直言うと、日本に帰国した場所が「東京」だったから良かったのです。外資企業の専門職、管理職の求人は、私のみる限り、日本全国の80%以上が東京23区に集中していたのです。言い換えれば、私が首都圏生まれだったおかげで、両親の住まいの近くに「Uターン」できたわけです。これがもし、日本国内の他地域、例えば九州出身だったなら「Jターン」(九州→海外→東京)になっていたはずです。

次に2)について。今時の東京都内、特に23区東部の公立小中学校は外国籍や外国生まれの児童がクラスに居るのが当たり前。我が子の名前がカタカナでも妻が日本語ネイティブじゃなくても、珍しいことじゃないので自然に受け入れてもらえます。移民の多い英語圏の国ではノンネイティブの児童が英語の授業についていくのをサポートするESL(English as Second Language)クラスがありますが、東京の我が家近くの公立中学校にもそれに類したJSL(Japanese as Second Language)クラスが設置され、専門の教師が配属されています。

3)に関して。確かに日本社会では日本語が圧倒的に強く、英語の通用度も使用頻度も高くはありません。ですが、東京ならインターナショナルスクールも英語補習校も、帰国子女向けの塾も豊富な選択肢があり、我が家のような日英バイリンガルファミリーで育った子供が、日本語力と英語力を維持する環境は整っています(注. 首都圏でも埼玉や千葉、横浜以遠の神奈川に住むとハンディがあるので、英語力維持したいなら東京都内に住むことが大事です。)

また、他国と比べた英語通用度の低さは、多言語能力と海外勤務経験を持つ私からみれば逆に「他者に差をつけるチャンス」以外の何者でもない。結局その比較優位を活かして東京で起業することにしました。言い換えれば、東京は「世界最大の経済規模を持つのに英語通用度が低い」という稀有な都市であり、その舞台で私はチャンスを掴んだのです。

結局何が言いたいのか?私自身を含め、海外で活躍した日本人にとって「東京はいつでもUターンできる都市」だということです。客観的にみて、東京は日本で唯一の国際都市。外国語を使う専門的職業の雇用が豊富で、多文化共生の社会環境も英語力を維持する教育環境もそれなりにあります。

言い換えれば、国際都市·東京があるから、私は日本に帰って来れたのです。もし東京がなかったら、私は今頃間違いなく、日本以外の国に住んでいたことでしょう。

海外に住んでももちろん良いけれど、私は海外経験を活かして母国·日本に貢献したいと思うタイプの人間なので、日本に東京という都市があって良かった、おかげで楽しい人生になった…本当に、心からそう思います。

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漢字で学ぶ中国語‐日本人の特権

こんにちはManachanです。今回は久々「語学ねた」でブログ書きます。

 

我が家は国際結婚ファミリーで、東京に住んでいます。子供は二人いて中1と小4。上の子は明日が入学式です。

私は日本で育ち母語は日本語、大人になってから英語圏に5年、中国語圏に3年暮らしたので、英語も中国語もビジネスレベルでできます。妻は台湾生まれですが幼い頃オーストラリアに移住したので、英語がネイティブ。家庭で親との会話は中国語が使われていましたがオーストラリア育ちゆえ漢字に触れられる環境ではなく、きょうだい間は英語が共通語になりました。彼女が漢字読めるようになったのは、高校卒業後、台湾に留学したからです。

その留学中、日本から語学留学に台湾に来ていた私との出会いがありました。その後、結婚して子供ふたりできて、いまは東京で暮らしています。

 

台湾で私たちが出会ったのは、1989年のこと。当時、妻は留学3年目で、中国語を流暢に話しましたが、それでも他の留学生と同様、「漢字の読み書きが難しい」と言ってました。

一方の私は、台湾に来てからわずか2か月、話し言葉は十分にできませんでしたが、日本で育ったおかげで漢字の読み書きの苦労はありませんでした♪

当時の留学生にとって、朝食は街の安食堂が定番ですが、当然ながら漢字オンリーの環境。「小籠包」「豆醤」「油条」「焼餅」「葱油餅加蛋」などと書かれたメニューを解読して満足に注文できるようになるまでに、約1年の中国語学習が必要と言われていました。確かに、漢字を持たない国で育って「一、二、三‥」の書き取りからはじめる人にはその位の学習期間は必要かもしれません。でも日本人だけは別で、中国語知らなくても、来台1日目からメニューの意味くらいは分かってしまいます。

 

その後、台湾で一年暮らしてどうなったかというと、私の中国語は長足の進歩を遂げ、台湾滞在4年目の妻と遜色ないレベルになりました。一生懸命勉強したつもりはありません。たまたま漢字を知っているアドバンテージを素直に活かしたらそうなったのです。

当時の私が中国語をどうやって覚えたかというと、日々、貸し漫画屋で「ドラえもん」の繁体字中国語版を借りて読んでました。1冊4元(20円)で借りられるので安いし、漢字だから意味が分かるし、何より子供の頃から親しんだ日本の漫画だからストーリーも知ってる。「なるほど…中国語ではこの場面でこう言うんだ!」。それを繰り返し、日常生活で真似していくと、話し言葉がどんどんできるようになりました。

 

あと、台湾の字幕付きTV番組も、中国語学習に大いに役立ちました。当時の台湾では日常的に台湾語(閔南方言)や客家語を使い、北京語発音を理解しにくい人が年配者を中心に多かったのです。それでも漢字字幕があれば理解できるので、ほとんど全てのTV番組に字幕がついていましたが、

日本で育った私からみて、こんなに素晴らしい学習手段は他にありません。字幕は漢字だから目で追っていけば意味はだいたい分かる、そこに北京語の音声がついてくるわけです。すでに知ってる漢字の意味に「日常生活で使われる生きた北京語の言い回し」を当てはめていけば、TVで楽しみながら語彙力が日々アップしていくわけです。漢字のない国で育った人だと、学習2~3年目にならないとできない芸当でしょうが、私はたまたま日本で育ったおかげで台湾渡航後すぐ実行できてしまうのです。

日本人が漢字知ってるアドバンテージを活かせば中国語は英語よりずっとラクに習得できる外国語・・・それが正直な実感です。

 

ところで、私たちはいま、日本で子育てしています。家庭で子供に対しては私が日本語、妻が英語で話します。平日は区立の小学校で普通に日本語環境、英語は補習校に週1回通わせています。

二人の子供たちは日本語と英語がネイティブで話せて読み書きもできます。中国語は子供たちは普段話しませんが、私は全く心配してません。なぜなら、

「二人とも日本で育ってるから漢字は分かる。それで中国語半分できたも同然」と思ってるからです。彼らが将来、中国大陸や台湾に行って中国語環境に身を置けば、経験上、非漢字圏の学習者の約半分の時間で習得できてしまうでしょう。

 

逆に、「英語圏で育てた方がいい」とアドバイスする人の気持ちが正直分かりません。漢字を使う日本で育つからこそ中国語に横展開できるのです。英語圏に連れていったらそのメリットが活かせないわけで・・・

私も妻も子供たちも人種的にはアジア人ですし、親から子へ文化的に継承すべき言語は日本語、英語、中国語の3つ。そう考えると、いま子供たちが「日本で育ち日本語をしっかり学ぶ」ことは、アジアと世界で生きていく上で戦略的価値があると私は考えます

 

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「インターナショナル教育=英語」への違和感

こんばんは、Manachanです。今日はいつもと趣向を変えて、「言語・教育論」で書きますね。

私は世界中いろんな国で不動産(コンドミニアム)を見る仕事をしてますが、アジアや南欧方面では特に、不動産価値を上げる方便として、「インターナショナルスクール」なるアイテムが使われることが多いです。例えば、

 

・大規模開発で、敷地内にインターナショナルスクールを誘致する

・既存のインターナショナルスクールのそばに建物建てて、教育環境をウリに分譲する

 

世界中どこにあっても、「インターナショナルスクール」での教育に使われる言語は、「英語」というのがほぼお決まりです。たとえ東南アジアにあっても、中国語や日本語で教えるインターナショナルスクールとか聞いたことありません(そういうのは、中華学校とか、日本人学校とか呼ばれるんですよね)。

非英語圏の社会では、海外とやり取りするために英語スキルの需要が高いですから、「我が国における世界への窓口」というイメージで、「英語」が「インターナショナル」になる、それは分かります。

でも、いま私がいるオーストラリアは英語圏ですから、「インターナショナル=英語」という図式はとてもヘンです。だって、公立の小中学校がみんな英語で教えてるじゃないですか?同じ英語で教える学校がなぜ「インターナショナル」なの?という話になっちゃう。

そう考えると、インターナショナルスクールとは、「非英語圏のエリートや中間層の子弟に対して」、「英語を用いた教学を行う営利事業」と定義されるでしょう。それぞれの社会で子供に英語教育を与えれば階層上昇につながるという連想が成り立つことが、このビジネスモデルを支える素地になりますし、よりマクロに言えば、将来にわたって英語の言語覇権を維持する仕組みでもあるのでしょう。

 

ところで、一口にインターナショナルスクールといっても、クオリティは玉石混交。そもそも非英語圏の子供たちが教育対象なんですから、生徒の英語レベルからして様々なはず。

東京には多数のインターナショナルスクールがありますが、両親か片親が英語ネイティブの子弟ばかりが通う学校もあれば、生徒の大多数が日本人か韓国人の家庭育ちという学校もあります。生徒の英語レベルが違えば当然、教学レベルに差が出てきます。同じIB(国際バカロレア)プログラムを採用していても、学校によって全然レベルが違うみたいな話もよく聞きます。

日本には余り英語を使う環境がないので、思い切って海外に出て、子供を現地のインターナショナルスクールに通わせる親御さんもいます。いま人気なのはマレーシアのジョホールバル(JB)とか、フィリピンのセブあたりでしょうが、JBに来てもインターナショナルスクールの教学レベルは様々で、トップの名門校じゃなければ実は内容がショボいとか、その割に学費が値上げに次ぐ値上げで納得できないとか、いろんな話を聞きます。

 

最近はとにかく、ミャンマーでもタイでもインドでも、中国でもカンボジアでもポルトガルでも、どの国で不動産見ても判を押したように、「インターナショナルスクール近所にありまっせ」、「教育熱心な親御さんに人気でっせ」みたいな話ばっかり…英語ニーズ高いの分かるけど、世界中にそんなに学校乱立させて今後どうすんだろと思う。その論理的帰結は、

 

1)インターナショナルスクール間で選別淘汰が進む

2)フツーのインターナショナルスクールがコモディティ化する

3)コモディティ化した学校を出た子供たちが、良い企業になかなか就職できない

4)英語という言語スキル自体も、世界的にコモディティ化する

 

特に4)が大事で、世界中に英語で教える学校が乱立して卒業生を大量に出せば、少なくとも各国の中間層以上の世界では、「英語なんかできて当たり前、それだけでは何の価値にもならない(最低のスタートラインに立てるだけ)」になると思います。

「英語の他、何ができるの?」と問われる世界になるし、言語スキルでいえば、「英語と何語ができるの?」というポートフォリオの話になってくるでしょう。

 

日本は世界でも珍しい位、英語を使わなくても自国言語だけで高等教育がこなせて、最先端のテクノロジーを学べて世界的な企業に就職できる社会です。それ故、この国では英語スキル自体が貴重ですので、我が子を国際社会のスタートラインに立たせるため、早期から英語教育を与えたいと切実に願う親御さんの気持ちは分かります。でも、世界中いろんな場所に住んだ私からみると、「英語なんて所詮コモディティ」、「日本語の方がずっと稀少価値」という感覚が強いです。

だって世界中、英語話せる人はゴマンといますよね。アフリカや中米の奥地に行っても、英語話す人はいるんです。大学出ても月給1万円しかもらえないような最貧国でも、英語を話せる卒業生は多数。一方、日本語話せる人が世界にどれだけいますか?言い換えれば、日本の経済規模や、日本が持つ文化・技術コンテンツの価値に比べて学習者・習得者が相対的に少ないからこその稀少価値でしょう。

それゆえ、「日本語と英語のバイリンガル」は世界的にみて価値が高いわけです。日本人の子供が英語できるから価値が高いんじゃなくて、「日本語と英語、どちらも読み書き、ビジネスレベルのコミュニケーションできるから価値が高い」のです。

それに、日本語をしっかり学習した副産物として、「中国語学習に有利になる」という面もありますね。言語は違っても漢字の意味は80%以上共通ですから、これ非漢字圏の人に比べれば物凄いアドバンテージです。

 

親の両方、または片方が日本語ネイティブなら、「まずは日本語をしっかり身に着けさせるのが先決。英語は後付けで良い」と私は考えます。我が家でも、少なくとも下の子が12歳になるまでは、日本語を確立させるために東京に住み続ける予定です。

子供の日本語能力を確立させるのに、圧倒的に便利かつコスパの良いロケーションは「日本」です。それ以外の国では学習手段の選択肢が少なく、難度が高くなります。一方「英語」なら、英語圏でなくても、どの国にも「インターナショナルスクール」が多数ある上、各国の標準的な教学プログラムにほぼ必ず「英語学習」が組み込まれています。あるいは日本の外資系サラリーマンがやってるように、「仕事の必要に迫られて、必死に英語を習得」など、大人になってからの努力で何とかなる面もあります。英語は、世界中で使われるグローバル言語であるがゆえ、後付けで学習しやすいのがメリットですね。

 

英語は後付けで良いと、世界中の皆が分かってしまえば、「インターナショナルスクール」の商売が成り立ちにくくなるから、英語こそ国際的言語、習得のためには早期教育が良いなどと、世界中で一生懸命宣伝するわけです。

インターナショナルスクールの仕組みに乗るにせよ、乗らないにせよ、そのビジネスのからくりを分かった上で行動した方が良いと思いますね。本質的には、「インターナショナル教育=英語」では全然なくて、「非英語圏の親御さんをスポンサーとする英語を使った早期教育産業」に「インターナショナル」という言葉をつけてるだけですから…

 

私は英語教育を否定・軽視したいわけではありません。日々、世界を相手にビジネスしてますので、英語の大事さはよく分かってます。ただ、世界中で英語教育が行われてコモディティ化しやすい状況なので、日本語を含めた「英語プラスアルファ」戦略で、強い言語ポートフォリオをつくっていきたいと思うのです。

英語なんかちゃっちゃと覚えて、次行こうぜ」、というのが私の本音です。

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子供は、どんなバイリンガルに育つのか?

おはようございます、Manachanです。北京出張から帰ったあと、怒涛のようなセミナーラッシュに、法人確定申告…多忙な時期がようやく一段落し、ブログを書く時間的余裕がようやくできました。
 
世の中はゴールデンウィークの休みに入ります。気候の良い行楽シーズンではありますが、我が家は遠出せず東京の自宅近辺でのんびり過ごすつもりです。久々のブログは、「子供の多言語教育」ねたで書きますね。
 
私と妻とは国際結婚していて、小学生の子供が2人います。我が家はナチュラルに多言語が飛び交う環境です。
 
-私と子供たちとの会話は、日本語
-妻と子供たちとの会話は、英語
-夫婦間の会話は、中国語
-子供同士の会話は、日本語か英語
 
子供の教育環境ですが、平日は近所の区立小学校(当然日本語)に通い、土曜日だけ英語の補習校に通わせています。補習校に来ている子供たちの大多数は、日本人と英語圏出身者の国際結婚家庭のお子様で、我が家と似たような言語環境で暮らしています。
 
補習校は週一ペースなので、ネイティヴの先生が英語の読み書きやレポート、プロジェクトを一通りやるとはいえ、あくまで「英語力を維持するための補完的役割」しかできません。英米系のインターみたいに、月曜から金曜まで、英語だけで授業をやるような密度は当然期待できないし、補習校に通ったからといって人気のインターに即入学できるだけの英語力が身につくとも限りません。
 
そこで多くの親たちは(私も含めて)小学5年生頃までに、大きな選択を迫られます。
 
子供の教育言語(Academic Language)を英語にするか日本語にするか?
 
「英語」を選んだ親は、子供を英米系インターに行かせるか、または英語圏にUターン移住して現地校に入れる人も相当数います。一方、「日本語」を選んだ親は、一般の日本人家庭と同様、私立か公立の中学校、高校に行かせます。
 
親が「せっかく学んだのだから、英語も日本語もモノにしたい」と思い、かつ、子供も勉強好きな場合は、広尾学園や三田学園などのバイリンガル中学校の受験にチャレンジすることになります。
 
でも、そういう学校に行かせたところで、よくよく見れば、教育言語は「英語をメイン、日本語をサブ」か「日本語をメイン、英語をサブ」のどちらかにするに過ぎない。その意味で、他のバイリンガル家庭と同じく、結局は英語か日本語のいずれかを選んでいることになります。
 
その経験から、我々が学んだことは、
 
子供は、話し言葉の面では多国語話せるようになるけれど、教育言語は一つしか持てない。
 
私たちは、日本語が圧倒的優位な環境で暮らし、かつ家庭で英語も使っています。話し言葉の面では、どの家庭の子も、見事な日英バイリンガルになります。うちの二人の子たちもそうです。
 
だた、彼らバイリンガルキッズに、数学、物理、化学、生物、歴史、地理、保健体育といった教科を教える上で使う言語は、英語か日本語か、どちらかに絞った方が明らかに効果的なのです。普通考えて、数学を英語で教えて、また同じ内容を日本語で教えて、というのは明らかに非効率だし、歴史・地理・公民など社会科になれば英語圏の教科書と日本の教科書で内容が全く違うわけだし・・
 
もっとも、英語&フランス語、英語&オランダ語みたいに、お互いに語彙や構造の似た言語同士であれば、教育言語を複数持つことも可能かもしれません。カナダや西欧とかで多くの実例があるでしょうから、皆さんどうやってるか知りたいです。でも、少なくとも日本では非常に難しいです。英語と日本語は天と地ほどかけ離れていますから…
 
我が家では、娘ソフィア(小6)の教育言語を日本語にすることに決めました。息子ポニー(小3)にはまだ英語教育の目も残っていますが、たぶん日本語になるでしょう。私自身、どちらを好むかといわれれば、断然日本語ですね。なぜなら、
 
・世界的にみれば、英語できる人より、日本語できる人の方がずっと稀少。
・英語話者のコミュニティは世界中にあり、新興国途上国にもたくさんあって、彼らの収入給与水準は年収10万~。一方、日本語話者のコミュニティは基本的に日本に限られ、給与水準は年収200万~。つまり個人レベルでみて、日本語できた方が経済価値が高い。
・日本語で教育を受ければ、2000以上の漢字を認識できるようになり、それが中国語学習への近道になる。
・我が家はこれから当面、東京に住み続けるので、通常の学校、専門技術学校含め、日本語の方が断然、教育の選択肢が豊富。
・英語の方が「後付け」しやすい。つまり、日本語で教育を受けた後、大学等で英語で専門教育を受けるのは、世界各国でできるし選択肢も豊富だが、逆に日本語の場合は日本に限られる。

 
それぞれの家庭で、居住地も言語環境も親の言語スキルも違うので、バイリンガル教育を志すにも各自の状況に応じて最適なものを選び取っていけば良いと思います。私は「日本語をベースとした日英バイリンガル」の方が「英語ベース」よりもたぶん価値が高いと思うし、今せっかく東京に住んでいるので日本語での教育に力を入れます。
 
まず日本語をベースとして育ち、後付けで英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語などを習得するのは、やる気になればいくらでもできます。現実に私がそれをやっているわけで…

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北京語一極集中の時代に

こんばんはManachanです。東南アジア4か国、10泊11日の出張から無事帰国しました。最初の6日間は、タイ、ラオス、ベトナムを、夜行バス含めて忙しく飛び回り、最後の4日間はマレーシアで家族と一緒にのんびり過ごしました。

 

マレーシア・クアラルンプール(KL)は、春休みに家族で過ごす場所としては、すでに定番です。羽田から直通で行ける、都会の利便性がある、ホテル代激安、現地物価安い、親子で楽しめる施設が多い、英語が通じる…そういった面で、マレーシア以上に条件の揃った場所はなかなかありません。

私がマレーシアを最初に訪れたのは、1992年。それから25年間で、KLの街は劇的に変わりました。

あの頃のKLは、首都とはいえ日本の地方県庁所在地程度の田舎町でした。KLCC(都心CBD)もペトロナス・ツインタワーもまだ無かったし、セントラル駅の西側は一面の森と公園だったし、ブキビンタン(KL随一の繁華街)でさえ百貨店が伊勢丹くらいしかなかった。

 

それが25年経つと、何もなかったKLCCは摩天楼の街に一変、ブキビンタンも百貨店が屏風のように連なり新宿みたいな風景に。セントラル駅周辺にも高層ビル林立…ずいぶん変わったものです。

 

KLタワー周辺の眺望

 

そして25年の歳月は、人々の話し言葉まで変えてしまいます。今回のブログは、語学ネタで書きますね。

 

日本で大学生が選択する第二外国語、今はおおむね「中国語」が一番人気で、二番手が「ドイツ語かフランス語」のようですね。

 

私が大学生だった1990年頃は、「フランス語」か「ドイツ語」が人気トップで、「中国語」は三番手か四番手(スペイン語と良い勝負、ロシア語、韓国語より少し上)みたいな位置だったと記憶しています。私のいた大学では、確か

 

フランス語 9クラス
ドイツ語  8クラス
中国語   4クラス
ロシア語  1クラス
(※スペイン語や韓国語は履修できませんでした・・・)

 

当時と比べると、20数年経って、中国語の地位が躍進したことがよく分かります。中国が世界の経済大国になり、日本との関係も深い。ビジネスで使える、就職に役立つという意味で、ドイツ語やフランス語、スペイン語あたりと比べても一歩抜け出した感がありますね。

 

あと、外国に行かなくても、日本での日常生活のなかで中国語を聞く機会も結構あります。東京は特にそうですね。私が住んでる東陽町とか木場あたりだと、街を歩いてて中国語が耳に入ってこない日はありません。フランス語やドイツ語だと、さすがにここまで身近ではない。

 

「英語の他に、学ぶとすれば中国語」という時代は、もうしばらく続きそうです。

 

中国語の国際的地位が上がると同時に、国内外で、広東語、福建語、上海語など、いろんな方言の使用頻度が減って、「北京標準語」に集約される動きが目立ちます。

 

例えばマレーシアでは、中国系住民の話す言葉が、もともと広東語や福建語だったのに、今は北京標準語一色に変わった印象。この動きはマレーシアに限らず、シンガポールでも、欧米各地の華人社会内部でも、同時進行で起こっています。

 

1992年、私が初めてマレーシアに来た時は、広東系マレーシア人の友人に水先案内してもらいました。当時の私は北京語を話せましたが、「マレーシアの華人社会で北京語はあまり通じない」と言われ、わざわざ「広東語の基本フレーズ」を覚えていったものです。

 

今、マレーシアに行く場合は、華人社会とのコミュニケーションは北京語できればそれで充分。逆に若い世代に広東語や福建語が十分継承されていない印象を受けます。
 

マレーシア華人の昼食風景

 

急速に進む北京語化のなか、広東語の牙城といえば「香港」。ここの生活言語は広東語で、旧英領植民地ゆえ英語もよく通じます。20年以上前は大陸中国がまだ貧しく素養も低かったため、香港では北京語自体が馬鹿にされていました。私が台湾で覚えた北京語も、香港で話すと「大陸の田舎者」だと見下されるので、英語で話した方が良いと諭す友人もいたほどです。

 

しかし今日の香港は、びっくりする程、どこへ行っても北京語が通じます。都心や観光地だけでなく、香港ローカルしかいない住宅街の小さな商店に行っても、北京語だけで事足ります。北京語が馬鹿にされる時代はとうの昔に去り、今や香港人が商売するために一生懸命北京語を覚える時代になりました。

 

3年前に、香港で不動産セミナー講演した時のこと。私は広東語できないので、英語と北京語どちらで話せば良いかと現地協力会社の人に聞いたら、北京語の方が分かりやすいのでお願いしたいと言われました。話し終わった後、会場からの質問を受け付けると、7割方は流暢な北京語で話してきました。今や香港でさえ、北京語だけでほぼ全て事足りる世界になったわけです。英語も結構通じますけど、今や北京語の方がよく通じますね。

 

言葉とは、人間が世界を認知するツールであると同時に、コミュニケーションの手段でもあります。より多くの人に話が通じ、キャリアアップや商売の発展につながる言葉に、需要が集中する。その結果、マイナーな方言が廃れて標準語に集約される…それも言語のひとつの生態なのでしょう。
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台湾訛りですが、何か?

 

おはようございます、Manachanです。いまマレーシアのクアラルンプールで乗り継ぎ中。今回は久々の語学ネタです。

昨日、1月28日は旧正月。中国でいう「春節」でしたね。私、縁あって「春節晩会」というパーティーに招待されました。ここに集まったのは、中国語教育で有名な相原茂先生を中心とする、教育界、出版界つながりの方々が多く、普段、不動産や投資ビジネスな方々とつるんでいる私にとっては、軽いカルチャーショックというか、良い意味で異業種交流ができた気分です。

NHK中国語講座などで人気の段文凝さんもいらしてました。近くでみると、女優さんみたいにきれいな方ですね。皆、彼女とツーショットの写真撮ってました。

基本的に、中国語学習とか研究というキーワードで集まった方々でした。こういう集団のなかで中国語というテーマを語る時、私は軽い違和感を覚えます。

それは、私の話す中国語に強い台湾訛りがあって、それがどう解釈されるかが、学術教育界の方々とビジネスマンとで大きく違うからです。

私は大学時代、台湾に留学して中国語を覚えました。留学中に台湾出身の彼女ができて、そのまま結婚してしまいました。今は二児の父となり、家庭では日々、妻とは台湾風の中国語で話しています。

こんな環境に居るから、私が中国語を話すとバリバリ筋金入りの台湾発音になります。関西人同士で結婚して家庭内会話がモロ関西弁の方々が関東に住んでもなかなか東京弁にならないのと同様、私と妻は中国大陸(大連)に数年住みましたが台湾アクセントは抜けません。たぶん一生直らんでしょうし、直す気もありません。

台湾訛りを意識していても、中国語での意思疎通やビジネスで別に不自由しないから、直す必要性を感じないんですね。あと文化的な劣等感も皆無。そもそも中国大陸で、台湾独特の発音や語彙は「かっこいい」と思われることが多いですから。

(あと、俺ら台湾の訛りは、少なくとも香港の連中が話す広東語訛りよりは断然、北京標準語に近くて通じやすいと思うし。)

台湾人が中国大陸各地で事業を展開し、鴻海や奇美電子、BenQ、統一食品といった台湾企業が大雇用主になってる今日、中華圏のビジネスシーンで台湾発音の中国語が揶揄されたり問題視されることは、私の知る限り、ありません。

しかし、教育学術という分野になると、また別の力学が働きます。日本人というノンネイティヴに中国語を教えるわけですから、広い中国のなかから「標準語」を選ばなきゃなりません。そして教育の必要から、標準語の発音や言い回しにこだわる必要が出てきます。

日本で中国語ラジオ講座とかに出てくるネイティヴの先生って、たいてい北京とか東北地方の出身者が多くて、台湾とか香港出身の人を余り見かけないのも、「北京標準発音」を打ち出す必要性から来ていると思います。

これまで会った中国語の先生のなかには、私の台湾訛りを問題視して、矯正しようとする方もいました。「你的发音要改一改」(君の発音直した方がいいよ)と言われたこともありますが、さすがに違和感がありますね。

私はビジネスマンだから、実用で通じりゃそれでいいじゃん、わざわざ直す必要ないじゃん、という感覚です。

そういえば英語だって、私の場合オーストラリアで覚えたから、英国や米国からみればやはり訛ってるし、当然自覚もしてます。でも英米人と問題なく意思疎通できるわけだし、英語なんて特に、ノンネイティヴ同士の意思疎通に使われる世界共通語なんだから、中国語以上に「通じれば、それでいい。発音なんて二の次」だと思います。

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中国語が世界共通語になったら…

こんにちはManachanです。正月3が日は、いかがお過ごしでしょうか?私のブログは二回連続「語学」ねたでいきます。

最近「週刊現代」で、こんな記事がありましたね。

前代未聞! 中国が始める外国人「ABCランクづけ」制度

 

中国政府は来年4月から、中国に居住するすべての外国人を、Aランク(ハイレベル人材)、Bランク(専門人材)、Cランク(一般人員)に3分類し、それを居住ビザ発給に反映させていくようです。引用しますと、

 

Aランクの外国人は、居住地域に明るい未来をもたらす優秀な人材のことで、居住を奨励する。

Bランクの外国人は、国内市場の需給や発展に応じて増減させていく人材のことで、居住を制御する。

一方、Cランクの外国人は、臨時的、季節的、及び技術を伴わないサービス業などに従事する外国人で、今後は国家政策に基づきながら、居住を厳格に制限していく

 

週刊現代のライターはこれを「世界に例を見ない制度を突然、発表!」と書いてますが、制度の内容自体は、日本も含め世界中の多くの先進国で行われている「ポイント制」そのもので、別に「前代未聞」でも何でもありません。評価・配点の基準も「年齢」「年収」「学歴」「語学力」など、日本とよく似ています。

 

参考)日本政府が実施している「高度人材ポイント制」

 

但し、運用の仕方によっては、前代未聞になる可能性があります。ポイント制を採用している先進国では「海外から新たに居住ビザを申請する外国人」や「国内にいて居住ビザを更新しようとしている外国人」に対してポイント制を適用するものですが、もし中国政府が、2018年4月の時点で、各人のビザ更新時期に関係なく、中国にいる全ての外国人に対して一律にポイント制で篩い分けるのなら、たぶん前代未聞になるでしょう。もっとも、中国政府がまじでそういう運用をするのかは、分かりませんが。

 

上の記事では、中国政府の新制度にショックを受ける日本人駐在員の声が多く取り上げられていました。2005~07年に遼寧省大連市で、現地採用ITエンジニアとして、中国語環境しかない現場で働いた私に言わせれば、彼らの時代錯誤が甚だしくて苦笑してしまう…

 

「たしかにオレは、もうすぐ定年だし、中国語もからっきしできない。大学も私学出だ。だがここでは一応、日系企業現地法人の総経理(社長)だよ。それなのに自分の点数を算出してみたら、Cランクの国外追放対象」

⇒(独白)中国に限らず、外国の地で外国人として居住するってことは、そういうものです。現法の総経理だからといって所在国に必要とされる人材とは限らない。私だって、仲間だって、オーストラリアで、猫の目のように変わるビザ制度に翻弄されながら、歯を食いしばってスキルをつけ、ビザを保持してきたのです。

 

「今度は、駐在員のランク付けだと? 中国は一体、何様なのだ」

⇒(独白)今の中国は昔の中国ではないっすよ。別に日本だから、日本企業だからって優遇されるわけじゃない。それどころか、14億人の巨大市場を求めて、欧米、東南アジアはじめ世界中から、トップ企業が日参してきてる国だから、今さら古い頭で「何様なのだ!」と言ってるようでは他国人材との競争に負けて、そのうち中国に居られなくなりますよ。

 

ま、それはおいといて…よく考えれば、この新制度は「日本人にとって有利」ではないでしょうか?なぜなら、「中国語のペーパーテスト」で「最大10点」が配点されるからです。

この制度で、得する人も、損する人も、いるでしょうが、中国にとって必要な人材を篩い分ける制度であるならば、普通考えて、「日本人で現法の総経理」にも、「欧米人で現法の総経理」にも、等しく適用されるはずです。つまり、HSK(漢語水平考試)というペーパーテストを、中国在住の欧米人も受けなきゃならないわけ。

そうなると、母国で「漢字」を使っている日本人や韓国人がかなりのアドバンテージを得るはずです。中国に長年住んで、それなりに話せても、「漢字」見ただけで悶絶ノックアウト、食堂で昼メシの注文さえできない…という外国人は多いのです。それに比べれば、中国語学習歴ゼロでも、日本人なら漢字メニューみてメシの注文くらいはできるでしょ?

 

私は台湾の師範大学で中国語を学びましたが、学習にあたって日本人の漢字アドバンテージはむちゃくちゃ大きい…これが実感です。

 

・中国語を初めて学習する場合、日本人と韓国人なら1年、それ以外の出身者だと2年かかると言われていた。

・師範大学で実施されるペーパーテストで90点以上とると台湾政府から奨学金がもらえますが、支給されたのは日本人と韓国人がほとんどだった。

・隣の席にいたインドネシア人が「一」とか「中」とか、簡単な漢字から一生懸命書き取り練習していたのを見て、「大変だなあ~」と思った。

 

他国人に比べて、これだけアドバンテージ大きいんだから、中国現地にいる日本人駐在員も、新制度を良いチャンスと考え、とっとと中国語覚えて良いスコア取って、欧米人に差をつければいいじゃん。そういうマインドセットになれば、「中国政府が、日本人を含め東アジア人に対する優遇策をやってくれた!」と実感できるでしょう。少なくとも「言語」の側面から「世界」をみると、間違いなくそのように見えます。

 

今後、中国語が英語に代わって世界共通語(リンガフランカ)の地位を得るのかどうかは、分かりませんが、中国語の国際的地位が今より高まるのは間違いないでしょう。彼等と漢字を共有する日本人にとって、これは世界に出ていくチャンス以外の何物でもないと私は思います。

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「通じる英語は3ワード」の法則

こんばんはManachanです。2017年最初のブログになりました。新年早々、語学ねたでいきますね。

つい数日前、「2017年は外国語学習コミュニティをつくりたい」と書いたばかりですが、日本では、他のアジア諸国と同様、外国語学習需要の圧倒的な部分を「英語」が占めています。私も、英語学習や留学に関するアドバイスを、多くの方々から求められています。

「英語」に関して私がどんな活動をしたいかというと、ずばり、「通じる英語」を普及したい、その一言に尽きます。「ネイティブに通じる英語」というよりは、「全世界に20億人近くいる、非ネイティブも含めた、英語話者コミュニティに通じる英語」ですね。というか、今や非ネイティブの方が主流でしょう。英語はすでに、(英米圏諸国に住む)ネイティブ4億人、非ネイティブ(第二言語として英語を話す人)14億人と、後者が圧倒的に多い世界です。

英語は、現代の「リンガフランカ」。つまりお互い英語を母語としない人々の共通語、コミュニケーションインフラとして、世界で広く用いられるようになりました。英国で生まれた「英語」は、今や見事に、脱・英米化を果たしつつあるといえます。

私は、「リンガフランカとしての英語と、その実用面」に強い興味があります。実際、私が仕事で使う英語も、ネイティブ相手よりはノンネイティブ相手の方がずっと多い。たとえば、来週はドイツ、ポルトガル、スペインに行きますが、現地の方々との共通言語は必然的に英語になります。お互い、ノンネイティブ同士で商談をこなすわけです。

その側面に注目した場合、

・英語を、必ずしもネイティブ講師から習う必要があるのだろうか?英語ネイティブの発音を真似したり、慣用句を覚える必要があるのだろうか?

 

そりゃ、ネイティブから習えるならそれに越したことはないでしょうが、「通じる英語」を学ぶと割り切るなら、同じアジアで英語達者なフィリピン人やマレーシア人、あるいはインド人から習ったって良いではないかと思う。

そういえば、私は英米圏のIT企業に長年勤めましたが、英米人ネイティブよりもインド人相手に英語を使う頻度の方がずっと多かったです。おかげで、インド人のキツいアクセントの英語をヒアリングしたり、彼らにとって分かりやすい発音やピッチの英語で話す能力は非常に高くなりました。こうやって身につけたインド英語アリング能力は、TOEICなどのテストで測れないですが、現場では必須の実用的能力です。

「ノンネイティブにも通じる英語」を、いかにして身につけるか?もちろん、言葉なので慣れて覚えるしかないですが、学習の方向性には配慮した方が良いでしょう。私の意見は、

・発音やアクセントには、あまりこだわる必要はなく、時間をあまり使わないのが吉。

・その代わり、英語の「基本的な構造」を頭に入れて話した方が良い。

 

英語の基本的な構造とは何か?一言でいえば、「S+V+O」または「S+V+C」。。

・英語では、まず「主語」(S)と「動詞」(V)が来て、その次に「目的語」(O)や「副詞・形容詞」(C)が来ます。

・このうち、「主語」(S)と「動詞」(V)は、どんな文章にも、ほぼ必須であると覚えましょう。

・日本語では、「暑い!」「美味しい!」など、一語だけで文章が成り立つことがありますが、英語の場合、「Hot!」とか「Tasty!」などと、一語でいうと座りが悪くなります。”It is hot today”とか、”The roast fish is delicious”など、明確な主語と動詞を前につけると、意味がずっと通じやすくなります。

・適切な主語と動詞が示されれば、たとえ発音を間違えても、聞き手が文脈から理解しやすくなります。たとえば、日本人が苦手な「L」と「R」の発音でいうと、”I eat fried rice”(炒飯を食べる)と言おうとして、”I eat flied lice”(飛んだシラミを食べる)と言ってしまったとしても、聞き手は「炒飯を食べる」と認識してくれます(シラミを食べる人はいないから…)。

つまり英語の文は、簡単な受け答えであっても、「SVO(またはSVC)の語順で、最低3ワード」使って話すと、分かりやすくなるのです。相手がネイティブでもノンネイティブでも、上記を配慮して英語を話すと、中学時代に習った基本的な単語だけ使って文章つくっても「意外に通じるじゃん!」。ごく簡単な心掛けで、英語コミュニケーションの楽しさに目覚める方がどんどん出るといいなと思います。

閑話休題。私はいま仕事の関係でドイツ語を学習しています。ドイツ語でも英語と同様、たとえば「暑い!」と言いたい時、”heiß”と一語文で言うよりは”Ist das heiß heute”と、主語動詞付きの完全な文で言った方が良い。レストランの食事が美味しかったら”Lecker!”というよりも”Das ist aber lecker!”と言った方が自然、だそうです。英語ドイツ語を含め、印欧語系統の言葉はそういうものだと割り切るのが良いのかもしれませんね。

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2017年は外国語学習コミュニティやってみたい

こんにちはManachanです。2016年も残すところ、あと2日。私も今年やるべき仕事はすべて終え、家族連れて実家に行くところです。

私、「新年の抱負」みたいなものは、普段あまりやらないんですが…2017年は、我が不動産ビジネスが大きく飛躍するビッグイヤーになりそうで、今からワクワクしているので、柄にもなく、公言します。

 

・2017年は、「不動産以外の活動をはじめてみたい。

・キーワードは、「外国語学習」。

・具体的には、「ある言語(例.中国語)を学ぶ人たちのコミュニティ」をつくりたい。

 

私は2011年2月に、「海外不動産投資」をキーワードとするコミュニティ「アジア太平洋大家の会」を創立し、6年かけて、会員数2300名の大集団に育ててきました。規模だけでなく、海外不動産の領域で、発信力、影響力のある投資家コミュニティになったと思います。

アジア太平洋大家の会は、従来通り続けますが、将来への布石も含めて、新たな発想・キーワードで、コミュニティづくりをはじめてみたいと思います。

 

不動産以外で、個人的に興味ある領域といえば、「語学学習」ですね。英語、中国語をはじめ、日本における社会的ニーズも大きくなってきている領域でもあります。また私自身が、5か国語を話すマルチリンガル(多言語話者)で、豊富なコンテンツや方法論も持っています。

 

一方で、マルチリンガルであるがゆえの悩み(?)もあります。

 

1)私は日本を出て、海外のいろんな国で暮らし、「現地語を使って慣れる」方法(没入法=イマージョン)で言葉を覚えてきたので、日本を出て暮らしたことのない方々に、どのように教えたらいいのか分からない。

2)私が外国語を習得する方法は、世の多くの人と違うようで、説明してもなかなか理解されない。

 

特に2)に関して、私は「多言語同時学習」に関する抵抗がほぼません。例えば「フランス語」と「イタリア語」と「スペイン語」はお互い同系統の言葉で似ているので、別々に学ぶより「3つ同時に学習すりゃいいじゃん」と考えてしまう方ですが、言語学を専門とする友人にその構想を話しても、なかなか理解されません。どうやら一般的な学習法ではないようです。

どうやら、「マス」(世の中の最大公約数)を対象とする言語学習は私に馴染まないようです。八重洲ブックセンターとか行って、いろんな言語の教科書・参考書を立ち読みしても、大抵「かったるい」と感じてしまいますので…

 

でも、最初から「マス」を相手にせず、少数でもいいので「言語おたくの同好会」みたいなかたちで運営できれば、面白いコミュニティができるかもしれません。

今はネット社会だから、誰でも情報発信できるし、誰でも低コストでメディアを持てます。これまで、大勢に向けたコミュニケーションを独占していた「マス」メディアが往年の力を失い、今は「少数者」がどんどん発信でき、影響力を持てる時代。だからこそ、「エッジが効いた」活動の方が良い。

 

100人中、80人に理解される情報は、総花的でつまらないし、パワーもない。むしろ、5人10人にしか理解されなくても、彼らの人生に大きな影響を与える、オリジナリティあふれた情報をつくり、発信する活動をしていきたい。それをベースに、同好の士が集まり、お互いに刺激を与えるようなでエキサイティングなコミュニティをつくっていきたい。

語学学習の題材は、動画、ポッドキャスト、スカイプ等を使って、低コストでできるようになりました。来年早々から、何か新しいことをはじめてみたいと思います。

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