「インターナショナル教育=英語」への違和感

こんばんは、Manachanです。今日はいつもと趣向を変えて、「言語・教育論」で書きますね。

私は世界中いろんな国で不動産(コンドミニアム)を見る仕事をしてますが、アジアや南欧方面では特に、不動産価値を上げる方便として、「インターナショナルスクール」なるアイテムが使われることが多いです。例えば、

 

・大規模開発で、敷地内にインターナショナルスクールを誘致する

・既存のインターナショナルスクールのそばに建物建てて、教育環境をウリに分譲する

 

世界中どこにあっても、「インターナショナルスクール」での教育に使われる言語は、「英語」というのがほぼお決まりです。たとえ東南アジアにあっても、中国語や日本語で教えるインターナショナルスクールとか聞いたことありません(そういうのは、中華学校とか、日本人学校とか呼ばれるんですよね)。

非英語圏の社会では、海外とやり取りするために英語スキルの需要が高いですから、「我が国における世界への窓口」というイメージで、「英語」が「インターナショナル」になる、それは分かります。

でも、いま私がいるオーストラリアは英語圏ですから、「インターナショナル=英語」という図式はとてもヘンです。だって、公立の小中学校がみんな英語で教えてるじゃないですか?同じ英語で教える学校がなぜ「インターナショナル」なの?という話になっちゃう。

そう考えると、インターナショナルスクールとは、「非英語圏のエリートや中間層の子弟に対して」、「英語を用いた教学を行う営利事業」と定義されるでしょう。それぞれの社会で子供に英語教育を与えれば階層上昇につながるという連想が成り立つことが、このビジネスモデルを支える素地になりますし、よりマクロに言えば、将来にわたって英語の言語覇権を維持する仕組みでもあるのでしょう。

 

ところで、一口にインターナショナルスクールといっても、クオリティは玉石混交。そもそも非英語圏の子供たちが教育対象なんですから、生徒の英語レベルからして様々なはず。

東京には多数のインターナショナルスクールがありますが、両親か片親が英語ネイティブの子弟ばかりが通う学校もあれば、生徒の大多数が日本人か韓国人の家庭育ちという学校もあります。生徒の英語レベルが違えば当然、教学レベルに差が出てきます。同じIB(国際バカロレア)プログラムを採用していても、学校によって全然レベルが違うみたいな話もよく聞きます。

日本には余り英語を使う環境がないので、思い切って海外に出て、子供を現地のインターナショナルスクールに通わせる親御さんもいます。いま人気なのはマレーシアのジョホールバル(JB)とか、フィリピンのセブあたりでしょうが、JBに来てもインターナショナルスクールの教学レベルは様々で、トップの名門校じゃなければ実は内容がショボいとか、その割に学費が値上げに次ぐ値上げで納得できないとか、いろんな話を聞きます。

 

最近はとにかく、ミャンマーでもタイでもインドでも、中国でもカンボジアでもポルトガルでも、どの国で不動産見ても判を押したように、「インターナショナルスクール近所にありまっせ」、「教育熱心な親御さんに人気でっせ」みたいな話ばっかり…英語ニーズ高いの分かるけど、世界中にそんなに学校乱立させて今後どうすんだろと思う。その論理的帰結は、

 

1)インターナショナルスクール間で選別淘汰が進む

2)フツーのインターナショナルスクールがコモディティ化する

3)コモディティ化した学校を出た子供たちが、良い企業になかなか就職できない

4)英語という言語スキル自体も、世界的にコモディティ化する

 

特に4)が大事で、世界中に英語で教える学校が乱立して卒業生を大量に出せば、少なくとも各国の中間層以上の世界では、「英語なんかできて当たり前、それだけでは何の価値にもならない(最低のスタートラインに立てるだけ)」になると思います。

「英語の他、何ができるの?」と問われる世界になるし、言語スキルでいえば、「英語と何語ができるの?」というポートフォリオの話になってくるでしょう。

 

日本は世界でも珍しい位、英語を使わなくても自国言語だけで高等教育がこなせて、最先端のテクノロジーを学べて世界的な企業に就職できる社会です。それ故、この国では英語スキル自体が貴重ですので、我が子を国際社会のスタートラインに立たせるため、早期から英語教育を与えたいと切実に願う親御さんの気持ちは分かります。でも、世界中いろんな場所に住んだ私からみると、「英語なんて所詮コモディティ」、「日本語の方がずっと稀少価値」という感覚が強いです。

だって世界中、英語話せる人はゴマンといますよね。アフリカや中米の奥地に行っても、英語話す人はいるんです。大学出ても月給1万円しかもらえないような最貧国でも、英語を話せる卒業生は多数。一方、日本語話せる人が世界にどれだけいますか?言い換えれば、日本の経済規模や、日本が持つ文化・技術コンテンツの価値に比べて学習者・習得者が相対的に少ないからこその稀少価値でしょう。

それゆえ、「日本語と英語のバイリンガル」は世界的にみて価値が高いわけです。日本人の子供が英語できるから価値が高いんじゃなくて、「日本語と英語、どちらも読み書き、ビジネスレベルのコミュニケーションできるから価値が高い」のです。

それに、日本語をしっかり学習した副産物として、「中国語学習に有利になる」という面もありますね。言語は違っても漢字の意味は80%以上共通ですから、これ非漢字圏の人に比べれば物凄いアドバンテージです。

 

親の両方、または片方が日本語ネイティブなら、「まずは日本語をしっかり身に着けさせるのが先決。英語は後付けで良い」と私は考えます。我が家でも、少なくとも下の子が12歳になるまでは、日本語を確立させるために東京に住み続ける予定です。

子供の日本語能力を確立させるのに、圧倒的に便利かつコスパの良いロケーションは「日本」です。それ以外の国では学習手段の選択肢が少なく、難度が高くなります。一方「英語」なら、英語圏でなくても、どの国にも「インターナショナルスクール」が多数ある上、各国の標準的な教学プログラムにほぼ必ず「英語学習」が組み込まれています。あるいは日本の外資系サラリーマンがやってるように、「仕事の必要に迫られて、必死に英語を習得」など、大人になってからの努力で何とかなる面もあります。英語は、世界中で使われるグローバル言語であるがゆえ、後付けで学習しやすいのがメリットですね。

 

英語は後付けで良いと、世界中の皆が分かってしまえば、「インターナショナルスクール」の商売が成り立ちにくくなるから、英語こそ国際的言語、習得のためには早期教育が良いなどと、世界中で一生懸命宣伝するわけです。

インターナショナルスクールの仕組みに乗るにせよ、乗らないにせよ、そのビジネスのからくりを分かった上で行動した方が良いと思いますね。本質的には、「インターナショナル教育=英語」では全然なくて、「非英語圏の親御さんをスポンサーとする英語を使った早期教育産業」に「インターナショナル」という言葉をつけてるだけですから…

 

私は英語教育を否定・軽視したいわけではありません。日々、世界を相手にビジネスしてますので、英語の大事さはよく分かってます。ただ、世界中で英語教育が行われてコモディティ化しやすい状況なので、日本語を含めた「英語プラスアルファ」戦略で、強い言語ポートフォリオをつくっていきたいと思うのです。

英語なんかちゃっちゃと覚えて、次行こうぜ」、というのが私の本音です。

Share on Facebook

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*