海外で日本人街ができない理由


こんばんは、Manachanです。4週間にわたるオーストラリア滞在を終え、日本に帰るところです。

 

毎夏、私が滞在する妻の実家は、今年、オーストラリア移住40周年を迎えました。1976年に移住、翌年にはケアンズに来ましたが、当時は見渡す限り白人ばかりの世界。アジア系といえば香港出身者がわずかに居るだけでした。

妻の家族は台湾出身で、家族内言語は北京語でしたが、ケアンズに定着した後は英語はもちろん、香港グループと付き合うために広東語を覚えました。その後、1980年代後半になると日本人が大勢やって来て、彼らがケアンズのアジア系住民の多くを占めるようになりました。

大都市と違ってケアンズではチャイナタウンが形成されず、中国語の学校も皆無。一家は早々に中国語教育を諦め、妻を含めて子供たちは英語で育ちました。両親は地元の白人相手に中華料理レストランを開き、生計を立ててきました…

 

時代は下って、1995年。ケアンズで育った妻は大学卒業後、大都会シドニーで就職。それを追うように、私は2000年に当地に移住しました。

田舎町ケアンズで、マイノリティとしてたくましく生きてきた妻一家の生き様をよく知っている私は、シドニーに移住した翌日には就職活動をはじめました。

 

  • 我々は、この国では少数派なのだ。白人でもないし英語ネイティヴでもない、単なる移民。社会的弱者なのだ。
  • 最初からハンディがあるのだから、地元の連中(白人オージー)以上に努力しないとまともな生活できない。
  • 私の持つ武器として、日本でとった修士学位と、米系大手企業でITエンジニアとして3年のキャリアがあり、日本語と中国語ができる…その知的資本を活かして、シドニーで英語環境での職務経験を積み、数年後にオージーと互角以上の競争力を持つことを目指す。

 

上記を座右の銘として行動した私は、3ヶ月後に大手米系のIT企業に就職。そこで5年頑張って働きマイホームも投資物件も取得、妻も働いていたおかげで、この国における「アッパーミドルクラス」の暮らしを勝ち取りました。

 

シドニーにはかなり大きな日本人コミュニティがあります(世界の都市で第6位の規模らしい)が、当時の私は限定的なお付き合いしかしていませんでした。日本人の居住地域から遠く離れた西の方にマイホームを構えたことが大きいですが、

当時、シドニーでみた日本人、素晴らしい方もいましたが、「甘ちゃん」も多かった。英語力が不十分で良い仕事に就けない。専門能力やキャリアもあやふや、日系企業の不安定な職を渡り歩く人が多かった。でも当時からシドニーの日系企業は中国や韓国に押され、かじるスネは細くなる一方。

 

私からみて、彼らのマインドセットに問題が多いと感じました。英語にチャレンジしない、すぐ日本語に逃げる、自分が移民とか社会的弱者だという認識がない。

要は最初から、気持ちで負けてるんですね。たとえ英語苦手でも他のアジア系移民は頑張って、英語系の企業で働いたりちゃんと資産形成もしてるのに比べると、太刀打ちできるわけがない。

シドニーの日本人社会を発展させるためには、オーストラリア社会の第一線で活躍する日本人を大量に輩出しなければならないと、当時の私は考えてましたし、今でもそうです。

 

そんななかで、こんなブログを読みました。私からみて、「日本人らしい、負ける移住メンタリティ」の代表例だと思うので、紹介します。

 

海外に本格的な日本人街の建設を

 

要約すると、

  • 日本人が、震災放射能リスクのある母国だけでなく、海外で生活するという選択肢をつくりたい。
  • しかし、多くの日本人にとって外国語の習得は困難で、移住した日本人同士コミュニティも乏しいため、成功確率が極めて低い。
  • それを解決する方法として、海外における日本人街の建設が必要。これがあれば、就労や医療などで言葉の問題が一気に解消する。
  • 海外でチャイナタウンはじめ強いコミュニティをつくっている中国人に学ぶべきだ。

 

うーむ、書いてる人の気持ちは良く分かるんだけど、移住経験者としていえば、あまり感心する内容ではないですなあ。

たぶん、海外の社会でマイノリティとして生活したことない方が書いてるのでしょう。日本社会だけの生活経験と、海外に関する断片的な知識だけで世界観を構成すると、こんな風になる、という意味で良い教材だと思います。

 

「ひとさまの国に来て、日本語だけ使って暮らしたい」

でも

「外国で下層労働者になるのは嫌だ。日本と大差ない生活水準で暮らしたい。そのために日本人街をつくりたい。」

 

受け入れ国側からみれば、かなり身勝手な理屈ですよね。

日本と同様、受け入れ国には、それぞれ言語、文化伝統、社会のルールがある。それを尊重する態度や、社会にどう貢献するかという視点がない。本国の嫌なことから逃れたいから来る、 で、移住しても自分たちの言葉と流儀で暮らしたいと…

 

英語含めて、必死に、現地に馴染もうと努力して、ちゃんと職について、現地人と共に汗を流して、地域コミュニティにも貢献して、そこまでやって、後に続く日本の移民のために、セーフティネットとして日本人街をつくりたいと言うならわかるけど。

移住する前から、英語難しいから日本人街欲しいなんて、甘ったれたこと言ってるようでは、よしんば移住できても3年も経たずに日本に逃げ帰るのが関の山。

日本の社会で通用せず、海外に来てもダメで、結局日本に逃げ帰るしかない…私シドニーでそんな日本人をたくさん見てきました。

 

それに、誤解しないで欲しいです。世界中各地にあるチャイナタウンは大きいけれど、「中国語だけで暮らせる別世界」じゃないです。移住したての中国人には、そのように感じる面もあるかもしれませんが、

英語圏に移住した中国人は2世代目くらいから、英語の高等教育を受けて、専門的職業に就いてる者も多いし、地方政府の代議士も輩出して、お金もたっぷり拠出して中華街の門とかをつくっている。

中国人で現地社会で成功し、貢献した者がたくさんいる、そういうインフラがあるからこその中華街なのです。

chinatown

 

中国人も日本人同様、英語の学習は大変ですけど、英語大変だから中国語だけで暮らしたいと言う人、どの位いるのかな?ま、中にはいるんでしょうし、それやっても社会的には下層から抜け出せませんが、

でも、本気で永住する気で来てる中国人はマインドセット違いますよ。池袋北口とか横浜の中華街歩いても、商売する人は皆、日本語達者でしょう?

 

真面目な話、海外で日本語の通じる日本人街を新たにつくりたければ、英語圏は避けた方が良いと思いますよ。言語の力関係が日本語より強い英語の社会で、日本語だけのコミュニティは成立しにくいし、存在意義がアピールしにくいですから。

それより、同じアジアの非英語圏、タイとかベトナムみたいな国がいいんじゃないですかね。日本人が移住して、タイ語学ばなくても、タイ人が日本語しゃべってくれる期待がとりあえず成り立ちますから。

実際、日本語だけで暮らせる海外の日本人コミュニティで一番大きくて完成度が高いのは、ハワイを別とすれば、たぶんタイ、バンコクのスクンビット地区だと思います。トンロー、プロンポンの駅を中心とする一帯に、4万人以上の日本人が、老若男女問わず暮らしていて、何十年住んでてもタイ語読めない話せない日本人がゴマンといます。海外で日本語だけで暮らしたい向きには、英語圏なんかよりずっとパラダイスだと思いますよ。

thonglor

 

ところで、一部の例外を除き、なぜ、海の向こうで日本人コミュニティが育ちにくいのか?オーストラリアを前提に考えると、

 

– 退路を絶ってくる他国の移民と違い、日本人の場合は母国に帰る選択肢を残したまま移住する。他のアジア系の多くは出身国籍を捨てて豪州籍取るけど、日本人は日本国籍放棄を覚悟で豪州国籍を取る者がごく少数。
– 生活水準の要求が概して高い。言葉の不自由な移民の指定席「低賃金3K労働」に甘んじる人は、日本人ではほとんどいない。それやる位なら日本に帰る。
– 他の非英語圏出身者と同様、日本人にも言葉の壁があり、移住第一世代だと就職や社会階層の上昇が難しい。他のアジア系と違って3K労働に甘んじながら子孫のために歯を食いしばってオーストラリアに残る日本人は少ない。
– 上記の理由から日系コミュニティは入れ替わりが激しく定着率も低いから、日本人コミュニティはなかなか大きくならないし、まとまりも劣る。

 

これが良いのか、悪いのかは価値判断次第でしょう。私などは、「帰る母国のある日本人は恵まれている」と思いますけどね。オーストラリアと経済レベルの近い欧米先進国出身者も、移住後の行動パターンは日本人と似ていると思います。ドイツやフランスの出身者がオーストラリアでチャイナタウンみたいなものはつくりませんし、移住して生活水準が下がれば本国に帰りますので…

 

ただ、これから日本人の間でもシニア移住とか、両親呼び寄せとか、少しずつ増えてくるのかもしれません。年齢的に新しい言語の習得が難しい人の医療介護サポートなどが必要になってくるなら、当然、現地にしっかりした日本語のコミュニティがあった方が望ましいでしょう。

先ほどの文章でも、「移住先で長年にわたって一定以上の収入を稼ぎ続けられる日本人は稀」と書いてありました。幸い、私はそれができる人材の一人ですから、自分の能力やノウハウを活かして、日系コミュニティの充実に尽力するべきなのかもしれません。

 

ただ、移住前から英語やらない、外国でも日本語だけで通したいみたいなこと言ってる人の面倒を見る気は、正直ありません。

価値観やマインドセットの著しく違う人のメンターになっても結局徒労に終わりますので…

それより私は、移住先の言葉を覚えて、職を勝ちとり、社会に役立つ気のある日本人と共に歩んでいきたいです。

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