マレーシア星ヶ丘物語

こんばんはManachanです。今朝、マレーシア・クアラルンプール(KL)に着きました。家族4人で、都心部のコンドミニアムに滞在しています。いわゆる「民泊」ですが、広くて、とても気に入っています。

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私たちが滞在する場所は、「KLの新宿」と呼ばれる繁華街ブキビンタン(Bukit Bintang)から、モノレールで1駅目Raja Chulanのすぐそば。ブキビンタンの駅から歩いても10分かかりません。

いまのブキビンタン、ものすごく都会的で、人出も多く賑やか。マレー系、中華系、インド系、中近東系、欧米系…世界中のいろんな民族が集まる場になっています。

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ブキビンタンには、世界主要都市の百貨店と比べてもひけを取らない超豪華な「パビリオン」をはじめ、ハイエンドな商業施設がいくつかある一方で、東南アジアらしい、怪しげな個店が集まる「スンゲイワン・プラザ」や「BBプラザ」等もあり、いずれも賑わっています。

私は「スンゲイワン・プラザ」大好き。いつもここで、DVDを買ったり、食材を調達したり、携帯電話のSIMロックをはずしたり、散髪したりしています。

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ブキビンタンという地名、Bukitが「丘」、Bintangが「星」の意味。日本風にいえば「星ヶ丘」。名古屋の地下鉄駅みたいで、おしゃれな名前ですね。

私が初めて、マレーシアを訪れたのは1992年。当時のKLは、大都会になった今からは想像もできないほど、小さく、シンプルな街でしたが、その時代から、星ヶ丘、もといブキビンタンはKL随一の商業中心地でした。

 

1992年当時は、アジアで先進国が日本だけしかなく、韓国、台湾、香港、シンガポールが「アジアNIES」とよばれる中進国、あとは全て発展途上国だった時代でした。

東南アジアでいうと、当時、近代的な都会といえばシンガポールとバンコク位しかありませんでした。マレーシアの首都KLは、「えっ、これでも首都なの?」と驚くほど、こじんまりとした、日本でいう「地方の県庁所在地」レベルの街でした。現在の「カンボジア・プノンペン」と似たような都市レベルだったと記憶してます。

 

・現在の都心CBDであるKLCC地区は、まだ開発前で更地だった。当然、「ペトロナス・ツインタワー」もなかった。
・セントラル駅の裏手は、一面の森で、「タマン・ラマラマ」(蝶々の公園)と呼ばれていた。
・セントラル駅からチャイナタウンまで、1~2㎞の間は一応、市街地が続いており、旅行者の多くはそこに泊まっていた(それ以外の選択肢がなかった)。この一帯の商業店舗といえば、見渡すかぎり個店ばかり。
・セントラル駅から5~10㎞も離れると、ゴムのプランテーションが広がっていた。

 

とはいえ、貧乏ではなかったです。マレーシアは昔から、少ない人口で豊かな資源を占有している国だから、街が小さくてシンプルとはいえ、他の東南アジア諸国にはない、生活水準の高さは感じました。当時の私は、KLを離れて、地方都市のテメルロー(Temerloh)やジェラントウット(Jerantut)にも足を運びました。そこには平屋建ての商業施設が一つあるだけ、みたいな状態でしたが、それでも皆さん、まともな家に住んで栄養も十分のようで、貧しさとは無縁のようでした。

でも、KLは一国の首都なのだから、マダムや娘さんがおめかしして行くような百貨店の一つや二つはあるはず。よく見たら、その機能はブキビンタンが一手に担っていました。

当時、ブキビンタンにあった「伊勢丹」が、KL、いやマレーシアで唯一、近代的な百貨店と呼べる代物でした。今のプノンペンでいう「イーオンタウン」みたいなものですね。伊勢丹を中心に、建ち並ぶいくつかの商業施設と、人々の賑わい…商都ブキビンタンがあるからこそ、KLはマレーシアの首都でいられるのだと思いました。

 

あれから20数年、KLはものすごく変わりました。KLCC地区は高層オフィスビルが林立して摩天楼と化してますし、大型百貨店、ショッピングセンターは、星の数ほど建ちました。商都ブキビンタンも、時代にあわせて進化・グレードアップを続けています。

活気あふれるブキビンタン。これからもKLを引っ張っていく存在でありつづけることでしょう。

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