2015年 9月 の投稿一覧

茨城県常総市の復興祈念

おはようございます、Manachanです。冒頭の写真は、茨城県の常総鉄道、三妻(みつま)駅です。

9月9~10日にかけて、東日本を襲った台風18号がもたらした豪雨は、茨城県、栃木県、宮城県をはじめ、列島各地に爪痕を残しました。

特に今回、鬼怒川堤防の決壊で全国、そして全世界に名の知れ渡った被災地・茨城県常総市は、私が子供時代から慣れ親しんでいた土地。TVの災害情報をつけると、もう、ショックの連続!

ここ、子供の時に凧揚げした三妻駅近くの鬼怒川土手じゃん!

常総市は、平成の市町村大合併で生まれた新しい市名。もともとは「水海道市」と「石下町」と呼ばれていました。私としては、その方がイメージしやすいのですが、

今回、鬼怒川土手の決壊で甚大な被害があったのは、常総市の「旧・石下町」と、その下流にある「旧・水海道市」。決壊した現場のひとつ、「常総市(旧・水海道市)三坂町」は、私の小学生時代、叔父が小さな整骨院を営んでいた場所でもあります。

子供時代の私は、千葉県の柏市で暮らし、たまに、茨城県の叔父宅に遊びに行っていました。利根川を超えて、車で40分くらいのドライブですぐ着きます。

叔父の整骨院は、常総鉄道・三妻駅のすぐそば。駅前といっても、見渡す限りの田んぼと、数軒の商店、あとは民家しかない場所。今も昔も、景色は全く変わっていません(商店がいくつか減った位かな…)。

三妻の駅から西へ歩くと、すぐ、鬼怒川の土手に着きます。その間を国道294号線が通っており、古びた個人商店で10円ガチャガチャをやったり、不二家のペコちゃんの顔を揺らしたりしてました。寒風吹きっさらしの冬、鬼怒川の土手で凧揚げしたこともありました。

あの懐かしい鬼怒川の土手が、やぶれてしまった…

決壊場所は、常総市内で二つあるようです。一つは、5~6㎞上流にある、玉村駅近くの若宮戸地先(ソーラー発電所で土手が削られて越水してしまったと、問題になっている場所)。もう一つが、三坂町562-1付近。叔父の整骨院のあった場所から1㎞余り上流、三妻駅の隣、南石下(みなみいしげ)駅付近になります。

その南石下の駅は水没状態、溢れた水は下流の三妻駅方面に押し寄せました。TV画面をみる限り、見覚えのある街並み、家並みが濁流に呑まれて全く原型をとどめていない!言葉を失います。

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私たちの平和な日常生活が、天変地異によって、いとも簡単に崩れてしまうものだと…

日々、平和に過ごせることを、もっと、有難く思わないといけないですね。

常総市をはじめ、栃木県や宮城県の水害被災地の人々の暮らしが、一日も早く元通りになることを願います。

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大宮と柏~北関東のテーマパーク

こんにちは、Manachanです。

私、「秘密のケンミンSHOW!」大好きなんですが、今年2月13日の「茨城県特集」はすげー良かった。爆笑ものでしたね。

 

一応、茨城の県民ショーでありながら、他県の都市「大宮」と「柏」が、とにかく、たくさん出てくるんです。茨城県で育った若者は、東京へ遊びに行きたくても、いきなり行くのは敷居が高いので、

JR常磐線に乗って「柏」(千葉県)で都会デビューするか…

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JR東北本線に乗って「大宮」(埼玉県)で都会デビューするらしい。

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私は柏市の出身。物心ついた時から、柏の「街」は、すぐそこにありました。確かに、デパートや商店街が発達して、なんでも揃う便利な街ですが、他所からわざわざ買い物に来るほどの街なのかなあ~と子供心に思っていましたが、

高校生くらいになって、「茨城県から、都会の雰囲気を味わうために、若者が柏にやってくる」ことを初めて知りました。ケンミンSHOWに出てきた、鈴木奈々ちゃん(茨城県竜ケ崎市出身)。

東京に行く前に、柏で慣らすのは「茨城県民の常識」と豪語!

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彼女の柏デビューは早く、なんと「小学生」から遊びに来てたそうで…ま、彼女の地元は竜ケ崎市の佐貫。柏から電車一本で20分と極めて近いので、そういうケースもあるかもしれません(私は小学6年から、竜ケ崎や牛久へブラックバス釣りに行ってた…)

次に、デブ&セクシーという、新たな境地を開拓した渡辺直美嬢(茨城県石岡市出身)。彼女の柏デビューは17歳だったそうです。石岡から柏までは、電車で約1時間。

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「朝6時に起きて、気合入れて髪の毛セットして、ピッチピチのセクシーな服着て」
・・・そこまで気合入れて行く場所が柏かよ?って突っ込みたくなりますが、

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柏のどこが都会なの・・という問いに、フルーツポンチの村上健志くん(茨城県牛久市出身)が、こう答えます。

柏の駅の改札出て、すぐデパート…だから都会!
なるほど、分かりやすいっすね。

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常磐線を使う茨城県民にとっての手軽な都会が「柏」なら、東北本線を使う古河市や栃木県あたりの若者にとっての気軽な都会は「大宮」…渡辺徹氏(茨城県古河市出身)が熱く語る「大宮デビュー」。

大宮の高島屋が怖かった・・

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U字工事(栃木県北部出身)の地元は、まずは宇都宮で都会慣れして、次のステップが「大宮」だったという。

同じ「宮」でも宇都宮と大宮はレベルが全然違うんだよ…

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お笑いのなかではイケメン系、ピースの綾部祐二くん、地元は茨城県猿島郡総和町(現・古河市)なので東北本線ユーザー、当然、大宮を目指します。

大宮には、茨城にないファストフード店がある!

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茨城県や栃木県など、北関東の若者が、なぜ、ホンモノの都会「東京」に行く前に、中途半端なプチ都会「柏」や「大宮」を目指すのか、彼らの立場に立って考えてみました。

 

理由1)東京の満員電車の乗り換えが超コワイ!だから、電車一本で行ける大宮や柏を選ぶ

普段、クルマ社会に暮らし、通学以外に電車に乗ることもない地域の若者にとって、東京の鉄道路線図は、見ただけで頭クラクラするはず。どの駅で、何番ホームから、何線に乗ればいいのか…相当慣れないと敷居が高い。それに東京の電車は、時間帯によっては、見たこともないギュウ詰めになるので、行きたいのはやまやまだけど、恐怖感がさらに倍増。

その点、柏や大宮なら、地元から乗り換えなしで行けるので、相当、気楽なのでしょうね。

 

理由2)地元にない「高密度な都会感」を味わうには大宮や柏で十分。

茨城県には「内ジャス」(イオン水戸内原店)、栃木県には「インターパーク宇都宮南」など、立派な巨大ショッピングセンターがあります。シネコン、スタバ、ブランド衣類・・モノの面でいえば東京と全く遜色ありません。

しかし、いずれも「クルマ社会」を前提にした商業施設なので、駐車場が視界に入ると概してスカスカ。「都会の高密度感」を味わうことは無理です。その点、「駅前にすぐ丸井がある柏」、「大宮駅東口おりてすぐ高島屋」みたいな、高密度な土地利用が都会を感じさせ、そこを闊歩する大勢の若者を、トレンディに見せる効果があるのでしょう。

そう考えると、

大宮と柏って、北関東人が「都会」の雰囲気を味わうテーマパークみたいな街

なんでしょうね。柏って、一応都会と呼べるのは駅からせいぜい半径300メートル位だし、大宮の街もサイズ的にはそう大差ない。東京人からみると「都会」のカテゴリーには入らないでしょうが、それでも、ディズニーランドみたいな「テーマパーク」だと割り切れば、サイズ的にはそれで十分かもしれません。

あと、西多摩人や山梨県民にとっての「立川」、神奈川県央地域の若者にとっての「町田」も、似たようなものかもしれません。ただ、大宮と柏は、「東京以北の広大な北関東エリア」を相手にしている分、その存在意義が一層際立ちますね。

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つながる常磐線、帰還する福島

こんばんは、Manachanです。

私はJR常磐線、常磐高速、国道6号線の沿線で生まれた者ですが、2011年の震災、大津波、原発事故の影響で、福島県内の一部区間が通行止め、立入禁止になってしまったことに、心を痛めておりました。

しかし、震災から3年、4年と経過するごとに、原発至近の地域を含めて、交通網がどんどん復活して、嬉しい限りです。

国道6号線・・・2014年9月15日、全線開通
常磐高速・・・2015年3月1日、全線開通

あと、残るは「JR常磐線」だけですが、こちらも着々と全線開通に向けて、動いています。現時点では、竜田~原ノ町間(46.0㎞)と、相馬~浜吉田間(22.6㎞)、計68.6㎞が不通になっていますが、今年3月1日に、全線開通に向けたビジョンが示されました。

2016年3月まで、原ノ町~小高間9,4kmが開通 (不通区間 59.2kmに短縮)
2017年3月まで、相馬~浜吉田間22,6kmが開通 (不通区間 36.6kmに短縮)
2017年3月頃まで、小高~浪江間8,9kmが開通 (不通区間 27.7kmに短縮)
2018年3月頃まで、竜田~富岡間6,9kmが開通 (不通区間 20.8kmに短縮)

そこまで来れば、残りは富岡~(夜ノ森、大野、双葉)~浪江間20.8㎞だけです。この区間は福島第一原発至近の高線量地域を含むため、除染が不可欠ですが、すでに試験除染が始まっており、来春には、開通時期を示すとのこと。

私は、2020年東京オリンピック前の全線開通に向けて意欲満々とみています。これが実現すれば、高速、国道6号、JRと、3つの基幹交通インフラが全て復旧することになりますね(公共土木工事になると、自民党政権は民主党政権より熱心で、復旧ペースが速いですね。)

 

津波直撃で駅舎が流出していた富岡駅(2014.7筆者撮影)
2018年3月までに、やや北側の場所に駅舎・ホームを新設して、開業するでしょう。

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帰還困難地域のバリケードが張られていた夜ノ森駅前(2014.7筆者撮影)
おそらく、2019年頃に除染が終わり、開業すると思います。

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交通インフラ復旧と歩調をあわせて、原発至近住民の帰還も順次、進んでいます。

・2015/9 楢葉町避難解除
・2016/3 南相馬市、避難解除の見込み

・2017/3 浪江町、帰還開始の見込み
・2017/4 富岡町、帰還開始の見込み

住民の帰還は、長い時間がかかるでしょう。放射線の問題を抜きにしても、インフラも整わない、買い物する場所もない、学校もない、職場もろくにない…という状態から、町が機能を取り戻すには、それこそ10年以上かかるかもしれません。特に、浪江町や富岡町は町民の2~3割が帰還困難区域内の住民、大熊町や双葉町に至ってはそれが7~9割に上りますので、「除染が済んで、帰れるところから、順次帰還」にならざるを得ず、途方もない時間がかかりそう。

しかし、これら一連の流れをみると、日本は、重大な原発事故のあと、住民を避難させるのではなく、帰還させるという選択をした、これは確かに言えるでしょう。

1986年に重大事故を起こしたウクライナのチェルノブイリ原発の場合は、ソ連政府や、それを引き継いだウクライナ政府、ベラルーシ政府が何をしたか?誤解を恐れずに一言で言えば、住民を遠方に移住させた。そして、汚染地域の除染を行わずに、放っておいた。

事故後、30年近く経ちましたが、同原発から30㎞以内は今でも、原則立入禁止。それ以遠でも、汚染の著しい地域は住民を半ば強制的に移動させたようです。例えば、原発から55㎞離れた、600年の歴史を持つキエフ州ポリスケ市は、1万人余りの住民が移動し、街は廃墟になったそうです(リンク)。

一方、福島事故後の日本は、チェルノブイリとは全く対照的に、生活空間を除染して住民を帰還させるという方向に舵を切ったのです。この選択が吉と出るか凶と出るかは、相当の歴史的時間が経ってみないと分かりません。ただ、

私は、原発至近住民の帰還という、途方もないチャレンジに挑む日本という国を尊敬します。

 

日本は、このようなロジックで動いていると思います。

・いまの日本には、居住地選択の自由がある。

・私(Manachan)が自ら選んで東京に住んでいるのと同じく、福島の人が自分の意思で福島に住み続ける権利があり、それは尊重されなければならない。

・住み続けたいニーズがある限り、原発至近の高度汚染地域であっても、除染して、交通インフラを整えて、人々が住めるような環境に戻さなければならない

 

すでに開通している常磐自動車道は、原発から近い場所で路上の空間線量5μSrv/h。国道6号に至っては10μSrv/h近い値を計測します。これは、一般の人が立入できないチェルノブイリ4号機から数百メートル地点の線量(5~8μSrv/h)に相当するそうで、そんな場所に一般車両を通して良いのか?警官や作業員を立たせておいていいのか?当然、賛否両論がある話と思います。

しかし、日本はそれでもやるのです。なぜなら、

・原発至近の国道6号や常磐道は、第一義的に地域住民の利便や生活復旧のための道路である。

・東京など他地域の人間が、放射性物質の拡散を恐れて開通に反対しても、被災地復興の方が大義があり、優先される。

 

チェルノブイリでは、事故の影響で、168の村が消失したという。その「墓標」が、2011年に完成したと聞きます。これらの村々に、生活の槌音が戻ってくることは、もうないでしょう。600年の歴史を持つ古都でさえ消失しているのですから…

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その轍を、日本は踏まない。どんなに時間がかかっても、どんなに困難があっても、故郷を取り戻したいと思う。生身の人間の意志が何より尊重される国なのです。「大熊町」、「双葉町」といった、原発至近の自治体名でさえ、墓標に載ることはない。それを日本人が許さないから…

2019年頃に、常磐線が全線開通し、2020年に聖火ランナーが第一原発近くの6号線を走る。住民の帰還も、少しづつ進み、まずは富岡や浪江、次いで、大熊や双葉にも人が戻ってくる…チェルノブイリ事故の30年後と福島事故の30年後は、全く違ったものになるような気がします。

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東南アジア3か国語3年で覚えてビジネス!

こんばんは、Manachanです。

私は20代の頃から日本を飛び出し、オーストラリア、中国、アメリカ、インド、タイ…世界のいろんな国で働いてきました。今でも世界を相手に不動産ビジネスをしています。当然、仕事の場では、色々な言語を使うわけで、その全てを覚えられるわけではありませんが、

私は体質的に、「通訳任せ」を極端に嫌う人間です。

どの国のどの言語であれ、「相手の言ってることが、全く分からない」、「通訳に頼らないと何事も進まない」、という状態は、ビジネスする上で大変な不安を感じてしまいます。

もし私が、ピアニストやスポーツ選手のように、「音」や「身体」で表現する仕事をしていたならば、万事通訳頼みでも全く気にならなかったことでしょう。ですが私は、「不動産の売買」という、「高度な言語コミュニケーション」を必要とする仕事をしています。つまり、私がお客様やビジネスパートナーと直接、やりとりすることが、売上につながっていく仕事です。

ですので、どの外国語を扱うにせよ、私は、お客様とのコミュニケーションがある程度、自力でできるようになることを、目指しています。ピンポイントで通訳を使うことはあるにせよ、全く言葉が分からない状態で通訳をお願いするのと、少しは分かる状態でお願いするのとでは、コミュニケーションの質が雲泥の差になるのです。

 

いま、仕事上の必要から、タイ語を学んでいます。

今年3月下旬からはじめたタイ語学習、5か月余りを経過し、ちょうど「タイ語の不動産用語」を覚えているところです。9月17日にはバンコクの土地局で登記やってくるので、なかなかタイムリーで実用的ですね♪

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今のところは、次のようなスタイルで、タイ語学習を進めています。

・1週間で1日(2時間)程度のマンツーマンレッスン
・レッスンの他、宿題に、1週間4~6時間を費やす

 

学習内容は、次の通り。

・自由作文 (自分の好きなテーマで、A4一枚くらいのタイ語エッセイを書く)
・読解と要約 (タイ語の文章を読んで、要点をタイ語で書く)
・書き取り (タイ人の先生に、文章を発音してもらい、それをタイ語で書き取る)
・実用タイ語検定試験の過去問
11月1日には、実用タイ語検定試験があり、4級と3級を併願することになりました。いまの私の実力で、4級合格は問題ないでしょうが3級は結構難しい…結果はどうあれ、試験まではタイ語に集中して、それ以降は、次の言語の学習に入っていきたいと思います。これまで5か月間の学習のおかげで、タイ語に関しては「自力で学習を続けられる」レベルまで達したと思うからです。「ペラペラ」や「ビジネスレベル」には程遠いですが、今の私は、

・タイ文字の読み書きができる。
・タイ語でメールを書いたり、簡単な文章をつくったりできる。
・タイの辞書をひくことができる。
・タイ語で書かれた本を、辞書をひきながら時間がかかっても読み進むことができる。
・タイ語の基本的な会話ができる。

 

「短期集中のマンツーマンレッスン」で、「自力で学習できるレベル」を目指すスタイルで、タイ語以外の、東南アジア言語のレパートリーを増やしていきたい。いずれ私は、ASEAN圏内のほぼ全ての国の不動産に、仕事でかかわるようになるでしょうから、先手を打ちたいのです。優先順位としては、

1.ベトナム語 (学習2015~16年、現地調査2016~17年)
2.インドネシア語 (学習2016~17年、現地調査2017~18年?)
3.ミャンマー語 (学習2017~18年、現地調査2018~19年?)

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なぜ、このような優先順位になるのかというと…日本の投資家がたくさん物件買って、現地調査ニーズが高まると予想される国から、優先して取り組みたい」からです。

1)ベトナムでは、今年7月に外国人の不動産購入が実質的に解禁され、東京ではベトナム不動産セミナーの開催が増えています。来年は複数の業者がベトナム物件の仲介に乗り出し、彼らを通じてたくさんの日本人が物件を買うでしょう。その中にはお宝物件もあれば、ゴミ・カス物件も含まれているはず。日本の投資家が賢くベトナム物件選びをできるよう、来年あたりホーチミンやハノイに乗り込んで、現地調査をしたいと思います。ベトナムは、あまり英語通じる国ではないので、先行して、ベトナム語を学んでおきたい。

2)インドネシアでは、来年、外国人の不動産購入が条件つきで解禁される可能性が高く、そうなった場合、ベトナムに一年遅れて、2017年前後にジャカルタ、バンドン、バリを中心に、日本人投資家の不動産購入ニーズが高まるでしょう。そのタイミングで、私も現地調査に乗り出したいので、インドネシア語を学んでおきたい。

3)ミャンマーでは、外国人の不動産所有権を認めるコンドミニアム法が、いつ成立するか分からない状況ですが、ASEANのなかで絶対にはずせない国であることは間違いないので、状況をみながら、2018年までにはヤンゴンやマンダレーの現地調査に乗り込みたい。

 

ミャンマー語の後は、カンボジア語(クメール語)なども、視野に入ってくると思います。あとASEAN圏ではありませんが、バングラデシュやインド東部で話されるベンガル語も必要になるかもしれません。

あとフィリピンのタガログ語等はありますが、フィリピンの場合は英語できれば全て事足りてしまう面も大きいので優先順位は自然と落ちますね。

なお、ラオスの公用語「ラオ語」は、タイ語を学べば大体カバーできてしまうし、マレーシアの「マレー語」は、インドネシア語を学べば大部分カバーできてしまう(それ以前に、マレーシアは基本的に英語でOK)ので、新たに学ぶ必要は特にないと感じます。

言語でASEAN制覇して、かつ不動産の見極めができれば、間違いなくオンリーワンになれると思います。

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オリンピック不祥事と新しい日本

こんばんは、Manachanです。

新国立競技場問題に、オリンピックロゴ問題・・・東京五輪まであと5年を切りましたが、推進側のグダグダぶりは、目に余るものがありますね。用意の周到さ、緻密さで世界に知られる日本という国が晒す、数々の醜態。海外でも、驚きの目で見られているのではないでしょうか?

でも、逆説的になりますが、私、こういうの見て、「痛快だ」と思うタイプです。

戦後、40~50年くらいは極めて効率的に機能してきた日本の社会経済システム。最近は制度疲労が目立ちますが、とりあえず、安倍自民党体制で政治的な混乱を収拾、東京五輪招致に成功して、満を持して臨んだはずの推進体制。

しかし、国立競技場問題が起こり、エンブレムでさらにつまずき・・・やっぱ、駄目なんじゃん。日本って、ガタガタなんじゃん。

 

いや違う、ガタガタなのは、「お上」システムの方ですよ。

長い間、既得権益に守られてきた連中は、全然、国際競争力も、センスもないのですよ。

奴らが無能なら、醜態をさらしまくればいい。別にそれでいいじゃん!日本には、優秀でセンスあふれる人材がたくさんいるのですよ。

 

新国立競技場の企画推進にあたった文科省は、日本でベストの人材、トップのマネジメントチームなのでしょうか?(日本の省庁のなかでも能力最低にみえるけど…)

エンブレムのデザインにあたった、佐野研次郎氏の事務所は、日本で他の追随を許さないベストのチームなのでしょうか?(世界のジブリを生んだ国で、なぜ佐野氏なの?)

そもそも、誰がどのような根拠で、彼らに重要任務を任せたのでしょうか?

 

密室で、内輪の論理で物事を決めるのは、もう限界なのです。彼らが無能だって、世界で通用しないってこと、もう十分わかったでしょう?

そして、ネットの普及が、彼らのダメさを白日のもとに晒す役割を果たしています。

 

だったらさ、今まで、誰もやったことのない方法を、東京五輪でやったらいいんじゃないの?

新国立競技場はプロがやるしかないけど、エンブレム位は、たとえば、小学生にデザインさせて、大人が手直しすればいいんじゃないの?

 

私の住んでる江東区は、五輪競技場が都内で一番密集してる場所。「五輪エンブレムを、区内小学生がデザインしようぜ!」みたいなコンペやったら、各校、すごく盛り上がるんじゃないかな?

今の子供はお絵描きも上手で洗練されてて、結構サマになるものつくるよ。小学生が考えたものなら、盗作とか、イチャモンつけられるリスクもないし、何より発想が新鮮でしょう?

20世紀の秩序がぶっ壊れつつある日本にふさわしい、21世紀的なアプローチだと私は思うけどなあ。子供が楽しめて手作り感あふれる、世界に誇れる五輪になると思いますよ。

「区内の銭湯のペンキ絵を参考に、デザインしなさい」という課題はどうだろう?

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新幹線停車駅は宝の山

こんにちは、Manachanです。今回は久々に、日本国内不動産の話題でいきますね。

一昨年の2月に解雇され、サラリーマン稼業をやめた私ですが、昨年1月に宅建業免許を取り、東京・五反田に事務所を開設、同年3月から日本国内の不動産売買仲介を始めましたが、今のところ、これが私の生業になっております。

「日本の物件仲介で食っていけている」だけでなく、
「日本の物件仲介で種銭をつくって、海外の収益物件を次々と買う」図式が、定着してきた感があります。

これも、アベノミクス効果で、不動産融資ユルユルになったおかげかな~本当に有難いことです。

 

いま日本で収益不動産市場が一番盛り上がっているのは、東京23区内だと思いますが、私、余程のことがない限り、都内の不動産には手を出しません。なぜかというと、

・都内は売買価格が高くなりすぎ、投資としての妙味がないものがほとんど。
・仮に投資物件として成り立つ物件があっても、ライバルの仲介業者が多すぎる。

23区内、特にターミナル駅周辺や城南地区の物件仲介で稼ぎたい業者は、それこそ、星の数ほどいます。有象無象がうじゃうじゃひしめくなか、私みたいな無名の零細業者に情報が回ってくる頃には、すでにボロ雑巾のように使い古された情報ばかりで、元請けが誰なのか、間に業者やアンコ(情報屋)が何人入っているのか分からない状態になる。

「駒沢公園5分で表面5%、4.7億の築浅RCレジが入りました!」みたいな情報が来ても、全く心ときめきません。「どうせ俺が仲介できないんだろ?時間かけるだけ無駄じゃん」というスクリーニングがかかっちゃう状態。それに、いくら世田谷区の駅近とはいえ表面5%みたいな物件、全然良いとは思わないし、人にも薦められませんもの。

一方、物件の場所が「千葉」や「埼玉」、「茨城」あたりになると、俄然、燃えてきます。都内に比べてライバルが断然少ないし、自分自身が「ちばらぎたま」(千葉+茨城+埼玉)県境付近の出身だから土地勘もあるし、目利きもできる。「このエリアなら、俺に任せて!」ってな感じ。

実際、私は独立後しばらくは、千葉や埼玉の土地アパートの仲介で食ってきたようなもんです。いま楽待の「査定・ブツ上げサービス」使ってますが、わざと「東京都」を避けて、それ以外の関東の県を対象エリアと設定している位です…

 

最近は、さらにエリアが広がり、関東圏外の収益物件の取扱いが増えています。

・関東に近い東北地方の新幹線駅
・関東に近い中部地方の新幹線駅

あたりが、特に狙い目だと感じています。

7月は、浜松(静岡県)で決済しましたし、先週、郡山(福島県)と豊橋(愛知県)に行ってきました。福島市や宇都宮市にも時々行きます。こういった地域の収益物件をみていて思うのは、

・価格1億を超えると、地元の人が手が出ない価格帯になるが、東京の人ならラクラク買える。
・1~3億くらいの収益物件、いま東京では利回り下がってどうしようもないが、浜松や郡山だと当たり前に10%超え(地元民買えないから、利回り高くなる)。

・新幹線駅なら知名度もあり、東京の投資家からみて心理的な抵抗感が少ない。
・また、知名度ゆえ、東京のサラリーマン向けの金融機関が融資を出すことが多い。
・何より、東京から近くて行きやすい。郡山も浜松も、東京駅から新幹線で1時間20分、現地調査・内見手配もラクラク。
・新幹線が止まるような都市だから、管理会社も一社独占ではなく、複数の選択肢のなかから選べる。

 

いずれも地方都市ですが、「田舎のなかの都会」ですから、雇用機会は豊富で底固い賃貸需要があります。このエリアでこの間取り、この賃料なら確実に賃料がつく等々、賃貸経営上の数字が読める案件も多いし、投資家のお客様におすすめもしやすい。

いまの市況なら、郡山や浜松みたいな中堅都市で、1億円クラスの収益物件をちゃんと目利きして、東京の投資家に売るだけで十分、食っていけると思います。

 

あと、こういう中堅都市(日本どこでも似たようなものでしょうが・・・)では、

1)地元民の賃貸需要があり、収益物件として十分成り立つ物件 と、
2)場所が田舎でどうしようもない物件(地主が騙されてアパート建てちゃった系)

に、二極化している印象がありますが、

 

1)なら、物件目利きして投資家に売る。
2)なら、そういう物件を専門に買い取る業者に売る。

というかたちで、いずれも商売になります。特に2)のどうしようもない物件を売りたい場合は、私にご相談くださいね。

福島県で一番高いビルがそびえる郡山駅

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