日本人ひとりぼっちの10年

おはようございます。Manachanです。

私が関わっている「海外不動産投資」というジャンルは、日本全体からみればかなりマイナーでニッチな世界。そもそも、日本で「不動産投資」している人の割合が少なく、その上に「海外」となれば、さらに敷居が高くなりますので…

一言でいえば、「俺たちって、変り者だよねえ・・・」ってこと。

間口が狭い世界ゆえ、最近は、「隣接領域」の方々とのコラボが多くなっています。たとえば、

「金融・証券投資」の世界から、「海外不動産投資」へ (eg..内藤忍さんとのコラボ)
「ネット物販ビジネス」の世界から、「海外不動産投資」へ (eg..松浦公基さんとのコラボ)
「新興国ビジネスプロモーション」の世界から、「海外不動産投資」へ (eg..石田和靖さんとのコラボ)

彼らと一緒に仕事するのは、私にとって、とても刺激的で楽しいです。ペーパーアセット投資、ネット物販、新興国メディア…それぞれの領域を極めた優れた人々から、学ぶことはとても多い。

さらに嬉しいのは、皆さん、口を揃えて、「勇気をもって、海外に出ていこう」と提唱している。そして、ご自身が先頭に立って引っ張っていることです。

石田さんの呼びかけで、ドバイやアゼルバイジャンでビジネスを始めた人たち
内藤さんに触発されて、アメリカや東南アジアのコンドミニアムを買い始めた人たち
松浦さんに刺激を受けて、日本ではなく本場アメリカAmazon.comで出店を始めた人たち

そういう人たちのなかから、海外で大きく成功する者が続出しそうな気がします。どんな世界でもそうですが、日本の優秀な頭脳や優れた実践家が、リスクをとって海外に出ていく効果は大きい。

彼らをみていると、つくづく「私が、ここ10年間、海外に出ていろいろ苦労したことは、無駄ではなかった」と思います。

今が、「出国ブーム」なのだとすれば、私は10数年前から、海外に出ていました。1989-90年に台湾に渡って語学留学したのは置いておくとしても、2000年にオーストラリアに移住して非居住者になり、そのあと中国に渡って働き、短期間ながらインドや米国で勤務を経て、日本に戻ってきたのは2007年のことでした。

主に、現地採用のサラリーマンITエンジニアとして、いろんな国の現場で働いてきたわけですが、どこに行っても、

同じアジア人でも中国人や韓国人はたくさんいるのに、日本人は私しかいない。

オーストラリア・シドニーの現場でも、中国・大連の現場でも、アメリカ・ノースカロライナ州の現場でも、日本人向けのコールセンターみたいな業種で働く日本人は数名いても、英語や中国語を使う職場で、現地の人たちと同じ条件で働く日本人は、見渡す限り、私ひとり・・・

どの国・都市に行っても、私が日本を代表する民間外交官状態になっていました。

海外に、もっと出てくればいいのに、なんで日本を出ないんだろう?

日本の経済的、文化的プレゼンスが小さいわけでは、決してありません。オーストラリアの現場では、当時、アジア・パシフィックで一番社員数が多く、サーバーセンターや技術専門チームもあった日本とのやり取りが多かったし、

中国・大連の現場では、中国人社員向けに「世界のビジネスマナー」を学ぶ講座がありました。そこで「日本人との付き合い方」というトピックが非常に重視されており、「欧米人との付き合い方」と同じくらいの紙数が割かれていました。私も、職場で唯一の日本人として、講座に呼ばれて、いろいろコメントしていました。

オーストラリアや中国にとって、日本はかくも重要な国だと思われているのに、肝心の「日本の人間」が現地では非常に少ない。日系企業の駐在員は減る一方だし、私みたいに現地採用でフツーにエンジニアやるような人間は、さらに稀少。

彼らにとって「人」が見えないと、日本のプレゼンスは、さらに下がっていく一方です。一方、中国人や韓国人はたくさんいて、仕事で日常付き合っているわけだから、どうしても、そちらの法に親近感を覚えてしまうわけで・・・

アメリカで従軍慰安婦の像とか何とか、話題がありますが、あれも、アメリカにおける日本人のプレゼンスが、少なくともコリアンと比べてずっと少ないことが影響しているのではないでしょうか?

これを、何とかしたい。私にできることは、わずかですが・・・ま、そういう状況でチャレンジを続けてきたことだけは、自分でも誇りに思っています。

あとは、石田さん、内藤さん、松浦さんのような方々が、どんどん、風を起こしてほしいですね。海外で活躍する日本人を増やすために・・・私も頑張りますので。

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